フェイル   作:フクブチョー

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第三十六罪 そして獣が集結する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スラムのとある一角で稚拙な擬音が鳴る。一つの影が宙を待って地面に落ちた音だ。

続いて響く硬質な金属音。影を吹っ飛ばした者が腰に剣を納めている。もう戦いは終わった。

 

「ま、待て………この野郎」

 

この場から去ろうとする二つの人影に声がかかる。倒れた女が必死になって絞り出していた。

 

───なんでテメエはいつも私にトドメささないんだ……

 

声は出なかったが、その意思を込めて睨みつける。この男はいつもそうだ。こっちが暴れていると必ず止めるくせに、トドメをさすことも、牢にぶち込むこともしない。ただ、戦闘不能にしてこの場を去る。そんな事をもう何度も何度もされていた。

挑み掛かる強い少女の琥珀色の瞳を見て男が微笑する。その笑顔はレオーネの目には少し儚げで、そして美しく映った。

 

「まったく、野良猫が根性だけはいっちょまえか。未熟で生意気、嫌いじゃねえなぁ、お前みたいなの」

 

笑う男はジッとこちらを見つめてくる。何度か対峙した事はあったが、ここまで近くで顔を見られたのはお互い初めてかもしれない。

 

「…………へぇ、いつも眉間にしわ寄ったツラしか見てなかったから知らなかったが……なかなか綺麗な顔してるじゃないか。せっかく美人に生まれたんだ。もっと淑やかに生きたらどうだ」

「ーーーーっ!?な、何言ってんだテメエ!」

 

怒りが肉体を上回る。もう精も根も尽き果てた状態だったにも関わらず、飛び跳ねるように襲いかかってきた。

しかしそれも無駄な足掻きだった。首筋に鈍い一撃が加えられ、再び地面に沈み込む。

 

「ガッ……」

 

───何されたかすら……分かんねー

 

暗転する意識の中で自分に起こった事を正しく認識することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やいこらヴァリウス!!」

 

スラムの子供達に何やら教えていた彼に怒鳴り声が叩きつけられる。一つ嘆息すると紅い瞳が彼女を捉えた。

 

「のこのこと1人でこんなところに出歩くとは不用心だったなぁ。今日こそテメエをぶちのめしてやるぜ!そこのチビどもさっさとどけろ!」

「はぁ……お前たち。今日の授業はここまで。お家に帰りな」

『はいセンセー!』

 

紙束を持って子供達が三々五々に散っていく。見えなくなったのを確認するとようやく彼はレオーネの正面に立つ。

 

「またお前か……よく飽きないな、野良猫」

「へっ、喧嘩に飽きるもクソもあるかよ!今日こそ決着つけてやる!」

 

帝具の力を発動させる。百獣王化、ライオネル。獅子に変身し、身体能力や回復力を飛躍的に上昇させる帝具だ。

飛びかかる。そしていつものように叩きのめされる。こちらが怪我をしない程度にしっかりと手加減されて。首元に鋒を突きつけられた。

 

「…………」

 

フッと息を吐くと鋒を引く。背を向けると同時に腰の鞘に剣を収めていた。

 

「っ、待てテメエ!なんでいつもいつもトドメ刺さないんだよ!!」

「…………もうちょろちょろすんな。お前に構う時間が惜しい」

 

顔だけをこちらに向けて彼はそれだけを答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、レオーネはとあるスラムの繁華街で倒れ伏していた。そこは帝国が営業を行っている娼館。娘たちの春を売っているだけなら真っ当な商売だったが、彼らは女と同時に薬を売っていた。そしてそこの娼館で働く娼婦たちはほぼ例外なくクスリ漬けにされている。その中にはレオーネの友人もいた。

 

怒り狂ったレオーネはそこの連中を皆殺しにすべく走った。帝国国営の娼館が相手となれば色々と問題も生じるが、そんなことに構ってはいられない。八つ裂きにしてやらなければ気が済まない。

 

───アレだ……!

 

小細工は性に合わない。チンピラとしての喧嘩の経験は豊富でも、実戦の経験は皆無だったレオーネは愚かにも正面から突撃してしまった。

突入した序盤は帝具の力もあり、八面六臂の活躍を見せていたのだが、流石に国営施設。護衛や警護のレベルもチンピラとは段が違うため、徐々に追い込まれていった。

 

「おい、そろそろ」

「はっ」

 

首魁らしき男が部下に指図する。すると仲間たちは一斉にマスクをつけ始めた。その様子をレオーネがいぶかしんだ時にはもう遅かった。

 

───うっ……

 

部屋の中の空気が鼻に届く。醜悪な匂いが獣化し、強力になった彼女の嗅覚を刺激した。思わず後ずさり、顔をしかめる。

 

───薬品……

 

グラリと視界が歪む。上下左右が定かでなくなり立つことも出来なくなってしまった。しゃがみ込む。その瞬間、腹部に衝撃が走った。

 

「ガハッ!?」

 

吹っ飛ばされる。相当の威力で蹴られた。態勢を整えて立とうとしても上手くいかない。

 

「やっと大人しくなったか、手こずらせやがって」

 

金色の髪を掴まれ、引き上げられる。ろくに動けないレオーネはただ首魁らしき男を睨みつけることしか出来なかった。

 

「へぇ、おまえよく見りゃ悪くねえ顔してんじゃねえか。ちょうどヤク漬けで廃棄処分になったヤツがいるんだ。たっぷり調教してやってから取り替えてやるよ」

「ふざ……けるな……誰が……お前らなんかの……」

 

黒の胸巻きが引き裂かれる。レオーネの豊かな乳房が露わになった。背中から踏みつけられ、地べたに這いつくばる。

 

「こ、殺して……やる」

「すぐにそんな事もどうでもよくなる。ほら、テメエら。こいつを例の……」

 

首魁の言葉はそこで止まる。ガラリと正面の扉が開け放たれた。そこにはボロボロの姿で立つ男が1人。

 

「ゼン、てめえ何やってる。見張りは…「つ、強え……」

 

倒れ臥す。後ろの影間から1人の男がゆっくりと姿を見せた。

紅い髪に紅玉の瞳を宿した、炎が人の姿になったかのような美青年。

 

「だ、誰だテメエ……」

「俺を知らないとは……所詮はスラムのモグリか。それとも俺がまだまだなだけか。ちょっとショック」

 

やれやれと一つ息を吐く。呆れた視線はそのまま這いつくばっているレオーネに向けられた。

 

「跳ねっ返りもここまで来ると笑えんな。バカだバカだと思ってはいたが、ここまでとは」

「ヴ、ヴァリウス……」

 

悠然と歩く。部屋に立ち込める匂いで状況は大体察していた。

 

「すまない、遅くなった。子供達の説明では曖昧でな。この辺りの娼館一軒一軒回っていた」

 

苦笑交じりの呆れ顔でこちらに近づいて来る。羽織っていたローブを肩からかけてくれた後、流血している箇所に何やら塗ってきた。薬だろう。膏薬の匂いがする。

 

「…………おい、またバカが乗り込んできやがったようだ。今度は男だ。構わねえ、ぶち殺しちまいな」

 

辺りに響くように大声で叫ぶ。しかし反応した者はいなかった。

 

「呼んでも来ねえよ。ここにいる連中以外には全員寝てもらった。なかなか通してくれなかったもんでな」

 

まだこいつの効力も全然だな、と手の中にある紋章を弄ぶ。知っている者は知っている。最近帝国軍で新設された新進気鋭の精鋭部隊のエンブレムだ。

 

「だがいずれこの紋章一つでどこにでも入れるぐらいにのし上がってやるぜ」

「なんなんだテメエはぁあああああ!!」

 

取り巻きの1人が襲いかかる。そしてまるで跳ね返されたかのように中天に舞い上がった。ヴァリウスは逆手に剣の柄を握っている。

 

「名乗ろう。帝国軍所属、第一特務隊エスデス軍副隊長、ヴァリウス」

「と、特務隊って………聞いたことあるぜ……帝国軍で新設された、遊撃担当の精鋭部隊……その副隊長」

「今日は民草からの軍への依頼の元、参上させてもらった。貴様らには幾つか罪状も上がっている。悪いが容赦はしないぞ」

「ふ、ふざけるな!俺たちは帝国の指導下の元で…」

「そう言ったことは白州でいいな。さあ、軍に来てもらう」

「と、特務隊だからなんだってんだ!ここだけでも三十人近く戦闘員がいるんだぜ?纏めてたたんじまえ!」

 

リーダーの檄に護衛たちが一斉に襲いかかる。その様子を見たレオーネは流石に彼の窮地を思った。

 

「に、逃げろ……いくらあんたでもこいつら全員の相手は……」

 

どんな業者でも数の暴力には逆らえない。ましてはこいつらは帝国正規兵並の練度を持つ。

しかしそんな心配とは裏腹に、男は不敵に笑う。

 

「お前はよくやったよ。余計な心配してないで休んでろ」

 

腰間の剣を抜く。その一振りで先に突っ込んできた5名ほどは吹き飛んだ。

 

「俺を殺したければ、魔神以上のヤツを連れてこい」

 

薄れゆく意識の中、人は壁にめり込むということを知った。

次に目が覚めた時、レオーネは治療を完璧に終えられた状態で自身のねぐらにいた。数日後、風の噂であの娼館は取り潰されたということを聞いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、野良猫。いるんだろう?出てこいよ」

 

赤髪の軍人が東屋でキセルを吹かしながら、誰もいないように見える背後に向かって話しかける。十ほど数える時間が立つと上空から彼の隣へと金髪の女が降り立った。

 

「いつから気づいてた?」

「3日前」

 

レオーネが彼を尾行し始めた時からだった。つまり最初からバレていたということ。

 

「気づいてたならなんで放っておいたのさ」

「だから貴様にいちいち構ってられないんだよ俺は。仕掛けてくる様子もなかったから捨て置いたが……いい加減目障りでな」

 

こちらを覗き込む彼の表情には呆れのような、感心のような、どちらとも言えない感情が混ざっている。

 

「で?何の用だ?今日は喧嘩しに来たわけじゃないんだろ?」

「…………」

「先日のことの礼ならいらねえぞ。仕事だからな」

 

見返りを民に求めていては軍人はやっていられない。基本的に嫌われてナンボの存在なのだ。軍人が感謝される日など永遠に来ないに越したことはない。

先にそんな事を言われてしまってはもう改めて礼も言えない。仏頂面に不機嫌の色をにじませ、レオーネは口を開いた。

 

「…………おまえ、なんでいつも私のこと見逃すんだよ」

「…なんで、か」

 

煙交じりの息を吐くと彼は空を見上げた。つられてレオーネも空を見る。この帝都は常に動いており、昨日と同じ光景は一度としてないが、空の色だけは例外だった。

 

「野良猫。お前、異民族の出身だろう?」

 

整った顔立ちの中に野性味を持つレオーネ。西の異民族に良く見られる風貌だ。それでいて帝国民の面影もある。恐らくこの推測は当たっている。

 

「……知らないさ。私は気づいたらこの街にいた。親の顔も、見た事ない」

「…………そうか」

 

彼の口角が上がる。時折見せる物憂げな笑み。そんな彼を見るとレオーネの胸はきゅっと締めつけられる。正体不明のこの感覚がレオーネをイラつかせた。

 

「俺も親の顔は知らんのだ。物心つく前に死んだとだけ聞かされた」

「ふーん、よくある話だな」

「ああ、よくある話だ」

 

そっけないレオーネの冷淡な答えに苦笑を返す。この男はどんな表情を浮かべても悲しみの色が混じる。

 

「野良猫、お前は俺がどう見える?人間に見えるか?」

「…………はぁ?」

 

何を言っているのかわからなかった。彼が人間以外の何に見えるというのか。いや、確かに強さで言えば人間とは思えない。帝具の力で獣化した自分を子供扱いするほどの実力を持っている。そこは確かに人間離れしてはいるだろう。しかし彼が聞いているのはそんな事ではきっとない。

 

「俺はな。強くなる必要があった。俺の居場所を作るためにはソレが不可欠だったから。俺が隣にいたいと思うヤツのそばにいるためには、人であることをやめなければならなかった。俺は人間だけど、人間じゃいられない。そんな存在だったのさ。そうやって前だけ見て走ってたら、いつのまにか炎狼なんて呼ばれるようになっていた」

「…………………」

「だから獣に変身して戦うお前を見て驚いた。人でありながら、獣。そんな奴が俺以外にいるなんて思わなかったから」

 

帝具の能力に驚くことはもうない。超常の力に関してはこの数年で充分見慣れた。それでも獣化したレオーネの姿には驚かずにはいられなかった。

そして俺と戦う時の楽しそうな目を見てしまった。強敵を求め、戦うことが楽しい。そんなあいつの面影を。

 

「お前と俺は少し似ている。だからお前を殺せなかった」

「はっ、何それ。あんたらしくないね」

「ふ……そうかもな」

 

レオーネの嘲笑に対してまた彼は悲しそうに笑った。

 

「それにな、お前の気持ちもわかる。あの辺りの連中は本当に救いようのない奴らばかりだ」

 

目の前の少女は理由なく暴れるという事はしなかった。彼女が人に拳を振るうだけの動機は常に存在していた。そして心情的に言って、やり過ぎを除けばこの野良猫の言い分は正しかった。

しかし軍人として帝国の富裕層を傷つけさせるわけにはいかない。彼女が暴れる理由の大前提には気に入らないという不満のはけ口がある。それを悪人に対して行なっているというだけ。だから初めて叩きのめした時以降、標的を自分に向けさせるよう誘導した。

 

「野良猫、力が余ってんなら軍に来い。暴れる場所には事欠かんぞ」

「ケッ、宮仕えはゴメンだね」

「そうか……だがそろそろ俺にかなわない事くらいは理解しただろう。いい加減突っかかるのはやめろ」

「うるさい、ケンカってのは負けを認めない限りなく負けじゃないんだ」

「ははっ、その通りだ。ケンカの勝敗はそれでいい。またいつでも掛かって来い。だからあんま弱い奴相手に悪さすんなよ、野良猫」

 

ポンポンとあやすように頭を叩くと、剣を腰に差し、立ち上がった。

 

「っ、おいヴァリウス!人の事を野良猫野良猫言うんじゃないよ!」

「なら名を言え。そしたらもう2度と野良猫とは言わん」

 

あっ、となる。確かに彼に名乗った事は一度もなかった。

 

「…………レオーネ」

「レオーネ……獅子の乙女か。勇ましい名だな。俺はヴァリウスだ」

「知ってるよ!」

 

ハハハと笑うとその場を後にする。一分の隙もなく歩くその姿を撫でられた頭を抑えながら見えなくなるまで見つめていた。

その日以来、彼はスラムに現れる事はなくなった。数日後、帝国に彼とエスデスの名前が轟いた。海外の最前線で八面六臂の活躍を見せる最強の狼として。

 

そして数年の時が経ち……

 

「…………なんだよ、コレ」

 

レオーネは久々に彼の顔を見た。手の中には炎狼が逮捕され、処刑を待つ身となったという記事が載っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よし、ここまで来れば大丈夫だろ」

 

肩を弾ませながら金髪の女が息を吐く。彼女の後を追ってきた4人もそれなりに息を切らしていた。スタミナや機動力に関して彼女たちは真っ先に鍛えられた。体力には自信のあった4人なのだがそれ以上にこの突然現れた獣じみた女の身体能力が高かったのだ。

 

「あなた……一体何者?」

「だからレオーネだって。スラムのなんでも屋さん。マッサージ師としての活動が最近のメインかな〜。この辺りのことなら大抵のことは知ってるから何でも聞いてね?」

 

ほら、おウチに帰んな、と助けた少年を解放してやる。一度深く頭を下げると、彼はどこかへと走っていった。

 

「で?私にだけ自己紹介させておしまい?」

「あ、ああゴメンなさい。私はチェルシー。コッチのポニテがタエコでロングなのがファン。片眼鏡はチサト」

 

4人の中で最も社交的なチェルシーが全員を紹介する。名前を呼ばれた三人も一度頭を下げた。

 

「しっかし度胸あるねぇ、三人とも。この帝都であんなマネが出来る奴がアイツ以外にいるなんて思わなかったよ」

「あいつ?」

「ああ、あんたらもきっと名前くらいは知ってるよ。そいつは」

「談笑しているところ申し訳ないが、あまり悠長に構えてはいられなくなった。レオーネといったな?ここの場所は三年前と変わっていないか?」

 

レオーネの言葉を遮り、チサトが地図を見せる。スラムは町並がコロコロ変わる。三年も経てばほぼ別世界といって差し支えない。しかし目的の場所はその例外に当たる。一応帝国とも繋がりのある酒場のため、易々と転居したりはしないのだ。チサトが道を聞いたのは念のためである。

 

「へぇ、あんたらも此処に用があるのか。実は私も呼ばれててさ。めんどくさくて放置してたんだけど……ん、気が向いた。ついでだから案内してやるよ。こっち」

 

指をクイと曲げると先頭に立って歩き始める。足取りは軽やかでかつ迷いがない。道は知っているらしい。

 

「……信用していいの?」

 

警戒心を滲ませながらチェルシーがチサトに耳打ちする。このご時世、無償の善意ほど怖いものはない。亜麻色の髪の少女はかつて師に教わった事を忘れていなかった。

「道は私の記憶とも間違っていない。それに何かするつもりならあの時お前達を助けたりはしなかったろう。あの状況なら自分が逮捕されてしまう可能性もあったんだ。そこまでして私達を詐欺に嵌めるメリットはないさ」

 

まだ少し納得のいかない表情を見せてはいたが、一応の理解は示した。一度頷くと懐のストリングスを握りしめ、チェルシーは後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ついた。此処だ」

 

歩いて数分、スラムにしてはなかなか大きく立派な酒場へと到着する。表向きは帝国に上納金を納めている国公認の酒場だが、実際は様々な人種がごった返すサラダボウルであり、革命軍とも繋がりがある。酒場の名前はTIMといった。

 

「此処のマスターが変人でさぁ。帝国とも、革命軍とも繋がってる。相当のタヌキだ。店の名前の由来は左右どちらから読んでも同じように読める存在だからTIMなんだってさ」

 

左右対称。利益さえあれば誰にでも協力する。それがマスターの方針だった。扉を開けると一気にざわめきが押し寄せてくる。なるほど、此処でなら内緒話もしやすいだろう。木の葉を隠すのは森の中に限る。

 

「ほら、行くよ。カウンターまで行かなきゃ」

 

逸れないようにレオーネはチサトの手を掴もうとするが、自然な動作で避ける。行き場をなくした華奢な手の持ち主は一度苦笑すると人ごみの合間を縫って歩き始めた。4人もそれに続く。

 

「へい、マスター」

 

空いたカウンター席に座り込む。コインを一枚、指二本を使ってテーブルに置いた。

 

「何にする?」

「ジン・ビーム」

「代金は?」

「ミハエルの奢りで」

 

コインを受け取り、テーブルの奥へと消えて行く。その様子をファン達は呆然とした表情で見ていた。

 

「ん?なに見てるんだ?私の案内は此処までだ。こっから先は私の都合だよ」

「………」

「ああ、さっきのやりとりは暗号でさ。あなた達には「……私たちも」

 

チサトが懐に手を伸ばす。胸元から取り出したのは先ほどレオーネがカウンターに置いたコイン。

 

「全く同じ事をしようとしていたんだ」

「…………へぇ」

 

口角が上がる。只者ではないとは思っていたが、こいつらも軍がらみで帝都に来ているようだ。

 

「あんたら、なにしに此処に来た」

「…………ある男を、救い出すために」

「なるほど。たまにいるね、そういう人。恋人?」

「いいや、師だ」

 

師か、と一つ呟く。そんなものがいた記憶はレオーネにはなかった。

 

「そういうお前こそ一体何者なんだ」

「私はただのチンピラさ。つい最近腕っぷしを買われて革命軍にスカウトが掛かってね。組織に属するのは面倒そうだから放置してたんだけど……死ぬ前に一度拝んでおきたい顔があってね。ちょっとツテが必要になったのさ」

「レオーネ」

 

無精髭を生やした男が彼女の名を呼ぶ。ついて来いと顎で指示を出してきた。

カウンターの奥にある酒蔵へと案内される。何か石の配置を変更すると、ワインセラーが動き、隠し扉が現れた。

 

「ここから先はワシは感知せん。何かあったら呼べ」

 

マスターがカウンターへと戻って行く。無人となった酒蔵の隠し扉のノブを回した。

 

「やあ、レオーネといったな。待っていたぞ。悪いがこの後人と会う約束をしていてな。早速本題に入らせてもらう」

「はじめまして女将軍さん。それってこの人達のこと?」

 

レオーネが半歩身体を引く。陰になって隠れていた4人の姿が露わになる。

 

「ナジェンダ……将軍」

「チサトさん……」

「ああ、やっぱり知り合いだったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チサトとナジェンダが予期せぬ形で再会した一方、その酒場で処刑について情報を集めている者がいた。ローブを頭から被っているため、顔は分かりにくい。なかなか高身長だが体躯は華奢なため、恐らく女性だと思われる。手にはあの号外が握り締められており、ローブの隙間からは輝くような金髪の癖っ毛が見えた。

 

「フェイルさん……」

 

待っていてください。必ず、私が……

 

酒場を出たその人物は地下牢がある方向へと歩みを進めて行く。傷だらけの拳を握りしめて。

 

かつて狼に救われた者たちが、集結しはじめていた。

 

 

 

 

 

 




あけおめことよろ〜!フクブチョーです。新年一発目は原作完結記念をかねてフェイルから筆を取らせて頂きました。いかがだったでしょうか?それでは今年もフェイルをよろしくお願いします。励みになりますので感想、評価もよろしくお願いします。
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