Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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オリ主の回想です。
fate/zeroのあの人たちにも触れています。


追憶

 私が14歳の時、両親が亡くなった。

 不慮の事故だった。

 交通事故。

 慢性的な渋滞と決して良いとは言えない香港の交通マナーに

幼いながらも不安を感じていた私だったが、

まさか不安が現実になってしまうとは思ってもみなかった。

 

 両親は小さな飯店<レストラン>を経営していたが、店と一緒に借金も残していた。

 店は人手に渡り、私は生まれ育った場所を永遠に失った。

 私にとっては二重の悲劇だった。

 

 既に祖父母は他界しており、私は残った唯一の血縁者であり

 それまで碌に面識のなかった伯父、

 ユアン・マクナイトの元に引き取られることになった。

 

「なあboy<坊主>」

 

伯父は私のことを「坊主」と呼んでいた。

 

「運がなかったな。お前にはただただ同情するしかねえ」

 

 両親の葬儀を終え、香港の実家を引き払い、

ロンドンへと向かう飛行機の中。

 狭いエコノミーシートに巨体を押し込みながら伯父は粗野な口調ながらも

努めて優しく私に話しかけた。

 

「心配するな。生きてりゃ意外と何とかなるものさ」

 

 伯父は魔術回路をほとんど失った父の家系で唯一のまともに魔術を使える人物で、

ロンドンを拠点とする万屋の魔術使いだった。

 

 得意分野が攻撃魔術に偏っていたため、荒事を専門に引き受け、

法では裁けない外道魔術師を、法執行機関から秘密裏に雇われて始末していた。

 

 最初のうち、私は伯父がしばしば海外に出かけていくのをただ見ていたが、

黙っていられずそのうち伯父の稼業を手伝うようになった。

 

 伯父は私が稼業を手伝うことに常に難色を示していたが、

いやいや伯父が私に手ほどきをするうち、私には魔術の才能があることが分かった。

 

 私はとっくに没落した家系の出身だっだが、私の代で魔術回路が先祖返りを起こしていたのだ。

 魔術回路をほとんど失っていた父にはそれが分からず、疎遠だった伯父に引き取られてようやく判明したことだった。

 いつしか私は伯父の優秀なパートタイムの助手になり、中学を卒業すると

専業の助手になっていた。

 

 我々、魔術師狩りをするハンターは荒くれ者の集まりだ。

 御多分に漏れず、伯父も荒っぽい人物だった。

 

 宵越しの金は持たず、眼の前に快楽があれば貪る。

 仕事で金が入ると、まずボイラーメーカーを盛大にあおって泥酔し、

夜の街に繰り出した。

 

 マクナイト家はスコットランドにルーツを持つが、伯父は

ロバート・バーンズの詩と並ぶスコットランド名物であるハギスが大嫌いで

パブでハギスを食している人間を見るたびこう言っていた。

 

「よくあんなもの食えるな。

あれは、皿に乗っけて人間の前に出すものじゃねえ。

ゲロと一緒に下水道に流すものだ」

 

 10代半ばの多感な少年の保護者としては明らかに不適切だ。

 

 だが、私はそんな伯父のことが嫌いになれなかった。

 理由は簡単だ。

 伯父と生活を共にするうち、根はやさしい人物だということが分かっていたからだ。

 

 確かに不摂生で破天荒な生活こそしていたが、いつも伯父の視界にはちゃんと

私の存在が入っていた。

 

 誕生日は覚えていたし、クリスマスプレゼントは毎年必ず送ってくれた。

 プレゼントのセンスこそズレていたが、それは彼の生い立ちを考えれば仕方がない。

 

 それに何より気に入っていたのは、外道魔術師に対する処遇だった。

 伯父は対象を極力殺さないようにしていた。

 依頼主からは「生死に関わらず」捕縛するように言われている案件でもそれは

変わらなかった。

 

「坊主、殺しってのは極力避けるべき行為だ。

相手の未来も過去も奪っちまう。

たとえそいつがゲロ以下のゲス野郎だったとしてもな。

それとこれも大事な話だが」

 

 伯父はリッチモンドに火をつけ、紫煙を吐き出すと言った。

 

「俺の業界に、『魔術師殺し』と呼ばれていた奴がいたが、

そいつは標的を例外なく全員ぶっ殺してた。

毎日がこの世の終わりみたいな死んだ眼をした奴だった。

坊主、つまりな、

殺しっての殺す側のメンタルヘルスの上でも最悪なんだよ。

だから、テメエの身を守るためにも極力殺しは避けろ」

 

 時計塔に籍を置くようになってからも、

昼間は時計塔の講義に出席だけして、主に惰眠をむさぼり、

夜の稼業に力を注いだ。

 

 2年も経つと、時に1人で仕事をこなすケースも出てきた。

 

「こんなヤクザ稼業に就いちまってることは、保護者としちゃ遺憾だが」

 

 伯父は誇らしさと残念さが入り混じった表情で言った。

 

「お前は相当に優秀だ。天才とまでは言えんが、秀才を自称できるぐらいにはな」

 

 そんな日々がが何年か続き、そしてあの運命の日がやって来た。

 

 我々が追っていたのはペーター・ヴァント。

 蛾の使い魔を使役し、使い魔を媒介にした毒で暗殺稼業を経営していた

外道魔術師だ。

 

 身の安全のため、名前は伏せるが、とある諜報機関からヴァントの始末

を依頼された我々はいつもの通り仕事を準備していた。

 

 ロンドンはいつものように曇天で、道路は混んでいた。

 完全なる予定調和な1日の始まりだ。

 

 準備を整えた我々は連れ立って空港に向かった。

 

 伯父はヒースロー空港から、フランクフルト空港に。

 私は香港国際空港に向かった。

 

 我々は、ドイツで仕事を終えたヴァントが、次の仕事のために香港向かっている

という情報をつかんでいた。

 

 伯父が機内でヴァントを秘密裏に始末し、香港で車を調達した私が

伯父を迎えに行き、遺体を依頼者に引き渡す手はずだった。

 

その日の香港は蒸し暑かった。

 

 故郷の蒸し暑い気候にノスタルジーに浸りながら、

私は現地で車を調達し、無線機を片手に伯父からの連絡を待っていた。

 

 何かが起こるような胸騒ぎは何一つなかった。

 

 待機し始めてから何時間経っただろうか、

 ヴィクトリアハーパー付近で、手配した車に待機していた私の元に、

定時連絡用に用意していた無線機経由で伯父から連絡がきた。

 

「よう。坊主。

今、大丈夫か?

それともヒマ潰しにマスカキでもしてたか?」

 

 伯父はいつもこんな調子だった。

 口調もいつものままだった。

 

「マスカキ中に襲撃されて死ぬなんて最悪の最期だ。

冗談じゃない」

 

 出がけの予定調和なやり取りが済んだところで、

私は違和感を覚えた。

 

「どうしたんだい、ユアン伯父さん。

定時連絡はもう少し後だったはずだけど」

 

 受信機の向こうからは、明らかに計器類と思われる音が聞こえていた。

 私の心に胸騒ぎのさざ波が立ち始めていた。

 

「ユアン伯父さん、まさかと思うけど自分で操縦してるのか?」

 

「セスナとそう大きくは変わらん」

 

 自分で操縦している?

 緊急事態であることを予想するに十分な事実だった。

 

 伯父は大きく1度息を吐くと言った。

 

「昔のダチのことを思い出してた。

ナタリア・カミンスキー。良い女だったが

人生折り返しに行く前に逝っちまった」

 

 そこで1度言葉が途切れた。

 何のことかさっぱりわからなかった。

 

「ナタリアと同じ状況に追い込まれるとは思わなかったぜ」

「……どういうことだ?僕にもわかるように説明してくれないか?」

 

伯父は自分がおかれた状況について淡々と話し始めた。

 

「ヴァントを仕留めるところまでは良かったんだがな。

あの野郎、自分の体内に使い魔を隠してやがった。

気付いたときはもう時すでに遅しだ。

乗員、乗客、あいつの使い魔の毒で全員あの世行きだ。

どうにかコックピットにまでたどり着いて、操縦桿を握ったのはいいけどよ。

もうすぐそこまでヤツの使い魔が近づいてる。

結界を張って閉じこもったまではいいが、どうにも結界は苦手だ。

とても空港まで持ちそうにねえ」

 

 誰がどう見ても絶体絶命だった。

 

 そして私は、伯父が万が一の時のため、奥歯に青酸カリ、

体内にC4爆弾を隠し持っていることを思い出した。

 

「……伯父さん、まさか、アレを使うつもりか?」

 

「大正解だ。

どうせ俺は助からねえ。

あの小汚い使い魔どもと一緒に地獄にランデヴーしてやるよ

まあ、なんだ。このままヴァントの使い魔を放っておいたら

墜落した飛行機に近づいてきた事故調査委員会だかが犠牲になるだろ。

どうせ助からねえんだから、誰かを守ってカッコよく死なせてくれや」

 

 頭が真っ白になった。

 私は呆然としながらも、何とか思考を保とうと努め、

それまで1度としてなかったほどに頭脳を回転させた。

 

 しかし、状況は完全に詰みだ。

 どうやっても打開策は浮かんでこなかった。

 

「ってわけだからよ。優しいユアン伯父さんから最後のアドバイスだ」

「……止めてくれよ。まるでこれが最後みたいじゃないか」

「みたいじゃなく、これが最後だ。

いいか、だからよく聞け」

「嫌だ!何かもっと良い手があるはずだ!こんなのじゃなくて!

考えてくれよ!」

「言った通り結界を破られるのは時間の問題だ。

もう悠長に考えてる時間はないし、どうせ考えても妙案は浮かばん。

だからよく聞け、坊主」

「嫌だ!」

「アンドリュー!」

 

 伯父が私のことをアンドリューと呼んだのはそれが初めてだった。

 そして最後だった。

 

「いいか。お前は絶対にこのことを気に病むな。

俺がここでくたばるのは俺の自己責任だ。

こんなヤクザな稼業だ。ブランコの順番が回って来たってだけなんだよ」

 

 私はもはや嗚咽以外を口から漏らすことが出来なかった。

 

「アンドリュー、1日でも長く生きろ。

何よりもまずテメエ自身を守れ」

 

 私は嗚咽を漏らしながら、ようやく一言だけ絞り出した。

 

「もうハギスは食べられないね」

「食わないで済むの間違いだ。せいせいするぜ」

 

 車の窓の外を見る。

 香港の夜空に一瞬、小さな閃光が走り、そして消えた。

 

 私はほどなくして、伯父と過ごしたハックニーのフラットを引き払った。

 国外に居る時間が長いから、という実際的な理由もあったが、

最後の血縁者を失った場所に居続けるのは私には辛すぎた。

 

 私は1度足を突っ込んだこの稼業から足を洗えなかったが、

可能な限り無謀な行為は避けるようにしている。

 

それが伯父の最後の望みだったから。

 

×××××

 

 一体どれほどの時間話し込んでいただろう。

 私は全身に重々しい疲労を感じつつ時計をみた。

 午前3時を大きく回っていた。

 

 私が話している間、士郎はほぼ聞き役に徹していた。

 1時間以上もひたすら1人で話していたわけだ。

 これでは本当に独り言だな。

 

 カティーサークを瓶から直接一口あおり、

タバコに火をつけると私は言った。

 

「僕の長い独り言の教訓はだな―」

 

 相変わらず士郎は黙り込んでいる。

 

「ハギスはマズいから食うな、ということさ」

 

 すでに、夏のロンドンの空は白み始め、カティーサークの瓶は半分まで減っていた。

 

「……話してくれてありがとう。アンドリュー」

 

 1時間以上も黙り込んでいた士郎は、ようやくそう1言だけ絞り出した。

 

×××××

 

 私が話し終えても、士郎は眠ろうとしなかったが、

私に強く促されて、午前4時を回ったところでようやくベッドルームに戻って言った。

 

 結局、私は朝まで一睡もしなかった。

まったく眠る気が起きず、

イアン・マキューアンの文学史的価値について考えているうちに朝になっていた。

 

 先にベッドルームを出てきたのは士郎だった。

 どうも顔色を見る限り彼も、結局眠れなかったらしい。

 

「おはよう、アンドリュー」

 

 と私に一言、挨拶をすると

朝食を食べるかどうかを私にたずねた。

 

「いただくよ。

一宿一飯の恩が、一宿二飯の恩になるな」

 

 しばらくして、凛が起きてきた。

 

「やあ、おはよう。

昨夜にも増して麗しいね、リン」

 

 と私がウィットに富んだ挨拶をすると、

哀れなものを見るような眼で見られた。

 

 24時間以内に2度も同一人物からそんな目で見られたのは初めてだった。

 そしてその哀れなものを見るような眼のまま、何も言わずにバスルームに消えて

いった。

 

 士郎は

「ごめん、アンドリュー。

あいつ、朝弱いんだ」

と私をフォローしてくれたが、

どうもそれだけが理由ではない気がする。

 

 士郎の用意してくれたヘルシーな朝食を食べ終え、

食後のグリーンティーを飲み干すと、礼の言葉と共に2人の住居を辞した。

 

 2人は丁寧に私を外まで見送ってくれた。

 私は並んで立つ2人に、モバイルフォンの番号を記載した

 ビジネスカードを手渡して言った。

 

「これでも君たちより一回りは長く生きている大人だ。

何か困ったら連絡してくれ。

力になれるかどうかは保証しないがな」

 

 凛が私のビジネスカードをあらためながらクスリと笑って言った。

 

「あなたって全然魔術師らしくないのね」

「自覚はしてるさ。だが、君たちもたいがいだ」

 

 私は踵を返しながら、半身だけ振り返って言った。

 

「……ああ、それと一晩も居座ってしまって済まない。

若い2人なら色々とシタいこともあっただろう。

僕も無神経だったな」

 

「な……」

 

 と呟くと、凛は茹でたてのスカンピのように顔を真っ赤にして言った。

 

「ちょ、ちょっと!

一晩も居座っておいて、最後に言うのがソレ!?

一体どういう性格してるのよ!?あなた!」

 

「もう行くよ。飛行機に乗り遅れる」

「ま、待ちなさいよ!アンドリュー!

私たちはそんなのじゃないって!」

 

なおも続く抗議を背に私は言った。

 

「ありがとう。リン、シロウ。

またな」

 

 私の背後では凛の怒号と

「落ち着けよ、遠坂」という士郎のなだめる声が交差していた。




次回から新エピソードです。
もう半分ぐらいは書き終わっているのですが、
1週間ぐらい更新滞るかもしれません。

辞めるわけではないのでよかったらまた覗いてください。
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