小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の9―2 : 永遠の意味・2

切っ先から刃をつたって流れでる暖かい雫がある。鉄臭い液体は彼女の手をあますことなく赤に染めていった。

 

すべてが混じっていく。血と、刀と、涙の臭いが。その紅の持ち主はとても大事なもので。無くては生きていけないもので、その大半を彼女が斬って奪って。

 

「ギン………」

 

彼女は自分が命を奪った相手。大切なものの名前を呼んだ。声は、今にも泣きそうなぐらい震えていて。彼女は膝を屈することなく、その場に立ち続けている。泣いてはいない。きっと、耐えきることができたのだろう。

 

――――強いということ。いい女とは目の前の彼女のような人物を指して言うのだ。

 

それを知った日のこと。俺が彼女に憧れた日のとある一場面。だから、その心も身体も手に入れて、自分のものにしたいと願った。

 

大切なものを斬っても、王のように悠然と歩きだす彼女の背中をじっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、この村が鈴の故郷なのか」

 

どっちにとっても全くの予想外の再会。なぜか脱兎のごとく逃げ出していった男を見送った後、俺たちは空き家の中で卓を囲みながら互いのことを話し合っていた。

 

「はい。まだ幼い頃に引っ越してきましたので、生まれ故郷とは言えませんが」

 

鈴は言いながら麺をすすった。猫舌のせいか少し辿々しく、ついばむような食べ方になっている。まるで子猫みたいで可愛い。いや、年上なんだけどそうは見えないなあ。容姿は綺麗よりも可愛い系か。丸く大きな目が魅力的だ。そういえば、侍の誰かに告白されていた事を思い出す。断っていたが…………もしかして

 

「さっきの男は彼氏?」

 

「ぶっ!?」

 

ちょうど丼をもっていスープを飲んでいたところだった。つまりはスープがはねた。喉の奥にまで入ったようで、無言のまま悶絶している。紫苑と一緒に。

 

「隣にいたのがまずかったか………」

 

「なあ、メンマ。妾にいうことはないか?」

 

「すみませんでした」

 

さくっと飛雷神の術を使って拠点から服を取ってきた。手渡された紫苑は、自ら展開した遮断結界の向こうに消えた。着替えているのだろう。

 

「と、話が逸れたけど」

 

「いきなり訳の分からないこと言わないで下さいよ。カックはただの幼なじみです。だったと言う方が正しいのかもしれませんが」

 

「へえ、どうして?」

 

「一緒に居たと言っても、はるか昔ですよ。村を出てからは、こうして帰ってきた時にしか顔をあわせませんし」

 

過去形にする方が正しい。鈴はそう言いながら、最後のスープを飲み干した。満足そうな顔にこちらの表情も綻んでしまう。

 

「ごちそうさま、美味しかったです! えっとラーメンのお代は………」

 

「いらないさ。それよりも、一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

言うと、鈴は不思議そうな顔をした。何を聞くのだろう、といったところか。

 

「こういう状況でもなけりゃあ、聞きたくはなかったことさ」

 

「………それは、一体どのような?」

 

少し表情硬くした鈴。だけど、俺は単刀直入に聞いた。

 

 

「お前の剣の理由。それは、この村にあるのか」

 

 

告げて、コンマ一秒後。鈴の気配が"刀のそれ"になった。美しく、冷たく、容赦なく。鉄の冷たさを感じさせるそれは、今までついぞみなかった表情である。

 

どちらかといえば天真爛漫な、陰など微塵も感じさせない性格のように思っていたが、実際は異なるようだ。原因は過去か、あるいはこの村か。鈴は重苦しい雰囲気を纏ったまま、問うてきた。

 

「店主さんは………サスケ隊長から何も聞いていないのですか」

 

「ああ。というか、自分の部下の秘密をそこかしこにばら撒くような奴じゃないし」

 

「そうですね。しかし、あるいは貴方ならば話すこともあるかと。お二人は親友に見えますし」

 

「それはちょっと違う。まあダチだっていうのは否定しないけど、また別の関係もあるのさ」

 

「ライバルか………もしかして敵対関係とか?」

 

「ライバルに近い。敵意はないけど、それでも」

 

いざとなったら殺す。それは小池メンマの領分でもある。いつかは尾獣が集結するだろう。サスケは、その気になれば世界を滅ぼせる力を持つことになる。

 

「つまりはギロチンだよ。暴君になったら首を刎ねる、処刑器具」

 

罪人は断頭台で処刑される。罪人となればギロチンの出番になる。どっちかが力に溺れてしまった時にはと、つまりはそういう事だ。万に一つもないだろうが、心の楔がわりにはなる。

 

「暴走すれば殺す、ですか?」

 

「簡単に言えば。だから慣れ合わないし、そもそもあいつ俺に仕事の話はふってこないし。だから本当に知らないから教えて欲しいんだ。こっちも、知った上で本人の口から説明させようってほど、鬼畜な思考は持っていないわけでして」

 

「………本当ですか?」

 

問いかける鈴。そこでちょうど、紫苑が戻ってきた。すると鈴は俺に問わず、隣にいるキューちゃんと紫苑にたずねる。

 

「この人は鬼畜じゃないと言っていますが、それは本当なんですか?」

 

鈴は真剣だ。二人もその真剣な表情に感じいったのか頷き、即答した。

 

「嘘じゃ」

 

「うん、嘘じゃな」

 

二人しての断言だった。

 

「そうじゃ、布団の上のこいつは鬼畜そのものじゃ」

 

「ちょ、キューちゃん!?」

 

「けだもの。優しくしてって言ったのに」

 

「紫苑さん?!」

 

「やっぱり………」

 

「ちょま、柄を握るな鯉口を切るな息を吸うなっ!」

 

まるで居合を放たんばかりの気合に、俺はたじろいだ。あわや刃傷沙汰の大惨事である。ほっぺたを染めた麗しき佳人が3人、目の保養になるが胃には優しくないようだ。いや、ちょっと俺も最近はやりすぎた感があったのは否めないけど、いいじゃないか若いんだもの可愛いんだもの。

 

最近妊娠したザンゲツを見て思ったが、子供ってものに憧れるんだもの。男がオパーイを愛して何が悪い。貧だの巨だのくだらぬ。愛ある胸こそ至高。

 

―――ともあれ、気を取り直してリテイクを。

 

「で、俺も遊びでここに来てるわけじゃない。できれば、詳しい情報が欲しいんで、色々と話してくれると非常に助かるんだけど………」

 

「それも、貴方方の目的にもよります。どうしてあなた達ほどの手練がこんな小さな村に………もしかして、ザンゲツ様の命令ですか?」

 

「いや、あの馬鹿夫婦の片割れは関係ない。というより、鈴も仕事でここに来てるわけじゃないだろう?」

 

「里帰りですよ。一昨日から一週間は休暇を頂いています。今の家族と隊長は事情を知っていますよ。それより、何が目的ですか」

 

「そんなに怖い目で睨まなくても。ま、目的は危険な遺跡の調査ってだけなんだけど?」

 

何も村をどうこうしようって訳じゃない。そう言った途端に、鈴の表情が変わった。驚きではなく純粋な困惑を含んだ色だったが。

 

「遺跡、ですか………この村の近くにあると?」

 

「うん。依頼者はちょっと今は話せないけど」

 

夜とからな言えるけどね。月を指して依頼者はあれです、って言うつもりです。

 

「それに繋がりがあるかもしれない。かなり物騒な遺跡らしいから」

 

「………それならば。ただ私も自分の口からは………詳しくは話したくないので、簡潔になりますが」

 

「それでオーケー」

 

俺の返事に鈴は頷くと、短く一つのことを語った。

 

「私は明日、この地で刀となるでしょう。それが、私に与えられた罰であるが故に」

 

「それは、斬るために?」

 

敵を斬って守るためにここに居るのか。そう問おうとしたのだが、返ってきたのは否定の眼差しだ。

 

 

「"殺す"に"守る"はありません。斬れば捨てるのみ」

 

 

他に、何ができましょうかと、その答えは用意していたように迷いが無く。はっきりと告げる彼女の目の奥には隠し切れないほどに濃密な、闇の臭いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う?」

 

「嘘、ではないな。ぼかして隠しているだろうが、あやつは何かを斬るためにここに居る―――否、戻ったのであろう」

 

俺の問いに対し、キューちゃんがため息をつきながら答える。紫苑も同様らしく、頷いている。そして二人とも、その表情は曇っていた。

 

「いつもの猪娘らしくない。先ほどのチャクラもそうじゃが、まるで別人じゃ」

 

「同感だよ。まあ、それだけの事情があるからなんだろうけど」

 

それでも、あれ以上は詮索できない。いや、したくないという方が正しいか。宿場町で集めた情報。立て札の血。爺さんのこと。そして何より、作物の出来具合。

 

「嫌な情報が揃ってるな………もう一押しがあれば、決定なんだけど」

 

「何かわかったのか?」

 

「今までの情報を総合するとね。推測だけど、多分間違いないと思うよ。それに、なあ紫苑。例の遺跡の化物の特徴は覚えてるか?」

 

言うと、紫苑は嫌そうな顔をして答えた。

 

「"龍脈の制御"。六道仙人が生きていた時代よりはるか昔である神代。その中でも際立った化物とはいえ、味な真似をしてくれる」

 

巫女としては黙っていられないのだろう。何せ紫苑の家系は、龍脈を元とするかの絶対龍、十尾の監視を主としていたのだ。それを模する生物兵器があるなどと、どう考えても気持ちのいいものじゃない。

 

「でもまあ、流石に紫苑の一族ほどは複雑に扱えないと思うよ。一部の干渉にとどまると思う。正直、龍脈を操る術はどんな生物でも手に余る」

 

一端でも見れば分かる。俺は月に居た頃に漏れでた光だけ見たけど、それだけで思い知らされた。地の底であり、現世の裏に存在する魂の連綿。あれが十尾を生んだのだと、言葉ではなく心で納得させられた。

 

「まあ、それを一端でも操れるのもね。驚異的な血継限界だって言えるけど」

 

むしろ唯一にして絶対の血継と言えるかもしれない。

 

「このまま遺跡に向かうという手は?」

 

「その方がいいかもね。情報を収集するってのもありだけど、あの猪娘が絡んでいるからねえ………どうしても二の足を踏んでしまう、かな」

 

「そういえば、お主はああいう馬鹿が好きなタイプじゃったな」

 

ご明察。ああいう不器用な馬鹿は好きだ。必死なところもいい。

 

だけど、気配が不穏すぎるのは頂けない。迂闊に動いて地雷でも踏めば、問答無用で割断されそうだった。

 

「まともに戦っても負けはしないんだけど………その、怒った女の人って怖いじゃん?」

 

「私の怒りの炎を灯してしまった」

 

「おいばかやめろ」

 

魔王が脳裏に。来ないで下さい、いやお前も姫さまなんだだけど。いくら何でも、あれは撃ち落とせないって。

 

「障害になりそうな人間は?」

 

「今はまだ何とも。さっきの男は怪しさ満点だったけどね」

 

「大神の使い、か………口を滑らせたことに気づいていなかったようじゃが。のう、今からでも鈴に問いただしてみんか?」

 

「いや、あの調子じゃあ何も答えてはくれないよ。とりあえずは現地に行ってみようか」

もしかすると、何か分かるかもしれない。そうして、俺たちは明日の行動の方針を決めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝早く。鳥も泣き出す早朝に俺たちは遺跡に向かっていた。詳しい場所は知らないが、何となく分かる。能力上、龍脈を逸れた場所には作れないのは分かっている。道中は緑が深く、膝より高い位置までに伸びた草の群れが邪魔をしてくる。そのせいで見渡せる範囲も狭い。犬ほどの大きさの獣が襲ってきたら反応が遅れるだろう。

 

そうして河のほとりを歩いて1時間ほど後に、ついに目的のものは見つかった。滝壺の向こう。隠れた洞穴の向こうからチャクラの流れを感じるのだ。

 

「あそこか」

 

「そのようじゃな………だが、その前に」

 

キューちゃんの指差す先。そこには、昨日逃げていった男の姿があった。武器のようなものは持っていない。だが、視線を矢のように突き刺してくる。

 

男は低い声で敵意も顕に口を開いた。

 

「お前ら………どうしてここにいる?」

 

問いかける男の口調はとても不穏当。目をぎらぎらさせているし、どう見てもマトモな精神状態にない。昨日は見た目軽薄なあんチャンに過ぎなかったが、今はまるで山賊だ。斧を持ったとしよう。きっとそれを振りおろす行為に躊躇いはない。

 

かといって、ここで退くことはあり得ないが。

 

「薬草を探してたらここまで来た。そっちこそ、こんな山の中で何してんの。柴刈り?」

「質問に答えろ」

 

取り付く島もない。男は一歩前に出た。拳を握る音がする。肉が軋むそれは、獣でいう咆哮に近いもの。随分と好戦的な奴だな。あるいは、何か知られたくないものがあるのか。考えているうちにも、男は間合いに入ってきた。

 

そして拳を振り上げようとしたところで、止まった。

 

「そこまでです、カック」

 

「り、鈴?! な、なんでお前がこんなところに!」

 

「貴方が無駄な殺気を放っているからでしょうが。一体何をするつもりですか?」

 

「よ、よそものを懲らしめてやるだけだ!」

 

男は犬のように吠えている。だけど、臆病な犬のように腰が引けていた。

 

「とりあえず今日はこの森に居ないで」

 

「………だけどよ!」

 

「あの時に言ったはずです。二度とこの日、この時にこの森に入るなと」

 

鈴の剣幕というか圧力におされてか、カックと呼ばれている男が一歩だけ退いた。

 

それでも、まだ吠えようとしているみたいだ。

 

が、それも無駄だと悟ったのだろう。

 

「分かった。行くよ。お前なら………大丈夫だと思うけど、頑張れよ」

 

「………言われるまでも」

 

去っていく男。鈴は最後まで見送ることはなく、こちらの方を向く。

 

「さて。メンマさんが言った遺跡は、この先ですか」

 

多分ね。頷くと、鈴は当然という具合に俺たちの後ろについてくる。遺跡のことを知りたいのだろう。特に止める理由もないので、そのまま水面の上を歩き、滝の裏へと向かう。そこには、奥まで続く洞窟があった。

 

「暗いな………紫苑、頼む」

 

「了解じゃ」

 

紫苑がチャクラをコントロールし、手の先を光らせる。

 

「め、珍しい術ですね。紫苑さんのオリジナルですか?」

 

「うむ、これぞシャイニングフィンガー。出力を上げると光って唸って輝き叫ぶ」

 

「"結界拳"とも言うね。紫苑の体術レベルが残念なせいで、使い所は限られてくるけど」

ともあれ、今は遺跡だ。残念っていうなと主張する紫苑をなだめながら、そのまま岩の道を進んでいく。道には傾斜があった。どうやら下り坂になっているようで、気を付けなければ足を滑らせて後頭部をうちかねない。足元をチャクラで吸着しつつしばらく進む。

 

そのまましばらく進んだ後、前にとっつあんから聞いていたトラップがあるのが見えた。俺はキューちゃん達をその場に留まらせると、地面と壁に隠されていたトラップを解除していく。

 

「……と、これで終わりだ」

 

「結界発動系のトラップですか………珍しいですね。それで、どういった効力のものだったんですか?」

 

「時空間跳躍と幻術を組み合わせたトラップ。どっかに飛ばされた挙句、この道を忘れ、果てはこの洞窟を二度と見つけられないっていう」

 

今の忍者では再現できない、超一級品だっていう。流石は仙人っていう。

 

「でっていう」

 

「解除したっていう。早く行こうっていう」

 

「あの、その喋り方はちょっとどころじゃなくウザイのですが」

 

「言っても無駄じゃ、進むぞ」

 

ちょっと寂しいキューちゃんのツッコミに圧され、そのまま奥へ。行き止まりは、そこから少し進んだところにあった。行き止まりには扉のようなものがあった。その周囲に、封印の結界術が描かれているのが分かる。特に注視しているわけでもないのに、圧力さえ感じさせる規格外の封印だ。慎重に行くべきだと判断した俺は、無言のまま手で静止を促して封印の前まで行く。

 

(これは………四象封印の原型か? 八尾を封じてる鉄甲封印の術式にも似ているけど

 

これがとっつあんの施した封印術だろう。とにかくある限りの封印式をぶちこんだ感がすごい。よほど、この奥にあるものが怖かったのだろう。術式からその時の心象が思い浮かぶ。あれ、術式の中に苺まんじゅうって文字が浮かんでる。

 

で、その奥にはここにもともと施されていた封印式が描かれている。こちらからは無機質なものを感じる。ただの機能の一つというべきか。単純だが条件次第ではぽろっと外れそうだ。古代のものなので術式がどうなっているのか分からないが、綻びが生じているのは分かる。

 

(だけど、今のところは問題ない)

 

それだけとっつあんの封印は強固だ。中のものは外に出ていない。

 

「でも、この向こうではどうなっているのか分からない、か」

 

「どうした?」

 

「いや、封印は壊れてないってことは確認できた。だからこそ分からないことがあるけど………ここでする話じゃないな」

 

「そうじゃな………っと、どうした鈴?」

 

紫苑がたずねるが、鈴はほうけているだけで答えない。何かをじっと見つめている。視線の先には、封印したものが残したものであろう、一つの文があった。

 

「えっと………『地の狼は龍を喰らって天へと至る』? かなり物騒な事書かれてるな」

「ふむ………地狼、とはな。こういうことか。今はまだ問題ないようじゃが………確かにこの気配、放ってはおけん」

 

「狼………ですか」

 

「ふむ。かといって、ここでは何もできんじゃろう」

 

封印を解除することも考えたが、詳細が分からないまま解除をすれば何が起きるのか分からない。

 

「行こうか。とりあえず外に出よう」

 

促すと、出口の方へ歩き出す。そして滝が目の前に現れた時、鈴が提案をしてきた。

 

 

私の家に来ませんか、と。

 

 

 

 

 

誘われるまま、俺たちは鈴が過去に住んでいた家にやってきた。10年も人が住んでいないせいでかなりボロくなっているが、それでも鈴は思い入れがあるようだ。村の人々に頼み込んで、時々は手入れをしてもらっているらしい。

 

そのお陰か、何とかまだ住める程度には保てている。ともあれ、ツッコミどころはそこじゃない。

 

「それで、だ………家の前の広場にあった、血痕はなんでせうか」

 

思わず敬語になってしまうぐらいの惨状だった。見える限りの位置に飛び散っていた大量の血痕。まるで大型の動物が引き裂かれた後のような、血の池地獄を思わせる。屠殺場に似た殺風景感が尋常じゃなかった。

 

まず間違いなく、"一回の犯行"ではない。鈴は重々しく頷いた。

 

「それを説明するには………まず、私の過去を語らなければなりません」

 

俯く鈴。その肩がカタカタと震えていた。それが恐怖からくるものだということは分かった。何に怖がっているのかは分からなかったが。

 

 

「長く、なります。それでもいいですか?」

 

 

「構わない」

 

 

頷くと、鈴は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 鈴 ~

 

 

「私がこの村にやってきたのは、私が8歳の頃。13年も前になります」

 

以前に住んでいた場所は嵐の後のがけ崩れに飲み込まれてしまったという。畑も住む家も無くしてしまった私達家族は、村の外へと出ていかざるをえなくなった。留まるという選択肢もあったが、父さんも母さんも外に出ることを決意した。理由については、その頃は分かっていなかった。

 

近隣に山賊の類が集まっているという事は聞いていたけど、それだけじゃないと知ったのは今になってからだ。去年の夏だった。隠れ里と国についての地理を学んでいる時に、サスケ隊長から聞いたのだ。

 

崩壊したあの村は、ちょうど岩隠れと雲隠れの勢力の境にあって。幾度と無く、激しい戦闘が行われていた場所だということ。そういえば時折山の中で何か大きい音が連続して鳴っていた。あれは戦闘の音だったようだ。大規模すぎる土砂崩れも、それが原因かもしれないと聞かされた。父さんと母さんは知っていたのだろう。だからこそ、まだ4歳だった妹と私を連れて、流浪の旅に出ることを決心したのだと思う。

 

村の外の世界は甘くなかった。あの頃はひもじいという感情に頭を支配されていたと思う。よく歩いた。お腹を鳴らしながらも、日には数里は歩かされたと思う。それでも、くじけることはなかったのだ。町や村を渡り、何とか受け入れてくれないかと懇願する両親の背中は今でもずっと覚えている。よそ者だからか反応は芳しくなく、また受け入れる余裕がない村も多かった。

 

疲労が蓄積し、時には筋肉痛で眠れない夜もあったけど、それ以上のぬくもりがあった。優しい言葉と頭の感触。父の大きな手。母の柔らかい手。私が握る妹の小さく柔らかな掌。

 

「家族、だな」

 

「はい」

 

メンマさんの言葉に頷く。その通りで、家族だ。目に見えないもの。想いと絆で結ばれた何よりも大切な人たち。

 

父は父であるからして、強く。母は母であるからして、優しく。妹は可愛かった。笑う顔は無邪気で、何をしてでも壊したくないと思った。

 

そうして、受け入れてくれるという村を、この村に流れ着いたのは一年後だった。父と母の頬がこけていき、私から見た目にも限界だという時に起きた奇跡。そう、あれは奇跡だと今でも思っている。当時はどこも戦乱の傷痕が癒えていなかった。田畑を復旧させてようやくと言った時期だったからだ。村の大人は岩隠れと木の葉隠れの忍びのせいか、村の外から来る人に過敏になっていた。

 

直接的には被害を受けていない村がほとんどだが、それでも悪い噂はめぐるもの。悲劇の一端でも聞いた村の大人は、下手によそ者を受け入れればとんでもない事態になると、そう信じ込んでいたのだった。

 

それでも、この村は違った。当時は今と違い、こうした出来のいい野菜も育たなく、痩せた土地であった。だけど、私達一家を受け入れてくれた。私たち一家は泣いた。妹は、きっと意味が分かっていなかったのだろうけど、私達が泣くのを見て、一緒に泣いた。

 

何かを歓迎するように、狼の遠吠えが聞こえたのを今でも覚えている。

 

村に来てからの日々は忘れられない。畑の作業はとても辛いものだったけど、それでもどこにも行かなくていいのだ。村の夜警のためにと、昔に駐留していたお侍さんとやらが残していった刀を手に、暗い夜道を練り歩いた。

 

それでも、旅をしていた頃よりはずっと楽だった。足に血豆ができて、歩く度に激痛を訴えることもない。雨に打たれて震えることもない。

 

帰ることができる場所と、雨風を凌げる家。温かい食事。

 

笑顔になっていく。自分でも分かる。

 

 

「………あそこには、全てがありました」

 

幸せだった。でも、幸福な時間は有限だった。

 

「ここに来てから、一年後でしょうか………ギンと出会ったのは」

 

ある日、夜警からの帰り道だった。道から少し離れた場所に、血まみれの狼が倒れていたのだ。まだ生きているようだった。狼はこのあたりではみないが、父さんは知っていたようだった。一度牙を向けば普通の人間では敵わない、恐ろしい生き物であることを。

だからトドメをさそうとしていたが、私が止めた。ギンは見た目にはまだ子供で、小さかった。震えている姿が、旅をしていた頃の妹の姿に似ていたからかもしれない。

 

家に連れて帰って、怪我を治してあげたいと父さんに泣きついた。父さんは少し悩んでいたが、頭を撫でながら「いいよ」と言ってくれた。いざとなれば、自分がどうにかするつもりだったのだろう。そうして、ギンとの日々が始まった。

 

野生の動物らしく、傷の治りも早くて、看病をしはじめてから歩けるようになったのは一週間の後。最初の方は唸り声を上げて、こっちを警戒していたようだったけど、餌を上げながら頭を撫で続けて一ヶ月間。その後にようやく、私の指を舐めてくれた。妹にも警戒しなくなった。一緒に走りまわりながら遊んでいる姿を見つけた時は嬉しかった。

 

「………ギン、か。鈴にとってのギンとは」

 

「親友です。あの頃にはたった一人の」

 

一回りの季節の巡りだったけど、共に苦難を乗り越えた。春には花を見て。夏には暑さにうんざりして。秋には木の実を探して森を練り歩き。冬には寒さに耐えていた。最も、ギンは狼らしくはしゃぎまわっていたけど。

 

何をするにも一緒だった。頭もよく、鍬を持つことはできないけど、手伝いになることはやってくれた。父と母もようやく認めてくれたようで、ギンの頭を撫でながら色々と話しかけていた。父さんは、若干の敵意を持っていたようだけど。

 

「それは、なんで?」

 

「娘を取られたとか愚痴っていたようで。母には呆れられていたようですが」

 

それでも、冗談を言えるようになるぐらいには、父も母も元気を取り戻していた。前の村に居た時のように、元の顔に戻っていたと思う。

 

日々は続いた。朝は起きて畑に出て、昼の後には簡単な文字を習い、夜は灯りのついた家の中で家族一緒に食事を取る。時々あった夜警は怖かったが、自分以上に怖がっている村長の息子――――カックの姿を見て落ち着いた。

 

小さな苦難は途切れることなく、連続してあったけど、それでも一緒に乗り越えられる家族がいた。

 

だけど、ある日大きな問題が浮かび上がった。それは、村の畑の収穫についてのこと。

 

「この村の水源、その水質が野菜には合わないらしくて」

 

どうにも微妙な味がしてしまうと、野菜を卸していた商人から言われたのだ。それに関係してか、取れる量も年々少なくなっていた。村の大人達の顔から笑顔が消えていった。

このままじゃあいずれ、とその先に続く言葉が現実として浮かび上がっていく。

 

話しあう村人。でも水をどうにかすることなんでできないし、お金の蓄えもない。今更この村を出ていくこともできない。そこで何とかしようと立ち上がったのは、私の父だった。水源であるあの滝壺を見つけ出して、村人達と一緒に調査をした。

 

私もギンと一緒に連れていかれたと思う。ギンは人に牙を向かないとはいえ狼で、少し怖がられていたけど。特にカックはよほど怖かったようで、ギンを見るなり逃げ出し、その後は木の影に姿を隠しながら、枝を振ってあっちに行けと繰り返していた。

 

そんな風に遊ぶ私達をよそに、大人たちはさぞかし悩んでいたことだろう。水なんて自然様のもので、人間の手でどうにか出来るようなものじゃはない。

 

焦燥していく父。そんな父を何とか元気つける母。妹も事情を察するような年になったようで、一緒に悩んでいた。

 

 

また、暗い日々が続くのかと、そう思ってしまい落ち込んでいた私。

 

 

「だけど………そんな日々"すら"続きませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 小池メンマ ~

 

 

「………“すら”って?」

 

「ええ。そしてどうやら、時間です」

 

鈴は言うなり、立てかけておいた刀を腰に差した。そして立ち上がり、外へと出ていく

 

俺達も急いで外に出ると――――そこは、異様な光景が繰り広げられていた。

 

話を聞いているうちに、時はすでに夕方になっていたようだ。夕陽が森を赤く染めている。そして、周囲に飛び散っていた血も照らされている。あれだけ広がっていた、血の池。それがまるで、生きているかのように動いていた。

 

まるで意志をもっているが如く、ある一点へと集まっていく。

 

「な………」

 

「あの日も、今のように真っ赤でした。夕陽も。森も。家も父も母も妹も………ギンも

 

鞘が強く握られた。ぎり、と鈴の手の肉と骨が軋む音が。

 

「まるで出会った日のように。爪牙も毛も真っ赤にしていました………一点だけ異なるのは、それがギンの血ではなかったということです」

 

それは、返り血と呼ばれるもの。そしてその血が誰のものであるのか、俺には分かってしまった。

 

「………懐いていたんじゃあ、なかったのか?」

 

「はい。あれが錯覚であったのか。それは今でも分かりません」

 

鈴は首を振るだけ。前方を見据えたまま、後ろにいる俺たちのことを振り返ることもない。こっちから見えるのは彼女の背中だけ。そして、鈴の前に"血が集まって出来上がった"狼だけだった。それは瞬時に変転して。

 

いつの間にか、骨が組み上げられ、肉がついていた。

 

「大きい………!」

 

「あの日に私が斬ったギンは、もっと小さかったんですけどね」

 

鯉口が切られる、独特の音がなる。鈴はすでに青眼。刀を両手に、前に斬るべき敵を捉えていた。ギンも、意識らしきものを取り戻したようだ。その口から、獣の吐息がこぼれている。眼はまるでトマトのように赤く、染まっていた。まるで眼球のようなものではない、一面が真っ赤だ。それでもその目は目の前の獲物を捕捉したようで、唸り声が一段と高くなる。

 

「手を出さないで下さい。出せばいくら貴方とて、斬って捨てます」

 

掲げた刀は決意の証のようだった。

 

 

「あれは、私の罪ですから」

 

 

両者の姿が消えたのは、ほぼ同時だった。開幕の音もなく、殺し合いの幕が上がる。

 

 

~ 鈴 ~

 

 

すれ違いざまに一閃。だけどそれは爪に防がれたようで、肉を斬った手応えは得られない。今年もまた、一段と早い。10年前の姿と比べれば、まるで月とすっぽんだ。

 

それでも、自分も強くなっている。ずっと鍛えてきたのだ。あの日村長に聞いた言葉に従い、より強くならなければならないと。このギンを斬り続けることだけを目的に、生きてきた。

 

早い。以前に一度だけ戦った、中忍よりもずっと早い。

だけど、捉え切れないほどじゃない!

 

「はっ!」

 

隙をついた袈裟懸けが、ギンの足をひっかけた。肉が裂かれ、血が飛び散る。

だけどこの程度、致命打には程遠い。

 

「自己修復………それも、早すぎる」

 

後ろの声、あれはメンマさんだろうか。彼の言うとおりで、"こうなってしまった"ギンはちょっとやそっとの傷を与えた程度じゃ倒せない。もっと鋭い斬撃で、深くまで断ち切る必要があるのだ。だから私は刀を振り続ける。

 

「yjぇcywr!」

 

例えようもない、ギンの咆哮があたりに響くと同時に爪が放たれた。鋭い一撃が、私の肩の上を掠る。服が裂かれ、肉まで切られる。だけど、痛みはない。

 

(あの日………!)

 

始まったあの日。あの日に胸に抱いた痛み。

 

(どうして………!)

 

死んだと思った。否、死んだのだろう。あの痛みに比べれば、こんな痛みなど―――ー

 

「無いも同じっ!!」

 

「◎◇!?」

 

気合一閃。どう放ったかも分からない一撃が、ギンの腹を切り裂いた。肉を裂く感触。血に染まる私。それでも致命打には至らない。

 

だから、今日も私は刀になる。責務を果たさなければ、生きている意味がない。

 

今日も私は想いを捨てる。ただ、目の前のギンを斬って捨てるためだけに。

 

 

 

 

 

 

傍目には異様な光景だった。戦いというだけであれば、俺も何度も経験しているし、見てきてはいる。だけど、彼女は違った。戦い初めてから一時間が経過している。疲労がたまり、太刀筋など鈍って当然。だけど彼女の太刀筋は、戦いはじめた頃とはまるで雲泥の差と言えるほどに、"極まっている"。

 

常人には見えない速度で飛び回り、両者の間で刀と爪牙の交差音がまるで音楽のように規則正しく鳴り響いている。それでも、この戦場を支配しているのは彼女だった。一刀を振るう度に鋭くなっていく。そうして、ギンの身体に幾度と無く致命となる斬撃をえぐり込んでいく。

 

無駄と言える動きも消えていた。今となっては、俺とて勝敗を楽観視できないレベルになっている。動きから感情による揺らぎが消えて行っているせいだ。

 

斬ることだけを目的に、その機能が極限まで高められていく。他の全ては些事である。斬ることだけが存在意義と、斬撃の鋭さが物言わず語っている。

 

―――ああ。

 

彼女の言った言葉はこういう意味か。

 

 

「斬るだけの存在に………刀そのものになる」

 

それは、元いた世界で武の神域として語られるもの。

 

 

(雑事を捨てて一刀となる――――無念無想)

 

 

同時、彼女の無言の一閃が煌めいた。切っ先どころか刀身も霞む神速の絶刀が、ギンの身体を頭から真っ二つにした。見事、という賞賛を彼女は受け入れないだろう。だけどそれをして、見事としか表せない一刀だった。

 

極まった斬撃に断ち切られた、ギンの一見は不死身に見える身体にも、限界がおとずれたのだろう。まるで不自然だった存在が元の姿へと戻っていくように、集められたギンの肉体が血へと戻って。

 

最後に、血の塊が爆発した。あたり一面、四方に八方に血の雨が飛び散っていく。

 

それは、目の前にいた鈴にもかかっていた。彼女の全身が、一気に真っ赤に染め上げられていった。

 

彼女は、そこでようやく口を開く。

 

「………ああ」

 

声が漏れる。鈴の声だと気づいたのは、数秒たってからだ。

それほどまでに、声は無機質だった。

 

「今年も、終わったのですね」

 

一言だけだ。態度は悠然としていた。まるで、今の出来事が取るに足らないものであるかのように。何も感じていないように見える。刀の血を払い、鞘に納めて、目の前の光景に視線を写す。それだけだ。そこに、悲哀の色は見て取れない。

 

(違う、感情の色がない)

 

まるで刀だ。さきほどまでの攻防を見るに、そう思って当たり前。

 

(――――だけど、違う。何かがひっかかる)

 

ギンの話も最後まで聞いていない。それに加え、こうして俺たちを呼び、この光景を見せたのはなぜなのか。

 

(畑も、今は豊作だ…………そして因果は巡る)

 

原因があって、結果がある。この村と遺跡、周囲の事情は複雑に絡まっているようだが、因果が存在するという点においては変わらない。

 

そして、先程のチャクラの流れだ。無言で紫苑を見ると、なにかを確信したかのように頷いた。

 

(反吐が出るぐらいに胸糞悪い事情が絡んでる………これは、是が非でも解決しなきゃならんよな)

 

ますます深まっていく事情について、そして規格外の封印術を施された化物について俺は全身で立ち向かうことを決意した。

 

 

苦難を共にした、大切だった親友。その成れの果てとはいえ、叩き斬った挙句にその血に塗れても膝を屈さず、無言で泣いている女の子の背中を見たから。

 

 

 


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