小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の8 : 青空満月

 

人には触れられれば反応せずにいられないものが存在する。竜で言う逆鱗のようなものは人にもあるのだ。触れると宣戦布告が同義になる、そんな部分が。

 

一度接触すれば、もう怒るしか無い。身を焦がす程の激情を前にして、理性などに意味はない。抑えようとする気すらおきないのがその証拠だ。

 

メンマがあの黒髪と接吻を交わしのがそれだった。まず、九那実が怒った。彼女はメンマと12年らい、いやそれ以上の付き合いだ。年は十世紀にも渡るほどらしいが、人間としての感情を持ったのは少し前らしい。そんな彼女をして、怒る部分はひとつ。いわずもがな、メンマの事である。目の前で別れを告げられ、また彼女自身が別れの原因となったことから、一時期は本当に塞ぎ込んでいた。

 

故郷に帰ってからはその落込みっぷりがいっそう激しくなり、知り合い全員で元気づけたのは、今となっては懐かしい記憶とも言える。そんな彼女をして許せないことは、メンマがどこかに行ってしまうことだ。

 

信頼はしているだろう。羨ましいことだが、誓いを交わしたとも聞いた。でも、不安は拭えないのだ。もしかしたら、と考えてしまうのも、寂しい想いをさせられた彼女であれば致し方ないこととも思える。だから、怒った。割と本気で怒っていたようにも思える。

 

妾とはまた違う。こっちは特別誓いを交わしたわけでもない。怒りを前に出来る理由など、どこにもない。

 

 

―――でも怒ってしまうのは仕方ないであろう?

 

 

まだ残っている。鬼の国で夜。季節を幾度も跨ぐ、暗闇の旅に出る前に紡いだ言葉。私のために怒るアイツ。短い付き合いだったのに、それでも命を張って立ち上がったアイツ。憤怒と共に高められたチャクラは、まるで星のようで。その光景は、光を奪われたあの世界で何よりの慰めになった。

 

だから。

 

―――だから。

 

 

「妾とドッジボールで勝負じゃ!」

 

「何故に!?」

 

 

かくしてメンマと紫苑、二人の真剣勝負が始まったのである。

 

「さて、ルールを確認しようか」

 

「あー、紫苑さん聞いてます?」

 

「確認しようか!!」

 

聞く耳持たずの二度押し。メンマは諦め、聞かされたルールを復唱する。

 

「俺は忍術なし、チャクラによる身体強化もなし。紫苑は両方あり。まあ確かに、それぐらいのハンデならいい勝負になるとは思うけど………」

 

なにがどうやってこんな流れに。メンマが問うけど、紫苑はガン無視である。審判役のキューちゃんはさもあらんと腕を組みながら頷いていた。

 

「忍術を使うと前みたいにグダグダになってしまうからな………」

 

「あれはひどかった。途中からくにおくんルールになってたもんね」

 

すなわち当てられたらアウトじゃなくて、死んだらもしくは気絶したらアウト。球のぶつけあいじゃなくて、命(タマ)のぶつかりあいになってしまったのである。

 

「………1球目に手裏剣影分身の術つかって、ボールを増やすからじゃ」

 

ちなみに途中から影分身も使った総力戦となった。増える人数に増えるボール。何がなんやらわからない、カオスの極みになっていったのである。

 

「いやあ、ぶっちゃけ死ぬかと思いました。サイは墨の鳥に乗りながら空中爆撃かましてくるし、シンは体内門開放するし」

 

宙に浮いてりゃOKってなもんじゃねえ。ルール守りながら常識を無視するな。サスケに至ってはまさかの万華鏡写輪眼、月読である。多由也の笛でフォローしたから影響は無かったらしいが。というか、笛の音をBGMにボールを投げるサスケは無駄にラスボス風味でした。

 

ちなみに真のラスボスはキューちゃん。可愛い顔して投げるボールはブラックホールクラスター。乗ってる機体はフェアリオンなのに放つのは縮退砲っていう。BGMがダークプリズンで『ぶらっくほーる、くらすたー』ってうるさいよ馬鹿。ぶれーどとんふぁーみたいに言うんじゃないよ。あと、歌が上手そうですね。

 

「何やら不穏な空気が………普通に投げただけなのじゃが?」

 

「自分のスペック考えようね。直撃くらったシン君ってば場外までふっとばされたからね」

 

三の門開放なんか関係なかった。ガッツが足りないとかそういう問題じゃない。

 

「いや………妾もあそこまでするつもりはないぞ」

 

紫苑が気の毒な表情をメンマに向ける。さすがにあれは無いと思ったのだろう。

 

「ああもう、気をとりなおして! 商品は、敗者への命令権――――何でも、いうことを聞いてもらうぞ!」

 

「ちょ、べったべたやがな………」

 

これじゃあサド隊員も許してくれないよクラフト隊長。メンマは言いながら訴えるが、紫苑はそんなの聞いちゃいねえ。何言っても無駄かなー、と判断したメンマは黙って用意することにした。

 

「うるさい! 3球勝負、待った無用、問答無用、手加減したりルール破ったら一週間ラーメン抜き! では、開始じゃ!」

 

「ちょ、ラーメンは勘弁!」

 

「問答無用じゃ!」

 

いいながら、紫苑は後ろへ跳躍。

メンマもラインの際まで下がった。

 

「まずは小手調べじゃあ!」

 

紫苑は全力で走り、ボールを投げつける。けっこう馬鹿みたいなチャクラ量を誇る紫苑が、全力で肉体を活性させた上での一投。

 

「ちょ!?」

 

その予想より3段上の速度に、メンマは面食らいながら必死に受け止める。

 

「ぐぅぅぅ………小手調べってこれ、割と痛いんですけど………」

 

チャクラでの身体強化もないので、素で痛い。ちょっとぶつかった所が赤くなってるかなー、とぼやきつつも、メンマはボールを確保し、紫苑が後ろに下がるのを見ながら

 

「だが―――ラーメン抜きとあっちゃあ、手は抜けねえな!」

 

割と大人気ない男、小池メンマ。しかし小手調べというならば、こちらも同様に返すべきだろうと、5割の力を籠めると決心する。振りかぶり、地面がわずかにへこむぐらいの踏み込みと共に、右手に持つボールを放り投げた。ラーメンに忍者に修行に、鍛えた腕力は伊達ではなく、ボールはさっきと同じぐらいの速度で紫苑に迫る。

 

「ふ、この程度ぉ………!」

 

あくまで予想の範疇での速度。しかし、それでも紫苑には辛い速さだ。だが、紫苑にはチャクラがある。手にチャクラを張り巡らせ、受け止めて衝撃を減衰させると同時、ボールをチャクラで吸着する紫苑。

 

「バン◯ーガムかよ………」

 

俺はゴンじゃねーんだけど、といいつつ呆れ顔のメンマ。

しかし、中の人は(禁則事項です

 

「ふう………しかし、流石に完全には威力を殺せなんだか………」

 

若干しびれている両手を見ながら、紫苑は不敵に笑う。メンマはそれを見ながら紫苑と出逢った頃を思い出していた。あの頃は純真な子供だったのになー、とか、前は戯れるようなボールの投げ合いだったのになーとか、何でこうしてガチンコバトルしてるんだろうなー、とか。

 

――――育てば変わるのも、女性である。

 

「ふ、やはり純粋な技術や反射神経ではこちらが不利………」

 

クナイの投擲術に通じるせいか、チャクラの身体強化無しでもメンマのボールは強力だ。このままでは勝ち目がない。だが、それでも紫苑は笑みを崩さない。

 

「ゆえに、こちらに有利な点を突かせてもらうぞ!」

 

紫苑はボールを片手で持ち上げ、放り投げた。次の瞬間、いよいよメンマは驚いた。

 

「足とボールに、結界の束を……!」

 

紫苑が唯一使える、舞神楽の結界――――局所高度結界が、足に集まっている。

 

「行け!」

 

そして紫苑がボールを"蹴った"。

 

「え」

 

―――次の瞬間、メンマは目を見開いた。

ボールはもう避けられない位置にまで来ていたのだ。

 

(速……!?)

 

刹那、メンマは思考する。

 

(このまま、無傷、受け止め、出来る………?)

 

自問に、即座の自答。

 

(否、負け………っ!)

 

身代わりの術(ホワイトゴレイヌ)とか浮かんだが、それはどうあっても使えない。術を使えば反則負け、すなわりラーメン一週間抜き。それはこれ以上ない、拷問である。

 

(それなら、俺、前のめり、玉砕する!)

 

色々と何かが決定的に間違った決断をする男。ラーメン、と心の中で渦を描いて弁髪の異人に祈りを捧げ、顔面に手をやり何とか受け止めようとする。

 

そして―――果たして、祈りが届いたのだろうか。

 

ボールは当たらず、メンマの顔の横を過ぎ、背後の樹へと突き刺さった。

 

「………」

 

しゅるると樹の幹にめり込みながら回転するボール。ぷすぷすと煙が上がってきた所でメンマは正気に帰った。

 

「うおい! 殺す気か!?」

 

「あー………やっぱり蹴るのはのう。コントロールに難があるの?」

 

「裂蹴紅球波並の剛球をぶっぱなしておいていうことはそれだけ!?」

 

「ああ、無事でよかった」

 

「色々な意味でツッコミ所が多すぎるわ!」

 

いつもはボケのメンマがツッコミを入れざるをえない程の理不尽。しかし紫苑は聞く耳持たぬ。とっくに乙女の怒りの度合いは、引き返せないぐらいの位置にたどり着いてしまっているのである。

 

「負負負………我が嫉妬パワーは無敵!」

 

「……あー」

 

と、ようやく察したメンマは息を吐いた。手に持ったボールを見るが、すぐに紫苑へと軽く投げ返す。

 

「―――なんのつもりじゃ?」

 

「…………いいから」

 

答え、ひらひらと手を振り返すメンマ。紫苑は訝しげな表情をしながらも、チャンスだと腰を落とし、構える。

 

「手に結界を…………」

 

その規模、先ほどの実に10倍。感じるチャクラにメンマは冷や汗を流す。ボールは局部結界で宙に固定されている。あれが砲台というわけだ。

 

メンマはそれを見て笑う。

 

「受け止めてやる!」

 

 

俺の落ち度だ、とは言葉に乗せず。メンマは前にへと走りだした。

 

 

「っ、行くぞ!」

 

 

――――轟音。

 

火薬が爆発するかのような音と共に、多重結界拳によって打ち出された球体の砲弾がメンマに向けて打ち出される。

 

「っ、我が流派に捕らえられぬものなし!」

 

九尾流。全身の神経を研ぎ澄ましたメンマは、前進しながらボールを掴み――――威力を受け止めながら、後ろ向きに回転し始める。宙に浮きながら、ぐるんぐるんと回転しながら、荒ぶるボールの威力を殺していく。だがボールは収まらず、メンマが着地すると同時に、踏ん張った足元の地面がえぐれ始める。

 

「オオオオオオオオァッッ!!」

 

踏ん張る。耐える。歯を食いしばる。だが、さすがのボールの勢いを完全には殺せなかった。

 

 

「あッ!」

 

 

ボールを空に打ち上げるも吹き飛ばされ、後ろに転がっていくメンマ。ごろごろごろと回転し、止まった頃には眼をぐるぐると回転させていた。完全に気絶していた。

 

「………っ、勝った、のか?」

 

見事勝利を収めたはずの紫苑。だけどちょっとその顔には後悔を残していた。

 

やりすぎたかもしれない、と。

 

「九那実………」

 

キューちゃんの方を見る紫苑。だが九那実は答えない。

 

「えっと、ちょっと…………その、ごめんなさい」

 

頭をかいて反省する紫苑。九那実は頷き、じっと目を逸らさない。

 

 

「時に、紫苑」

 

 

「――――ん?」

 

 

聞き返すと同時、ぼすん、という鈍い音がなる。

 

高々度からのボールの一撃が紫苑の脳天に直撃したのだ。

 

 

 

「危ないぞ」

 

 

遅すぎる親友の忠告を聞きながら、巫女は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、あの時最後まで気を抜かなければ」

 

「まーま、いいじゃないか。結果的にはどっちも負けだし」

 

勝負の結果は引き分けで、両方に命令権ひとつ。どちらも勝者で敗者、ということだ。紫苑の命令に従い、メンマは火の国の首都にまで来ていた。移動はもちろん飛雷神の術。旅に超便利な、いわゆる一つの“ルーラ”である。

 

「それで、前に行った店だよな?」

 

「ああ………うむ、こっちじゃ」

 

紫苑はメンマの手を引っ張る。二人きりなので、攻勢に出ているのだ。ちなみに九那実は近くにある故郷に一日だけ里帰りしているという。彼女にとっては、もはや待たせる者もいない古巣だが、それなりの想い出はあるらしい。

 

「あるいは、気をきかせてくれたのかもな………っと、メンマあそこにアイスクリーム屋が!」

 

「美味しそうだな、食べる………って危ないから紫苑」

 

正面から歩いてくる馬車。メンマはすかさず手を引っ張ると、紫苑の身を引き寄せる。

 

「あーもー、周り見て歩けって。興味あるのは分かるけど、危ないから」

 

「う、すまん」

 

「まあいいけどな………理由もわかるし」

 

あの日から、ここ数年まで紫苑の世界は闇に染まっていた。少女から女性になるまでの、長い期間だ。その時間に見ることのできなかった光景を、見たいと思うのは当たり前のことだろう。

 

「………そういえば、キューちゃんもそうだったな。生身のままで旅をしたのは3年前からか。視点も全然異なるだろうしなあ」

 

3年より前は、ずっと中にいた。見るものは一緒で、視点は同じで。

 

「今は違う。九那実も、な。前とは視点が違う。視線の位置が変われば、見えるものが違えば感じるものも異なってくるし………」

 

――――こうして、手の温もりを感じながら。立つ場所が変わると、感想もまた違ってくる。紫苑は笑いながら答えて、メンマもそれに同意した。一人で周囲を警戒しながら旅をしていた頃とはまるで違う感覚を覚えることがあるからだ。

 

「具体的に言えば周囲のヤロー共の眼だけど。つーか、嫉妬光線が痛い」

 

「役得と考えればよかろ」

 

「そうなんだけどね………ほら、アイス」

 

二人はアイスを舐めなながら歩く。それを見る周囲の視線は2つだ。

 

女性は、紫苑に嫉妬の眼を向けている。珍しい色だが美しい、見るものを魅了する見事な髪。それは十五夜の淡い月光を感じさせ、儚さを連想させる。幻想的な光を放つ瞳とあいまって、まるでどこかのお姫様のように見える。

 

それゆえに、男共がメンマに向ける視線は嫉妬のそれである。

 

余談だが、これが九那実なら一つランクがアップする。女性の嫉妬は諦観に、男性の嫉妬は殺意に。

 

(網の中ならこうはならないんだけどなあ)

 

黙っていればお姫様だが、一度喋れば漫才の相方。すなわち芸人。それが網における紫苑の印象である。複雑な感想を抱いているメンマをよそに、二人は目的地に到着した

 

「あ、やっぱりここか」

 

「うむ」

 

紫苑が望んだものはプレゼント。そして彼女が数日前、ここの装飾を食い入るように見ていたのをメンマは覚えていた。メンマも、一目見て見事と分かるこの店のことは興味を持っていた。まがい物には出せない、本物の職人が作るそれはオーラが違う。大まかな装飾の構成も見事だが、細部に渡る工夫はもう狂人の域だ。欲しくなる気持ちもわかる。

 

「ん………」

 

紫苑の視線が止まった。目的のものを見つけたようだ。

 

(青色のペンダント………)

 

細部の複雑な銀細工も見事だが、目を見張るのは中心の石。基本は濃厚な紺色だが、見る角度を変えれば空のように鮮やかな青になる。

 

紫苑はそれをじっと見て―――でもやっぱりと視線を外した。

また別のアクセサリーに視線を移す。

 

(もしかして………高いからか?)

 

見事だが、見るからに高そうだ。自分に遠慮したのか、はたまたこのあとの自分にかされる罰ゲームのハードルが上がると判断したのか。メンマは何となく紫苑の胸中を察して、紫苑を肩を叩いた。

 

「うん?」

 

「いいから」

 

さっと先ほどの青のペンダントを手に取り、店主に渡す。

 

 

「おっちゃん、いくらだ」

 

 

驚く紫苑の横で、メンマは提示された金額に汗をかきつつも、きっちりと支払った。

 

 

 

 

 

 

 

街の中心にある公園。いつかの鬼の国にあった公園によく似た作りをしている場所で、二人はベンチに座っていた。

 

「あの………本当に良かったのか? かな~~~り高かったが」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 

でも向こう三ヶ月は晩酌抜きかなーと心の中で考えつつも、紫苑に微笑みを返した。

 

「本当に欲しいのは、それだったんだろ? ――――ならいいよ」

 

「うむ…………その、ありがとう」

 

「いいって。それよりそのペンダント、つけて見せてくれないかな」

 

紫苑は頷き、包装されたペンダントを取り出して首にかける。

 

「………どうじゃ?」

 

「ん………俺はこういうのは詳しくないからよく分からないけど、似合ってると思う」

 

率直に思ったままに感想を言うメンマ。紫苑は嬉しそうに頬を朱に染める。

 

「ん、でもそのペンダントを選んだ理由は? 今まではそういったの、欲しがったことないのに」

 

「まあ、派手に装飾品をつけるのは好みじゃないからの」

 

「でも欲しかったんだろ? その笑顔を見るかぎり、本当に喜んで見えるけど」

 

「その通り。でもその前に………聞いていいか?」

 

「って、何を?」

 

「昨日の勝負。ボールを投げ返したのもそうじゃし…………さっき、これを買ってくれたのも」

 

紫苑は、じっとメンマの眼を見ながら問うた。

 

なぜ、と。

 

「そうだな…………えっと、色々と無神経だったから、かな」

 

メンマは視線を横に逸らし、ぽりぽりと頬をかきながら答える。

 

「ほら、先週の………侍達を育てた時の。ちょっと、昨日まで紫苑が何について怒ってるのか、全然気づいてなかったし」

 

「………うん」

 

「だから、罪滅ぼし。それだけじゃないけど」

 

「うん?」

 

「こっから先は、九那実以外には言ってないことなんだけど」

 

そう前おいて、立ち上がるメンマ。ぽつりぽつりと、語り始める。

 

「なんていうか、さ………俺ってば、まだ人が怖いんだよな。特に大人で、集団を相手にするのはどうしても怖い。こうしていても、無意識に周囲に意識をばらまいて俺を害する敵がいないかどうか探してる」

 

もう、うずまきナルトは死んだとされている。知っている者の中に、情報を漏らすような馬鹿も存在しない。今ここで襲撃などと、万が一にも有り得ないだろう。だけど、気を抜けないでいる。長年の癖もあるが、未だに魂の奥に残る恐怖を覚えているのだ。

 

「仲間とか友達はちょっと違う。別だと思う。前のドッジボールもそうだけど、一緒に馬鹿やるのは本当に楽しいし。でも、それでも、どこかで………あいつらでさえ、無意識にでも警戒してしまう自分が居る」

 

メンマは胸と頭を指さす。

 

「………人を好きになるのも、怖かった。欲しがりながら、どこかで無条件の信頼を寄せるのが怖かったんだ」

 

例外は二人。九那実と、マダオだけだ。

 

「信頼して。頼みにして、寄りかかって――――もし裏切られたら? ………可能性なんて有る筈もないのに、戦いも終わったのに、そんなことをどこかで考えてしまう自分がいる」

 

紫苑は――――ベンチに座ったまま、視線を地面に落とした。メンマが何を言おうとしているのか、察したからだ。

 

「………私も、そうだと?」

 

「ああ。旅に出はじめてから、しばらくは………でも、今は違う」

 

一歩前に出て、メンマはしゃがみこむ。俯く紫苑の頭を撫でる。

 

「ごめん。中途半端に接してて。踏ん切りがつかなくて、どっちつかずの対応して」

 

はっと紫苑が顔を上げる。言葉の裏の意味に気づいたのだ。

 

―――――言わないけど、気づかれていた。鈍いからと思い込んでいたけど、違う。そ実、気づいていた上で、何も言われないでいた

 

既に九那実という恋人が居るのに、黙られたまま。それは、すなわち――――

 

「っ」

 

紫苑の顔が歪む。次に出るであろう言葉など、聞きたくはなかった。

 

「えっと………ごめん、紫苑、こんな俺だけど」

 

「やめて」

 

聞きたくないと紫苑が耳を抑えて首を振る。それ以上言われると、自分は死んでしまいかねない。帰る場所は無い。どこにも無い。帰りたい場所など、目の前の男の腕の中以外に無いのに、拒絶されたら。ずっと一人で居るしかなくなる。紫苑は、そんな光景を考えてしまって。

 

でも、次の言葉でそれは永遠の幻想となった。

 

「ずっと傍で、一緒に生きてくれるか?」

 

「…………え?」

 

「踏ん切りつかなかった。でも――――好きだから」

 

 

九那実と紫苑になら殺されてもいいかなー、と。

それ以外は絶対嫌だけど、とメンマが言う。

 

「………ちょっと、待って。え、九那実は? もちろん別れんよな? いやそれはいい。むしろそっちの方がいい」

 

親友で、その想いの深さはある意味で誰よりも知っている。だけど自分は、え、と手を口にあてて考えこむ紫苑。しかし思考は混乱の極みにあった。

 

「え? ちょっとまって、え?」

 

「いやいやどうどう、落ち着いて」

 

「うん………ごめん、もう一回言ってくれ」

 

「好きだ。愛してる」

 

「えへへ………って違う」

 

反射的にニヘラと笑ってしまった紫苑は、落ち着けと自分の頭を叩く。

 

「えっと………つまり、別れてくれとか離れろとか、そういった意味じゃないと」

 

「正反対だ。むしろずっと一緒に居てほしい」

 

「そうか………っ、てえ!!」

 

紫苑は思いっきり腕を振りかぶって。

 

 

「ややこしい言い方をするんじゃなーい!!!!」

 

 

珍しくも似合わない、迂遠なものの言い回しをした男の頬にビンタを炸裂させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばか。ばか。ぐす………ばか。あほ。ラーメン狂。ヘタレ」

 

別れ話を連想させられ、マジ泣きモードに入ってしまった紫苑がひとしきり暴れた後。

ほっぺたに紅葉を貼りつけたメンマはごめんを繰り返すことしかできないでいた。

 

「いや、あの、まじすんません。で、返事を頂けると嬉しいのですが………」

 

「ふう………ぐす、答えなど決まっておるだろう」

 

口下手なメンマの内心を、紫苑は察した。というよりも嬉しがっている自分が居る。この臆病な男が、命を捨ててもいいと言うぐらいに。それは、これ以上ない告白だろう。是と答えない自分など、存在しない。なによりずっと焦がれていたのだ。

 

「えっと、でも………」

 

「九那実はお前の半身じゃろう。妾にとっても親友で―――菊夜以外では唯一の、家族じゃ」

 

むしろ別れられる方が嫌、と。いつもの調子に戻った紫苑は、ペンダントをメンマの前にかざす。そして、メンマの眼の横に先端の青い石を置く。

 

「えっと、紫苑?」

 

「これを、このペンダントを選んだ理由はな。銀細工もそうじゃが、この石の青が―――お前の眼の色に似ていたからじゃ」

 

その先はみなまで言うな、と紫苑は顔を赤らめながら視線を逸らす。メンマは意味を察したのか、珍しく顔を赤く染める。

 

「えっと………ありがとう。でも、何で俺を………」

 

わりとヘタレだったのに、何で好きになってくれたのか。メンマが問うと、紫苑は笑って答えた。

 

「言葉では多くて語りきれんな。少なくとも長編小説が一本は必要じゃ」

 

「えーと…………」

 

「………小賢しい理屈ではなく。要点だけをまとめればな」

 

誰よりずっと、その瞳に捕らえられていたいと願うこの想いを、恋と呼ぼうか。告げると、紫苑は花咲くように笑った。メンマは顔を赤くしながら質問をした。

 

「えっと………いつから?」

 

「あの夜から」

 

怒った時の眼も、優しい時の眼も、ラーメンに一生懸命になっている時の眼も。

全部好きじゃ、と紫苑は笑いながら言う。

 

「そうだったのか………いや、嬉しい」

 

「本当にもう、そういった所は鈍いのう」

 

「すんません。マジですんません」

 

謝るメンマ。しかし顔を上げると、一歩紫苑に迫る。

 

「ん?」

 

「いや、そういえば俺の方の罰ゲームが残っていたなあって」

 

「それは………そうじゃが」

 

何を言うつもりじゃ、と。紫苑がたずねる前に、すでにメンマは行動に移っていた。

 

一歩前に、紫苑の懐へ踏み込むと、その綺麗な顎に手を添えて思いっきり唇を重ねた。

 

紫苑の顔が驚愕に―――そしてそれ以上の“感触”に染まる。

 

 

「うい、やっぱり我慢はいかんよな…………って、紫苑さん?」

 

「こ――――」

 

紫苑のチャクラが膨れ上がった。その顔は林檎よりも真っ赤に染まっている。

 

 

「ここここ、こんな、往来で、ばか――――!」

 

 

経験したことのない羞恥と、この上ない歓喜と、色々なことが一気に起こって混乱してしまった頭の中。そんな感情が膨大なチャクラに変換され。尾獣もかくやという程にチャクラがつまった一撃が、メンマを打ち据えた。

 

 

「我が生涯に一片の悔い無しぃぃ――――!!」

 

 

 

空に打ち上げられたメンマ。

 

その身体は、街の外で待機していた九那実に見えるほど高く上がったという。

 

 

ちなみに網へと帰った後、メンマは一部の男共から「二股男爆発しろ」という呪いの言葉とチャクラがふんだんにつまった起爆札を、節分の鬼もかくやというほどに投げつけられたという。

 

 


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