フェイル   作:フクブチョー

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第四罪 星

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー私が背後の気配に気づかなかった!?

 

肩に触られて慌てて振り返った先にいたのは長身にいかにも戦士然とした体格の美丈夫。焔のような緋色の髪にルビーの瞳が輝いている。

 

ーーーー…………綺麗

 

一瞬その鮮やかな赫に目を奪われる。ああ、やっぱりと言わんばかりに納得したような顔つきをされてようやく我に返った。

 

「な、なんの事ですかな?私は「あー、そういうのイイって。変装技術は大したモノだがお前さん自身は素人だろう?重心の置き方から言って女か?特別な訓練は受けてないな。役人見習いといった所か」

 

ズバズバ推理を的中させる目の前の美男子に言いようの無い恐れが生まれる。昔読んだ書物に人の心が読めるサトリという怪物が脳裏に浮かんだ。

 

「ーーーーと、此処で話すのも何だな。ちょっと来い」

 

無造作に男の手首を掴んで部屋に引き込む。本来の彼女の姿ならまるで襲われる直前のような画だが、今の二人ならまるで父の姿を見られるのが恥ずかしい青年のような絵だ。

 

カチャリと鍵が掛けられる音がする。自分の唇の至近距離には精悍な美男子の顔がある。思わずドキリとしてしまうのは思春期の乙女のサガだろう。

 

「ココならいいだろう。さて、話を聞こうか。先ずは変装解きな。腹を割って話そうじゃないかフレンド」

 

初対面の人間に対してあまりにフランク、かつパーソナルスペースにずかずかと入り込む態度に少し狼狽する。だが不思議と不快感はない。

 

ーーーーイケメン補正かな?

 

などと馬鹿な事を考えつつ、ガイアファンデーションを解除する。もうどう言い訳してもこの美しいモンスターは騙せないだろう。

 

「………………これはこれは。女だとは思ってたが想像以上に若い嬢ちゃんだな。馬鹿弟子より三つ四つ上程度か?名前は?俺はフェイルだ」

 

「フェイル?随分変わった名前ね。何か欠陥でも持ってるの?」

 

「ほっとけ。俺が考えた名前だ。お前は?」

 

「私はチェルシー。貴方の言った通り役人見習い。あの変装はこの道具のおかげ」

 

化粧箱のような物を前に持ち出し、中身を開く。中身も見た目は化粧道具だが、何とも言いようのないオーラを感じる。

二重底になっている事は一目見て解った。確認するために開けてみるとそこには何の変哲もない飴玉で埋め尽くされている。

 

「お前飴好きすぎだろう」

 

「なんか咥えてないと口が寂しいのよね〜」

 

一本取り出し、慣れた手つきで袋を開け、口に咥える。この子にとってはタバコのような物なのだろう。健康に良いとは言えないが、タバコよりはマシかと思い直した。

 

「やはり帝具か…………文献で見た覚えがある」

 

「?テーグ?危険種の名前?」

 

「ああ、パンピーには知らない奴も多いのか。昔帝国で作られた四十八の超兵器の一つだよ。こいつの名前はたしかガイアファンデーションだったはずだ」

 

「へぇ、そんな名前なんだ。てゆーか貴方詳しいね」

 

「こう見えてエリートだったんだよ、俺は」

 

過去形という事は役職を追われたのだろう。珍しい事ではない。佞臣暗君とは有能な人物を疎む。左遷された能力ある文官をチェルシーは多く見てきた。

 

「で?何であんな殺気丸出しで太守を見てた?まあ大体わかるが」

 

「ならいいじゃない」

 

「直接聞きたいんだよ」

 

先を予測する事は大事だが、それに囚われすぎるのもよくない。予測など必ず外れるものだ。生の情報こそが大切である。

 

「隙を見て消すつもり」

 

「ほーらいるんだよこういう短絡思考。お前さん賢いんだろうが、まだまだ嬢ちゃんだな」

 

ム、と表情に不満が浮かぶ。悪の根源を断つ事の何が短絡思考なのか、彼女にはまだ分からなかった。

 

「お前も役人見てきたんなら知ってるだろう。今の帝都の文官なんざあんなクズばっかりだ。もしお前さんが今の太守を消しても、また新しいクズが就く可能性が高い」

 

「………………」

 

あっ、と一度反応したきり、反論してこない。良い太守が就く可能性もあるじゃないか、と言うことも出来たが、都合のいい可能性を信じて行動する事の愚かさは彼女にも分かった。

 

「別に落ち込む事はない。お前さんを責めてるわけでもない。人間の八割はそういう考え方をするものだ。だが古来暗殺で大事を成せたヤツはいない。もっと先を見据えて、全体を俯瞰する目を持たなければならない」

 

「なんか先生みたいね、貴方」

 

「人に物を教える事が多かったからな。昔も今も」

 

主となって兵の鍛錬をするのはエディだったが、彼女の仕事はは実戦の指揮がほとんどだった。細かい教育や鍛錬メニューの制作は副将のヴァルが主に請け負っていた。もちろんそのメニューをエディも目を通していたが、己の万能の副官を心から信頼していたため、反省会や強化訓練の監督はヴァルに任されていたのだ。

 

「で?先生。私はこれからどうすればいいの?」

 

昔の俺なら、「テメエのやるべき事ぐらいテメエで考えろ」と怒鳴っていただろう。自分で考えて行動出来ない奴は戦場では死ぬ。戦場で生きる者は強い者ではない。もちろん強いに越した事はないが、圧倒的な戦闘力をもつ戦士であろうとも流れ弾でアッサリという事態を何度も見てきた。思考を止めず、状況を理解し、変化できる者こそが”強い”ではなく、”手強い”と呼称される戦士だ。

だが目の前の少女は俺の部下ではない。まして軍人でもない。いきなり考えて行動しろ、というのも酷だろう。

それにこの口ぶりから言って俺が今の太守を消すために動いている事くらいは理解している筈だ。なら敵味方の区別をつける為に今後の動きを指示しておくのも悪くない。

 

「取り敢えず、お前さんは何もするな。今まで通り仕事してればいい。素人が下手に動いて警戒されても困る。いずれ俺があの太守を燃え散らして新たに用意している正しい為政者を据える。その時まで待っていろ」

 

「イエス、ボス」

 

 

 

 

 

 

 

思わぬ話し合いが終わった後。

フェイルは言いつけられた仕事を終えて、屋敷の中に用意された使用人の部屋でロードへの報告書を作成していた。

 

…………食糧や金の流れから言って彼らが動くのはやはり近日中のパーティの後。隠し通路の見取り図は今作成中。二日後には完成予定。

 

ーーーーこんなモンかな……

 

取り敢えず書き上がった。窓を開けて夜風に触れる。涼しいというより冷たさを感じる風が頬を撫でる。幼少の頃から身を刺すような冷たい風に吹かれていたからか、陽だまりの暖かい風よりはこちらの方がヴァリウスは好きだった。

 

 

空には満点の星空が広がっている。空の星には白以外の光を持つ星がある。

 

 

 

ーーーー変わらないな、お前たちは……

 

 

 

 

 

ヴァル

 

なんだよエディ

 

 

幼い頃、あの雪の夜が終わり、二人で生きてきて、パルタスの村で獲物がいなくなり、二人で旅に出た頃。寒さをしのぐ為、二人で抱き合って眠っていた……

 

 

星には色があるのもあるんだね

 

色?

 

 

まだ星の知識など皆無だった頃だ。星には白以外の色があるなどまるで知らなかった。そもそも、星などちゃんと見た事がなかった。それはエスデスも一緒だろう。

 

 

ほら、あそこ。緋い星がある。その隣には碧い星。

 

 

夜の闇に向けて指をさす。ナイフを握り、野生で生きてきた少女の手は見た目には小さく、可愛らしい。だが何度もその手に触れてきた緋の少年は自分と同じくらい硬い手だというのを知っている。

 

 

………………ホントだ。白くない。緋と碧がある。

 

ヴァルと私みたいだね!

 

俺たち?

 

うん!碧い星が私!緋い星がヴァル!

 

 

ね?、と笑いながら、隣で寝転んでいる少年の緋色の髪を触る。自分とは対照的な色の彼の滑らかで艶やかな緋の髪が少女は大好きだった。

 

 

ヴァル、知ってる?星ってね、少しずつ動いているように見えるけど、実は動いてるのは私達でホントは動かないんだよ。だからあの星はずっと一緒にいるの

 

へえ〜、知らなかった。

 

ね?それも私達みたいじゃない?

 

なんで?

 

私達は絶えず動いてる。場所だったり、時間だったり。でもどれだけ動いても私の隣には貴方がいる。ね?そうでしょ?

 

………………そうだな、俺はずっとエディの隣にいる。

 

 

お返しとエディの碧く長い髪を撫でる。首元までしかない少年の髪とは違い、少女の髪は腰まである。梳き通すように指を通し、頬を撫でる。エディと呼ばれる少女は愛おし気に梳き入れられた手に頬を寄せる。この仕草をすると少女はいつも目を細め、少年の手に頭を預ける。温もりを目一杯に感じ取れるように意識を研ぎ澄まさせる為だ。剣だこまみれで硬く、決して触り心地のいい手ではないだろうに甘えた猫のようにヴァリウスの手を感じる。

 

 

ヴァル、ずっと一緒だよね?

 

ああ、もちろん。

 

好きだよ、ヴァル。大好き

 

俺もだよ

 

 

小さな二つの唇が拙い動きで合わせられる。まるで獣同士が傷を舐め合うようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー予定は未定だな……

 

緋と碧の星を見ながら昔を思い返す。あの頃はこんな事になるとは夢にも思っていなかった。

 

人はよく星に例えられる。この国にはまさに星の数ほど人がいる。そのほとんどは白の光だ。だがその中で一際明るい碧と緋がある。まるで理から外れたように異なる色を宿した星。

 

ーーーー本当に俺たちみたいだな……

 

成長し、色々な事を知り尚更そう思う。俺たちは人と呼ぶには人から色々とかけ離れている。

 

ーーーーん?

 

よく見てみると緋の星の隣に小さく光る星がある。あまりに小さくてわからなかったが確かに光があった。

おかしな話ではない。宇宙では絶えず新しい星が誕生している。それも人とよく似ていた。

 

ーーーーあの星(ファン)を一際輝く星にするか、それとも碧の光に呑まれてしまうのか……

 

その星がどんな光になるかは環境次第。それは人と星の異なる点の一つだった。

 

「強くしてやろう。俺が出来る限り……」

 

戸を閉じ、カーテンを閉め、明日に備えて眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーヴァル……

 

まだ療養中であり、設えられた自分の部屋で安静にしているエスデスは自室から夜空を見上げていた。今やこの世の全てが色褪せて見える。唯一輝いているのは思い出だけ。

 

今、光を放っていたのは夜空に輝く二色の星によって思い返していたヴァリウスと同じ思い出。

 

ーーーーあの頃から……いや、その前からずっと世話をかけていたな

 

隣にいるのが当たり前過ぎて、いなくなって初めて気づいた。私はあいつに頼りすぎていた。振り回し過ぎていた。幼少の狩りでも、そして成長した今でも……

男はもちろん、秘密裏に女子供を殺す事もさせて来た。

 

でも信じてくれヴァル。お前にそんな負担を掛けていたなんて本当に知らなかったんだ。

ただ秘密裏に行わなければならない事案だったから、不要な犠牲を出さない為にも最も氷の女神が信頼できる手練れの駒を使った…………誓ってそれ以外の思慮など持っていなかった。傷つけるつもりも、ましてや追い詰めるつもりなんてかけらも無かったのに……

 

いつからだろう、あの男の無垢な笑顔が見れなくなったのは…

 

多くの戦場を彼と駆け抜けた。冬空の下、狩りをしていた時は確かにその明るい、輝く笑顔を見せてくれていた。軍人となり、力を振るっていた時も彼は笑顔を見せていた。自分と同じように快感を感じていたはずだった。返り血をその緋い髪に浴び、緋の美しさと比べたらはるかに劣る赤を全身に纏わせながらも彼は挑戦的に笑っていた。

 

そう……

 

 

相手が戦士であれば

 

 

帝国という伏魔殿でのし上がる為には汚い事に手を染める必要もあった。帝国の特権階級達がその権威を利用し、我欲を貪る。その手伝いとして、邪魔な良識派の文官達を家族もろとも屠る。実をいうと、この行動だけは焔の狼の独断だった。

 

エスデス自身はターゲットさえ屠れば、後はどうでもいい。寧ろいずれ起こしてくれる反乱を期待し、戦いを楽しむ為に何人か生かしても構わないとさえ思っていた。しかし、炎狼は完全主義者だった。

 

反乱の目など微塵も残さない。完膚なきまでに燃え散らす。一度倒した敵に再び苦労させられるなどゴメンだった…………いや、万能の副官の才をもってすれば、復讐者など歯牙にもかけない存在だろう。

 

正しい復讐者を二度も燃え散らすという事に耐えきれなかったのだ。

 

それも強者の特権と氷の女神は半ば女神の意思を無視した焔の狼を責める事はせず、まるで気に留めなかった。

そんな日々を過ごすうちに狼の瞳から焔は消えていき、淡々と命令をこなす、躾けられた猟犬のような冷たい目をとなっていった。

 

ーーーーすまない……すまない、ヴァル。ごめんなさい

 

 

漏れそうになった嗚咽を堪える為に包帯で巻かれた手で胸を抑える。己の罪深さと彼への憐れみ、そして後悔がどんな刃よりも女神の胸を抉る。

 

ーーーー信じて、ヴァル。貴方を追い詰めたいなんて動機は一切無かった。あったのは強者の矜持とたった一つの私欲……相棒と駆け抜ける未来……

 

どれほど二人が返り血で染まろうと、雄々しく明日へと駆け抜ける。

 

それだけを望んで闘ってきた。

それが氷の女神が犯した一つの罪(フェイル)

 

そんな罪に罰が降る。

 

炎狼が牙を剥いた。己の……いや、己と炎狼であれば思い通りにならぬ事などないと有頂天となっていた女神と思い込んでいた哀れな女。そんな愚かな小娘の喉笛を狼が神千切った。

しかも最強の誇りを最も傷つける生き恥というおまけ付きで。

 

だが傷ついた女神にとっては、そのオマケは最高のギフトだった。

 

今帝国では既に手配書が回っている。だがあの男がいつまでもこの国に留まるような愚を犯す真似をするワケがない。もう既に遠い国の空の下にいるだろう。盲点を突いてこの国のどこかに潜んでいるのだとしてもあの狼を捕らえられる人間などいるはずが無い。少なくとも帝国には。

 

一度別れてしまえば、二度と出会えぬ程この世界は広い。

もう会えないかもしれない。だがそれはあくまで可能性。

 

二人とも生きているなら可能性はゼロではない。ならば諦める理由は無い。

 

ああ、神様……生まれて初めて貴方に祈ります。

伝えたい言葉が、素直になりたい気持ちがあるから…………どうか、もう一度だけ……

 

 

夜空にボロボロの手を伸ばし、傷ついた哀れな女が女神として見事に甦るのはもう少し先の話……




*ああ、神様……生まれて初めて貴方に祈ります。
範馬(薄い)だって祈ったんだからいいよね?


書いてて誰だよコイツ。こんなのエスデス様じゃねえよ!とは自分でも思ったのですが筆が止まらなかった。後悔はしてなくもない。本人に見られたら間違いなく殺されるじゃ済まないでしょうが。では次回で隠遁生活編は終了。次はなんにも考えてない←オイので気長にお待ちください。それでは感想お待ちしています。
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