フェイル   作:フクブチョー

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第四十罪 牙が砕ける音がする

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの人が好きだった。クロメ以外で初めて家族と思える仲間ができた。その中でも彼女は特別だった。

 

コルネリア。優しくて、凛々しくて、美しい。女性陣の中では最も年長で、包容力があって。本当に素敵な人だった。妹を持つ姉としてこの姉貴分に強く憧れを持っていた。この人のようになりたいと思った。

 

だからこの人が死んだと知った時は本当に悲しかった。家族と呼べる仲間を初めて失ったあの時の喪失感は忘れようもない。

 

コルネリアが生きていたら。そんな事、数え切れないほど考えた。何度も何度も夢に見た。

だから、生きていてくれたらどんな形の再会でも心から喜んだだろう。たとえ自分の事を忘れてしまっていたとしても。

 

けれど、今は喜べなかった。こんな所での再会は、比喩でなく、本当に夢にも思わなかったから。

 

「コル姉……生きてっ」

 

駆けよろうと動き始めたポニィを止める。自分以上にコルネリアに懐いていた彼女だ。気持ちはわかる。自分もできる事なら駆け寄り、抱きしめたい。だが、他ならぬ炎狼によって広げてもらった視野のおかげで、彼女がここにいる意図のおおよそを察していた。だから動けなかった。

 

「コルネリア……」

「久しぶりね、アカメ。ちょっと見ない間に綺麗になったんじゃない?ポニィは相変わらず───」

「コルネリア。質問に答えて欲しい」

 

左手で刀の鯉口を切る。その様子を見てコルネリアは成長したなと心から感じた。自分はフェイルによって目を覚まされ、帝都で見聞を得てようやく広がった視野を、この子は暗部に所属したまま成し遂げたのだ。

 

「何しにここに来た?」

「…………」

「生きていてくれたのは本当に嬉しい。けど、返答次第じゃ、あなたといえどこの剣を抜く」

「コルネリア、急ぎませんと時間が…」

「ごめんシェーレ。ちょっと待って」

 

隣に立っている眼鏡をかけた少女がコルネリアを急かす。わかってると一度頷く。ここまで順調に来てはいるが、未だ自分達は分水嶺にいる。少しでもリスクは少なく行動しなければならない。

しかし、彼女たちとこの場で出会ってしまっては、もう衝突は避けられない。いや、ポニィだけなら避けられたかもしれない。だが、この目をしたアカメから逃れられるとは思えなかった。

 

「そんな怖い顔しないでよアカメ。私は貴方達の敵になったつもりはないわ」

「味方をしに来た訳でもないはずだ」

「それはまあ、そうね」

 

積極的に戦うつもりはないが、なんの波風も立てずに出来るとは思っていない。

 

「…………今更私達のところに戻ってきてとは言わない」

 

───そのつもりならとっくに戻ってるはず。自分と同じように、あの紅い狼に教えられ、この国に疑問を持ったからこそ戻らないのだろう。その気持ちはわかる。自分も同じだから。

 

刀の柄に結び付けられた紅い布を握りしめる。その布はフェイルに出会ったあの日、彼からもらったハンカチだった。元は白かったのだが、先日彼の檻を訪ねた際に彼の血で染まっている。昨晩に返そうと思ったそれは、刀にくくりつけられている。彼の死を見過ごすと決めた時、この傑物のことを忘れないという誓いをこの血染めのハンカチで形にした。

 

「何もしないで、このまま帰って。そうすれば私達も何もしない。だから……」

「悪いけど、それは出来ないわ」

 

手甲を嵌める。以前にはなかった装備だ。恐らく粉砕王が破壊され、新たに用意したのだろう。徒手で対武器に対応するために。

 

「アカメ、貴方もわかるでしょう?あの人はこんな所で失ってはいけない人よ。国や民を本気で思うなら──」

「もういい、喋るなコルネリア」

 

腰間の剣に手を掛ける。そんな事は彼の処刑が決まったあの日から、夜の数だけ考えた。彼の死を幇助することが正しいのか。自分は何のために剣を取ったのか。コルネリアが何を言いたいかくらい、言われなくても全部わかる。

 

───言葉を尽くしても、無駄か

 

「大人になったね、アカメ。割り切り方が上手になった。無愛想の中に感情がある子だったのに。元仲間としては喜ぶべきことだけど、元姉貴分としては少し悲しいわね」

「ア、アカメ。本気でやるの?相手、コル姉なんだよ!?」

「コルネリアは私がやる。ポニィは後ろのを」

「ごめん、シェーレ。戦えるよね?」

「あまり期待はしないでください」

 

腰から短剣を抜く。素質があるとはいえ、軍の門を叩いた時はあまりに普通過ぎたシェーレは扱いの難しい強力な武器を扱うだけの技量はない為、軽く、小回りの効くコレを得物に選んでいた。

 

アカメ、コルネリア、ポニィ、シェーレ。大小はあれど、炎狼と一度は触れ合った者たちが、ぶつかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘時、1番やってはいけないことはなんだと思う?

 

三年間の修行の折、一度問われたことがある。

 

「引き際を誤ること」

「油断をすること」

「守れないこと」

「答えに個性が出てるな。どれも間違いとまでは言わないが、正解でもない。正解は思い込みだ」

『思い込み?』

 

これは催眠のようなものだと師は言う。

 

「過小評価の上には驕りが。過大評価の下には卑屈がある。敵を自分の中で大きくしすぎては勝てる物も勝てないし、小さくしては足元をすくわれる」

 

いいか、覚えろ

 

「向き合う敵の力量をしっかり見切れ。何が出来て、何が出来ないかを正確に把握しろ。頭は冷静に。感情は腹の底に秘めろ」

「で、でもさ先生。実戦では想定外な事象はいつでも起こりうるって言ってたじゃない。そんな時動揺せずに自然体でい続けるなんて、いくらなんでも難しくない?」

 

チェルシーの言うことは一理ある。してはいけないことだが、実際ヴァリウスですら実戦で動揺したことは幾度となくあった。

エスデスであれば、ヒートアップする事でその驚きを克服するが、感情を前面に押し出すタイプではないヴァリウスとその弟子達にそれは出来ない。故に、そういう時の対処法も炎狼は当然心得ていた。

 

「スイッチを作れ」

『スイッチ?』

「そう、言葉でも動作でも何でもいい。自分の中で揺るがず決めるルールだ。俺の場合は言葉。『燃え散らす』って言った時、どんな状況だろうと一度頭をクリアにするって決めている。あ、そんなことで自然体に戻れるのかってツラだな。まあ実感しないとわからないかもしれないが、これがなかなか効果的だ」

 

思い込みは催眠の一種。なら催眠を解くために最も手っ取り早い手段は何か?

それは催眠の上から新たな催眠をかけて上書きすることだ。

 

「ルーティーンってのは効率的に動くためという理にかなった意味もあるが、自己催眠の意味もある。だから本来自分で適したものを編み出す方がいいんだが……これが結構時間かかるんだよな」

 

故に未熟なうちは誰かにスイッチを作ってもらうことが多い。精神状態をコントロールすることも師匠の仕事だ。

 

「慣れないうちは動作がいいだろう、それも感覚を伴う。そうだな……お前達のスイッチは───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オウラァ!!」

 

石畳が粉砕される。鳴り響く派手な破砕音。しかし、地下に響いているのはそれだけではなかった。帝国の地下監獄。最も地獄に近い場所にはまるで似合わない不協和音。耳障りではない。耳障りならこの場においては不協和音足り得ない。その音色は美しく、典雅で芸術的といっていい代物だった。

 

「へへっ。音にやられた身体でよく避けたじゃねえか、てめえら!」

 

床を叩き割った大男が武器を構える三人の少女を褒める。モーション丸出しの大振り、攻撃の掛け声、隠そうともしない殺気。炎狼の弟子たる彼女らなら当たる方が難しい攻撃だったが、それでも三人はその褒め言葉を素直に受け取っていた。

 

「…………二人とも気をつけて。足元濡れてる」

 

足場の変化にファンが気づく。よく見ると割れた床から水が漏れでていた。どうやら今の一撃で地下水が漏れでてきたらしい。足を取られないよう注意を払う必要がある。

 

「そんなことよりなんなのコレ……身体に力入んない」

 

息をかみ殺すヘッドホンをつけた亜麻色髪の少女、チェルシーは今自分達に襲っている異常を告げる。気のせいではない事を残りの二人も共有していた。

 

「この音のせい、かな。多分帝具」

 

最も戦闘経験豊富な黒髪の少女、タエコは異常の原因を推測する。大男がご名答と答えた。

 

「軍楽夢想・スクリーム。音色を聴いた者の感情を自在に操る帝具さ。まあ催眠術みてえなもんだな」

「ダイダラ。喋りすぎるな」

「いいじゃねえかリヴァ。こいつら帝具持ってねえみてえだし。このままじゃ有利過ぎてロクな経験値にならなさそうだしよ」

「驕りが過ぎるのがお前の弱点だ」

 

軍服を着た壮年の男がダイダラを諌める。笛を吹いていた中性的な顔つきの少年も手にした笛を外した。弱体化にはもう十分成功している。これ以上三対一の状況を続けさせるのは危険と判断する。

 

「さてと。そろそろ僕も参戦するよ。早くこのお姉ちゃん達の顔貰いたいし、これだけ弱ってれば後は楽勝……」

 

その言葉が途中で止まる。ほぼ同時に三人は同じ動作をした。

 

『お前達のスイッチ。起動の合図はまず動作だ。歯で指を軽く切る。僅かな痛みは感覚と意識を呼び覚ますことに適している』

 

親指を歯で軽く食いちぎる。三人の唇が紅く染まった。

 

『次はスイッチをオンにするパスワードだ。一言、それでいて自分が奮起できる言葉がいい。これだけはお前達が決めろ』

 

「生きる」

「竜巻」

「守る」

 

三人の纏う空気が変わる。立ち姿は軽やかになり、全身から漲る力を感じ取れた。スクリームの効果が明らかに薄れている。

 

「こいつら、何した?」

「恐らくは自己催眠の一種だ。弱者の知恵だが悪くはない。切り替えには効果的だ」

 

そう、これは弱さを克服するための術。エスデスのように、生まれながらにして最強と誇る者であれば必要のない技術だ。無論ヴァリウスも充分に強者の位置に属する。しかし、人生で最も長く共に過ごした者と比べれば、己は弱いという認識は常にあった。

 

「先生は弱さを恥じたことはなかった。戈を止めると書いて武。強さを止める弱さこそが凡人(私たち)の力なのよ」

「なるほど、さすがはあの方の弟子だ。面白い。ならばお前達の武器、見せてもらおう」

 

壮年の男の指輪が鈍く光る。同時に溢れ出ていた地下水がまるで生き物のようにうねり、三人に襲いかかった。

 

「なっ!?」

「避けて!」

 

タエコが水の槍を薙ぎ払う。手応えは硬い。人を貫く威力は充分にある。

 

「君たちと戦うのが地下であったことは、幸運か否か」

「水が動いた……帝具か。氷使いの部下らしいね」

「でもこんなちょっとの地下水しか操れなかったところを見ると、先生やエスデスみたいに何もないところから生み出せるわけじゃない。ならあの二人とは格が違う。勝機は充分ある」

「私とエスデス様の格が違う?そんな当たり前のことを勝機に見出すなど、笑わせる!!」

 

さっきよりは大きい槍が、数を増やして作られる。しかしそのどれもが炎狼の三弟子の脅威とはなり得なかった。

 

「あの帝具、派手には使えないみたいね」

「地下だからよ。水で埋まっちゃったら味方の邪魔をしかねないもの」

 

彼女らの分析は正しい。つまり、この戦い。リヴァの役割は主にサポートだろう。水の槍の間合いはこちらのそれをはるかに上回る。反撃のリスク無しで攻撃できるメリットは大きい。遠距離で刺されに来られたら厄介だ。

 

「───っ、待て!ダイダラ!」

 

巨体の男が突進する。リヴァの制止の声は彼には届かない。標的は艶やかな黒髪を簪で纏めた美女。見たところ、彼女が最も手練れ。だが初戦は女。自分はパワータイプの戦士で、速度は少し劣るが、それでも通常のレベルから見れば充分早い。女のカウンターなど恐るに足りない。

 

「うぉおおおるぁああああ!!!」

 

巨大戦斧を振り上げる。ダイダラの動きに対し、タエコは半身で構え、腰を落とす。取った構えは黄塵。自身の武器である剣を水平に持ち、拳で隠す構えだ。刀身が完全に隠れるため、ある程度腕のある使い手ならば迂闊に攻めることができなくなる。

しかし、ダイダラには関係ない。あの細腕で振るわれる剣など、彼にとってはまるで脅威ではない。

 

凄まじい振動と轟音が地下に響く。コンマ数秒遅れてタエコも剣を抜くが、遅い。

ダイダラの放った一撃は地下の石床を深く破壊した。地下水は更に溢れ、床全体は満遍なく濡れた。

 

衝撃から逃れたタエコは大きく飛び下がる。同時に鳴るチャンっという甲高い接着音。黒髪の剣士は実戦の最中だというのに、既に納刀していた。

 

「ハッ、うまく逃げやがったな。だが、次はどうかな?」

 

斧を持ち上げ、何かをしようとする。二挺大斧ベルヴァーク。並外れた膂力がなければ使えない斧の帝具。その奥の手は投擲武器としての使用が可能であるということ。中心から二挺の斧に分離することが可能であり、投擲された斧は勢いが続く限り敵を追跡する。地下の様な適度に広く、逃げ場は少ない密室ではその威力は凶悪の一言に尽きる。この斧の飛翔を止める事は難しい。

ダイダラは帝具の奥の手を使おうとする。しかし、その動きは中断される。彼の視界が傾いてしまったからだ。

 

「んあ?」

 

踏ん張ったが、耐えられない。前のめりになって倒れこむ。

 

「──え?」

 

振り向くと信じられない光景が視界に入る。下半身は直立不動でしっかりと立っていた。しかし、ダイダラは地面に伏している。字面だけで見ればあり得ない状況だが、この現実に矛盾はない。

 

上半身と下半身が別々にならなければいけないという条件はあるが。

 

「高らかに気合の声を叫んで、モーション丸出しの大振り。威力、速度、共に並」

 

黒髪の剣士は冷ややかな目で真二つになった大男を見下ろす。

 

「隙を見せるな。大振りをするな。予備動作は最小限に、決して敵にこちらの動きを読ませるな」

 

三年間、口を酸っぱくされて言われ続けてきた、炎狼の教えの一つ。

 

「私達は世界最強の男の剣を毎日受けてきた。貴方程度の攻撃、当たる方が難しい」

「て、めえ……」

 

半分になった上半身を暴れさせる。しかし、戦意とは裏腹にその動きは緩慢そのもの。まさに甲羅をひっくり返され、のたうつ亀。その動きも大量出血により、意識を失うことで止まる。

 

「ダ、ダイダラ……」

 

呆気なく敗北したダイダラの姿にニャウは愕然とする。驕りがあったのは事実。しかし、それを差し引いても彼は強い。少なくとも、あの鬼揃いのエスデス軍でトップに君臨する三獣士にふさわしい実力を持っていた。

それをここまであっさりと。

 

足音が地下に響き、意識が戦場に戻る。ダイダラを瞬殺した女剣士は彼の死体を蹴飛ばし、一瞥もせず、自分たちに対峙した。

 

「次はどっち?それとも命が惜しいから引く?どちらにしても早くして欲しい。こっちには時間がない」

「このっ」

 

突っ込もうとしたニャウをリヴァが止める。肩を掴む手には強い力がこもっていた。

 

「感情的になるな。認めろ。若いが、強敵だ。油断するな」

「…………りょーかい」

「ファン、チェルシー。気を緩めないで。今のは殆どドサクサ紛れ。本番はここから。隙を見せれば今度は私達がこうなると思って」

「わかってる」

「臆病さでは誰にも負けないから」

 

炎狼と氷の魔神、二人の最強の弟子達の潰し合い。死闘はここから加速し始める。

 

 

 

 

 

 




後書きです。久々の更新。いかがだったでしょうか?けどやっぱりダイダラは瞬殺真っ二つが似合いますね。強いキャラのはずなのになんでだろう?
実は筆者、長くに渡って執筆恐怖症でした。というのも、以前書いていた小説で盗作扱いを受けて以来、いくら書いても、他の小説で同じ表現をしていないかという考えが過ぎり、ビビって書けなくなってしまったのです。今もビビりまくっていますが、また同じ扱いを受ければ消せばいいだけかと思い直し、開き直ることにしました。今後も頑張っていこうと思いますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でもいただければ幸いです。
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