夜の闇のなかを風が吹きすさぶ。
一年中雪が降る地、北の辺境。
危険種を狩り、その素材や食物で生活する二つの異民族が存在する。そのうちの一つであるパルタスの少年が一人、闇の中で息を潜めていた。
北の辺境には国境がある。
一つは帝国との国境。もう一つはそれぞれの異民族の国境だ。
後者の国境周辺で少年は危険種を狩るべく待ち伏せをしていた。
走っているのはスノウリザードの集団。階級は一級危険種。大人でもそう簡単には狩れない強い危険種だが、少年には関係ない。
走ってくる一頭に馬乗りになり頸動脈を手に持ったナイフで切り裂く。
一撃で絶命し、他のリザード達は何処かへと逃げて行った……
どうやらこいつがこの集団のボスだったらしい。
「あーー!!逃げちゃった~~!!ちょっと君!!なんて事すんのよ!?」
少年と同じ様に待ち伏せしていたんだろうか、岩陰から可愛い女の子が出てきた。歳は少年より少し上に見える。青と緑が混ざったような長い髪をしている。
「お姉ちゃん誰?僕君に何もしてないけど…」
防寒用の帽子を取り、はっきりと顔をみせる。白い毛皮のハットから現れたのは周囲の白に逆らうかのような緋色の髪に紅玉の瞳。まるで炎が人の姿になったかのようだ。
「君のせいで狙ってたリザードの集団逃げちゃったじゃない!!今日はお父さん達は何処かへ大きな狩りをしに行っちゃったからご飯は私が捕まえなきゃいけなかったのに~!!」
ナイフを片手に地団太踏む女の子。
スノウリザードをこんな華奢な女の子が一人で狩るつもりだったのだろうか……少年は若干呆れる。無茶にも程がある。
「お姉ちゃんそんな事しなくて正解だったと思うよ?あのリザードはすっごく強くて危険なんだ。君じゃ殺されちゃってたよ」
「え?何いってんの?あんな奴ら敵じゃないよ。私特級危険種のエビルバードも一人で狩ったことあるもん」
特級危険種……今のトカゲより遥かに強い危険種だ。
ーーーーこの子可愛い見た目に反してすっごい強い…
「君の方こそ意外だったなぁ。私より年下っぽいのにあいつら狩れるなんて……貴方、パルタス族よね?名前は?」
纏っている衣服の紋章から、彼が自分と同じ狩猟民族であることを読み取った。同じ事を少年もしている。彼女が纏うキルトの刺繍はパルタス特有のものだ。
「ヴァリウス。君は?」
「私はエスデス。長の娘で、いずれ貴方の長になる女よ」
エヘンと小さな胸を張る。狩猟民族の長に女がなるなどあまり聞かない話だが、パルタスの唯一の正義は強さ。これほどの強さがこの歳であるなら、確かにない話ではない。
「じゃあ僕が一番の臣下だね」
「シンカ?なにそれ」
「部下の事だよ。君のお父さんにもいるでしょ?」
「…………聞いたことあるかも。お前は俺の右腕だ、とか」
「そうそう、それだよ」
「私の右腕はコレだよ。貴方じゃないよ?」
「キミ強いんだろうけど、知識が足りてないねぇ」
自身の右腕を掲げる彼女を見て笑いが溢れる。しかし仕方のない事でもある。自分にはなぜか手元に本があったから学べたが、こんな北の辺境でまともな教育など受けられるはずがない。
「我が主よ、御食事にお困りなのではないですかな?」
「別に困ってはないけどまた獲物探すのは面倒かな」
「では臣下として初めての忠義としてこちらの獲物を献上致しましょう」
「ホント!?賛成賛成!一緒に食べよう」
そして僕らは山合いの風があまり吹かない場所へ行き火を起こして肉を食べた。
そこで一緒に他愛ない話をする。最近狩った獲物の話。大トカゲの素材の取り出し方のコツ。色々話した。
「君は面白いね。物知りだし、強いし」
「少なくとも今は君のが強いよ。」
多分事実だ。特級危険種は狩れなくはないが一人でやるのは相当辛い。でもこの子は難なく一人でやっているそうだ。
「ねえ、君には友達っている?」
「まあ、何人か」
頭の中に知り合いの顔が浮かぶ。いい奴、悪い奴、様々いた。
「私にはね、一人もいないんだ」
表情に少しだけ寂寥を滲ませて呟く。そうなる気持ちも理解できた。この歳で特級危険種を屠れる強さを持つ少女だ。近寄りがたく思ってしまうのも無理はない。人とは普通と異なるものを受け入れる事は容易にできない。人前で狩りをする時はヴァリウスも擬態をしていた。
「別にそれが寂しいとは思わない。弱い者は強い者についていけない。私は特別だってことも知ってる。でも……」
やっぱりちょっとつまんないよね
一人で上り詰める快感も否定はしない。けれど競い合う相手がいない事はつまらなかった。その事も少年は理解できる。友達付き合いも確かにあったが、素の自分を晒した事は親にさえない。
「時々感じるんだ。私がこの世界の人間じゃないみたいな……この世でたった一人みたいに感じる、変な気持ち。別に痛みも苦しみもないけど、ちょっとつまらない」
「な、ならさ!」
立ち上がる。同じ思いをしている少女に、何かを言わずにはいられなかった。この子と自分は似ている。二人とも特別で、自分に仲間なんていないと本気で思っていた。
「僕が君の友達になるよ!どんな時でも、君がどんなに先に行ってしまったとしても、僕が君も一緒にいてあげる……それで」
僕が君を助けるよ
「そうだね、君なら出来るかもね。強いもんね」
少女が笑顔を見せる。笑った顔は年相応の可愛らしい女の子だった。
ーーー約束ね?
ーーーうん、約束!
二人は指切りをした。数日後、二人は許嫁として両親に引き合わされ、再会する。そして約束通り、10年以上の時を二人は片時も離れず、共に過ごす事となる。戦う時も、食事をとる時も、眠る時も。比喩ではなく、二人は片時も離れることなく共にいた。
そして現在も、その約束は破られていない。二人は今確かに離れ離れとなっているが、誰よりも先を走り続ける彼女から、彼は今も決して置き去りにはされていない。
そして二つ目の約束は10年以上の時を経て、果たされる事となる。
死もまた救いである事を、多くの戦場をくぐり抜けてきた二人はもう知っていた。
▼
首筋の傷が焼け付くように痛む。ヒリヒリとした痛みがヴァリウスに襲いかかっていた。
ーーーーああ、くそ。やっぱ当たるな、嫌な予感は。
ヴァリウスをもってしても危険と言わざるをえない状況。しかし、最悪の状況ではなかった。弟子達が誰一人命を失っていない。かなりギリギリだったようだが、間に合った。
「やっと会えたな、炎狼のヴァリウス。まさかこんな所でとは思わなかったが………いや、だからこそ、私たちは運命というわけか」
「…………」
「しかし流石だな、元エスデス軍副将軍、ヴァリウス。先ほどの受け、見事だった。変わっていないようで嬉しいよ」
耳慣れた、けれど久々に耳にする北の辺境特有の美しい発音が耳朶を打つ。確かに3年という時が経った。久々と感じて何らおかしくない時の長さ。しかし共にいた時間と比べれば遥かに短い期間。それなのに、この三年は二人にとって己の人生と匹敵する長さだった。
ーーーー変わってないなぁ、お前も……
変わらぬ長い碧色の髪。まだ上があったのかと思えるほど、凄まじく綺麗になった姿。何もかも鮮明に覚えている。忘れられるはずがない。
「貴方は……少し弱くなったのではないですか?将軍」
迫り上がる恐怖から逃れるために、そして自分が平静を取り戻すために、持って回った言い方をする。
「なんだ、悲しいな。昔のように、エディと呼んでくれよ、ヴァリー」
子供の頃の自分の愛称を口にされ、眉が引きつる。彼の事をヴァルと呼ぶ人物も少ないが、この呼び方を知っているのは間違いなくエスデスだけだ。
「なんだ、やっぱりコレは気に入らないか?」
「…………まあな」
「そうか。だがしばらくはこの呼び方をさせてもらうぞ。なにせ3年だ。少しは嫌味も言わせてもらう」
それを言われるとぐうの音も出ない。あの夜、心から信頼してくれていた親友を裏切り、傷つけたのは紛れも無い事実だ。
「師父……」
「先生、やっぱりこの人が……」
目の前の人物について、弟子達はとっくに心当たりが付いている。それでも、生で見るのはファンを除いて初だ。
「エスデス軍将軍、エスデス。かつて戦場を共に駆け抜け、背中を預けた俺の相棒。俺の元上官にして、俺が知る限り、最強の帝具使いだ」
彼の紹介を聞き、妖しく口角が上がる。彼の打算のない自分への評価が嬉しかったのだ。
「輝かしい黄金の日々だな。たった3年だが、今では全てが懐かしいよ」
「鮮血の日々の間違いだろうが」
伏魔殿の帝国でのし上がるために、築き上げた首の山は明晰な二人の頭脳を持ってしても、数え切れない。
「それも否定はせん。だがそれだけではなかった。少なくとも、私にとっては」
「…………………」
ほんの少し、悲しみを交えたエスデスの言葉にヴァリウスは答えない。彼女に嘘はつけないからだ。しかしその言葉を肯定するわけにもいかなかった。人を殺し、己の心を殺す日々を認めるわけにはいかない。
答えないヴァリウスに対して悲しげな笑みを浮かべ、視線は彼が守るように後ろにかばう四人の弟子達に向けられた。
「そいつらがこの3年でお前が得たものか?確かに中々面白い連中ではあった。お前の弟子を名乗るだけはある」
「…………」
「しかし恨み言は言わせてもらうぞ。私を置いて他の女を選んだ挙句、身を隠すとは……繊細な私の心は傷ついたのだぞ?どうしてくれる」
ーーーー繊細って……
危険種でも素手で平気で殺せるお前が何を言っていると言いたいが、何とか堪える。先ほどエスデスが言ったことは紛れもなく事実だ。
「俺を殺す権利は、まああるだろうな」
「まさか、謀反を起こされるのは主の罪だ。そのことに関してお前を責める気は毛頭ないさ。あの夜は実に楽しかった」
だから、と一歩前に出る。威風堂々とした支配者の佇まい。その圧倒的なオーラに弟子達は呑まれ、ヴァリウスは戦慄した。
「もう一度、私の元に戻ってこい。炎狼のヴァリウス」
衝撃が全身を貫いたが、驚きはさほどない。予想出来る言葉の一つではあった。
「我が軍門に戻ってこい。私たち二人で、全てを手に入れるために!」
手をこちらに差し出す。本当に変わらない、不遜とも思える傲慢な立ち姿。しかしそれを不遜と思くことはヴァリウスには出来なかった。やはりこの魔神は誰より強く、そして美しい。
「敵前逃亡は重罪だ。時効はない。俺が作った軍律だ。俺は元々オネストには煙たがられてる。あいつは喜んで俺を銃殺刑にするだろうよ」
「心配するな。ヤツも私の力を欲している。戦力が増えるなら歓迎するさ。実際、今のお前の後釜はその優秀さ故に死刑になるところを拾った男が主となって勤めている」
「…………俺はお前を斬った男だぞ」
「飼い犬に手を噛まれたくらいで慌てていては、優れた猟犬は飼い慣らせんさ。あの夜、お前と交わした剣戟、百三十八合一つ一つが私の宝だ」
ーーーーアレを宝と言えるのか、お前は…
ヴァリウスにとっては今までのどんな剣より辛く痛かったというのに。
「無論、そこの四人……一人は見覚えがあるな。その四人も手厚く保護しよう。何ならウチに入れてもいい」
「エディ、やっぱり俺はもうお前の下にはつけないよ」
エスデスにとっては、彼の事を考えた上での譲歩だったのだろうが、完全に裏目だった。この四人をあの伏魔殿に入れる?そうさせない為に弟子にしたというのに、そんな事になってしまっては本末転倒だ。それならここで殺された方がまだ良い。
握った剣に力がこもる。同時に発するfightの気。お前との話はもうここまでだと宣言した。
「イイぞ、それでこそだ。それでこそ我が人狼と呼ぶに相応しい。ああ、嬉しいよ。その気高い魂は失われていなかったのだな。私の元を離れたから、ソレがあるという事実は少し複雑だがな」
碧髪の魔神もレイピアに力が篭り、威圧感は空を覆った。並の使い手では殺気が強すぎて動く事も出来ないだろう。
「お師様……」
不安げな声が背中から聞こえる。先ほど自分達が戦った時とは比べ物にならない圧倒的な本物の殺気に身体が竦んでいる。言いつけに背いた事への後ろめたさもあるのだろう。表情には恐怖と申し訳なさの二つが混ざっている。タエコやチェルシーも同様だ。チサトは後悔の色がさらに濃い。
ヴァリウスに叱る気はなかった。確かに命令を守らなかった事に関する怒りはある。しかし今は生きていてくれた事への賛辞がソレを上回った。
「まったく、俺が戻らなかったら帰れって言ったってのによ」
「っ!……ごめんなさ「俺に謝ったって仕方ねえだろうが」
ビクッと震える。聞こえたのか、二人も同様の反応を見せた。
「…………よく頑張った」
確かに出しておいた指示は守らなかった。だが教えは守った。絶望的な戦力差のある相手に対しても、生きる事をあきらめなかった。
ばっと顔が上がる。その表情を確認する余裕はなかった。視線はもうエスデスから外せない。
「最後の命令だ。逃げろ」
「な、なんで!?私達も一緒に戦います!五人でやればきっと…」
「言わせるな」
苛立ち混じりの声が響く。足手纏いと言いたくなかった。この子達のおかげでこの三年間、自分のままで生きてこられたのだから。
「早く行け。俺も後で追いつく。それとあの拠点はもう引き払え。その後はどこへなりともいけ。お前達は自由に生きるんだ」
「でも!………でも」
私は、まだまだ半人前で……だってホラ、こんなに弱いのよ?四人がかりでかろうじて渡り合うのが精一杯で……
師に縋り付く弟子を仕方ないなと言わんばかりの目で見つめる。艶やかな黒髪に手を置いた。
「お前達に言う事はもうねえよ。教えられる事は全て教えた。あとは自分自身で成長するんだ。お前達は今日で卒業だ」
「お師様……っ」
「これ以上「約束したじゃないですか!」
遮る。涙まじりの声が続いた。
「いつか貴方より強くなって、私が貴方を殺すって……それが私たちの絆だって……」
自分の仇であり続ける事で、彼女に生きる意志を与え、彼女を強くした。
ずっと自分を守ってくれた。ずっと自分と一緒にいてくれた。厳しくも、愛情を持って育ててもらった。
「もう貴方は私の家族なんです!大切な事をたくさん教えてもらった、かけがえのない人なんです!それなのに……こんな所に置き去りにしろって言うんですか。こんな所で見捨てろって言うんですか!そんなこと……」
出来るわけないじゃないですか。
最初は仇だった。この男を利用して、強くなるつもりだった。それが……
3年の思い出が脳裏に蘇る。手取り足取り、戦い方を教えてもらった。喧嘩もいっぱいした。同年代の仲間が出来て、楽しく修行出来た。病気になった時、寝る間を惜しんで看病してもらえた。
仇であったこの人を、憎むどころか、愛してしまった。
もう、この人なしで生きていくことなんて、考えられない。
仕方ないなと笑う。出来の悪い弟子を見る師匠の目。この三年間で何度も見てきた、彼の優しい目。
「それが聞けただけで……俺はもう充分だよ、ファン」
「お師……さま」
「行け、ファン。今度こそ俺の家族を守らせてくれよ」
トンと手刀を下ろす。倒れるファンを優しく抱きとめた。
「チサト、後の事は任せる。こいつらを頼む」
「…………positive」
「タエコ。三人の核はお前だ。力の使い方を間違えるな」
「…………ヴァリウス」
「チェルシー。お前の能力の高さは俺が保証する。だが自分の力を過信するなよ?自信を持つことと、自分を高く見積もることは違うぞ」
「…………先生。帰ってくるよね。あの家に」
涙ぐむ彼女に首肯を返す。聡明な彼女は半分以上師の嘘に気づいていた。しかし、己の中の揺るぎない最強が負ける姿が想像できなかったことが唯一の縁だった。
「話は終わったか?」
碧髪の美女が口を開く。どうやら別れの言葉くらいは言わせてくれたらしい。
「なんだ。待っててくれたのか」
「弱い奴に興味はないからな。貴様もそれ、サッサとどけろ」
後ろの四人を指差す。もう闘いたくて仕方ないという顔をしていた。
「行け、これ以上俺を困らせるな」
「信じています。先生」
四人の姿が掻き消える。見えなくなった事を確認し、炎狼はエスデスに向き直った。
「…………戦う前に、一つだけ聞いておきたい」
バーナーナイフを鞘にしまう。これを聞くまでは戦わないという意思表示。丸腰の彼と戦うわけにもいかない。エスデスも戦闘態勢を解いた。
「お前は……自分をなんだと思っている?」
「…………?」
「帝国に仕官する将軍か?兵士か?それとも戦士か?それか……狩人か?」
人間にはその人物を成す核が必ず存在する。それが強固であればあるほど、その人物は手強い。
ヴァリウスは狼。仲間を守り、仲間を育てる、集団の長だ。
「…………狩人だな」
十ほど数える間で、考え、出した答えは最後者。彼女の根幹をなしてきるのはパルタスの誇りだった。
「私は確かに戦士で兵士だが、そうである前にやはり狩人だ」
「………そう答えると思っていたよ。俺もやっぱりパルタスだから」
どれほど力をつけても、立場が変わっても、流れる血は変わらない。彼にも純度の高い狩人の血が流れている。
「なら、もうよせ、エディ」
「何をだ?」
「狩りってのは増えすぎた野生種を間引き、適正な自然環境を守る為に行われる自然保護の行為だ。いたずらに弱者の命を狩ることでは断じてない。それが俺たちパルタスの誇りのはずだ」
狩る相手は強き者。パルタスの前に立つのは強者のみ。野生においては弱肉強食。しかし我らは強肉強食。それが彼らの教えであり、矜持だった。
「エディ、自分を狩人だというのなら、その誇りを失うな。矜持を無くすな。それを失えば俺たちは屍の上に立つただの殺戮者だ。
真摯に言葉を紡いだつもりだった。言葉足らずも、己の中の意志を懸命に伝えたつもりだった。
けれども、氷の女帝から返ってきたのは冷笑のみ。
「らしくもないことを言う。弱者などただ淘汰されるのみ。私達が狩ろうが狩るまいがそれは変わらん。戦いの中で生き残るのは屍の上に立つ強者のみだ。私は選ばれた。そしてお前も選ばれた。神に、そして私に!最後だ。私と共に来い!ヴァリウス!」
ーーーー…………やるしか、ないか
目に力がこもる。戦意の炎が宿り、男は一匹の狼と変貌した。
「悪いがこの国にもう一度仕える気も、お前の狼に戻る気ももうない」
「私ももうお前を逃すつもりなど、ない」
そして女神も彼の記憶のままに、戦士と化す。冷たい殺気と燃える殺気がぶつかり合った。
「15分……」
「?」
「あいつらが確実に撤退するために必要な時間だ。連中の足なら15分あれば充分に逃げ切れる」
その言葉を聞いて、彼の意図を理解する。一対一の戦いを好む彼だが、最強のヴァリウスは背中に守る者がいる時。そのことをエスデスは知っていた。
「今から15分間、確実に俺は強いぞ」
「そうでなければな!さああの夜の続きを始めよう!私の人狼。そうでなければ私たちは始まらない!」
一度目を閉じ、深呼吸する。3年前は半分錯乱状態で戦った。だが今は違う。明確に、自分の意思で戦おうとしている。彼女と剣を交えるには色々な意味で覚悟が必要だった。
もう脳裏に思い出は蘇らない。過去との決別は3年前に済ませた。今思う過去はたった一つ。初めて出会った時に交わした、二つ目の約束。
『僕が君を助けるよ』
「あの雪の夜の約束を、今こそ果たそう、エスデス」
弱者は死に、強者が生き残る。それも真実ではある。しかし絶対ではない。自分達の根に巣食っているこの間違った信仰から彼女を救う。
たとえそれが死という形であったとしても。
「行くぞ」
「来い」
三年の時を経て、氷と炎が再びぶつかり合った。
ついに再び二人が激突します。墓守編、終わらなかったorz。今度こそ次回で終わらせます。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。