小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の4 : 帰還の宴会とその後

 

ありがとうとさようならを経て、俺は今此処に居ます。

 

英語で言えばメンマ、カムバック。いや、精神世界での2年は本当に長かったですよ。基本的に話し相手が六道のとっつあんしか居ないし。時々は遠眼鏡の術使ってみんなの様子は覗いてましたけどね。

 

でも動けるのは月に一度くらいだったし、見る場所も選べなかったから、誰が何をやっているのかはほとんど把握していなかった。

 

まずサスケは、網の実働部隊の長となったらしい。補佐はシン。前々から名前と人柄についてはある程度知られていたし、実力も申し分ないとしてすぐに認められた。

 

多由也の存在も大きかった。音韻術による治療は素晴らしいの一言で、特に孤児院や病院に居る心的外傷によって心を病んでしまった人達の治療に、著しい効果を上げた。その苦しみを知っている人達や、家族に心を病んだ者を持つ構成員達は、多由也が女神のように見えたのだろう。必然的に、多由也の信頼を―――恋人で、多由也が少なからず頼りにしているサスケにも、少なからぬ信頼が生まれる。なので、反発はほとんど無いそうな。

 

侍達との同盟も上手く進んでいるようで、数部隊、精鋭と呼ばれる者たちが協力してくれていると聞いた。特にミフネの孫とかいう若い女性剣士。いずれは上忍とも渡り合えるだろう、歴代の侍の中でも特に目を見張る才能を持つ逸材らしい。今はまだチャクラの扱いが未熟で、サスケにこてんぱんにやられているらしいが、いずれは追いつくかもしれないとのこと。

 

サスケには写輪眼という奥の手があるのだけれど、本人曰く「なるべく使いたくない」らしい。殴り合う前に瞳術の幻術で相手を昏倒させると、何だか負けた気分になるから嫌だとか。どうしようもない魔獣や、任務優先の時、また物理攻撃が通じない海月―――海月? のような相手と戦う時以外は、基本的に使わないんだとか。

 

今の所は上手くいっているらしい。それでも人生万事塞翁が馬。また新たな事件や問題が発生するかもしれない。だけど何とかやっていくことだろう。イタチも傍に居る。一時の感情に流されて馬鹿をやることも、ないだろうから。

 

次に、シンとサイ。シンはサスケの補佐、サイはザンゲツの護衛だ。特に敵対勢力が居る訳でもないが、危険は常に潜むもの。用心しておくにこしたことはない。

 

あとシンだが、何やらアジサイさん――――確か、半蔵の姪だったか。医療忍者の彼女と、何やら一歩前進したんだとか、なんだとか。復讐の対象が居なくなった後、そちらの方向に進むと決めたらしい。心や感情の方も、前に比べてずっと穏やかになったとは、常に彼女を見てきたサイの談。

 

女性らしさが見え隠れし、シンも戸惑っているのだとかなんだとか。でも割とおっぱい星人のあいつのハードルを越えるのはきついかもしれない。

 

あと、"シンの何でも相談室"というのを開設したと聞いた。

深く聞くのは危険な気がしたので追求は避けた。

 

サイはサイでいつものとおりだと言っていた。時折兄をおちょくったり、紫苑とお茶を飲んだり、同じザンゲツの補佐役―――というか人間鳴子と評される赤い髪の変態、香燐と話をしているとか。しかし香燐、チャクラ感知に長けている上に、いざとなれば治療もできるとは、専属護衛として一組織に一人は欲しい貴重な人材とも言える。私生活ではサスケをプチストーキングしているらしいが、これも深く聞くのは避けた。シンのやさぐれ具合が半端なかったし。君子危うきに近寄らず。危険察知はお手のものだ。大抵がその察知を無視して突進してくるのが玉に瑕だが。

 

閑話休題。

 

重吾と音の4人衆は土木方兼、護衛部隊に移されたらしい。というか人材がカオス過ぎると思うのは俺だけか。まあ、4人衆呪印の影響も消えたらしいし、重吾も多由也の助けを得られたお陰か、呪印のチャクラを自分でコントロールできるようになったらしいし、問題はないと思うが、混沌としているのは間違いないだろう。

 

隠れ里に至っては、その様相を変えたらしい。武闘派の発言力が著しく低下し、平和派の発言力が高まったお陰か。影に関してだが、砂隠れと雲隠れはそのままで、岩隠れも変わらず。木の葉は綱手姫が引退して、次代は波風キリハに。霧は先の一戦の功が認められ、桃地再不斬が水影に。

 

責任を取る、というのもあったが、次代に託せるだけの人材が居たから、ということもあるだろう。木の葉や霧はともかく、砂と雲と岩――――我愛羅やオオノキ、エーに変わり、変化の時代を乗り越えられるだけの人材は、まだ育っていない。再不斬に関しては、問題ないと思う。それだけの実績とカリスマは持っている。あと、照美メイがそう望んだから、というのもあるらしいが。その理由は定かではないが、もしかしたら婚活とかしているのかもしれない。綱手は引退と同時に結婚したらしいし。

 

他の面々も、うまくやっているよう。これならば命を賭けた甲斐があるというもの

 

――――――と。

 

そこまで考えた時、横から声が聞こえた。

 

 

「何を遠い目をしている?」

 

 

紫の瞳をしている、美しい巫女である紫苑の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を遠い目をしておる、ほら早く飲まぬか!」

 

「あー、紫苑さん。俺の記憶が確かなら、確か未成年のはずじゃあ?」

 

「お神酒を嗜むのも巫女の務めじゃ」

 

ドヤ顔で一言。アルコールでほのかに赤くなった顔が可愛いというのは内緒だ。

 

「って、巫女ってそうなんですか菊夜さん! って既にいねえよおい!?」

 

君子危うきにと見たか。気配は綺麗に拭き取られていた。バージョンアップした俺に気配を悟らせないとは、やるようになった―――じゃ、なくて。

 

「それでいいのか護衛忍者………」

 

「いいのじゃ。なんじゃ、面白くないのう。硬いことを申すな、ほれ酌じゃ」

 

「いや、すでに結構な量を飲んだんだけど」

 

そう言うと、紫苑は悲しそうな顔をする。

 

「妾の酒は飲めんとな? そうじゃの、約束さえ忘れられるような関係じゃしの………

 

明るかった顔に影が落ち、頭がどんどんと落ち込んでいく。

 

「ああもう、分かったから!」

 

たまらず酌を受け取る。ていうか一人称久しぶりだなおい。

 

「…………」

 

「ふむ、どうしたのじゃ?」

 

「いや、あいつが居た頃はここでツッコミが入っていたなあ、って」

 

相方が居ないのよ相方が。

 

「ふむ、シンでも難しいか」

 

「ああ。あのキレにはまだ到底及ばない」

 

うざさ加減も。

 

「ううむ、それは人として喜ぶべきか悲しむべきか………」

 

「笑えばいいと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何か笑い合ってるぞあの二人」

 

「いい雰囲気っぽいが………放っておいて大丈夫なのか?」

 

こちら酒宴の真っ最中。メンマと紫苑を除いたメンバー、その一人であるサスケが九那実に声をかける。

 

「大丈夫ではない、が――――」

 

色々と話したいこともあるじゃろう、と。表面上は落ち着きを見せる九那実は、ぐいと酒を飲んだ。その様子にシンが戦慄する。

 

「く、これが正妻の余裕というやつかァ」

 

「ま、まだ正妻じゃないわ!」

 

白い手の拳が閃いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっとシン君吹っ飛ばされたーっ、って相変わらず騒がしいなあ。紫苑も何かうきうき気分だけど、みんなが集まるといつもこんなん?」

 

「普段はもうちょっと、な。そもそもこうして集まったこともない。機会も………一周忌と二周忌の時にその機会はあったのじゃが」

 

そこで俺は言葉を遮る。

 

「え、一周忌って誰か死んだの?」

 

「いや、お主がの」

 

「………俺?」

 

「おいおい、今更じゃろう。お主、死んだことになっていたのだぞ。ちなみに木の葉では国をあげての盛大な追悼式が行われたって菊夜が言ってた」

 

「ちょ、まじで?」

 

「こんなことで嘘をついてどうする。というかお主、自分がやった事を分かってないのか? 何を成し遂げたのか」

 

「えっと…………なんかすっげえでかくて黒いのと喧嘩?」

 

「うおい、小さくまとめるな。というかそれじゃあ十尾がゴキブリの扱いに―――」

 

そこまで言って紫苑は想像してしまったらしい。俺も同じく、思い描いてしまった。

そう山のように巨大な、ゴキブリの姿を。

 

「じょうじ」

 

「何がじゃ」

 

「いや、本当にごめんなさい」

 

「良い。妾も悪かった」

 

頭を下げあう俺と紫苑。それだけ、心というか健全な精神に与えられたダメージは大きかった。

 

「ともあれ! お主は五影をも制する、山のように巨大な最強の尾獣を単独で撃破したのだぞ。その光景のほとんどを見ていた忍者たちの間では、お伽話に出てくる英雄のような扱いにされておる」

 

「え、ひでお?」

 

「え・い・ゆ・うじゃ」

 

「それはまた面倒くさいことになってんなぁ」

 

「………面倒くさいって、お主そういうものが好きだったんじゃあ?」

 

シンから聞いたぞ、という紫苑の言葉に俺は首を振った。

 

「そこまで大仰なのは流石に。助けたい人だけを助けられればそれでいいよ」

 

元より、究極的には九那実を筆頭とするわずか数人のためだったし――――という言葉は口の中にしまいこんだ。わざわざ言うのも照れくさいし、言う理由もない。

 

「英雄ねえ………まあ、死んだと思われているから、これ以上忍者達と関わることは無いし、いいか」

 

追っ手のない人生って素晴らしいよね! と俺はガッツポーズする。人目を過剰に気にする必要もないし。

 

「妹は泣いていたがな」

 

「うっ………でも、俺が居てもさあ。あっちはあっちで火影に恋人に、充実した生活を送っているだろうし」

 

血縁だからと言って、一緒に居ることが最善とは限らないのだ。そこまで言った所で紫苑は首を傾げた。さらりと、特徴的で、しかし綺麗な髪が横に流れる。

 

「お主、知っているのか?」

 

「まあ、部分部分は見れたから。六道のとっつあんと一緒に」

 

「六道………そういえば聞いていなかったな。お主がどういった生活をしていたのか」

 

「いや、生活というか、死活というか」

 

肉体が再構成されるまで、取り敢えずは月の中に退避。そこで色々なものを見た。この世界の他、外側にも広がっている様々な世界を。

 

例えば、桃色の少女が騒動の中心でバカ犬と叫ぶ世界とか。桃色の髪を見て、誰かを思い出そうとして思い出せなかったのは内緒だ。

 

例えば、ぽーひーという効果音と共にちたまを吹き飛ばす世界とか。流石の六道仙人も「あれはねーよ」とつぶやいていた。

 

見るだけで干渉もできないらしいが。というかしたくないよね。特に後者。

 

「ふむ、つまりは引きこもりか?」

 

「そう、封印術"天岩戸"の中でね」

 

「はあ?」

 

ボケてみるが紫苑には微妙な顔をされた。あ、そういえばあっちの神話だったっけ。

 

「しかし、その割には腕は鈍っておらんようじゃが?」

 

「まあ、男二人………しかもある程度戦いを知っている男二人で、やることなんか限られてくるからね」

 

割と体術もイケル口だった六道のとっつあんと組み手を繰り返していたのだ。術なしの、でもチャクラによる肉体強化はありありの格闘技戦。平行世界の格好いい武術をテーマに、それに習った体術運用による限定戦が特に燃えた。後でとっつあんは、「肉体、身体を動かす感覚を無くさないように仕方なく」とかなんとか言っていたが、あれは絶対に楽しんでいたに違いない。

 

「ま、殺し合いじゃない殴り合いってのは嫌いじゃないから。これだけ身体が動かせるようになると、特にね」

 

修行の果てに得た、鍛えられた身体。それを駆使し、思った通りに身体を動かすというのは、存外に楽しいものなのだ。ラーメンとは比べるべくはないが。

 

「そういえば、そっちの方も腕を上げたらしいが…………新メニューには期待してよいのか?」

 

「いや、これからだよ。構想を練る時間だけは十二分にあったけど、実践するとなればまた違うから」

 

料理は水物。感情や想いだけでどうにか出来るほど容易いものではない。それだけ、味の奥は深い。海溝の底にある深淵に至るのは、ごく一握り。

 

「でも、夢のラーメンを完成させるのには、その底にまで辿りつかなきゃならんし」

 

「ふむ、難しいものなのだな………困難な未知に挑むとは、大したバカっぷりじゃ」

 

「でも、自分が描いた夢だからな。何より今までように、人を傷つけなくても済む夢だし、やり甲斐がある。まあ、一代でそれを成せるとは思っちゃいないけど」

 

「………ふむ?」

 

ぴくりと、紫苑が不可思議な硬直を見せる。何か耳がダンボになってるような。

 

「いや、まあ、ね。誰かに何かを受け継がせるというか………受け継いでくれる人を探すのも課題かな。一代で消させたくはない夢だし」

 

「ふむ、奇遇じゃな。我もこの血を絶やすわけにはいかん。巫女の血を受け継がせる必要がある………」

 

紫苑がこちらに身体を寄せてこようとした時だった。俺と紫苑の間を抜けた何かが、スコン、と甲高い音を立ててカウンターに突き刺さった。

 

「………は、箸?」

 

見れば、見慣れた割り箸だった。線香のように、あちこちから煙を上げていたが。

ひょっとしなくても空気との摩擦熱で焦げたのか。呆然としている俺と紫苑の背後から、声がかかる。

 

「すまんな、手が滑った」

 

朗らかな声で、九那実が謝ってくる。激しくツッコミたい俺だったが――――声の裏にこめられた何かに、沈黙は金だと悟らさせられた。

 

「ふむ、手が滑ると危険じゃからのう………ま、気をつけた方がいいの」

 

九那実と同じくらい朗らかに、紫苑が返す。やおら二人の間に戦いのゴングが鳴らされた。俺は助けを求めサスケ達が居る方のテーブルを見たが、一斉に視線を逸らされた。

多由也もイタチもいつの間にか戻っていたシンも、何故かシンの横に座っているアジサイも。菊夜さんだけはこちらを向いていたが、視線の先には紫苑の姿。

 

え、がんばってとかやめて下さいよ姉さん。ちなみにサイと、見覚えるある花火師―――小鉄と言ったか。その二人は顔を逸らしながらも、「末永くと言わずに今すぐ爆発しろ」と書かれた板をこちらに見せていた。そんな他人に扮した皆をよそに、いつまでも続くと思われていた緊張の空気はすぐに萎む。

 

「ちっ、ちょっとぐらいいいじゃろうに。お主らこれから旅をするんじゃろう?」

 

「な、何処でそれを!?」

 

「聞いてはおらん。しかし、察せんでか。お主が旅をするために貯金をしておったことなど周知の事実!」

 

「か、隠しておったのに!?」

 

あっちのテーブルから「あれで隠してたのか」と驚愕の声。

 

「お主も、付いていくのだろ?」

 

「ああ。ちょっと、とっつあんからの頼まれごともあるしな。旅をしながら修行も出来るし、学ぶこともできるから」

 

それに何より、約束なんでな。そう言うと、紫苑は口をへの字に曲げた。

 

「………妾も行く」

 

「へ?」

 

「妾も付いていく!」

 

「いや、だって…………止めるって訳じゃないけど、厳しいと思うぜ?」

 

俺と九那実は体力おばけだ。10時間とか普通に歩ける。お嬢様然としている紫苑が付いてこれる訳がない。

 

「心配ご無用じゃ、菊夜と一緒に修行をして、体力だけは付けたからの!」

 

自信満々に紫苑が言う。見れば、ウエスト辺りが引き締まっているように見える。しかし、それだけで付いてこれるとは思わない。それに、トラブル体質である俺たちの旅は危険を伴うものになるだろう。

 

「元より承知の上じゃ。なに、総合的な防御力で言えば誰にも負けん自身があるぞ」

 

「身の回りのことは?」

 

「自分でする。一緒に旅を………生活をするとなれば、それが最低限必要なこのなのじゃと教えられたからの」

 

ちらりと多由也とサスケを見る。二人は横目でこちらの様子を伺っていたが、俺が見るとさっと目を逸らした。

 

(………まあ、いいか)

 

というか、断る術を持たない。紫苑の目はそれだけ輝きに満ちていた。駄目と言えば、その瞳は哀しみの色に染まるだろう。それに耐えられるとも思わない。

 

(………色々なものを見たい、という所か)

 

数年前まで、ずっと目が見えなかったのだ。それも無理もないことだと納得していると、九那実と紫苑の二人から冷たい視線が浴びせられた。

 

「………気づくのに、12年。それでもお主はこやつと共に行くのか?」

 

「ふん、上等と言わせてもらおうかの。それに今ならば付かず離れずおったコブもない!」

 

「よくほざいた! ならば多少の無茶はァ!」

 

「承知の上じゃ!」

 

紫苑がぱちんと指をならす。すると、さっと向こうのテーブルから菊夜がかけつける。

 

「どちらの方法で」

 

「爽快コース!」

 

告げ、紫苑は九那実の目を真っ直ぐに見る。ふっと、九那実が笑った。

 

「………承知致しました。それでは、準備を」

 

あっという間の展開。はっちゃけ過ぎる紫苑と、周囲から立ち上る歓声の中で、俺は意味がわからないまま呆然とするしかなかった。そんな俺をおいて、事態は進む。そこからはあっという間だった。

 

店の真ん中にでんと円のテーブルが置かれ、その上に酒が並べられる。傍にはアジサイ。その円の外には観客というか野次馬ども。

 

「それでは、お二人ともよろしいですか」

 

「うむ」

 

「いつでも」

 

そこまでで何となく勝負の方法とかを察した俺は、取り敢えず傍にいる医療班であろうアジサイさんにたずねる。大丈夫なんですか、と。

 

するとアジサイさんは遠い目をして、言った。

 

「この手のバカが網には多くてな。もう慣れたさ――――何、死なせはしない。後遺症もなくさらっと直してみせる」

 

疲れたリーマンの目をしていたので、それ以上つっこむのも詳細を聞くのもやめた。"なおす"の字がおかしくないですか、とか。そういえば酒の席では、浴びるように飲む奴が多かった記憶がするなあ。

 

「それでは、始め!」

 

 

そこから先は語りたくない。

 

 

ただ、紫苑が意地を貫き通したとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははは!」

 

「あーもう、見事に酔っ払っちゃって」

 

部屋の戸を開けながら、ぼやく。勝負に負けた九那実は倒れはしなかったものの、見事に泥酔の状態になっていた。いつもならば見せない快活な笑顔に顔を赤くしている者が多数居たが、それも無理はない。長年一緒に居た俺でも見たことがないほどに、今の九那実は綺麗なのだから。

 

「でも………芝居はそこまでにした方がいいと思うけど?」

 

「何じゃ、気づいておったのか」

 

さらりと、九那実が元に戻る。しかしよろけて、布団の上に座り込む。

 

「って酔ってる。純粋な芝居じゃなかったんだ」

 

「流石の我でも、あれだけ飲めば酔うさ」

 

言い、笑うその頬はわずかに赤い。その様子があまりに魅力的というかエロスを感じてしまい、俺は顔を逸らした。中学生か、とどこからかツッコミが聞こえたが気にしない。

 

「えっと、なんで?」

 

何を聞くべきなのか限定するのも面倒くさいおれは、大まかにたずねたすると、九那実は意を察したのか全部語ってくれた。

 

「流石にのー。我と同じくらい落ち込んでいたのは、あやつだけじゃったからのー」

 

「え?」

 

「死んだとは思っていなかった。お主ならばきっと、とな。でも、もしかしたらと考えてしまって………なら、無理じゃ。表層だけは何とか取り繕っておったが………」

 

ここまで聞かされて何となく察した。ウエストがひきしまった理由も。

 

「経緯を考えれば、流石の我も同情する。別れて暗闇の世界―――焦がれ再開し、また別れ。落ち込むなと言う方が無茶じゃ」

 

「それは………」

 

「全部、いいさ。こうして戻ってきた。それだけでいい。紫苑の奴もな」

 

「………ごめんなさい、というべきかな」

 

「バカ、違う」

 

半眼になる九那実。そこで俺は、笑って言った。

 

「なるほど………待っていてくれてありがとう?」

 

「うむ、帰ってきてくれてありがとう、じゃ」

 

その言葉は我にはらしくないがの、と九那実は笑う。

 

「えっと、それで………」

 

「ああ、負けた理由か? なに、"旅は道連れ世は情け"とお主は言っておったじゃないか。それに多いほうが、寂しくない」

 

「………へ?」

 

不思議そうな顔をすると、九那実は怒った顔をした。

 

「狐は、の。生きていくのに他人は必要ない。幼い頃より独りで、それが自然なんじゃ。仙狐に至る狐ならばなおさら――――」

 

目を伏せる。

 

「触れたこともない。誰かの体温を、感じたこともない。独りで十分と、それを疑ったこともなかった」

 

ずっと独り。それが意味することを、俺は知らない。その辛さも。俺は、何だかんだいって誰かと一緒に居るってことを知っていたから。そんな事を考えていると、九那実が顔をあげて笑った。

 

「だけど、知った。誰かと共に生きることを………一緒にバカをすることを。同じことに笑い、同じことに怒り、同じ方向を見ながら生きることを。だから、それが無くなるのは嫌だ。こういうのを、寂しいというらしいの?」

 

九那実は部屋に視線を走らせ、何かを思い出したのか悲しく笑う。

 

「独りは寂しい。大勢は楽しい………つまりは、そういうことじゃ」

 

「でも素直に付いてきてくれというのは、恥ずかしかった、とぉ!」

 

言葉の途中で飛んできた枕をさっと受け止める。視界が枕で染まる。白の枕、降ろした後に見えたのは顔を更に赤くする九那実のご尊顔。つーか、まともに見えてかなり酔ってるなキューちゃん。素直さがいつもの9乗くらいあるような。

 

「ふん………ペースを握られたくなかったからの」

 

「え?」

 

よく聞こえなかったので聞き返すが、うるさいと返された。

 

「ふん、うるさいのお。しかし今の言葉はいたく傷ついたぞ。ああ、傷ついた」

 

ぱすぱすと敷いている布団を叩くキューちゃん。まるで駄々っ子だ。そして間もなく、駄々っ子は何かを思いついたかのように顔を上げ――――目を閉じて、言う。

 

「ちゅーしれ」

 

「は?」

 

「ちゅーしれ!」

 

聞いたことねえ声色でそんなこといぅ九那実さん。

 

(は? え、唇が突き出され、え?)

 

混乱する頭。しかし身体は、自らの欲するままに行動したようだ。

そう、考えるまでもないこと。俺はゆっくりと膝まづき、その美しい桃色の唇に自分の唇を重ね―――――ようとした、その瞬間。

 

「かかったの!」

 

巴投げ一閃。またたく間にマウントポジションを取られた。

 

「めしとったりぃ!」

 

「く、罠か!」

 

顔を真っ赤にしてキューちゃん。どうにも話している内に更に酔いが回ったのか、顔がリンゴのように真っ赤だ。しかし、恐るべき罠。分かっていてもかかっただろう所が心底恐ろしい。例えそれが罠であっても、クマーと叫びながら全力で釣られただろう。

 

だが、この恐るべき罠の後には、一体どんなことが待ち受けているのか。目を閉じて待っていた。しかし、追撃はこない。

 

――――ただ、乗られた箇所に九那実の体温を感じる。

 

「あたたかい」

 

「え?」

 

「あったかい」

 

にへらと笑うキューちゃん。次の瞬間、目を伏せる。前髪が、彼女の顔を隠した。

 

「独りだった。ずっと、ずっと」

 

泣いていた。見たことのない、涙。

 

「この部屋で、ずっと。でも寂しかった」

 

流れる涙は粒になった。聞こえる声は、かすれている。

 

「寂しかった。辛かった。一人は寂しい。誰もいないのは、嫌じゃ。もう、嫌なんじゃ」

ぽす、ぽす、と腹を優しく叩いてくる。その様子は、どこか子供のように思えて。

 

「二度と、離れることは許さん。お前は我のものじゃ」

 

命令するような、懇願するような。ぽす、ぽす、という音は続いた。それは声だった。悲鳴であったのかもしれない。独りである苦悩を教えられた少女の、感情を知った少女の。その聞いているだけで泣きそうになる切ない声を前に、俺は我慢をすることをやめた。

 

「ふあっ!?」

 

そこから先は言わせない。俺は腰を跳ね上げ、マウントポジションにある九那実のバランスを崩した。そのまま、倒れこんでくる九那実を胸で受け止める。仰向けに倒れる俺と、それに乗る九那実の体温を感じた。

 

「ほら、大丈夫だって。もう戦いもない。だから、大丈夫だ。どこにも行かない」

 

ぽんぽん、と背中をたたきながら告げる。その手のひらから、そして触れあう肌から、九那実がの音が聞こえる。鼓動が、感じられた。それは、九那実も俺の声を感じているということ。落ち着きを取り戻す九那実の鼓動に、俺は安堵の息をついた。

 

まだ、完全に納得はしていなかったけど。

 

「本当か? 嘘はないか? 絶対じゃな?」

 

確認のようで、誓わせる言葉。だから俺は、本心嘘偽りなく、感じたまま思ったことを言葉に載せ、告げた。

 

「傍に居る。嘘はない、絶対に………誓っただろ?」

 

さっきも。告げると、九那実は口を閉じて――――しばらくして、開いた。

 

ならば許してやる、と。

 

「ぷっ」

 

「なにがおかしいっ」

 

どこまでも上からの目線。しかしそれすらも可愛いと思える俺は、ひょっとしたらどこか狂ってしまったのかもしれない。でも、ちっとも悪くない。むしろ良いだろうが文句あるのかこんちくしょう。そう考えた所で、気づけば倒れこんだ九那実が身体をよじ登ってきた

 

「ふん、ところで………お主、あれは治ったのか?」

 

「え、あれって?」

 

「過剰に本能を抑制する性質じゃよ」

 

「………気づかれてたのか」

 

無自覚だったおのれの性質。トラウマによるもの、ととっつあんは言っていた。あの、暗部を血に染めた光景を忘れていないと。生まれた直後だったし、仕方ないのだとも言っていたが。

 

「治った。色々と考える時間も出来たし――――というか、そろそろ限界なんだけど」

 

「ふえっ、何がじゃ?」

 

首を傾げる九那実。分かっているのか、いないのか。酔っているのか、いないのか。

しかしどっちでもいいと、俺は本能に従い、行動することを決めた。

 

そう、風の吹くまま、赴くままに!

 

 

「へっ、何を…………!?」

 

 

がっしと抱きしめる。どこまでも柔らかい身体に、最後の理性が音を立てて崩壊した。

 

 

「ちょ、服が皺にっ!?」

 

「好きだから構わない」

 

皆までは言わせない。恨むならば自分の可愛さと綺麗さと可憐さと色香と可愛さを恨んでくれ。あと、言葉もね。俺も二度と離れたくはないのだから。

 

 

そこから先はお決まりのこと。男と女が二人居るならば当たり前の。

 

ただ、予想以上であった事をここに置いていく。

 

 

「馬鹿者、壊されるかと思ったわ!」と涙目になったキューちゃんに頬を抓られた事も。

 

 

 


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