Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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一か月ぶり投稿です。
本当は一回にするつもりだったのですが予想以上に長くなったため二回に分けました。
今回はとっかかりまで。
次回は久しぶりに同人誌的に同人誌な展開になります。
舞台はアイルランドです。


名も無き戦場にて
愛蘭


 厳しい冬の寒さが続くある日。

 

 早朝の便でレイキャビクから戻った私はいつものように小汚いエミールのホテルで惰眠を貪っていた。

 エミールのホテルはホーエンハイムが雇ったならず者の襲撃で被害を被っていたが比較的被害範囲が狭かったため

被害のなかった部屋のみで今まで通り営業していた。

 

 損害の賠償は風宮和人が策略を巡らせてホーエンハイムに請求が行くようにしていた。

 報復に失敗した上に不要な出費までしてホーエンハイムは気の毒としか言いようがない。

 

 小汚いベッドの中で私は夢を見ていた。

 

 夢の中で私はどこかの草原にいた。

 

 薄い緑が広がり緑の隙間にポツポツと岩が点在する。

 海の近くなのかどこかから湿った風が吹いてくる。

 

 かがみこんで緑に手を触れる。

 シャムロックだった。

 

 アイルランドを知っている人間がアイルランドと言われて連想しそうな風景だな。

 私はそう思った。

 

 空は晴れ渡り風が心地よい。

 私はシャムロックの絨毯の上に座り込み佇んでいた。

 

 どれほどそうしていただろうか。

 

 背後に誰かの気配を感じた。

 

 振り返ろうとしたところで

――誰かが部屋をノックする音がした。

 

 私は目を覚ました。

 

×××××××××××××

 

 客人はお馴染みの人物だった。

 化野菱理(あだしのひしり)

 時計塔の法政科に所属する魔術師である彼女は度々私に仕事を依頼しに来る。

 

 彼女の持ってくる依頼は常にそれなり厄介でそれなりに高報酬だった。

 私は部屋の電気ポットで沸かしたグリーンティーを彼女に勧めた。

 風宮の置き土産の最高級の玉露だ。

 

 せめてもの詫びのつもりで我が友人衛宮士郎と遠坂凛に大部分を分けていたが手元にも少量残していた。

 化野菱理は「お気遣いありがとう」と恭しく礼を述べると玉露に口をつけた。

 

 そして

「おいしいけれど淹れ方が良くないわよ。玉露は低温で抽出するの。紅茶と違って」

 

 とありがたい忠告をくれた。

 

 私は日本の血が混ざっている。

 日本の事にはかなり詳しいつもりだったがまだまだ勉強不足のようだ。

 

 飲み終えると彼女は「あなたにお願いしたい仕事があるの」という予想通りの口上を述べ説明を始めた。

 

 アイルランドのダブリンで黒くうごめく影のようなものが頻繁に目撃されるという情報だった。

 現地の魔術使いの下調べでは影は無視できないようなレベルの魔力を無料で垂れ流しにしており

放っておくと神秘の漏えいだけでなく何がしかの人的被害が発生する可能性があるとのことだった。

 

 アイルランド。

 つい先ほど夢の中でアイルランドのような光景を見ていた。

 これは何かの縁か?

 

「で?下調べからどういう推論が展開されているんだ?

君のことだ。既に答えか答えに近い部分まで到達しているのだろう?」

 

 私の問いに対し、彼女はただ二語の短い言葉を発した。

 

「聖杯」

 

 たった二語のその言葉で私の全身に緊張が走った。

 彼女はその二語の言葉の後に長い補足を足した。

 

「といっても本物ではないわ。

冬木式の聖杯を模倣した模造品の模造品よ。

それも出来損ないの中でも特に不出来な聖杯の劣等生。

調べてみたらホーエンハイム家の関係者が一時期あの場所で工房を開いていたことが分かったわ。

十中八九、その魔術師の仕業ね」

 

 またしてもホーエンハイムか。

 ホーエンハイムはパラケルススに連なると噂される名門だが一門の魔術師全員が優秀なわけではない。

 こういう愚かな行為をする者もいる。

 まず間違いなく下手人はニューヨークで傍迷惑な騒ぎを起こした一門のドラ息子だろう。

 とはいえそれほどの大事というわけではなさそうだ。

 私はひとまず安堵し、出来る男アンドリュー・マクナイトとして彼女に提案した。

 

「ならば現地の魔術使いに任せては?ダブリンを根城にしている魔術使いならオライリーかゴールウェイだろう?

どちらも特別優秀とは言えない魔術師だが落第生レベルの聖杯なら解体できるだろう」

 

 私の提案に対して彼女はかぶりを振った。

 

「そうもいかないの。あなたが出来損ないの聖杯を処理したニューヨークと違ってダブリンは

神秘の強い土地だから、同じ出来損ないの聖杯でも違う結果が出る可能性がある。

かと言って時計塔の講師がわざわざ赴くほどのモノでもない。

だから優秀な外部協力者のあなたにお願いしているの。

オブザーバーとしてね」

「オブザーバー?」

 

 当然のことながら時計塔は既に手をまわしていた。

 ロード・エルメロイ二世がフィールドワークの一環として弟子とその助手を派遣することにしたとのことだった。

 その弟子と助手はどちらも私の友人で、弟子の方は純粋な魔術師としての能力は私より遙かに上だ。

 そして二人はともに冬木の聖杯戦争を勝ち抜いている。

 なるほど適任だ。

 

「それで?

僕はそのオブザーバーとして何をすればいいんだ?」

 

 ロード・エルメロイ二世の弟子、遠坂凛は魔術師としては私より遙かに格上の存在だ。

 私が同行する理由がわからない。

 

「保護者枠――かしら?あの子たちにとっては初めての場所だけど。あなたならば土地勘があるでしょう?

旅人ですものね」

 

 彼女はそう答えた。

 成程ロード・エルメロイ二世なりの気遣いか。

 いつもポットヌードルを口に含んだ時のような渋面をしている彼だが気遣いの感情はあるらしい。

 彼とは長い付き合いだが私の知らない思いやりがあったということか。

 

 アイルランドには何度も行っている。

 私はスコットランド系の名前を名乗っているがアイルランドは遠い親戚もいる馴染みのある土地だ。

 

 報酬の額も悪くない。

 妥当な判断として私は依頼を受けることにした。

 

×××××××××××××

 

 仕事はあっさりと終わった。

 

 ニューヨークで片づけた出来損ないの聖杯よりもさらに不出来な代物だった。

 

 目撃情報によるとやはり下手人はニューヨークで傍迷惑な騒ぎを起こしたホーエンハイムのドラ息子と同一人物らしい。

 

 今度の現場はシェルボーン・ホテルだった。

 ダブリン随一の高級ホテルだ。

 前回もあのドラ息子は高級ホテルに居座って研究するふりをして研究成果を置き去りにしていたが

今回も全く同じパターンだった。

 

 人というのは存外に進歩しないものらしい。

 

 今回の出来損ない聖杯は最初から器の形だった。

 出来損ないの聖杯が出来たという結果は一緒だが

前回は出来損ないのホムンクルスが出来損ないの聖杯になった。

 

 今回は最初から聖杯を作ろうとして出来損ないの聖杯が出来た。

 これを進歩と呼ぶべきか退化と呼ぶべきか。

 

 我々一行はエアリンガス航空での短いフライトでダブリンに到着すると一路シェルボーン・ホテルに向かい

下調べですでに現場と断定されていたホテルのスイートルームに陣取った。

 

 魔術協会と現地の魔術使いの手回しにより部屋の宿泊客が出かけている隙に我々は仕事に取り掛かった。

 

 凛は解析を終えた途端「呆れた出来ね」と一言漏らし不承不承と言った具合に解体に取り掛かった。

 主な作業は凛が担当し、私が手伝い。

 

 士郎は手持無沙汰になってしまったため私が片手間にする説明を聞きながら紅茶を用意してくれた。

 

「へっぽこ。ちゃんとアンドリューの説明を聞いておきなさい。経験値なら私よりもアンドリューの方が上なんだから

学ぶことは多いはずよ?いい!師匠命令だからね!」

 

 と麗しのハニー兼師匠に言われ士郎は従順なビーグル犬のように小さくなりながら私の説明を平身低頭して聞いていた。

 いつもと同じ光景。

 「世は全てこともなし」というところだろうか。

 

 出来損ないの聖杯の残骸は私が引き取った。

 我々は早々に仕事を終えたためその場を引き払うと予約していたホテルで一休みし

明日の帰りの便までの時間を観光に充てた。

 

 ダブリンは人口百万を超える大都市だ。

 だがヨーロッパ最大の都市であるロンドンを経由するとこじんまりとして人懐っこく感じる。

 

 街はコンパクトにまとまり高い建物も殆どない。

 夜遅くまで空いている店もそれほど多くない。

 

 モノトーンに統一されたロンドンの建築と違い、ダブリンの建物はカラフルだ。

 隣国でありながらイングランドとアイルランドは似ているようで似ていない。

 

 私は若い二人を伴うとダブリン城やハーペニーブリッジ、トリニティ・カレッジ、クライストチャーチといった定番を回ると

賑やかなグラフトンストリートとテンプルバーでウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

 二人は特にケルト十字やシャムロックをあしらった工芸品に興味を示していた。

 いつも通り凛が先を行き、士郎がそれについて行っていた。

 微笑ましい光景だ。

 私は改めて彼らに好感を持った。

 

 夜になるとフォーコーツの近所にある馴染みのパブでギネスビールを飲んだ。

 ギネスは世界中どこでも飲めるがアイルランドで飲むギネスは格別だ。

 

「君たちに大事なことを教えよう。本物のギネスが飲めるのはアイルランドだけだ。

他の国で飲むギネスはギネスに似た黒い炭酸入りの小便だ」

 

 と私が言うと二人からいかにも「呆れた」という表情で見られた。

 若者に敬われるのは気持ちの良いものだ。

 

 パブでは地元の腕自慢のアマチュアバンドが伝統音楽を演奏していた。

 賑やかなジグやリール、メロウな歌。

 アイルランドのパブで伝統音楽の生演奏を聴きながらギネスを飲むのは至高の娯楽だ。

 

 同行の二人もとても楽しそうだった。

 

 ギネスとアイリッシュコーヒーの酔いの勢いのまま、私はホテルに戻りベッドに入った。

 楽しい夢が見られそうな予感がした。




次回でこのエピソードは完結です。
明日早く帰れれば並行で連載している『幕間の物語』とダブルで投稿できそうです。
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