小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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21話 : 意志、燦々と

 

 

~ 長門 ~

 

 

「最後の最後に………やってくれた」

 

俺は自らの肩と足に突き刺さった、触手。細く固く尖らされた足のようなものを引き抜きながら、舌打ちをする。それは神羅天征を受ける寸前にキラービーが放った最後の悪あがき。術の寸前に放たれたせいで、まともに喰らってしまった攻撃。

 

(………イタチの、いや八尾の最後っ屁というやつか)

 

と、そこで俺は自重した。何故か関係各所から、ものすごい勢いで苦情が来そうだったからだ。

 

(しかし、数分もすれば元に戻る程度の傷―――いや、戻ってしまう程度の傷か)

 

ならばキラービーの状態を確認することを優先しようと、俺はクレーターに向けて歩き出す。目の前に映る、いつもの通りの大陥没。図体がでかい尾獣に対する切り札ともなる一撃、神羅天征による範囲衝撃波が直撃した痕跡が、いつものように広がっている。いつもよりは威力を高めにしたせいか、クレーターの大きさは以前よりも大きいが。

 

それでもこの光景を見るのは、何度目だろうか。

 

(そして………同じか)

 

俺はクレーターの中心で横たわっているキラービーの姿を確認した。八尾の尾獣化は気絶すると同時に解けたようだ。

 

「死んではいないようだが………ッ!」

 

ふと聞こえてきた声。

 

『喰らえ』という声に、俺はいつもの通り――――否。

 

いつもとは違い、首を横に振る。八尾を飲み込むのは、約束に反することだ。今は、喰らえない。俺は深呼吸をしながら、暴れようとする十尾を何とか抑えつけた。

 

そして、誰か残っていないか、誰かが駆けつけてこないかを探ることにした。すると、巨大なクレーターから少し離れた所で、誰かが倒れているのが見えた。チャクラパターンから誰かを判断する。それは先ほど対峙した霧隠れの白であった。

 

衝撃波の余波に巻き込まれたのか、うつ伏せになって倒れている。すわ死んだのかとも思ったが、チャクラが消えていないのでまだ生きているだろう。まだ動けるようで、彼女は苦悶の声を上げながらも立ち上がろうとしていた。

 

顔を上げたその少女は。否、少女から女性に成ろうとしている者の顔は、少し小南に似ているように思えた。

 

(いや………どうだったかな)

 

もしかしたら、黒い髪に白い肌、という点でしか似ていないのかもしれない、と。そこで俺は小南の顔をはっきりとは思い出せないことに気がついた。胸の軋みが強くなる。十年は一昔だというが、それでも親友の顔と声を、はっきりと思い出せなくなるのは辛いことだ。

 

あるいは、オレが俺へと変質したせいなのか。それでも、忘れないことがあった。ぐちゃぐちゃになった記憶の片隅にあり、それでいてもっとも輝いている大切な大切な記憶。

十代で死んだ、親友の最後の言葉を思い出す。

 

それは雨隠れの半蔵を倒し――――でも完膚なきまでに敗北して。よりにもよって自分に負けて、そして逃げ帰ったあのアジトで聞いた言葉。

 

正気を取り戻し、十尾による封印状態から、瀕死だった二人を解放した後に、遺言として伝えられた言葉。

 

(………ここは、私たちが出会った世界だから、か)

 

俺は思い出し、弥彦と小南と交わした約束を再び胸に刻むが、重苦しい十尾の気配がそれを邪魔する。たまらず、空を見上げた。しかし空は晴れなく、黒い色が見えるだけ。爽快な青は覆い隠されているだけだ。今の俺にはお似合いかもしれないが。

 

黒い空。隠された青を想い、俺はふと考えた。

―――全てが終わった時。あの二人は、笑っていてくれるだろうかと。

 

俺の中にある憎しみの塊は未だ収まらず、恐らくこれから先も消えることはないだろう。六道仙人の言うとおり、楔として打ち込まれた根は絶やすことが出来ないのだ。影を前にしてそれがはっきりと分かった。怨敵を前に、俺は俺を保てない。

 

………俺自身が抑えたくないというのもあるが。忌むべき相手を思い出す。歌にできるほどに禍根が存在する、怨敵のことを。理屈の上でも、理屈ではない感情の部分でも、はっきりとした言葉が浮かぶ。

 

大嫌いだ、と。

 

子供じみた癇癪と言われようが構わない、あのような場を生み出した原因に対して、"素直"に対応できる方が異常だ。綺麗事を並べて和解するぐらいなら、俺は喜んで自殺する方を選ぶだろう。

 

『………理解はできるが、難儀も極まる。時間も、もう無いぞ』

 

(それは分かっている)

 

『迷っているのか?』

 

(貴方と同じぐらいには)

 

六道の人格との、埒も開かない問いかけ。意味がないと俺は首を振って、頭を正常な状態に戻す。今何よりも考えるべきことは、十尾の侵食の、その度合いについてだ。

 

五影との対峙、キラービーとの一戦で理解した。もう自分は――――雷影と力比べをして、圧倒"できてしまう"程に侵食が進んでいる。有利な状況ではあれど、手練の忍び十六人を相手にして勝てるほどの。

 

『地爆天星はもう使えんぞ』

 

(言われずとも理解している)

 

周囲の岩を引き寄せ、その外殻の中にあらゆるものを封印する術。忍術その他もろもろ例外なく封印する切り札中の切り札とも言える術だったが、一日一回という制限があるせいでもう使えまい。

 

無理をすれば身体は更に侵食され、その形を異形のものに変えられるだろう。尾獣のチャクラをコントロールできず、その霊格の差から身体全てを侵食されてしまった、人柱力のように。

 

見れば、今でもその片鱗が見え隠れしている。身体にのこっている違和感がその証拠だった。肉体の形、たとえば爪などの末端部分はまだ人間の形を残しているようだが、それも時間の問題かもしれない。

 

(ん………完了したか)

 

そんなことを考えていると、離れた場所に居る十尾から情報が入った。どうやら五影とその護衛達は………火影と護衛のくノ一。そしてあの二人を除いた全員を捕えることができたようだ。

 

一人は、はたけカカシ――――流石に戦争、忍界大戦をを経験しているだけはある。実戦経験も他の護衛の忍びより頭三つ分くらい抜けているだろうが、それでも先の一撃に対する咄嗟の防御行動は見事のひとことに尽きる。地爆天星で引き寄せられる寸前、鎖分銅を壊れていた岩人形に巻きつけ、その距離を稼ぐとは。今こうして、火影を守りきれるだけ動けているの余力を残しているのは、感服に値する。

 

もう一人は、桃地再不斬。先に受けた拳でアバラに骨が入っているのは確認している。しかしあの瞬間、奴は愛刀を盾にして、同時に身体を後方へ流した。衝撃波の威力の半分は受け流されただろう。だがそれでも、あちこちダメージを受けているはず。なのに、捕らえに放った十尾の欠片を返り討ちに出来るほどの力を残しているとは。水影暗殺に踏み切ったというその決断力と胆力、タフさ加減は流石といった所。

 

そして、二人とも同じに。まだ諦めていないのが、分かった。

 

(ならば答えよう。何より俺は、見極めなければならないのだから)

 

『苦労を、かけるな』

 

(………勘違いするな。"俺が"選んだ方法だ。重し苦しも、誰にも背負わせる気はない)

俺は捕らえた者達をそのまま十尾で覆い、チャクラも練られない状態で拘束。そしてゆっくりと、目的の場所へと運んでいくように指示する。その時、ゼツから連絡が入った。

 

(コッチモ、モンダイナシ。ケイセイハキマッタ、モウジカンノモンダイダヨ)

 

(そうか………分かった、ありがとう。後は頼んだぞ)

 

礼を言いながら、罠の中に居る護衛部隊のことを頼む。動ける忍者はもう少ない。白、そしてまだ捕らえきれていない二人が最後。そして俺は火影の元に影分身を送った。"何にも変えられない人質"が居るので、抵抗はすまい。

 

そして、この3人を沈黙させることが出来れば―――――最後の、仕上げだ。

 

待ってくれ、と俺は言った。

 

待っている、とうずまきナルトは、小池メンマが答えた。

 

勝手な約束だったが、あいつはそれを守っているようだ。監視しているうちは兄弟が動かないことから、それが分かる。

 

(一応………こちらから影分身を送っておくか)

 

手は出さないだろうが、万が一ということもある。今ここで姿を見られるのは不味いということ、彼等も承知しているだろうから、その心配はないだろうが。それに、何事か言い含められているのは確かだ。きっちりと約束を守っている事が分かった。

 

あるいはメンマ―――彼は、俺の行動から何かを察したか。

 

もしくは符号に気づいたのか。いや、それは対峙すれば分かるだろう。告げた言葉の中に含まれている嘘、それに気づいてはいても、彼は来ざるを得ない。生きていく中で触れ合った人々と、それだけの関わりは出来ていて。それらを無視できる程に薄情じゃないことは、今までの行動理念からも分かる。

 

ふと、鬼の国の夜のことを、彼が木の葉の暗部と対峙した時の事を思い出していた。客観的に見て、勝率は五割も無かった。いや、もっと悪かっただろう。つまりは生きるか死ぬかの勝負、本当の意味での殺し合い。それを決心した理由は先代のザンゲツや女将にそれとなく聞いた。

 

それは酷く真っ当で―――しかし誰もが自分の命惜しさに捨てるか見なかったことにする理由。

 

それでも許せないと言って、命を賭けたあの瞬間に始まったのだ。彼の望むであろう物語。紫苑に話した自分の夢、"小池メンマのラーメン日誌"という荒唐無稽かつ壮大、ちょっと間抜けな夢。それと平行して俺が描いた、それとなく指し示した、物語が。それもようやく、終幕に入っている。

 

「………ともすれば、茶番となるが」

 

最後の演目。彼が演じきれなければ、未曾有の大惨事、これ以上ない悲劇となるだろう。忍者は否定され、世は再び荒れることになる。

 

それらが決まる、最後の、一幕――――その開幕の時間は、刻一刻と迫っている。

 

 

(願わくば、俺は俺のままで、最後まで)

 

 

二度と自分を放り出さず。

 

世界に、憎しみに、心が押しつぶされるその前に、最後を迎えたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神羅天征の余波に巻き込まれ、倒れていた白。意識を取り戻すと痛む身体を抑えながらも何とか立ち上がり、周囲を見回した。

 

「これは………」

 

えぐれた地面。なぎ倒された木々。チャクラ砲弾が爆発したせいか、降り積もっていた雪も見事に吹き飛んでいた。その惨状に驚いた後、戦っていた人が消えいているのに気づいた白は、クレーターの中を覗き込んだ。八尾の巨体の2倍はあろうかという、巨大クレーターの中心。白はその中心で、人間の姿に戻り横向きに寝転がっているキラービーの姿を見つけた。死んでいるのかと思い、すぐさまキラービーの元へと駆け寄った。

 

(―――弱けど、脈はある)

 

白はキラービーがまだ生きていることが分かり、ひとまず安心と、小さく息をついた。しかし怪我は酷く、すぐさま動けるような状態ではないと分かった白は、自分がどうするべきなのか、また怪我がどの程度なのか、キラービーの身体を触診する。

 

(酷い怪我だ、全身の骨が………いや、無理もないか、この惨状じゃあ………)

 

白は周囲を見回し、その惨状を見ながら冷や汗を流す。これだけの威力だ、常人ならば轢死体となって転がっているだろう。

 

この惨事を引き起こした人物はすぐ近くに居るのだ。白はどうしようかと、対策を考え始めたが――――そこに、声がかけられる。

 

「……生きているか」

 

「ええ、生憎と」

 

聞いた声、先にも感じた威圧感。白はそれらに圧され、そこから逃げ出したい衝動に駆られたが、意地と気力で踏みとどまった。声が震えてしまったが、何とか皮肉で返しながらここからどうするべきか、思考を加速させた。

 

(取り敢えず、考える時間と………身体が回復する時間を稼ぐ)

 

今飛びかかられてはたまらないと、白は愛用の千本を取り出し腰を落として戦闘の構えと取った。キラービーを背後に守りつつ、臨戦態勢に入ったのだ。これはまだ自分に余力があるとペインに思わせるための苦肉の索。動揺を隠し、毅然と立ち向かうことで、こちらに何か手があると思わせて、その上で時間を稼ぐ方策だ。

 

(少なくとも………三半規管の動揺が収まるまでは、この状態を保ちたいですね)

 

出来ることならば逃げながら、あるいは距離を取って時間を稼ぎたかったが、白にはそれができなかった。背後で気絶している彼、キラービーを奪われるのは何よりも避けなければいけないことと判断していたからだ。

 

(援軍は………期待できないようですね、残念ながら)

 

背後の、罠がかけられていた森の方を横目で見ながら、白は舌打ちをする。特殊な口寄せの獣と、幻術がそこかしこに仕掛けられていた森。ここからそう距離は離れていないはずだが、それでも抜け出てきた者はいないこと、その理由を考える。

 

(罠の突破に、あの獣達を倒すのに時間がかかっているだけ………いや、期待しすぎるのも危険ですか)

 

白はここにくる途中で、呼び出された口寄せの獣達を見ていた。見たことのない外見をしていた口寄せ獣達は異様な外見をしており、また相当の力を保持している。手練の忍びといえどあの獣達に群れで襲われれば、苦戦するだろうと白は判断していた。

 

それは残った者たちも同じだろう。取った方策が違うだけ。白は再不斬その他、五影の様子を確認することを優先し。白以外の忍び達は、自らの影達の退避ルートを確保することを優先したのだ。残った者たちは、自らの里の頂点がそう簡単にやられる訳はないと思っていたのだろう。

 

恐怖を感じている忍者も居た。見たことのない化物、十尾へと近づくのを恐れていた者も、確かに存在していて、それが彼等の足を止めたのであった。

 

(時間がかかっているのか――――ーそれとも、負けたのか)

 

護衛部隊の面子を思い出す。護衛の部隊、それなりの面子はいたが、自来也のような図抜けた"格"を持つ忍びがいないことが、白には分かっていた。木の葉の主力であろう、波風キリハと奈良シカマルは怪我が完治していないし、砂隠れの主力と思われるテマリもまた同じ。

 

(霧と同じで………里の防備に力を集中させましたか)

 

失策でしたか、と白はため息をついた。そしてとりうる方策のほとんどが潰されていることを理解した。

 

(八尾がやられたのはあの位置からも見えるだろうから、士気が低下しているのは確か………他に罠がないとも限らない。そうなれば全滅は必至)

 

白は最悪の事態を想定し――――そして、それを打破する方法を考えた。それは逃亡生活の中でついた癖である。今、自分が最悪の状況に陥っているとして、その上で何を優先すべきか、そして自分に何が出来るかを考えるのだ。

 

まず、勝てるかどうかということだが、それは否であると白は結論づけた。彼我の実力差は絶望的で、そんな夢物語を見ていては足元を掬われるだけだと。ペインの移動速度と自分の移動速度を比較から、逃げることも不可能。

 

ならば、降参することを除いて、答えは一つしかなかった。

白は千本を握る手にぎゅっと力を込めた。

 

(勝てない、逃げることも駄目………降参は論外。ならば――――勝てる相手がここに来るまでの、時間稼ぎ)

 

それは、信頼の証。

 

(再不斬さんは死んでいない。メンマさんは来ていない。あの二人ならば、僕よりも可能性がある)

 

自分が勝てなくとも、勝てるかもしれない相手を知っている。

 

(他の影達も、生きているかもしれない。ならば、ここに来る筈………!)

 

対峙することで敵に隙をつくことが出来る。その隙を作れるのならば本望だ。あるいは体力か気力か、何かを、消耗させることは出来る。感じられる力は圧倒的で、破壊後に漂う敵の強さは凄まじい。

 

(勝てる見込みは無いけど――――だからどうした)

 

立っている。戦える。出来ることがある。忌み嫌われた力であろうとも。それでも里の、あの人の力になることができると。白は教わった言葉、勇気が出てくる魔法の言葉を心の中で繰り返し、自分の感情を奮い立たす

 

自分を強くした言葉を繰り返し、ゆっくりと、無駄なく、チャクラを練る。ペインの背後、地面に広がっている水が、大気中の雪と結合され、かつてない速度で氷の鏡が構成されていく。

 

気づかれているのか。気づかれていないのか。どちらか分からないが、それでもやるしかないことを、白は理解していた。

 

(敵はあまりに強大。状況は過ぎる程に絶望的。チャクラ残存も、心もとない)

 

羅列する。認める。その上で、否定する。

 

 

「――――だからどうした!」

 

 

その叫びと共に、白は飛んだ。それは忍界でも最高峰の速度を誇る、秘術・魔鏡氷晶の一撃。前進する意志と共に繰り出された千本の一閃は、驚愕の顔に染まるペインの、その頬を掠めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なっ………!?)

 

躱しきれなかったペインの顔が、驚愕に染まる。輪廻眼による洞察眼、雷光の反射速度を駆使したはずだった。そして狙われた場所、喉への直撃はさけられたが、ともすれば雷影よりも速いその一撃に長門は傷をつけられていた。

 

(先ほど見た時よりも速い……!)

 

割って入った時とは格段に違うと、更なる驚きを見せる長門。そこに、白の追撃が重ねられる。長門は高速で迫り来る白を、神羅天征で吹き飛ばそうと手を上げたが―――。

 

「ちいッ!」

 

発動しない術に、長門が舌打ちを鳴らした。白は構わずそこに一閃、長門の腕をわずかに裂くことに成功する。

 

(もっと間隔を空けねばならんか!)

 

先の一撃が大きすぎたか、と長門は再度舌打ちをして時間を稼ぐべくその場から走りだした。

 

「術は使わないのですか!」

 

「それをお前は待っているだろう!」

 

長門は挑発に乗らず、神羅天征が再び使えるようになるまで時間を稼ぐべく、白との距離を開けようとする。その進行方向に突如、氷の鏡が現れた。

 

「近距離ならば!」

 

遠くにある鏡を砕くには術が必要で、そのためには印が必要で、しかし隙が出来る。

だが近くにあれば殴ればいいだけだと、長門はその鏡を自らの怪力で殴りつけた。

 

そして、あまりにも呆気無く鏡は砕け。手応えの無さに長門が眉を潜めた瞬間だった。

 

「かかりましたね!」

 

白の氷遁術が発動する。砕かれた氷は魔鏡氷晶のように硬い氷ではなく、偽物の鏡。いとも容易く砕けた鏡は拳に砕かれ、宙にばらまかれるとそこで静止し、直後に標的へ一斉に襲いかかった。

 

「秘術・千殺水晶」

 

複雑に尖った氷の矢が、長門の元に殺到する。だが魔鏡氷晶ならばともかく、今更そんな一撃に当たる長門ではない。

 

(餓鬼道も使えんが――――)

 

避けるだけならば訳はないと、長門は氷の刃群の軌跡を輪廻眼で容易く見切り、当たらない場所へ跳躍した。

 

―――しかし。

 

「なるほど………誘いか」

 

着地して見えた光景―――数間離れた場所に並ぶ、自分を取り囲むようにして配置された氷の鏡を見た長門は、今までの一連の動作が全て罠であったことを悟る。

 

「見事」

 

「――――賭けの部分も大きかったですけど。でも、囚えましたよ」

 

「ああ、囚えられたようだな。力任せではい、大した戦術だ」

 

秘術・魔鏡氷晶による囲いの中で、長門が感心したように頷いた。

 

(速度に優れたで攻撃を仕掛け、起点を設置。その軌跡と鏡の配置から退避ルートを限定して………)

 

そしてその先で氷の鏡を配置、それを打ち砕くように仕向け、仕上げに"避けやすいように"千殺水晶で攻撃を加えたのだ。全ては、攻撃しながら仕組んでいた、この包囲網に飛び込ませるための布石。

 

「先ほどの術、今は使えないようですね。いえ………そうとも限りませんが、それでも構いません」

 

有利な状況で時間を稼がせてもらいます、と白は宣言する。

 

「頭も切れるか。この短時間で、大したものだが――――」

 

こちらならば使える、と。長門は掌をかかげ、万象天引を使い、白を引き寄せるべく引力を発動した。

 

「くっ!?」

 

白は鏡の中から引き摺り出され、一瞬だけ焦った。しかし直後に気を取り直し、すぐさま対処のする。しかし、白は思考を止めなかった。

 

「その程度で動じますかッ!」

 

引き寄せられながら捕まえられるまでの間。白は空中で魔鏡氷晶の術を使い、後ろの鏡へ戻ろうとした。カカシが鎖分銅による踏ん張りと同じ、白は後方へ移動する推力で、引き寄せられるのを防いだのだ。

 

長門の引力も強く、白はそのまま空中で静止した。移動しようとする方向と、吸い寄せられる方向、両方のベクトルに働く力に身体を絞めつけられ、苦悶の表情を見せる。

 

「ぐっ………ならばッ!」

 

白は逃げるのは不可能だと判断し、後方への退避を断念。

 

全力で――――"前方へ"に退避する。

 

そこからは一瞬だった。引力と魔鏡氷晶のベクトルが重なり、白が尋常でない速度で加速。同時に上下左右に展開している魔鏡氷晶への移動推力を制限し、引き寄せられる軌道を修正。白はそのまま長門の脇を通り過ぎつつ、千本で再度腕を切り裂き、長門の背後にあった鏡へ退避することに成功した。

 

「く、似たような真似を―――」

 

「させませんよッ!」

 

長門が再び万象天引を使おうとした瞬間、白はさせまいと一気に攻勢に出た。チャクラを練り、移動速度を極限まで高めての一斉攻撃。長門は雷を纏い、輪廻眼で見切り、その攻撃を捌いていくが、完全には避けきれない。掠り傷程度しかなかったが、徐々にその身体に、微々たるものだが痛手を与えていく。

 

「これは避けきれんか………ならば」

 

呟いた瞬間。長門の表皮が、千本による攻撃を弾いた。白は手応えが無くなったこと、折れて曲がった千本を見ながら、長門を観察する。

 

「皮膚が、固く………その術は、角都という人の?」

 

「土遁・土矛という」

 

長門は硬化した肌を見せながら、もう通じないと宣言した。

 

「この術………成程、速度は忍界でもトップクラスだろう。大したものだ。しかし、俺を倒すには足らんな」

 

千本による攻撃程度ならば、この硬化した身体ならば貫けまい。そう言うと、長門は鏡に居る白の方を見た。白はその視線を微妙にずらし、幻術を受けないように注意しながら、答えた。

 

「引っかかりませんよ。重量のある武器は使いません。肝心の移動速度が落ちるので」

 

「一か八かで、通じるかもしれないが?」

 

「やめておきますよ。貴方相手だと、最速で挑まなければ………簡単に捕まえられそうですからね。そんなリスクを犯す必要はない」

 

「生死を分ける勝負だ。賭けなければ勝てんぞ」

 

「ボクは貴方を倒せない。それは分かっています。キラービーさんとは違う。貴方を倒すだけの術を、ボクは持っていない。だが、勝てなくても負けないことはできる」

 

「………それは?」

 

「時間稼ぎですよ。この状況はボクにとっては上等。この囲いを破るには、貴方をもってしてもある程度の賭けが必要となる」

 

「かも、しれんな」

 

そのまま、二人は黙りこむ。白は自らのチャクラの残量が徐々に減っていくのを感じつつ、それでも足止めすることを選んだ。じっと長門を観察しながら、いつでも飛び出せるよう鏡の中に待機していた。先ほどに見た風遁、あれを完全な形で放たれれば、一溜まりもないと考えたからだ。印が完成するまでに牽制し、出来うる限り時間を稼ごうとしていた。

 

一方、長門の方も迂闊に動かないでいた。忍術を使えば氷は砕けるだろうか、この敵がそう易々とそれを許してくれるとは思っていなかった。修羅道による爆撃も、途中で撃ち落される可能性がある。手加減の効かない火力は手当たりしだいにものを傷つけるだろう。そうなれば自分もダメージを受ける。

 

ならば、と長門は待つことにした。神羅天征が使えるようになる数分後。万全の体勢を持って、この囲いを打破しようと。

 

(これは我慢比べ………)

 

(迂闊に動いた方が負ける、か。成程)

 

長門はひとりごちる。確かに、この敵には火力がない。キラービーのような、ともすれ自分に致命傷を与えることも可能な、規格外の術は持っていない。

しかし、別の意味で驚異的なものがある。

 

(戦術………大雑把な体術や忍術しか使えない人柱力ならば、出来ない芸当だな)

 

迂闊に手を出せば、不覚を取るかもしれない。そう結論づけた長門は、やはり待つことにした。

 

誰かを待つ白と回復を待つ長門、二人は互いに待ちに入り、硬直状態に入った。

 

しかし―――その、数分の後。長門は、ふと顔を上げると、口の端をわずかに上げてみせた。

 

「……どうしたんです?」

 

白は誘いかもしれないと思いながらも、尋ねることにした。今の動作が、演技には見えなかったからだ。でもこちらの質問などには答えてくれないだろうな、と白は思っていたが――――その考えとは裏腹に。

 

長門はあっさりと何があったのか、どういう報告があったのかを話した。

 

 

「護衛部隊の全滅を確認―――援護は期待できない、ということだな」

 

 

「――――っ、そうですか」

 

 

これで、自分が最後。白はそんな状況に陥ってしまったことに動揺したが、すぐさまその心の揺らぎを押し殺した。そのまま、膠着状態を保とうとする。もとより、過度な期待はしていなかった白は、そのままじっと観察を続ける。

 

「今の言葉、嘘だとは思わないのか?」

 

「どちらでも変わりませんよ。ボクはここで、貴方を止める」

 

「一人だと言うのにか? ―――立派な覚悟だな。霧の忍び、血継限界を持つお前が………それは里のためか?」

 

「そうです」

 

自信をもって、白は答える。

 

「自身を虐げた里に、か? 霧隠れの体制が変わったとはいえど、禍根は一朝一夕では埋まらないだろうに。お前は、自分を虐げた者が憎いのではないのか?」

 

問いかけるように、確かめるように。長門は、白に疑問の言葉を投げかけた。その姿は隙だらけで、攻撃すれば急所を貫けそうだった。しかし白は罠だと考え、留まる事を選択した。

 

何より、相手の口調が気になっていた。侮蔑もせず、純粋に分からないといった風な感じだったからだ。だから白は、その問いに答えることにした。

 

「そうですね…………憎くないといえば嘘になります。でも、ボクはもう誰かを傷つけたくありません」

 

白は波の国での事を思い出しながら、搾り出すようい言葉を紡いでいく。

 

「怖がる理由も分かりますよ。血継限界は恐ろしい。術者の意志一つで、人の命を容易く奪えてしまう。人は、本当に簡単に………死にます。力の無い人が恐れるのは当たり前のことでしょう。報復もしません。それこそが"忌むべき存在"の証明となってしまいます」

「いっそ忍術など無かった方が、関わらない方が良かったと思うことはあったか」

 

「何度も、ね。でも、それはできませんよ。何より………」

 

白は笑い、言う。その笑みに今までの思い出、辛かった過去を思い出しながら、それでも言った。

 

「あるものを、無かった事にはできませんから。既に起きた事は誰にも否定できない。例え神様が居るとして、あるものを無かったことにするなどできるハズがありません」

 

信じてはいませんが、と白は言う。

 

「父が母の力を忌み嫌い、そして母が殺され。そしてボクが、父を殺めたことは………無かったことは出来ません。父を殺したのは確かにボクです。でも、あの過去があって今があるんです。遠くセピア色になった風景は物哀しくて。でもあの隠れ家で、極彩色に彩られた生活は胸に刻まれています」

 

まだ幸せだった頃の食卓は、思い出す度に泣きそうになり。それでも隠れ家での生活は、思い出すだけで笑えるように楽しく。

 

「あの時から今に繋がる道の途中で………ボクにも、友達ができました。一緒に笑いあえる、心の許せる人が」

 

多由也を思い出し、白は言う。立派な夢を胸に、走り続ける友人を。初めてできた、同姓の友人を。ご飯の前、皆に出す料理をつくりながら、どうしたらいいかなと相談して。昼、修行の後。用意されたボクの好物を、照れくさそうに出してくれて。夜、虫の音が響く中、それらを巻き込みながらも、より一層美しく―――心癒される音を聞きながら。

 

そんな、笑いあえる友達もできた。

 

「それに、あの人と………再不斬さんと出会えました。里を変えようというあの人の意志も知っています。求めるその先を――――夢を、知っています」

 

白は、知っていた。再不斬が、どういった意志をもって、進んできたのかを。世界中の誰よりも、神様よりも知っていた。

 

「だから、ボクは過去が辛くても………否定はしない。もしかしたらも、言いません。禍福は糾える縄の如し。しかし全ては道の中にあります」

 

「それでは、過去の想いはどうなる?」

 

「死んだ人と、過ぎ去った事だけは変えられない。だからボクはあの人と同じ、彼女と同じで――――過去を嘆くよりは、今から続く未来を変えることを選びます。死んで償えるものなど、何処にもないですから」

 

「………ならば、死んだ人の想いはどこにいく」

 

長門は白の言葉を聞いて、誰かを思い出していた。変えられる明日に。希望を胸に戦っていた親友、弥彦のことを思い出していた。

 

ドクン、と鼓動が高鳴る。

 

胸の中で、何かが蠢いている。

 

長門の中に存在する誰かが、止まれと叫んだ。

 

しかし、十尾もまた叫んだ。本能のままに動けと。

 

数秒の沈黙の後。長門は白の方を見ると、最後の問いかけをした。

 

「………進むという。変えるという。それは、何のために?」

 

「同胞と、笑い合うために。昔の出来事も、笑い話にできるような、そんな場所を作りたい」

 

その答えを聞いた長門は、眼を伏せた。地面を見つめながら、忘れていた言葉。そして過去に、親友二人と交わした約束。それを思い出した長門は、自らの身体をみおろしながら、ぶつぶつと意味の分からない言葉を呟きはじめる。そして身体の中で何かが跳ねたように、身体を震わせる。

 

「ぐ………っ」

 

苦悶の声。長門は胸をかきむしるように握りしめた。

 

――――ドクンと。対峙する白の元まで届くような、鼓動の音が大きく鳴り響く。

 

「ぐ………ああっつ!?」

 

「なっ………身体が!?」

 

あまりにも異様な叫び声、それに呼応するように、長門の身体が突如変質していく。爪は鉄が歪められるかのような音を発し、その形状を獣のような者に変えられていく。右目に宿る輪廻眼の、黒と白の色合いが逆転し、片目からは地の底のような禍々しさが吹き出ている。

 

(獣………いや、もっと異様なッ!?)

 

直後、荒れ狂うチャクラの奔流。それは余波で、何がしかの術が使われたわけでもない。だがそれは、魔鏡氷晶の鏡に罅を入れた。

 

「そんな………っ、吹き出すチャクラだけで!?」

 

敵から発せられるチャクラ、その余波によって罅を入れられた氷の鏡を見ながら、白は悲鳴じみた声を上げる。その声も、続いて起こった強風によってかき消された。

 

殺気が、その質を変える。

 

意志に満ち溢れたものではなく――――何の感情も無い、殺意そのものに変わる。

 

そうして、かつて雨隠れを蹂躙した忍者が現出した。十尾の意志と同調し、その責務を果たすことしか考えないようになった怪物が、現出する。人間の姿をしていて、それでいてこれ以上ないというように、“人間でない”ような。

 

異質を具現した正真正銘の“人でなし”が現れる。

 

「かァ………変えて、いく。その志は立派。それでも、忍者には罪があっテ、許されん事がある!」

 

叫びと同時、長門のチャクラが膨れ上がった。

 

「くっ!」

 

しかし隙ができた。白はそこを付き、最後の力を振り絞って自分の最大の切り札を切った。上下左右に展開されていた鏡が割れ――――六つ。長門を囲うように、配置された瞬間、全部の鏡が光を放った。

 

「六華散魂―――」

 

正しく神速、神の如き速度で、白は疾駆を開始する。その言語と共に。

 

「無法針ッ!」

 

それはいつかの雪の国で見せた秘術。隠れ家での修行で編みだした、対象の急所、その六ヶ所全てをほぼ同時に貫くという、白の切り札である。

 

意志の力も籠められた全力の六撃は、正しく忍界最高峰。

 

常人ならば見えもしない速度で白は攻撃を繰り出して、

 

「えっ?」

 

届かず。その千本を握りしめた手は、長門の眼前ぎりぎりで止められた。

 

 

「来る場所が――――」

 

 

長門はそのまま掴んだ手を上へ振り上げた。ごきり、と。白の肩の関節が外れる音がする。そのまま地面に叩きつけ、更に横に回転して振り回し、

 

「分かってるなら、止められン筈が――――」

 

氷の鏡へとぶん投げた。

 

「ぎ――――グッ!?」

 

氷の鏡へ叩きつけられた白は苦悶の声を上げたまま、前へと跳ね返され―――――

 

「無いだろうがッ!」

 

繰り出された長門の拳が、白の腹部に直撃した。白はその一撃を咄嗟に腕でガードする。しかし長門の一撃はそれがどうしたと言わんばかりに、盛大に白の身体を吹き飛ばした。

白はそのまま吹き飛ばされ、勢い良く地面にたたきつけられる。

 

「あぐっ!?」

 

白は朦朧とする意識の中、自分の中の何かがぼきりと折れる音が聞こえたが、痛みにあえぐ暇もなく。受身も取れず、身体に力も入らず、勢いに引きずられ、無様に転り続けることしかできない。

 

一回転、二回転、三回転――――

 

白の身体が地面に叩きつけられる度、わずかに残る雪片が舞い、地面が削られ砂煙となった。そして、十回転。白の身体は、地をこする音と共にようやく止まった。煙が、晴れる。そこにはボロ雑巾のようになった白の姿があった。

 

「…………う…………ぁ………」

 

全身雪まみれの、土まみれ。そして身体を襲う痛みに、白は途絶え途絶えに苦悶の声を出す。腕には、吹き飛ばされた時に突き刺さった氷の破片があり、そこから流れ出る血が地面を赤く染めていく。

 

長門は苦しそうにその場にうずくまっていた。自らの頭を抱え、何かに耐えるようにうめき声を上げる。

 

―――しかし。不穏のチャクラは消えることがなく。長門はやがて立ち上がり。

 

標的を見つけようと顔を上げた時、それを見た。膝立ちになってなお立ち上がり戦おうとしているくノ一を。

 

白はその腕を赤く染め、唇の端から血を流しながら。それでも、立ちあがろうとする。

地面にある僅かな雪、降り舞い散る雪を赤く染めながら。それでもここで終わることなどできないというように。

 

「…………そうか」

 

白はただ立つ事に集中している。膝を小鹿のように揺らしながら、それでも立ち上がろうとして、膝を。しかし、そのまま倒れはしなかった。

 

もう一度、と―――足に力を入れる。

 

そして、立った。長門はそれを、喜悦の笑みを持って、迎え入れた。

 

「しかし、立ち向かうというのなら」

 

長門は表情を消し、素早く印を組んだ。

 

「この我、容赦はせん。先の千本の礼だ、受け取れ――――」

 

(それ、は…………!)

 

白は歪む視界の中、朦朧とする意識の中で見えた長門の印。それを見ながら、思う。

 

(どこかで…………ああ、そうか)

 

その後聞こえてきた音。鳥が鳴くような音で、白はその術が何だったのかを思い出した

 

(――――千鳥、ですか)

 

普通の状態であれば対処できるだろう、見慣れた忍術。だが白は、その術が自分を殺す術だということを理解した。動かない身体。迫り来る敵のスピード。チャクラの残量も少なく、避ける手段も見つからず。どうしようもないことを悟る。数秒の後、貫かれ絶命するであろう数秒後の未来の自分の姿を白は想像した。

 

だけど、倒れようとは思わなかった。倒れそうになる身体を自らの足で支え、しっかりと立っていようと思ったのだ。最後まで思考を止めず、最後まで冷静さを失わず、自分の役割を果たすと決めた。

 

(全力は、尽くせましたか。ボクの出来る範囲ですが………時間稼ぎも出来た)

 

背後、クレーターに居"た"キラービーの事を思い出す。魔鏡氷晶に隠れて運んだ、奪われてはならない人物の事を思い出す。

 

(会話の最中、ドサクサに紛れて水分身……成功はしましたが、途中までしか運べませんでしたか)

 

この距離では、すぐに見つかってしまうだろう。でもやれることは全部やったと、白は笑う。自分の思いつく限り、そして自らの意志の通りに。自分の能力を駆使し、無駄なく全力で戦えたと思っていた。運命は呪わないと。これもまた道の途中の出来事なのだと、泣き言は零さずに。

 

(ここが終点………と思うと、少し寂しいですね。でも千鳥のチャクラ消費量は多い)

 

最後に一仕事できた、と。白はあと数歩の所まで迫った敵を前にして、覚悟を決めた。

 

今までにあった事が、脳裏に駆け巡る。それは、死の間際に見る走馬灯。消える生を悼む自らの、命の軌跡を見つめ返す瞬間。白の頭の中で、今までたどってきた道、その時々の光景が駆け巡る。

 

その中で白は、あることを思い出していた。雪の国の帰りに泊まった、温泉宿での夜。メンマや、マダオに、誓いの言葉と一緒に聞いた話を。

 

遠い地にあるという、花嫁が着る服。白く輝く綺麗な着物で、女の子が一番着たいという服のこと。隠れ家の近くにある村で行われた結婚の儀式、多由也と一緒に見ながらああでもない、こうでもないと言いながら想像していた衣装。

 

それを着ながら、再不斬の隣に立つ自分の姿を想像してみて。

 

(ふふ、ボクには似合いませんか)

 

父を殺したボクには、その白は綺麗過ぎると。赤く汚れた自分を見下ろしながら、白は自嘲を重ねて、それでもと呟いた。

 

(ボクの、夢は――――)

 

近くで、土の踏まれる音がした。肌を刺す殺気。千鳥の鳴く音。

 

雷光が、白の目前に迫り。

 

 

「串刺されて逝け」

 

 

――――鮮血が、舞った。

 

 

 

 


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