小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の7(前) : サムライ達の試験

「私が男塾塾長、江田島平八であるッ!!」

 

 

「………は?」

 

 

「私が男塾塾長、江田島平八であるッッッッ!!」

 

 

俺はマコト、侍だ。今は、網の本拠地であり俺たちの寝床でもある拠点から少し離れた場所にある森の中に居る。横には、仲間が3人。つまりは一個小隊で動いている。

 

そして――――目の前には、腕を組みながら叫ぶ、お面をつけた赤髪の男。どうしてこうなった、どうしてこうなった。他の3人も俺と同じ表情をしている。いや、ツバキは虚をつかれたような顔だな。具体的に言えば、先月の演習で鈴さんがした顔。そう、いざ戦闘と抜いた刀が子供時代に使ってた銀紙刀だった時のような。

 

「なんか軽いな、ってこれ違う!」とあまりにも自然な流れでひとりツッコミをやり遂げた鈴さんの勇姿を僕達は忘れない。対戦相手のツバキは笑うまいと、必死に無表情装いながらも―――腹抱えて悶絶してたけど。

 

(じゃ、ねえよ)

 

確か俺たちはミフネ大将から言われて、北方への遠征を。獣の妖魔達の征伐を行う前の、最終訓練を受けているはずだ。内容は模擬戦。この森にその相手が居て、4対1の集団戦で勝てれば完了なのだとか。

 

選ばれたのは俺達だけ。そこに疑問はない。俺達4人は同期の侍とかよりも、それなりに腕が立つ自負がある。ミフネ大将の実孫であるツバキを筆頭に、4人で組めば上忍相手だってどうにかなるぐらいの腕はあるつもりだ。修行してわずか7年で上忍と一対一でやりあえるようになった、ミフネ大将の養子―――天才剣士の鈴さんには及ばないけど。

でも、舐められるような腕は持ってない。

 

一番前に居るトクマの袈裟懸けの渾身の一刀は、ミフネ大将にも認められるほどに早い。左隣に居るリンジの突き技は一級品で、硬い岩をも貫く程。総合力では右隣に居るツバキが一番だ。ミフネ大将の実孫だけあって、修練の量が半端ない。鈴さんのような際立った天分はないが、それでもこの年の侍では、歴代の侍の中でも十指に入るぐらいだろう。

 

そんな俺達が、なんで、こんな相手と。いや、誰が相手でもいつもどおりにすぐに終わらせてやるつもりだったけど。他の3人も同じだ。俺たちは無力な子供時代とは違う。今じゃあ、条件次第では幹部達ともやりあえるつもりだ。

 

(それなのに………ミフネ大将って冗談を言うような性格だったっけ)

 

そこで、埒があかないと考えたのだろう、ツバキが男に話しかける。

 

「あの………つかぬ事を聞きますが、貴方が?」

 

「はい、私が変なおじさんです。それでいて君たちの模擬戦相手を務めることにあいなり申した。ちょっと侍の人達にはでっかい借りがあるので、今回だけ引き受けた次第です」

山ごと消し飛ばしちゃったし、と赤髪の仮面。この人は何を言っているのだろう、いよいよもって分からなくなった。吹き飛ばしたと言われ、思い浮かぶのは黒髪の化物。六道仙人の化身と呼ばれた、最強の忍者―――あの時、道を指し示し、でも三狼山ごと俺たちの城をぶち飛ばした、ペインその人である。

 

そんな中、ツバキが再度男に尋ねた。

 

「それならば、貴方は……私達4人を相手に出来るほど強いとおっしゃる?」

 

「ああ、強いよー。めっちゃ強い。どれくらいっていうとマジで強い。つまり、おれtueeeee! あたい、さいきょー!」

 

「「「「嘘だっ!!」」」」

 

「L5!?」

 

ツバキが叫ぶ。俺たちも叫ぶ。4人の心がひとつになっただろう、それくらいのうさんくささが男の台詞からただよってくる。

 

「いいです………平八さん。始めましょう。模擬戦の設定はどうしますか」

 

「あ、ぱっつあんて呼んでくれてもいいよ。模擬戦の設定は俺対君達、1対4の集団戦。君達が気絶するか、俺に一太刀でもいいから、クリーンヒットさせるか。期限は来月に行われる征伐まで」

 

「………はぁ?」

 

思わず、声がこぼれてしまう。今なんと言ったのだ、この男は。一太刀でも、だと?

 

「本気、ですか。いえ、正気なんですか?」

 

「至極真面目だよ。開始の合もそちらで決めていい」

 

「………了解、しました」

 

ツバキの声が震えている。それもそうだ、俺でも今口を開けば、声は震えるだろう。

 

――――舐められている、という怒りで。

 

一太刀、だと?いいじゃないか、すぐに終わらせてやる。ツバキが振り返り、俺たちの方を見る。その視線に頷き、意図を理解する。舐められっぱなしで、済ますわけにはいかないからな。

 

「では………たった、今からですっ!!」

 

ツバキの声。それに合わせ、トクマが鞘から刀を抜きつつ、一歩踏み込んだ。俺たちの中でも最速の、袈裟懸けの一刀が振り下ろされる。

 

そこで勝利を確信した。トクマの間合いに入り、攻撃が終わるまでの速度は異様だ。見る限り無手である相手に、防ぐ術はない。

 

―――そのはずだった。

 

「………は?」

 

なのに、赤髪のお面の男は先ほどより二歩ほど前の位置に立っていて。仕掛けたトクマは、うつ伏せに倒れ伏している。

 

「っ、うおおぉぉっ!」

 

その事態に、一番早く反応したのはリンジだ。遠間から、一番避けづらい胴突きを放った。ともすれば、先端が霞む程の速度。そんな雷光のような突きは、しかし途中で横に打ち払われた。

 

(掌の、横で!?)

 

その瞬間は、見えなかった。しかし今止まっている互いの状態から見れば、それしかない。赤髪の男は突きの軌道を捕らえ、完璧なタイミングであの突きを横に捌いたのだ。

 

「っ!」

 

一瞬だけ硬直したリンジだが、そのままで終わるはずもない。再度突きを敢行しようと、突き出した刀を手前に引き寄せる。

 

しかし―――次の瞬間には、男はリンジの、"肩の上に片足で乗っていた"。そしてその場でぐるりと回転し、リンジの頚椎をつま先で柔らかく蹴る。間もなくしてリンジがその場に倒れ伏した。どうやら気絶したようだ、が。

 

(今のは、一体――――)

 

何が起きたのか。理解できない俺の横で、ツバキが口を開く。

 

「………突きを横に捌き、刀身に触れている部分をチャクラで吸着。その上でリンジの引っ張る力に任せ、利用し、軽く跳躍し、肩に乗る――化物みたいなチャクラコントロールですね。それに、突きを見切る動体視力も………」

 

「チャクラコントロールだけは誰にも負けません。突きは、まあ………サスケに比べたら屁みたいな速度だったし」

 

サスケ―――うちはサスケ。網でも最強の忍者であり、ミフネ大将とも互角以上にやり合える、世界でも有数の忍者。なんでそんな名前が出るんだ。

 

 

「今日は小手調べみたいなもんで、な――――というわけで、仲良く気絶して下さい」

 

 

直後、首筋に衝撃を覚え、俺はその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、地獄の修行が始まった。

 

「あれこれどうだ、なんて言わない。侍に対して何を教えたらいいのかなんて分からないからな。ルールはひとつだ。どんな手を使ってもいい、俺に一撃を加えたら終わり」

 

実戦形式で、縛りはない。この赤髪のお面の人に一撃を与えられたら、それで修行は晴れて完了というわけだ。ただ、この人はどれだけ強いのか。謀られたと歯ぎしりをしながら、納得いかないまでも俺たちはたずねる。

 

「ん、俺がふざけているから弱そうに見えたって? ――――強い忍者が、みな真面目だと思っていたら痛い目にあうんだぜ? 具体的に言えば木の葉のエロ仙人とか、はたけのカカシさんとか、マダオとか」

 

遠く、どこかを見ながらお面の人が言う。エロ仙人が誰かは知らないが、木の葉が魔窟だというのは理解した。

 

「あとは、強い奴ほど相手を油断をさせるのが上手い。自分の実力をを隠すのも。お前らが立ち振る舞いから俺の実力を見抜けなかったってことは、まあそういうわけだ」

 

つまりは、それだけの力量差があるということ。その事実に俺たちはなんとも憤懣やるかたない状態に陥るが―――やられたのは事実で、情けなく負けたのも事実。納得いかないまでも、頷かないわけにはいかなかった。

 

「尊敬は居らない。認められるのも面倒くさい。俺はお前たちを叩きのめす。だからお前たちは俺をただ憎めばいい。怒ればいい。全力で邪魔をしてやる」

 

意地悪そうにお面野郎は言う。その面の下の口は、嫌な形に歪んでいるのだろう。

 

――――そしてこの日から、俺たち4人は挑み続けた。

 

男は、強かった。チャクラ刀で斬りかかっても当たらない。囲い、逃げ場をつぶしながら斬りかかっても風をまとったクナイで止められる。少しでもチャクラの出力を下げると刀ごと切り飛ばされるぐらいだ。それでも、俺たちが大きな怪我を負うことはなかった。

 

手加減されているのだろう。それを理解し、更に苛立ちを募らせる。男の声や立ち居振る舞いからして、現在16歳である俺たちと比べ、そう離れていることはないだろう。

 

だけど、まるで大人と子供だ。クリーンヒットどころか、最初の一週間は掠りもしなかった。見れば、相手は実戦に馴れている感じだ。俺たちは数える程しか経験していない実戦を、この男は幾度もこなしてきたのだろう。見切りと間合いの使い方に、懐の差がありすぎた。俺たちが焦り刀を構える場面でも、男は鼻歌交じりにやり過ごす。

 

「え、赤髪のお面の人を知ってるかって? ――――詳細は言えないけど、知ってる。マジでヤバい。どれくらいヤバイかっていうと、マジでヤバイ。キツイ。グロイ。でも姐さんのために! って熱いです九那実の姐さん!」

 

知り合ったウナギ丸も、こう返す程に。ラーメン屋の超絶美人元店主に心酔しているこいつで、女好きなアホだが、根は悪くない馬鹿だ。忍者としての才能は並以上。本拠地の侍で、こいつがこの数ヶ月の間にめきめきと実力を上げていることを、知らないやつはいない。動機が不純だと一部の侍は嫌悪感を抱いてるらしいが、俺はこの馬鹿が何となく好きだった。

 

「気をつけろ。そのお方は時に片手で巨大な岩石を打ち放ってくる。風を爆発させているらしいが、理屈はようわからん。でも砲弾は岩で重くて超速いので、当たればトマトだ、ってそれはポテトですよ紫苑さん。なに、ウッドマスターヤマト? 自来也御大の新連載じゃないですか打ち切りスメルがすごいですけど。え、なんで御大かって? ―――心の師匠だからです」

 

話が逸れるのが玉に傷だが。いや、貴重なことを聞けた。つまりは、分かっている以上に、盛大な手加減をされているってことだ。

 

「一説には体術オンリーだと、“あの”うちはサスケをも上回るとか。いや、あの人も大概が規格外なんだけどねー、って今朝のトラウマがっ。っああああッッ、サスケさん、その千鳥は大きすぎです余波で木々なぎ倒しながらこっち来ないでぇ!?」

 

森林伐採反対、自然を大切に! と頭を抱えて悶える馬鹿。よほど怖い体験をしたのだろう、その顔は絶望に染まっている。

 

「っ、はあ、はあ………最後にまとめるとこうだ。俺式実力評価表によると――――知ってる人だけになるけど、下の方からこうなる」

 

そう言いながら、ウナギはメモ帳を片手に説明を始めた。

 

 

 

小鉄『パンピー。でもモテモテ。もげればいいのに』

 

☆チャクラ使える人の壁☆

 

俺ことウナギ丸『網一のナイスガイ。これからの成長に期待。◯大器晩成』

 

赤い残念美人『赤い髪の変態。メガネ。でも感知スキルと回復の特殊忍術はゴイシャス。殴り合いでは、それほどでもないとか』

 

君達4人組『正面からの殴り合いでは強いんじゃね? でも策にはめれば、すぐにかたせそうなふいんき。ツバキちゃんは義理の姉、鈴さんにコンプレックスを持っているとか。美少女嫉妬侍って萌え。野郎はどうでもいいよね』

 

☆上忍の壁☆

 

赤い素敵美人『赤い髪の女神。噂でしか聞いたことないけど、なんやかんやで上忍レベルの強さらしい。見た感じで、この位置。でも彼女のすばらしさはそういった所にない。ある意味で最強なお方らしい。隠れ巨乳』

 

鈴たん『ドジっこ侍猪突猛進型。ツバキちゃんの義理の姉。何度か模擬戦やったけど、いつの間にか叩き伏せられていること多数。感覚派だからか、太刀筋が読みにくい。大きくはないが美乳だと、俺は思っている』

 

黒髪のテロリスト『弟の方。本当に好きな人に好かれなきゃ意味ないよね、って寂しそうに言われた。イケ面で他の構成員からはもてるらしいのに………でも、そうですよね二股とかもげればいいのに。臨機応変で策士タイプ、あと特殊術の応用範囲が異常なので、ガチの殺り合いになると相当強いと思われ』

 

金髪のエロのパイオニア『兄の方。ナイムネの童顔姉さん女房って、なにその新ジャンル。体術は網でも1、2を争うぐらい。なんで、正面からは戦いたくない。あと、世界巨乳美人ランキングなるものを自来也御大と作成している途中とか。いくらだ、給料3ヶ月分までなら出せるぞ』

 

☆底が見えん人の壁☆

 

ミフネ大将『ソードマスターミフネ。必殺技は“まそっぷ!”って仮面の人が言ってた。嘘らしいが。実力は未知数。威圧感ぱねえ大戦を経験したが故にこの位置。この人相手のガチの殺し合いとか、本気で考えたくない。忍者殺しという異名を持っているとか』

 

☆反逆と死が同義な人の壁☆

 

うちはサスケ大明神『変なこと言うと後で怖いので。雷の突きは見えねえし、範囲広い火遁は避けられねえし。眼を直視したら、次の瞬間には夢の世界に旅立ってるし、一体どうしろと。体力も人外級で、この人を相手にするぐらいなら小国にでも喧嘩売った方がマシレベル』

 

赤い仮面のお方『大明神と同じぐらい。つまりはマジパネェってこと。修行時はお面つけてて不気味。恐怖心が増す。こっちも底が見えん実力。体術は人外。手が見えんどころか、体捌きが見えん。見えんものをどうしろと。風遁が得意らしい。こっちも見えん。あと何枚の切り札持ってますかって聞いたら、見せる時はお前が死ぬときだって言われた。っアアアアッ、もう揉んだりしませんから永久ループ空中遊泳はご勘弁をッ!?』

 

 

 

 

「と、以上だ。多由也さんの知り合いの4人組みとか実力知らんので、こういった感じになる」

 

「ちょっと………待て。うちはサスケと同レベルだって?」

 

「見た感じにはね。どっちも俺が計れるようなレベルに無いし」

 

そこで、俺は初日の出来事を説明してみた。

 

「あー、実戦でなくて良かったね、としか言えんねえ。そもそも変な血継限界持ってる忍者も居るし、妖魔も見た目に反して凶悪なの居るし。態度や外見から強さが分かる奴の方が少ないぞ?」

 

「それは………そう、かもな」

 

「見た目おちゃらけて、実は強いなんてよくある話だ。で、そういう奴らの方こそ怖い」

「それは、何故だ?」

 

「そういう奴らが強さを見せるのは、相手を殺す時だからだ。抜かば斬る―――侍の理念と一緒だな? 他はなんだったっけ………ああ、密林に誘い込まれて、刀を振り回せなくなったって?」

 

「ああ、振ると巨木にひっかかってな。トクマがその隙に叩きのめされ、そっからはまた悶絶コースだ」

 

「ふーん………つかぬことを聞くけど、トドメには悶絶コースと気絶コースがあるんだっけ?」

 

「ああ。気絶させられるだけな時と、痛みを感じさせるように………例えば腹へ強烈な一撃を受けて、数分間悶絶する時がある」

 

「なるほど。で、その使い分けについてマコトはある程度予想はついてるんだよな?」

 

「ああ、恐らくは………同じミスを繰り返した時にだけ、後者のトドメが来るな」

 

「そのことを、他の3人は?」

 

「ツバキは気づいてると思う。トクマとリンジは、どうだろうな………気づいているとは思うが」

 

「………ん? えっと、4人で戦術練ったりとかはしないの? 他の侍の人達に意見聞いたりは?」

 

「あ、ああ。元々同じ班でも無かったしな。それぞれの役割は分かってるつもりだし、今更上の人とも話し合うことは………あの調子なら、あと2週間あるし、頑張れば何とかなるだろう」

 

と、そこでウナギ丸の表情は変わった。

 

「………馬鹿じゃねえの? お前ら、訓練の意味をまるで理解してねえだろ」

 

「アぁ?」

 

嘲るような調子の言葉に、俺はカチンとなる。

 

「凄んでんじゃねえよ。その相手は初日に言ったんだろ? ―――実戦形式だって。どんな手を使ってもいいって。つまりは、これは作戦なんだよ。事前情報、任務達成に必要なのは何かを教えられてる」

 

「それが、どうした?」

 

「聞けよ。4人でまとまって戦術を練れよ。こっちが分かってるつもりでも、相手は分かってねえなんてことは多くあるぜ。他人なんだ、自分とは違う。理解してくれている、って思うのは甘えだぜ」

 

「それは………」

 

そこで、思い出す。たしかに、他の3人が予想外の行動を取って、それに驚き、隙をつかれてやられた事もあると。

 

「さんざん叩きのめされたんだ。もう、まともにやって勝てねえのは理解してるんだろう? 言っとくが、今のその人が本気ってことはねーぞ。底計れねーんだ、思い込みは捨てろ。

 ………認めたくないだろうが、相手は強いんだよ。だから、恥でもいい、実戦を多く経験してる先輩方に聞け。実戦経験豊富な人の助言は金に勝る。ああ、忍者でもいいさ」

 

らしくない真剣な声に、いつしか俺は圧されていた。続く言葉に、何も言い返せない。

 

「実戦形式なんだぜ………その上、この後はマジもんの実戦だ。つまりは、殺し合い。それなのにお前らにゃあ、必死さが足りねえよ。目的に対する執念が足りてねえ。

そんな中途半端なきもちで北の征伐に向かおうなんて――――お前、守る人達を見殺す気か」

 

「っ、そんな事は!」

 

「そうなるんだよ。敵に対する事前情報は揃ってるんだろ? それでこれが最後の修行でお前たちに受けさせるってことは、つまりはこれが最低ラインなんだよ」

 

上も馬鹿な奴ばかりじゃない。ウナギ丸はそう言って、意味を考えろと言う。

 

「聞けば、奴ら獣の妖魔はずるがしこい。機動力も普通のそれとは段違いで、穴があればそこを的確に突いてくるって聞かされたよな?」

 

「………ああ」

 

「俺は呼ばれてねえ。俺じゃあ、足りねえからだ。そんな奴らがゴマンと居る。そんな中からお前ら4人が選ばれたのを理解しろよ………その意味と、責任を」

 

それだけ告げて、ウナギ丸は立ち上がり、勘定を済ませる。

 

「俺は行くぜ。午後から修行だ。マコト、お前はどうする?」

 

考え込む俺に、こつ、と米神をこづきながら聞いてくる。

 

俺は即座に答えた。

 

 

―――そうだ、時間はあと二週間“しか”ないんだ。何とかなるんじゃなくて、何とかしなければならない。手段を選んで慎重に、なんて言っていられない時期に入っている。

 

そこで、見たウナギ丸が砕けた口調になる。

 

「ふん、最低限合格ラインに乗る顔になったな………まあ俺の超絶ミラクルナイスフェイスには負けるが!」

 

「言ってろ。それに語呂悪いぞバナナ丸」

 

「ちょ、馬鹿とウナギ丸を足したなちくしょう!?」

 

いつもの調子に戻る。ああ、こいつはいい奴だな。馬鹿で女好きだけど、俺などよりはよっぽど大人だ。周りが見えてるし、自分の弱さを隠したりしない。

 

「いや、こいつのは恥知らず、っていうのじゃ。ほれ、おみやげ」

 

「あれ、姐さん? これは………オニギリ、ですか」

 

「メンマからお前に、じゃ。珍しく良いことを言ったから、らしい」

 

「そうっすかー。それよりも姐さんとのデート件を貰ったほうが良いなあ」

 

「我が断る。こいつとの時間を減らされるのは………わ、我の方が嫌なのでな」

 

「ちょ、あねさーん! あの人の何処が良いっていうんですか!?」

 

「………お揚げくれるし、美味しいし………ほ、本当に美味しいんじゃぞ、返ってきてからも凄い腕を上げてるし!」

 

ほっぺた赤い。幸福だというのが無言でも理解できる表情だ。え、揚げだけですかってツッコミが出来ないほどにかわええ。年上のハズなのに、年下に見える。えっと、なにこの人まじやべえんですけど。

 

「………えっと、それ以外もあるが、ここじゃあちょっと言えん。あと、こういうのは、その、理屈じゃないじゃろう?」

 

「ギギギギギ………!」

 

嫉妬に狂う馬鹿ウナギ。でも赤い顔の姐さんを見れたのが嬉しいのか、鼻から血が出ている。いや、でも気持ちは分かる。確かに可愛くて美人って反則だよな。網でも血迷った輩が多数湧き出るのも分かるってもんだ。九那実さんを無理やり奪おうとする輩は、原因不明の事故にあって数日間の記憶を失うらしいが。

 

それでも血迷う輩が減らない理由が今分かった。それも、この魅力あってのことだったのか。噂では可愛い系美人の、この紫苑さんと二股かけてるとか。

 

ああ、店主はもげればいいのに。

 

「ああ、そうだろうそうだろう!?」

 

「心を読むな馬鹿ウナギ。それにどっちかってーと俺はツバキのような背が小さい無愛想な黒髪の方が―――――」

 

と、そこまで言ってやめる。というか、俺は何を言っているんだ。

 

「へーえ、ふーん、ほーう。いや、堅物のマコトがまさか、ねえ………」

 

「うむ。これは広めねばならんな。むしろそうする方が自然というものっ!」

 

「ちょ、紫苑さん!? それは本気でやめて下さいよ、やめて下さい。噂ではツバキを口説こうとしたものは鈴さんミフネ大将の鉄剣が下るらしいですから絶対に広めないで!?」

 

「ふむ。メンマに習ったのじゃが――――それは、フリというものらしいな?」

 

「ちょ、世間知らずのお嬢様っぽい人に何を教えてるんですか店主!?」

 

「“だってボケが足りねえんだもん”らしい。ツッコミ役に回る我にも、気を使って欲しいものじゃが」

 

「ああ、姐さんそれなら俺に突っ込んでッッ!?」

 

途中、何故か飛来する。球形の何か。いや、鞠か。それがウナギ丸の股間に直撃した。もんどりうって倒れる。九那実さんが、その倒れた馬鹿に近づきながら告げた。

 

「………こりん奴じゃなー」

 

「へ、へへ………………………悔いは、ない」

 

「は?」

 

「今日は白なんですね」

 

「ッッッ!?」

 

九那実さんが顔を赤くして、後ずさる。

 

――――途端、九那実さんの全身から殺気が膨れ上がる。

 

なぜか、店の奥からも。

 

(え、何これ怖い。どう考えても大将以上の威圧感を感じ――――いや、見なかったことにしよう)

 

 

つまりは、女性は怖いということだろう。それ以上を追求するのはまずい感じがする。紫苑さんはすでに退避している。お茶を片手に観戦モードだ。

 

俺はといえば――――君子危うきに近寄らずと。そっと一歩下がり、紫苑さんに勘定を払い、店を去った。

 

直後に、見えなくなった背後で馬鹿の断末魔が聞こえたが、気にしない。

 

それよりも、明日からの修行のために取れる方策を考えるのだ。

 

俺は気合を入れ直し、仲間が居る宿舎へと歩を進めた。

 

 

 


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