小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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エピローグ : そして………

 

五大国の里が襲われてから、二年の時が過ぎた。各々の里は先の事件で壊れた建築物の復旧に忙しく、慌ただしい日々を送っている。

 

組織"網"も例外ではない。構成員のほぼ全てが激務に追われていた。建物の復旧に使う建築部材を作り各里に送ったり、同盟を結んだ鉄の国の侍達の新しい拠点を建てたり、仕事には事欠かないからだ。同時に、この機会を逃さぬと各地の交流を更に勧めたりしていた。そんな本拠地で、のんびりと屋台を構えている者の姿があった。

 

「う~む、どうしもこの時間は暇になるの」

 

午後の少し過ぎた頃。雪が降り始めた中、金髪の女性が屋台の中で一人ラーメンを作っていた。店の提灯には、こう書いてある。

 

“九尾狐”と。

 

 

 

 

 

流れるような金色の長い髪は三角頭巾の中にまとめられている。片目には眼帯を付け、服は簡易の着物の上に白一色の割烹着。わずかに見せる雪のような白い肌は、美しいの一言に尽きる。その女店主の名前を、九那実といった。

 

「ここは種類を増やすべきか………いや、我の腕ではまだ無理じゃな」

 

九那実が作るラーメンは、例の日誌に書かれていたもの。九那実はキリハから譲り受けたそれを見ながら、自分の腕でも再現可能なラーメンだけを作っていた。半端なものを出しては、あいつに怒られると、そう考えているが故である。屋台は、かつてメンマが使っていたラーメン屋台"九頭竜"を使っていた。彼女はレシピを手に、屋台を使い、かつて一部では伝説とも言われていた屋台を復活させていたのだ。

 

修行をしたので、今では並以上の腕を持つに至った。不安要素は店の名前だけ。そのままなネーミングに、サスケ一同からはびしりとツッコミが入ったが、九那実の意図を察するとすぐに口を閉ざした。

 

「出す時間帯を限るべきか……っと」

 

近づいてくる足音に九那実は反応する。

 

「いらっしゃ………っと、なんだお前か」

 

「いや、客に向かってなんだはないかと………ま、いいか」

 

珍しい時間に来た客ことうちはサスケは、屋台の椅子に座るといつものを一つと注文をする。

 

「うむ。しかし、変な時間じゃの………サボりか?」

 

「午前の仕事が長引いたんだって。多由也はもうちょっと後で来るってよ」

 

「それは夕食と言わんか?」

 

「両方兼ねてるんだろうよ。夜は夜で演奏会あるから忙しいし………あと、例のメニューは?」

 

「出すつもりはない。第一の客は決まっているからの」

 

「………そう、か。まあいいか。それにしてもこの仕事の量はなんだろうな」

 

働かせすぎだザンゲツの奴、とサスケは話を変えながら愚痴った。その声は疲れの色が濃く、九那実はそれを聞きながらも呆れ声で返した。

 

「どこも猫の手も借りたい程と聞く。それに、嫌味か? 我に対しての」

 

「………ああ、屋台を開店したての頃の? そりゃ、宣伝も無しにこんな隅っこの方に建ててたら、客もこないって」

 

すぐにクチコミで広まったけど、とサスケは言う。

 

「味はまだあいつに及ばんがの………どうして流行ったのか」

 

不思議そうに首をかしげる九那実。それを見たサスケが「鏡見ろ」とツッコミをいれた。

「鏡? ………これが何か」

 

眼帯を指し、九那実は悩む。満月に近づけば近づくと、何故か金色に輝いてしまう眼を隠すために付けた眼帯。が、それが逆に一部の層に受けていた。絶世の美女とも言える容姿もあいまって、一部の人気は非常に高いのだ。さもあらん。男とはそういう生き物なのである。

 

「いや、忘れてくれ。味の方もいけるけどな。あの女将さんとこで修行したんだろ?」

 

あの人の料理真剣に旨いし、とサスケは頷いた。

 

「………一部、全体的にどう作っているか分からん料理があるがのう。メンマのラーメンと一緒じゃ」

 

同じ材料でどうしてあそこまで違う、と九那実はため息をついた。

 

「経験、ってやつか? 多由也も言ってたけど」

 

「そうらしいの………ほれ、出来たぞ」

 

そう言うと、九那実はサスケに注文されたいつものラーメンを出す。魚貝と醤油のダシが使われた、スタンダードな味のラーメンだ。外気温が低いせいで、高温のスープから湯気がほかほかと漂い、それがまた食欲をそそらせた。

 

「いただきます、と」

 

まずはスープ。赤いレンゲで透き通るスープをすくい、そのまま口へと運ぶ。冷えていた下が温まり、ほう、と一言。次にはぱちりと割り箸を割り、サスケはずるずると麺をすすり始める。

 

「そういえば………キリハの奴はどうしている?」

 

先月会ったのじゃろ、と九那実がたずねる。

 

「復旧作業はほとんど終わったらしいから、今は組織の再編の真っ最中だろうな。色々と大変だよ、火影様は」

 

「そうじゃの…………」

 

呟き、九那実は前に聞かされたキリハと木の葉隠れのその後の話を思い出した。

 

 

 

 

 

 

十尾との戦いの影響で半壊した里の、中央。瓦礫の上にキリハは立っていた。周囲には、木の葉の忍び達が無言のまま立っていた。それぞれに、複雑な心境を抱えている。戦った姿は、皆が見ていた。そしてうずまきナルトが語った言葉は、全ての忍者の心に焼き付いている。

 

他の里では、こう言われている。命を賭して忍界を守り散った稀代の傑物。

 

――――忍界最大の英雄、と。

 

しかし、木の葉内部での想いは複雑に過ぎた。木の葉の忍び達は、十尾の中で見せられていたからだ。見せつけられたといってもいい。かつての、四代目火影とうずまきクシナの、九尾との戦いの光景の全てを。九尾の襲撃の真相と、クシナとミナトがナルトとキリハに想いを託して逝った光景も全て。

 

「波風上忍………」

 

木の葉の忍びがつぶやくが、続く言葉は無い。相応しい言葉など存在しないのだから当たり前だろう。かつて彼女の兄を化物と蔑んだ手前、果たして何を言うことができるというのか。特にミナトと同期だった面々は、他の忍びより一層落ち込んでいた。

 

「兄さんは………信じたいと言った。それは私も同じ」

 

だから、責めることはしない。キリハはそう答えると、見回しながら告げた。

 

 

「過去は変えられない。だから、今から変わろうよ。いや、変わらなければいけないんだ。そして、叶えよう。それだけが………私たちに出来ることだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後の『ついてきてくれるかな』という言葉に、木の葉のほぼ全ての忍びが、首を縦に振ったらしいな」

 

大したやつじゃ。九那実は笑いながら言った。

 

「ああ。で、先代火影………綱手は責任をとって引退。木の葉は変わり始めてるだろうな…………ま、すぐには無理だろうけど」

 

でも、国境付近のいざこざは劇的に減ったとサスケは言う。

 

「ふん、それだけじゃないと思うが?」

 

「ああ、綱手は医療忍術学校を開校しようとしているらしいな。国の上層部と掛けあった結果、予算も降りるようになったからって」

 

「そうか………そういえば自来也との結婚という話が出ていたそうだが」

 

「あとちょっとだ。情勢も落ち着き始めているからな。多分、再来月くらいじゃないか」

 

「それぐらいか」

 

「ああ。他の里も同じ様子だ。あの光景を見せられた今、次世代の志が生まれはじめた。だから今は、過渡期の………最も忙しい時期の、その真っ最中だからな」

 

「と、いうことは…………あの二人も同じ時期になるか」

 

「再不斬と白か。まあ、里の中の婚儀はあるのかないのか知らないけど…………内輪だけでやる、って話もあるからな」

 

「そういえば、その式に小雪姫―――いや、富士風雪絵も呼ぶと聞いたが?」

 

「………約束したから、な」

 

「そうじゃのう………お主、他人の結婚式で独自の修羅場を繰り広げるなよ?」

 

「それはねえよ。というか、"先代水影と白との間で形成される修羅場が怖いんですけどどうしたらいいですか"って、長十郎から相談のお便りが網の相談窓口に」

 

「シンが作ったあれか………何と返した?」

 

本人は闇討ちにあって入院しているらしいが、と九那実は言う。

 

「"男ならやってやれ"って返したらしい。その後、霧隠れの中で謎の爆発があったらしくて…………今度は海月から"余計な事を吹きこむな"と苦情のお便りが」

 

「いや水月じゃろう。たしかにクラゲっぽいが………というか、何故に爆発が?」

 

「詳細は不明だとよ。でも、長十郎はいい方向にレベルアップしたらしいって、ちょっと前に来たウタカタが言ってた」

 

「ああ、あの真性ロリか」

 

「容赦無いな!? って、その言葉だれから………」

 

「シンじゃ。ちなみに一昨日来店してな。それを告げるとキセル片手にシャボン玉に乗って飛んでいったが」

 

「シンが入院した理由と犯人が分かったよ畜生!」

 

でも同情できねえしくだらくて報告できねえ、とサスケは頭を抱えた。

 

「………ごちそうさま。でも、俺が忙しいのはあんたのせいか」

 

「他にも理由があるだろう?」

 

例えば本部近辺に居を構えている花火職人、と九那実は言外に何かを含ませる。

 

「………知ってたのか」

 

「人づてにな。語尾に"うん"をつける、将来有望な――――幼い花火職人が居ると聞いた」

 

「思い出させないでくれ………あれに関してはほんと、俺もわけわからんことだし」

 

「ちなみに卓越した人形劇を繰り広げる幼児もその傍に居たそうな」

 

「俺は何も聞いてない! 聞いてないったら聞いてない!」

 

「それと、鉄の国の城跡に巨大なクレーターが発見されてと聞いたが?」

 

「ああ、あれはなあ………」

 

サスケは苦笑し、頭を抱える。

 

「あと、ひじきの化物が大陸外へ向かう航路途中で発見されたそうだが」

 

「知らないな。隣に鎌を持った変人が居たなんて、俺は聞いてないぜ?」

 

「人柱力の受け入れ態勢も、まだ整っていないそうじゃが」

 

「現時点ではなあ。コントロール出来るなら保留だし、あと数年後の………次世代の人柱力になってからだからな」

 

俺が管理するの、とサスケは呟く。

 

「封印はしないとか」

 

「万が一を考えて、らしい。どうせ負の思念のほとんどが、あの時十尾に喰われて持ってかれたらしいし」

 

「……しかし、本当に奇跡じゃったんだな」

 

「その後に託された俺達に、やる事は多いけどな………しかしもし最後に十尾に負けていたら、今どうなっていたんだか」

 

「言葉通りに実行したじゃろうな………それがもう一つの結末だろう」

 

「そうか………なら信じられた俺らも負けてられない。どのみち諦めないけど」

 

でも胃痛がひどくなるのは避けられん、とサスケは水を飲んだ。

片手には胃薬が入った袋がある。

 

「それは………鹿丸印の胃薬か。そういえば先月木の葉に視察に行ったと聞いたが?」

 

「貰ったんだ。効果が抜群で、それから愛用してるよ………あいつ、胃痛のスペシャリストだし」

 

妥協がねえとサスケは感心する。

 

「心底嫌なスペシャリストじゃなあ」

 

分からんでもないが、と九那実はキリハを思い出し、苦笑する。

 

「ちなみに木の葉隠れのテンテンと、雲隠れのシーも愛用してるらしい。砂隠れのバキもな」

 

「………大丈夫なのか忍界」

 

「大丈夫、だと思う。それでも交流は前よりずっと、な…………いつもの通りの光景さ。きな臭い空気も大分薄まった。前に比べればずっと穏やかな、日常と言ってもいいぐらいのものさ。それも―――あいつのお陰なんだが」

 

サスケはお金を手渡しながら、言葉を続けた。

 

「居なくなってもう二年か………月日が経つのは早いもんだな」

 

「まあ、の」

 

「ラーメン屋を継いだのは、やっぱり………」

 

「それもある。だが、あ奴の夢を引き継ぐのも悪くないと思ってな………所詮は戻ってくるまでの代役だが、楽しくてやりがいがあるのも確かだ」

 

「筋金入りだな………一周忌も二周忌も、来なかったって聞いたけど」

 

真剣な顔で、サスケは聞く。

 

「お主も、同じじゃろうに………それに、信じられるか」

 

もう居ないなどと。そう言って、九那実は悲しげに笑った。

 

「唐突で、勝手に…………自分を犠牲にして。あれが最後などと、信じられるか」

 

「それは………好きだったから?」

 

「ああ」

 

九那実は即答した。

 

「多由也から聞いた話では…………"分からない"と答えたそうだが?」

 

「あの直後か………我とあ奴は、互いの境遇が特殊過ぎたからな。あれは本当に我の想いだったのか………あやつの魂に影響されてのことなのか」

 

本当に純粋なものだったのかと。悩んだと、九那実は言って――――笑う。

 

「でも、離れてみてな。考えるまでもなかった。ああ、痛いほどに分かったよ」

 

「具体的には、どの部分に惚れた?」

 

「どこにも、じゃ。あ奴は勝手で、人の話はあんまり聞かないし、こうと決めたら一直線で馬鹿みたいに突っ走るし、人の気持ちも知らずに旗とやらを立てまくるし………」

 

唐突に愚痴が始まった。サスケは戸惑いながら、じっと耳を傾ける。

 

「ラーメン馬鹿だし。鈍いし。阿呆じゃし。馬鹿じゃし。変なところで嘘つくし」

 

すでに単なる悪口になっている。サスケは汗をかきながら、そういえばと多由也に聞いた話を思い出す。

 

『メンマとの初対面って? あれは、中忍選抜試験の二次予選だったな。その死の森で――――マダオ師と一緒に競歩してた。二回目は………高い所から飛び降りた後、バナナで足滑らせて骨折してた』

 

うん、阿呆だ。サスケは疑問の余地なく、頷きを返す。

 

「ボケ専門じゃし。人にツッコミさせるし。行動が唐突過ぎるし…………どこが良いのか分からんが、それでもな…………辛い」

 

思い出すたびに。そして会えないことに泣きたくなると、九那実は言う。

 

「だから、もう居なくなったなどということは信じられない………信じたくないのじゃ」

「それは、好きだから?」

 

「ああ。我はあやつを愛している」

 

この世界で唯一の真理であるかのような断言。

サスケは、更に問いを重ねた。

 

「それは、どうして?」

 

「名前を呼んだ――――名前を呼ばれた。なんでもない女のように、男のように」

 

ついてまわる事象、自分が九尾など忘れたというように。

 

ただ少女として名前を呼ばれ、なんでもないように過ごした。

 

容姿も、損得も。運命も、因業も。遺恨も、悔恨も。宿命も、因縁も。

 

あるはずなのに、何もなかった。

 

「おじゃま虫はついていたがな」

 

おかしそうに、笑った。九那実が思い出しているのは輝かしい日々の数々。

 

富める時も、貧しき時も。健やかなる時も、病める時も。

命を共としたまま。慰め、助け、馬鹿をやって。

ただ共に生きて、共に笑いあった。余計なものなど、何もなかった。

 

――――失った後に、泣いた。あれこそが真実、ただの九那実として自分が追い求めいたことだったと思い知らされたから。

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

「ああ、そうなのか………」

 

 

サスケは笑い、椅子から立ち上がり。

 

いつの間にか、そこに立っていた人物の肩を叩いた。

 

 

「だってよ。良かったな、親友」

 

「………うっせーよ、戦友」

 

世に知られた忍び、うちはサスケが気易く言葉を交わす。その人物が誰なのか、九那実はすぐに分かった。

 

赤い髪に、ヒゲのような模様も無くなっている。顔立ちも変わっている。共通点など、何処にもない。

 

だが、理屈を越えて理解した。

 

「おかえり、と言った方がいいかの」

 

「うん、ただいま…………といった方がいいのかな」

 

でも取り敢えずは注文を一つ、と。

 

言われた九那実は、硬直したが、すぐに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

無言のまま、二人。

 

作る九那実と、待つ男。二人は一秒が一分に感じられる空間の中、じっとその場に居た。サスケは仕事に戻っている。

 

「色々と言いたいことがあるが、一番聞きたいことは一つだ。どうやって生き返った、小池メンマ」

 

何故、すぐに会いに来なかったと。視線を逸らした仕草で無言に訴える九那実に、メンマは答えた

 

「来れなかったんだ。時間がかかったんだよ………この肉体を構成する時間が」

 

「………何?」

 

「いちから、最初から肉体を作っていたから」

 

眼を閉じ、メンマはその時の事を説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩壊していくメンマ。それに近づき、六道仙人が言う。

 

「忍者の選定は終わった。あの様子ならば、きっと良き方向に変わるだろう」

 

「俺の役割も、終わりって事か。見届けられないのが残念だけど…………疲れたよ」

 

「ご苦労だった………今や忍者と忍界は痛みを知った。私の役割も終了だ」

 

「………一つ聞かせて欲しい。俺はこの世界に呼ばれ………融合し。死にたくないと戦った。それは全て、お前の意志だったのか?」

 

紫苑の言葉を聞いて引っかかっていたんだ、とメンマがたずねる。

 

「違う」

 

六道仙人は、首を横に振って断言する。

 

「あの時お前は、同じ境遇の誰かを救いたいと思った。叶えたい夢があり、それと同じくらいの譲れない想いを知った………そこから始まったのだ。誰かのために死を覚悟し、殺して命を背負った時から」

 

ふ、と微笑む。

 

「最後には世界を前に、自らの意志を貫いた。その強い意志無くば、もっと違った結末を迎えていただろう」

 

「そうか………それを聞いて安心したよ」

 

「ああ………お前は、自らの意志の元に選んだ選択肢の上に立っている。それは、運命とは呼ばない」

 

「………ありがとう。じゃあ――――さようなら、六道仙人」

 

さようなら、九那実。

 

そう呟いた、直後にメンマの魂は崩れ、見えない流れの中に流れようとした。

 

だが、その時

 

「伝え忘れていたがな。あの夫婦からの、忍者たちの。そして私からの最後の贈り物があるらしい」

 

何でも結納の品らしいがと伝え、六道仙人は手を上げた。

 

「成功するかどうかは知らないが…………皆が望んでいる。きっと、成功するだろう」

 

開放される魂達。その中に共通する願いがあるから可能だと言い、光を集める。

 

「英雄の勝利に報奨を、か―――――私からも礼を言おう」

 

 

忍者を肯定してくれて、ありがとう。

 

そう告げた六道仙人は月の中へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「結納の品?」

 

「うん、俺の肉体らしいね………マダオさん、最後までやってくれました」

 

「説明が無かったのは?」

 

「あの二人も、仙人自身確信が得られなかったから。妙な希望は毒になると」

 

「じゃあ、ずっと?」

 

「ああ。崩壊した三狼山の地下深くに残っていた、十尾の欠片の中でな………俺の意識はまあ、月の中にあったんだけど」

 

宇宙すげーとメンマは言う。

 

「身体は地面の下にか…………まるで蝉のようじゃな。しかし、十尾は?」

 

「俺の肉体を構築し終わった後に自爆した。残滓に過ぎなかったし、爆発が爆発だったからな。塵となって消えたよ」

 

「クレーターか。ということはあ奴、知っておったな!?」

 

「万華鏡に開眼した時の………黙っていたことに対する意趣返し、らしい。それに関しては俺も何も言えないんだけど」

 

「………あの二人は最後に、どんな顔をしていた?」

 

「心から笑って、逝った」

 

「………そうか」

 

我は事前には済ませていたんだがの、と九那実は呟く。

 

「見送れて良かったな…………さあ、出来たぞ」

 

そっけなく、九那実がどんぶりをおく。

 

「我が完成させた………"きつねラーメン"じゃ」

 

「これが………」

 

すっと、レンゲを片手に。割り箸を備え、メンマはラーメンを手に取る。

 

そして、数分のウチに全てを平らげた。

 

 

「……どうじゃ?」

 

「………スープと麺と油揚げのバランスが絶妙過ぎる。一緒に食べると得も言われぬ旨みが………」

 

思い出し、くそ、とメンマが呟く。

 

「油揚げの味も損なわれていないし………こりゃ完敗かな」

 

ごちそうさま。そう言って、メンマは困った顔をした。

 

「そういえばお金持ってないんだった」

 

「文無しかと。ふん、このラーメンの代金は高いというのにな? なんせお主のために考えて作ったのだから」

 

九那実は屋台の外に出る。空には雪が降っていた。

 

「そりゃ怖いな………お題はいくら?」

 

出てきた九那実をじっと見ながら、メンマが尋ね。

九那実は、目尻に涙を浮かばせながら答えた。

 

「お主自身だ…………払えるか?」

 

世界を幸せにしそうな笑顔だった。メンマは、一も二もなく支払うことにした。。

 

「うん、喜んで」

 

同じく笑い、頷く。

 

「交渉成立だ………もう何処にもいくなよ。というか、約束を果たせ。旅に行くからついてこんか」

 

追手もいないしの、と九那実が笑う。その瞳からは、涙が流れていた。

 

「了解です………一緒に行こう。というか、立場が逆になったような」

 

死んだことになってるからね、とメンマが頬をかく。

 

「我とお前は他人で………こうして目の前に立っている。そういうこともある」

 

「そうだね」

 

「ああ―――しかし、旅立つに相応しい、いい天気じゃな」

 

―――二人の掌が重なる。

 

激しい鼓動も、重なる。すっと九那実が背を伸ばし、顔が近づく。

 

「雪が降ってるけど?」

 

「お主が居るからの」

 

九那実はそっとメンマの頬に口付ける。メンマの口が、不満に尖った。

 

「ええ~、ほっぺただけ?」

 

「当たり前じゃ。お主も、男なんじゃからの」

 

 

九那実は笑う。その顔は本当に綺麗で敵わないと、メンマは笑った。。

 

 

そして、二人は見つめ合った。背後には何もない。ただ久しぶりに再会した男女のように。当たり前のように手を重ねて、続きを始めた。

 

決戦の前夜に誓った、途中で止まっていた式を。

 

「十尾の中で一回やったけど?」

 

「不意打ちは数えん。あれはノーカンじゃ、ノーカン………さて、どうする?」

 

「ノーカン………なら決まってるよ、九那実」

 

 

屋台の前で、二人はゆっくりと身を寄せ合った。

 

 

「一緒に行こうか」

 

 

「うん、夢を追う旅にね………だから」

 

 

――――誓ってくれますか。

 

 

メンマがそう問い。

 

 

――――誓おう。

 

 

九那実が答えた。

 

 

 

唇が重なる二人を、サスケと仲間たちが見守っていた。

 

その全てを包むように、花弁のような白雪に包み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後しばらくして、各地で美味しい屋台を開く夫婦の姿が見られた。

 

珍しい赤い髪の店主と、それを手伝う、途方もなく美しい嫁。

 

そして彼等は見たことのない絶妙なラーメンを出し、時には稀代の楽師を呼んで、客を心底笑わせ、楽しませたそうな。

 

 

その二人の周りではずっと、笑顔が絶えなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小池メンマのラーメン日誌

 

 

  ~了~

 

 

 

 


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