Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編です。


後編

 M4モーターウェイを48番出口で下り、およそ三十分。

 目的の屋敷はカーマ―ゼン湾を見渡す好立地に建つ十九世紀に建築された、由緒正しい白塗りの壁が美しい建築物だった。

 カーマーゼンはウェールズ南西部にある小さな町だ。

 人口はおよそ15000人。

 建物同士がスクラムを組んでいるようなロンドンと違い、長閑な田園風景が広がっている。

 アーサー王伝説に登場するマーリンは六世紀にカーマーゼンに存在した預言者メルディンであるとの説もありセイバーにとっては所縁の土地でもある。

 セイバー本人に確認してみたが「土地が変わりすぎて確かなことが言えない」とのことだった。

 

「ヴィクトリア朝中期に建てられたこの邸宅は、五エーカーの美しい敷地内にあり、トーウィー河口とカーマーゼン湾の絵のように美しい景色を眺めることができます。忙しいビジネスマン向けに全室ブロードバンド回線をご利用いただけますし、広々としたエレガントな空間で、薄型テレビと美しい景色をご覧いただけます」

 

 この屋敷の管理を任されているという七十過ぎの老紳士――例によって名前はジョーンズといった――は宿泊客向けに造られた敷地内の無料駐車場に我々を案内すると宿泊施設のPRを始めた。

 富裕層向けの施設らしいがこの何もない場所に富裕層は何を求めるのだろうか。

 考えてみたが富裕層ではない私には完全に想像の埒外だった。

 

「では早速ですが、施設内をご案内いたします」

 

 ジョーンズ氏は流れるように先を促し、小柄な東洋人の男女と金髪碧眼で修道士カドフェルのような古風なウェールズ訛り英語を話す少女、憎たらしいほどのハンサムガイという奇妙な4人組を屋敷内へと誘った。

 彼は我々がどういう関係なのか聞かなかった。

 私は老紳士に好感をも持った。

 

 案内され改装中という屋敷内を巡る。

 広々とした一階のダイニング兼朝食会場、客室は二階で全室がスイートルームという富裕層向けらしい瀟洒な宿泊施設だ。

 一階に戻り今度は客が立ち入らないバックヤードに入る。

 

「今は設置前の物品を置いている物置でございます」

 

 我々が案内された元書斎という一室は、主人を失った代わりに様々なものでごった返していた。

 私は高級ホテル向けのアメニティ『エルメス オー・ド・オレンジ・ヴェルテ 40ml シャワージェル』の入った段ボールと、『エルメス オー・ド・オレンジ・ヴェルテ 40ml ボディーローション』の入った段ボールをかき分けながら部屋の奥深くへと侵入を試みたがこの困難な行為を行う前に一言ジョーンズ氏にこう告げた。

 

「このフランス(カエル)野郎たちを退場させるのに手を貸していただけますか?」

 

 三十分後、我々四人とジョーンズ氏は、元々その部屋にあったと思われるもの以外を取り除くことに成功していた。

 私はジョーンズ氏に、あとの細かい調査はこちらでするのでで立ち合いの必要はないことを告げ続けてこう言った。

 

「見るからに相当お疲れのご様子ですからね」

「わかりますか?」

「はい。ゴラムを指輪ごと滅びの山の火口に落とした後のフロドのような顔をされていますからね。……ひょっとしてミスタージョーンズも鬼火や幽霊を見たクチですか?」

「はい。……ただ疲れていたために何かを見違えただけだと思っているのですが」

 

 成程、それでも管理人を続けているからには、氏は現実主義者か主人への忠誠心が強いか主人の経済力に忠誠を誓っているかのどれかだろう。

 氏は結局少し休むと言い、近くに待機しているから何かあったら呼んでくれと私にモバイルフォンの番号が書かれたメモ用紙を渡した。

 

 ジョーンズ氏が立ち去ると満を持して私は凛に尋ねた。

 

「さてリン、既に気付いていると思うがここは本当に幽霊屋敷だったようだな。ヴォルデモートが原因かは置いておいて」

「ええ、敷地内に入ってからずっと感じてた。屋敷全体が術式で覆われてる。多分この部屋が起点だと思う」

「ジョーンズ氏のやつれ具合、それに異様なのがこの広い敷地のどこからも生命の気配がない。小動物どころか虫の一匹さえもだ」

 

 フランス野郎どもを追い出した後の部屋に残ったのは、先代ジョーンズ氏が残したと思われる蔵書と骨董品だった。

 整理中だといっていたが、価値がよくわからないだけに処分に困っていたのだろう。

 謎の骨や獣の皮が壁に飾られ、洋の東西を問わず解読不能な文字で書かれた古めかしい本の数々が巨大な書棚を占拠していた。

 

「しかし案外この調査は簡単に終わりそうだぞ」

 

 私は通り一遍の魔術はそれなりに扱える器用貧乏だが、解析だけは得意にしている。

 それらの雑多な見るからに怪しげな書物の中で、そんな私の目に特に留まった一冊があった。

 梵字らしき文字が表紙に刻まれたその本からは、明らかに何かの術式を起動させた気配が残っていた。

 

「ええ、多分当たりね。私もそれだと思う」

 

 凛も既に気付いたようだ。彼女の魔術師としての資質は私を大きく上回る。

 やはり彼女は優秀だ。

 英霊という破格の存在ながら魔力の扱い自体は不得手なセイバーと魔術師としては未熟と見える士郎の二人は私と凛のようにはまだ合点がいっていないようだった。

 なので私は解説役として推測を話す事とした。

 

「あの梵字らしき文字が記された本、恐らくあれが起点だ。案内人、ジョーンズ氏のやつれ具合と周囲に生命の気配を感じないという観点から軽度な魂喰いをしていると推測できる。特にシロウ、君は触るなよ。結果リンとベッドの上で裸でするレスリングに支障をきたすかもしれないからな」

 

 凛と士郎の二人は私の発言に合点がいかなかったらしく、暫し顔を見合わせていたが意味を理解すると真っ赤になって言った。

 

「ひ、昼間から何言ってんだアンタは!?」

「そうか。ではリン、その心配がないくらいシロウは絶倫かな?……痛いじゃないか、リン」

「しょうもないこと言うからでしょ!」

 

 凜は私の頭をはたくと、真っ赤な顔のまま仕事の成果を出すため被疑となる本に近づき手を伸ばした。

 セイバーは我々の姿を生暖かい笑顔で見ていた。

 

 天才と言っていいほどに優秀な魔術師と破格に白兵戦が強い英霊がいる。

 今回、私の役目は思った以上に少なそうだ。

 私が下手に手を出すより凛に任せた方がよさそうだ。

 

 私は完全に油断していた。

 しかし、長年の危機管理意識が私に警告を発していた。

 

 ――何かがおかしい。

 

 一度放棄した思考を巡らせた。

 

 ――なぜこの大量の書物の中ですぐにこの1冊が目に入ったか、この本の魔力自体は微弱、さらに他にも神秘を宿している物がこの部屋にはあるのに。

 ――細工が施されているのか?

 ――魂喰いが目的なら秘匿するはずだ。むしろ見つけて欲しいとばかりに存在を主張しているのは何故だ?

 

 喉元から何か言い知れない冷たいものがせりあがってくるのを感じる。

 冷たいものは私の口から言葉になって押し出された。

 

「待て!リン!」

 

 リンは「待て」の一言で私の意図を察したようだった。

 彼女はやはり優秀だ。

 

 しかし、一瞬遅かった。

 凜が触れた瞬間ー魔本は真の姿を見せた。

 

 凛の顔面が蒼白に染まる。彼女の眼に映ったのは地獄の番人のような様相の人物だった。

 四十代半ばのほどの男、その苦悩が刻まれた顔と、強靭な身体が対峙した我々に嘔吐感に似た重圧を与えた。

 

「――柱にふさわしい者が訪れたか。行幸」

 

 私はこの男の姿を知っている。

 一度見たら決して忘れることはない。

 

「……アラヤソウレン……リン、さがー」

 

 私が『Step back』の二言を告げる前にすでに行動を起こしていた人物がいた。

 

「凛!下がって!」

 

 青のドレスに身を包んだ英霊セイバーはロリー・デラップの弾丸スローイングよりも素早く、凛の前に立ち魔本から飛び出してきた大小のゴーストと鬼火の塊を一刀に切り伏せた。

 そのまま彼女は自身の主人を抱きかかえると、大きく後方に退き次に取るべき行動を口にする。

 

「この部屋は戦闘に不利です!もっと広い場所!ダイニングまで移動しましょう!」

 

 その間も魔本からは夥しい数のゴーストが飛び出してくる。

 是非も無い。我々はオールブラックスの屈強なフォワード陣のタックルから逃げ回る、短距離陸上の選手たちのように決死の覚悟で走り出した。

 

 廊下に運び出した『エルメス オー・ド・オレンジ・ヴェルテ 40ml シャワージェル』の入った段ボールと、『エルメス オー・ド・オレンジ・ヴェルテ 40ml ボディーローション』の入った段ボールを蹂躙しながら駆け抜ける。

 全速力でダイニングにまでたどり着くと我々は改めてセイバーを先頭に陣形を取った。

 その後方、左右に士郎と私、最後尾にこの舞台の主役、凛が立った。

 その間にも物置から溢れ出してきた、亡霊の群れがとめどなく襲いかかってくる。

 セイバーの一振り一振りが小さな嵐を巻き起こし、数体を纏めて吹き飛ばすがそれでも敵の尽きる様子な無い。

 私は持ち歩いているアーミーナイフを取り出し、士郎に渡して言った。

 

「この術式を解析をする。少しの間無防備になるからな。オムツの取れていない乳幼児のように慎重に守ってくれ」

「わかった!あんたの喩えはいまいちピンとこないけどな!」

 

 士郎はそう言うと私の渡したナイフに強化を施し、セイバーの撃ち漏らした亡霊を切り払っていく。

 魔術師としてはお世辞にも優秀とは言えないという評価を私は彼に対して持っていたが、その動きは戦い慣れている者特有の中々見事な者だった。

 私は地面に手を置き解析を開始するため詠唱を口にする。

 

tharraingt sa téad(糸を手繰れ)

 

 魔力を細く穿ち、ほんの微量づつ周囲一帯に行き渡るよう対象の内部に流し込む。

 額に脂汗が滲んでくる。

 対象の内部構造は術者の内面を体現したかのようなドス黒い思念で覆われていた。

 解析が完了し、立ち上がった私に凛が声をかける。

 

「アンドリュー何かわかった?それと誰よアラヤソウレンって?」

 

 凛は最後方で、セイバーと士郎が撃ち漏らした亡霊を、破格の物理的威力まで持ったガンドで撃ち落としながらそう尋ねた。

 

「あれは『蒐集』をしようとしている。あの魔本単体はただ周囲の小動物や人間から微量に魔力を集めるだけの装置だ。

だが君のような優秀な魔術師を取り込み、核にする事で死の自動蒐集を自律的に行うように素敵な進化を遂げることができるファンシーな一品だ。

このゴースト達に触れると君も愉快な亡霊一家の仲間入りだぞ。あともう一つの質問だが、荒耶宗蓮。200年も生き続けた根源の渦を求める概念のような怪物だ。

ついでに荒耶宗蓮自身は既にゴーストの仲間入りをしている」

「そんな出鱈目なヤツがどうして死んでるのよ!?」

「もっと出鱈目な魔眼の持ち主がやったのさ。とても素敵な女性だぞ。目の前にすると心臓の動悸が治まらなくなるほどにな」

「それで何か手は?」

「とりあえず我々はゴーストバスターズになるしかない!ゴーストたちをブッ散らばして魔本本体を叩く以外に止める手立ては無いからな!」

 

 そう言うと私は懐から愛用のH&K USPを取り出し強化を施した9mmパラベラム弾を掃射した。

 本来45口径のUSPを部品まで組み替えて威力の落ちる9mm弾使用にしているのは、私が悪徳魔術師の討伐ではなく捕縛を目的にしているからだ。

 この事態は全く想定していなかった。

 これならば45口径のまま装備しておくべきだった。

 

 凛は鉛弾をバラまく私の姿を見ると人払いの結界を張り始めた。

 

「もう!そんな物騒な者取り出すなら早く言ってよ!」

「すまないな!次からは銃撃を始める前にはジェームズ・ボンドと名乗りを挙げる事にしよう!」

 

 セイバーが嵐のような斬撃を繰り出し、撃ち漏らしたゴーストを士郎と私と凛が処理する。

 何とかその体制で均衡を保っていたが、ものの数分もしないうちに綻びが生じてきた。

 明らかにセイバーの動きが鈍い。時間とともにセイバーが撃ち漏らす亡霊の数が増えてきた。

 彼女は英霊という破格の存在だ。遠坂凛という優れた魔術師を主としても消費する魔力がまるで足りないのだろう。ガス欠までもうそれほど猶予がない様子に見えた。

 セイバーは剣を振るう手を止めずに、自身の主に顔を向ける。

 それに気付いて凛が答えた。

 

「セイバー!良い?宝具はダメ!あなたが消えちゃう!この前も言ったでしょう!」

「凛、それは承知しています!それにシロウは私の願いが間違っていると言った。私はその答えをいつか貴方たちから得られると思っています。それまで私が座に帰ることは決して無いと誓いましょう!」

「オーケー!もう少し頑張って!方法を考えるから!」

 

 しかしこの状況は手詰まりだ。この場にいる誰もがそれをわかっている。何かーこの状況を打破できる武器がー約束された勝利の剣(エクスカリバー)のような強力な武器が必要だー。

 私は自身でも気付かぬ内に思考を口に出していたらしい。

 士郎が何かに気付いた。考えを伝えるため彼は真剣な面持ちで凛に声をかける。

 

「遠坂」

 

 言わずとも彼女には分かったらしい。直ぐに彼女は必死の形相でその考えを否定した。

 

「士郎!ダメ!分かってるでしょ!?アンドリューは仮にも魔術師なのよ!あれを魔術師の前で使ったらどうなるか教えたでしょ!?」

「遠坂。他に方法はないんだ。俺たち全員が生きてここを切り抜けるには」

 

 とにかく何でも構わない。このままでは全員揃って仲良く亡霊一家の仲間入りだ。なので私はその行動を促すために口を開いた。

 

「君がどのような種の禁忌に触れる魔術を行使するつもりかわからん。コカコーラをペプシに変えるとか、ポットヌードルをニッシンカップヌードルに変えるとか、場末のパブのオーナーをゴードン・ラムゼイに変えるとか。そんな大それた魔術だとしても僕は決して口外しないと約束しよう。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)に署名しても構わない」

「あーもう分かったわよ!……最悪私がアンドリューの息の根を止めれば良いんだし」

「遠坂。お前はやる事が一々大雑把なんだよ……」

 

 私の背筋を寒いものが走ったが、大人の余裕を見せて答えた。

 

「今のは聞かなかった事にしておこう。ビビデバビデブーだか何だかを早くやってくれ!」

「ああ。セイバー……俺がお前にー使える武器を作ってやる!!」

 

 そう短く言い放つと、彼の醸しだす空気が明らかに変わった。

 

「……投影、開始(トレース・オン)

 

 士郎が詠唱する。

 ――投影魔術?まさか投影品で戦うつもりか?

 次の瞬間私の目の前には想像を遥かに超えた事態が繰り広げられていた。

 

なんてことだ(ジーザス)……」

 

 士郎の投影魔術によって作り出された代物を目にして、最初に口にしたのはそのひと言だった。

 通常投影品は世界の修正力によってその形を長く保つことはできない。

 しかも大抵中身は空っぽの張りぼてで、とても実用に足るような物にはなりえない。

 衛宮士郎の手に握られているその投影品――光り輝く本体に螺旋状の光の粒を纏った馬上槍――それは私の解析の範疇を超えるような神秘で覆われていたが一つだけ確かな事があった。

 それが張りぼてなどではない本物の宝具で、グレイの魔術礼装アッドと雰囲気が酷似していることだ。

 あまりの異常な出来事に思考がしばし停止していたが、一つ重大な問題に気がついた。

 

「君の魔術の異常さは一旦忘れるとして、それをそのままここででブッ放すつもりじゃないだろうな!?そんな事をした日には十マイル先まで焼け野原だぞ!」

 

 士郎は私の質問には答えず続けて詠唱を始めた。

 それはある男の半生を語る詩のように聞こえた。

 

 体は剣で出来ている

 

 I am the bone of my sword.

 

 血潮は鉄で心は硝子

 

 Steel is my body,and fire is my blood.

 

 幾たびの戦場を越えて不敗

 

 I have created over a thousand blades.

 

 ただ一度の敗走もなく、

 

 Unaware of loss. 

 

 ただ一度の勝利もなし

 

 Nor aware of gain. 

 

 担い手はここに独り

 

 Withstood pain to create weapons,

 

 剣の丘で鉄を鍛つ

 

 waiting for one's arrival.

 

 ならば我が生涯に意味は不要ず

 

 I have no regrets.This is the only path.

 

 この体は、

 

 My whole life was

 

 無限の剣で出来ていた

 

 "unlimited blade works"

 

 

 世界が塗り替えられる。

 炎が翻り、無限の荒野にはまるで墓標のように、数えきれないほどの剣が突き刺さっている。

 どこまでも続く殺伐とした地上に対して、雲間からは青い空が覗いていた。

 あまりに異常な出来事の連続に、私の思考回路はショートする寸前だった。

 固有結界――魔法に限りなく近い大禁呪。

 術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、内部の世界を変容させる結界。

 

なんてことだ(ジーザス)……」

 

 呆気にとられる私をよそにセイバーが士郎の手にした武具を見て驚嘆の声をあげる。

 

「シロウ!その槍は……」

 

 渾身の力を振るって纏わりつくゴーストを薙ぎ払うと、彼女は士郎の元に一足飛びで駆け寄る。

 身に過ぎた魔術を行使した歪みか、彼は投影品を杖にして立っているのがやっという様相だった。

 士郎の元にたどり着くと彼女は彼の体を後ろから支えながら言った。

 

「シロウ……この槍を投影したと言う事は見たのですね。カムランの丘を……」

「ああ、俺は一応お前の最初のマスターだからな。……すまない、この状況で咄嗟に頭に浮かんだのがこれだったんだ」

「謝る事はありません。それに――きっとこの槍こそがこの場に相応しい」

 

 ――セイバーの発言から推測する。

 会話からしてあの槍はアーサー王所縁の武具と見て間違いない。

 そしてかの王が所持していた槍といえば、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の対となる伝説の武具ーそれこそはカムランの丘で叛逆の騎士モードレッドを貫いたとされる光の槍に相違ない。

 セイバーは士郎の体を支えたまま、彼の腕ごと自らが生前持ち得た槍を掲げる。

 本来の持ち主の手に握られた、伝説の槍は更に輝きを増す。

 

 真名開放されしその名は――

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

 

 光の光線が正面一帯を薙ぎ払いー光が消えた直後、結界の大元魔本はゴーストの群れ諸共雲散霧消していた。

 

  〇

 

 魔の気配は完全に去った。

 凛と私で屋敷を解析し、脅威が無いことを確認するとジョーンズ氏を呼んだ。

 ジョーンズ氏はオールブラックスとスプリングボクスが八十分間試合を行った後のような荒れ具合に愕然としたが、「ポルターガイストと思われる現象が発生した」と私が説明すると一応納得した。

 現象の原因は低周波が発生しているからと説明したが、もちろん事実ではない。

 辻褄合わせについては、法政科と交渉すればどうにかなると踏んでいた。

 

 肉体と魔力を酷使したため全員がボロボロでジョーンズ氏の厚意で一晩宿泊させてもらうことになった。

 

  〇

 

 翌日。

 我々は帰途に就いた。

 「運転したい」との凛の発言で、免許取りたての彼女を運転席に座らせ、私は大人の務めとして助手席で彼女の運転を見守った。

 

 急ぎの用もなく運転に不慣れなドライバーがハンドルを握っているため、努めてゆっくりと車両を走らせた。

 好都合な状況だ。

 この場にいる全員が話しておかなければいけないことをわかっている。

 

 言いづらい話題であるため、年長者である私が先んじて口を開いた。

 

「僕の友人に破格の魔眼使いと人形遣いがいる」

 

 私は言った。

 

「それだけでも十分なのに、今度は固有結界の持ち主とサーヴァントか。いいか悪いかはともかく、僕は何やら奇縁に恵まれているようだな」

 

 運転席の凛が何か言おうとした。

 私はそれを制した。

 

「友人を売るぐらいなら魔術使い稼業を廃業する。それで足りないなら自己強制証明(セルフギアス・スクロール)ぐらい喜んで受けるし、足りないなら君たちの靴の裏を舐めて誓ってもいい」

 

 後部座席のセイバーが口を開いた。 

 

「アンドリュー……ありがとうございます。私は貴方を信じます。きっと凛も、士郎も」

 

 私は危機察知の勘には自信がある。

 彼らからは敵意も警戒心も感じなかった。

 

 凛も士郎も、よくよく魔術師らしくない人物だ。

 だからこそ私は彼らにお節介を焼いているのだろう。

 だからこそセイバーは彼らの従者でいるのだろう。

 

「そうか。では僕は少し寝る。気が変わったら寝てるうちに闇討ちしてくれて構わない。僕には君たちを相手にして生き残る術など無いからその方が確実だぞ。できれば生かして帰して欲しいが」 

 

 隣の席で微かに凛が笑った。

 後ろで士郎が引き攣った笑い声を挙げた。

 

 朝のひんやりした空気が開けた窓から微かに入ってくる。

 私は車両の微かな揺れに身を任せ、眠りについた。




久しぶりセイバー残留世界線の話でした。
しばらく空の境界の面々を出してないので、そろそろ出そうかなと思ってます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
では、また。

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