Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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解決編です


代償

 こうして、「最終的に真犯人をどうするか」という重要事項は棚上げされたまま張り込みは続行された。

 張り込みから八日が経ったが、グレゴリウスは何の動きも見せなかった。

  

「目線を変えるとしよう」

 

 そろそろ日付が変わり、八日目の張り込みが七日目の張り込みと同じように徒労に終わろうとし始めたころ。

 私は士郎に提案をした。

 グレゴリウスはすでに「カモフラージュには十分」と考えて殺しをやめた可能性もある。

 だが、仮にそうだとしても仕事を受けた以上私には努力義務がある。

 

「俺たちの存在、感づかれたと思うか?」

 

 士郎が問うた。

 

「ああ。面が割れるところまではいっていないと思うが、尾行に感づかれた可能性は高いと思う。ここ数日のグレゴリウスは努めて普通に振舞っているように感じる」

 

 数々の修羅場を潜り抜けてきた戦闘的な勘によるものだろうか。

 士郎もグレゴリウスの行動から私と同様のものを感じ取っていたらしい。

 私の見解に対して首を縦に振って同意した。

 

「そこで、考えた」

 

××××××××××××

 

「すまない。他に頼めるアテが無くてね」

 

 翌日、私は時計塔の寮を訪れ、二人の人物に事情を説明していた。

 

 一人は小柄で銀髪のフードを被った小柄な少女。

 もう一人は亜麻色の髪で眼鏡をかけたニ十歳に届くか届かない程度の青年。

 私の旧友ロード・エルメロイ二世の弟子、グレイとカウレス・フォルヴェッジだ。

 

 彼らの元を訪れた理由は至極簡単、彼らに日中の尾行を変わってもらうためだ。

 

 どのような熟練の戦闘者でも常に緊張状態にいることはできない。

 何かしらのタイミングで気が緩むことがある。

 

 我々が監視をしているグレゴリウスは元軍人で、いかに警戒を保つかその方法を心得ている。

 しかし、突如、いつも尾行している人物の影がなくなったら?

 そのような些細なことで熟練の戦闘者でも緊張が切れることがある。

 私はその可能性にかけることにした。

 

「どうして拙たちなんですか?」

 

 事件の概略を説明すると、グレイが当然の疑問を呈した。

 

「事情を話して問題なさそうな魔術関係者で、なおかつ無害そうな見た目をしている人間が必要だった。君たちなら適任だ」

 

 グレイとカウレスは魔術の世界の住人でありながら大凡魔術師らしくない常識人だ。

 ロード・エルメロイ二世を通じて彼の弟子の何人かを知っているがグレイやカウレスのような常識的な人物と知己を得たのは私にとって僥倖だった。 

 

「そのグレゴリウスという男は捕まったらどうなるんですか?」

 

 今度はカウレスが疑問を呈した。

 彼はまとも且つ真面目な性格だ。

 

「実のところわからない……が、ニュー・ソサエティなら常識的な裁定をするはずだ。そう思って僕は仕事を受けた」

 

 私は腹の裡を素直に打ち明けた。

 彼らは少額の報酬と「今後も師匠を手助けしてほしい」という要望と引き換えに依頼を受けてくれた。

 

 結論から言うと、我々は意表を突くのに成功した。

 魔術師ならば魔術を当然使うものと思うが、グレイとカウレスは敢えて魔術を使わなかった。

 警察関係の人間は四十代が主戦力だが彼らはその年代から大きく外れる。

 彼を追う可能性のあるものは法執行機関か魔術関係だ。

 よってグレゴリウスの危機管理スコープに二人は入らなかったのだろう。

 

 日中の尾行を頼んで三日後、グレゴリウスがある人物の家の下見をしていたという重要かつ貴重な情報がグレイとカウレスからもたらされた。

 

 グレゴリウスの次なるターゲットが分かった。

 トーマス・クレッチマー。ホランド・パーク在住の大企業のエグゼクティブ。やり手の実業家だが、レイプの容疑で複数回訴えられた経歴がある。

 しかし、狡猾なクレッチマーはやり手弁護士の手を借りて法の穴を巧みに突き、すべて証拠不十分で不起訴になっている。

 

 私と士郎は再度話し合い、グレゴリウスは捕まえる。

 娘のことは隠しはしないが積極的にニュー・ソサエティに公表もしない基本方針を改めて固めた。

 

 クレッチマーのような法で裁けない悪党を私刑にしているグレゴリウスのことは嫌いではないが、褒められた行為でもない。

 法治国家で許されていい行為ではないだろう。

 

「俺もアイツのやってることは『正義の味方』とは言えないと思う」

 

 士郎は彼独特の言い回しで私に同意した。

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 我々は次なるターゲットであるクレッチマー宅の向かいに張り込み場所を移した。

 ホランド・パークは高級住宅街だ。

 簡単に張り込めるような場所が確保できない。

 

 そこで、我々は魔術という超法規的措置を用い、クレッチマー宅の向かいの家の住人に暗示を与えて居候を決め込んだ。

 

「お二人とも。素晴らしい仕事ぶりです。感謝いたします」

 

 監視役のミス・テンプルは頻繁に張り込みの拠点に訪れるようになった。

 

「アリバイ工作問題が解決していませんが、本人を捕まえて問いただせば済む話です。

魔術を使った犯罪の抑止にも繋がりますので、ニュー・ソサエティも大いに興味を持っています」

 

 アリバイ工作など存在しないことは報告していない。

 私は年の功である程度ポーカーフェイスには自信があるが、士郎は嘘がつけるような質ではない。

 我々は沈黙をミス・テンプルへの返答とした。

 

「……来た」

 

 私の隣で視力を強化して張っていた士郎がその姿を捉えた。

 数秒遅れて私の資格もグレゴリウスの存在を捉えた。

 

 クレッチマーの自宅は、いかにもエグゼクティブが好みそうな瀟洒なフラットだった。

 士郎は別行動、私とミス・テンプルは階段を上り、クレッチマーの部屋に踏み込む。

 

 鍵のかかったドアを蹴破ると、クレッチマーはすでに暗示で体を固められたうえで、壁に跪けさせられていた。

 そして、グレゴリウスは――今まさに弾丸を投影しようとしているところだった。

 

 私より一呼吸早く部屋に踏み込んだミス・テンプルは毅然として言った。

 

「ミスター・グレゴリウス。復讐は当然の感情ですが、あなたのやっていることは法治国家では許されません」

 

 グレゴリウスはこちらを振り返った。

 そして我々を無言で見た。

 

「私たちは魔術師ですが、それと同時に現代社会を構成する構成員です。人を裁くのは法であって個人ではありません」

 

 グレゴリウスは無言のままクレッチマーに突き付けた自分の銃口と、私が彼に向けたH&K USPの銃口を交互に見ていた。

 そして、微かに彼の人差し指に力がこもった。

 マズイ。だが、幸いなことに彼の注意は主に私の銃口に向いている。

 

「……シロウ」

 

 私はインカムに向かい、小さくつぶやいた、

 グレゴリウスはすぐに事態を把握したようだったが、もう遅い。

 いつもの二振りの中華剣を手にした士郎は窓から弾丸のような勢いで飛び込むとグレゴリウスの手からリボルバーを弾き飛ばし、腕をひねりあげてその場に叩き伏せた。

 

「アンドリュー!」

 

 私は銃をホルスターにしまうと走り寄り、グレゴリウスの左右の手の親指同士をインシュロックで縛り上げた。

 単純だが効果的な拘束方法だ。

 インシュロックには念のため強化を施しておいた。

 

 ミス・テンプルは拘束されたグレゴリウスに静かに歩み寄ると事務的に言った。

 

「ミスター・グレゴリウス。誠に遺憾ながら、首都警察および、ハートフォードシャー警察の依頼によりあなたを拘束します。

我々は法執行機関ではありませんが、コモン・ローに準じた相応の刑罰にあたるものをあなたに課します」

 

 グレゴリウスは沈黙したままだった。

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 グレゴリウスは程なくしてやってきたニュー・ソサエティの実行部隊に引き渡された。

 引き渡される間も、引き渡されてからもグレゴリウスは一言も言葉を発さなかった。

 

 我々はその後、ニュー・ソサエティの実行部隊と共にワトフォードのグレゴリウス宅に向かった。

 ニュー・ソサエティの実行部隊の一人は自分たちが魔術関係の組織であることは暈し、グレゴリウスが犯した罪と今後の彼の処遇について淡々と話した。

 グレゴリウスの娘、アンネは諦めとも、後悔ともつかないような表情でそれを聞いていた。

 

 ミス・テンプルは事が済むと我々に報酬の受け取りに関するごく事務的な話をした。

 簡潔な説明だった。彼女の有能さが見て取れる。

 

 彼女のごく事務的なやり取りに対し我々は「ありがとう」というお決まりの感謝の言葉を返し、その場を辞そうとした。

 するとミス・テンプルは「ところで」という言葉と共に能面から微かな感情をにじませ、さらに予想外の言葉を繰り出した。

 

「バルガー事件のジョン・ヴェナブレスとロバート・トンプソンは刑期が短縮され、最終的には18歳の時点で釈放されています。あまりニュースは熱心にご覧になってらっしゃらない

ようですね」

 

 彼女の眼――その眼を見たとき、「何かを見透かされている」と私は感じた。

 それは気のせいなどではなかった。

 ミス・テンプルは全てお見通しだった。

 

「国内にいないことが多いのでね」

 

 私はそう答え、彼女の言葉の続きを待った。

 

「しかし、バルガー事件の少年二人は情状酌量の余地なしと判断されましたが、アンネには十分にその余地があると思います。」

 ……仮に彼女が殺人犯ならば、の話ですが」

 

 そう言って彼女は微笑んだ。

 この数日でミス・テンプルが初めて見せた能面以外の表情だった。

 

「良き淑女だな、あなたは」

 

 私は賛辞の言葉を送った。

 我々は彼女と握手し、その場を辞した。 

 

 

 ワトフォードの監視場所を引き払うため。私と士郎はタクシーを呼び、乗り込んだ。

 連日の睡眠不足で意識朦朧だった。早く帰って眠りたい。

 そう思った。だが、何かが頭に引っかかっている。

 大事なことを忘れている。そんな気がした。

 

 隣に座った士郎をふと見る。

 士郎は顔面を蒼白にしていた。

 

「……遠坂」

 

 その一言で私は、我々が犯した致命傷を思い出した。

 

××××××××××××

 

「……それで?私のことはすっかり忘れてたわけ?」

 

 我々の致命傷、それは凛の存在をすっかり忘れていたことだった。

 彼女は存在しないアリバイ工作を必死に追いかけ続け、一人で悩んでいた。

 

 彼らのフラットに戻った私と士郎は凛の前に正座させられ彼女のお説教を頂くことになった。

 彼女には私たちにお説教をする権利がある。

 甘んじて処分を受け入れたのだった。




うーん、昔作りかけたネタを引っ張り出してきたんですが、やっぱりサスペンスは難しですね。
次回は、Fate/Apocryphaにちなんだネタをやろうと思っているんですがまだ構想が固まってません。
いつもお読みくださっている皆様、ありがとうございます。
また、年末ぐらいにお会いしましょう。

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