小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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16話 : 再会と逢瀬

 

―――外は、雨が振り続けていた。

 

大きな広間の中心。そこに、彼らは居た。肉が焼ける匂い。血の匂い、鉄の匂い、その中心に立っていた。その、人間だったものが散乱する地獄のただ中に―――1人の、少女が居た。

 

『返せ!』 ―――少女は泣いていた。

 

『人殺し!』 ―――少女は叫んでいる。

 

まだ10にも達していない幼き少女は、この場にある地獄を成した張本人である男を、手練の忍び数十人を無傷で葬り去った彼の目をまっすぐに見据えながら、糾弾の視線と言葉を叩きつけた。傍目から見て、男は常識の外にある手練である。雨隠れの里に単身真っ向から挑み、里長である半蔵一族を、音に聞こえた山椒魚の半蔵を無傷で完殺したのだ。

事実、男がその気になれば少女は何の抵抗もできずに死ぬことだろう。少女はその事実を理解していた。が、少女は叫ぶことを止めないでいた。

 

殺された忍びが大切な人だったが故に、叫ぶことを止めなかった。

 

「――――」

 

それを見た男―――六道の名を冠した者は思いだす。魂の中に存在する青年―――かつては長門であり、今も長門である筈の彼も思い出した。

 

同時に、その時に誓ったことが、彼らの脳裏に浮かんで弾けた。

志を同じくする仲間と交わした誓約が、その時の気持ちと共に声となって甦る。

 

『―――絶対に』

 

『―――もう二度と』

 

今はもう聞くことができなくなってしまった親しき友の声が、彼等の耳に幻となって届く。それは錯覚で、記憶の中に残っている幻聴だ。だけど、男達が最も大切だったものを―――その夢と想いを取り戻す切欠にはなった。戦うと決めた、進むべき道を決めたの想いを。傍らにいた誰かの事。記憶の底に沈めた決意と、失った大切な人達との約束を。

 

「………っ!」

 

思い出してしまった彼等は、うめき声を上げざるを得なかった。彼等にとっては何者にも変えがたき宝石―――道半ばにして倒れていった親友が、その終わりに託してくれた夢を、死ぬまで覚えておかなければならなかった大切な気持ちを、忘れてしまっていたからだ。

 

『戦争を止める。平和の架け橋になる。殺し合い憎みあう夜を終わらして、朝を呼ぶ』

 

それは彼の親友の言葉で、忘れる前は彼の信念を支える支柱となっていた言葉。しかし今は、彼自身を刺す刃へとその姿を変えていた。

 

彼はうめき声を上げた。胸を抑えていた。怒りのままに捨て去ったものの尊さを思い出したが故に。忘れることを選んでしまった己の弱さを自覚したが故に。悔恨の念は見えない刃となって彼等の胸に突き刺さった。だけど復讐を正当化する気持ちも確かに残っていて―――しかし目の前で泣き叫ぶ少女の声が、彼等の胸を刺す。

 

親しき友の仇を討った後、満足感を覚えてしまった彼等の心をめった刺しにする

だから、叫ばざるをえなかった。

 

「――――」

 

長門が、そして彼の中にいる六道は、空を見上げる。そしてひときわ大きな歯ぎしりをした後、感情のままに吠えた。心の軋みと胸を刺す痛みに耐えきれず、大声をだして紛らわそうとした。そうでもしなければ、彼は痛みから逃げるために己の頭蓋を自分の手で砕いていただろう。

 

吠えた。それは代償行為だった。声にならない声だが、それでも吠えて、吠え続けた。そうして、声が枯れるまで吠えた彼は、未だ同じ部屋に居る少女の方を見つめる。少女は、彼を睨み続けていた。その手には、彼女の肉親を殺めたクナイが握られていた。

それを見た彼は、口の中で呟いた。

 

そして彼は少女に手をかざした―――――

 

 

―――そうして、彼らの夢は覚める。

 

新たなる決意と、最善の結末までの道をさがすために。

 

 

「………朝、か」

 

とある隠れ家の一室。壁にもたれかかったままの体勢で眠っていた男は、自らの声と共に目覚めた。

 

男はかつて赤かかった自分の髪を、今は黒く染まっている髪をかきあげる。

そしてそのまま、視線を窓の方に向けた。

 

 

雨隠れの里に降る雨は、未だ止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どう、だ? ―――ですか?」

 

網の病院の中。二人の人物が、とある一室に居た。一人は先の音忍との戦闘で傷を受けた多由也。もう一人は、その多由也の治療を担当することになった医療忍者である。

 

無言のまま、触診をする彼女―――名をアジサイという。彼女は暗号名"影千代"の名で知られる医療忍者で、現在の網の構成員の中でも屈指の腕前を持つくノ一だ。幼少の頃より組織に関わっていて、ザンゲツとは旧知の中であった。

 

「少し触るぞ」

 

彼女は特に酷かった怪我―――肋骨の骨折と臓器へのダメージ―――の治療具合を触診し、チャクラを走らせて多由也の状態を調べていた。丁寧かつ慎重な作業は数分だけ続けられ、やがて一通り調べ終えると、彼女はひとつ安堵のため息をついて、頷いた。

 

「………よし、これでもう大丈夫だ。取り敢えずだけど、治療はこれにて終了だな」

「そう、か………戦闘の方は?」

 

多由也は自分の状態について、なんとなく察しながらももしかしたらと恐る恐るアジサイにたずねてみた。返ってきた言葉は、予想の通りで―――彼女には、あまりよくないもの。

 

「………まだ駄目だ。通常生活の範囲ならば問題はないが、戦闘を行うにはまだ早い。切り傷のような外傷はともかく、打撲による臓器系へのダメージというのは早々治るものでもないからな。あとは、自分の体の治癒力を信じて待てばいい」

 

「そう、ですか………いえ、お疲れ様です。ありがとう御座いました」

 

多由也は今の自分の状態に不満を覚えつつも、治療を施して彼女にお礼の言葉を伝えた。悪いのは大事な時に大怪我を負った自分で、アジサイは全く責任はないことを多由也自身が理解していたからであった。

 

「どういたしまして―――とはいっても、大して疲れていないんだけどな」

 

いつもはムサイ男の治療だらけだから、とアジサイは肩をすくめた。

 

「まあ、男ばかりの職場なんでそのあたりは仕方ないがな。だが、馬鹿な野郎だと、治療中にもコナかけてくる。こっちは集中してなきゃならないってのに」

 

愚痴るアジサイ。男ばかりの職場の辛さを知る多由也は、大きく頷いた。

 

「そうだろう、分かってくれるか? ………それに比べればとてもとても。逆に、楽しい仕事だったよ。それに、いいものを聞かせてもらったしね」

 

アジサイはそういうと、笑いながら多由也の方を見る。

 

「いえ………」

 

多由也はその言葉に照れくささを感じつつも、笑顔のアジサイを改めて正面からみすえた。そして、心の中で呟く。

 

――――確か歳は20を越えていた筈だけど、と。そんな視線を察したのか、アジサイは疑問の言葉を多由也に投げかけた。

 

「私の顔に何かついてるのか?」

 

「いえ………童顔だなあ、と」

 

言い終えると、多由也はやべえと自分の口塞いだ。そのまま視線を横に逸らす。割とストレートな言葉で返されたアジサイは、ジト目になって目を逸らしたままの多由也の横顔をにらむ。

 

「そのとおりだが………それでも、面と向かって言われたことは無いぞ? ―――あの馬鹿を除いて、だが。お前、あんな繊細な術使う割には結構な直球派なんだな」

 

「いや、まあ、変化球が苦手だってことは自覚しているけど………口が悪いととあるデブに怒られたりもするし」

 

「ん、デブ? ―――ああ、みかんの変わりに栗が上にのっている鏡餅くんか。確かに口うるさそうだな」

 

「実に的確な表現だなおい」

 

納得してしまった多由也。顔をひきつらせながら、人の事はいえないようだけど、と呆れ顔になった。

 

「えっと、まあ、それは、なあ………こういう男だらけの職場に居たら、こうもなるだろうよ!」

「まあそれには同意するが………女ってことだけで見下してくるやつも居るしなあ」

 

男女比の偏りが著しい職場に"居る"アジサイと、"居た"多由也は互いに頷きあった。かたや荒くれ者に囲まれて。片や大蛇丸の趣味で集められた者たち。ため息は深く、心労の度合いを示していた。

 

―――しかし。口の悪さは別として、両者の間でたったひとつだけ違う点があった。

 

アジサイはそのことについて、多由也に聞いてみた。彼女自身どうしようもないことだが、それでも口に出さざるを得なかったのだ。アジサイは多由也のとある一部分、圧倒的格差――――つまりは胸。17、8の少女にして育ちきった、大きめの胸を見ながら、彼女は胡乱気な視線を向ける。

 

「それは本物か? 贋作ではないのか? 中に何かいれてないのか? ここでの偽証は死に値するぞ?」

 

テンパるアジサイに、多由也は一歩退きつつ、答えた。

 

「いや、中には何も入れて無いぞ。というか治療中に見せたと思うんだが」

 

あっさりと最終回答。アジサイはそういえばそうだったな、と呟き歯をぎりりと鳴らし、ちらりと自分の胸に視線を移した。

 

―――そこにあるのは、ただの丘。目の前の双子山には遠く及ばない、控えめな丘陵が存在しているだけ。具体的にいえば72。dptnというやつである。

 

「くっ………!」

 

「いやいや、胸なんてあっても肩がこるだけだ、ぞ………!?」

 

その時、音が聞こえた。二人は話を止め、入り口の方を見る。どどどど、と誰かの走る足音。どんどん近づいてくる。騒音と書いて走音と読む奏音は、病室の入り口にとまったかと思うと、扉が勢い良くスパーンと開かれた。

 

「――――胸と聞いて飛んできました!」

 

「帰れ、バカ!」

 

 

一行の空白も許さぬ神速のツッコミ。

 

怒れる乙女の一撃が、乱入者―――シンの顎に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいちちち………」

 

「自業自得だよ兄さん………はほっといて。アジサイさん、サスケ君に話があるって聞きましたけど」

 

顎を抑えて痛がる兄を横目に、サイがアジサイの方を向いた。

 

「こっちに戻ってきた時から、サスケ君に何かたずねようとしていたみたいだし………………えっと、もしかして?」

 

「ああ。お前の察する通りで間違いない」

 

アジサイはサスケの方を見た。視線を向けられたサスケは、アジサイの眼光の激しさのあまり、その場から一歩退いてしまった。

 

「ふむ、うしろめたいことがありそうだな………もしかして?」

 

「―――黙ってた方がいいよ兄さん。色々な意味で。ほら、アジサイさんも落ち着いて」

いつも兄がすいません、とサイが申し訳なさそうな顔をする。

 

「いや、まあ………そちらは分かっていた事だからいい。最早諦めているしな―――それよりも、その、なんだ。お前に聞きたいことがあるんだが」

 

「え、えっと………俺にか? ――――って、ちょっと待て多由也。俺は何もしてないぞ!」

 

サスケはジト目になる多由也に、俺は無実だと叫んだ。

 

「………本当か?」

 

「本当だ! アンタも、俺に聞きたいことって何なんだよ。確か―――アジサイさん、だったよな。アンタとは一ヶ月前に会ったのが、初対面だったはずだけど」

 

「ああ、それで間違いない」

 

「………初対面の俺に聞きたいこと、か。ひょっとしてうちは一族関連のことなのか? 怨みがあるとか」

 

「いや………違う」

 

アジサイはそういうと、それきり口を閉ざした。サスケはそんなアジサイの様子を見て、困惑する。そこに、シンが割り込んだ。

 

「あーあー、間怠っこいな。アジサイ、聞きたいことって、あれだろ?」

 

「っ、シン!」

 

「………いやいや、はっきりと聞きたくないって気持ちは分かるけどよ。こうして黙っていても話が進まないだろ。 ―――なあ、サスケ。聞きたいことってーのは、たったひとつなんだよ」

 

シンはがしがしと頭をかきながら、眼をそらしていた。サスケはあまり見たことのないその様子に、少し戸惑っていた。

 

「ああ、そう大したことじゃないぞ。雨隠れの半蔵と、その一族を尽く殺して回ったっていう忍者―――暁の首領はどれだけ強いのか、ってことを聞きたいんだよ」

 

「………」

 

サスケは、シンの言葉を一瞬理解できなかったのか、ひとつふたつ瞬きをして沈黙する。だがすぐにその内容理解すると、簡潔な答えを返した。

 

「まともに対峙したことは一度もないが………聞かされた話でよければ」

 

「それで構わない」

 

「なら、こう言おう。図抜けた存在だと。あれは既に忍者のレベルに無い―――文字通りの仙人だよ。神だ。天災級の理不尽さを兼ね備えた、掛け値なしの最強といえる存在だ」

「そんなにか? ………万華鏡写輪眼、だったっけ。お前がその瞳術を使ったとしても、勝てないのか」

 

「勝ち負けの域にさえ至れない。月読は十尾のせいで効果なし、天照は―――恐らくは封火法印か、あるいは神羅天征とやらで消されるだろう。触れず特定の対象を跳ばす術らしいからな。いや、その前に十尾の壁に防がれるだろうから、当てることさえ難しいだろう」

 

相手もこちらの瞳術については把握しているだろうからな、とサスケは首を横に振る。

 

「じゃあ、体術は?」

 

「近づけないから意味がない。近づくまえに神羅天征で吹き飛ばされてアウトだ」

 

「………遠距離戦では?」

 

「多種多様な五行の忍術を操ると聞いたな。つまり、弱点となる属性が無い。イコール、中距離もしくは遠距離で術を打ち合っても無駄。こっちの弱点となる術を使われて、打ち消されるだけ。それに、今は失伝となった強力な忍術まで使ってくるらしいからな。遠距離戦に持ち込んでも、まず勝てないだろう」

 

「………俺は知らないけど、封印系の術式とやらは? ほら、倒せなければ、閉じ込めればいいじゃないって」

 

「ああ、論外だ。六道の記憶があるってんだから、封印系の知識に関しては図抜けてるだろ。紫苑を見れば分かる。それ系統の術を使っても、効果は全く期待できない」

 

「………えっと。あ、そうだ―――スタミナ切れ、って線は?」

 

「それも、一応は考えたんだけどな。でもあいつ曰く、"十尾は人の負の思念の塊で、つまりは無尽蔵ってことさ"だとよ」

 

「うえ、死角なしかよ。歪みねえな」

 

「だから隠れ里同士が連携するんだろうな。というか、そもそも奴は世界中の隠れ里、その全てを敵に回しても構わないって輩だぜ? そんな奴に一人で挑んで、それで勝とうってんなら、少なくとも同程度の自負を持てるような奴じゃないと」

 

そも、勝負にもならない。サスケにそう言われたシンは、大きくため息をついた。

 

「そうか………分かった」

 

シンは頷き、横に居るアジサイの方を向いた。アジサイは傍目から見ても分かる程に落ち込んでいる。

 

「うちは一族のお墨付きだ………その意味は、俺よりもお前の方が知ってるだろ―――アジサイ」

 

「……前々から、薄々と感じていた。いや、わかってはいた事けど、な………私では、無理だってことが」

 

「アジサイさん………」

 

「………言うな。二人共、何も………言って、くれるな」

 

ぎり、と歯を食いしばるアジサイ。拳を強く握り締め、そのまま去っていった。

 

「………兄さん」

 

「………分かってるよ。サスケ、悪いけど、ちっと外すわ」

 

「ああ」

 

サスケは頷き、アジサイが去っていた方向へと走っていくシンを見送った。やがて姿が消えるのを確認すると、サイの方を横目でみながら、尋ねた。

 

「復讐、か」

 

「………分かるんだ」

 

「ああ―――いつだったか。かなり前に感じるな。前の―――木の葉に居た頃の、前の家の鏡の向こうで見た眼に似た感じを覚えたからな」

 

「そう………で、どう思う? 無駄だ、とか、非建設的だ、とか意味がない、とか………ばっさり言って止めた方がいいとか思う?」

 

「………一度は、同じ炎に生を投じた身だからな。口が裂けてもそんな事は言えねえよ。全部知ってるだろ。知ってる上で選んでるんだよ。諭されたぐらいで聞くようなら始めっから辞めてるよ」

 

自分で気づくしかないんだ、とサスケは言う。

 

「そう………」

 

そのまま、サスケとサイは黙り込んだ。痛い沈黙が広がる場。そこに、多由也の激が跳んだ。

 

「っだー!もー! アジサイさんの事はなんとなくわかったけど――――サスケ!」

 

「な、なんだ多由也」

 

「いちいちぐちぐちと昔の事掘り返して、暗い想いに浸ってんじゃねえよ! 今は、ウチらにはやることがあるんだろうが!」

 

「そ、それはそうだけどよ。でも昔の俺も俺な訳で」

 

「知ってるよ。否定しねえよ。忘れろなんて言わねえよ。でも外でそんな弱々しい眼を外に見せるんじゃねえ………網の古株連中に、舐められるだろうが」

 

サスケ達はこの組織の中でやりたいことがあった。だがそれは少し強引で、ともすれば衝突の要因になりかねない。古株の構成員に舐められるようなことがあれば、色々な所で支障が出るのだ。多由也はそれを理解しているが故に、外では弱気を見せるなと忠告していた。

 

「まあ、言うとおりだね。うちには荒くれ者が多いし、弱気見せたらすぐに舐められるから、仕事の方にも影響が出るかもしれない」

 

「そうだろ。ま、その当たりは後で念入りに話すとして………サイ。アジサイさん、落ち込んで………いや、怒っていたのか? 分からないけど、大丈夫なのか」

 

「うん………まあ、事態が悪い方向に転がった訳じゃないし、踏ん切りがついたと思えば良いことだと思うんだけど」

 

「はっきりしないな。かなりややこしい事情がありそうだが………」

 

「それは……まあ、昔からの知り合いだし、本当に色々あったからね。それも一言じゃ言えないんだけど」

 

「なら良いよ。ウチは後で本人に聞くようにする。じゃあサスケ、ウチもあいつらの治療があるから」

 

そう告げると、多由也もまた外そうと歩をすすめる。だが、一歩止まり―――

 

「………なんだ、迷ってるなら後でな。愚痴りたいこととかあるんなら、聞いてやるから」

―――それだけ告げると、走って去っていった。サイは硬直したサスケを無視し、走り去る多由也を見送った後に言った。

 

「いい彼女さんだねー熱いなあ青春だなあ―――――――――――爆発したらいいのに」

「かっ………彼女か。まあ、そうだけどよ」

 

新鮮だな、とほざくサスケ。サイは後半の言葉を無視して照れるサスケの背中に消えない墨で"バカップル"と書きたくなったが、割と酷い報復(多由也から)をうけそうなので自重した。嫌味ったらしく何か温度上がってきたなー、と顔を手でパタパタ仰ぎながらその顔を背けるだけにすませた。彼は空気の読める男、紳士だった。

 

「って、おい。何か言いたいことあるのか、オイ」

 

「いや、何でもないよ? ………でも彼女、何か普段と様子が違ったね。怪我が完治してないから焦ってるのかな」

 

「いや。さっきの話を聞いたからだろう。改めて現状を確認して、あいつらに対する心配の気持ちが再燃したって所か。その上いざという時に戦えそうにないってんなら焦りもする………でも、まあ、必要となったらあいつはまた無茶するんだろうけどな………」

 

遠い目をするサスケ。サイはなるほどと頷いた。

 

「僕もホタルにあの時の様子を聞いたんだけど、自分が結構な怪我をしている中、それでも体張ってホタルを守ろうとしたんだってね」

 

「……口悪いけど、まあ、そういう奴だからな。退かない時は退かないし、決めたら一直線だ」

 

見ててハラハラするし無茶されると胃が痛くなるんだけどな、とサスケは自分のことは棚に上げて呻き声をあげた。サイはそれを横目で見ながら、しらっとした顔で言う。

 

「なら君が守ればいいじゃないか。先に突っ走られて不安になるなら、自分も走って追いつけばいい。横に並んで害する者を払えばいい。そのために網に残ったんだろ?」

 

「"怨みもつらみも怒りもなく、ただ大切な誰かの為に戦えれば"―――か」

 

「あ、知ってるんなら話は速い。実際現実にその言葉そのままを実践できるなんて、痛快なことじゃないかい? ―――まあ、多由也さんが居る君じゃあ、少し意味が違ってくるけどね」

 

「………それはまあ、な。でも、お前も?」

 

「うん、かなり昔のことだけどね………兄さんと、紫苑と一緒に教えてもらった。憧れている言葉だって言ってたよ。兄さんも、僕も、好きな言葉だ」

 

そう言うと、サイは笑った。

 

「それは言葉だ、って彼は言った。ただの言葉だって、夢物語にすぎなくて―――」

 

サイのがわずかに沈黙する。夢物語、という言葉の裏で色々と思い出しているのだろう。だが、サイの笑みは崩れなかった。

 

「でも。それでも言葉なんだ、って彼は言ってた。心の支えになるって、足掻く指標になるんだって。力に溺れない戒めにも、何が大切なのかっていう基準にもなるんだって」

 

修行の時は忘れていたけど、とサイは頭をかいた。

 

「僕も兄さんも、彼の教えてくれた言葉……術のせいで忘れてしまっていたけど、頭のどこかに残っていたんだ。血を吐きながら闘う誰かさんの姿もね。兄さんも同じみたいだった。だから兄さんも僕も、ここまで強くなれたんだと思う。アジサイさんを止めることができたんだと思う」

 

「そうか………ん、止める?」

 

「ああ。あの人―――アジサイさんは、僕達が網に入ってからの師匠なんだけど」

 

サイはアジサイと自分たち兄弟の関係についてサスケに話し出す。

 

修行をつけてもらったこと。時間が経ち、復讐のために出ていこうとするアジサイを、兄が必死に止めたこと。俺を倒せたら止めない、とシンが挑み、未だ勝ち続けていること。

「あいつも、無茶する奴だな……」

 

「行かせたら絶対に戻ってこないって、そういう確信があったから、って笑ってたけど」

「まあなあ。雨隠れの一件を聞くだけで分かるよ。上忍"程度"じゃあどうあがいても勝てそうにないって」

 

「うん。だから止めた。その頃はまだ兄さんは中忍レベルの力量しかなかったし、アジサイさんは今より少し下………それでも上忍クラスの力は持っていたけど。あの時の二人の戦闘、思い出す度胃が痛くなるよ」

 

「大変だったんだな………って、上忍と中忍かよ、どうやって勝ったんだ? 正面からの殴り合いじゃ勝ち目ないだろ。作戦勝ちか?」

 

「いや、正面から殴り合ったよ。"正面からこじ開けた"」

 

「………まさか」

 

「うん。体内門を開放して、一気に押し切ったんだよ。死ぬ一歩手前まで力を振り絞ってね」

 

「まるでゲジマユの奴みたいだな」

 

大切な誰かのために、と闘うリーの姿を、サスケは思い出していた。

 

「ゲジマユが誰かは知らないけど、何か似ている気がするよ。ううん、体術系は単純一途なのかなあ………まあ当人は、後でザンゲツ様やアジサイさんにこっぴどく怒られたけどね」

 

「そうか………って、原因である本人が怒ったのか」

 

「まあ、それは―――乙女心は複雑だってことじゃないかな。僕は分からなかったけど、顔を真っ赤にして泣きながら怒るアジサイさんを見ながら、ザンゲツ様はそうおっしゃってたから」

 

「乙女心は複雑、か………」

 

そこでサスケは顔を上げた。遠く、何処かにいる少女を想う。別れる間際、"告げられない"と。そう儚く笑った少女を、九那実という名の定められた宿命を持つ九尾の妖狐のことを。

 

「何もかも上手くなんて、いくはずがない………それもそうだよな」

 

「どうしたの急に、ってこれは………」

 

サイは耳をすませて、音を探る。サスケは瞬間ビクっとなって当たりを見回した。

 

「ば、爆発音!? 奴か、奴なのか?!」

 

酷くうろたえるサスケ。それもその筈、彼にとって爆発音は狐火のフラグという意味を持っている。思い出していた人物が人物だっただけに、サスケは警戒心を最大にして音のあった方向を注視する。

 

「―――いや……これは、違うか。規模が小せえ………うん?」

 

写輪眼で遠視をするサスケ。そこに飛び込んできた風景に、硬直した。サイはある程度予想がついているのか、頭に手をやってためいきをついた。

 

「サイと………アジサイか。なにやらやりあってるが」

 

「嫌な予感ほどよく当たる………でもなんだろ。怒らせた方がいいと思ったのかなあ。まあ兄さんだし、つい言い過ぎちゃったりなんかしたかも」

 

ぶつぶついうサイに、サスケは止めなくていいのか、とたずねた。

 

「放置に限るね………こんな大切な時期に後先考えず無茶する二人じゃないし、じゃれあってるだけだから大丈夫だと………思いたい………だよねえ、きっと、うん、そう――――だったらいいなあ」

 

遠くから"口寄せのじゅちゅ!"という滑舌悪く術を叫ぶ女性の声や、"やーい噛んでやんの!"とかいう妙に少年クサイ声が飛んでくるのが聞こえた。サスケはサイの諦めっぷりに彼の心労を垣間見た。きっと苦労しているのだろうと。

 

サイは後で考えよう、と呟いてそれきり戦闘の音を無視した。

 

「で、話は変わるけど――――ペインについて、聞いていいかな? メンマ君は一人でペインと戦うって聞いたけど、いったいどんな方法で戦おうっていうのかな。ペインの力を聞くに、まともに相対したとしても、勝ち目は無いと思うんだけど」

 

サイ自身、メンマの力量についてはそれなりに分かっていた。その強さも認識していた。頼もしく思っていた。だけど、と。サイはそれらをふまえた上で、かつ冷静に考え抜いた結果、結論を下した。

 

例え人柱力の力を用いたとしても、その生命の限界までチャクラを振り絞ったとしても、ペインと十尾を打倒することはできないだろうと。そんなサイの意見を聞いたサスケは、"確かに"という言葉に"でも"、という言葉を付け足した。

 

「方法……戦術によるな。まあ、心当たりがあるんだけどな。隠れ家に居た頃に切れる札については聞かされたから、どういった方法で戦うのかは大体の所想像はつく」

 

「あ、やっぱりまだ見せてない切り札があるんだ………でも想像がつかないな。それだけの力の差を埋める方法って本当にあるの?」

 

「まあ、簡単な話だ―――今のあいつの中には"3人"が存在しているって、つまりはそういう事だ。マダオ師が言う、戦闘における最も大切な要素―――チームワークの究極系。"それ"を使えれば戦闘力は飛躍的に上昇する」

 

「………えっと? "それ"って? しかも使うって―――ちょっと話が見えないんだけど」

「俺も聞かされたのは概要だけで、それも理屈の部分だけだからな。これ以上詳しく説明するのは想像の成分が含まれるからはっきりとは言えん。でも、明後日―――見ればすぐに分かると思うぞ。でも、それよりも、問題は別の所にあるんだよ」

 

「それは?」

 

「聞かされたその術は確かに有用で、俺と兄さん二人を相手にしたとしても負けない程に強くなるだろう。だけど、相手はあのペインだから………それだけで勝てるとはどうしても思えないんだよ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ。だから、もう一段階、奥の手があるとは思うんだが………それが何なのかは、分からないんだよ。まあ………」

 

サスケは肩をすくめながら、言う。

 

「それでも、あいつらは勝てる手を以て挑むんだろうよ。"戦うと決めたからには、必ず勝て"―――そう俺に教えたのは、他ならぬあいつら何だからな」

 

「………そう。長い間一緒に居た君がそう言うのなら、そうなのかもしれないね」

 

「信じないのか?」

 

「信じるよ。でも、万が一を考えてしまうのは僕の性分でね………あと、加勢はするつもり?」

 

「しない。俺の読みが正しければ、中途半端な戦力は逆効果だ。我愛羅の時とは比較にならないほど―――それこそ誰も見たことが無いくらいに、派手な戦闘になる。むしろ足手まといにしかならないよ」

 

「でも、見に行くんだよね。それはひょっとして?」

 

「………」

 

サイの問いに対し、サスケは沈黙をもって返す。だがサイの視線に耐えられなくなったのか、ため息をつくと答えを返した。

 

「どう見ても無理、って状態になれば―――助けに入る。アイツには借りがあるし、貸しもあるからな」

 

「………素直じゃないなあ。っと、僕も用意があるんだった」

 

サイは苦笑しながら、またねと言いながら歩いていくが、あっ、と呟き振り返った。

 

「忘れてたけど………網に入ることはザンゲツ様に伝えたんでしょ? なら、暗号名とか考えといてね。さすがに本名じゃまずいだろうし、希望が無いと変な名前つけられるよ。うちの首領ネーミングセンスゼロだから」

 

「………分かった」

 

「ああ、あとメンマ君もネーミングセンスゼロだったね」

 

「ん、そうか?」

 

「そうだよ………」

 

昔を思い出し、サイは遠い眼をする。

 

「あの時は偽名を使ってたんだけどね………兄さんには"あすか"、僕には"あーがいる"とか言っていたけど、どういう意味なんだろうね」

 

「分からんが………だけど、なんか、こう、妙な説得力があるな」

 

「いやいや無いよ。ちなみにザンゲツ様はそれに輪をかけて酷い名前をつけてくるから気をつけてね」

 

「ん、例えば?」

 

「良い順から数えると、そうだね…………げろしゃぶ、とか、ふーみん、とか」

 

「よし分かった。兄さんの分も含めて、考えておく」

 

「そういえばもしイタチさんが組織に入るようならオコジョなんて名前が良いかも、とか言ってたなあ………」

 

「それは止せッ、下手しなくても万華鏡の華が咲く!」

 

割と冗談の通じない兄を思い出し、サスケは焦ってサイの無謀を止める。よく兄の前で零さなかったものだと、今も戦慄しているというのに。

 

「それはまずいね。だけど、それレベルだから―――ね?」

 

「承知した。こちらで早々に考えておくから」

 

サスケが告げると、サイは分かったと言いながら去っていった。そんな後ろ姿を見送りながら、サスケは視線を空へと向ける。

 

 

空は夕焼け茜色。それは隠れ家で見た色とは、少し違って見えた。

 

「あの隠れ家で、改めてじっくりと見た時も思ったけど……」

 

隠れ家にたどり着き、夕焼けを見た時、サスケには新しく知った事があった。過酷な修行に疲れ果て、仰向けに空を見上げていた時だ。

 

「木の葉で見たものより、ずっと綺麗だったよな」

 

『自分の心が変わったからだよ』

 

『眼が良くなったんだろ』

 

『………そういえば、そうかもな』

 

『隣に居る人が違うからですよ』

 

『え………ウチと同じ事思ってんだな』

 

それぞれの感想を思い出し、その時の様子と今の変わりようを自覚したサスケは、苦笑しながら眼を閉じた。思えば遠くに来たものだと。同時、今更ながらにも彼は実感していた。あの時一緒にいた面々。共に生きていくと決めた一人以外は、もう容易く会うこともできないのだと。それは皆が進むべき道に踏み出したことを意味している。

 

「色々あったな――でも、皆は選んだぞ。多由也も、再不斬も、白も」

 

空を見る。ひとつ屋根の下、奇縁の宿に集った仲間達の顔を、夕焼け空に浮かべる。

 

「兄さんも一緒だ。シンもサイも、歩き続けている。紫苑は残ることを決めたぞ。その力を使い、守るべきものを守ろうとしている」

 

サスケは取り戻した人、ここに至るまでに出会った人たちを思い出していた。皆はもう、命尽きるまで進むべき道を見出している。今後の戦いがどうであれ、進むべき道を歪めることはないだろう。皆にはたどり着くべき場所と、何より帰るべき場所ができたのだから。

 

あとに残るは―――1人だけだ。

 

選択の時の中、歩く道の果て、その最後の一歩を踏み出していないのは。

 

 

「まあ――――どの道を行くのか、分かっているけどな」

 

 

12年、その一念だけは決して手放さなかったそうだし。

 

そう言って笑うと、サスケもまた自らの決意を整える作業に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各里の忍者達が、そして組織"網"が来る五影会談に向けての最終準備を進めていた頃、メンマ達は隠れ家で修行を続けていた。

 

安全弁ともいえる四象封印の大部分を外し、精神世界で一日中修行していた。朝起きて結界の中で精神世界に入り込み、疲労の極致に達するまで修行をする。そして夜になると起きて、飯を作り、食べて寝る。その繰り返しだった。

 

修行はいつになく厳しく、それなりに苦境を渡ってきたメンマをして根を上げそうになるほど過酷だった。

 

まず、マダオとの模擬戦。火影としての力を全力全開に使ってくる熟練の忍者との戦闘を繰り返し、勘と経験を鍛えるための実戦訓練とも言える。

 

次は、クシナとの修行。クシナが使う封印の縛鎖、うずまき一族の、特別なチャクラを持つ女性のみに伝えられている封印術の攻撃を、ただひたすらに避ける訓練だ。

これは、例の最後の一撃を使う時に必要となる、特殊なチャクラコントロールの最終確認を行う意味でも役に立っていた。印と、印に籠めるチャクラの構成、術の根幹を手っ取り早く理解するための、荒行だ。印を組んでのチャクラコントロールはあまり得意でなく、特定の風遁術と雷遁の初級術しか使えなかった彼にとって、この修業が一番大変だったのはいうまでもない。

 

最後は、九尾の妖狐のチャクラを感じ取る修行。人とは根本的に異なる人外、妖狐が持つ独特のチャクラに触れて、その根本の性質を理解するための修行だ。キューちゃんを背負いながらチャクラを全開にして坐禅。その後チャクラを全身に走らせながら、ゆっくりと演舞を行う。背中に伝わる力の流れを理解して、自らの動きの中に組み込んでいき、違和感をなくしていく作業が地道に続けられた。

 

残された時間は少なく、全てを万全な状態までもっていくのは不可能かと思われた。

しかし、集中すれば話は別であった。一点に集中し、一切の遊び無く前へと眼を向けた人間の成長能力は、妖狐にしても瞠目に値する程。闘争心の火に自らの身をくべ、その純度を増していった。これで最後だと自分に言い聞かせながら。

 

そうして、修行も最終日を迎えることとなった。夕陽が落ち、暗くなった森の中、その更に精神の中で彼は真っ白な灰になっていた。

 

「いやダメでしょ!?」

 

「………おうふ」

 

「えっと、大丈夫?」

 

「だいじょぶ、よ、しゃちょさん」

 

「なんでカタコト!? というか起きて起きて!」

 

「痛っ、ちょ、起きてるよ!」

 

「本当にかい」 

 

「ああ。ちょっと何か木の葉の額当てをした爺さんが幻視されるわけでどこもおかしくはない」

 

「うん、いい感じに限界だね。目標のレベルには達したから、もう上がろうよ」

 

「俺がどうやって限界だって証拠だよ!」

 

「うん、本当にがんばったよ。頑張ったから。予想以上に早く、目標のレベルに達したわけだしね?」

 

「………それほどでもない」

 

「わあ、謙虚だ。って違うでしょ。そんな顔色して何言ってんの。疲れのあまりチャクラの色も眼の下も黒色に淀んでるよ? まるで前に見た十尾みたいだ」

 

「九尾でいい」

 

「おいやめろバカ。早くもこの修業は終了じゃな」

 

いよいよもって埒があかないと判断したキューちゃんは、そのままメンマを殴りつけた。

メンマはありがとうございますっ、と叫びながら、カカッと現実に帰還した。

 

「う、頭痛い……全身痛い………修行疲れにしても、ちょとsYレならんしょこれは……? 」

 

『………夕飯のラーメン作れそう?』

 

「誠に遺憾ながら今日はちょっと無理。すまん、母さん」

 

『いいわよ。今日までにたくさん食べたんだから。私が作りたい所だけど………こっちもちょっと、無理そうね』

 

『こっちも同じぐらい消耗してるからね。明後日はもう決戦だし、無理はしない方がいいよ、クシナ』

 

「くそ、明後日までにある程度回復しなきゃならんというのに。夕飯無しじゃあ回復もできん」

 

『だよね………で、だけど―――怒らないで聞いてくれる?』

 

「………何かしたのか? まあいいよ。今は怒る気力も湧いてこない。普通に歩くのにも億劫だってのに」

 

『そう………えっと、落ち着いて、聞いてね?』

 

そうして、マダオはとある事を伝えた。それを聞いたメンマは、驚いた表情で隠れ家がある方向を見る。

 

―――通気口から、かすかに煙がこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

「げ、まじで居る………というかどうやって呼んだんだよ………」

 

メンマは隠れ家の入り口の前まで来ると、ため息をついた。隠れ家の中には修行前の早朝に消した筈の灯りがついていて、中からはメンマがよく知っている、ある人物の気配が漂っていたからだ。

 

『ちょっと、時限式の口寄せでね………今朝方に仕込んだんだよ』

 

「また無駄に器用な………って、待てよ。ということは、病院の時に?」

 

『ご明察。急に呼ばれるのも危ないからね。それに帰る時は"跳ばす"から、隠れ家の所在地がばれる心配はない』

 

「はあ………それならいいけど。でも、まあ―――それもまた、いいか」

 

と、メンマは自分の中に居る人―――最近目覚めた母親の姿を思い浮かべると、苦笑しながら頷いた。親指の肉を少しかじり、印を組んで―――地面を掌で叩いた。

 

「口寄せの、術!」

 

白い煙が立ち上り、風に流された。煙の中から現れたのは、二人の人物。金の髪の男と、赤の髪の女。

 

 

―――こうして、ここに揃う。17年前に別れ、永遠に出会うことが無かった筈の、4人の家族が。

 

 

「おかえり、兄さん、父さ………ん…………?」

 

玄関を開けて返ってきた家主に挨拶をする金髪の少女―――キリハは、兄と父の間に居る人物を見て、驚愕の表情を浮かべる。そこには彼女自身写真の中でしか見たことのなかった、そして彼女自身今まで知ることがなかった存在である、母クシナが居たからだ。

 

「ただいま………キリハ」

 

「え………あ………か、あさ、ん?」

 

キリハは目の前に立っている事実が信じられないのか、咄嗟にできたことは途切れ途切れに言葉を紡ぐことだけだった。クシナは、そんな戸惑っているキリハに対し、笑みを向けた。

 

「あ………」

 

キリハはその笑みを見て、とある事を思い出していた。子供の頃に何度か泊まりにいった奈良家、そのヒエラルキーの頂点にたつシカマルの母―――ヨシノのことについて。そして彼女が浮かべる笑みと、笑みを向けられていたシカマルの照れくさそうな表情を。

 

「う………」

 

あの時に嫉妬さえ覚えた、その表情。それが今、掛け値なく、一切の余分なく自分に向けられている。

 

―――偽物ではありえない。何より、両隣に二人が居て、笑みを浮かべているのだ。片方はうれしげに、片方は照れくさそうに。それを見た瞬間、キリハは理解する。目の前に居る人物は、自分が会いたかった、でも会えなかった、永遠に失った存在で、変化のような偽物ではない、本物の存在なのだと。それを理解した瞬間、キリハは前へと駆け出していた。

 

「か―――母さんッ!」

 

そして叫びと共に、飛び込んだ。夢にまでみた、母親の胸へと。

 

泣きながら色々な事を叫んだ。感情的に、支離滅裂で、それでも言えなかった言葉の数々を。それを聞いたクシナも泣きながら、娘が泣き止み続けるまでごめんねを繰り返していた。頭を、さすりながら。

 

「これは……あもりにも………ひきょうすぎるでしょう………?」

 

「うう、破壊力ばつ牛ンだね………」

 

その背後では、つられて泣いているバカ二人が袖で目元をぬぐっていた。

 

 

 

 

 

 

「ぶーぶー」

 

ひとしきり泣いたキリハは、父に向けてぶーたれていた。

 

「いや、ごめんよキリハちゃん。だから親指下に向けないで」

 

「だめだよひどいよ父さん。ドッキリだなんて私に言った癖に………逆に驚かされたのは私の方じゃない」

 

良かったけど、と口を尖らせるキリハ。それに対し、マダオは笑みを浮かべながら言った。

 

「いやいやむしろそれが僕クオリティー………あ、ごめんクシナ痛いからやめて下さい」

「謝るのはええな! というかドッキリって……前もって用意しておいたんかお前は」

 

油断ならねえ。メンマが言うと、マダオは苦笑をしながら補足の説明を加えた。

 

「きつい修行になることは分かっていたからね。準備はしておいんたんだよ。で、昨日の夜に様子を見た限り、今日の修行明けには相当危ない状態になるだろうことは確定的に明らかだったから」

 

だから呼んだ、と本当か嘘か分からない言葉をいけしゃあしゃあというマダオ。メンマはため息をつきながらじろりと睨む。だがキリハとクシナの様子と、それを見ている自分の感情を理解したメンマは、特に追求をすることもなかった。

 

「………まあ、回復ができなければ勝負もくそもなくなるしな。正直、昨日からかなり限界近かったし、その点では感謝してるが………ああ、もういいや」

 

折角キリハが作ってくれたんだし、飯にすっか。メンマの言葉に、キリハはむんと腕を上げた。

 

「楽しみにしといてね! 腕によりをかけて作ったんだから!」

 

「へえ………」

 

キリハは元気いっぱいといった様子で台所に入っていた。少しすると、自分の作った料理を持って返ってきた。テーブルの上へ並べていく。

 

「あ、手伝うわよキリハ」

 

「ダメ、母さんは疲れてるんだから……いいから、座ってて!」

 

「うっ………ごめんね」

 

「いいよ………最初で、最後になるだろうし、ね」

 

「………そうだよ、クシナ。それに逆にそっちの方がクシナらしいし」

 

「えっと、ミナト? それってどういう意味だってば?」

 

「はははだってクシナは料理の腕…………いえ、何もいってませんから眼を光らせるのやめてくれないかなあはは」

 

笑って誤魔化すマダオ。その隣で、メンマがため息をついていた。

 

(失言にも程があるだろ………というか今日はマダオの奴、不自然にその類の発言を繰り返すけど)

 

『ううむ………いつものあやつを見る限り"そんな日"もある、で納得してしまいそうじゃが………もしかしたら意図的なんじゃなかろうか。泣きながらの食事とか、わびしいにも程があるしの』

 

(それは………そうかもしれないけど。あと、知らなかった"家族"の事を話したいのかもしれないね………って、そういえばキューちゃんは出てこないの?)

 

『いや我が居たらダメだろ。この4人家族に我を加わるとか、どんな皮肉じゃ』

 

九那実は外に出る事を断った。しかし、テーブルの料理と、並べられていく皿の数を見たメンマは、ひのふのみのと数え始めた。

 

(うん、ゴニンマーエ! いや違った、五人分だよキューちゃん)

 

どこぞの健啖な女性柔道家の真似をしたメンマは、ほらと言いながら皿の数々を指さした。

 

『………本気か、キリハの奴は。我の正体については前に話しただろうに』

 

ありえん、と言う九那実。そこに、キリハが「えっと兄さん、キューちゃん呼ばないの?」と効いてきた。

 

「出たくないんだって」

 

「え、そうなの? 折角、好物だって聞いた油揚げの料理を作ったのに」

 

「いや、何か遠慮して、って、ぬおっ!?」

 

言葉を続けようとしたメンマの、その右手が自動的に動き、その口を塞いだ。

 

(な、急になにすんだキューちゃん!?)

 

『うむ、折角だから我はこの赤の扉を選ぶぞ』

 

(血の口寄せだから赤の扉!? え、でも、ちょっと、さっきまでの遠慮的な心は今は何処?)

 

『食べた』

 

(既に胃の中!?)

 

『うむ。食欲の前には皆平等。強いものは生き、弱いものは食べられる。好物ならば尚更。それこそが自然のおきて』

 

(色々と訳が分からないけど、油揚げを食べたいってのは分かったよ………)

 

『そうともいう』

 

(いや、そうとしか言わないんじゃ………)

 

『そんな日もある』

 

(え、油揚げを食べたくない日って、あるの?)

 

『………ありえん(嘲笑)』

 

(なんて、理不尽―――)

 

でもまあいいかと、メンマは口寄せの術を使った。煙の中からはしゃぐ童女が現れた!

 

「あ、キューちゃん久しぶりやっほー」

 

「うむ、やっほー」

 

笑いあいサムスアップする美少女二人。それを見た周りの反応は様々だった。メンマはキューちゃんも成長したなあと笑い、マダオは温かく見守り、クシナは片方にメンチを飛ばしていた。隣からきつめのチャクラを感じ取った金髪男二人は、すぐさま赤髪の修羅神を止めに入る。

 

「どーどー、双方落ち着いて。またケンカされると困る。主に俺が」

 

メンマは精神世界なら爆発でアフロになっても構わないが、現実世界でアフロになってしまうと困る、と言ってクシナを説得する。

 

「そうだね、みんなアフロ頭で最終決戦とかもう………カオスってレベルじゃないし」

 

みんなでジミヘン! の最終決戦を想像したのか、マダオもすぐに止めた。メンマも同意する。そんなことになればギターを右持ちに持って闘うしかないではないか。

 

「………まあ、ケンカの理由もくだらないことだったし」

 

「………飯がまずくなるような真似はよすか」

 

クシナは目を元に戻し、ミナトに笑いかけた。それを見た二人は、安堵のため息をつく。

「でも………やっぱり意外だなあ」

 

キリハは料理を並べながら、テーブルに座る4人を見た。

 

「死んだ父さん……四代目火影は高潔で真面目で、欠点もない凄い忍者だってシカクさん達に聞かされてたのに―――こんなに………ええと、面白い人だったなんて」

 

優しいキリハは言葉を選んだ。メンマはふっと儚く笑った。

 

「キリハ………死んだ人ってのは、美化されるものだぞ?」

 

「あ、やっぱり? 私もカカシ先生と自来也のおじちゃん見て、なんかおかしいなーって思ってたんだよ」

 

「その違和感は実に正しい。古人曰く、去った者は美しいっていうしな。死人に鞭打つのはよくないことだし」

 

「つまり、良い光景だけが語られる、ってこと?」

 

その問いに、メンマは親指を立てて答えた。同じく、キリハも親指を立てる。キューちゃんも便乗した。

 

笑いあうメンマと美少女二人。その横で落ち込むミナトの頭を、クシナがよしよしと撫でていた。

 

「うう………僕って火影だったよね………いや、就任期間はダントツで短いですけど」

 

「大丈夫よミナト。貴方の勇姿………あの時私たちを守ると言った貴方の背中はずっと、覚えているから」

 

「クシナ………」

 

「思えば、夫婦喧嘩で―――結婚する前からずっとしてきた喧嘩で、私が負けたのはあの時だけだったっけ」

 

困った風に、でも嬉しそうにクシナは言う。"ミナト"は、その言葉を聞くと、からかうような顔でクシナに向き直った。

 

「男には死ぬと分かっていても引いちゃあならない時があるんだよ。それに僕があの時に背負っていたのは、未来だった。家族の、里の、大切な未来………」

 

ミナトは笑いあう兄妹を見ながら、クシナだけに聞こえるように言った。

 

「それを今、本当に痛感してるよ。色々と………本当に色々あったけど―――」

 

ミナトは言葉を途中で止めて、眼を閉じる。あの時果てた"かつて"から"これまで"に起きた様々な事。そして明後日の決戦を思い、万の感情をこめて断言した。

 

「―――あの時、二人を守ることができて、本当に良かったって。礎になったとしても、今日この時を迎えることができて、本当に良かったって」

 

それは嘘偽りが一切ない、波風ミナトの言葉。今日まで繋がる彼の中で、一等揺るがない真実の言葉だった。

 

「ミナト………」

 

「ん、まあそれも明後日の決戦にかかってるんだけどね」

 

やっぱり世界は甘くないけど、とミナトは頬をかきながら言った。

 

「勝てると想う?」

 

「うん………何時だってそうだ。誰だってそうだ。僕たちだって、そうだったでしょ? 戦うと決めたなら、勝たなきゃ。メンマ君はもう、その域まで意識を高められてるし………」

 

ミナトは九那実の方を見ながら、続きの言葉を紡ぐ。

 

「何より、支えとなる人が居る。それなら、男の子なら勝たなきゃならな。例えどれだけの悲劇があったとしても」

 

「でも……」

 

なお不安な表情を消せないでいるクシナ。マダオはそんな彼女を笑ってはげました。

 

「やってくれるさ。この戦いに関して、あの子はもう覚悟を決めている。ならきっと勝てるさ。僕が保証するよ」

 

「そう………そう、ね」

 

「じゃあ………っと、ここは家長に頼もうか」

 

「え、いいの?」

 

確認するマダオに対し、メンマは首肯を持って是と返した。マダオはそれを見て、手を合わせる。

 

「それじゃあ………いただきます」

 

「「「「いただきます」」」」

 

そこからは食事が始まった。特に違うこともせずに、ごく普通の食卓が展開されている。あるはずだった当たり前の食卓、それを取り戻すかの如く。

 

「しかし、綺麗になったわね………それはやっぱり、好きな人が居るから?」

 

「えっ!?」

 

「シカマル君、だったっけ。ヨシノさん所の。幼馴染みだって聞いたけど、いったいどういう経緯で知り合ったのかな?」

 

親同士で交流があったとしても、毎日遊ぶような幼馴染みにはなるまい。そう考えたクシナは、キリハに馴れ初めについて聞いてみた。

 

「そういえばそうだよな。俺もそのあたりは聞いたことなかったし」

 

「うん、そうだね」

 

「油揚げが美味い」

 

一人食事に集中しているキューちゃんをよそに、尋問が開始された。標的であるキリハは、赤くなりながらも話をし始める。

 

「最初は………そうだね、今も覚えてる。5歳か6歳ぐらいの頃だったかな」

 

額に指をあて、キリハはその時の様子を思い出しながら話を続ける。

 

「何が切欠だったのかは分からない。でもある日急に、私の眼を見る人達の眼が………カカシ先生を含む、近くに居る人達の眼が変わったんだ」

 

「カカシ君も?」

 

「うん。なんて言ったらいいのかな………うまく説明できないけど、"私"が見られていない、って思ったの。みんな私の立場とか―――私を通した誰かを意識してた。"波風キリハ"じゃなくて、"四代目火影の息女"っていう眼で見られてたの」

 

「それは………」

 

「うん。今にして思えば―――兄さんが里を出て行った時期と同じだね」

 

そこから微妙に歯車がずれた、とキリハは言う。

 

「よくしてくれたよ。でも、何処か違った。後ろめたさとか、償いとか、そんな想いがどことなく感じられて………」

 

子供は時に大人顔負けの観察眼を見せることがある。意識に敏感になることがある。生まれ持って勘が鋭いキリハには、周囲の大人達の視線をなんとなく察していたのだと、マダオ達は思った。

 

「生きていた。ご飯も美味しい。でも、私が居ない。"波風キリハ"が消えていく………錯覚だったのかな。でも、私はそれがどうしようもなく嫌で………」

 

キリハはその時の事を思い出したのか、首を横に振った。

 

「雨の日だったかな。傘もさしたくなくて、雨に当たることで自分の体を感じたくて………でも、分からなくて。それで、家にあったクナイを持って、近くの公園に行ったの。刃を握りしめて、ちょっとだったけど、血が出て………」

 

そこで箸を止め、言う。

 

「そこで初めて会ったの。"なにしてんだ"ってさ。シカクさんそっくりで、でも無愛想な顔で、さ」

 

ぽりぽり、と頬をかきながらキリハは言う。心なしか、その頬は赤い。

 

「それからは………すぐに、とは言わないけど、みんな変わったよ。今思えば、シカマル君が何か言ってくれたのかな………いのちゃんやチョウジ君っていう大切な友達もできたし」

 

「ううむ、やるなあシカマル氏。というか、そっちはそっちで別の苦労があったんだな」

ぽつりと、メンマは呟いた。それを聞いた九那実とマダオが一瞬だけ固まる。

 

「うん。まあ7歳で暗部とやりあったっていう兄さん程じゃないけどね」

 

「え、何で知ってる!?」

 

「全部じゃなくてちょっと、だけど………紫苑ちゃんに語られたよ。惚気と一緒にね」

 

そう言うと、キリハはジト目でメンマを見る。メンマは「おっ、この里芋の煮っころがし旨いな」と話を逸らした。

 

「そうねー。私の娘なのにこれだけ料理が上手くなるとは。それも煮物なんて高等料理を」

 

「あはは、そういえばクシナの料理って激辛鍋が基本だったよねー」

 

遠い目をしながら、マダオが言う。

 

「でも美味しかったし。辛い料理が多かったのも、渦の国でそういう料理が多かったからでしょ?」

 

「そうなのよねー。髪が赤いからって、唐辛子マシマシにしなくてもいいってのに」

 

むしろ甘党の人は辛さのあまり眼がぐるぐるになっていたわよ、とクシナが愚痴る。

 

「でも、美味しかったし。そこら辺は二人共に受け継がれたんじゃないかな」

 

マダオの言葉に、メンマは得心いった、と頷いた。彼もまた料理人。かつての新ラーメンへの的確なアドバイスと、この料理を見れば分かるものだ。

 

そうして、お互いに近況について話をする。くだらないこと、たわいもないこと、ちょっと大切な事もまじえながら、それでも嘘やつくり話などではなく、本音で話しあう。互いに、言葉を交わしあう度に生きている事を感じる。生前は一度も経験することがなかった、当たり前の事。それを今、キリハは取り戻しているのだ。

 

食事が終わり、後片付け。食後のお茶を飲みながらも、話は終わらない。昔から今に繋がるまでの全てを、キリハは話す。楽しそうに、悲しそうに。一番聞いて欲しい相手、家族にたくさんの事を話した。アカデミー時代の事、下忍になってからの事。中忍選抜試験、木の葉崩しや色々な事件についても。ミナトとクシナはその話の中で出てきた懐かしい名前を聞く度に嬉しそうに笑う。メンマも、自分が関わったのが原因か、色々と変わってしまっている人間や人間関係を聞くたびに新鮮な気持ちになった。

 

カカシや、サクラ。シカマルやいのに、チョウジ。キバがハナビといい感じ、とかイルカ先生とシズネさんが怪しい、などの一部爆弾発言が飛び交うこともあった。たいていは片思い、相手が鈍感で両想いには至ってないようだ、とキリハが説明を付け加えると、「おまえが言うな」という言葉が4人から返ってきたのだが。

 

メンマ自身色々と突っ込みたい事があった。しかし、言いたいことはただひとつだけであった。

 

「なにわともあれ………良かったな、シズネさん………っ!」

 

綱手の付き人から、火影の補佐まで。ミナトは、先の木の葉での宴会で聞かされていたのだった。感じていたのだった。彼女の、涙なしには語れない激動の日々と、それに伴なう途方もないおいてけぼり感を。

 

「好きな人が居る、って言ってたけど………その人の事は諦めたのかなあ………」

 

思い出すように呟くミナト。聞いた二人は目配せをした後、ため息をついた。そんな二人の片割れすなわち男の方に、ため息を重ねる幼女がいた。

 

「今日のお前が言うな会場はここか? ―――ともあれキリハ、そろそろ時間だぞ」

 

「あっ!」

 

もうこんな時間、とキリハは慌てて椅子から立ち上がる。

 

「………じゃあ、送るよ」

 

そういうと、全員は玄関前の広場へと集まった。

 

「………これで、最後になるってばね」

 

「うん………え、母さん?」

 

クシナはキリハに近づくと、その脇の下に腕を差し込んで―――

 

「きゃっ!?」

 

勢い良く抱き上げ、そのまま両腕で抱きしめた。キリハは驚きながらも、やがて自分も母親の背中へ手を回した。

 

「………こんなに………大きくなっちゃって………ごめんね、ずっと―――傍に、居てやれなかったってばね」

 

「………うん………寂しかった。でも………父さんと母さんが守った、木の葉のみんなが居てくれたから。だから、一人じゃなかったよ」

 

寂しかったけど、耐えられた。キリハは涙声で、ありがとうと言った。

 

「でも、母さんってば力持ちなんだね。私結構大きくなったと思うんだけど?」

 

「そりゃあ、元人柱力ですからね。でも心地良い重さだからってこともあるわ」

 

そのまま、じっと抱きしめあう二人。でも時間が迫っていた。キリハは徐に離れ、今度はミナトの方にててっと駆け寄っていく。

 

「父さんも、元気で」

 

「キリちゃんもね。木ノ葉隠れの事、頼んだよ―――あと、例の衣装の方も………ね!」

キリハは軽く抱きつきながら、ミナトの頬にそっと唇で触れた。

 

「ありがとう。兄さんと―――メンマさんのこと、よろしく頼むね?」

 

「………っ!? ―――まいったな。ん、でもわかったよ。キリハちゃんも、元気でね」

驚くミナトを見届けると、キリハは九那実の元へと歩み寄っていく。

 

「………料理、美味かったぞ」

 

「うん、喜んでもらえた良かった。でも、今度はもっと腕を上げておくから―――ね?」

キリハはよしよしと九那実の頭を撫でる。九那実はそれに対し―――笑みを返すことしかできなかった。キリハが兄の方向を見た後、それが儚いものへと変わっていったが。

 

そして、最後。

 

修行の果てに身につけた、特定の対象を時空間跳躍させる術。昔ミナトが使っていた、飛雷神の術の別式を使いキリハを木の葉へと送る用意をしている、兄の元へ、キリハはゆっくりと歩いていく。

 

「………さよならは、言わないよ?」

 

だから、と言いながらキリハは歩きながら小指を立て、兄に向ける。

 

「ああ、当たり前だ」

 

術を中断し、それに応じて、メンマもまた小指を立てる。そして、距離は縮まる。互いの中央で、小指が絡まった。

 

「………兄さんのことだから、勝算はあるんでしょ?」

 

「ある。名付けるならば、"比翼連理の法"、ってところかな」

 

―――両者とも。戦うのね、とも。戦うから、とも言わない。言わずとも承知していた。この時期に修行をするという意味を、見られる方も見た方もしっかりと認識しているのだ。

 

「なら……良かった。でも、約束してくれるかな………今度破ったら承知しないんだから」

 

「ああ、約束だ」

 

ボン、と音を立て、九那実、ミナト、クシナがメンマの中へと戻る。そのまま、絡まった小指が、誓いの言葉と共に縦へと数回振られた。

 

「指切った、よ」

 

キリハは、後ろに一歩下がる。

 

「指切った、な」

 

メンマが、クナイを取り出して水平に構える。

 

同時、術式が走る。

 

 

「………またね」

 

 

「………またな」

 

 

―――光が満ちた後。

 

キリハは、木の葉隠れへと、自分の家へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。たっぷりと睡眠を取ったメンマは、柔軟体操の後に軽い演舞を行い身体をほぐしていた。

 

「……感触はばっちり、だな」

 

『チャクラもかなり回復しているね。明日になれば全快していると思うよ』

 

「そうだな………これなら、跳んで戻ってくることはできるか」

 

『うん?』

 

 

 

「―――最後になるかもしれないだろ。だから、全部話しておきたいんだ」

 

 

昼食を食べて、その一時間後。メンマは飛雷神の術を使い、とある場所に向かった。

そこは、木の葉隠れの近くにある場所。大きな河の下流、人知れず建てられた石の墓があるところだ。何もかもが始まった場所。うずまきナルトのために建てたものだった。

 

「じゃあ、僕たちはあっちの方で待ってるから」

 

「ああ………頼む」

 

二人きりで話したいから、というメンマの要望に答え、マダオをクシナは離れていった。声が聞こえない範囲まで遠ざかっていったのだ。離れた事を確認すると、メンマは墓へと向き直った。残っている九那実に背を向けたまま、じっと佇んでいる。

 

「………どうしたのじゃ。話とは、なんじゃ」

 

「はっきり、させておきたいんだ。ずっと俺を見ていた、キューちゃんに聞きたいことがある」

 

メンマは無言のままその場に座る。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺って、本当の所は………いったい、何処の誰なんだろうな」

 

「―――」

 

不意の質問。思いもよらない問いかけを聞かされた九那実の、呼吸がとまる。

 

「木の葉に戻って、さ。色々なことを話して、師匠―――テウチのおっちゃんと話して、思い出したことがあったんだよ」

 

「………それは、昔のことか?」

 

「ああ。オレがまだ"うずまきナルト"だった頃の」

 

ゆっくりと語りだす。ラーメンを食べに、テウチの店に通っていたこと。隔離され、一人で暮らしていた事。

 

―――その後、根の暗部に受けた責め苦のこと。捕らえられ、身体を痛めつけられ、幻術を使われ忘れさせられる。子供だから、自己意識が明確でなかった。証拠となる傷も、人柱力特有の回復力ゆえに、跡には残らなかった。だからそれが、夢のことなのか区別がつかなかった。

 

「きっと、あの日々の中で―――俺が"オレ"だった部分は死んだんだ。耐えられず、自らを捨てた。壊れることを選んだんだ」

 

「………そうじゃな」

 

「幼いながらも、僅かにあった理性が壊れた―――あとは本能の赴くままだったのか。野生の獣と同じ行動を取った。自らを傷つける外敵を、障害を、本能と衝動のままに排除した」

 

憐憫の情を一切持たない獣。自らのチャクラを振り絞り、一切の手加減なく蹂躙した。

手が血にまみれていたのは、そのせいだろう。

 

そして目的を達成した後、自己は停止して―――

 

「ああ………封印が緩まったな。我は、それを好機だと考えた」

 

四象封印は、宿主のチャクラの流れがあること。それを前提として構成されていた。それが崩れた時。宿主の意識が崩壊した時、九尾の妖魔はすかさず動いたのだ。

 

「しかし、そこから先。あやつが取った行動は、我にとっても予想外だった。」

 

おかしそうに笑いながら、九那実は言葉を続ける。

 

「時間は無かったはずだ。だがあやつは成した。お主も、我も、そして自分も、木の葉隠れの平穏も。どうあっても崩壊していたはずだった………それを全てを現状のまま、留めてみせたな。その後のフォローも含めて、見事の一言に尽きる。全く、信念を持った人間というものは本当に恐ろしい」

 

致命的とも言えるほどにほつれた、四象封印の再構成。土台となる魂、その欠落を埋める―――呼び寄せた魂。

 

「古い巻物を見たのか、はたまたあやつの自己流か。完全ではなかったにせよ、口寄せの術式の類でまさか"それ"が呼び出されるとはな。時空間忍術に長けたあやつならではの所業………我としては誤算だったが」

 

「時空間忍術………つまりは口寄せの術、または飛雷神の術だったよね。で、欠落を埋める充填剤として呼び出されたのは………?」

 

「同じ方向性を持っていた魂。まあ、一つではなかったようだ」

 

「………そうなんだ。どうりで不自然な記憶があると思った」

 

「木の葉崩しの後で、かなり混じり合ったように思える。しかし、勘違いするなよ?」

 

お前の考えているようなことではないと、九那実は言う。

 

「核となっていた、しかしボロボロになっていたうずまきナルトの魂。その欠落部を埋める大半、補填の大半となっていたのは、中核を成したのは、"ラーメン屋を営んでいたお主"の魂だ。―――そう、テウチとの約束と連環していつつ、ひとつの方向性を向いていた。うずまきナルトが何よりも望んていた夢と、同じ "方向性"を持っていた魂。だからこそうずまきナルトと求め合い、融け合った」

 

「………意志か、はたまた………夢の方向性、か」

 

「力を忌避していた点も同じだ。うずまきナルトは、初めて体感した―――肉を裂く感触に怯えていた。拷問をうけていたのもな。それらを望まず、唯一自らの救いとなっていたもの………。今のお前ならば、それがなんだったのかは分かるであろう」

 

「………ラーメン、だよね」

 

力で誰かを蹂躙するのではなく。そして、されるのでもなく。モノクロだった日々の生活において、唯一極彩色の感情を呼び覚ましてくれたこと。喜びを感じさせてくれたことといえば、他にはない。

 

「その一点において、そなたらはつながった。そして同じものとなったのだろう―――」

「じゃあ………うん? 結局のところ、俺は誰なんだ?」

 

うずまきナルトか、混ざったもの、その大半となった誰かなのか。本当の意味で、自分が誰なのか。ずっと疑問に思っていて、はっきりとしなかったもの。それを確認せずに、最後の舞台に立っても負けるだけだ。迷いは意志を弱くする。今度の相手は、僅かな差が致命的になるだろう。自分が誰という、土台。それを確定せずには飛べないと、自覚していたのだった。

 

―――しかし。九那実は、それは違うと返した。思い出してみればいい、と言った。

 

「………網に入ってから。修行は、熾烈を極めたな」

 

木の葉を抜けてから、網で任務をこなすまでの鍛錬の日々。それをさし、九那実はメンマにその時の苦味を想起させる。

 

「鬼の国では、少女と出会った。少年と出会った。人を殺した。そして、守り抜けたものと、守れなかったものがあったな」

 

―――紫苑のこと。

 

「色々なところにいった。食材を求めて、アイデアを求めて。道すがらこの世の理不尽を知ったな」

 

―――旅の途中。世界の広さと、この世界の命の単価、その低さに驚いた。

 

「先代の遺言に従い、紅音を信じた。力で網を動かそうとした、愚物を葬ったな」

 

――"網"の後継者争いのこと。

 

「かつての約束を胸に秘め、なんだかんだいってテウチの元へと戻った。ナルトとメンマが混ざり始めたのは、この頃だったか」

 

――ーラーメン屋の修行時代。

 

「屋台を開き、色々な客を話した。妹との邂逅の果て、他者を欲した。数回会ったきりのキリハによくかまっていたな………嫉妬を覚えたのは、ここだけの話じゃが」

 

―――店を開けたことと、キリハについて。自分の内ではない、他の誰か―――再不斬と白を見つけた事。

 

「望まぬ未来への介入。そこであらゆる事を知り、ただ一念に信じ生きる傑物―――最後まで誇りを貫いた、英雄の最後を看取った」

 

―――木の葉崩しと、最後まで意地を通した三代目火影、猿飛ヒルゼンの勇姿。

 

「紆余曲折あって、出会った―――同じ夢を持つ者。力ではなく、人の技で誰かと解り合おうとしているもの。癒すことを見出した、そして命を賭けて貫こうとしていた、友に出会った」

 

―――壊すのではなく。癒すことによって人の害意を消そうとする、痛快な、赤髪のバカな少女に出会った。

 

「迷い子を助け、間違った方向に進もうとする少年に、道を指し示した」

 

―――サスケと、雪の国での一件は、今もまだ記憶に新しかった。

 

一息で思い出を語り。そうして、優しく告げられた言葉があった。

 

「今、話した全て…………それが、お前だ」

 

そこで、九那実は言葉を止めた。メンマは無言のまま、その時々の風景と、その時に感じた想いを思い出していた。

 

「かつてから、ここまであったこと。まさか忘れたわけではあるまい?」

 

「まあ………忘れるには、強烈な事が多すぎたからね」

 

即答するメンマ。それに対し、九那実は笑って、そして言った。

 

「その想い出、進んできた意志。思い出の中にある風景―――即ちそれこそが、お前自身だ。助けられた者にとっても、恐らくはそうだろう」

 

一歩。九那実は近づき、メンマの後ろから、その頭をかき抱く。後頭部に、小振りな胸の柔らかい感触と、暖かさが広がった。

 

「じっとしてろよ、このバカが。臆病者。お前はいったではないか。過去は大事ではないと」

 

過去をみず、その人物のみを見るメンマ。その考えに驚き、そして喜んだ一人の少女が、小さいながらも自らの腕でもって、愛する男の葛藤を和らげた。

 

「お前が誰だったとか、真実がどうとか、自分が本当は誰なのかなどと―――細かいことはどうでもいい。お前はずっと、自らの意志で道を切り開いてきた。その意志のままに進んできたお前自身を信じればいい」

 

かつて、かけられた言葉。それを反芻し、九那実は言う。

 

「過去は………想い出にすぎない。今はいっときの腰掛だ。それよりも重要なのは、今より続いてく未来、すなわち夢のため。変えることの出来る明日に向けて生きるのが、最も大切なことなのだと。それを実践していたお前が………此処に至るまでの命、その軌跡が。死をも知って、恐怖も知って、それでも隠れることなく夢のために進んできたお前こそが、誰でもないお前自身なんだよ」

 

ぎゅっと抱きしめて、九那実は言った。

 

「その頭に刻まれた記憶と、想いこそが………な」

 

そう言うと、九那実は抱きついたまま、沈黙する。

 

鼓動の音が重なった。メンマの緊張が、ゆっくりとほどけていく。察した途端、九那実は素に帰り、恥ずかしくなったのかメンマの頭をこつんと叩いた。

 

「ふん、どうせ馬鹿なんじゃがら小難しいことは考えるなよ。馬鹿が難しいこと考えたら終わりだ。いつも通りどたばたと喧しく望むがままにひた走れ」

 

「………つまりは、考えるなってこと?」

 

「考えても分からんことじゃ仕方ないだろう。だから、感じろ。今まで通り前を向いて走ればいい」

 

「なんか、そう言われると………本当に、ただの馬鹿みたいなんだけど」

 

抱きつかれながら、メンマはぽりぽりと頬をかいた。

 

「なんじゃ、違ったのか?」

 

「うわ酷っ。って、俺もちょっとは考えるから―――」

 

「どうかの。なんせお前は―――」

 

 

そこからは、いつも通りのやりとりだった。

 

ずっと抱いていた彼の暗い気持ちは、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。決戦を明日に控えたメンマは、夕食を済ませると九那実と二人屋上へと上がった。

 

マダオはクシナと二人きり。野暮はよそうぜ、という話である。

 

「ふむ………秋の空気のせいか、鮮やかだの」

 

「そうだね。でも障害物のないまま、月だけをじっと見てると………とんでもなく遠いせいか、距離感が狂うな。宙に浮いたような感じがする」

 

二人はじっと、寝転び月を見上げながら、会話を続ける。

 

「そういえば、昨日のキリハの事じゃが………木の葉に戻る気はないと?」

 

「あそこはキリハの場所だしね………おかしいかな」

 

あそこは、木の葉隠れを戦う場所として、選んだ者。火影を目指す、英雄の物語を引き継ぐ者が帰る場所だ。

 

「比べて俺は………いわゆる、厄介者だからね。違う場所で生きざるをえなくて、今はこうして違う道を選んでる。だから、時々でいいんだ。ちょっとあった時、少しだけ交差すれば、それでいいと思うんだよ」

 

「………家族なのにか?」

 

「家族だからって、ずっと傍に居るべきだとは思わないな―――家族を知らない俺がそれについて語るのもおかしなことなんだけど」

 

「ふむ………昔のことは関係ないと?」

 

「…ああ、キリハが居たから、俺が襲われたってこと?」

 

―――先代の忘れ形見。片や九尾を宿す、兄。人柱力という呪われた力を持つ、疫病神。名をうずまきナルトと言う。片や九尾を宿さない、妹。才能溢れる、後継者となりうる、英雄の姿形を思い出させてくれる、希望の星。名を波風キリハと言う。

 

大衆は正直だ。常に綺麗な方を選ぶ。そして、片方は無くてもいいと考える。"うずまきナルト"を護衛する者は、確かに存在していた。

 

しかし心底守りたい対象として考えていた訳ではないだろう。だから、異変にも気づかなかった。

 

「あるいは、四代目の忘れ形見が………俺一人だけなら、違う今があったかもしれないなあ。でもそれはもしかしたらの話だね」

 

しかし、現実は違った。そして、反発する勢力があって、都合のいい条件が揃っていた。疲弊していた木の葉隠れの里。

 

―――必然的に、残るのは一人になる。

 

「………しかし、残されたキリハにも色々とあった。どちらが、ということも無い」

 

「うん。だからそれは別に。俺も……根無し草にはなったけどね。こんな自由の身じゃなければ味わえない、楽しいこともあったから」

 

「何より、この道でなければ出会えない人も居たからか?」

 

その言葉に、九那実は寝転んだまま、顔だけをメンマの方へ向ける。

 

「………ん、どうしたのキューちゃん」

 

「いや、どうしたのって、お前………いや、こういう奴か」

 

ため息をつく。そしてそっと、転がっていた手を握る。

 

「ちょっ!?」

 

「うるさい、黙ってじっとしていろ馬鹿」

 

二人は互いの手を握り合ったまま、寝転がり続けた。緊張しているのか、鼓動が高鳴っていく。

 

「………う~ん、命を感じる」

 

「バカ………」

 

静かになる二人。すると、下の方からマダオとクシナの話し声が聞こえてくる。

 

その声を、九那実だけは拾うことができた。

 

 

 

 

「あの二人は?」

 

「上に居るよ………何を話しているのかな」

 

「気になる?」

 

「そりゃあ、ずっと一緒にいたからね。あの子を想う九那実も、本当に辛いところだと思うけど………」

 

「でも、きっと話さないわよ………ねえミナト。本当に、どうにもならないの?」

「方法はあるけど、至難の業でね。人間じゃあ絶対に無理だ。それこそ神でもなければ、どうしようもない」

 

「でも………」

 

「もう遅いよ。"声が聞こえた"あの時から………彼女も自覚しているし、もう覚悟は済ませてる」

 

繋がりがある。そして、妖魔核が存在する以上、結論は一つだった。

 

「運命ってば、残酷なものね………」

 

「『そういうものじゃ』って言われたよ。ずっと依代として生きていた彼女に言われると、説得力も半端じゃないね」

 

「それでも、融け合う事は選ばないのね………女としては、納得できるものだけど」

 

「………本当、一長一短だよ………同じ荷物は背負えた。結果、彼女は感情を知った。だけど………向き合い、ずっと共に過ごしていくことはできない」

 

「貴方も私も、限界だからね。そのことは、あの子は………?」

 

「僕たちのことは、知ってるよ。僕が限界に近いっていうことは、以前から伝えてたし。だけど、キューちゃんの事は知らないだろうね」

 

「黙って行くっていうの?」

 

「それが、彼女の望みだからね」

 

「………間違いなく傷になるわよ?」

 

「女々しいが、それが証になるから、って」

 

「………女、ね」

 

「うん。怖くて、切ないなあ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………気にするなと言っただろうに、バカどもが」

 

「え、あの二人なんか変なことを話してるの?」

 

「ごくごく個人的な話じゃ。家族といえど、話すことはできんだろうよ」

 

「そうなんだ。でも、家族か」

 

ぽつりと呟いた言葉。それに、九那実は反応する。話をごまかすといった意味もあったが、先程から出ていたその言葉に興味をしめしたのだった。

 

「そういえば前々から思っていたのだが、家族とは、いったいどういうものなのじゃ?」

「それは………えっと、俺も前世的な人は孤児だったし、うずまきナルトもこうだからね。体験談もないし。そういえばキューちゃんの方は?」

 

「我ら狐に家族という概念はないな。巣穴で生まれはするが、すぐに巣穴の外へ出るようになる。やがて乳離れを経て、しばらくしてから巣穴を追い出される。あとは独り立ちして、二度と巣穴にはもどらん」

 

「そうなんだ………え、でもキューちゃんって、天狐だよね」

 

「生まれた時から天狐はおらん。素養はあるかもしれんが、生まれる時は皆、普通の狐にすぎん。まあ、狐は他の動物よりも強いチャクラを持って生まれ………稀に、な。極めて強いチャクラを持つ者がおる。普通の狐ならば5年も持たずに死ぬところを、更に生きる狐がおる」

 

「それが………妖狐か。そうして、年を重ねた妖狐が?」

 

「うむ。自然のチャクラを取り入るようになった妖狐は自らの身体を作り替え、いずれ仙狐に成長する。そして最終的には天狐と呼ばれる存在にまで至る」

 

身体を作り替える。その言葉に、メンマは興味をしめした。

 

「それって、生命エネルギーだよね………最後の切り札の一要素。つまりは、陽遁ってやつ?」

 

「うむ。そして陰遁の象徴、精神エネルギーの塊である妖魔核を取り込むことで、更に上位の存在に変質するのじゃろうな」

 

「だからこそ、尾獣。理あっての、あの強さか………確かに、十尾対策に組まれたシステムだけはあるよね。並の忍びじゃ太刀打ちできない、反則級の強さだし」

 

「うむ。お主らで例えるなら………そう、“千住”と“うちは”が合体する形になるな。そういえばお主らうずまき一族も、千住の傍系だと聞いたが?」

 

「むしろ紫苑の方の系統なんじゃないかな。封印系の術が得意らしいし。まあ、実際の所はしらないけど―――ーって、そういえば」

 

系譜のものは皆、赤い髪をしているって言ってたよね。メンマがそう言うと、九那実は頷きを返す。

 

「えっと………そういえばエロ仙人が言ってたけど、あのペイン………長門も、昔は赤い髪をしてたんだよね?」

 

「なにかしらの関係はありそうじゃの………ん? ――――というか、ちょっと、待て。多由也のやつも赤髪じゃが………」

 

「そういえば多由也ってば、封印系の術が得意だし………母さんと同じで土遁系の術も得意だったよね………?」

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

 

「へっくし! っ~やっぱり完治まだか。少しアバラが痛むな………って、サスケ。床に寝っ転がって、どうした?」

 

「………お前がくしゃみと同時に頭突きをかましたんだろうが………背中痛え」

 

「う………わざとじゃないんだぜ?」

 

「……何か、謝罪の言葉とかは?」

 

「えっと………油断をするな?」

 

「違うだろ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は、互いに深呼吸をして気を落ち着かせていた。

 

「ううん、なんともはや。奇縁というものはあるんだなあ、本当に。というかサスケのやつ爆発したらいいのに」

 

「急になんじゃ? というか、縁に関しては今更ではないか。紫苑も、元を辿れば六道の系譜だというしの」

 

「長門もそうかもしれないのか………って、イタチの言葉………実はあの人、知っていたとか言わんよな。そういえば、思い当たるふしが―――あれ借りる時も、“使えるのか”とも、何も言わんかった」

 

「不思議と、あやつなら何を知っていてもおかしくないと思えるな」

 

イタチの底しれなさに恐怖しつつ、二人は話を続ける。

 

「で、盛大に話がずれたが………家族とはなんじゃ? そもそも、他人同士が家族になれるのか?」

 

「うん。前にもいったと思うけど、誓いの言葉で婚姻を結び、姓を同じくして夫婦となり、ひとつ屋根の下に住む。それが、ごく基本的な家族の形だね」

 

「ふむ―――婚姻か」

 

「うん?」

 

 

疑問符を浮かべながら、メンマはあることを思い出していた。

 

 

あの、温泉に行った夜。酔いながら話した、婚姻の言葉について。思い出して―――知らず、口に出していた。

 

「その、健やかなるときも。病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも―――」

 

そこで、考える。

 

「富めるときも、貧しいときも。これを愛し、これを敬い。これを慰め、これを助け―――」

 

いつも、一緒に居た。助けてもらって、昼のように慰めてもらうこともあった。あれ、と思う。ひょっとして、この誓いの祝詞と、同じ事をしていたのではないかと。

 

そう考えた時、メンマの言葉が一瞬だけ止まった。だが、代わりに言葉を紡ぐ者が居た。いつの間にか隣にいる彼の手を離し、立ち上がっていた九那実である。幼いが芯のある、凛とした声が月夜に響く。

 

「―――その命ある限り」

 

月光が彼女を照らしていた。メンマの方からは、表情は見えない。だけどひょっとして泣いているのではないかと―――メンマは、そう思ったのだ。

 

だから立ち上がり、肩を掴み、こちらを向かせた。同時に、結びの言葉が発せられる。

 

「真心を、尽くすことを誓いますか?」

 

九那実は言いながら、どうしたのかと問いかける表情を見せる。そこに、涙は無かった。でも、メンマは何故か―――その顔を直視することができなかった。

 

赤い瞳と蒼い瞳。二つの双眸から発せられる視線が、交差する。やがて、二人の距離は近づいていく。

 

息がかかるほどに近づき、そして―――

 

 

「ダメ、じゃ」

 

 

―――赤い瞳が、逸らされた。

 

「………え?」

 

「ふ、ふふ。前夜の口づけとは、まるでお主のいう所の死亡ふらぐという奴ではないか―――だから、今はダメじゃ」

 

眼を伏せながら、九那実は言う。

 

「でも、えっと、今のは―――流れじゃ、ないから。俺の、正直な気持ちだから」

 

「………ふ」

 

笑い声。しかし、嘲りの色は欠片もなく、その声は痛い程の悲しみに満たされていた。

 

「我ばかりと思っていたが………なるほど、あやつの眼は、確かだったという訳か」

 

ならば―――尚更駄目だと。九那実は胸中でそう呟くと、自ら一歩離れ、距離を取る。

 

「………すべて。明日の戦いが終わってから………また、話そう。ひょっとすれば、良い方法があるかもしれぬ」

 

「え………それは、どういう意味?」

 

「………これ以上は。頼む…………これ以上は、お願いだから………」

 

聞かないでくれ、と。霞みながらも、懇願と分かる九那実の声が、それ以上の追求を拒絶する。

 

「………分かった。絶対に、だよ?」

 

「………ああ」

 

そう言うと、九那実は先に行っててくれとメンマに行った。我はまだ月を見ていたいから、と。メンマはためらいながらもその声の前に了承せざるをえなかった。戸惑ながらも、屋根の端へと歩いて行き―――飛び降りる前に、振り返った。

 

見えた九那実の姿。

 

それが、月と被った。

 

「………ん、どうしたのじゃ?」

 

―――焦がれているのに、果てしなく遠い。

そんな感想がメンマの胸に浮かんでは、消えていった。

 

「いや………おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

そうして、メンマは去った。残された天狐は、一人ただの少女に戻り、眼を伏せる。

 

 

「まいったな………感情というのも、厄介な…………これじゃあ、未練が………」

 

 

言葉は、言葉にならなかった。感情が、理性の言葉を塗りつぶした。

 

 

「死にたくないと、私のままで居たいと醜く泣き叫べば………どうにかなるのかな………」

 

赤い瞳が池となり。綿のような白く柔らかな拳が、胸元で握り締められた。そして水滴が落下し、屋根へと落ちた。

 

 

小雨のように、耐えることなく。

 

 

 

そうして、運命の夜は明け――――宿命の日の太陽が登った。

 

 

 

 

 

 






あとがき

アジサイ(理想郷では灯香)は原作に顔だけ出ています。境遇はオリジナルです。
ぶっちゃけるとペイン六道の二代目畜生道の元になった人。

境遇というか背景は変更しています。平行世界という事でひとつ。

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