Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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お久しぶりです。
唐突に思い付いたネタです。
いつものごとく前・後編です。


スカボローのマーケット
呪殺


 アレクサンドラ・ロード・エステートはロンドン北西部のボロー・オブ・カムデンにある。

 カムデンは一般的に経済的に豊かな人間の住むところではない。

 豊かではない人間はどういうところに住むか……多くの場合は集合住宅がその選択肢となる。

 

 ここはロンドン最大級の団地だ。

 モダニズム建築家のニーヴ・ブラウンによって設計され1978年に完成されたそれは、鉄筋造りのSF映画を思わせる幾何学的構造の近未来的なデザインで、団地を貫く通りを歩いていると本当はここがロンドンのカムデンではなくタトゥイーンのスカイウォーカー家周辺なのではないかと錯覚してくる。

 

 ここは建築好きや団地好きという変わった分野の好事家にとってのちょっとしたアイドルであり、時折嬉し気に写真撮影に勤しむそういった手合いに出くわす。

 

 順当な経年劣化で薄汚れた灰色の外観に反して、内部はかなり清潔だった。

 英国は貧困層には比較的優しい国だ。

 きっと私の眼前で頭から出血して倒れているミスター・デヴィッド・ヒューズ享年53歳も豊かではないにしてもその日食べるパンに困るというほどではなかったのだろう。

 

「アンドリュー、どう?」

 

 屈みこんで遺体を検めている私に声をかけた女性、首都警察(スコットランドヤード)の刑事エミリー・オースティンは何か念押しするように尋ねた。

 

「事故に見えるな」

 

 ヒューズ氏の足元にはバス・ペールエールのビール瓶が転がっている。

 頭の近くには鉄製のダンベル。

 死因は頭部強打による脳挫傷。

 ここからビール瓶で足を滑らせ、運悪くダンベルで頭を強打という推測は誰でも導き出せるだろう。

 

 本来は凶悪事件の担当である彼女がここに居るのは全くの偶然。

 このヒューズ氏が彼女の友人の知人だからだ。

 その友人は久しぶりに訪ねて来たところヒューズ氏が事切れているのを確認し、999ではなくエミリーに電話した。

 その偶然が無ければただの事故として処理されていただろう。

 

 エミリーは明らかに言葉の続きを待っている。

 

「魔力痕があるという一点を除けば」

 

 彼女がひとまずの安堵の表情を見せた。

 

「あなたの見解は?」

「僕に限らずまともな教養のある魔術師、魔術使いなら同じことを考えるだろう。

遠隔から人を殺すなら呪いか召喚術……事故に見せかけるなら呪いだろう」

 

 私は懐から、私が持つ数少ない魔道具を取り出した。

 フーチ。

 東洋の「気」を起源とする魔道具で、概念的には西洋のダウジングに近い。

 私が父から教わった唯一の魔術だ。

 

 部屋はメゾネット形式で簡易的な二階建てになっている。

 東京やニューヨークの集合住宅とは比べ物にならない快適な作りだ。

 アレクサンドラ・ロード・エステートは貧困層や移民向けに1970年代に建てられたものだが、ここと比べれば東京のワンルームマンションは刑務所以下の存在に思えてくる。

 そうエミリーに感想を述べたところ、「ノルウェーの刑務所と比べたらここは犬小屋以下だと思うけど」と諭された。

 なるほど、一理ある。

 上には上がいるし、下には下が居るものだ。

 

 一階部分にはフーチは何の反応も示さなかった。

 当然の行動として階段を登って二階に向かう。

 二階はベッドルームになっていた。

 簡素なベッドの脇を通り、簡素な本棚の前を通り過ぎる。

 その時、フーチが激しく反応を示した。

 

 反応は本棚を指している。

 フーチが描く弧の中心をイメージする。

 そこにそっと手を伸ばすと、本と本の隙間にある微かなスペースに本以外の者があるのに気づいた。

 

 警察に配慮してラテックスの手袋をし、それをそっと摘み上げる。

 それを検めた私に浮かんだ感情は困惑だった。

 

「エミリー、来てくれ」

 

 私が呼ぶと、エミリーは俊敏なジャーマンシェパードのように駆けあがってきた。

 

「これが呪いの元のようだが……君にはこれが何に見える?」

 

 私のラテックス手袋に包まれた指が摘み上げたものを彼女も検めた。

 彼女の表情に浮かんだのも困惑だった。

 

「何かの小動物……ウサギの足、かしら?あなたは?」

 

 私は答えた。

 

「何かの死んだ小動物……死んだウサギの足に見えるな」

 

  〇

 

「ブードゥーの魔道具ね……」

 

 遠坂凛は唸り声とともに発した一言で整った顔を微かにゆがめた。

 

 結論から言うと、現場で見つけたウサギの足に何の意味があるのかは分かった。

 

 現場から見つかったウサギの足――より正確にはウサギの死骸の足に加工を施したものの正体はブードゥーで使われる魔道具だった。

 

 ブードゥー、或いはヴォドゥンは西アフリカのベナンやカリブ海の島国ハイチやアメリカ南部のニューオーリンズなどで信仰されている民間信仰だ。

 特に西アフリカで広く信じられており、ベナンの国教となっている。

 

 アフリカやカリブからの移民は世界中にいるので、西ヨーロッパ最大のこの街にブードゥーを使うものが居ることは不思議でも何でもない。

 問題は、どうやって探したらいいのかわからないことだ。

 

 そこで私は誰かが作ったウサギの足の魔道具に着目した。

 道具作成には術者のクセが出る。

 

 そこを足掛かりにしようと考えたのだ。

 そうと決まれば聞き込みだ。

 

 噂のレベルであればそういった分野を聞きに行くアテがあった。

 

「ああ、ブードゥーの魔道具だ。君にこのような話をするのは『シャカにセッポウ』という奴だろうが……」

 

 凛が私の言葉の先のを引き取った。

 

「マーケットに聞き込みに行きたい?」

 

 彼女の表情は冴えなかった。

 何かを渋っているのだろうか?

 

「ロンドンに幅広く魔道具を扱う会員制のマーケットがあるという噂を聞いたことがある。

ただしそのマーケットを利用できるのはある程度以上の歴史がある名家の人間だけだと。

それで君の事が真っ先に頭に浮かんだ」

 

 会員制のマーケットの事を閃いたとき、私の友人にそれに相当する人物がいるのを思い出した。

 遠坂凛だ。

 彼女は若いながらも御三家の一つに数えられる名家の当主であり、そういった格式を重んじるマーケットがあるのならば迎えられてもおかしくない。

 私は早々に行動に移した。

 時計塔の授業の空き時間を狙い、ウエストミンスターのカフェに彼女を呼び出していた。

 

 

 なお、ダメもとでサマセット・クロウリーに相談する選択肢も考えていたが、その考えが浮かんだ瞬間彼から電話がかかってきて「魔術協会から除名されたときに会員制マーケットも追放された」という無慈悲な事実が告げられた。

 彼は暇つぶしに使い魔を放ってロンドン中の悲喜こもごもを観察している。

 趣味の良い奴だ。

 

 私の発言に凛は「うーん」と小さく唸った。

 

「やっぱり……そうなるわよね」

 

 そして申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい、アンドリュー……そのマーケットの存在は知ってるけど私は無理だわ」

 

 彼女は申し訳なさそうに説明した。

 遠坂は御三家の一つに数えられる名家で、ドイツをルーツとするが今は日本に根を張った存在だ。

 マーケットの利用にはヨーロッパで生まれ育った名家の紹介が必要で、彼女にはその資格がないということだった。

 

「そうか、ありがとう」

 

 凛は頼んだこちらが申し訳なくなりそうな低姿勢だった。

 やはり彼女は気の良い人物だ。

 

 「ここの代金は支払っておく」と私は凛に告げ、彼女は申し訳なさそうに席を立った。 

 

「すっごく気の進まない提案なんだけど……」

 

 凛は席を立ち一度、踵を返したが何かが胸の内にあるらしく渋りながら振り返った。

 

「私は無理だけど、紹介してくれる人の心当たりならあるのよね……」

 

 私は思わず身を乗り出した。

 

「あるのか?」

 

 彼女はとても気の進まない様子だった。

 

「ええ、あなたも一度会ってるわ」




後編は少々お待ちください。
今、仕上げ中です。
特に理由はありませんが、なぜか急にやる気出したので自作も鋭意更新してます。

昔から書いてるやつ
https://ncode.syosetu.com/n7210cf/

新シリーズ(昔から書いてるやつに統合するかも)
https://ncode.syosetu.com/n9384es/
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