小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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25話 : 十の尾、全の龍を前に

 

 

木の葉を覆う、泥の海が鳴動する。

 

「なんだってんだ…………ッ!」

 

内部からの奇襲から、僅かの間。敵の襲来に備え築いていた連絡の網の要点を先回りされ、尽く潰された木の葉の忍び達は、為す術も無く黒の海へと飲み込まれる他なかったのだ。何も、できなかった。不甲斐ない思いと、あまりの理不尽に忍び達の心は諦めと絶望に侵されていく。

 

それは他の里も同じで。里の要点にある死体安置所から漏れた泥は、またたく間に里を飲み込んでいったのだ。死体の負念を吸い込み、里にあった負の念をも取り込んで、加速度的にその大きさを増していった。どの里にも、長年の間に溜められた負の念の量は凄まじかった。故の壊滅。もし何もかもを把握している者がいれば、どんな皮肉だと嘲笑っただろう。

 

 

泥は動き出す。遠く、鉄の国。かの地で目覚める、"十尾の本体"の覚醒に呼応して、終わりを告げる鐘の音を鳴らすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇襲からの連続攻撃。とどめの衝撃波に吹き飛ばされたメンマは、そのまま鞠のように宙へ打ち上げられていた。衝撃波を受けた彼は、しかし意識は保っていた。全身、特に失った左腕に走る激痛に歯を食いしばりながら空中でくるりと回転し、足から着地し、盛大に転んだ。

 

腕を無くしたことによって、身体の平衡を保てなくなったからだ。それに加え、最初に受けた腹の一撃の影響もあって、体勢を立て直せるだけの余裕もない。間もなく、吐血した。腹の中心を穿った一撃は、内蔵の一つを捉えていたのだ。逆流した血液が口から盛大にあふれはじめる。

 

(油断した…………!)

 

内心で、後悔する。油断せず、相手の動きに意識していれば、十分に避けられた一撃だったのだ。その後の混乱も、また無様。コンマ数秒の判断が命取りになる戦場で、しかも何をしてくるか分からない敵を相手を前に思考を止めるなど、愚の骨頂だ。

 

メンマは自分の不甲斐なさに舌打ちをした。そして、改めて敵を見据えて絶句する。見上げた先、"見上げた空"に、黒い天体が浮かんでいたのだ。

 

(違う、あれは………十尾の本体か!)

 

黒く美しく輝く、太陽の威容。その中から隠しきれない負の念の塊、怨念が潜んでいた。

 

(黒い太陽の表面に―――あれは?)

 

黒く巨大な球、その前に何かを見つけたメンマは凝視して、間もなく眉をしかめた。球の表には、人間の頭がひとつあったのだ。そしてそれが何なのか、分からないほどメンマは混乱している訳でもない。そしてまた、別の事も分かった。遠目に見える表面、一見穏やかに見えるが、よく見ると所々煮立っているようだった。

 

(怨念の塊、負の念、黒い太陽―――――じゅ、十尾の核か!?)

 

そんな事を分析するメンマは直後に自分の考えが正しいと悟った。揺れ動く表面から、抑えきれないといった感じで"黒い蛇"が出てきたのだ。見覚えのある巨大な蛇は、しかしまた球の中へと戻って行く。吹き出ては、舞い戻る。それはまるで、いつかの本で見た太陽のプロミネンスのようだった。つまりは、完全に制御できていないということ。

 

そして戻るということは――――それが意志を持っているか、最低限の強さを保とうとしている。その怪物を前に、メンマは神話を見ているような感じを覚えた。

 

(神話に例えるなら、"尾を飲み込む蛇(ウロボロス)" ―――― というよりは、"全の龍(レヴァイアサン)"といったところか? 交渉部隊呼んでこいって)

 

それは世界を廻すもの。旧世界を滅ぼし、新世界を作る神の如き存在。終末を呼ぶ蛇にして、原初の母となる十全なる獣。世界を滅ぼす、世界の流れを司る龍。

 

(そんなのを相手するってのに………3人の応答がない。腹に一撃くらったせいか)

 

呼びかけても応えない九那実、マダオ、クシナ。封印の術式があった箇所に一撃を受けたせいかと、メンマは舌打ちをする。直後、十尾の方が動きを見せた。

 

浮かんでいる黒い天体の表面が盛大揺らぎ――――言葉を発したのだ。

 

『ようやくここまで、という所か。これより先に戻る道などは皆無だが――――人間よ』

「………なんだ?」

 

メンマは掠れた声で返事をし、盛大に吐血した。そんな咳き込むメンマに、十尾は更に問いかけた。

 

――――もう終わりなのか、と。まるで相手にしていない、そんな感情がこもった声。それを聞いたメンマは、とりあえず鼻で笑った。

 

「へっ、誰が…………」

 

血が溢れる口。メンマはそれを横一文字に拭いながら、立ち上がった。口元には、拭いきれていない赤の残滓が残っている。切り裂かれた左腕はあまりに綺麗に裂かれたせいか出血も少なかったが、貫かれた腹からは血が滝のようにこぼれ始めている。

 

正しく、死の一歩手前。それでもメンマは、無言で人差し指を立て、手の甲を裏返して指をちょいちょいと、前後に往復させた。

 

それは口を動かすのにも億劫になったメンマの、意志。

 

曰く――――かかってこいよ、というサイン。

 

十尾は、嘲笑を浴びせかけた。

 

『は、はは………すでに戦況は決定的だ。その上でその態度…………状況が理解できていないのか、それとも錯乱したか? 印が組めなくなったお前に、策があるとも思えんが』

その言葉に対し、メンマは僅かに顔を弱気に歪めた。

 

(いちいちご名答。ちょっと今は無理だけど………)

 

それでも背は向けないと、メンマは強気に出ることにした。敵の放つ威圧感に飲まれまいと強気を保とうと。どうしようもない現状に、それでも戦う人としての尊厳を守ろうとするために。

 

「確かにやばい。けど―――――それがどうした。だから、どうした?」

 

折れそうな心に喝を入れ、言葉を続けた。相手に。そして自分に言い聞かせようと。

 

「御託はいいよ………いいから、かかってきやがれ!」

 

叫び、喝を入れる。そんなメンマに、十尾は嬉しそうに吠えた。

 

 

『塵芥が、よくぞ囀った!』

 

表面から、無数の球を生み出した。ひとつがふたつ、ふたつがよっつ。規格外のチャクラがこめられた球体は分裂し、分裂し。

 

分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し

分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し。

 

『ハハハハハハハハハァァァッッッッ!!!!』

 

分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し

分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂し分裂した。

 

『ハハ、アアァァ――――完成、だ』

 

そうして生まれたチャクラ弾――――星のような数の、破壊の弾が鳴動する。

 

 

『――――陰遁・屑星』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現れた本体。神話にも似た異質な世界の中、サスケ達は見ていた。森の中へ消えた直後、何かに跳ね飛ばされたかのように強く、吹き飛ばされてきた彼と、衝撃波が発生地点した地点から、ゆるりと現れた黒い球を。

 

そして立ち上がるメンマと、無数のチャクラの塊を射出した怪物を見た。数えるのも馬鹿らしい、チャクラの弾丸の群れはまるで群狼の如く、一斉にメンマへと殺到していく。

 

片腕もない、持っているのはただのクナイだけ。見るからにあまりにも絶望的な戦力差。それでもメンマは手にもったちっぽけなクナイを片手に前へ、下がらずに向きあい、そのチャクラ弾を切り裂いていく。

 

腕が無く、印も組めず。深手を負い、血を周囲に撒き散らしながら、それでも背を向けて逃げ出すことはしなかった。足を使い、時には避け。当たる弾を確実に切り裂きながら、尽くを回避してみせた。

 

あるいは、チャクラ弾が百個程度ならば、凌いでみせたかもしれない。しかし、千を越えようかというチャクラ弾が、尽きるはずもなく。その数の全てを避けれるはずもなく、弾は徐々にメンマの身体を捉え始めた。当たる度に血しぶきが、苦悶の表情が映る。

 

「くそ――――見てられねえ!」

 

歯ぎしりをしたサスケが雷紋を手にしながら、チャクラを練り足へと集中し始めた。

 

「サスケ!」

 

イタチがそれを見て―――

 

「それは、困るな」

 

 

控えていたペインの分身が、十尾となった分体が動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

混じりけのない圧倒的な絶望を前に、人は諦めるか、僅かに残る希望に縋る以外の選択肢を選ぶことができない。メンマは当然の如く、後者を選ぶ。一歩でも退く意志は見せない。そうすれば、何もかもが飲み込まれ、何もかもに敗北してしまうからだ。

 

メンマの見たところ、十尾が放った弾の威力は低い。まともに受けても致命傷には至らないぐらいだ。クナイで切り裂けば消える程度なので、どうしようもない程ではないのだ

 

そう、活路はあった。問題は数が多すぎること。メンマは無言のまま自分の無謀を悟りつつも、クナイを振るい、振るって、振るった。叩き落し避ける事だけに意識を集中し、逃げながら弾を潰し続ける。泣き言など、何もならないのは明白だからだ。

 

ただ成すべきことを成すために、腕を賢明に動かす。ふっ、という呼気を吐き出すと共に切り上げ、振り下ろし、そして刺突を三つぐ繰り出した。

 

迫る弾を潰して、切り裂いて、貫く。間に合わない弾は身をよじって躱し、またある時は飛び上がって回避した。観るものがみれば、その洗練された動きに見惚れもしよう。

 

しかし、限界を上回る敵は存在する。最善、最高の動きを持ってしても、数の暴力の前には、無意味になることがある。雨を全て避けきれる者など、存在しないのと動揺。次第にメンマは破壊の雨に捕捉された。

 

避けきれない弾。打ち落としきれない弾が、徐々にメンマの身体に直撃していく。それが決め手となった。ぶれた体幹が隙を生み、それを立て直す時間などもなく。二発が当たり、四発が当たって、そこからはもうなされるがままに。雨は容赦なく満遍なく、メンマを打った。

 

当たる度に激痛が走る、チャクラ弾――――しかしそれだけではない。十尾の本質、陰の性質が籠められた弾が、ダメージを与えると共に、メンマの気力を奪っていく。

 

痛みと共に、負の念は語りかける。

 

死ね、と。諦めろ、と。安らかに眠れ、と。まるで悪魔のような心地良い囁きが。それは十尾が内包しているもの。死した者が最後に抱いた念であり、生者を引きずり込む嘆き。

打たれる数と共に加速度的に増殖していく絶望。しかしメンマは、膝を屈しようとは思わない。激痛には歯を食いしばって耐え、嘆きには叫びをもってかき消した。

 

そして一分ほどの後、ようやく弾が尽きた。千を数える弾の雨を、メンマは耐え切ったのだ。

 

(終わ、った……………?)

 

歪む視界の中、メンマは反撃の策を練り――――三度、絶句した。

 

『今の一撃、よくぞ耐え切った』

 

十尾が哂う。メンマは目の前に映る光景に、声も出せなかった。

 

『見事な業だった、ああご苦労だった………言いたいところだがな?』

 

十尾は哂い、言う。

 

 

『――――最後の仕上げは成った。最早援護も期待できんぞ』

 

 

十尾はその方向を見て―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く…………!」

 

「紫苑様!」

 

緩やかに襲いかかってきた分体。黒の泥の包囲だが、紫苑はそれを結界で防いでいた。

 

「貴様………!」

 

『動きを、封じさせてもらう――――殺すつもりはない』

 

「何を………サスケ、イタチ!」

 

紫苑の声に、二人が応じた。万華鏡が回転し―――――すぐに止まった。

 

『無駄だ。ここは十尾の世界の内――――包囲の中、全ての術は効果を発揮しない』

 

 

夢だけを見ておけ、と。十尾の中にある存在は、語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――意識を、再びメンマに向けた。

 

『この場に忍びは既に亡く、里の忍びもあらかた片付けた―――溜まった負の思念も、十二分に頂戴した』

 

淡々と語る十尾。その身体が、どんどん巨大になっていく。その全てを統制できるはずもなく、負の念が零れ出す。大気に触れたそれは霧となって、空を覆い尽くした。

 

『最早、お前達に手助けをするものは無く――――』

 

 

状況を語り、告げる。言葉が一つ出るごとに、その容量を増す十尾。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様、まさか……………!?」

 

結界を保ちながら、紫苑が叫ぶ。

 

『その通り。我らは全てで一つ。精神同様に、距離の概念は関係なく――――』

 

悟ったイタチが、叫ぶ。

 

「貴様、隠れ里を!」

 

『ご名答――――』

 

十尾が、哂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『呼び寄せたのさ。滅びた里の負の思念を』

 

誇るように言う十尾。何も言えないメンマを前に、それでも言葉を続けた。

 

『どうやってだと? ―――全ては我らで、全てが我らだ。この程度の距離など、無いに等しい……………待たせたな?』

 

それがようやく最大になった所で、宣告が下された。

 

『全ての用意は今、十全となった。お前にできることといえば、死ぬことだけか。それでも、どこまでもがき苦しむか――――最後まで見せてもらおう』

 

それは真実、最後の宣戦布告。中にあった誰かの意識もうっすらと、"集合体"は語る。そうしてペインですら無くなった、裁断を下す存在は、本能の赴くままに、定められた行動を成すために動き出す。途方もない量のチャクラが生まれ、爆ぜて、散らばる。

 

生まれたるは、正真正銘の、弾の幕。

 

――――それを見た誰もが。対峙しているもの、遠くから見ている者。飲み込まれ、映像だけを見せられている誰しもが、言葉を失った。

 

空が3に、弾が7という絶望の黒のチャクラ弾の帳を前にして。

 

そして、万を越える数の、死のチャクラ弾が動き出す。

 

 

『死ぬがよい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

端的な宣告と声と共に一斉に発射された星が、標的へと襲いかかった。メンマはそれに対処すべく、片手にもったクナイと、先ほど同様の風の鞠で、弾の星々を撃ち落としていく。

 

しかし結果は見えていた。斉射間もなくして限界を迎えたメンマは、チャクラの弾という弾に全身を打たれ、打たれ、打たれまくった。それでも諦めず、メンマ片腕で顔をかばいながら、丸って被弾の面積を少なくすることで、何とか耐えようとする。

 

しかし十尾はそれを見て哂った。何を無駄な、と。思惑を悟った十尾はすぐさまにチャクラ弾の軌道を変えた。正面からではなく、下から突き上げるように襲いかからせたのだ。

狙い通り、チャクラ弾は吹き上がるように、メンマの下から飛び上がり、着弾。メンマの身体を、宙に浮かせた。

 

『さあ、舞い踊れ!』

 

そして間髪いれず、追撃のチャクラ弾を下から襲い掛かった。ただの的となったメンマの身体がゆっくりと、弾が当たる度に空へ空へと押し上げられていく。そのまま、完全に宙に打ち上げられ、四方八方からチャクラ弾を襲わせた。

 

弾幕が乱舞し、滝が水面を打つような音が鳴り響く。

 

足が、膝が、太ももが。

 

手が、肘が、腕が、肩が。

 

額も顔も、背中も尻も容赦なく打ち据える。ぶつかるたびに衝撃が浸透し、外にある肉も中にある骨までもが、軋みを上げて悲鳴を上げていく。負の思念が、その意志を喰らい尽くしていく。戦う意志を、希望を黒に染めていった。

 

倒れた身体を踏みつけ踏みにじり踏み砕く蹂躙。だが、十尾は違和感を覚えていた。。

 

(当たっている………それは間違いない)

 

十尾は確認する。標的は負の思念に打たれ、その度に思念は弱まっているはずだ。

それは確実で、本当のこと。効いていないという訳ではない。当たる度に確かに意志は減衰されていて、効果は発揮されていることを十尾は感じとっていた。

 

着弾の度、激痛と共に思念が語りかけ、その抵抗するという意志も弱まった。あれだけ受ければ、どんな人間でも耐えることなどできない。戦意も無いに等しい程に、減衰しているはずだ。

 

だけど、しかし。何かが内で鳴り響いた後に、標的は意志を取り戻している。

 

打たれる度に弱くなる意志、だけどその後には取り戻して。

 

直撃した絶望はゆうに百を越していた。あるいは、千に達するかもしれないぐらいに多く、直撃している。心を一本の樹と例えれば、それを百度は折っているはずだ。

 

だが現実、"そう"はなっておらず、まだ意志は保たれていた。

 

(―――何故だ)

 

人の心には限界が存在し、それを越える苦痛を受ければ容易に壊れる。無限大などこの世には存在しなく、必然的に終末は訪れる。そして心は、折れば折れたまま。容易く修復できるほどに、単純な構造をしている訳でもない。

 

なのに、これはどうしたことか。やがて星の弾幕は、その全てが途切れ―――――直後。

 

苛立った十尾から、陰の竜弾が発射された。先ほどと同じ術、負念でできた巨大な竜の一撃。標的はそのチャクラを察したのか、俯かせていた顔を上げた。竜を睨み、どこに残っていたのか、膨大な量のチャクラを練り上げていく。

 

声ならぬ声が響き、チャクラが共鳴した。そして手を前に出し、太極螺旋丸と声が聞こえる。勾玉の螺旋が生まれて、それが竜を受け止めた。

 

規格外の螺旋丸を前に、竜の頭が次々と吹き飛ばされていく。一つ消され、二つ消され、三つ消され。しかしその度に補充することができる。間髪入れずに竜を生んで発射し、その総数を減じさせない。

 

『無駄だ!』

 

もとより、人の負の思念に果てなどなく、陰のチャクラも尽きるはずがない。十尾は正しく無限のチャクラでもって竜を生み続け、必然的に限界が訪れた。

 

重なる竜の一撃に耐え切れず、白く輝く勾玉、太極の螺旋丸が打ち砕かれる。間もなく、九頭の竜が吠えて突撃を。避ける手などない標的の胴を捕らえる。竜はそのまま、標的の身体を捕らえたまま、雄叫びを上げて放物線を描いて空へ登っていき――――頂点に至った所で、下を向き、急降下を始めた。

 

その速度はまるで流星のようで、間もなく標的の身体が勢い良く地面へと叩きつけられ、轟音が鳴り響いた。着弾の衝撃波で近くにあった木々がなぎ倒された。直撃を受けた地面も砕かれ、岩が砂になっていく。少し離れた位置にある木々も、地面を通じてその衝撃を受け、上に積もっていた雪がまるで雪崩のように一斉に地面へと落ちていった。

 

全てが、衝撃に揺らされ壊され―――そして全てが収まった後、その威力ゆえに着弾点には大きなクレーターができていた。八尾の大きさにも匹敵するかという、巨大なクレーター。

 

その中心からは白煙が上がっていて、中心はまだ見えない。そこに、とどめの一撃が展開された。残りの竜、宙で浮いていた八頭の竜が、野犬のようにクレーターへと殺到していった。

 

その威力は大地をも揺るがすほど。容赦などあろうはずがない死の台風。砕かれた砂が塵となり、舞い散った雪も細かく砕かれ、熱に溶かされた水が霧となった。

 

全てが白く染まっていく。

 

もうもうと立ち込める白煙。やがて収まり――――視界が晴れた先には、無残なものが転がっていた。

 

金の髪も、橙の服も、黒のマントも。全てが無残に裂かれ、血の赤に染められ。馬車に轢かれた蛙のようにうつ伏せに、無様かつ無残に転がっているメンマの姿があった。

 

地面にも血が流れ、クレーターの中心はまるで小さい池のようになっていた。

 

 

『しかし………原型は、残っているか』

 

あれだけの威力、まともに受ければ跡形も残らないはず。しかしまだ残っているどころか生きている標的の姿を見た十尾は、驚いた。

 

『……小癪な風か、螺旋丸か、はたまた見に宿している天狐の力か? ――――最早どうでもいいが』

 

いずれか何か使って防いだのだろうと、十尾は推測し、それがどうしたと哂う。先の太極を見る限り、誰かの魂が眼を覚ましたのだろうが、それも関係がない。まだ生きている標的だが、右の足はすでに無いし、地面には致死に近い量の血が体外へと出ている。

 

最早できることもなく、反撃の手段などあろうはずがない。

 

『…………放っておくだけで死ぬだろうがな』

 

 

せめて我の中で眠れ、と。十尾は、ゆっくりと標的に近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………終わりだな』

 

サスケ達を足止めしていた十尾が、決着を悟ったのかそんな事を呟いた。事実、鏡の向こうに移る敵は無残な姿を晒し、戦う気力などどこにも無いはず。イタチが眼を覆い、菊夜はうつむき、灯香は眼を逸らしていた。カカシは無言で地面を叩く。

 

全員が、絶望に意志を染められていた。

 

「「「…………」」」

 

それでも、シンに、サイに、結界を張り続けている紫苑は。そして白に再不斬に、サスケに多由也は無言のまま、それでも鏡を見続けていた。

 

十尾はそれを見て不可思議に思い、間もなく絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自ら迫り来る津波を前に、絶望を覚えない人間は居ない。ありあまる絶望を前に、希望を保ち続ける人間は居ない。どうしようもない現状の中、諦めない人間など存在しない。

 

故に、こんなことはあり得ないはずだった。

 

『馬鹿な』

 

十尾が、こぼすように呟く。骨も肉も魂も。その意志にも、痛烈な連打を浴びせた。普通の人間ならば、千回は死んでいる程の攻撃を叩き込んだ。立ち上がれるはずがない。動けるはずがない。何よりその意識、保てるはずがない。

 

並の絶望ならば、戦う者もあろう。しかし今の自分、そして攻撃は、人にはどうしようもないものなのだ。自然の災害に似た絶対なるもので、抗いの心を持てる者の方が希少な。かつ死に怯える人間であれば、本能的に理解できるはずだ。

 

人の身で、どうこうできる相手ではない。

 

それでも意志を持って戦意を心に持てるのは、一体どういう理屈なのか。

 

 

「まだ、だ」

 

 

そして、小鹿のように震えながらも。

 

立ち上がれるのは、一体どういう理屈なのだろうか。

 

十尾は何も話せない。ふるふると、情けなく震わせながら、残る足を支えに立ち上がろうとしている、目の前のメンマを前に、話すべき言葉が見つからない。

 

事実、今現在のメンマの怪我は深く、既に重症というべきレベルを超過していた。神経も傷つき、経絡の傷も浅くない。痛みを紛らわせるだけの気力も、もはやないと言っていい程だった。彼の身に走る痛みは、死よりも辛い激痛で、あるいは死を望むかのような酷さである。

 

そんな肉も骨も魂も、傷だらけの罅だらけで。死に安らぎを見いだすものも生まれそうな。その生命を断って欲しいと懇願する程に深刻な絶望に染まっているだろう人の身で。

それでも、と願うメンマを前に、十尾は一時的に攻撃を中断した。

 

心の底から理解できなという口調で、問いかける。

 

 

『………解せん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降り注ぐ竜の顎。間一髪の所で躱し、余波を風の盾で防御した。それでも全身を打ち据えられ、足の片方を持って行かれた。痛みの無い状態を更に越え、痛みしか感じない状態に陥っていた。意識はうっすらとわずかに残っているだけで、視界はそのほぼ全てが白く染まっている。全身が鈍く、まるで長時間正座をした後の足のように感覚なく。立ち上がれはしたが、もう自分が何処にいるのかも分からない。

 

『解せんぞ』

 

声もよく聞こえない。だけど十尾の声は鼓膜を震わせる。メンマは顔を俯かせたまま、声の続きを聞いた。

 

『その痛み、軽くはないだろう。絶句する程と言っていいな。すでに勝ち目もなく―――だが、お前は逃げない』

 

困惑の声が聞こえる。耳鳴りを通り抜ける、意識に語りかけて来る声だった。チャクラが霧散しているのを、感じた。どうやらすぐに殺すつもりはないようだ。メンマは、それほどまでに、知りたいのだろうと思った。

 

『死ぬことが怖くはないのか、人間。痛みすら忘れたか、人間』

 

「………怖いさ。心臓だってばくばくだよ。死ぬことは…………何より、怖い」

 

俺は知っているからな、と。途絶え途絶えに、掠れた声で言うメンマの手は、怪我だけじゃなく、恐怖から小刻みに震えていた。足も、肩も、いつかの死の恐怖を思い出したメンマの全身が、小刻みに震えていた。

 

「痛いさ。死にたいぐらいにな。それは確かだよ」

 

『ならば、なおのこと―――何故だ?』

 

「何、が」

 

『逃げない理由だ』

 

言い切り、言葉が続く。

 

『死にたくないのなら、少しでも行きぬ可能性に縋るべきだ。死を恐れるのなら、そう努めるべきだ。なのに逃げないお前は、何がしかの理由があると思うのだが………それはなんなのだ? "逃げられない理由がある"とお前は言うが、それは命より重いものなのか』

「…………」

 

『お前は今まで、生き延びるために動いてきた。身体を鍛え、知恵を絞り、お前の言う夢とやらのために心血を注いできた。それは理解している』

 

「ずっと………見ていたのか」

 

『無論。故に不可解にすぎるのだ。お前にとって最も大事なのは夢で、その障害を確実に壊すために戦ってきた筈だ。最終的に確実に、"生き延びて夢を叶える"と。そのために今までの苦労を重ねてきたようだが』

 

メンマは応えない。否定せず、沈黙にして肯定を示し、更に十尾は語りかけた』

 

『何故だ。何故お前は、この死を前にして逃げない』

 

嘲笑もなく、ただ純粋に知りたいという声。それに対し、メンマは口を開いた。

 

 

「………否定された、からな」

 

 

口を開いたと同時。メンマの胸に、形容しがたい程の、感情が荒れ狂う。

 

「お前は、誰かを否定する存在で………そしてこれからも否定するんだろう。必死に生きている人達を」

 

それは、メンマにとっては誰よりも認められない、許せない行為であった。

 

「忍者は俺にとっては、因縁でしかない存在だけど…………"そう"感じたくはないけど……………それでも同じ理不尽を感じてしまった。なら、逃げられない」

 

どんな皮肉だと。メンマは、自嘲した。

 

「ああ、言い訳だろうな。忍者が起こす戦争の理由と、その傍らに常に在った非道の、その正当化なんて―――どれも、仕方ないと言い切れるもんじゃなくて。でも、それだけじゃないんだ」

 

メンマは世界を見て回った。網の任務と、旅と、今までの出会いと戦闘と。3人で、あるいは7人で、見て回った。その中で、忍者と出会った。

 

「ああ、忍者はきっと馬鹿なんだろう。愚かなのかもしれない。だけど、それだけじゃないんだよ」

 

メンマが、俯きながら叫ぶ。それは、心からの叫びだった。

 

「罪を犯したものは罰せられるべきだ。でも、まだ何も知らない子供が居る。何とかしようと、頑張っている人達も居る。訳の分からない力を持たされて、頑張ってきた人も居るんだよ」

 

『それは………一部は、認めよう。しかして忍者の罪は重く、その責も大きい。何より、罰せられるべき存在を放っておく理由があるか、生かしておく理由があるのか』

 

「生きる理由、理由か………そんなもの、くそくらえだ」

 

『貴様は、なにを言っている?』

 

十尾の嘲笑。それは、直後のメンマの叫びによって途切れさせられた。

 

「あるさ。生きているんだから。それが理由だよ。存在している。それが間違っているなんて、誰が決めた」

 

『世界がそれを望んでいる』

 

「まだ何もしらない子供もか」

 

『禍根は残さず断つべきだ。子供も、例外ではない』

 

「なら、さ…………命ってやつは、生まれだけで全てが決められるのか」

 

メンマは、歯を食いしばる。

 

「他人の手前勝手な理屈だけで、誰かを…………生きている人間を、忍者という存在を"ひとまとめ"にして、その人自身を見ないで、どうするかを決めるなんて…………」

 

脳裏に浮かんだのは、巫女の血を引く彼女の顔。戦争で親を失い、根に―――あるいは誰かに利用されることでしか、生き延びられなかった者の顔。特殊な眼を持つ者。特殊な術を受け継ぐ者の顔。持って生まれた因縁と、その可能性を利用されるもの。可能性を、否定される人達の姿だった。

 

それは皆子供で、あるいは踊らされた人達だ。多くを学ばず、最善を選択することさえも出来ない子供が――――ただ殺されることは認められない。彼等を助けた理由。気に入らないから、という理由があって。そして自分の根幹にあるものも、あるのだ。

 

メンマは、いつかのザンゲツに答えた言葉を反芻する。

 

"何故死地に往くのか"、という問に返した、理由を。

 

――――泣いているから、という言葉を。

 

"オレ"が泣いているから、という、言葉を

 

「全部、俺のひとりよがりさ。ああ、笑えばいい。それでも………一方的な裁きなんて、認められるか。何も知らない子供も居る。忍者だってそうだ。悪い奴ばかりじゃない、事情を知れば変わるさ。例外も存在するだろうに、"生まれ"を理由に殺されるなんて、利用されるなんて、往く道を決められるなんて絶対に認められない」

 

過ちが何なのか、その言葉さえも理解できない子供を、殺すなんて。未来があるのに、一方的に害悪な存在だと決めつけ、その生命を奪うなんて。

 

九尾を宿しているからって――――その可能性を、言いがかりな罪の服を被せられて。

 

"忌み子"だからって、"力ある子ども"だからって、大人の手前勝手な理由で、その生命を左右されるということが、正しいことなのか、許していいことなのか。

 

そして何より、世界の意志とやらに。妖魔核を刻まれて、その全てを奪われた者が。何も選択できずに、悪いことした訳でもないのに、ただ世界の意志とやらにされるのが、憎しみの獣に作り替えられることが果たして正しいことなのか。

 

正しいことだとして、認められるのか。メンマは自問自答し、その答えを口に出した。

 

「認められない。"オレ"にかけて、"あの子"にかけて。それは、それだけは認められないん“だってばよ”」

 

それは九尾の、忌み子と呼ばれ、壊された残滓であり、かつて『うずまきナルト』 であり、看取った誰かの言葉。察した十尾は、しかしそれを認めない。

 

『そんなことが、理由か。重なるから見捨てられない、逃げないとでも?』

 

「ああ。痛いし、死ぬのも怖い――――逃げたいさ。だけど、だからこそ逃げられないんだよ、その理不尽を知ってるから! ………それに、言いたいこともある」

 

『それは何だ?』

 

「誰が死ぬべき存在だ、ってことだよ。自分じゃない誰かを、勝手な理屈で判断して、手前の都合で勝手に決めつけんなよこの阿呆蛇が」

 

『………阿呆、だと?』

 

「阿呆が駄目なら馬鹿でもいいさ! 忍者もあいつらも、死んで良い存在なのか!? ………ああ、人は失敗からしか学べない馬鹿なもんかもしれないけどな。だけど、変わることが出来る存在なんだよ。実際、変わってきたんだよ。知識と知恵と想いを受け継がせて、次の世代はもっと良い世界になるようにと………もう過ちを犯したくないからって思ったから、戦いを無くそうとして!」

 

遠く、思い返す。いつかの誰かの言葉と、意志を。死を敷かれた自分と誰かと誰かを。

 

「完全じゃないんだよ、言われなくても分かってるよ。だけど人は神じゃないんだ。弱くて間違って、でも強くあろうとして、必死に考えて、正そうとして! そうして一歩づつ進む以外の、何が出来る!」

 

だから、未来を奪うなと。誰かの言葉を代弁する。かつて死んだ誰かに代わり、今まで進んできた自分を支えにして、訴えかける。

 

「まだある可能性だ。それを見もせずに否定するな。ひとまとめにして決めつけて、一方的に裁かないでくれ」

 

懇願するように言う。メンマ自身、その言葉も通じないと分かってはいた。相手が相手だ。かつて同じ人間に懇願しても聞き届けてもらえなかった言葉――――それでも言葉をつむぐことだけは、やめなかった。

 

「十尾も………悪いからって片っ端から滅ぼして、また再生して。人が学んだ知識、その痕跡まで消してしまえば、それで何もかもが無くなってしまえば………また繰り返すだけだろう?」

 

『ああ………事実、幾度か世界は廻ったな。それは必然で、自然なことだ。死と生は切っては切り離せないものなのだから』

 

「だからって死を享受することが、正しいことなのか? 本当にそれで正しいのか」

 

『正誤を語っているのではない。答えもない問題に、正解を求めるのは間違っている。故に最善の策を取ると言っているのだ。事実、今の世界は岐路に立っているのだ。故に忍者を滅ぼすことを、世界を滅ぼす可能性を摘みとることが、最善の選択だと認識している』

「何にとっての最善で、誰にとっての最良だよ。その先に、本当に希望はあるのか? 同じ所をぐるぐる廻っているだけじゃ意味がない、リスクを犯しても先に進むべきなんだよ。怠惰と停滞は何も生み出さない、ずっとそのまま繰り返しているだけじゃ、世界だっていずれ腐るだろう。永遠なんてないから」

 

『違う、停滞ではなく再生だ、世界は強靭だからして、滅びることなどあろうはずもない。月が落ちても、真実滅びはしないだろう。時が全てを解決してくれるだろうが………万が一もある。故に、最善を。あらゆる生物の――――その理由を作った忍者は滅びなければならない。その理屈は、人間の傲慢より生まれたものだと理解している。忍者を滅ぼせば、大半の問題が解決するはずだ。何より、禍根は断つべきものだ。可能性を語る段階はとうに過ぎた。負の思念を生む存在は断たれるべきで、生きていていいことなんか一つもないのだよ』

 

「決めた、か。忍者だけでなく、いずれは人間も?」

 

『禍根となるのならば。事実、これまではそうして来た。世界を滅ぼすのは、いつだって人間だったからな。禍根を断つのは、合理的な行動だと認識している。』

 

「生命と感情と可能性を理で語るなよ………尚更納得できない。お前を生み出したのが誰かは知らない。いや、世界か? ―――だったら生まれたものを、しっかと見もせずに――――何より、人間を、忍者を生んだ世界とやらが、生んだものを否定するなよ」

 

『否定しかできない存在なものでな。"悪玉"を許すことなどできないのだよ。命は輪廻するべきで、最悪の事態は回避するべきだ。それが正しい命の運びであると認識している。全ての命が無くなる最悪は避けるべきだ。何より、この危地を作り出した忍者を許すわけにはいかない』

 

「忍者が起こしたことだから、忍者にその後始末を任せることはできないと」

 

『可能性を語ることは危険だと認識している。六道仙人とも、一応は意志を疎通させて決めたことだ。忍者の力を使い、最悪を回避することは』

 

「可能性は信じない、と」

 

『我は、信じない』

 

「俺は、信じたい………つまりは平行線か」

 

『絶対に交わらないようだな。ならば仕方ないが―――――もうひとつ、聞きたいことがある』

 

「何だ?」

 

臨戦体勢に入る十尾。ひとつだけ間を置いて、メンマに問いかける。

 

『先ほどの弾幕のことだ。あの量の絶望を受けて、なぜ心が折れないのだ? ――――あの弾は確かに、お前の気力を吸い上げたはずだ。決意も何もかも、薄れて消えているはずだが』

 

 

「長門なら分かるはず。それが分からないということは、お前はもう…………」

 

そうして、メンマは口寄せの印を叩いた。

 

「………正直、長門が相手なら…………最愛の親友を奪われたあの長門なら、あるいはその理屈の一部に頷いていたかもしれないけど」

 

だけど、と。煙を立てて、出てきたのは2つ。

 

――――薬の入った瓶と、八卦の封印式の鍵となっている封印の巻物。

 

「既に、ペイン………いやその口ぶりを聞くに、お前はもう十尾になったのか。あるいはこれも、思惑通りか」

 

瞳が、力に溢れる。意志に満ちた瞳を逸らさず十尾に向け、メンマは言う。

 

「それでも成すべきことは一つ。運命を語る蛇さんよ、お前だけには負けられないんだ。世界と運命を名乗るお前ならば、俺にとっては誰よりも負けられない相手」

 

そうして、睨む。

 

「だからこれは俺の戦いで…………」

 

そしてメンマは、とん、と自分の胸を軽く叩き

 

 

『――――我の戦いでもある』

 

 

気絶していた九那実が、その声に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『間に合ったようじゃが、お主………』

 

(正直、いっぱいいっぱいだけどね。でもまだ死んでないから大丈夫だ。文字通り、死ぬほど痛いけど)

 

『その理屈はどうかと思うが………いや、すまんな。無様に気絶したことをまず謝罪するべきだったか』

 

(いいってことよ)

 

心の中に、親指を上げる。眠る美女を守るのはも男の役割だから、と笑う。

 

『この馬鹿者が………しかし、結局というかやはりというか"こう"なってしまうか』

 

(うん…………いや、どうしようか?)

 

『何を……‥もう、決まっているのじゃろ。決めたのだろう』

 

(ああ)

 

『ならば、往くがよい』

 

そうして、笑う。

 

 

『ついていくから』

 

 

それを聞いたメンマは、満面の笑みを浮かべ、巻物を手に取って掲げた。

 

 

(うん、ついてきてくれ)

 

 

閉じられた、封印式が刻まれた巻物。それは開かれず、真っ二つに切り裂かれた。

 

 

『なっ!?』

 

 

驚く十尾。それをよそに、天狐の魂が動き出していた。切り裂かれた鍵、要であるそれを失った封印式が当然の帰結を迎える。腹に刻まれた封印式、魂を結び、抑制の効力もあった八卦の封印式が消失し、侵食が始まった。

 

「ぐ――――グッ」

 

枷が無くなった天狐の魂が肥大し、メンマの魂と肉体を侵食していく。元々が、規格外の量と質を持つ人外の魂だ。人の身で抗えるはずもなく、侵食が止まるはずもなく。切り裂かれた欠けた腕も足も天狐のそれに生え変わっていく。同時、全身から金色の毛が生えてくる。メンマの眼の色が、血のような赤に変わった。絶叫が響き渡り、直後に声が漏れでた。

 

『気を失うな』

 

九那実の声が上がる。メンマはそれにより、自分の意識を取り戻し、足元の薬が入った瓶を拾い上げた。

 

『まさか――――』

 

近くに聞こえる十尾の声も遠く感じる。掠れていく意識の中、メンマは白濁した視界の中で、覚悟を決めた。瓶の蓋を一息に回して――――菊夜に譲り受けた、秘薬を開封する。

それはかつて巫女の家系に受け継がれて来た劇薬ともいえる禁断の薬で、図抜けた経絡系とチャクラ量を持つ紫苑がひとなめしただけで昏睡状態に追いやられた。飲むだけで経絡系をずたずたにされる、危険すぎる薬だ。

 

メンマはその薬を一息にして全部飲み干した。ごくんと、嚥下する音が鳴る。瓶が地面に落ちて、きんと甲高い音がなる。

 

そして――――侵食は止まった。再び、メンマの絶叫が周囲に響き渡る。体内の急激な変動、そのせいで全身に痛みが走っているのだ。薬は効果を発揮した。人の奥底に存在する、陽のチャクラと、陰のチャクラ、生命エネルギーと精神エネルギーが薬によって爆発的に高められていく。

 

薄いが、確かに残っていた千住の傍系にして、巫女の一族の傍系。仙人の肉体を持ちながら、封印の術式の知識も豊富といううずまき一族の――――"六道仙人の血"に反応し、チャクラと魂のレベルを一気に引き上げたのだ。

 

それは、天狐のそれと同格で、それが故に成せることがあった。かつては波風ミナトが急場しのぎに使用した術。

 

それは―――"口寄せによる憑依術"だった。同じ思いを持つ魂が重なり、共鳴する。天狐の魂と、メンマの魂、ナルトの魂が全て同じ方向を向き、同調し、高められていく。

 

かつてとは違う、12年の構想を経て練りに練り上げられた完全な術式に、隙はなく。

そして12年、共に過ごした二人の意志と思いが、揺らぐことなどなく。

 

完全な共鳴が始まり、チャクラが恒星のように輝き、その密度を増していく。金の極光が生まれ、周囲を照らした。陰の中、メンマの全身が黒に染まり、経絡系がまるで血管のように浮き上がった。

 

そしてチャクラは強く、強く、増して。水だったチャクラの流れが川になり、やがて大河のように悠然と、そして一つの意志となって流れだした。

 

『させ――――』

 

意図を察した十尾が、させまいと叫ぶ。チャクラ弾と、陰の竜。即座に放てる全火力を全面に集中させ、一斉に放った。

 

星と竜は、瞬時にメンマが居た場所へと迫り――――

 

 

『ガアァぁァッ!!?』

 

 

――――自らが放った攻撃諸共に、ただの一撃で吹き飛ばされた。

 

圧され、吹き飛んでいく十尾。それに向けて、声が響いた。

 

「最後の問いに答えてやる。諦めないのは、中から聞こえたからだ」

 

朗々と。狐と混じり、わずかに金の毛が生えた手を胸に当て、守るべき人と失いたくない人の命を感じながら、歌うように告げた。

 

 

「この鼓動だけは、消させねえ!」

 

 

惚れた女を消させるものか、という決意。

 

それこそがメンマの、通すべき意地で、夢と同じく譲れないもの。

 

そうして、人の心臓と、天狐が混じった心臓が重なる。聴覚を失った静寂の中でさえ感じられる、命の活動を知らせるもので、生はなんなのかと沈黙した時に、うるさく聞こえる音が鳴り始める。

 

生命を動かす臓器、血液という生命の流れを動かす、真なる臓が動く音。感情によって変動する心を示す、心の臓器が成る音。

 

メンマが鳴らす人の音、九那実が鳴らす天狐の音。共にむき出しにされた状態で、肉体が融合した状態で、その音が重なって。体内に存在する、生命のチャクラと、精神のチャクラさえも混じりあい。一つになると同時、完全に共鳴したチャクラが溢れて。欠けた肉体も、補填されて。

 

鼓動の音が重なっていく。そのリズムに笑いながら、メンマは叫んだ。

 

 

『「行くぜ―――――来いよ、十尾!!」』

 

 

最後の戦いを示す雄叫びが、山の頂上から世界へ響き渡った。

 

 

 


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