小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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13話 : 人間模様

 

 

「忘れるなよ。ラーメン、だ。麺こそすべて、スープこそ幸せ。ラーメンが世界を覆うとき、それは個人のものから、みんなのものに生まれ変わる。美味と言う、そりゃ立派な名前にな。ラーメンだ。いいか。最後の最後に全員を助けるのは、ラーメンだ。麺があれば、お前のスープが、みんなを包んでいれば、最後の最後の土壇場で、人は答える。

 ………感情は貯蓄じゃないが、贈り物だからな。

 いつか巡り巡ってこっちに届くもんだ。

 すべからく、人はラーメンという木にせっせと水をやる農夫のようなものだ。

 木が育ち、皆が憩うために、人は息をするように水をやり、世話をする。

 …お前の強い力を、ラーメンのために使ってみろよ。

 いいか、一生に一度しか言わない。麺道とは、愛することだ。

 お前の力を、お前の敵を、お前と一緒に居る者を。

 お前の知らない人を愛するために使ってみろ。

 ………万物の味覚は、人間を陥れるために存在するわけじゃない。

 人がすべてを共有するように、ここにあるんだ」

 

 

    ~ 小池メンマ自伝「麺とスープと男と女」より抜粋 ~

 

 

 

 

 

 

 

 

つつがなく試合も終わり、本戦のくじ引きも終わった。

組み合わせは以下の通り。

 

 

一試合目 波風キリハ 対 日向ネジ

 

二試合目 うちはサスケ 対 我愛羅

 

三試合目 テマリ 対 山中いの

 

四試合目 油女シノ 対 カンクロウ

 

五試合目 奈良シカマル 対 氷雨チルノ

 

六試合目 春原ネギ 対 ドス…キヌタ

 

 

うおーいどうなっとるんだこれは。一と二試合目とはいいけど三試合目の面子を見てずっこけました。うん、取りあえずまともに試合が行われそうなのは一試合目から三試合目までか。

 

サスケはカカシと一緒に遅刻するだろうし、カンクロウは棄権しそうだけどね。

俺とキューちゃんはいなくなるし。

 

というか、テマリ 対 いのってどうなんだ?

さっきの試合を見た限りはテマリの方が有利っぽいけど………まだ分からないか。

 

それで本戦の組み合わせが決まった後、解散前に三代目から出場者に向けて説明があった。各隠れ里の戦争の縮図とか。俺にとっては割とどうでもいいことだけど。

 

それはともかく、随分と老けこんだな、爺さん。

あれで、大蛇○を止められるんかいな。

 

(まあ、その時はその時だけど…………ん?)

 

視線を前方に固定したまま。静かに、気配を探る。すると、マダオが俺の肩をつっついて、小さな声で話しかけてきた。

 

(ん、気づいた? 中忍が複数、新たにこの会場にやってきたみたいだけど)

 

(げ、こっちに注意を向けてるな。警戒混じりに監視されてる。このタイミングであの様子………目的は俺達か)

 

もしかして、俺たちが偽物受験者ってことがばれたか。

分からんが、ばれたとしておこう。そのつもりで動こう。楽観するのはいかん。

 

ただ逃げる前に、一言だけ。キリハに挨拶しておこうと近寄り、話しかけた。

 

「じゃあ、また本戦でね。波風さん」

 

俺たちは出ないけど。まあ、出会いも別れも挨拶は基本ということで。

 

「春原さんに長谷川さん、ありがとうございました。キューちゃんも、また会おうね」

 

その言葉にぶほっと吹き出す俺とマダオ。

何を話してたんだ、君たち。しかもキューちゃんってよばれてるし。

 

「いやいや、いいよいいよ」

 

とごまかすように、キリハの頭を撫でるマダオ。

………あ、周りの空気が凍った。カカシが見てるよ。何か目が怖い。

シカマルも見てる。こっちも同じくらいの威圧感が。

 

「え、あの?」

 

「あ、ごめん。つい、ね」

 

といいながら、マダオは苦笑しながら、名残惜しそうに頭を撫でていた手を戻す。

 

(けっ、よかったなマダオ。娘に触れられてよ)

 

マダオのケツを蹴った後、キリハに別れの言葉を

 

「それじゃあ、俺達は行くから。またね」

 

「は、はい」

 

ん、反応がおかしいな。なんか、撫でられた頭を抑えてる?

咄嗟に手を払うとかの反応もなかったけど、何か感じ入るような事があったのか?

考えていると、マダオに肩をたたかれる。

 

(そろそろまずい。それで…………今回のこと、お礼を言っておくよ。ありがとう)

 

(よせよ。柄じゃねえし、そういうのは)

 

偶然だよ、偶然。まあ、でも、良い偶然だったな。

本当なら、言葉も交わせない二人だったろうし。

 

――――で、そろそろ視線の圧力がきつくなってきた。

 

なんで、その場から逃げる。気配の在り処を把握しつつ、逃げ道を確認。

よし、あの窓からだ。やり残した事もないし、我が本懐であるラーメンも恋しい。

 

(退けー! 退け退け、撤退だー!)

 

((了解))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、火影の執務室にて。

 

「三代目、申し訳ありません。例の滝隠れの忍に偽装した3人ですが………取り逃がしました」

 

「うむ………そうか」

 

極めて巧妙に偽装されていた書類。気づけたのは偶然だった。滝隠れの里に、中忍試験の参加人数の確認を取ったが、その数が合わない。春原ネギ以下、あの3人は滝隠れの里のものではない。どこかの里のスパイかと思われよう。

 

「その、捕らえようとしたのですが………思ったよりも足が速くて」

 

と、苦々しそうに報告する暗部。

 

(………思ったより、か)

 

若い暗部の言葉に、ワシは苦笑を隠せない。言い訳じみた言葉など何の効力もない。でもそれで許してしまいそうになるぐらいに、ワシは平和ボケしていたようだ。

 

(が、今はそれよりも優先すべきことがある)

 

気を引き締め、たずねる。

 

「他に何か分かった事はあるか」

 

「は………なにやら、高笑いをしながら走っておりました。そこで、完全に距離を離される寸前、叫んだのです」

 

「ふむ、何と言っておった」

 

「『ふははは、さらばだ明智君』、とだけ」

 

「………は?」

 

予想外の言葉に、顔が強張るのを感じる。意味が分からん。明智君、とは誰だ。

 

「ふむ、分からん事ばかりじゃの。取りあえず、警戒を強めよ。大蛇丸の配下の者かもしれん」

 

「承知致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試験会場から少し離れた森の中。

 

「ふう、木の葉の連中は巻いたか」

 

「そうだね。でも………」

 

別の忍びが追ってきてるよ、と視線だけで告げる。

 

「それも分かってるよ」

 

同時、クナイと手裏剣がこちらに殺到する。でもそんなもんに当たるわけもない。

 

「ふん、音の忍びか」

 

ゆっくりと出てきた忍び。その額当てを確認する。

数は、1、2の、合計6人か。つまりは2小隊。俺を相手するには少ないな。

 

「運がなかったな………俺は、平和のために鬼になると誓った男」

 

フィンランディ家の家訓に則り、禍根は根こそぎ断つぜ。家までついてこられたらたまらない。万が一もあるから、ここで消す。

 

静かに、クナイを構える。マダオも同じ、そして、キューちゃんがあくびをした。

それを合図に、姿を現した6人の後方に移動する。

 

「な――――」

 

瞬身の術、見きれなかったようだ。その驚愕の声も遅い。断末魔など聞きたくもないので、"隠れていた"7、8人目の首をかっ切った。

6人は囮で、この二人が本命ってところか。なら、先に潰せば問題はないわけだ。

 

伏兵とはいい手だが、隠行が甘いようでは意味がない。

流石は新興の里、脇が甘すぎる。

 

(原作で、木の葉が乗り切れたのはこの脇の甘さが原因かもな)

 

弱点だからして、つけこまない理由もない。切り札の二人を殺されて動揺する、残りの6人。平静を保てていないようで、チャクラの練りも甘くなっているようだ。

俺はそんな馬鹿共に対し、クナイを突き出して告げた。

 

「この任務についたからには、覚悟はしてるんだよな? ――――誰も逃がさねえぞ。ここでその命、断たせてもらう」

 

派手にやるか。警告の意味も含めて。先ほどの試験の時とは違う。この場は、誰一人として逃がすわけにはいかない。チャクラと共に、濃密な殺気を全身から放つ。殺すという意志を乗せて。

 

中忍試験で下忍達を相手にしていた時とは、全く違う。これはいわば、木の葉崩しの前哨戦に属する戦闘。ここで手心を加える理由はない。

 

この場と機を作ったのはそちらの方だ。悪名高き音隠れの忍者相手に、遠慮などはしない。全員、余さず殺す。誰一人として、逃がさない。

 

 

「――――残念だったな!」

 

 

殺戮の宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ういーす」

 

「あ、ナルト君お帰りなさい。」

 

「ただいま。再不斬は奥の訓練室?」

 

「はい」

 

「そっか……えっと、提案があるんだけどいいかな」

 

「提案、ですか?」

 

「うん。今日はちょっと飲まない? ――――みんなで」

 

と、酒を取り出す。

 

 

――――そして、その夜。

 

 

「ほら、いけますよ、その豆腐」

 

「ああ」

 

「そろそろ、最後の麺にしますか?」

 

「もちろん!」

 

口寄せ成功と、新たな仲間を歓迎するということで、5人で食卓を囲んだ。

料理はラーメン――――にしたかったけど、いつもとは違う料理が食べたいと白が言ったので、せっかくだから中華風味の鍋にしてみました。出汁は鶏ガラ、塩、そしてこしょうを少量加えた、中華風味のスープ。具は白菜、しいたけ、白ネギ、鶏団子、水餃子、春雨。油揚げも入れました。唐辛子はお好みで。

 

仕上げに入れる麺は家で打った自家製です。今回はこの中華風味のスープに馴染むように、やや太く柔らかくしてみました。

 

この麺は、塩ラーメン用に開発した麺で、柔らかく味がよく染みこみ、するりと口に入る。そして、木の葉の酒屋で高い酒もたくさん用意してきた。どの酒が旨いのかまったく分からないので、取り敢えず持てるだけ手当たり次第買ってきた。

 

再不斬やマダオに好評で、二人は顔を赤くする程に飲んでいる。

 

「ほら、もう一杯!」

 

と、そこでマダオに酒をつがれた。どうせなら白か、キューちゃんについでもらいたいなあ。でも、久しぶりに飲んだけど――――酒は、やっぱり美味い。

 

今まで、完全に安心して飲める時とかなかったからなあ。それに、一人で酒飲むよりは大勢で騒ぐ方がずっと楽しい。そういえば再不斬も同じような環境にいたんだよね。下手に酔うと危地に陥りそうな、気が抜けない状況に。

 

「ってこらこら、キューちゃん、それまだ煮えてないから」

 

「む、そうか」

 

キューちゃん残念そうに、油あげを鍋に戻す。つーか、油あげ、キューちゃん一人でほとんど食ってるな。誰も取ろうとしないし。や、横から取った時の顔が怖いからかな。

あと、もう一つ理由が。

 

「出来たよ、ほら」

 

出来上がったあげを、さっと器に入れてあげる。キューちゃんはじっとそのあげを見つめながら、うんと頷いた。

 

「うむ………はふ、はふ」

 

熱そうにしながら、必死に食べている。いやいやくそくそめちゃくちゃかわええ。これが理由です。可愛いは正義。これだけで酒の肴になりそうな。

 

これをつまみに酒3杯はいけますって――――ちょっと待て、マダオ。

鼻血ふけ。垂れる垂れる床が汚れる。

 

「はい、キューさん」

 

台所へ行っていた白が、何かを持って戻ってきました。

お、これは………稲荷寿司か。

 

「ええ。店に出している木の葉風ラーメンに合うように、ちょっと工夫してみたんですよ」

 

白特製の稲荷寿司である。キューちゃんの目の前に置くと、キューちゃんは目を輝かせる。

 

「おお!」

 

喜色満面とは、この事を言うのでしょう。手に取り、一つ食べました。

 

「む?」

 

一口で食べました。もぐもぐとほっぺたを動かして力いっぱい噛みしめている。そして何やら、驚愕の表情を浮かべた。直ぐに、二つ目を食べる。

 

「これ、は………」

 

頷いています。

そして一緒に持ってきた、魚介系のスープを飲みます。

 

 

 

「………うむ」

 

 

 

 

そして目を瞑り、黙り込んだ。何やら、空気が重い。

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴ

 

 

 

 

 

 

 

判定は、如何に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味い!」

 

「わー」

 

「やー」

 

拍手が飛び交います。主に俺とマダオの。満面の笑みを浮かべているキューちゃん。何その超良い笑顔。見たことないよ、そんな顔。

 

「ありがとうございます」

 

と、白が床に手をついて、お辞儀をした。流れる黒髪が色っぺえやね。仕草もお嬢様っぽくて清潔さを感じるやね。関係ないけど眉なし氏ね。

 

「どれどれ、俺も一つ――――って痛え!?」

 

参考までに、と伸ばした手をぺしりとたたき落とされました。

何すんのキューちゃん、と言いそうになりましたが、即座に黙りました。

 

だって目が赤いんだもん。うー、とか唸らないで。歯を見せないで。尖ってるから。もう取らないから。

 

「麺、出来たよー」

 

「おう」

 

さあ、本番です。野菜と鶏の出汁がふんだんに出ているスープ、そして特製麺!

こういう食べ方もおつなものです。

 

「ちょ、取りすぎ! メンマ君取りすぎだから!」

 

「てめえ………っ!」

 

「ふわーははは! 麺に関しては、遅れなど取らん!」

 

叫ぶマダオ。怒る再不斬。

 

その横で苦笑する白。ほっぺたにご飯を付けながら、稲荷寿司10個目に入ったキューちゃん。

 

 

(あ――――懐かしいな)

 

 

前世の修行時代を思い出す。ろくに給料がなかった頃だ。窓の外のドブ川の臭気が懐かしい安アパートで、店の余った食材を集めて、鍋にぶちこんで。どいつもこいつも不景気だから、添加物満載の安酒か期限切れのパチもんを集めて、しょっちゅう仲間とこうして馬鹿やったもんだ。

 

あの時とは、面子の毛色は随分と違う。全員が血生臭い運命に囚われている。損得あれば殺し合うような関係。

 

だけど――――文句なく、楽しい。こういうのは、理屈じゃないからだと思う。

少なくとも、今は敵対する理由もない。今この場では、ここに居る全員が仲間だ。

 

敵じゃない、嫌いじゃない、志を共にする誰かと酒を飲んで馬鹿をやる。

それは最高の贅沢だと思った。

 

だから俺達は馬鹿騒ぎをして。そうして、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、深夜。

 

再不斬達はもう休むというので、俺は一人屋上に登っていた。傍らには酒とツマミ。見上げた夜空には、わずかに欠けた月が煌々と浮かび上がっている。

 

そんなこんなで、無言のまま月をながめ、酒を飲んでいると、後ろから声が聞こえた。

 

「ここにおったか」

 

男ではない、少女の声。キューちゃんだ。

 

「ん、まあね」

 

何ともなしに声を返す。すると、キューちゃんが背後から近寄ってくる。

やがて無言のまま、すとんの俺の横に座った。そのまま俺たちは黙ったままじっとその場にとどまっていた。動くのもわずらわしく、考えるのも面倒くさいといった風に。

 

森の中なので辺りは薄暗い。満月では無いので、月の光は薄い。人の気配は全くしなかった。自分たちを包み込むのは木々が風に揺れる音と、梟の静かな鳴き声だけ。

 

しばらくの沈黙。それを破ったのは、キューちゃんだった。

 

「お主………よく、飲むの。今まで酒は飲まんかったから知らなかったが」

 

「まあ、最近まではね。気安く酔える環境じゃなかったから」

 

酔えば戦闘能力は著しく落ちる。なので、酒は最低限に済ませていた。

久しぶりの酒をちびちびと飲みながらも、いつもと同じように、なんでもない言葉を交わし合う。視線は交わさない。ただ、綺麗な月を見上げながら。

 

「変な顔だな。お主、月に何を見ている?」

 

「変わらないもの、かな。神話にもなった。暗い夜に浮かぶ、不思議な色の光」

 

あの輝きは同じだった。月に思う人間の心も

 

「月と、それを見て思う感想っていうか、気分っていうか。それは同じなんだなあって」

 

一口、手に持つ酒を飲む。月見をしながら飲む酒の旨さも、また同じだ。こっちの世界の誰かも酔いたかったのだろう。だからこそアルコール文化は発達する。それを知ると、誰もが人間なんだと理屈抜きで分かるような気がした。

 

「ふん、そうか」

 

「ん。そうだ、キューちゃんも飲む?」

 

飲み終えた後、杯を差し出す。

 

「まあ、一口ならな」

 

「じゃあ」

 

酒をつぎます。なみなみと、いっぱい。

 

「おい、少しといったじゃろ。多すぎるぞ」

 

「まあいいからいいから」

 

文句を言いつつも、キューちゃんは渡された盃をクイっとあげ、一気に飲みほした。

 

「おお、お見事」

 

むせもしないで、一口で全部飲んでしまった。かなりイケル口と見たね。

 

「………酒というものをはじめて飲んだのだが」

 

「そうなんだ! えっと、感想は?」

 

「慣れん感覚じゃが、悪くない。ほれ、返杯じゃ」

 

「ありがとう」

 

と、こちらもなみなみとつがれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の葉に外れた、森の中。我はかつて里を滅亡させとうとした。でも今はその侵略を防いた守護者、その息子であった者を前にして酒を飲んでいた。

 

「木の葉崩しが終わったらさ、砂隠れの里までいって、あの塩ラーメン用の塩を取ってこようと思うんだ」

 

目の前には、酒に酔っただろう、頬をアルコールに赤くそめながら嬉しそうに話す少年。話題は主にこれからのことと、コヤツが何よりも愛するラーメンのこと。

 

―――出逢ってから数年だが、変わらない。

ワシは、この目の前の生物が不思議でならなかった。

 

最初は、不規則な事態に驚いた。こいつも、あのマダオも同じだろう。誰もが想像しなかったことが起きた。そこにつけこんで体を乗っ取ろうとしたのも、今では懐かしい。

 

あれからもう、7年が経った。

 

(もう、か)

 

おかしい話だ。ただの妖魔であったころは、7年などあっという間に感じられた。

だが、今は違う。それほどに濃い時間だった。

 

修行時代を経て、例の抜け忍組織での任務。各地を放浪して、小さくない事件に巻き込まれて。それに加えて追手の心配もあって、旅の日々は警戒の日々と同義だった。それがこいつの心を徐々に蝕んでいたのかもしれない。自覚のない疲労が皆無だったとは思いがたい。

 

一人は寂しいものね。冗談混じりに告げたあの言葉は、どこまでが虚勢だったのか。

 

(いや………仲睦まじいあの二人を仲間に、と思ったのは………寂しかったからか)

 

他人を信じる、ということはしなくなった。あの二人しても、損得が根底にある付き合いだ。それが証拠に、あの二人を不用意に間合いの内には入らせないでいる。無意識レベルで刷り込まれているのだろう。

 

(ん、そうじゃ)

 

我ならばどうなのだろう。ふと思いついて、実行に移してみた。

横から正面に回りこみ、すっと首筋を掴もうとする。

 

我の握力は全盛時には及ばないが、つかめる大きさの石ならば握りつぶせる程度の握力はある。それをこいつは知っている。ならばコヤツは一体、この手に対してどういう反応を見せるのか。

 

すっと、喉に手が伸ばし―――――止められるかも、と思って。

その全てが裏切られた。伸ばした手は、とどいてしまったのだ。

 

「ん、どしたのキューちゃん」

 

人肌でも恋しくなった、と冗談気味に。呆れる以外に、出来ることはなかった。

 

(―――は)

 

馬鹿な、と思う。信頼のない相手ならば、挨拶を交わす時でも警戒の心を外さなかった。なのになぜこいつは、“この”我にここまで無造作に掴ませる。

 

喉は人体急所だと、こいつは学んだ。我の力においても知っているはず。

なのになぜ、こいつは何ともない風にじっとこっちを見返せる。

 

あまりにも無防備すぎる。今この場で。ワシの爪で、この牙で、目の前のこやつを引き裂き喰らえば――――取って代われるかもしれない。封印が解けるかもしれない。こいつはその程度は理解しているはず。

 

(………どうしてじゃ?)

 

悩んでしまう。いくばくかの力をこめて、目の前のこいつを引き裂けば。

昔のように、我が身を得て、あの五感と万能感を取り戻して、思うがままに野をかけ、欲しいものを食らうことができるはずなのに。

 

だが――――なぜだろうか、手に力は入らない。

 

分からない。どうしてこやつは、ここまで無防備に自分に接する事ができるのか。

どうしてわしは、目の前のこやつを殺す事ができないのか。

 

童女と呼んだ。大切に扱った。我の笑顔を見て、マヌケ面を晒していることは知っている。なぜ子供として扱える。ただの少女として対する。

 

自分でも、かつて己自身が雌であった事など忘れていた。

いや、妖魔になってからは食べる事そのものに喜びを見いだす事も忘れていた。

 

誰かと話すという行為、それ自体を忘れていた。破壊する事を、殺す事のみを考えていた。九尾の妖狐。最強の妖魔。その名の通りに生きていた。

 

――――いや、あれは本当に生きていたのかどうか。

 

(しかし――――生まれてはじめて、か。このような時間を過ごすのは)

 

ずっと一人で生きてきた。酒も知らなかった。誰かと二人でこうやって月を見上げながら酒を酌み交わすなど、想像したこともない。

 

ふ、と視線を落とす。目の前には、ん、と不思議そうに視線をこちらに向ける少年。

 

ただ笑う、少年がいた。

 

馬鹿で、間抜けで、臆病で。勢い任せのノリ任せ。ギャグばかり飛ばしていて、自重する事を知らない男。でも知っている。誰かを殺した後は、吐いている事を。本当は戦うのが怖いくせに、それでもそれでも仕方ないといいながら、誰かのために戦う愚か者。

 

結果、幾度も戦うことになった。砂での一件、大蛇丸との一件。あの2戦に関して言えば、それほど余裕は無かった筈だ。正に命を張った戦い。つまりは、命を秤にかける行為。

 

(肝の小さいこやつが、よく戦う事を選べたものだ)

 

不器用すぎると言っても、それを笑って肯定する阿呆。

馬鹿者だ。アンバランスだ。不器用だ。どこか歪んでいると言ってもいい。

 

それでも、根底では崩れていない。それは、最優先すべき、自らの夢があるからか。

明るく、顧みず、前を見て走る。夢があると言った。それに向かっていると言った。

 

ぶれて、間違えて、馬鹿やって、失敗して。

それでも笑っているのは、夢に向かって走っているからだろうか。

 

(ふん―――――夢、か。考えたこともなかったな)

 

目指すためならば命を賭けてもいいと、そう呼べつような何かがあったのだろうか。

 

「あれ、キューちゃん………どったの、珍しくも難しい顔して」

 

「うるさい」

 

ぎゅ、とほっぺたを抓ってやる。

 

「う痛っ!?」

 

驚き、痛がっている。ざまあみろだ。こんな難しいことを考えさせるな。大体、こんなに無防備になって我がその気になってしまったらどうする。

 

そんな考えが頭を巡り、気づけば両の手で左右の頬を抓っていた。

 

「ふぁにふんの(何すんの)」

 

「おしおきじゃ」

 

意味が分からないと馬鹿が首をかしげ。

すっと我の頬に、手を伸ばしてきた。

 

「おふぁへし―――げ、ふべふべ」

 

訳のわからん言葉を発する馬鹿の、その豆だらけの手が頬を触る。

それはごつごつしていて、ささくれだっていて、でも温かい。

 

そのまま、じっと触れ合ったまま数分が経った後だろうか。

 

「………こんな所で何してんの?」

 

マダオの声。驚いて、勢いよく抓っている頬を離す。

 

「ひぎい!」と馬鹿が叫んだが、良い気味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「…………おはよう…………ございます」

 

酒宴から次の朝。俺は返事をするも、頭を抑える。

頭の中が痛い。二日酔いか、昨日飲み過ぎたな。

 

「今日は俺も店に………っつ、あっ!」

 

立ち上がろうとするが、襲う痛みに頭を抑える。

 

「いいですよ。疲れも溜まってるようですし、今日はボクと再不斬さんで開けます」

 

不覚過ぎる。くそう。っていうか今なんていった聞き間違いか。

 

「ちょっと待て、白!?」

 

焦る再不斬。どうやら聞き間違ってはいないようだ。ならばすることは一つ。俺はちょいちょい、と再不斬を呼んで、ちょっと離れた位置で白に聞けないように話す。

 

(何焦ってんだ。前に二人きりの時の話を聞いたら「白と一緒ならな」って言ってたじゃん。今がまさにその時だけど、何か問題が?)

 

(黙れ! こいつの目の前でそんなこと言えるか!)

 

と、白の方を見る再不斬。ツンデレ乙。ふうん、今の俺の前でそんなこと言うんだ。

ならば最終手段だ。

 

「白ー、よかったなー、白と一緒なら喜んでって言ってるぞー」

 

「てめえ!?」

 

と叫ぶ再不斬の襟元を掴み、引き寄せる。

 

(………あのね。これ以上俺の前でのろける続けるっていうんなら、こっちとしても考えがあるんだよ?)

 

俺の右手が光って唸るぞ、と手元に小さな螺旋丸を発動する。

白からは死角なので見えない。

 

(ち………分かったよ)

 

(じゃあ、よろしく。ほんとに悪いけど、今日は頼むわ)

 

 

嬉しそうな白。あの笑顔、曇らせるなよ、旦那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンマさんに任されて、僕達はラーメン屋台『九頭竜』の中に居た。そして準備が終わり、開店直後にすぐさま客がやってきました。

 

「いらっしゃいませー、ってキリハさん」

 

「あ、桃さん」

 

ばれないように名乗っている偽名。それに返事をしながら、後ろでスープを見ていた変化済みの再不斬さんを見ます。一瞬肩が揺れましたが、何かあったのでしょうか。さておき、注文を聞かなければ。

 

「ご注文は………おや、今日はお友達も一緒ですか?」

 

「はい」

 

「初めまして。山中いのです」

 

「春野サクラです」

 

「はい、初めまして。桃です」

 

と、おじぎをし合います。

 

「あれ、メンマさんは?今日は休みなんですか?」

 

「はい。少し体調が悪いらしくて」

 

「そうなんだ。お大事にって言っておいて下さい」

 

「はい。ありがとうございます。それで、今日は何にします?新メニューもありますけど」

 

「へ、何?あー、あの魚介系のラーメンと稲荷寿司のセット?」

 

「はい。稲荷寿司の方は、今日からの新メニューです」

 

「………美味しそうだね。じゃあ、それ一つ」

 

「わかりました」

 

手順は完璧に覚えています。麺の茹で加減も、徹底的に仕込まれましたから。僕は再不斬さんからスープが入った丼を受け取り、茹で上がった麺を入れると具をささっと整えながら盛りつけていきます。そして、すっとお客様に。ぱちりと、割り箸が割れる音が響きました。

 

「………美味しい」

 

「ほんとだ。ちょっと、稲荷寿司のごはんと、あげの味付けを変えてある。ラーメンとよく合うね」

 

美味しいものを食べる事で、自然と笑い合う4人。ふと振り返ると、再不斬さんが居心地悪そうにしていました。そして、食べ終わった後。何気なく談笑が始まり、ふと気づけば互いの想い人についての話になっていました。

 

「そういえば、いのちゃん………見つからなかったね。探し人」

 

「そうねー。まあ、中忍試験だから会える、なんて思ってなかったけど。それでも何も無かったってのがちょっとへこむわー」

 

ほおづえをつきながら、ため息を吐いています。

 

「一人それらしいのもいたんだけど」と呟いていますが、「いややっぱりあんな馬鹿っぽくないし」と首を振っている様子。

 

「えっと、誰か探している人がいるんですか?」

 

「………ちょっとね。まあ、悪いけど、詳細は話せないんだけどね」

 

ということは、忍者関連の話しでしょう。無理に追求することもないと、僕は聞くことをやめました。

 

「ん、大まかに言えば小さい頃に助けてもらった人………恩人、かな?」

 

探してるんだけど見つからないのよねー、といのはまたため息を吐く。

 

「その人のこと、好きなんですか?」

 

その様子から、どうやらいのさんはその人の事が気になるようす。

率直にたずねてみると、いのさんはへっ?と驚きました。

 

「ど、どうして分かったの?」

 

「いえ、だった見たままじゃないですか」

 

「そうなの?」

 

「「「………うん」」」

 

キリハさん、サクラさん、ヒナタさんが言いづらそうに頷きます。

 

「あー………まあ、一目ぼれだったからねー。出会った時は私も危険な状況に陥ってたから、勘違いなのかもしれないけど」

 

「吊り橋効果ってやつですか? でも、いのさん、ずっと探しているんでしょう」

 

「そうなんだけどね。一向に手がかりも掴めないし、それにもしかしたら………」

 

次の言葉は消えました。首を振って、口の中で留めることに決めたようで。

 

「もう、諦めた方がいいのかもね」

 

「本当に、それでいいんですか?」

 

「だって、何年も探して、それでも見つからないし」

 

「でも、何年も探し続けているんでしょう?だって、が付くほどに忘れられないんでしょう?」

 

「………だけどねー」

 

「私が尊敬する人に教えてもらった、良い言葉を教えてあげます」

 

いのが、うつむいていた顔を上げる。

 

「それは、何?」

 

「『だからどうした』です」

 

「………だから、どうした?」

 

「はい。あの人曰く、『それを言い続ける事から、希望が始まる』らしいです」

 

僕も同意します。

 

「その言葉を彼から聞いたのは最近ですが、僕も………その言葉には随分と助けられました。

 やりたい事がある。守りたい人がいる。見つけたい、会いたい人がいる。その意志を、想いを貫こうとする時に叫んでみて下さい。

 その言葉はきっと何よりも強く、あなたの味方になってくれる筈です」

 

「………」

 

「表情を見れば、分かりますよ。それでも、見つけたいんでしょう? 会いたいんでしょう? それならば、諦めたら駄目ですよ」

 

「………だからどうした、か」

 

「はい」

 

「だからどうした!」

 

「はい!」

 

そして、4人全員が立ち上がり、拳を空に突き上げて、叫んだ。

 

 

「「「「だからどうした!」」」」

 

 

空に叫び声が響いたあと、お互いの顔を見ながらおかしそうに笑う4人の笑い声が、辺りに響き渡った。

 

 

 

「ふー笑った笑った………ん、どうもありがとうございました」

 

勘定が終わった後、いのさんは言葉と共に頭をちょっと下げていきました。

 

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 

「いいんですよキリハさん。皆さん、何か落ち込んでいたようですから」

 

「桃さんは鋭いですね。ええ、でもまあ、私もあの言葉を言い続けてみるようにします。負けないように。くじけないように」

 

「はい」

 

「それじゃあ、また来ます。後ろの無愛想なおじさんにも、よろしく言っておいて下さい」

 

「ふふ、はい」

 

と笑う僕を背後に、キリハさんは二人のところへ走っていきます。

 

「行きましたね」

 

と、振り返ると。

そこには、顔を真っ赤にして照れている再不斬さんの姿がありました。

 

「あれ、再不斬さん、どうしたんですか?」

 

「………うるせえ」

 

「???」

 

 

 

そんなこんなで、二人きりの一日は何の事件も起こらず穏やかに過ぎていきました。

 

 

メンマさんに感謝、ですね。


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