今度は士郎とオリ主のやり取りです。
対面当初よりもだいぶ打ち解けてきた我々の間には
だいぶ和やかなムードが流れ始めていた。
主に凛と私が話し、士郎は聞き役に徹していた。
感じの良い若者たちだと私は思った。
話は主に魔術の話だったが、
魔術の話をしていてこれほど楽しいと感じたのは初めてだった。
元々、私は決して人嫌いなわけではない。
彼らのような気持ちの良い若者が相手ならば、
本来、饒舌な部類だ。
彼らさえよければ、辞去するまで話し込んでいてもよかったが、
「あ、いけない!もうこんな時間!」
という凛の一言でウィットに富んだ団らんはお開きとなった。
×××××
完全なる夜型人間の私は時差ボケもあって眠れないでいた。
午前2時。
まともな人間ならば夢の中にいてしかるべき時間だ。
就寝の支度を済ませた士郎と凛はそれぞれのベッドルームに引っこんでいた。
もう、とうに夢の中だろう。
人の家をニコチンとタールで汚すことに抵抗があったが
家主は寝ている。
せめてもの気遣いとして窓を開け、リッチモンドに火をつけた。
半分ほどが灰になったところで、部屋の1つのドアが開き、
背後に気配を感じた。
振り返ると、この家居住者である2人のうちの1人、衛宮士郎が立っていた。
士郎は初めてポルノ雑誌を買う精通が来たての少年のようにそわそわしていた。
「何か聞きたいことがあるという様子だな。少年」
私は若者に優しい大人であろうと極力務め、
可能な限り柔らかい口調でそう話を向けた。
「……あんたの仕事って、人を傷つけたり殺したりした魔術師を
捕まえることなんだよな?」
「ああ。その解釈で概ね正しい」
「……つまり、あんた。人助けをして回ってるってことだよな?」
「結果としてはそうなる」
「結果としてはってどういう意味だ?」
「晩餐の席でリンにも話した通り、僕が悪党を捕まえて回るのは奴らのことが
嫌いだからだ。
人助けの心が微塵もないとは言わないが、それはあくまで二次的なものさ。
それに、僕はちゃんと報酬をもらっている。
それで人助けを自称するのは傲慢に過ぎるよ」
「あんたが捕まえた悪党はどうなるんだ?」
「極力殺さないようにはしている。
いかな理由があれ、殺人は殺人だ。
法的には故殺とか正当防衛とか、呼び名は変わるが
どちらにしても気持ちの良いものじゃない。
それで?
貴重な睡眠時間を使って聞きたいことがそれだけという事はあるまい」
士郎はまだ何かそわそわとして落ち着かない様子だった。
短い沈黙の後、ようやく私の問いかけに対して口を開いた。
「……俺が目指しているのものの答えがあんたに聞けるんじゃないかと思ったんだ」
「参考までに聞こう。
君が目指しているものとは何だ?」
「……笑わないか?」
「男の約束だ。笑わないと誓うよ」
「……正義の味方になりたいんだ」
晩餐の席で凛の口から出たのと同じ言葉だった。
普通の状況ならば一笑にふすような子供じみた言葉だが、
あの時の凛の真剣な眼差しを考慮するととても笑い飛ばす気になれなかった。
だが、私は如何ともしがたい皮肉屋だ。
真剣な場でもウィットを忘れられない。
「正義の味方というのはバットマンかスーパーマンか?
僕ならばロールシャッハを選ぶね。
男の憧れだな」
士郎は何も言わなかった。
「……分かっているよ。
君はこの上なくシリアスに言っているとね。
話してみてくれないか?
君の言う正義の味方というヤツについて」
私がそう言うと、この朴訥として控えめな少年は、絞り出すように自らの半生を
語りだした。
私の半生もそれなりに悲惨だが、士郎の物はもっと過酷だった。
幼いころに、故郷で起きた大火災で命以外のすべてを失ったこと。
その時に目にした悲惨な光景。
火災による被害者の唯一の生き残りであること。
死にかけた自分を助けてくれた人物の養子になったこと。
誰かのためになりたいという一心で渋る養父から魔術を教わったこと。
養父が残した「全てを救う正義の味方になりたかった」という理想を受け継ぐと
決めたこと。
人助けが生きがいであり、人のために何かをすることが自分のためであるという
気持ち。
語り口事態は極めて静かで穏やかなものだったが、言葉の1つ1つから確固たる意志の強さを感じた。
私は士郎の言葉を時間をかけて咀嚼すると、こう答えた。
「そうか、要約すると、君が魔術を学ぶ理由はいつか誰かのためになるかも
しれないから、そういうことか?」
「そうだ」
「そして、君の言う『正義の味方』とはすべての人を分け隔てなく救う存在である。
合っているか?」
「そうだ」
空気が重い。
私は少し考えてから、こう水を向けた。
「では、聞くが。
君は真冬のオックスフォードストリートをストリーキングするのが誰かのためになるのだとしたら実行するか?
……通じていないようだから注釈するが、ストリーキングとは公共の場を全裸で走り抜ける行為のことだ」
士郎は考えた末に答えた。
「あんたならどうするんだ?」
「絶対に御免だ。
僕には想像もつかないが、仮に僕のストリーキングで利益を得る人間がいたとしても、
絶対に不利益を被る人間がもう一方に存在する。
考えてもみろ。中年に片足を突っ込みかけた男のナニなど見せつけられたら、その日は人生最大の厄日だ。
それに、そんな恥ずかしい行為、僕は御免だ」
士郎はじっと考え込んでいた。
凛はかなり饒舌だったが、この少年はどちらかというと寡黙だ。
受け身というか主体がないというか、そのような印象を受けた。
彼が何も言えないでいるので、私はさらに続けた。
「つまり、僕が言いたいことは2つだ」
ここで、5歳の子供に基礎的算数を教えるように私は分かりやすく指を立てた。
「1つは、すべての人の利益になることを為すのは不可能だということ。
もう1つは自分を大事にしろ、ということだ」
「……それでも、俺は全てを救いたい」
堂々巡りだった。
彼の目指す理想はひどく歪んでいる。
人は自分が肩入れした側しか救うことが出来ない。
世界から貧困がなくならないのは貧する者がいなければ、
富める者が存在できないからだ。
そういう常識は彼ぐらいの年齢になれば備わっていて当然のはずなのだが。
それに、善人であれ悪人であれ、人間は基本的に自分が1番大事な生き物だ。
だが、どうも彼の目指す「全てを救う正義の味方」の中には
彼自身を救うという思想が含まれていないらしい。
全うな大人ならば諭してやるべきだろう。
今度は私が考え込む番だった。
そしてしばし考えた末に言った。
「……これから先は独り言だ。
ルールも知らずに見るインド代表対パキスタン代表のクリケットの試合ぐらい退屈な話だから、聞き流してくれて一向に構わない」
士郎はまっすぐ私を見て言った。
「話してくれ。アンドリュー」
私は「そうか」と言うと、おもむろに立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「素面じゃとても話せない。スコッチを買ってくる」
賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶと言う。
私は出会ったばかりのこの2人の若者、衛宮士郎と遠坂凛に少なからず好感を
抱き始めていた。
愚かな私は経験から大事なことを学んだ。
人に話すのは少々気が重い話だが、話してやろうと私は腹を決めた。
「僕も存外におせっかいだな」
そう独りごちて、アルコールを求めリカーストアに向かった。
次回、オリ主の回想に入ります。
fate/zeroのあの人たちについても少し触れます。