Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編のつもりだったんですが、思ったより長くなったので中編にしました。
次回で完結の予定です。


名家

「ミス・エーデルフェルト」

 

 私は自分より一回り以上年下の女性に恭しくお辞儀をした。

 彼女は前に面会した時と同じようにオレンジ色の金髪をカールさせ、豪奢な青いドレスを身に纏っていた。

 彼女――ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは私のお辞儀に対して「特に興味もない」といった様子で一瞥をくれただけだった。

 

 彼女が凛の酷く気の進まない心当たりだ。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 フィンランドに居を構える宝石魔術の大家、エーデルフェルト家の若き当主。

 数々の有力な魔術師を輩出してきたロード・エルメロイⅡ世をして「純粋に才能を問うのなら、自分が見て来た中で間違いなく五指に入る」と言わしめる、掛け値なしの天才だ。

 

 ヨーロッパの名門魔術家系の出で現当主。

 おまけに私とは一度だけだがクライアントと調達屋としての実績がある。

 これ以上無い選択肢に思える。

 が、一つごく些細な問題があった。

 

 それは私が以前、彼女に対して著しく無礼な態度を取ったことがあるということだ。

 ※エピソード「ロンドンの休日」をご参照ください。

 

 ミス・エーデルフェルトは怒りで顔面を引きつらせながらも許してくれたが快く思っているはずがない。

 その時、その場に居合わせた凛――ミス・エーデルフェルトと彼女は著しく仲が悪い――は大喜びしていたが、ミス・エーデルフェルトがその反対方向の感情を感じていたであろうことは想像に難くない。

 

 ここはエーデルフェルトがロンドンの拠点としているフラットだ。

 フラットと言ってもただのフラットではない。

 かなり高額な家賃(レント)を要求されるシティ・オブ・ウェストミンスターのセント・ジョンズ・ウッド地区にあるフラットの最上階ワンフロアを全面的に占拠している。

 

 そのフラットの別の部屋には我が友人、衛宮士郎と遠坂凛が居住している。

 士郎はミス・エーデルフェルトのところでパートタイムジョブをしており、彼女は士郎のことを気に入っている。

 以前はチェルシーの豪邸を拠点していた彼女がここに越してきた理由は何であるか、気づいていないのは朴念仁の士郎だけだろう。

 

 私は豪奢なインテリアで統一された客間でミス・エーデルフェルトと座って無言で向かい合っていた。

 オーギュストと呼ばれた初老の紳士がポットとカップを持ってきた。

 ポットからは香ばしいコーヒーの香りがする。

 

 オーギュストは我々の前にソーサーとカップを置き、コーヒーを注ぐと小さく一礼して去って行った。

 何気ない動作だが、彼の所作は豹の機敏で無駄がなかった。

 只者ではないと思った。 

 

 ミス・エーデルフェルトは置かれたカップからコーヒーを一口飲んだ。

 私もつられて一口飲んだ。

 香り高く、濃くて上手いコーヒーだった。

 

「マーケットに行きたい、ということでしたわね」

 

 私が先に何か言おうとしたところ、彼女が突如口を開いた。

 私は「その通りだ」と答えた。

 

「では、私がアテンドいたします。明日、迎えを寄こしますがよろしいでしょうか?」

 

 私は面食らった。

 まったくもって予想外の回答だった。

 

「待ってくれないか。ミス・エーデルフェルト」

「何でしょうか、ミスター・マクナイト」

 

 困惑しながら私は言った。

 

「僕はまだ何も条件を提示していない。等価交換は魔術師の基本だろう?」

「持つものが持たざる者に力を貸すのは高貴な者の義務では?私にはそれで充分です」

 

 私はじっと彼女の目を見た。

 彼女の口ぶりからも表情からもからかっている様子は無かった。

 

 意外なことにその言葉からは嫌味も感じなかった。

 貴族主義の魔術師と言えば、今は無きケイネス・エルメロイ・アーチボルトの事を思い出す。

 時計塔のロードとサボリ魔の不良生徒との間にほぼ接点など無かったが講義で見た彼の物腰からは貴族的なスノビズムと選民思想以外のものを感じなかった。

 

 今、私の前にいるエーデルフェルト嬢も貴族であることに違いは無いが、彼女は本心から高貴な者の義務(ノブリスオブリージュ)を口にしているように思える。

 なぜそのようなことが今、私の頭に浮かんだかわからないが、行きずりの少女から「私に居場所をください」と言われたらあっさり聞いてしまうのではないだろうか。

 

 ミス・エーデルフェルトの姿は私の中で遠坂凛と重なっていた。

 成程、この二人がいがみ合っているのは実際のところ同族嫌悪なのだろう。

 数年したら凛と彼女は互いに背中を預け合う仲になっているかもしれない、と私は思った。

 

「明日の15時に迎えに上がります。どこに迎えに行けばいいか、住所を教えてくださるかしら?」

 

 私はエミールのホテルの住所を伝えた。

 それで彼女の話は終わりだった。

 

「それはそうと、コーヒータイムに菓子パン(プッラ)が無いのは酷い損失だ」

 

 彼女の発言が私にとって意外だったように、私の話は彼女にとって意外だったようだ。

 彼女は目を見開いた。

 

「仕事でヘルシンキに1か月ほど住んでいたことがあってね。マーケット広場のベーカリーでシナモンロールを買ってコーヒーを飲むのが至福の時だった」

 

 彼女は答えた。

 

「そうですか。では次回は用意しておきましょう」

 

  〇

 

 翌日、約束の15時ちょうどに小汚いエミールのホテルの入り口に黒塗りの高級車ジャガーXJが横付けされていた。

 リーズナブル指向で運営されているエミールのホテルのヘビーユーザーはヨーロッパからのバックパッカーだ。

 オーナーのエミールがこのホテルを始めてから15年だが、ジャガーに乗った来訪者が現れるなど前代未聞の出来事であるに違いない。

 彼は驚きのあまり、レセプションで暇つぶしに読んでいたイブニングスタンダートを落とし、ロシアンティーを零した。

 

「行きましょう」

 

 ホテルの前で喫煙していた私はミス・エーデルフェルトの一声で急いでタバコをもみ消し、車に乗り込んだ。 

 

 冬の英国の日の入りは早く、16時前に暗くなりはじめ17時には真っ暗になる。

 夕暮れは東洋思想における魔物が現れる時刻、「逢魔が時」だ。異界への扉が「開く」のは日の入りの一時ということだ。

我々がこれから向かうマーケットはその限られた時間のみ入り口が開く。

 迎えの時間はそこから逆算して決められていた。

 

 車内は快適だった。

 程よく暖房が利き、静音性に定評のあるジャガーだけあって走行音もまるでバターを切るように静かだった。

 運転席で黙々とハンドルを握っているオーギュスト翁の表情からは感情が読み取れなかったが、この車を運転するのは密かな快楽に違いあるまい。

 

「ミス・エーデルフェルト」

 

 私は助力を請う側の礼儀として改めて礼の言葉を述べようとした。

 

「ルヴィアです」

 

 彼女に制された。

 

「呼びづらいでしょう?そう呼んで頂いて結構です」

「では、ルヴィア」

「なんでしょうか、アンドリュー」

 

 私は恭しく礼の言葉を述べた。

 ルヴィアはただ「そうですか」と言っただけだった。

 私の礼儀の件はそれでお終いだった。

 彼女の側は事件の詳細を聞きたがった。

 

 彼女の師で私とも旧知の間柄であるロード・エルメロイ二世を通じて私の知ることは伝えていたはずだが彼女は私の口からの説明を所望していた。

 

 今回の件はブードゥーの呪術であるということがはっきりしている。 

 その呪いの特徴はただ呪い殺すだけでない、ということだ。

 被害者は命と引き換えに死までの間、一時的な幸運に恵まれる。

 

 悪魔は契約の際、魂を引き換えにすると言われている。

 悪魔は魂と引き換えに人間に様々な恩恵を与える。

 伝承であり、どこまでが本当かは誰も知らないが、伝説的なブルース歌手のロバート・ジョンソンが27歳で非業の死を迎えたのは悪魔との契約で悪魔的な演奏能力を手に入れた代償だと言われている。

 

 この呪いはそれの小規模版だ。

 

 私は現場を検分した後、同様の事件が起きていないかエミリーに調査を頼んだ。

 エミリーがデータベースを当たったところ、予想通り同様の件がここ半年ほどで複数該当した。

 

 被害者は全員貧困層で団地暮らし、中年以上。記録上は事故死。

 事業の失敗や事故など理由は様々だが、困窮の只中にいて失業手当で辛うじて生かされているギリギリの生活をしている。

 

 また、彼らには奇妙な共通点がある。

 死の前一か月程度の時期に少額の宝くじの当選や懸賞の当選などちょっとした幸運が相次いでいることだ。

 

「正当な等価交換に聞こえますわね」

 

 ルヴィアはそう所見を述べた。

 魔術の本質を突いた的確な所見だと思った。

 

「ああ、僕も同感だ。ただの殺人と思えない。敢えて言うなら……」

「自殺幇助でしょうか?」

 

 やはり鋭い。その点でもルヴィアは凛によく似ている。

 

「丁度そんな感じだ」

 

 ただ殺すのが目的ならばもっと簡単に呪殺する方法がある。

 ブードゥーの呪いは即効性が低いのが特徴だ。

 実行してすぐに相手が死んでは都合が悪いということであれば、やはりもっと「殺す」ことに最適化された方法がある。死ぬ前の被害者に良い思いをさせてやる理由が無い。 

 

 我々の議論はそこで終わり、あとは沈思黙考の時間になった。

 

 車は40分ほど走行してゆっくりと止まった。

 我々はパディントンから車に乗ったがロンドン中心部の面積は狭い。

 40分車で走れば中心部は大体どこでも行ける。

 

 ドアが開き私はルヴィアに外に連れ出された。

 オーギュスト翁は車内に留まるようだった。

 

 車が止まったのはどこかの通りで、私が連れていかれたのはその通りからさらに一本入った路地だった。

 ロンドンかロンドン近郊のどこかの筈だが特定の材料があまりに乏しく私には判断の仕様がなかった。

 このように無個性な場所に入り口を設けているのもマーケットの秘密主義の伝統なのだろう。

 

 ルヴィアはその無個性な路地で、無個性なレンガ造りの壁に手をついた。

 

 「--call(転化)

 

 彼女が小さく唱える。

 すると、その場が歪んだ。

 

 壁が歪んだのではない、その場が――空間が歪んだ。

 

「局所的な結界か」

「ええ。今、私が暗証を打ち込む状態に転化させました」

 

 暗証……合言葉の類だろうか。

 ルヴィアは先ほどよりいくらか長いフレーズを口にした。 

 

「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」

 

 スっと彼女の姿が壁の中に消えた。

 壁の中から「ついてきて下さい」と呼ぶ声があり、それに従い私も壁の中に身体を沈みこませた。

 

  〇

 

 日本の文豪は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という名文を残した。

 「遠い地への移動」という行為をただの一文で表現した名文だと思う。

 

 私が冴えない路地の壁を抜けるとその先は異界だった。

 一足先に踏み込んでいたルヴィアが振り返り、言った。

 

「ようこそ『スカボロー・マーケット』へ。アンドリュー、私から離れないように」




ルヴィアは原作で紅茶を飲んでた気がするんですが、フィンランドはコーヒー文化圏の筈なのでコーヒーにしました。
ロバーツコーヒーというフィンランドでは有名なコーヒーチェーン店があるのですが、これはかなり大規模展開されており実は日本にも店舗があります。
次回、完結編です。
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