魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~   作:トマトルテ

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これはもう一つの作品で書いたヴィクトルの過去を加筆修正したものです。
ヴィクトルが主人公なのでこっちにも載せようと思って載せました。
既に読んだことのある人は読まなくてもいいかもしれません。後、番外編とは思えない暗さです。

初めて読む方は別に本編より先に読んでも大丈夫だと思いますがTOX2を知らない方は本編を読んだ方がある程度分かりやすいと思います。
それではどうぞ。


番外――始まりへの系譜:Birthday Of Victor

「ルドガー、こっち、こっち!」

「そんなに走ると危ないぞ、エル」

「もー、ルドガーはシンパイショウなんだから」

 

 

 アメジスト色の目をした少女がエメラルド色の目をした青年の前を元気良く駆ける。

 それを青年は仕方がないな、といった表情で追っていく。

 これは彼が一人の少女と出会い、共に旅をした幸せな記憶。

 ヴィクトルがまだルドガーであった時の記憶。

 

 初出勤の日に、少女から痴漢冤罪を掛けられ、その後すぐに列車テロに巻き込まれたルドガーだったが日が経つにつれて二人の仲はどんどん仲良くなっていった。

 そして、月が綺麗に輝く夜に二人はある約束(呪い)を結んだ。

 

『そっか、じゃあエルとルドガーは“アイボー”だね!』

 

 ルドガーの返事に嬉しそうな顔をして自宅前にある公園のブランコから降りるエル。

 そして再び真剣な顔になりルドガーを見上げる。ルドガーも真剣な面持ちで見つめ返す。

 そこでエルが言葉を続ける。

 

『だから……一緒にカナンの地にいってくれる?』

『ああ、行こう』

 

 少女の小さな口が決して守られることのない約束の言葉を紡ぐ。

 

『ホントのホントの約束だよ、ルドガー』

 

 エルはルドガーに左手の小指を差し出す。

 それに対してルドガーもエルが何をしたいのかを察して右手の小指をエルの小指に絡ませる。

 エルは子供らしくルドガーに大切な約束の結び方を教える。

 

『パパが言ってた。ホントの約束は目を見てするんだって』

 

 何度も何度も繰り返されてきた言葉はそれが当然のように彼の心に深く刻み込まれる。

 “ルドガー”がまた同じように繰り返すために。

 

『エルとルドガーは、一緒にカナンの地にいきます』

『……ああ』

『約束!』

 

 小さくも大きな約束。それが決して叶うはずがないという事も知らぬままに二人は幸せそうに笑い合う。

 世界をいくら壊してもたどり着けるはずがないことも知らぬままに。

 どれだけ大切な者を捨てても手に入れられぬとも知らずに。

 

 

 

 

 最後のカナンの道標が存在する世界にて彼は悩んでいた。

 世界を救うためには道標が必要不可欠だ。

 だが、その道標を手に入れるためには―――

 

「エルを……犠牲にしなくちゃいけない」

 

 大切なアイボーを犠牲にしなければならないという選択は彼を苦しめた。

 仲間達も苦しんだが全員が世界の為と割り切ってエルを犠牲にすることを決めた。

 後は彼だけだった。今まで少女ために自身の身を切り裂いたこともある。

 雷を怖がる少女の耳を塞いであげたことも。二人の絆は確かな物だった。だが。

 

 ――世界は救われる。少女を犠牲にすれば――

 

 ルドガーは三日三晩悩んだ末に選択を下した。

 その選択は少女にとっても彼にとっても酷く―――残酷な物だった。

 

 

「“ルドガー”の……嘘つきっ!」

 

「……っ!」

 

 彼は“エル”との約束を破り彼女を見捨てた。

 本当は今すぐにでも駆け寄って抱きしめてやりたかった。

 だが、世界はそれを許さなかった。

 彼はただ自分を見つめる憎悪の籠った少女の目を記憶にとどめる事しか出来なかった。

 

 世界を救う為に“エル”を見捨てた。だが、そんなものが免罪符になるわけもない。

 彼は罪悪感で永遠と苦しみ続ける。

 だが、それでも世界を救うために、アイボーの死を無駄にしない為に彼は歩き続けた。

 そして彼はカナンの道標を全て揃えることに成功した。これで全てが報われると信じていた。

 だが―――

 

「どうして……カナンの地が出現しないんだ? まさか……この世界は―――分史世界!?」

 

 告げられた真実はどこまでも残酷な物だった。

 彼の世界もまた―――“偽物”だったのだ。

 

 

「そうか……何もかも無駄だったのか……。エルの死は―――無意味な物だったのか!」

 

 

 彼はアイボーの死が何の意味もない死だったことに絶望した。

 世界が偽物だったことに心を砕かれた。

 そして全ての事から逃げる様にエージェントの仕事も辞めてただ生きる屍となった。

 偽物の世界の為に犠牲にしてしまったアイボーに、自分を呪うアイボーに、深く懺悔をしながら。

 

 彼は毎日をただ、何の目的もなしに生きていた。

 死ぬことも何度も考えたが唯一の家族である兄がそれだけはやめてくれと泣きながら頼んできたのでそれは出来なかった。

 趣味であり特技である料理もせずに食事も殆どとっていなかったがある日、運命の出会いをして彼は絶望の淵から抜け出す。

 

 ある日、飼い猫のルルに連れ出されて渋々ながら外に出ていた時、突如としてルルが駆け出して行ってしまったのだ。

 その事にいぶかしがりながら追っていってみるとかつてのアイボーを思わせる髪の色をした一人の女性にじゃれ付いていたのである。

 ルドガーはよくルルに餌をくれる人なのかと思いながらその女性に近づいていく。

 

「すいません、家のルルが迷惑をかけています」

「この子、ルルちゃんっていうんですね。可愛い名前ですね」

 

 そう言ってじゃれていたルルから目を上げて彼を見る女性。

 その瞬間彼は彼女の目に釘づけになった。

 なぜなら、その女性の瞳はアイボーと同じアメジスト色だったからだ。

 その事実に亡きアイボーのことを思い出して懐かしさと罪悪感から涙を零すルドガー。

 女性は突然の事に戸惑いながらもルドガーを心配してくる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「いや……大切だった人と同じ色の目をしていたんで」

「そうなんですか……。だとしたら私達には何か縁があるのかもしれませんね。

 私はラル・メル・マータです。あなたのお名前は?」

「俺は……ルドガー・ウィル・クルスニク」

 

 その出会いは運命だったのか、ルドガーとラルは瞬く間に惹かれあい恋に落ちる。

 ルドガーはアイボーと同じ眼の色をしたラルに心を癒されて絶望の淵から抜け出す。

 もう二度とこの色を失う物かと固く決意したルドガーは彼女と結婚する。

 絶望だけで色を失っていた世界に再び色が戻り、彼は日々の生活を充実して過ごすことになる。

 そして、二人は愛し合った末に愛の結晶を授かることになる。

 

「ねえ、あなた、子供はなんて名前がいいと思う?」

「そうだな……女の子なら―――エル」

「エル……可愛い名前! それで決まりね」

 

 彼は考えるまでもなくかつてのアイボーの名前を口にしてしまった。

 慌てて言い直そうかとも思ったが彼女がことのほかその名前を気に入ってしまった為に言い直すことはしなかった。

 だから、生まれて来る娘の名前はエルと決まった。彼はその時気づくことがなかった。

 それが幾度となく繰り返される“エルとルドガー”の―――運命の呪縛だという事を。

 

 ラルは難産の末に一人の元気な女の子を産んだ。

 余りにも難産だった為に彼女の身体は弱くなり、もう子どもが出来ない体となった。

 しかし、それでも二人は幸せだった。

 かつての仲間や兄が生まれた女の子、エルを祝福してくれた。

 この当たり前で掛け替えのない幸せがいつまでも続くと信じていた。

 エルがかつてのアイボーと同じ―――クルスニクの鍵だと判明するまでは。

 

「ルドガー、この世界を守る為にエルが必要なんだ。エルを僕達に渡して!」

「お前達はまた“エル”を犠牲にする気か!? この偽物の世界の為に!」

 

 父ビズリーはその能力を利用するために奪おうとし、かつての仲間たちも自分達の世界を守るために赤ん坊のエルを正史世界への交渉材料に使おうとしていた。

 兄ユリウスだけは間に立ってくれてはいたが結局ルドガーの身を案じることを優先としていた為にどっちつかずの状態でエルを守るという選択は出来なかった。

 

 ルドガーはかつて自分の“エル”を犠牲にした罪悪感から、世界の為に娘を犠牲にするということは許せなかった。

 ルドガーと仲間達の話し合いはお互いの譲れない物の為に平行線をたどっていた。

 そして、ビズリーが痺れを切らしてエージェントを率いて襲撃しようとしていることを知ったユリウス達は事態を穏便に済ませるために最後の交渉として別荘に泊まり込んで交渉を続けた。

 そしてどちらも譲れず議論が白熱してきた時―――

 

 

 

「子どもなんて、またつくればいい」

 

 

 

 誰が言ったのかも分からない程の何気ない言葉がルドガーの耳に入った。

 その言葉を聞いた瞬間、彼の目が怒りの余り赤く染まった。

 ラルがもう二度と子供を作れない体になったにも関わらず言われた言葉。

 そして何より―――

 

「エルは……俺の娘は―――この世に一人しかいないっ!!」

 

 皮肉なことにその言葉を否定する様な言葉を彼は娘に言ってしまう事になるのだがこの時の彼はまだそんなことなど知らない。

 彼は最愛の妻が身を削ってまで生んでくれた愛娘を利用しようとするもの全てに怒りを露わにし、かつての仲間と自分の味方にならない兄へと刃を向けた。

 それこそが―――愛が憎しみへと豹変した時だった。

 

 

「くくく……ははは、あーはっはっは! やっぱり俺はお前達のことを憎んでいる(愛している)みたいだ!」

 

 

 血の海が広がり仲間達の死体が沈んでいるその中心地でルドガーは泣きながら狂ったように笑っていた。

 そんな弟の変わり果てた様子に唯一生き残っている兄、ユリウスは自分が守ってやれなかったことに苦悶の表情を浮かべながら武器を構え直した。

 

「ルドガー……本当にこれでよかったのか?」

「じゃあ、他にどうしろって言うんだよ!?

エルを守る為にはみんなを―――兄さんを殺すしかないじゃないか!」

「お前、そこまで……」

 

 

 呆然とするユリウスをよそにルドガーは悲痛な雄叫びを上げて骸殻に変身し、ユリウスに襲いかかる。

 ユリウスはそんな弟の様子に何かを悟ったように目を閉じて武器を捨て去る。

 刹那、響き渡る、肉が貫かれる音。

 

「兄さん……なんで?」

「ルドガー……ごめんなぁ」

 

 槍に貫かれた状態にも関わらずユリウスは酷く穏やかな顔つきで、ルドガーの頭を撫でる。

 その事に訳が分からず、ルドガーは兄の顔を見つめる。

 

「お前がこんなにも苦しんでいるのに俺は気づいてやれなかった……兄貴失格だな」

「兄…さんっ!」

「俺が……最後に……送るプレゼントだ。……俺の時計を持っていけ」

 

 そう言ってユリウスは最後の力を振り絞って傷だらけになった自分の時計をヴィクトルに差し出す。

 ルドガーはそれを戸惑った表情で見つめるがやがて全てを納得したように時計を受け取る。

 それをユリウスは今まさに槍で貫かれているにもかかわらず満足げに見つめる。

 そして、最後の最後にかすれた声で呟く。

 

「お前は……お前の世界を…作るん…だ……」

 

 完全に力尽きたユリウスは愛する弟にもたれかかりながら満足げな顔で逝く。

 そんな様子に兄はただ自分を守りたかっただけなのだと今更ながらに理解しルドガーはその場に崩れ落ちる。

 兄弟で殺し合う事になってしまったのは二人がクルスニク一族に生まれてしまったから。

 その事実が彼の心に深い悲しみをもたらす。

 

「うああああーーーーっ!」

 

 絶叫して兄の遺骸を抱きかかえた状態で涙を流し続ける彼の姿はなぜか酷く美しかった。

 しばらくそのまま状態で動くことのできなかったルドガーだったが、やがて聞こえてきた大勢の足音に反応し、立ち上がる。

 最後の大仕事が残っているのだ。

 ルドガーは優しく兄の遺骸を横たえて大勢のエージェントを率いたビズリーを睨みつける。

 

「ビズリー……エルとラルの元には行かないのか?」

「この期に及んで野暮なことはせん。クルスニクの父親として成すべきことを成すまでだ」

「兄と弟が……父と子が殺し合う。それがクルスニク一族だったな。俺はあんたのことを父として愛しているよ(憎んでいるよ)

 

 両者は共に時計を構える。

 ルドガーは自分の時計とユリウスの時計を、ビズリーは黄金の時計を構える。

 そして二人共、最恐のフル骸殻となりぶつかり合う。

 

「俺は……俺の世界を創るっ!」

 

 そして死闘の末にルドガーは骸殻を半壊させながらも全ての敵を殺すことに成功した。

 しかし、世界はどこまでも彼に対して残酷であった。

 すぐに絶望が彼の元に襲い掛かってくる。

 

「はぁ…はぁ……これで、俺は幸せに―――ぐっ! がぁぁあああっ!?」

 

 自分の顔の右半分を抑えてのたうち回るルドガー。

 骸殻の使い過ぎにより時歪の因子化タイムファクターかが限度を超えて進行してしまったのだ。

 もはや、どうしようもないレベルの浸食は彼の寿命を大きく削り取ることになるだろう。

 だが、それでも彼は最愛の妻と娘と暮らせれば、二人が自分の分まで生きられるならそれでいいと思っていた。

 それ程に小さな幸せを祈っていた。しかし―――

 

 

「あ、ああ……どうして、あなた……」

「ラル! ……君とエルを守る為にはこうするしかなかったんだ」

 

 

 今まで危ないからという理由で隠れさせていたラルが、ルドガーが兄と父、そして仲間達を皆殺しにした現場に来てしまったのだ。

 ラルはエルを抱いたままの状態でヘタリと座り込んでしまい。

 怯えた目でルドガーを見つめる、そんなラルに彼は安心させるために笑みを浮かべて近づこうとするが。

 

「私が…私が…ちゃんとエルを産んであげられなかったせいで……あああっ!」

「ラル? そんなことはないよ、君はちゃんと―――」

「いや! いやっ! いやぁぁぁあああっ!!」

 

 自分のせいだと思い、悲鳴を上げるラルをルドガーは抱きしめてやる事しか出来なかった。

 この時から、ラルは精神を病み、病の床に伏せることになる。

 全てはルドガーがラルとエルを守る為に兄と父、そして仲間達を皆殺しにしてしまったがために。

 彼の行動と選択は全て裏目に出る結果になってしまったのだ。

 あの事件からしばらくたったある日、ルドガーが家に帰ってくるとラルがぼんやりとした目で大量の料理を作っていた。

 その様子にルドガーは震える声でラルに問いかける。

 

「ラル……今日は何かあったか?」

「ふふ、とぼけているの、あなた。今日は―――お義兄さんの誕生日でしょ?」

 

 彼女は焦点の合っていない目でルドガーを見つめながらそう答える。

 ルドガーは思わず、後悔と絶望から泣きそうになるが、すぐに彼女を黙って抱きしめる。

 自分のせいで―――何度も何度も過去を繰り返し続ける事しか出来なくなった彼女を。

 

 

「お義兄さんの大好物のトマト料理をたくさん作ってみたんだけど、気に入ってくれるかしら?」

「ああ……きっと……兄さんなら気に入ってくれるさ…っ!」

 

 

 自分のせいで当たり前の幸せが壊れてしまったと一体どれだけルドガーが自分を責めているのかは分からない。

 ただ、分かることは、彼はどんなに彼女が狂ってしまっても彼女を愛し続けているという事だった。

 ……例え、その記憶が摩耗していこうと。

 そして、さらに病が進行してやせ細りもはやベッドから起き上がることも出来なくなったラルに一歳か二歳のエルが元気に話しかけている。

 

 

「マーマ、おはよーっ!」

「……あら、可愛い子……お名前は何て言うの?」

「マーマ?」

「エル! ……ママはお病気だからあんまり騒いだらダメだろう。エルの大好きなスープが出来ているから先にリビングに行っていなさい」

「はーい♪」

 

 トテトテと可愛らしく歩いて消えるエルの背中をルドガーは罪悪感に押しつぶされそうになりながら見つめ、そして自分の方すら見つめてくれなくなったラルの手を優しく握る。

 

「エルって言うのね、あの子……可愛い名前。女の子の名前候補に入れてみようかしら、ねえ、あなた」

「……そうだね」

 

 今にも泣き崩れてしまいそうになりながらルドガーは答える。

 彼女はもはや愛する娘の事すら思い出すことが出来ないのだ。

 そして、彼女が話しかけている夫も今目の前にいる彼ではなく記憶の中にいるルドガーだった。

 それでも彼は彼女が生きていてくれさえすれば良かった。とにかく生きて自分の傍にいてさえくれれば、それでよかった……それで良かったのにもかかわらず―――

 

「ねえ、あなた……」

「ラル……俺の事が分かるのかい?」

「ええ……ずっと夢を見ていたみたい……自分が自分じゃ、なくなっちゃうみたいで怖いの……」

「ごめん……ごめん……」

 

 ほんの少しの時間だけ正気に戻ったラルにルドガーは顔を上げる事も出来ずに謝り続ける。

 もう、ラルに残された時間は殆どないのだろう。

 最後の最後に正気が戻った、そう感じずにはいられなかった。

 

「ねえ、ルドガー……お願いがあるの」

「何だい? 何でも言ってくれ」

 

「ルドガー……私を―――殺して」

 

 その言葉にルドガーの顔が凍り付く。

 そして聞き間違いだと信じてラルを見るがラルは穏やかな笑みで彼を見つめてそれが真実だという事を告げる。

 彼はそれだけはやめてくれと必死に首を振るがラルはそんな彼の頬を優しく撫でて、彼の仮面を取る。

 

「あなたを……エルを……忘れたまま、死にたくないの。

 お願い、ルドガー。私を―――あなたを愛した私のまま死なせて」

 

 その言葉はどんな呪いよりも強力だった。

 愛しているからこそ殺して欲しいというささやかな願い。

 愛する者への永遠の呪縛。彼の心に永遠に生き続ける方法。

 

「君は……卑怯だ…っ! そんな言い方をされたら……断れないじゃないか…っ!」

「ごめんなさい……ルドガー」

 

 涙を流しながら何とか喋るルドガーにラルは微笑みかける。

 ルドガーはその笑みにさらに顔を歪ませて俯く。

 そして、しばらくそのままの状態で泣いていたがやがて顔を上げてラルに優しく最後の口づけをする。

 

「愛してるわ、ルドガー」

「ああ……俺も、愛してるよ、ラル」

 

 そしてルドガーはラルを優しく抱え起こして時計を握る。

 顔が見える様に傷だらけのスリークオーター骸殻になり、震えながらラルに向けて槍を構える。

 涙で視界が霞み最後だというのに愛しい人の顔が良く見えない。

 そんなルドガーを安心させるようにラルは笑いかけて最後に言葉をかける。

 

「安心して、ルドガー。愛する人に殺されるのって案外嬉しいことだから」

「………ラルッ!」

「ルドガー……私を―――愛してくれて……ありがとう」

 

 

 その言葉を最後にしてルドガーは声にならない叫び声をあげながらラルを刺し殺す。

 そして、崩れ落ちる彼女を抱きしめながら泣き叫ぶ。

 流れる彼女の血は彼の骸殻を赤く、赤く染め上げていく。

 彼女は最後の最後にルドガーの頬を優しく撫でてから、その手を力なく落とす。

 これがラル・メル・マータとルドガー・ウィル・クルスニクの最後の愛の形だった。

 

 

「うわぁぁぁああああっ!!」

 

 

 彼の泣き声だけが辺りに響き渡るその様はこの世界の残酷さを表していた。

 

 しばらく泣き通した後、彼の頭にある考えがよぎる。

 なぜ、自分には当たり前の幸せすら許されないのか。

 そもそも、こうなってしまったのは何が悪いのかと。

 彼は考え続けてやがてある結論に達する。

 

 

「ははは……なんて馬鹿だったんだ、俺は。偽物の世界に……幸せなんて許されるはずもない! 滑稽だ! あーはっはっは! 何もかも偽物だからいけないんだっ!!」

 

 

 彼は狂ったように笑いながらそう叫ぶ。

 その姿を誰が間違っているなどと言えるだろうか。

 彼の現実の前ではどんな言葉も意味をなさない。

 彼はもう、この世界には何の希望も見出せなくなっていた。

 

「幸せになるためには……本物に―――生まれ変わるしかない!」

 

 そして、彼は最愛の娘を利用して本物になるという計画を思いつく。

 そんな彼を誰が責めることが出来ようか。

 彼にはもう―――それしか残されていないのだから。

 

「必ず……俺は幸せになる…っ! どんなことをしてでもっ!」

 

 ルドガーは傍に落ちていた仮面を拾い上げ、顔に付ける。

 そしてラルを抱きかかえ優しくベッドに寝かす。

 

 

「君が隣に居ない俺は……俺じゃない。だから、今から“私”は―――ヴィクトルだ」

 

 

 それがヴィクトルという人間の誕生だった。

 




次に番外編を書くとしたらちゃんと明るく書きます。
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