今日も仕事でした……
その後、まず我々はショーンの起きるのを待った。
ショーンは幸い外傷は一つもなく霊体を抜かれた後遺症もなかった。
彼は起きるとまず我々に対して数々の気遣いの言葉をかけてくれた。
礼儀正しい子だ。
私と凛は彼の妹を助けなければというより強い使命感を持った。
日御碕と凛がショーンの状態を確認し何の問題もないことを確認すると
まずはショーンを自宅まで送り届けた。
ショーンを見送ると日御碕が愛車で私と凛をホテルまで送り届けてくれた。
日御碕に親切にされると何か裏でもあるのではないかと勘繰りたくなるが幸いにして
何の見返りも求められなかった。
車中、私と凛は交互に起こったことを日御碕に説明した。
日御碕はただただ「ふうん」という気のない相槌を打つだけだった。
凛はその態度に対して不快感を露わにしていたが……日御碕の事だ。
きっと何か考えがあるのだろう。
私のような凡人には及びもつかないような考えが。
ホテルに着いた我々はまずシャワーを浴びて着替えると近くの店で叉焼飯のテイクアウェイを購入し、私の部屋に陣取って経験したことの分析と今後の対策について話し合った。
「とんでもないものに当たったわね……」
食事を終え口元をナプキンで拭いながら彼女はまずそう言った。
「ああ。まったく同感だ」と私も同意した。
そして彼女の言葉の続きを待った。
彼女は続けて言った。
「サーヴァントの戦いを初めてみた時……私何もできなかった。
ううん。何もさせて貰えなかったというべきかしら?
街が一つ崩壊するような大地震が何の前触れもなく起きて、
気づいたらもう何もかもが終わってた……そんな感じ」
「あの怪物は英霊クラスの強さということか?」私がそう尋ねると彼女は言った。
「いいえ。そこまでではないと思う」
彼女は力強くそう否定し――聖杯戦争を勝ち抜いた猛者の一言だ実に心強い――さらに言葉を続けた。
「あくまで私の印象だけど、あのバケモノ多分本来の力を発揮しきれてない。
サーヴァントもマスターがヘッポコだと能力を発揮しきれないけど
あのバケモノも主人の魔術師がヘッポコなせいで力を制御しきれてないんだと思う。
――それにあの術師いかにも小物って感じ。魔力も小さいけどそれ以上にあんな強力な妖魔を使役できるような器じゃないと思う」
「それは魔術師としての分析か?それとも女の勘というやつか?」
「両方よ。わかるでしょ?」
彼女は悪戯っぽく笑ってそう言った。
彼女と知り合ってから1年にも満たないが知り合った当初よりも大人びた顔をするようになった。
若者の成長は早い。
彼女は頷き、そして長い脚を組んで顎に手を当てた。
何か沈思黙考しているらしい。
当然ながら表情は悪戯っぽい若者の笑顔から魔術師のそれへと変わっていた。
何秒かして考えがまとまったようだ。
うんうんと頷くとその口が動いた。
「まずは敵が何者か知らなくちゃ。
聖杯戦争でも敵サーヴァントの真名が分かるかどうかは大事なことだったしね」
妥当な判断だ。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」と孫子は言った。
当然だが孫子は実にいいことを言う。
「そうだな。一応聞くが、君に何か見当は?」
彼女は申し訳なさそうに目線を下げた。
「ごめんなさい。遠坂家の始祖はシュヴァインオーグに弟子入りしたから私の知識は
西洋魔術に偏ってるの。
ねえ、あなたはどう?」
「東洋の化生の類だということはわかる。何かの記録で似た記述を見た覚えもある。
だが確証はない。そこでだ――」
香港の日は長いが外は真っ暗だ。
行動は明日になるだろう。
「そこで?」
「明日は調べものと行こう」
××××××××××
翌日。
私と凛はマカオ行きのフェリーに乗っていた。
私はこれから会いに行く人物のこととフェリー内ではスリに気を付けることを
凛に説明するとあまり清掃が行き届ているとは言えないフェリーの椅子に座った。
フェリーに揺られること1時間。
アウターハーパーに到着した我々はパスポートチェックを受けるとタクシーを駆り、
観光客でごった返すマカオ歴史地区を目指した。
聖ポール天主堂跡近くでタクシーを降りると徒歩で目的地を目指す。
観光客の群れをかき分けながらカラフルなセナド広場を歩くこと数分。
そろそろ目的地が見えてくるはずだ。
「もうすぐだ」と隣を歩く凛に声をかけようとすると初めて見るマカオの街にこの若い同行者は興味津々の様子だった。
私が聖ローレンス教会や民政総署について解説してやると興味深そうに聞いていた。
微笑ましい光景だ。
私は改めて彼女に好感を持った。
「っといけない!仕事よね。仕事。アンドリュー、目的地はまだ?」
私の話に聞き入っていた凛だったが基本的には真面目な彼女だ。
興味津々な若者から魔術師の顔に戻っていた。
「もう見えている。あの店だ」
私が指さした先には"Fernando's Eggtart"の文字が躍っていた。
「Andrew!好耐冇見、你好嗎?(アンドリュー!久しぶりだな。元気か?)」
年の頃50ほどの色白でほっそりしたその人物はそう言って私に手を差し出した。
私が凛を紹介するとそのほっそりした温顔で彼女とも握手を交わした。
彼女は日本人だと私が教えると彼は言った。
「ようこそ。日本人は大事なお得意さんだ。何でも聞いてくれ」
凛は驚いて言った。
「日本語話せるんですか?」
「ああ。話せるよ。ウチは学究肌の家系でね。アジア系の主要言語は大体わかる。
日本人のお客さんは多いから使う機会には事欠かないしね」
フェルナンドは遠坂の家にも情報を提供したことがあるらしい。
彼女が遠坂の名前を名乗るとありし日の遠坂時臣――凛の父親で前家長だ――と会談した時のことを話した。
ビジネスライクで決して楽しい思い出では無かったようだがフェルナンドの語り口は穏やかそのものだった。
凛の様子をうかがうに彼女はフェルナンドに好感を持ったようだ。
フェルナンド・ホーは没落した魔術家系の末裔だ。
現在の当主であるフェルナンドには申し訳程度の魔術回路しか残っていないが彼の家系は典型的な学者肌であり蓄積されてきた知恵は健在だ。
西洋魔術にも無知と言うわけではないが東洋、特に東アジアの神秘に強い。
表向きは美味と評判のエッグタルト店を経営し、裏では知恵を提供する
魔術の情報屋として家業を引き継いでいる。
気安い性格の人物で没落した魔術家系の末裔同士という共通点から生前の私の父と
親しく、私にとっても気心の知れた間柄だ。
「とりあえずあがってくれ。自慢のタルトを振舞おう」
店の奥に通された我々にフェルナンドはプーアル茶とエッグタルトを振舞ってくれた。
濃厚で味わい深いエッグタルトを頬張りながら幾ばくかの雑談をすると私と凛は本題を切り出した。
フェルナンドは話を聞き始めた時点ではエッグタルト専門店の店主の顔だったが――
話が終わるころには魔術師の顔になっていた。
「あんたらとんでもないものに出くわしたな」
我々の話が終わると開口一番彼はいかにも不穏なことを言った。
「教えてください。一体アレは何物なんですか?」という凛の問いにフェルナンドは重々しく答えた。
「夜叉だ」
――やはりか。
ある程度予想通りの答えだったが気になることがある。
それが確信に至らなかった理由だ。
私は疑問を口に乗せる。
「僕が知る限り夜叉は本来、幻想種にも数えられる極めて気位の高い妖魔だ。
人間が従えられるような代物なのか?」
隣の凛が「幻想種!?」と小さく驚きをもらす。
フェルナンドは温くなってきたプーアル茶を一口啜ると私の疑問に対する回答をゆっくりと語り始めた。
「モノによってはな。夜叉にも色々な種類がいる。
ヤクシャ、ヤクシニーと呼ばれる妖魔は南アジアにおける近似の存在だし、
東アジアにおける夜叉と呼ばれる妖魔も一種類ではない。
邪知暴虐の限りをつくす残虐なモノもいれば、宝物を守護する守護神のような
モノもいる。勿論、何かしらの理由で人間の術師に使役される種類もな。
お前さんたちの話だと、ソイツは霊体を食うんだろ?
夜叉は鬼神を喰うと言われているが、鬼神には霊体って意味もある。
魂喰いをする妖魔は他にもいるがお前さんの話に合致する風貌で魂喰いをするのは
私が知る限り夜叉だけだ」
「私の印象ですけど、あの術者にそんな高等なモノを従えるような魔力も器もあると思えませんでした。
2流の術者にそんなものを使役させられるんですか?」
驚きの声を漏らしていたがすぐに落ち着いたらしい凛が疑問を挟んだ。
「それはなお嬢さん」
そう言ってフェルナンドは穏やかな眼で凛を見据え続けた。
「主に2つの理由が考えられる。
1つ目はその術者が従えているのが夜叉の中でも格の低い部類のモノだからだ。
それともう1つ。
夜叉は水に関わりの強い妖魔で水の豊富な地ならば
完全ではないにしても使役している術者の能力によるランクダウンをいくらか補うことが出来る。
香港は四方を海に囲まれた島だから、この土地そのものが能力の低下に歯止めをかけ使役する術者の負担を軽減しているんだ。
流石に幻想種としての本来の力は発揮できないだろうがそれなりに格の高い死徒ぐらいの力はあると思った方が良い」
これは思ったよりも難事だったようだ。
頭を抱えて黙り込む。
しかし神は我々を見捨てていなかった。
「で、夜叉はそんな強力な妖魔なわけだがもちろん弱点はある。
1つは言った通りその妖魔固有の格の低さだ。
そしてもう1つが重要だ。
狙うのは容易くないが夜叉には決定的な弱点がある。
――それはな」
フェルナンドの言葉はこの困難な状況に慈悲の光を当てるものだった。
――もっともその光は微かなものだったが。
××××××
行きとは逆の道をたどりフェリーに乗って香港に戻る。
尖沙咀のフェリー乗り場にもどるとヴィクトリアハーパーは夕陽のもと、その優雅な姿を露わにしていた。
我々の足取りは重かった。
フェルナンドの情報は貴重だったが彼の教えてくれたその弱点とやらを突くのは明らかに容易ではない。
遠坂凛と言う破格の性能を持った魔術師がいてもだ。
「――いいじゃない。やってやろうじゃないの」
無言で歩いていると突如、隣の頼れる相棒が言った。
「綺麗に勝とうなんて思わない。余裕をもって優雅たれは一時封印よ」
尖沙咀を仕事帰りのビジネスマンたちがきびきびとした足通りで過ぎ去っていく。
「――あの娘はずっと苦しんで来たんだもの。
私が楽したらあの娘に合わせる顔がないわ」
彼女はそう言った。
その言葉は私にかけられたのかもしれない。
だが私には彼女の言葉が彼女自身にかけられているように感じた。
彼女の視線は宙を待っている。
私はただ一言「ああ、そうだな」と答えた。
――さあ、決着をつけよう。
最後までお読みいただきありがとうございます。
前掲の通りすっげえ忙しいです……
書いてますけど書きあげる時間がない……
次回はいつになるやら……
今月中には書き上げたいです。
ちなみに次話でエピソード完結です。
その次はロードエルメロイ二世の事件簿とのクロスオーバーを構想中です。