Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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小急がしくて書いてる時間がありませんでした…
というわけで続き。
思ったより長いので中編です。
次で完結の予定。


現場

 壁の中を通り抜けると、そこには豊かな緑が広がっていた。

 壁の先はロンドンにある都市公園のいずれかに伍するのではないかというほど広大な空間で、石畳のよく整備された道と幾つかの教会を含む中世風の建物があり、人々――主に若者――が行き交っていた。

 てっきり秘匿性を重んじて地下空間にでも転移するかと思っていたがその予想は外れた。

 太陽と月と星を拝める開放的空間で、澄んだ空気が風に乗って鼻腔をくすぐる。

 どこかロマンすら感じさせる場所だった。 

 

「こちらへどうぞ」

 

 寮監のミスター・チップスががっしりした体躯を悠然と進め、我々を誘導する。

 私とカウレスは彼の後ろを親熊につれられた子熊のように付き従った。

 

 ミスター・チップスはまず我々を学長に引き合わせるつもりのようだった。

 グルミット不在時のウォレスなら確実に迷子になりそうなほど学園は広かった。

 学長を含む一部の人間を除けば学園の正確な場所は誰も知らないが、ここはどうやらカンタベリー郊外、ケント州のどこからしい。

 精度の高い転移魔術がギリギリ使える範囲内で移動や生活の利便性も高いことから、入り口だけはカンタベリーの市内に置きそこからゲートを通って学園内に入れるようになっている。

 実際の学園周囲は魔法使いのバア様も住んでいないような何もない場所らしい。

 

 広大な学園内を学長室まで歩きながらチップスは施設内の説明をした。

 

 聖アウグスティヌス魔術学校では学生がいずれ時計塔に進学することを見越して、「法政」以外のすべての学科の基礎を学ぶことができるようになっている。

 広大な空間を開け広げているのは天体科につながる学びを得るため、豊かな緑が茂っているのは植物科の基礎を学べるようにするためだ。

 

 多くの伝統校がそうであるように、各自に独自の伝統を持つ四つの寮があり生徒は寮で生活しながら二十四時間魔術漬けの生活を送る。

 各寮には正式な名称があるが生徒は魔術師の子息とはいえ、所詮はティーネイジャーだ。

 彼らはハリー・ポッターに倣って「グリフィンドール」「スリザリン」「ハッフルパフ」「レイブンクロー」と勝手に綽名している。

 

「正式名称は何というのです?」

 

 カウレスの問いにチップスが答えた、

 回答は「ミカエル」「ガブリエル」「ラファエル」「ウリエル」だった。

 

「とことん魔術師なんですね」

 

 カウレスが私に耳打ちした。

 

「そうだな。魔術には天使を数えるという側面があるからな」

 

 私は答えた。

 

「今回相手にするのはどうやら妖精らしいですけどね」

「その通りだ」

 

 ミスター・チップスは学園内の通りを歩きながら四つの寮がどれか指し示した。

 どうやら寮にも格付けがあるらしく建物は年代も大きさもまちまちだった。

 

 もっとも古いものは中世風、最も新しいものはヴィクトリア朝風だった。

 魔術師は今や失われた階級社会の様相を色濃く残している。

 

 魔術師の空間に入ったことを我々は改めて認識した。

 

 広大な敷地を十分も歩き、一段と立派な五階建ての建物を五階まで進む。

 この学園でも一段と立派な人である学長は一段と立派な建物の最上階に鎮座していた。

 

 魔術師の見た目年齢に意味などないが。学長のミスター・スコットは見たところ五十を回った貫禄にあふれる人物だった。

 実際はその倍は生きているのかもしれない。

 占星術師として名高いミスター・スコットは中世占星術の大家だったマイケル・スコットを祖に持つ魔術世界では選ばれた存在だ。

 要するにとことん魔術師だ。

 

 一番若輩者のロードが師とは言え時計塔に席を置き、本人は冴えないとは言え名門出身のカウレスには一応敬意を払っていたが私に対してはビール酵母の搾りかすでも見るような態度だった。

 私も大人だ。この手の対応には慣れている。

 「ビール酵母のカスでもマーマイトの材料になる程度には役立ちますよ」と心の中でつぶやくにとどめた。

 

 ミスター・チップスはただの案内役かと思ったが学長室まで我々を案内した後も退室しなかった。

 案内だけではなく我々の世話――加えて恐らく監視も――寮監である彼が担当するようだ。

 

「さて、ロード・エルメロイ二世から概要は聞いているものと思うが、改めて説明しよう」 

 

 茶葉をケチっているとしか思えない薄いブラックティーと湿気たビスケットの歓迎付きでミスター・スコットは説明を始めた。

 概ね聞いていた通りだったが、彼の説明にはウェイバー経由では語られなかった情報が加えられていた。

 事件が起きた現場についてだ。

 現場は四つある寮のうちの一つ「ミカエル」だったということだ。

  

 四つの寮の中でも「ミカエル」は選りすぐりのエリートが在籍する寮らしい。

 ミカエルは大天使の中でも最も偉大な存在といわれる「天使長」だ。

 エリートの学び場にふさわしい。

 

 亡くなった生徒はこのミカエル寮、通称「グリフィンドール」に所属していた。

 ハリー・ポッターでは主人公が所属した寮は成程、原作設定はともかくエリートにふさわしい。

 

 この件は妖精が絡むものという説明に変わりはなかったが、死亡した有望な名家の生徒、アンソニー・アレッサンドロ・ロセッティの遺体はその「ミカエル」寮で発見された。

 その前後で妖精が度々目撃されたが、妖精が目撃されたのもミカエル寮だった。

 ミスター・チップスはそのミカエル寮の寮監らしい。

 なるほど、それで彼が我々のお目付け役についているのか。

 

 ちなみにアンソニー少年はイタリアの名家にルーツを持ち、私のアメリカの友人アンナ・ロセッティの遠縁の親せきに当たるらしい。

 そういえばアンナから「いけ好かないスカしたクソガキが遠い親戚にいる」と聞いたことがあったが今回の被害者――仮に今回の件が事件ならばだが――がそうだったようだ。

 アンナ曰く一度会ったことがあるだけらしいので聞いたところで有力情報は手に入らないだろう。

 

 さらにミスター・スコットは重要な情報を付け加えた。

 

「ロセッティくんは優秀だったが、専門は占星術で将来は時計塔の天体科を希望していた。完全に専門外の彼が自ら妖精を呼び出したり作り出すようなことは無いだろう。よってわが校としては本人の不注意による事故とは考えていない。他者による要因の事故が殺人のどちらかだ」

 

 さようなら、怠惰よ。

 これで「本人の不注意による不幸な事故」という最も簡単な結末が消えた。

 

「それと、御両人」

 

 ミスター・スコットは私の嫌いなタイプの人種だ。

 だが、人を見る目はあるようだ。

 

「――特にミスター・マクナイト。わが校は良家の子息を預かっている。調査、聞き込みは許可するが不品行な真似は慎んでくれたまえ」

 

 

  〇

 

 我々は客人用の部屋に荷物を置かせてもらうとまずは事件現場に向かった。

 

 時刻は十五時過ぎ。

 日が傾き始め弱弱しい西日が差しこんでいる。

 

 ミカエル寮は黴とホコリの匂いが薄っすら混じった古めかしい建物で、黴と誇りに交じって歴史の怨念のようなものを感じる。

 石造りの初期ゴシック建築で四つの寮の中で最も高い気位を感じさせる。

 

 証言によると不幸な最期を遂げたアンソニー少年は無くなる前夜、寮一階の生徒たちが自由に使えるフリースペースにおぼつかない足取りで現れた。

 顔面は蒼白で呼吸は荒く、「妖精」という単語をうわ言のように繰り返していた。

 

 魔術の世界において異様なものなど当たり前のように転がっている。

 それでもその光景は異様だった。

 アンソニーはしばらく明らかに異常な様子でフラフラするとそのまま立ち去った。

 その翌日早朝、同じ場所でアンソニーが冷たくなって倒れていた。

 これが本件が妖精の仕業であるとする根拠だ。

 

 私とカウレスはまさにその場所――事件現場にいる。

 生徒たちは授業時間中で、普段は寮生の憩いの場であるこの場所には誰もいない。

 

 寮監には過ぎた体格のミスター・チップスに睨まれながら私とカウレスはその場を検めた。

 

「アンドリューさん、何か見えますか?」

 

 カウレスに問われ、私は目を凝らした。

 

 私は今、特別なコンタクトレンズを装着している。

 蒼崎橙子の置き土産、概念的な視力を強化する特殊レンズだ。

 

 橙子はこの事態を予測していたに違いない。

 久しぶりの再会の後にヤクザな魔術使いの身分には過ぎたこの逸品を残していった。

 おまけにもう一組、特別製の眼鏡までおいていった。

 それは今、カウレスが装着している。

 おかげで我々は妖精を見る目を手に入れてしまっていた。

 

 ――しかし、強化された視覚は今のところ何もとらえていない。

 見えるのは困惑顔のカウレスと仏頂面のミスター・チップスだけだった。

 

「君の方はどうだ?」

 

 当然ながらカウレスは頭を振った。

 同じアオザキ製のレンズを使っているのだから当たり前の結果だが聞かずにはいられなかった。

 

 それほどまでにこの現場は何もなかった。

 

 魔術師見習の巣窟であり、歴史ある建物で、しかも死人が出た場所だ。

 何もないはずがない。

 にも拘わらずきれいさっぱり何も感じない。

 まるで入念に掃除して消石灰と漂白剤をぶちまけた殺人現場のようだった。

 

「見事に念入りに消されてますね。これじゃ、残留思念の再現も無理です」

 

 カウレスの術師としての能力は特別優れているわけではないが、彼はかなり器用だ。

 加えて頭の回転も速い。

 残留思念の再現を頼もうと思ったが先回りして彼はそれを試みていた。

 その企ては全くの失敗に終わったが。

 

「となると、出来ることは二つだな。まずは寮内全体を調べること……」

 

 カウレスがその後を引き取った。

 

「寮生への聞き込みですね」

 

  〇

 

 一時間後、授業が終わりぞろぞろと生徒たちが寮に戻ってきた。

 変わらずミスター・チップスからの鋭い視線を受けながら我々はミカエル寮の生徒たちに聞き込みを敢行していた。

 

 魔術師とは言え、彼らは少年だ。

 私が話すよりも年の近いカウレスの方が話しやすい様子だった。

 やはり彼を指名して正解だった。

 

 生徒たちは決して積極的に協力するような態度ではなかったが質問には応じた。

 「時計塔からの使者」という威光が良く効いているのだろう。

 カウレスが現役の学生である事を知ると、時計塔への逆質問も飛んできた。

 

 生徒たちの証言は概ね一致していた。

 亡くなる直前のアンソニーに関することはミスター・スコットから聞いたこととほぼ変わらず、「妖精を見た」という証言もそうだった。

 

 妖精の姿についてもほぼ証言は一致していた。

 小さく羽の生えた少女の姿で、いかにも「妖精」と言われて連想するような姿だった。

 

 本来、妖精は悪魔などと違って、モノの想念が集まってカタチをなした実像幻想ではなく、れっきとした生物の系統樹に連なるもので、他愛無い悪戯を好んでする。

 私と遠坂凛がマン島で対面し、会話まで交わした妖精はその本来の妖精だ。

 羽の生えた小動物のような姿をしているいかにもな妖精ならば魔術師の作り出した使い魔と考えるのが妥当だろう。

 すると今回は使い魔を使った殺人と考えるのが妥当だろう。

 

 いよいよ殺人事件らしくなってきた。

 ならば考えるべきは……

 

「犯人の動機ですね」

 

 私の思考とシンクロしていたカウレスが言った。

 

「ああ。そうだな。ウェイバー君の受け売りだが、相手が魔術師である以上手段は何でもありうる。だが、動機だけはどこまで行っても人間業だ」

 

 日が暮れてきた。

 ミスター・チップスから「今日はここまでにしていただけますか?」と念押しするように言われ我々は寮を辞することを決めた。

 

  〇

 

 寮の食堂で十年前の新聞紙でもかみ砕いているような味の恐ろしく不味い夕食を済ませ、我々にあてがわれた客間に向かう。

 食事のさなか、ミスター・チップスの目を盗み生徒たちに聞き込みをしたが動機について有力な情報は得られなかった。

 ミスター・チップスは客室まで我々を送り届けると主張したが「道を覚えたい」と我々は断った。

 「ではまた明日」と彼は言ったが、別れる直前までその指すような視線が我々を見ていた。

 ずいぶん好かれたようだ。

 

 夜風は冷たく、ところどころに建てられた街灯が朧げに闇を照らしている。

 ぼんやりと闇に浮かび、広場の時計が二十時ちょうどを指した。

 

 その時、全身を強烈な違和感が走った。

 私はカウレスと今日得た情報の整理をしていたが、急激に口が止まった。

 お喋りな私を止められるものはこの世に少ない。

 例えば妖精だ。

 

 ――「それ」が目の前を飛んでいた。

 

 自ら光を放つ昆虫のように煌々と夜闇に光、幻想を放つ。

 

 妖精だ。

 生徒たちの口から語られた妖精そのものだった。

 

 妖精は妖精らしい神秘さでひらひらと宙を舞い、どこかに消えていった。

 

「アンドリューさん!」

 

 カウレスの声で我に返った。

 あたりを見渡すと、妖精を見る前と大差ない景色が広がっていた。

 どうやらカウレスは私より少しだけ早く状況が理解できたようだ。

 

 ものも言わず、広場の時計を指差した。

 

 時計がいつの間にか三十分進んでいた。

 数秒して私は何がおきたか悟った。

 

「……時間を奪われたのか」




2019年中には最後まで書けるかとお待ちを。
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