さびれたとある教会周辺。硬質な何かがぶつかり合う音が響く。人の気配はあまりなく、居住地とは言いにくい建物だ。
元教会なだけあり、庭の広さはかなりある。人が派手に喧嘩しても充分な広さだ。
人の影は3つ。一人は長身痩躯。インナーにローブという身軽な装いをしている男。片手に持った木剣で残り2つの影の烈火の如き攻撃を軽くいなしている。
残り2つの影の大きさには大きな差がある。一人は男の腰程度の高さしかない少女だ。名前はファン。黒髪にショートのボブカット。黒を中心とした大陸風の着物に金をあしらった服に身を纏った少女だ。あと二、三年もすれば誰もが目を奪われるであろう美少女になるだろう。
もう一人は同じ黒髪。しかし背中まで伸ばしたロングを後ろに纏めた麗人。優美な曲線を描いた美女であり、背丈は女性にしては高く、男の肩くらいはある。やや吊り上った目元が勝気な印象を与えてくるが、それでも視線を集める美女だ。服装は見る者が見れば一目で特殊だと分かる物を着ており、お洒落も何も考えていない服装だが、逆にそれが彼女の美しさを際立たせている。
二人とも木剣と木槍を握りながら、汗塗れに必死の形相という若い娘がしてはいけない顔をしている。対する男は涼しい顔で木剣を振るっている。
カァンと一際大きな音が鳴る。それと同時に二人の少女が吹っ飛ばされた。
「90点……1000点満点で」
息ひとつ乱さず、木剣を肩に背負いながらズバリと採点を二人の弟子に告げる。採点に対して二人の少女から答えはない。ただ息を荒げ、必死で呼吸を整えている。
「悪い方から批評してやるか。30点(ファン)。相手の土俵で戦おうとしすぎだ。俺を相手に速さで挑んでどうする。槍は間合いがあってこそ有効となる武器だ。もっと己と己の武器の持ち味を活かせ」
「………っ!………っ!!(答えられない)」
「次、60点(タエ)。読みがまだまだ甘い。2手先3手先は読めるようになっているが決め手を読まれるという事に無防備すぎる。確実に本命を当てたいならその直前で相手を崩せ。決めの一撃ってのは威力がある反面最も隙が出来やすい。こちらが読んでいる事を相手も読んでいるという事を念頭に置いて戦え」
「ハァ……ハァ…………はい」
「アッハハ!二人ともボロカス〜」
教会周辺を走りながらチェルシーがケラケラ笑う。彼女にはランニングを命じている。
「お前が笑えた義理かチェルシー!お前は点数以前の問題だって事を忘れるな!!」
「だぁって私走るしかやらせて貰えてないじゃん!!」
「やかましい!!何をやるにしてもなぁ!体力がいるんだ体力が!!」
「うぇ〜〜ん、鬼〜〜!!」
ぐちぐち言いながらも懸命に走る。どうやら真面目に弟子をやる気はあるらしい。そうこうしている内に大の字になって横たわっている二人が何とか起き上がった。その中でファンの顔には不審が浮かんでいる。
自分の得点の低さは甘んじて受け入れている。が、姉弟子への評価が低すぎる。ファンの目から見た限り、彼女の戦いぶりは自分の倍程度の得点の強さではないはずだ。
その思考を読み取ったからか、あるいは元からそのつもりだったのか。師の言葉には続きがあった。
「それともう一つ。お前、脳のリミッターを無理矢理解除する技を覚えたな?」
「………………はい」
人間は身体機能を無意識下で7割程度に抑えている。それを外す方法は幾つかある。そのどれもが並大抵の努力では身につけられない。
「その修練と努力には素直に賞賛するが、そんなモンに頼らなければならない戦い方はするな。脳のリミッターってのは人間がハッキリと知らせてくれる数少ない信号なんだ。それを外し、命を切り売りするような戦いはするな」
今度は何も答えず俯く。どうやらイマイチ納得していないらしい。目線を合わせる為にかがんでやる。コレはしっかりと教えてやらなければならない事だ。
「いいか、己の今の為ではない。己と己の大切な何かの明日の為の戦いをしろ。忘れるな、結局未来の為に生きる意志を持った人間こそが一番強いんだ……俺はそれを身をもって知った」
ファンの母の強さを身で知り、そしてその強さでエスデスに勝利した。いざという時、己を奮い立たせてくれるのは未来への希望だ。
「強さだけならお前はもう充分強いよ。だがその強さはいつか折れる強さだ。硬いだけじゃない。もっとしなやかな強さを身につけろ。一陣の風となれ。オールベルグの息吹なんだろう、お前は」
風は鉄をも貫く硬さを持つ事もあれば包み込むような柔らかさもある。だから風は厄介なのだ。
「はい!!」
「よし、んじゃ次はファンと乱取りだ。実戦に勝る修業はない。実戦を重ねろ。強化する所は俺が指示して訓練してやる。とりあえずやり合え」
『はい!!』
強く返事をし、二人が戦い始める。その様子を見ながらフゥと一つ息をついた。
「やってるね」
ゆらりとまるで何もない所から現れたかのように気配が立ち上る。ババラだ。接近には気づいていた為、特に驚きはしないがコイツに背後に立たれると妙に怖い。恐ろしいとかじゃなくて、振り返ってはいけないモノがいるかのような感覚がする。
「何か用かババラ。てゆーかお前らいつまで此処にいるんだよ。仕事は終わったろうが」
暇なのかオールベルグは、と少し呆れたように嘆息する。タエコはともかく、ババラとあまり交流したくはないのだろう。元は敵だったのだから無理もない。
「次の仕事には随分間があるらしいからねぇ。タエコも此処に滞在したがっているし、丁度良い」
「タエはいーんだよ、お前だお前!お前が側にいると息苦しくてしょうがねえ。さっさと帰れ」
「で?どうだい?あの三人は」
「おーい、聞いてんのか〜。タエは驚く程強くなったよ。アンタに鍛えられてるのが良くわかる。俺に言わせりゃまだまだ隙は多いが流石に筋は良い」
「まがりなりにもオールベルグの死神を名乗らせてるんだ。ザコでは困る。新入り二人は?」
「ファンはまだまだこれからだ。幸い伸び代はある。二年……いや、一年で一流にしてみせる」
「走ってる方は?見込みあるのかい?」
「一通り診たけど……ありゃ戦闘向きじゃないな。だが気配の消し方には光るモノがある。暗殺、もしくは情報屋タイプだな」
「アンタその手の仕事仕込めるのかい?」
「俺に出来ん事などない」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らし、胸を張る。他の人間が言えば傲慢極まりない。しかし何故か説得力がある。言葉の裏に実績があるのを知っているからだろうか。"若造が…"と憎々しげに吐き捨てるだけに留まった。
「で?」
「で、ではわからん。なんだい?」
「俺に話があるんだろうが。早く言え。話だけなら聞いてやる。引き受けるかどうかは知らんが」
「実は革命軍から依頼が来ている」
ホウ、と感心したように息を吐く。オールベルグに感心したのではない。革命軍に感心したのだ。彼女らを雇おうと思えばかなりの金がいる。ロードも今回の件で相当散財したと聞いた。革命軍の動きも段々と本気になってきたという事なのだろう。
「まあこちらの提示する額は用意出来てないからまだ正式に引き受けた訳ではないがねぇ」
「高いのは承知で依頼してきたはずだ。時間はかかってもいずれ整えるだろうよ」
「そこであんたに同行を頼みたーー」
「断る」
遮ってキッパリ切り捨てる。こいつらに頼んでくるという事は相当にタフな仕事と容易に予想がつく。それに帝国関係者と事を構えるとなると顔バレしている俺はやりにくい事この上ない。
「キツい仕事になるというのはわかっている。だからこそお前に同行してほしい」
「知るかテメエでなんとかしろい。お前もプロだろうが」
「タエコの命も危険に晒されるかもしれんねぇ」
盛大に舌打ちする。流石に老獪だ。フェイルの痛い所をよく知っている。
「標的は?」
「まだわからん。暗殺用に鍛えられている子供達の部隊とだけ聞いている」
「子供……」
少年兵というのは世界中どこにでもいる。このご時世だ。売られたガキにはその手の仕事に放り込まれるヤツも少なくない。
それでも……やはり……
「私では殺す事しか出来ん。それはタエコも同じさね。だがお前なら……」
「買い被るな。俺もお前と同じだ。何も考えず、ただ壊す事しか出来なかった」
木剣と木槍で戦う二人を再び見やる。少し余裕があるタエコに対して、ファンはもう必死の形相だ。
「救済(それ)が出来るとしたらそれはきっとあの二人のどちらかだろうよ。俺達には出来なかった事をあいつらなら出来るかもしれない」
緋の狼が己よりも己の弟子を誇るように笑みを浮かべる。彼にとって、彼女らは自分が生きた唯一の証だ。恐らく自分が賞賛されるよりあの子達が褒められる方が嬉しいのだ。
「お前、将来親バカになりそうだねぇ」
「ほっとけ」
あ、決着ついた。予想通りタエコの勝ち。チェルシーもそろそろ限界っぽい。一度休憩にしてやるか……
▼
チサトが調理した料理を食いながらフェイルは新聞を読んでいる。他の三人はもう息も絶え絶えで箸の進みも遅い。食欲などもう遠くの彼方へと消えている。
「ちゃんとメシを食えよお前ら。摂食ってのは戦士が果たさなければならない義務だ。早飯早ションは戦士の務めだぞ」
「あんだけ走らされて………ご飯なんて食べれないよ」
青い顔をしながらパスタにフォークを絡めてボソッと呟く。もし今何か胃に入れれば乙女としてあってはならないことが起こるのは明白だった。ファンも似たような反応である。タエだけは無理矢理詰め込むように食べている。
「いいから食え。ゆっくりでいい。吐いてもいいから食え。人間何するにしても食う事から始まるんだ。人ってのは食わなきゃ飢えて死ぬ生き物だ。今の時代このメシが食えなくて死ぬヤツがゴマンといるんだ。頑張れ」
「うぇ〜〜い」
「………………(こくっ)」
「わかった」
三者三様に返事を返す。返事に満足したのか、フェイルは新聞へと目を戻した。
「比較的平和そうだな、今の帝都は」
後ろから声がかかる。料理を終えたチサトが此方へとやって来たのだ。エプロンを解きながらフェイルの背後に立ち、新聞を覗き込んでいる。
「今の帝都は病気でいう潜伏期間だ。小康状態とも言うかな。病魔に侵されてはいるがそう簡単に毒は全身には回らんさ」
「もう少し早く決壊するかと思っていたが……中々しぶといな。帝国という堰は」
「当たり前だ。普請に千年かかっている」
そう、今は雌伏の時なのだ。帝国にとっても、革命軍にとっても。
いずれ堰き止められていたダムは決壊し、国は大いに荒れるだろう。今はその為の力を蓄える時。
ファンにタエコ、そしてチェルシー。彼女ら程タイプの違う逸材が俺の元に一同に介した事が偶然とは思えない。恐らく他にも在野に散っているまだ見ぬ強者達が今は牙を研いでいる事だろう。次世代を担う者たちとして。
ーーーーエディの元にもきっと……
未来を担う者たちが集っていると何の根拠もないが確信していた。
視線を己の三人の弟子に向ける。
ーーーー死なせたりするものか……
さあ、どうするエディ。この十年に一度の逸材三人を相手にお前の弟子はどう戦う。お前はかつて言ったな?どこかに自分を熱くさせてくれる敵はいないものか、と。なら俺は熱くなったお前を止める人間を見たい。俺(化物)じゃない。人間を相手にしてだ。きっと俺がお前にトドメを刺せなかったのは必然だった。
未来を創るのも、過去を終わらせるのも、俺たちのような化け物を殺すのもきっと人間であるべきだと思うから……
▼
ーーーーヴァル?
太陽が煌めく空を見上げる。鼓膜が震えたわけではない。それでも愛しい声が聞こえた気がした。
ーーーー懐かしいな…
離れ離れになってそれ程時間が経ったわけではない。共にいた時間と比較すればそれこそ瞬き程の時すらも経っていないだろう。
それでも氷の女神にとっては今までの人生と匹敵するほど長い時間と感じていた。
「エスデス様?」
己の新しい副官が怪訝な顔で此方を見やる。大臣の策略により牢獄に繋がれていた壮年の元将軍、名はリヴァ。ヴァリウス程ではないが武人としても指揮官としても一流の将だ。
「どうかしたんですかぁ」
小柄な少年が気の抜けた顔つきで問いかける。その顔立ちは整っていてかつ中性的。パッと見少女に見えなくもない美少年だ。
「ん?なんかあったんですかい?」
上官の変化にまるで気づいていなかった最後の一人。身長二mはあろうかという大男。
彼の名はダイダラ。一度エスデスに叩きのめされた最強を目指す男だ。
この三人がヴァリウスの後釜を務めている。ヴァリウスが抜けた穴を何とか三人で埋めている。一人一人が並を超える戦士であるが、それでも炎狼の抜けた穴は埋まりきっていない。
勿論教育はしている。しかし人とは一朝一夕では育たない。育てるという事の大変さを改めて思い知っている。
ーーーーあいつには当分頭が上がらんな。
部隊の教育もほぼ炎狼に一任していた。人一人を育てるだけでも大変なのに、あの男は何百人という人間の訓練をこなし、練度を高めていた。最強と呼ばれる攻撃力を育てたのは彼と言っても過言ではない。
苦笑しながら首を振る。その姿に三人とも仰天する。この三人にとっての女神が笑う時はいつも嗜虐的な笑みだ。それが今は何かを慈しむように笑った。驚いても無理はない。
ーーーーヴァル……どうやら私達は思ったより繋がっているらしいな
きっと彼が自分の事を考えてくれたのだ。何の根拠もないが確信していた。私達はまだ繋がっている。心も…体も……そして僅かだが血も。
ーーーーきっとまた会える。その機会が来たら決して逃しはしない。楽しみにしているぞ、なあ?愛しのヴァリー
子供の頃に呼んでいた名を心の中で呼ぶ。女の子みたいだからやめて、と可愛らしく嫌がっていた事は昨日の事のように覚えている。再会した時には絶対この名で呼んでやろうと誓いながら。
*俺たちのような化け物を殺すのもきっと人間であるべきだと思うから……
ヘルシングさん的発想。フェイルも最も怖い生き物は人間だと思ってます
次回は少し時間が経った後の舞台となります。誰を死なせて誰を助けるかは考え中です。それではコメント、評価、よろしくお願いします。