フェイル   作:フクブチョー

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第七罪 人と獣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂が部屋を支配していた。夜の闇の中で蝋燭の火のみが光となって照らされている。

多くの資料が積まれているその部屋は執務室らしい。一人の男が長机に向かい、少女がその手伝いをしている。

 

その部屋にヒッソリと近づく少女が一人。口に飴玉を咥え、茶髪お肩の後ろまで伸ばした美人というよりは可愛い少女だ。名前はチェルシー。

 

気づかれないようにそーっとドアのノブに手をかけたその時……

 

「ノックもしねーのかよ」

 

こちらを見透かしたかのような言葉にびくりと身体を震わせる。するとキィという音とともにドアが独りでに開いた。

 

「あ、あの〜……」

 

執務室の中に入り、緋色の髪の美男子に声をかけるが、彼は無視して書類に没頭する。

 

「ヴァルという人に言われてきました!ココで働かせてください!」

 

「いらん」

 

「ココで働かせてください!」

 

「まだ言うか……」

 

「ココで働きたいんです!!」

 

「だぁああまぁああれぇえええ!!!」

 

腰間の剣から炎が噴き出る。一瞬でチェルシーの前に立ち、短剣でチェルシーの頬を撫でる。

 

「誰がお前のようにグズで腹黒で臆病な奴を雇うって言うんだい!!なんの役にも立たないのが目に見えてる!!」

 

憤怒の感情と共に短剣で頬をペチペチ叩く。少し加減を間違えれば頬が斬れてしまうような危ない行為。男の目が唐突に相手を見下すような目に変わる。

 

「それとも何か?誰もが嫌がるようなつら〜いきつ〜い仕事を死ぬまでやらせてやろうかい?」

 

恐怖の感情で茶髪の少女が震える。返答次第ではこの緋の男は本当に短剣で斬りつけてくるだろう。

先程と同じ静寂であるが、まるで磨き上げられた剣のように張り詰め、緊張した空気が執務室を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………で?いつまでやってるんだ?お前ら」

 

茶がかった黒のロングヘアに白衣を纏ったモノクルの美女が呆れたような言葉を三人にかける。その瞬間、部屋の緊張は一気に霧散した。

 

「来るのが早いチサト。ココからが面白かったのに」

 

「これやんないと弟子にしてくれないって言うから〜」

 

「お前ビビり方がイマイチだぞ。せっかく変装の帝具持ってんだ、演技を磨け大根役者」

 

今の寸劇は偉大な作家が書いた有名な物語の一幕だ。一度やってみたかった。

 

「すみませんねぇ大根で!!精一杯やらせて頂きました!ねぇいいでしょ!?弟子にしてよ!」

 

「て言われてもなぁ。ウチは託児所じゃねえんだ。このご時世、いちいち路頭に迷ったガキ弟子にしてたらキリがねえぞ」

 

「だが路頭に迷わせたのはお前だろう」

 

「寝言を言うな、俺は俺の仕事をしただけだ。その後の結末は俺の感知する所ではない」

 

「無論わかっている。だが目の前の敵と戦う為に剣を振るのが兵の仕事、戦いの後の着地点を模索し、先の戦いを見据えてペンを振るのが将(俺たち)の仕事だと言っていただろう」

 

「もう俺は将ではない。狼だ」

 

「だが将の器を持つ狼だ。器の位置は変わったかもしれないが器は変わっていない。ならばこぼれ落ちる雫を受け止めるのが器の役目だろう」

 

「なんだよ、随分コイツの肩を持つな」

 

「私も零れ落ちた雫だ。お前に拾って貰わなければ私はどうなっていたか本当にわからない。立場上やはり気持ちは入る」

 

ケッ、と心の中で舌を打つ。別にコイツを掬いとったつもりはない。有能な人材だったからスカウトしただけだ。

ハアと大きくため息を吐く。過去の自分は間違っていた事もある。しかし自分の行動全てを否定するつもりもない。

 

コイツを掬いとるのは間違っているのかもしれない……でもその間違いは恐らく間違え方が正しい間違いなのだろう。それに俺の行動の結果で起こってしまった事なら目の前でこぼれ落ちる雫くらいは掬いとってやるのが俺の義務(フェイル)か

 

「おい飴玉、名前は?」

 

「あれ?名乗ってなかったっけ?チェルシー」

 

「チェルシー、俺の下につくのは色々危険が伴うぞ。市井で生きていた方が幸せだったと思う事もあるかもしれん。とばっちりで火の粉を食うこともあるだろうぜ」

 

「大丈夫、ヤバくなったら逃げるから」

 

「金持ちになれる可能性は低いぞ」

 

「別に私は金持ちになりたい訳じゃないよ。私が私らしく生きられればそれでいい」

 

瞳の中に焔が灯っているのが解る。ハアと一つ息を吐く。俺の近くにいる女はどいつもこいつも似たような目をしやがって……ホンット苦手だ。この色の焔は…

 

「勝手にしろ」

 

「ええ、勝手にしますとも。先生」

 

今度は音を出してケッと吐き捨てる。チサトその顔やめろイラつくから

 

「今夜はファンと泊まれ。歳はお前より下だが姉弟子だ。今夜の内に色々教われ。ムダ飯喰らいを側に置くつもりはない。明日から色々働いてもらうぞ」

 

「先生は今夜どうするの?」

 

「今夜はチサトの診療所に泊まるさ。明日には俺の寝具をあの部屋に入れる。家具の整理はしておけよ。チサト、いいか?」

 

「タダでは泊めないぞ」

 

「いくらだ」

 

チサトはその問いには答えず、一度唇に指を当て、肩に手をやる。何かのハンドサインのようだ。読み取ったフェイルは今日何度目かのため息を吐き、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日、深夜――――

 

チェルシーにはファンと同じ部屋にソファを与えてやり、フェイルは今夜だけはチサトの診療所に宿泊した。

 

今はチサトの酌で酒を飲んでいる。ハンドサインの意味は”今夜一献いかがですか?”だ。軍にいた頃からこいつとは何度か飲む機会があった。女と二人で酒を飲むというのはエディに知られたら何かと面倒だ。そこで取り決めたサインの一つである。

 

無二の親友だった二人だが、共に酒を酌み交わす事はあまりしなかった。エディも飲まないという訳ではない。しかし好みはしなかった。頭の回転が鈍くなるし、何より体に異常が起こる。戦士として、好まない心情は理解できる。

 

チサトが持つ黒い瓶から注がれるのは米から作られた透明の液体で出来た酒だ。東の外れの国から伝わった技術により造られた。少々クセはあるが、なかなか滋味深い。チサトやタエコの故郷の酒と聞いている。

 

「地元の酒に比べればまだまだ未完成だがな」

 

空いた盃に透明の液体を注ぐ。自分で酒を造るだけあってコイツも中々酒豪だ。

 

「実に興味深いな。是非一度口にしてみたいものだ」

 

「もう身軽な立場だろう。弟子の育成が終われば私の故郷へ来るといい。私のような黒髪の人間ばかりだが良いところだ」

 

「嫌いじゃないぞ、お前の髪の色は」

 

艶やかなカラスの濡れ羽色を撫でる。指に掛かることなど一切なく、滑らかに梳き通る。

 

「何者にも塗り潰せない……強い色」

 

「ん……緋もそうだろう」

 

「緋も混じわればいずれ黒くなる。潰しにくい色ではあるが黒ほどではない。事実俺はかつて一度色を忘れた」

 

心を無くせば人間は白くなる。ヴァリウス副将はかつて心と頭を真っ白にして作業をこなしていた。

 

「碧はどうだったんだ」

 

「あいつは変わらねえさ。本質的に俺とは心の強さの格が違う。表面的に色を足されはしたがあの碧は変わらなかった。だから惹かれたし、憧れた」

 

瓶の酒をチサトの盃に注ぐ。やはり酒は人と呑む方がうまい。

 

「おお、ヴァルに酒をついでもらう時が来るとは……お互いそんな立場ではないと承知しているが、やはり少し恐れ多いな」

 

「細かい事言ってると酒が不味くなるぞ」

 

「うむ、どれどれ…………おお!炎と獣の味がする!」

 

「酔ってるなお前……」

 

苦笑しながらフェイルも盃を突き出す。嬉々として盃を満たす。これ程美味い酒はお互い久しぶりだ。

 

ーーーー何を飲んでも、何を食っても血の味しかしなかったからな……

 

酒を嗜み始めたのはいつからだったか。少なくとも人を斬れば鮮血が噴き出し、自分が汚い紅に染まる事に驚きもしなくなった頃だったのは憶えている。

 

何を飲んでも、何を食べても、鉄の味が口を支配した。

脳裏には常に血の雨が降り続いていたからだろう。気の持ちようで人間の感覚は大きく変わる。たとえ瞳は違う物を写していても、彼の頭の中には常に阿鼻叫喚の地獄が行われていた。

 

ーーーーっと……

 

ガラにもなく昔の事を思い出していた。俺もそれなりに酔っているらしい。頭が重い。

 

盃を持つ手にそっと女らしいほっそりとした指が添えられる。いつのまにか伏せていた顔を上げる。酒のせいなのか、それとも他の理由か、潤んだ淡緑の瞳が俺を心配そうに見つめている。どうやら相当怖い顔をしていたらしい。

 

「悪いな、くだらん事を思い出していた」

 

「ヴァル……」

 

両手で俺の手を握りこむ。震えていた。俺が震えているのか、それともこいつが震えているのか、それは見ただけではわからない。目の前の女が俺を癒そうとしている事だけはわかった。

 

握られた手を解き、頬を撫でてやる。酒と色で紅潮した白い肌が青白い月光に照らされ、実に美しい。

 

顎へと指を移し、撫でてやる。序所に唇へと位置を上げていく。手首から瓶の酒を濡らす。あっという間に指は酒まみれになった。

 

「舐めろ」

 

少しトーンを落とした声音で命令する。ビクッと一度震えると、紅い舌を出して節くれだった俺の指を懸命に舐める。

 

ガチャンと盃がひっくり返る。チサトがテーブルの上に身を乗り出し、酒で濡れた俺の指を両手で握りながら夢中で舐めているからだ。

 

指を口の中に突っ込み、チサトの舌を蹂躙する。少し驚いたような顔をしたが、従順に受け入れ、表情を蕩けさせ、目をうっとりと潤ませ、懸命に舐め回す。

 

「ん……ヴァル❤︎……こくっ」

 

口の中にたまったとろりと流れ落ちる熱い涎と酒を飲み込む。喉の動きに合わせて俺の指を引き抜いた。

 

「あっ……」

 

まるで父と繋いでいた手を急に放された子供のような顔と不安げな声をあげる。普段あれだけ凛としている女が実に可愛いい。本質的にドMなのは変わってないらしい。

 

チサトの涎が滴る濡れた俺の指を今度は俺が舐める。

コクリと息を呑む。緋の男の姿は壮絶なまでに艶めかしく美しい。

 

「ヴァル……」

 

這い寄るようにヴァリウスの胸によりかかり、懸命にしなを作る。息のかかる距離まで顔を近づけ、逞しい首に腕を回し、キスをせがむ。

 

ヴァリウスは嗜虐的な笑みを浮かべ、秘所を撫で、髪を梳いてやる。だが肝心な事はしない。絶頂させる事も愛を交わす事もしない。ただ風が撫でるように弄ぶだけだ。

 

「意地悪しないでぇ…」

 

「ハハッ」

 

普段なら逆さにしても出ない声の高さと言葉に思わず笑みがこぼれる。この男の本性もエディと同じドSだ。似た者同士とは究極に仲が良くなるか、不倶戴天の敵になるかのどちらかだ。エスデスとヴァリウスは前者だった。

しかし当然夜の相性は良くなかった。彼らの情事は生理現象であると同時にどちらが攻め勝つかという勝負でもあった。

 

ーーーーあまり虐めてやるのも可哀想か。

 

襟に隙を作ってやる。チサトにとってそれは緋の戦士が脱がせていいという許可に他ならない。パアッと顔に喜色が広がる。

 

「来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で眠るには狭いベッドの上で黒髪の美女は緋の狼の肩に頭を預け、重なり合うように眠っていた。

ふと目が醒める。エディ以外の女との情事の後はいつも眠りが浅い。油断出来ないと言った方が正しいか。

 

肩の重さに視線を向ける。この女にしては珍しく、甘えるように身を寄せている。

 

ーーーーいつもこうなら可愛いんだがな……

 

艶やかな黒髪を撫でてやる。身じろぎをしたかと思うと大きな眼を開き、俺を見て微笑んだ。

 

「おはよ……」

 

「悪い、起こしたな」

 

「ううん。起きたくて起きただけ」

 

腰まで伸ばした艶やかな黒髪を掻きあげながら身を起こす。揺れる豊かな乳房と乱れた髪に女の身体の中に残った快楽の甘さによる恍惚とした表情が恐ろしく煽情的だ。

仰向けに寝ていた身体の向きを変えて覆い被さるようにフェイルの逞しい身体の上に抱きついた。

 

「もう少しゴネると思ったよ」

 

「何が」

 

「チェルシーを受け入れるの」

 

「お前が援護射撃したクセに何言ってんだ」

 

呆れたように背中を撫でる。きめ細やかな肌が触っていて心地いい。

ハァっ、と艶かしい息を吐いた。

 

「んっ❤︎……それでも、これ以上厄介ごとはゴメンだと言うと思った。お前は優しいからな」

 

この男の歩く道はいつも危険が伴う。ファンは自分が抱え込んだ厄介ごとだ。彼が守ろうとするのは解るし、その義務がある。だがチェルシーは違う。だからこそこれ以上危険に晒すようなマネはしない筈だ。彼のツテを頼れば市井として平穏な暮らしを与える事くらいは出来ただろう。

 

「治世であればそうしたかもしれんがな」

 

「乱世……か。やはり優しいな。不器用だけど」

 

枕元に置いてある煙管を咥える。フェイルは普段タバコを呑まない。しかし時々吸う。チサトもそれを特には止めない。医者なのだから思うところもあるだろう。しかし依存性になる程底の浅い男ではない事はよく知ってる。己を制御する術を知りすぎる程知っている男だ。

何も言わずチサトが煙管に火をつける。スウと吸い込み甘い匂いと共に煙を吐く。

 

「勘違いするな。今のご時世、市井にだっていつ危険が襲いかかるかわからん。後になって奴がくたばったなんて知ったら寝覚めが悪すぎる」

 

「……………素直じゃないな。そんな所、嫌いじゃないがな」

 

フンと鼻で笑いモクモクと煙管を吸う。この手の状態になった女にはマジで対応するのは愚の骨頂だ。会話を避けるためにもしばらく喫煙に集中しよう。

 

そんな態度が気に食わなかったのか、チサトは急に咥えていた煙管を取り上げる。唐突な行動に緋の狼が精悍な顔に怪訝な色を見せる。

慣れた手つきで煙管をコンと叩き、灰を捨てる。まだ残っていたのに何すんだ、と視線で訴え、返せと手を出す。

 

拗ねたように頬を膨らませ、背中に煙管を隠す。

 

「なんだよ」

 

「私と煙管どっちが大事なんだ」

 

「急になんだよ。面倒クセーこと言うな。返せ」

 

「もう今日はお預け。火も出してやらん。それより宿泊代を払ってもらおう」

 

「もう払っただろう、3発も。いい歳してお盛んだな」

 

チサトはフェイルの部下ではあった。しかし歳だけならチサトの方が上だ。ちなみにエスデスもフェイルの一つ上。

 

「失礼だな、私はまだ二十代だ。それに女はな、歳を取る方が性欲が旺盛になるんだよ。それとも私では不満か?」

 

眉に不快の皺が大きく刻まれる。脳裏には碧い髪の氷の女神が浮かんでいる事だろう。

 

「過去を責められても困るぞ」

 

「責めてない。だが比べられていると思うとやはり怖い」

 

「そんなんじゃねえよ。エディと俺は。あいつとのSEXは生理現象の作業だった」

 

戦闘で昂ったあいつを鎮めるのはいつも俺の役目だった。強烈な自制心のお陰で他の連中には知られていない。あいつのそんな姿を知っているのは俺だけだ。

鎮めるやり方は素手での近接格闘や武器を使った超高速戦闘など手段は様々。その一つがSEXだったというだけだ。

腹が減ったから食事を取る。それ以上の意味は獣の交わりにはない。

 

「じゃあ私とはどうなんだ?」

 

フェイルの傷だらけの胸に手を置き、トンっと押す。不安定な状態で体を起こしていたフェイルは苦もなくベッドに体を沈められた。

フェイルの顔の両サイドに手をつき、覆い被さる。目を情欲の炎を燃やし、豊かな乳房を目の前で揺らした。

 

「ま、作業よりは愛のある行動じゃないか?一夜の愛だが」

 

「では今からは獣の交わりといこうか」

 

「今の俺の口、タバコ臭いと思うぞ」

 

「私は気にせん」

 

「やん、男らしい」

 

貪るようにフェイルの唇を奪う。どうやら今だけは狼が喰らわれる立場らしい。

 

「もう一回……ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




序盤の寸劇はもちろんジブ◯。そして大事な所は見せられないよ!感想や評価があまり無いので不安です。酷評でも低評価でもいいのでよろしくお願いします。
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