フェイル   作:フクブチョー

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第二十九罪 過ぎる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目も髪も何もかもが燃えるように赤い青年は同じ色の瞳を持つ少女を背中に庇うように半身で立つ。両腕をダラリと垂らした姿は一見すると隙だらけに見えるが………

 

ーーーーこいつは強えのぉ……

 

先ほど蹴り飛ばされた墓守の長、ウェネグはヴァリウスの強さを一目で見抜いた。佇まいに一本の芯がある。滲み出るオーラが大気を揺らし、まるで炎が人間の姿になったようだ。

 

「なんだコイツ………他の連中とは少し毛色が違うな」

 

ヴァリウスも相対する敵の異形を感じ取っていた。これまでのような一般的な動植物の変身ではない。明らかに危険種がモデルだ。それも相当等級の高い。特級以上なのは間違いないと百戦錬磨の狩人の感が告げていた。

 

「ヌビスって言ってた……」

 

掠れた声が背中にかかる。喉を締め上げられ、気管系が傷ついたのだろう。首肯を返し、休んでいろ、と指で指示した。

 

「なるほど、超級危険種の力か。今のアカメちゃんにはちょっと荷が重いかな?」

 

スピード、パワー、どれもが劣る相手に勝利するためには戦略が必要となるが、それもまだまだ若い彼女ではこの老獪な墓守にはかなうわけが無い。唯一希望があるとすれば若さゆえのエネルギーだが、アカメは感情に乏しく、平常心を常とするタイプ。実力にブレが出にくく、アベレージで高い力が発揮できる。しかしその分、爆発力がない。その手の力を出しにくい戦士なのだ。

 

「さて、逃げた嫁の事も気になる。悪いがサッサとケリをつけさせてもらうぞ」

「俺はあんまやる気ねえんだけど……まあ、今更か」

 

ここまでで何人か墓守を殺している。もうドンパチをしに来たわけじゃないと言っても無意味だろう。

 

床を蹴ったのは同時。二人の姿がかき消えた。アカメが消えたと思った瞬間、鈍い打撃音が墓に鳴り響く。二人の拳が相手の頬を捉えていた。

 

石板が割れ、二人の足元がめり込む。速度は互角に近い。

 

連続して打撃音が鳴り続ける。その威力は凄まじく、振動が時折大気を震わせた。二人の戦いは高速戦闘に移行していく。

 

凄まじい打ち合いの末、ウェネグが吹き飛ぶ。制したのはヴァリウス。追撃に跳ぶ。

瞬時にウェネグは態勢を整えた。追撃に跳躍したヴァリウスに対して炎を吐き出す。躱せる間合いではない。炎はヴァリウスを覆った。

 

「ぐっはっはっ!勝負あり……っ!?」

 

炎の中から現れたのは無傷のヴァリウス。火傷どころか服すら燃えていない。いや、正確に言えば、羽織っていたローブは燃えている。炎の盾とする為、ローブを繰り出し、高速回転させることで火を誘導したのだ。

マワシウケ。東方の武術、カラテの技の一つ。極めればどんな攻撃だろうと防御できる受け技の最高峰。加えて相手は炎狼と呼ばれた男、ヴァリウス。炎の扱いには慣れきっている。

 

「俺を焼き殺したいなら、バーナーナイフ以上の炎を繰り出してこい」

 

右ストレートがウェネグを捉える。身体は吹き飛ばされ、壁を破壊し、めり込んだ。

 

ーーーーなんちゅう剛力!さっきの若造以上の力!

 

先ほどウェネグが殺した妙なスーツを着た若者も凄まじい怪力だったが、この男はそれすら超えている。しかもパワーは負けている上にスピードも互角、下手をすれば上回られているくらいだ。

 

ーーーーここ数十年で間違いなくピカイチの手練れ!コレはサッサと呪いを発動させんとマズイのぉ……

 

アカメと違い、明らかに自分より強い相手に戦慄する。しかし、自分より格上の相手に対する勝ち方をウェネグは心得ている。

 

王家の呪い。受けたダメージを相手に流し込む秘術。相手が強ければ強いほどこの呪いは効果を発揮する。

この時、ウェネグにはまだ焦りはなかった。どんなに強い相手だろうとこの力で殺せなかった者など存在しなかった。今回もその例外ではないと確信している。

しかしそれが芽生えたのは怪訝な顔で腕を回す緋色の髪の青年のこの一言を聞いた後だった。

 

「すこし本気を出しただけでもうズレた……やっぱ相当なまってんなぁ」

 

眉を潜め、不服げな顔で呟いた。今までの戦いはヴァリウスにとって準備運動。体をほぐす作業でしかなかった。ゆえに全力の動きはしていなかったため、イメージと身体の動きとの差は僅かだったのだが、すこし全力を出すとまたズレが生じてしまった。

 

「だがそういう意味では貴様は最適だな。適度によく動くし、適度に反撃してくる。タフネスも申し分なし」

 

本物の怪物と毎日戦っていたヴァリウスにとってウェネグの動きは早すぎず、遅すぎない丁度いい速度だった。

 

「いい踏み台だよ、お前。悪いけど慣らしにしばらくつき合ってもらうぞ」

 

ーーーーハッタリか?

 

ウェネグがそう思ったのは仕方ない事だろう。今見せた動きだけでも最強と断ずるに相応しいモノだった。これ以上が存在するなど信じられなくとも不思議ではない。

 

その言葉がハッタリでない事を行動で教えられる。

 

ヴァリウスの姿が再びかき消える。今度は危険種の動体視力を持つウェネグすらも一瞬見失うほどの速さだった。

 

ーーーー速い!!

 

なんとかガードが間に合うが防いだ腕ごとなぎ倒す勢いで拳が振るわれる。堪らず態勢が崩れた。

 

尻尾で崩れた身体を支える。近接戦では勝ち目がないと悟ったのか、下がって距離を取るが……

 

「遅い」

 

既に回避方向に回り込んでいたヴァリウスが回し蹴りを放つ。コレも尻尾でなんとか蹴りの軌道をズラし、クリーンヒットは避ける。

 

ーーーー息つく暇も……!

 

既に目の前に出現し、拳を振りかぶっている。なんと早く、なんと容赦なく、なんと強い。今まで戦ってきた過去最強の敵と比べても、まるで比較にならない。ヌビスすらこの男には敵わないのではないかとさえ思える。

 

ーーーー強い……この我をもってして強すぎると思える程に………

 

「だからこそ……貴様は死ぬ」

 

笑みが浮かぶ。もう呪いは発動されている。この下段の打ち下ろしが放たれた時が、この強過ぎる男が死ぬ時という確信があった。その未来は数瞬後、現実となるだろう。

 

「さらばじゃけえのぉ、強き者よ」

 

目を閉じ、身体を固める。来るべき衝撃に備えるためだ。無防備にこの男の一撃を食らえばいかなタフな自分と言えど死ぬかもしれない。

 

しかし、予期した衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。不審に思い、目を開けてみると振り下ろされる拳は自分の眼の前で止まっている。

 

ーーーー寸止め?一体なぜ……

 

目の前の状況が理解できなかった。ココでヴァリウスが攻撃の手を止める意味はないはずだ。しかし、ウェネグを見下ろす炎狼の目は何かを訝しむように細められていた。

 

「妙だな、ジジイ。先ほどまでのアンタの実力なら完全に防御出来ないまでも、クリーンヒットさせない程度の事は出来たはずだ。それなのにアンタはいま、完全な無防備の状態で俺の拳を受けようとしている。この一撃の威力がわからない程、鈍な使い手でもねえだろう」

 

相手の力量を正しく計れていたからこそ芽生えた違和感。通常ならありえない行動をウェネグが取った事により、ヴァリウスは拳を止めるに至ったのだ。

 

「考えられる可能性は、俺の攻撃を受ける事でアンタになんらかのメリットがあるって事」

 

この場合のジジイのメリットは俺へのダメージか、あるいは死。結論が予想できるなら切り札の効果も大体予想がつく。

 

「受けたダメージを俺にも喰らわせられる、そんなところか。危険種に変身している貴様ならタフネスには自信がありそうだし、先ほど言ってた『だからこそ貴様は死ぬ』の意味も得心がいく」

 

ーーーー辿り着きおった!ほぼノーヒントの状態から、予測不能の秘術に……

 

驚愕するウェネグだったが、驚くほどの事ではない。実際エスデスなら驚かないだろう。

以前、軍にいた頃、誰かが副将軍の強さの秘密について尋ねた者がいた。ヴァリウスの持つ最も非凡な能力はなにか、と。エスデスは迷う事なく洞察力だと答えた。

 

相手の力量を見抜くという事に関して、ヴァリウスはエスデスすら超えている。充分天才の部類に入るヴァリウスだが、才覚においてはエスデスより劣る。そんな彼が彼女との差を埋めたもの。それは経験。

彼女が一の危険種と戦う間に十の危険種と、一の鍛錬をこなす間に百の鍛錬を、そうしているうちにヴァリウスは才能に匹敵する力、洞察力を身につけたのだ。

 

『ヤツは決して相手を過大評価も過小評価もしない。正しく相手の底を見切り、確実に勝てる戦略を立てる。目に見える効果は出にくい能力だが、敵に回すとコレほど厄介な物もない』

 

あのエスデスをもってして厄介と言わしめた能力が、ウェネグの違和感を感じとり、秘術の正体を看破したのだ。

 

「当たりか。ジジイの割に心情が顔に出る。引きこもりの弊害だな」

 

冷笑しながら立ち上がる。ゆっくりと距離をとり、中間距離に踏ん張った。

 

「どうやら一撃必殺の狼パンチはやめといた方が良さそうだな。お前を殺せても俺が死んじゃう可能性は大いにある。だがタネが割れた手品ならやりようはいくらでも、だな。相当痛い上に楽には死ねねーぞ?覚悟しておけ」

 

拳の骨を鳴らす。戦略においても、心理戦においてもヴァリウスが圧倒していた。決着は時間の問題だろう。

 

ーーーーこのまま任せておけば……

 

確実に勝てる。ヴァリウスの背中に守られながらそんな事を少女は思う。思った瞬間にゾッとした。

 

ーーーーいつから他人に頼りきるような事をするようになったんだ、私は……

 

仲間を守り、妹を守るため、今まで必死に強くなった。誰かを守る事はあっても守られる戦いをした事などほとんどなかった。

しかしこの墓での戦闘において、アカメはずっと守られていた。その心地よさに酔ってしまった。守られへの免疫のなさがこの状況をなんの抵抗もなく受け入れさせてしまったのだ。

 

ーーーーまだ体は満足に動くというのに、できる事はまだまだあふたいうのに、何を寄りかかっているんだ、私は。

 

「お姉ちゃん!!」

 

懐かしい声が耳朶を打つ。音の先にいたのはこの世で誰よりも愛する愛しい家族の姿。

 

『いつか、お前が強くなる理由を見つけろ。その時、そのハンカチを返しに来い』

 

初めてフェイルに会った時に言われた言葉が妹を見て蘇る。

 

ーーーーそうだ………私の理由は……

 

 

妹を守る事。

 

 

刀を握りしめる。立ち上がった時、もうアカメは守られる少女ではなく、一匹の黒狼と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイル」

 

肩を掴まれ、名を呼ばれる。驚き、振り返るとヤル気マンマンで立つアカメの姿があった。

 

「ありがとう。ココからは私がやる」

「…………オイオイ、正気か?負けるぞ」

 

ウェネグに視線を戻しつつ、呆れたような反応を返す。つい先ほど殺されかけたというのにものの数分で交代を申し出るなど、浅はかとしか言いようがない。決して思慮浅い少女ではない事をヴァリウスは知っていたため、尚更だ。

 

「さっきのフェイルとの戦闘を見て、ヤツの動きはもう見切った。今度はさっきのようにはいかない」

「けどな……」

 

もう一度視線をアカメに向ける。そして驚く。明らかに先ほどよりも強い気配を発している。威圧感で言えば、ウェネグを凌駕していた。

 

ーーーー冷静沈着で自然体、実力にブレのないタイプの戦士かと思っていたんだが………

 

見誤っていたことに気づく。おそらくこの自然体を常とする闘い方は後付けで矯正されたスタイルだったのだろう。本質は真逆だった。

 

ーーーー感情によって大きく戦闘力に影響が出るタイプ。俺やエディの同類

 

エスデスの場合、感情の昂りが、ヴァリウスの場合は守る者の存在が戦闘力を上昇させる。プロファイルが非常に困難で、戦う上で最も厄介な戦士。それがアカメという暗殺者の核だった。

 

「私の成長を見せたい相手が目の前にいて、守るべき存在が私を見ている。今の私は確実に強い自信がある!やらせてくれ、フェイル。絶対に勝つ」

 

ーーーー目の色が変わった……

 

その目は弟子達(あいつら)の目。瞳の奥に炎を宿し、不屈の光が輝いている……狼の目。

 

ーーーーまったく、やっぱり弱いね。この目には、どーしても

 

拳を収め、背を向ける。一度だけアカメの肩を叩いてヴァリウスは下がった。

 

「完膚なきまでに葬りされ」

「positive!」

 

アカメが前に出る。ヴァリウスは壁にもたれかかった。一応ヤバくなったらいつでも助けに入れる用意だけはしておいた。

 

「雑談は終わったかいのぉ?」

「待っていてくれたのか」

「まさか、襲い掛かれんかっただけじゃ。あの男に隙がなかったけぇ」

 

視線を外していた時でさえ、攻撃しても叩き伏せられる未来しか見えなかった。交代してくれるというならコレほど歓迎すべきこともない。

 

ーーーーそれにどうやらこの女をあの男は随分と大切にしとるようじゃけぇのぉ。殺さず人質にしてから嬲り殺しにしてくれるわ

 

念のため、秘術は発動しておく。この女も油断出来るほど甘い使い手ではない。

 

「行くぞ」

 

言葉が終わるか終わらないかのうちに刀を抜き斬る。想像以上の速度にウェネグは回避に失敗する。

 

ーーーー先ほどよりも明らかに速い!?

 

胸元を僅かに斬られる。秘術が機能し、アカメも同じ箇所に切創が奔った。構わず剣を振るう。

 

ーーーー若さが良い方に出たか!じゃがこんな浅い傷ならすぐに再生………

 

危険種に変身している今なら傷の治癒力も尋常ではない。瞬く間に回復するはずなのに、斬られた傷はいつまで経っても塞がらず、血は流れ続けた。

 

ーーーー回復しない!?なぜ?

 

臣具、桐一文字。一度斬った傷は決して塞がらない力を持つ刀。その凶悪さは帝具に匹敵する。

 

ーーーーコルネリアもそうだったが、こいつらは全員帝具に近い異能を持つ武具を持っているらしいな。ヤツの傷は塞がらないのに対し、アカメの血は徐々に止まっている。どうやら武器の特性までは反射出来ないらしい。

 

その事にアカメ自身も気づいていた。なら倒し方は決まった。

 

「少しずつ膾斬りにしてやる。楽には死ねないぞ?覚悟しろ!」

 

浅く、少しずつ斬っていく。これならアカメも多少傷つきはするが、致命傷にはならない。対してウェネグは傷が塞がらない為、一撃で殺す事は出来なくとも、出血を止めることもできない為、徐々に、だが確実に死に至る。ヴァリウスがアカメだったとしても似たような戦法を取った事だろう。

 

命の危険を察したウェネグは敢えて傷を受ける戦い方から本気でアカメを殺す戦法にシフトする。無数の拳や蹴り、炎がアカメを襲う。しかし、そのすべてにアカメは見事な対応をして見せた。

 

ーーーーなるほど、俺の戦いを見ながらあいつも戦ってたってワケか。やはりコイツも実戦型だな

 

心が震える。素晴らしい才能だ。下手をすればこの子の剣はいずれ俺たちに届き得るかもしれない。

 

もうウェネグは敵ではない。完全に凌駕している。ヴァリウスはアカメの戦いを安心して見ることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死闘は静かに決着した。無数の切創が刻まれたウェネグは血みどろの姿で倒れ伏す。アカメも傷だらけになりながら倒れたウェネグに油断なく剣を向けていた。

 

満身創痍の身体が震えている。息も荒く、刀を力強く握りすぎて、手からは血が滴り落ちていた。トドメを刺そうとしてか、アカメはウェネグに近づいていく。

 

「はーっ、はーっ、はーっ!!」

 

興奮状態にある事は誰の目にも明らかだった。そんなアカメを後ろから包み込むようにヴァリウスが止めた。ガチガチに固まり、白くなった冷たい手に炎狼が暖かなぬくもりを添える。

 

「アカメ、息を整えろ。大きく深呼吸だ。ゆっくりでいい。少しずつだ」

 

美しくも優しい声音がアカメを癒す。言われた通りに大きく息を吸って、吐いた。

 

刀の柄から一本ずつ指を外していく。冷たく凍りついた手は優しい炎の暖かさで溶けていく。

ーーーーあったかい……

 

人の温もりを久しぶりに肌で感じた。暖かさがアカメの心に平穏を与えていく。

「素晴らしい戦いだった」

 

最強の戦士から出たのは心からの賞賛。

「だが同時に………難しい戦いだった。刹那の狂いがお前に死をもたらしただろう」

 

薄氷を踏むかのような危険な綱渡り。それをこの子はやってのけた。

 

「致死量ギリギリの毒を飲む戦闘は最前線では避けられない。こういう死闘はこれからきっと増えていく。自分の力量、限界を決して見誤るな。興奮で我を忘れるな。どんな時でも自分の状況を確認しろ。頭は冷静に、感情は腹の底に秘めて戦え」

「…………はい」

 

回していた腕を解く。黒髪の剣士はもう落ち着きを取り戻していた。

 

「説教はここまで。行ってこい………いや、迎えてやんな」

「…………?」

「お前の理由が待ってるぜ?」

 

トン、と。

 

軽い足音が聞こえた。恐らく高いところから落ちてきた誰かの着地音。音源に向けて振り返る。するとアカメにとって最愛の存在がこちらに走ってきていた。

 

「お姉ちゃん!」

「クロメ!」

 

妹が姉に飛びつき、姉も愛しい存在を抱きしめる。姉妹が遂に再会を果たした。

 

ーーーーやれやれ、笑ってる時は年相応に可愛いじゃねーか

 

そんな所も弟子と似ている。

 

「ははは………麗しい姉妹愛じゃのぉ」

 

しわがれた声が下から聞こえる。

 

「まだ生きてたか、タフだな」

「我に勝ったからといっていい気になるなよ?戦える同胞はまだまだ100人はおる。もう詰んどるよ、お前らは」

「なんだよ、100人ぽっちか。たいした事ねえじゃねえか」

 

笑って返したが、内心で少し焦る。野外戦なら100人いようがやりようは充分にあるが、この狭い墓で多勢に無勢で来られたら少し面倒だ。

 

「まだ生きてるなら聞いておくか。てめえらのその秘術ってのはどうやって身につけたんだ?」

「どうやってもない。単なる血筋じゃ。模倣しようとしても無駄じゃけぇのぉ。残念じゃったな」

 

恐らく初代は違うのだろうが、いまやその技術は失われてしまったらしい。ならもうこの墓に用はない。サッサと退却するか、と思っていると何かが大挙してくる音が墓に響いた。

 

ーーーーチッ、援軍が来やがったか。面倒な……

 

拳をポケットから出し、戦闘態勢を整える。どさくさ紛れはそこそこ得意とするところだ。

 

しかし現実として現れたのは予想外の展開。血みどろになった大勢の墓守達がこの部屋になだれ込んできた。この事実が告げる事は墓守達の敗北。

 

「ーーーーっ!?」

 

古傷がズキリと痛む。同時に芽生える嫌な予感。ヴァリウスはまだ息のある墓守に駆け寄った。

 

「どうした?一体何があった?」

「つ………強過ぎる」

 

その一言を呟いて、息絶える。つまり誰かにやられたという事。恐らくは帝国の援軍だろう。

それはいい。結果として敵対行動を取ってしまったヴァリウスにとって墓守側がやられる事は基本的に利益しかない。

しかしヴァリウスには最悪の展開が脳裏を過ぎった。その理由は、援軍に対する墓守の印象だ。

 

強過ぎる、と言った。敵に対してこの形容を用いるのは戦士としてありえない。

 

相手の強さを認める事は大事な事だ。ヴァリウスも自分より劣る敵であろうと、強いと感じた事は幾度となくある。

 

しかし違う。強い、と認める事と強過ぎる、と観念してしまう事は。

 

過ぎるという形容は自分が劣る事を認める表現だ。戦場でやってはいけないことの一つが思い込み。たとえ、自分が実力的に劣るとしても、それを完全に認める事をしてはならない。

 

ーーーーだがコイツはそれをした!しかも雑魚じゃない。人外の能力を持つこいつらが、だ!!

 

そんな表現を用いなければならない相手をヴァリウスは二人しか知らない。

 

ーーーーまさか……まさか!

 

アカメが言っていた帝国からの援軍は………

 

ーーーー来ているのか、エディ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堂々と、悠然と、正面から闊歩する一人の女傑。彼女が歩いた後には氷漬けにされた死体や血みどろに倒れる墓守の姿が数え切れないほどあった。

 

「変身能力を持つ獲物。なかなか面白い連中だ。コレだけでも危険種を乗り継いで急行してきた甲斐があったというものだが……」

 

足首近くまで伸ばした青い髪を風に揺らしながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。軍服の下窮屈そうにしている豊満な胸。女性にしてはかなりの長身でスラリとした脚。

全てが凍えるほど美しい魔神の前に立つのは四匹の狼。墓の入り口近くでうろついていたところを見つかったのだ。

 

「フフ………フハ………」

 

魔神の様子がおかしい。普段の彼女であればありえない所作。何度も何度も前に立つ四人の構えを見る。重心の取り方、間合い、佇まい。その全てを視線がなぞった。呼吸は切れぎれになり、瞳は歓喜に揺れている。己を抱きしめるように腕を回した。

 

そう、彼女は知っていた。この構え、佇まい、そして何より………この狼の眼を。

 

忘れた事など一度もない。この眼に魔神は恋をしたのだ。

 

「ーーーーはハ……アハハ……」

 

鼓動が早鐘を打つ。膝が笑い、腕が笑う。3年の月日を経て、かの輝かしい記憶が魔神の頭の中に奔流した。

 

「はははははっ、アハハハハ!ハハハハハーーーーっ!」

 

笑わずにはいられない。ああ、あの愛しい炎が己の中で再び燃え上がる。

 

「まさかこんな所でお前に会えるとはな!」

 

自分の前で構えを取る四人を見ながら、魔神は自分が従えていた狼を呼ぶ。かつて共に研鑽し、磨き上げた武の匂いをエスデスはこの四人からは感じ取ったのだ。歓喜が己を支配する。笑う、嗤う、嘲笑う。

 

「変わっていないな、お前は!いい構えを面白い連中に教えたものだ!才気ある者を愛し、人を育てる事が何より得意とする!ああ嬉しいよ、本当に変わっていない。コレが私を置いていって、お前が得た者たちか!!」

 

笑いがおさまる。今度は悲しみに表情を落とした。

 

「教えてくれよ、ヴァル。コレが、私を捨ててまでお前がつかんだ者なのか?それほどの価値がこいつらにあったのか?なあ、なんで………」

 

私を捨てたの?

 

理由の想像はついている。その事を何度も悔やみ、何度も謝罪した。そして、その先で得た物は怒りだった。

かつて負けた自分に対する怒り。あの夜、抉られた傷が疼くたびに、あのとき敗北した己の弱さを呪った。この世の不条理は全て己の弱さが悪い。その事を誰よりわかっていても、この怒りは収まらなかった。

 

「もう誰にも渡さない。お前の全て、私が奪うよ…ヴァリウス」

 

さあ、私の狼が命を賭して護った者達よ。拷問室にまで案内してやろう。私の狼について、知ってる事を話してもらおう。ようやく掴んだ紅き尾なのだ。もう決して逃さない。

 

ーーーーさあ、愛しい人狼。あの夜の続きを始めよう。

 

氷の魔神と神殺しの炎狼の邂逅が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。ついにエスデスが登場。再会の時が迫ります。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!
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