赤紙が来た。
『織斑一夏。 ○○年△時×日までに、IS学園に出頭を命じる』
内容だけが書かれた簡単な文面は、自身に拒否権が無いことを否応なく実感させる。数日前、自身が起こした騒動を思えば、考えずとも分かることだ。
だが、俺こと織斑一夏は、まだここ数日の事が全部夢で、実際は間抜け顔を晒しながらいまだ自分のベットの上で熟睡しているのだと、そんなありえない妄想を頭の中で繰り広げていた。
なぜなら赤紙をもらうということは、織斑一夏という存在が、【人間】ではなく,単なる兵器の一部品に過ぎないという決定でしかないのだから。
「すまない」
いまだ呆然としている俺を現実へと連れ戻したのは、鼓膜を揺らす今にも泣き出しそうな震えた声だった。
声の主は、織斑千冬。俺の血の繋がった実の姉で、現在、手に持っている赤紙を俺に届けたのも彼女だった。整った眉を寄せ、狼を連想させるキツイ目付きは赤く腫れ上がり、今にも滴を零しそうだ。すまない、すまないと、繰り返すその姿に、普段の美貌も、凛とした雰囲気も既になく、親に叱られた小さな子供のようだった。
思えば、この人の心からの笑顔を見たのは、もう何年前だろうか。いつからか、萎びた枯れ木のような、乾いた笑顔を浮かべるようになった。
「大丈夫。俺は大丈夫だよ。千冬姉」
気づけば、そんな言葉を吐き出していた。俺の言葉に、とうとう泣き出してしまった姉を胸に抱きながら。これから始まる地獄に覚悟を決める。
胸に抱くこの人を助けられるなら、この人が背負っているモノのほんの少しでも、肩代りできるのなら、手に持つ地獄への片道切符も、存外悪い物でもないのではないだろうか。
✝✝✝
前日の出来事を回想し終わった俺は、そっと閉じていた目を開ける。あの時抱いた覚悟は、未だこの胸を焼いている。なら、俺はきっと大丈夫だ。
朝のHRが始まる前。いまだ教師が現れないこの時間を、普通の高校なら雑談を興じることによって潰すのだろうが、ここIS学園では事情が違った。
自分以外の全てが敵だというように威圧感を振りまく者、俯き悲愴感を漂わせている者、肩を震わし嗚咽を押し殺している者など、およそこれからはじまる高校生活に胸を膨らませている人間など、誰一人としていなかった。それも当然だろう。ここがIS学園なのだから。
IS。正式名称、インフィニット・ストラトス。ある一人の科学者によって開発されたソレは、ある一つの事件により注目されるようになった。現存する兵器を歯牙にもかけないその戦闘力は、軍部の中枢に置かれるまでにさほど時間を必要としなかった。
その後、ISに致命的な欠陥が二つ判明する。
一つは、女性にしか扱えないこと。
これによりまず各国は、徹底的に女性を優遇した。女性の地位の向上に従って、男性の地位は底辺にまで落ち込んだ。一部では、後に【主義者】と蔑まれるようになる女性至上主義者まで現われ始めた。結果、際限なく増長し始める【主義者】に社会の許容料は超えてしまい。各国は、方針を変換させた。
即ち、【飴】から【鞭】にと。
満十歳を迎えた女子は、IS適正を調べることを義務化。高いIS適正を持つ女子は、必ずIS関係に従事しなければならなくなった。そしてIS操縦者には、ISの圧倒的武力を私的な理由で使用しないように、『首輪』といわれる生態系ナノマシンを打ち込まれ、その命をIS委員会とそれぞれが所属する政府によって握られた。
勿論反対意見も出たが、世の男性と、不当な理由で息子を、恋人を、夫を、兄弟を失った女性たちの支持を受け可決された。
これには、もう一つのISの欠点であるISの希少性も一つの要因になっている。ISのコアは500も満たない数しかなく、各国に配給されるのは、多くても4,5個ほどでしかない。
ならば、女性全てを優遇するのではなく、IS操縦者のみに便宜を図ったほうが、コストも削減される。多くの【主義者】が、ISになんの関わりのない人間たちであったのも大きい。
こういった理由により、かつて女性たちの憧れであったIS操縦者も、今では『首輪』を付けられ、ISを動かすだけの一つの【部品】としか見られなくなった。
「おはようございます。私は、皆さんの副担任をさせてもらいます。山田麻耶です」
一年間、よろしくお願いしますねと、にっこり笑う女性は、教室内に充満する暗い雰囲気を払拭しようと懸命に頑張っているが、今のところ成果は見えない。
「え、えっと。じゃあ、自己紹介をお願いします。主席番号順で」
「………はい」
指名された女子は、生気の無い顔で立ち上がり、訥々と自己紹介を始めた。彼女が終われば、二番目の女子が同じようにはじめ、何人かの紹介が終われば。俺の番になってしまった。教壇の目の前という人気の無い席を与えられた俺が、立ち上がり振り返ると、ほぼすべてのクラスメートの顔が見渡せた。大半の女子が俺に向けて同情の視線を投げていた。
残りは、男でありながら道連れとなった事を喜ぶ暗い愉悦を含んだものと、無関心。
それらの視線に怯みながら、なんとか言葉を紡いでいく。
「織斑一夏です。これから一年間よろしくお願いします」
当たり障りの無い自己紹介を終えた時、教室の扉が開かれ、ひとりの人物が姿を現した。
「遅れてすまない。山田先生」
均整のとれた肢体を黒のスーツで包み込んだ我が姉、織斑千冬だ。その堂々とした立ち姿からは、前日に己にみせた弱々しさは感じられない。そんな姉の姿に、俺の口元は自然と緩んでいった。
だが、姉の姿を見たクラスメートたちの反応は、俺のものとは全くの正反対だった。
「……そんな」 「嘘よね?」 「……最悪」
涙目になる者、現実を認めたくないのか、イヤイヤと子供のように首を振るもの、絶望したように肩を落とす者。反応は様々だったが、誰一人として姉を歓迎している人間は居なかった。
【主義者】の中には、少数ではあるがIS操縦者もいた。彼女らが、現在のIS操縦者の扱いに納得するわけもなく。条約を決めたIS委員会に武力を持って強襲しようとした。
それらを鎮圧したのが、【ブリュンヒルデ】と呼ばれた我が姉を中心とした【ヴァルキュリア】だった。二つ名を与えられるほどの実力者が、現体制に組み込まれたことを知ると、反抗するものもほぼ居なくなっていった。
かつて、IS操縦者たちの憧れの的だった二つ名持ちは、いまは悪魔や死神と同義だと思われている。
「静かにしろっ!! これから半月かけて貴様に基礎を教える。その時点で、貴様らは【IS操縦者】として扱われるようになる。様々な権利を行使できるようになるが、それに伴った義務も生じることを忘れるな。それと、教員の言葉に必ず従うように。分かったのなら返事をしろ」
姉の言葉に反抗しようとする人間がいるはずも無く、クラスメート全員の声が見事に重なった。
✝✝✝
「ちょっと、いいか?」
昼休み。俺は、一人の女生徒の前に立ち話し掛ける。自己紹介の時、彼女の名前に聞き覚えがあったのだ。
「私に関わらないでくれ」
返答は拒絶。こちらに視線の一つも送らずに返されたその返答に微かに苛立つ。
「あー。少し話があるんだ」
少し強引に彼女の腕を掴み、場所を移そうと教室を後にする。IS学園は、屋上が公開されていたことを思い出し、屋上に足を向けた。
「箒だよな? 幼馴染の」
屋上に出た俺は、彼女に尋ねる。知り合いに、こんなふうに話しかけるのは、気を悪くさせるかもしれないが、目の前の彼女と記憶にある幼馴染の姿が違いすぎるのだ。
「ああ。それで? なんの用だ」
記憶にある、剣道をやっていた綺麗な姿勢も、凛とした強い意志の視線も目の前の彼女にはない。背は猫背で、視線はどこか虚ろだった。
「いや、六年ぶりに幼馴染にあったんだ。挨拶したくて」
目の前に居るのに、そこに居ないかのような。風が吹けば、消えてなくなってしまいそうなほど、幽かな存在感だった。
「……そうか。 もう戻っても?」
「ああ、悪い。 手間をかけた」
俺がそう言うと、箒はフラフラと覚束無い足取りで踵を返した。その後ろ姿は幽鬼のように生気を感じられない。不意に、箒は何かを思い出したかのようにこちらに振り返る。
「歓迎するよ、一夏。 ようこそ、地獄に」
俺に向けられた、何の感情も篭っていない箒の笑顔に、ゾクリと背筋が震えた。