Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編です。前回よりちょっと長いです。



因果

 五人の若者の意識を刈り取った我々――正確にはやったのは式一人だが――は不思議な美貌の少年の身柄を確保するとまずは廃屋を離れた。

 

 いつも通り無口な式に代わり、私は少年に重要なこと――家はどこか?五人の若者に絡まれる前に何があったのか?――という問いをしたが、少年は自らの素性を何も語らなかった。

 

 魔術回路を持ち、素性不明の美貌の少年。

 キナ臭い匂いしかしない。

 

 常識的には警察に連れて行くべきだが、魔術師を警察に連れて行くのは論外の発想だ。

 

 伽藍の堂に連れて行く選択肢もあったが、「今いる場所から近い」というただその一点の理由で私と式はひとまず少年を式のアパートに連れて行った。

 

 素性も知らない人物を自分の家にあげるなどできれば避けたい事態だが、私の提案を式は二つ返事で受け入れた。

 よく考えてみれば式も常識の埒外の存在だった。

 

 式の部屋は素っ気ないワンルームマンションだった。

 冷蔵庫とベッドに剥き出しの固定電話を除けば生活に必要なものなどほぼ何もない。

 短期の出張ですら不十分なほどに生活感のない部屋だった。

 

 「たびたび幹也が訪ねてくるのを除けばほぼ誰も入ったことが無い」と式は語った。

 

「そうか。ミキヤがいればあとは何も要らない。ミキヤこそプレイスレスということか?」

「五月蠅い」

 

 私の余計な軽口に彼女はぶっきらぼうに答えた。

 

 椅子どころかザブトンすらないため、我々は仕方がなく直にフローリングに座った。

 

 謎の美少年は相変わらず何も語らなかった。

 だが、黙した少年を観察しているうちに私には彼の表情から無言のコミュニケーションを得ていた。

 

 そして私が少年から受けた印象を式も得ていたようだった。

 

「お前、何に怯えてるんだ?」

 

 粗暴で凶悪なこの人物だが、頭は悪くない。

 むしろかなり鋭い。

 

 確信をついた一言だと思ったが少年は無反応だった。

 なので私は少し捻りを加えて同じ問いをした。

 

「What are you afraid of?(何を恐れているんだ?)」

 

 少年の表情が瞬時に変わった。

 その表情は私の質問が確信を突いていることを物語っていた。

 

「I'm a magus like you. She is …… something like a orge. But, she will never hurt you. I will give you my word.(僕は魔術師だ。君と同じようにね。彼女は……鬼みたいなものだが、決して君の事は傷つけない。約束するよ)」

 

 私のユーモアに対して、少年の表情が少しだけ緩んだ。

 そして、彼は初めて言葉を発した。

 

「Are you an English, sir?(あなたは英国人)」

 

 少年の英語はクリアーな発音のBBC英語だった。

 英語は話されている地域と相応に地域差が非常に大きい言語だ。

 特にブリテン島内には無数の訛りが存在する。

 しかし、少年の英語には地域性が感じられなかった。

 

「ああ、そうだ。半分東洋人なのでそうは見えないかもしれないが。生まれは香港で拠点はロンドン。ここには仕事で滞在している。名前はアンドリュー。ブルネットの彼女はシキだ。英語がわからないので無言の行を貫いているが、必要なら通訳する。君の名前は?」

 

 私のおしゃべりな自己紹介に彼は短く答えた。

 

「……キャル」

 

 そして少年はまたしても無言に戻った。

 なので私は重要なことを言った。

 

「それと重要なことだが、僕は正確には魔術使いで純然たる魔術師ではない。魔術の為に人を傷つけるような行為を許容するような価値観は持ち合わせていない。

もし君が怯えている理由が魔術師ならば遠慮なく話してほしい」

 

 少年は短い沈黙ののち、語り始めた。

 

「マスター……マスターから僕を助けて」

 

 少年は語り始めた。

 少年はいつからかわからないが、どこかにある屋敷に閉じ込められていた。

 日の目どころかテレビも新聞もコミックブックも見ることなく、来る日も来る日も魔術の鍛錬をさせられていた。

 

 鍛錬は厳しく、一日の休みも無く絶え間なく続けられた。

 いつしか少年の生存本能が告げていた。

 「ここに居ては殺される」と。

 

 少年は魔術の鍛錬に大人しく従うふりをしながら屋敷の構造を解析し、必死で結界を突破し脱出した。

 

 私は少年の言葉に耳を傾けながら大事な部分をかいつまんで式に訳して聞かせた。

 式がどう思ったのかはわからないが彼女は神妙な表情で聞いていた。

 

 そのマスターという人物が何者かはわからないが、典型的な、そして悪辣なタイプの魔術師に思えた。

 私はそういった手合いを容認するタイプではない。

 

 私の本来の東京滞在の目的からはズレてしまうが、私のハラは決まっていた。

 こちらには直死の魔眼という反則技を持つ存在がいる。

 勝算は大きい。 

 

「話はよくわかった。君を助ける。約束しよう。なのでいくつか聞かせて欲しい」

 

 私は、大事なこと「そのマスターは何者か?」「館の場所はどこか?」を問うた。

 しかし、それについてキャルは大事なことを何も――マスターの名前すら知らなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 私の問いに十分な回答が出来なかったことに対し、少年は俯いて目をこすった。

 

「いいや。君は悪くない。君が回答を持っていないであれば調査するまでだ。もっともどこから手を付けたものか困ってはいるが……」

 

 言いかけて私は思わず口ごもった。

 キャルが目をこすった拍子に目から何かが落ちた。

 翡翠色のカラーコンタクトレンズだった。

 

 そしてカラーコンタクトの下から本来の目が――真紅の瞳が現れた。

 

「君は……ホムンクルスなのか?」

 

 私は驚愕した。

 そして、その瞬間、彼の顔を初めて見たときに感じた既視感の正体が分かった。

 その顔立ちは、私の知る人物とそっくり――正確にはその人物を幾らか幼くしたような顔立ちだった。

 

 東京。英国訛りの英語。魔術師。ホムンクルス。

 もはやヒントは十分だった。

 私の灰色の脳細胞は一瞬にして推理を導き出していた。

 

 私は勢いよく立ち上がった。

 

「シキ。アンドリュー・マクナイトの事件簿でも最短記録の解決時間かもしれない」

 

 

 〇

 

「僕の全く友好的で無い知人にサマセット・クロウリーという魔術師がいる」

 

 キャルを部屋に残し、私と式は無個性な住宅街を歩いていた。

 いつもと同じようにほぼ私が話し、彼女は緩やかな無言の行を貫いていた。

 

「近代魔術の大家であるアレイスター・クロウリーの血を引く彼は稀代の天才で――稀代の天才などという表現すら陳腐に思えるほどの天才で

真っ当な魔術師であれば誰もが嫉妬か羨望の感情を抱かずにはいられないような存在だ。――そんな彼には兄がいる」

 

 式の顔色が微かに変わった。

 

「彼の実の兄が抱いた感情は嫉妬だった。兄であるオリヴァー・クロウリーは嫉妬のあまり弟殺しを画策し、当然ながら見事に失敗した。

サマセット・クロウリーは人の命など屁の残り香ほどにも思わない男だが、身内には幾らか甘かった。ロンドンにあるクロウリー家から永久追放し、『再びブリテン島の土を踏んだらスウィーニー・トッドすら青ざめるほど残虐な方法でミンチにする』と宣言して英国からも追い出した」

 

 曇天の空から細い雨が降り始めていた。

 

「さて、ここで思考実験だ。偉大なるブラウン神父の格言に適当なものがある。木を隠すなら?」

 

 突然の質問に一瞬考えて彼女は答えた。

 

「森か?」

 

 私は質問を重ねた。

 

「では人を隠すなら?」

 

 彼女は前の質問より少し長く考えてから答えた。

 

「都会か」

 

 やはり彼女はなかなかに鋭い。

 

「その通り。首都圏の人口は3000万人を超える。ブっち切りで世界最大の大都市だ。そして、この東京には超一流の魔術師で建築家でもある人物がいる。

クロウリーのバカ兄貴は追放にあたっていくらか財産を分与されたが、クロウリー家の資産は小国の国家予算に匹敵する。

地価のバカ高い東京で一軒ぐらい家が買えても不思議ではない。そして、僕らが足繫く通い詰めた依頼人の家の近くに伽藍の堂が設計を請け負った家がある。そして、今になって明かすがキャルの顔はサマセット・クロウリーにそっくり。これで回答は出たも同然だ」

 

 式の殺風景な部屋にキャルを残し、まず我々は私の推理の裏付けのために伽藍の堂の帳簿を調べた。

 「生活能力の欠片ほどもないトーコがそんな上等なものを残すはずがない」と式は主張したが、私がニラんだ通り幹也が丁寧に帳簿を残していた。

 

 帳簿には依頼人の家の近くに伽藍の堂が設計を請け負った家の記録が残っていた。

 そろそろの筈だ。

 

 そう思い始めた頃合い、私と式の足がほぼ同時に止まった。

 

「こんなものが近くにあって何とも思わなかったとはな。

……確かにこいつは魔的だ」

 

 式が詩的な感想を述べた。

 

 過度な人口密集で皆がウサギ小屋のような家に住んでいる東京においてそれは魔的と評するにふさわしい光景だった。

 無個性なドブネズミ色の住宅が立ち並ぶその一画に見事なヴィクトリア朝風の洋館が立っていた。

 

「認識阻害の結界だな。それもかなり強力な」

「こんな無駄にデカいものおっ立ててどういうつもりなんだ?」

「魔術師というのは儀式性や習慣にこだわるものだ。アレイスター・クロウリーが頭角を現し始めたのはヴィクトリア朝末期の頃。魔術師というのは、純度が高ければ高いほど後ろ向きにしか歩けないものなんだよ」

 

 「ふぅん」とつまらなそうに彼女はつぶやいて言った。

 

「変な奴らなんだな。魔術師って」

「君の近くにもトウコというサンプルがいるだろ」

「何言ってやがる。お前だって十分変だぞ」

「そうか。では同類の誼で頼む。

――ここを『殺して』くれ」

 

 「やれやれ」と彼女はつぶやき、懐から取り出したナイフを一閃した。

 彼女の魔眼は我々魔術師――非常識にとっての死神だ。

 生物は言うに及ばず、意志や時間のような形の無いものでも「殺す」ことが出来る。

 彼女が自分自身の眼で「視て」自身で刃を振るう必要があるという制約付きだが破格の異能だ。

 その破格の異能により恐らくはここの主が苦心惨憺して作り上げた結界は一瞬で崩壊した。 

 

「これでここの主に来訪者の存在は知れただろうな。呼び鈴は必要あるまい」

 

 我々は館に踏み入った。

 

 〇

 

「オリヴァー・クロウリー。一度会っただけなので覚えていないだろうが、久しぶりだな」

 

 館の内部には複数のトラップが仕掛けられていたが、式の魔眼の前ではまったく無力だった。

 そのことごとくは式に「殺され」て消滅していた。

 

「『キャル』まったくもって悪趣味なネーミングだ。『エデンの東』の登場人物からとったんだろ?キャルはケイレブの愛称だが文学者たちの説によると『カイン』に由来する。弟殺し、原初の殺人者だ。そんなに弟が――サマセット・クロウリーが憎いのか?」

 

 私と式は屋敷の中心、「工房」へと踏み入り、キャルが逃亡を図ったマスター――オリヴァー・クロウリーと対面していた。

 彼は六フィートを超える体躯を縮めて部屋の中心で静かに座っていた。

 私が一方的にしゃべり、彼は何も答えなかった。

 私はどうにも無口な人物と縁があるらしい。

 

「何も言わないなら、さらに僕の華麗な推理を披露しようか?人造生命であるホムンクルスを作ったのは、人工魔術回路を創りあげた弟への当てつけ。

弟の髪の毛だか血液だか精液だかからホムンクルスを作ったのは弟以上の存在を生み出すには弟を素材にしなければならない考えたから。

異常なまでに厳しい鍛錬を施したのは弟殺しの刺客にするため。違うか?」

 

 そこまで言ったところでようやく彼は口を開いた。

 

「……最後のは違う」

 

 彼の口調には暗い闇の底から響いてくるような趣があった。

 

「私は認められたかった。サマセットは一度だって私を認めなかった。

お前の言う通りアレはサマセットの髪の毛を素材に作ったホムンクルスだ」

 

 ……まったく、魔術師という連中は。

 

「弟を元に作った人工生命を弟に及ぶような魔術師に創りあげる。

そうすればアイツも少しは私を認める……そう思った」

 

 オリヴァー・クロウリーは宙を仰いだ。

 

「だが、アレは――弟の劣化コピーは私の結界を破って逃げた。

……私は何もやっても弟に敵わない」

 

 〇

 

 私と式は「ごきげんよう」も言わずに屋敷を去った。

 もはや彼の元にいる理由など何もなかった。

 そして次の目的地は決まっていた。

 

「もう一人問いたださなきゃならないヤツがいるな」

 

 式が言った。  

 

「君は聡いな。皮肉ではなくな」

 

 私も同感だった。

 

 〇

 

「バレたか」

 

 我々は次の目的地――伽藍の堂に居た。

 言うまでもない。今回の件に一枚かんでいる人物、蒼崎橙子を問いただすためだ。

 

「莫迦かお前。オレとアンドリューが二週間も通った家の近所にお前の設計した場違いな洋館があって、そこにお前とアンドリューの共通の知り合いが居て、それが偶然なわけないだろ」

 

 式がため息交じりに追究すると橙子は事の真相――サマセット・クロウリーに頼まれ、キャルを救出する根回しをしたことを認めた。

 クロウリーに無利子無担保で多額の借金をしている橙子は断れず、策を巡らせた。

 

「大体、なぜこんな迂遠な策を講じたんだ?」

 

 私は尋ねた。

 

「クロウリーの要望だよ」

 

 彼女はいつもの不味そうな匂いのするタバコの煙を吐き出した。  

 

「クロウリーのの言葉をそっくり引用するが

『オリヴァー程度の結界から自力で抜け出せないようなモノなど助ける価値も無い。まがい物の生命とは言え、僕の因子を受け継いでいるのだからな。

結界を破った後、運が良ければ助かる程度のテーブルセッティングはしてやる。助からなければそれまで。助かればそれも一興だ』

そうだ。まったく面倒なヤツだ」

 

 橙子は近所で奇怪な出来事があれば私が気づくだろうと踏んだ。

 そして、私の性格からしてそれを放置しないだろうとも。

 荒事になる可能性を考えて式に行動を共にさせるように計らい、短期では解決出来なさそうな適当な依頼を探した。

 そして偶然にも橙子が設計したオリヴァー・クロウリーの邸宅の近所で適当な依頼が見つかった。

 

「クロウリーは兄の不穏な行動をどうやって知ったんだ?」

 

 私はもう一つの疑問を口にした。

 

「相手はあのサマセット・クロウリーだぞ?バカ兄貴のやることぐらいお見通しに決まってる」

 

 彼女は何でもないことのようにそう言ってのけた。

 クロウリーも橙子も私には計り知れない存在だ。

 実際、彼らにとっては何でもない事なのだろう。

 

「言い訳させてもらうが、お前たちがそのキャルとか言うホムンクルスを救出したのだけは偶然だ」

 

 橙子の話は終わった。

 式が締めくくりに相応しい感想を述べた。

 

「『偶発』と『因果』が同時に発生したってわけか……まったく」

 

 〇

 

「想像以上につまらない理由だったな」

「まったくだ」

 

「これでクロウリーのオーダー通りに解決だ。お前たちは流石だな。あとはこっちで処理しておくから任せろ」と言う橙子の言で我々は伽藍の堂を去った。

 

 すでに暗闇となった無個性な住宅街を私と式は歩いていた。

 我々は今回の件についてポツリポツリと感想を述べた。

 そして、結局「つまらない理由だ」という同意に至った。

 

「……そういえば」

 

 会話が途切れたところで私は次の話題を思い付き、口に出しかけたが結局その続きを飲み込んだ。

 

「君にも兄がいたな」

 

 私はそう言いかけたが、私は式の兄の事をほぼ何も知らない。

 式も話題にしたことが無い。

 言うべきことでは無いと思った。

 

「いいや、やはり止そう」

 

 私は代わりにそう続けた。 

 そして彼女に倣って無言の行に入ることとした。

 

 次に口を開いたのは意外にも式だった。

 

「お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」

 

 私の聡い友人、両儀式はそう言うとニヤリと笑った。

 




FGOの空の境界コラボをきっかけに久しぶりにアニメを見返しました。
同人要素の薄い今エピソードですが、実は『矛盾螺旋』を見て思い付きました。
次回はさすがにイギリスに戻ります。
ロンドンではなくカントリーサイドを舞台にしてapocryphaのあの人を出そうと思ってます。
以上、なんでもない後書きでした。
無ければ無いでいいですが、要望などあったら感想欄かメッセージでもください。
お応えできる自身は無いですが考慮いたします。
では

追記
私の共同執筆者の監督作品が3/17, 3/18に高知で上映されます。
読者の皆様には関係ないことと思いますが、報告まで。
『11月19日』というタイトルです。
http://www.town.kuroshio.lg.jp/pb/cont/soumu-osirase/11795

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