Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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ようやく長い貯めが終わりました。
クライマックスです。


聖杯

「Jesus Christ(なんてことだ)…」

 

 私が目の前の少年の投影魔術によって作り出された代物を目にして

最初に口にしたのはそのひと言だった。

 

 私は英国人だが、生まれも育ちも香港だ。

 それ故、ロンドンに渡ってからも

東洋の伝説についてひとかたならぬ興味を抱いてきた。

 

『干将・莫耶』

 中国における名剣、その製作者である夫婦の名を冠した

『呉越春秋』や『捜神記』などに語られる伝説の武具――

私の見立てが間違いでないのならば彼、衛宮士郎の両手にあるものは

その伝説の武具そのものだった。

 

 異常な事はそれだけではない。

 通常投影品は世界の修正力によってその形を長く保つことはできない。

 しかも大抵中身は空っぽの張りぼてで、

 とても実用に足るような物にはなりえない。

 

 魔術の基礎的知識に乏しいパトリックは目の前の事態を1インチたりとも

理解できていないようだったが、アンナが思わぬ反撃を受けたことに対しては

動揺を隠せないでいた。

 

 1番立ち直りが早かったのはアンナだった。

徹底的なリアリストである彼女はまず目の前の異常事態についての思考を遮断し

使い物にならなくなった自らの得物を投げ捨てると

早駆けのルーンを刻んで剣の間合いから離脱した。

 

 離されまいと突っ込んでくる士郎に対して

彼女は愛用のSIG P229を取り出し照準を合わせると

ダブルタップで正確に四肢めがけて発射した。

 

 しかしその特製の強化が施された9mmパラベラム弾が

士郎に届くことはなかった。

 

 両手足に向けて2×4計8発発射された弾丸を

士郎は人間業とは思えない体さばきによって

両手の双剣で弾き落とした。

 

 そして、そのまま標的に向けて剣を振るうと

次の瞬間にはSIG P229はただの鉄塊と化していた。

 

 彼は宝具を投影するのみならず

その武具の持つ膨大な戦闘の経験値までをも

読み込んでいるようだった。

 

 主要な得物を失ったアンナはまだ諦めない

魔力を充填させると右腕から砲弾として発射し――

それも士郎の一閃によって無効化された。

 

 尚も双剣を構えたまま彼は言った。

 

「もうやめてくれロセッティさん。あんたの攻撃は俺には届かない」

 

 士郎の発言は紛れもなく事実だ。

 アンナだけでなくあの神秘を突破できる魔術師など

そうそういるわけがない。

 

 彼女はまだ戦意を失っていない。

 2人の間には張り詰めた空気が流れていた。

 

 ――その時ホムンクルスの少女が眠りから目覚めた。

全員の視線が少女に注がれる。

少女の体の輝きが徐々に増大していく。

 

「まずいぞ!器自体が綻び始めている!すぐにでも心臓を取り出せ!」

 

 士郎は尚も戦う姿勢を緩めない。

 

「シロウ、いい加減にしろ!このままじゃ噴出した魔力で大惨事になるぞ!」

 

 彼はそのまま姿勢を変えず言った。

 

「大丈夫だ。結界を展開する」

「結界?どういう事だ?君が使える魔術は強化と投影だけではなかったのか?」

 

 士郎は私の質問には答えず詠唱を始めた。

 それはある男の半生を語る詩のように聞こえた。

 

 体は剣で出来ている

 I am the bone of my sword.

 

 血潮は鉄で心は硝子

 Steel is my body,and fire is my blood.

 

 幾たびの戦場を越えて不敗

 I have created over a thousand blades.

 

 ただ一度の敗走もなく、

 Unaware of loss.

 

 ただ一度の勝利もなし

 Nor aware of gain.

 

 担い手はここに独り

 Withstood pain to create weapons,

 

 剣の丘で鉄を鍛つ

 waiting for one's arrival.

 

 ならば我が生涯に意味は不要ず

 I have no regrets.This is the only path.

 

 この体は、

 My whole life was

 

 無限の剣で出来ていた

 "unlimited blade works"

 

 世界が塗り替えられる。

 炎が翻り、無限の荒野にはまるで墓標のように

 数えきれないほどの剣が突き刺さっている。

 

 どこまでも続く殺伐とした地上に対して、

雲間からは青い空が覗いていた。

 

「Jesus Christ(なんてことだ)…」

 

 あまりに異常な出来事の連続に

私の思考回路はショートする寸前だった。

 

 固有結界――魔法に限りなく近い大禁呪。

 

 術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、

内部の世界を変容させる結界。

 

 この結界の主、士郎が指示する。

 

「3人とも俺の後ろに」

 

 さすがのアンナも初めてフランク・ランパードのフリーキックを

目にした新人ゴールキーパーのように唖然としていたが

素直に指示には従った。

 

 意識を現実的な問題に戻す。

 問題の元凶である少女はもう破裂寸前だ――

それに対するため士郎はさらなる投影を実施する。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 次の瞬間、器についに限界が生じた。

 予想よりもかなり早い決壊だ。

 もはや士郎を責めている場合ではないが

間違いなく士郎とアンナの戦いが少女の危うい均衡を破る一因になっている。

 

 少女の体から巨大な真っ白い魔力が間欠泉のように噴出してくる。

 

 士郎によって投影された伝説の武具

――トロイア戦争の英雄アイアスが使用した

盾がそれを阻む。

 

 どれぐらいの時間がたったか――

やがて盾にも結界に綻びが見え始める。

 

 そうだ、このような人の身に余る大魔術をそう長く保てるわけがない。

 

 まだ少女の魔力は尽きない。

 逆に結界の綻びはさらに大きくなってくる。

 

 アンナが言った。

 

「アンドリュー、あんたナイフ持ってるかい?」

 

 私にはアンナが何をするつもりか見当もつかなかったが

 その言葉に従い、彼女に愛用のアーミーナイフを渡した。

 

 彼女はメインブレードを取り出し

自分の掌に切れ込みを入れるように刃を当てた。

 

 そのまま士郎に語りかける。

 

「坊や、いいかよく聞け。これからあんたの背中に傷をつける。

そしたら、私の掌とあんたの背中を接触させて体液交換と接触を同時にする。

そのまま、簡易的にパスをつないであんたの体に

ありったけ私の魔力を送ってやる」

 

 士郎は大きく頷いた。

 

「よし、やるぞ」

 

 彼女は彼のシャツを捲りあげるとこう言って

むき出しになった背中に刃を当てた。

 

「なに、痛いのは最初の時だけだ。優しくシてやるから安心しな」

 

 実にらしい品の良い台詞と共に

彼女は自らの発言を実行に移した。

 

 士郎の背に手を当て詠唱を開始する。

 

…satus-sursu…mnexu…iniectio!(起動・接続・ロード!)

 

 アンナの巨大な魔力が接触を通じて注がれる。

 

「坊や、あんたは結界とその盾を維持することだけに集中しろ。

私の魔力なら尻の毛1本残さず持っていけ!!」

 

 魔力の供給源を得たことで結界の綻びが

縫われていく。

 1枚目の花弁を失ったが盾も未だ健在だ。

 

 そしてやがて――

器から放出される魔力はまるで波が引くように静かに収まっていった。

 

 光が晴れると、輪郭はぼやけ、体を構成する粒子が零れ落ちながら

まだ少女はかろうじて形を保っていた。

 

 士郎は盾をしまい、少女へと歩み寄る。

 そして、彼女の前に膝を突くと

 消えゆくその存在をそっと抱きしめた。

 

 やがて彼女の体は光の粒子になり霧散していった。

 消え去る直前、私は彼女がほほ笑みを浮かべたように見えた。

 

 もしかしたら、彼女には本当に自我があったのかもしれない。

 

 そして出来そこないの――それも完成させることすらかなわなかったが――

願望器としての役割を果たした。

 

 きっと少女はこう願ったのだろう。

 

「誰かに認めてもらいたい」そして

「触れて抱きしめてもらいたい」と。

 

 彼女は聖杯として自らの願いを叶えたのだ。

 

 自らを構成する魔力を失いながらも

最後にわずかな時間、形を保てていたのはそれ故だ。

 

 そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

だが、そんなほんの少しの救いでもなければ

……あまりにもやるせないではないか。

 

 気が付くと、あの無限の荒野も大地を覆う武器も消え

元の薄暗い臭気を含んだ空気が充満した下水道に我々はいた。

 

 士郎はそれから暫く膝をついたまま

彼女が消えた虚空を胸に抱き続けていた。




長文にお付き合いいただきありがとうございます。
次回、エピローグです。
fate/zeroのあの人たちのことがオリ主の口の端に出てきます。
ちなみに注釈すると、アンナの詠唱はラテン語です。
イタリアとアイルランドのハーフという(脳内)設定なので、
両国ともカトリックの国だから詠唱はラテン語にと安易に決めました。
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