※注:今回はシリアス風味&オリジナル設定(独自解釈強目)があります。
雨の中、1人の少女が木にもたれ掛かり、空を見上げていた。
「ちくしょう………」
赤い髪を持つその少女。名を多由也といった。多由也は顔を伏せ、地面を見つめながら悪態をついた。
「ちくしょう………何もかも忘れたのに………なにを、今更………何もかも忘れた筈なのに!」
地面に自らの拳を打ち込み、顔を伏せたまま叫んだ。世界を恨む、呪いの言葉を。
「ちくしょう…………!」
両手を地面に打ち付ける。何度も、何度も。泥まみれになろうとも、構わない。ただ、その悲嘆を両手に乗せ、そのまま地面に打ち付ける。
やがて、多由也は顔を上げて、自分が持つ笛を見た。
(母さん………)
多由也の笛は、母の形見だった。病で死んだ母が自分に託したもの。今では、これが、母と自分を繋ぐ、唯一のものとなった。多由也は水滴に撃たれながら、目を瞑った。
(………そういえば、母さんが亡くなった日も………こんな風に雨だったな)
今では思い出せる。母が自分に遺した、数々の言葉を。
『音楽を学ぶ者にとって、大切なものは一つ。それは、文字通り音を楽しむことや』
『技だけが全てやない。人同士の関係と同じで、見た目はかなり複雑なことやけど、それはあくまで外郭や。根にあるのは、すごく単純。………言葉で表すには難しいけど………多由也にも、いずれ分かる。きっとや』
『多由也。結局、ウチはアンタに何も遺してやれんがった。あの笛だけや、うちが遺せるのは』
『………ごめんな』
両手で、頭を抱える。思い出したくない。ウチは捨てた。何もかも捨てた。生き残るために、力を得るために捨ててしまった。
(何で思い出す。あの時に捨てた筈だ………)
多由也を除く5人衆。次郎坊、鬼童丸、左近、君麻呂は大蛇丸様の傍についた。多由也の役割は、監視であった。一尾…守鶴の人柱力である、我愛羅を監視する任務を命じられた。5人の中でも最も聴覚が鋭いという理由で。
そして、監視の最中だ。多由也は見た。『それ』を見てしまった。1人の、男の姿を。巨大な怪物を眼前に置き、それでも逃げない、出鱈目な男の姿を。
前だけを見て突き進む、その姿勢。その言葉。その意志。その覚悟。昔、絵本で読んだおとぎ話のようだった。
多由也はその後の出来事を思い出し、また歯を食いしばる。それだけでは、思い出さなかった。きっかけは、あの言葉だ。金の髪をした少年が、九尾の人柱力が、うずまきナルトが我愛羅に向けて言った、あの言葉。
『全力で抵抗する。それでも死んだら、仕方ないさ。最後まで、自分の生き方に関しては嘘はつかなかったと、胸を張って………あの世で誇るさ』
その言葉を聞いた時、体中に電流が奔った。心の中の何かに触れた。そして、思い出してしまった。夢を捨てて、母の遺志を忘れてしまったことを。引き替えに、生き延びるための力を手に入れた。結果、死なずにすんだ。生き延びられた。
(………それで、その先は?)
自問する。男は断言した。
『最後には、全部失う。自分の生命以外の何もかもを』
それが事実だ、と言わんばかりに。
………あれだけの力を持って尚、その終わりは変えられないという。それが不可避の結末だと、言うのなら。
(うちの選択には意味が無い。捨てて手に入れたものに、意味は無かった)
生き延びるために、大蛇丸様の配下になった。生き残るために、呪印を受け入れた。その度に何かを差し出した。
(大事なモノがあった筈なのに。それでも、ウチは諦めた)
その事は覚えていた。でも、何を差し出したのか、何を忘れていたのか。
多由也は『忘れたモノ』さえ忘れていた事に気づいた。その原因も。
(………呪印と、暗示か)
死を幻視させられる程の殺気。人格を変質させる呪印、というところか。元にある人格を蹂躙するには、酷く合理的な方法。好戦的な使える駒を作成する方法。
(でも…………何で)
目の端から、液体が零れる。これが雨の滴なのか、それとも涙なのかは分からない。
(何で、今更、思い出す。思い出させる…………いまさらっ………いまさら!)
力より大切なものがあると。母から何度も聞かされた事も忘れていたのに。
――――音で人を幸せにしたい、と。
――――音で誰かの心を癒したい、と。
浮かんでは消える、過去の残滓。多由也はたまらず、両手で目を覆った。止まらない。頬に流れる水滴も、胸を襲う痛みも。
戻れる筈がない。かつての自分に。正気を取り戻したが、戻れる筈もない。多由也は知っている。覚えているのだ。この手は既に血まみれだということを。戦争の中、何十人もの忍びを笛の音で屠ってきたことを。
(………ウチは、ウチは……)
答えがでないまま、身体はある場所へと向かっていた。
音隠れの里ではない、向かう場所は一つだった。あの、うずまきナルトが営んでいるという、ラーメン屋台『九頭竜』へ。
~ 波風キリハ ~
3代目が亡くなった。大蛇丸と戦って、死んだ。永遠に会えなくなってしまった。
少しスケベだけど優しかった、あのほほ笑みを見ることはもうない。
「………おじいさん」
家族のいない私にとって、3代目火影は祖父のようなものだった。同時に、尊敬すべき忍びの頭領だった。
葬式は、戦いが終わった後、少しして行われた。あれから、ずっと雨が続いている。
(空が泣いているみたい………)
雨の中、3代目を送る人達の顔を見る。みんな、泣いていた。3代目が木の葉からいなくなった事を、悲しんでいた。
(あれが、ジジイなりのケジメの付け方じゃったんだろ………)
自来也のおじさんは、虚空を見上げながらそう呟いていた。かつての戦友が、兄弟弟子が、抜け忍が。胸中に渦巻く感情。その名は憎悪か、怨嗟か、悲哀か、後悔か、諦観か。
おじさんの五分の一程度しか生きていない私では押し計れない程、膨大な質量の感情がその胸の中で暴れているのかもしれない。
雨の中、傘をさしながら、私は里の中を歩き回った。誰もが悲しんでいた。木の葉を照らす、優しい火の影が失われた、その事を悲しんでいる。
そして夕方。私は、里の外れで一つの灯りを見つけた。雨のせいか、辺りは既に暗くなっている。その中で、淡い提灯の光が周辺を照らしている。
「ラーメン屋、今日もやっているんだ」
私はその火の輝きに誘われ、その方向へと歩き出した。先客が1人いた、静かに、ラーメンを食べている。
「らっしゃい」
いつもの、メンマさんの声。明るくもなく、暗くもなく。いつもの声色だ。
「こんにちは………ってメンマさん、その傷どうしたの!?」
「ん?ああ、かすり傷、かすり傷」
と、腕の包帯を軽く叩く。取りあえず、私が修行している間に新しくできた、『火の国の宝麺』というラーメンを頼む。
「あいよ」
背後には雨の音。目の前には、麺を煮込む音。
「おまち」
「………」
「………」
「………」
雨の中、静かに時間が過ぎる。雨音が雨の数だけ。麺をすする音が二人分。
(滅茶苦茶美味しい………)
静かに、食べ続ける。
「美味しいかい?」
「「はい」」
私ともう1人の客が応える
「それはよかった」
しばらくして、私はメンマさんにある事を質問した。
「何のために………」
「うん?」
「何のために、人は戦うんでしょうね。どうして戦争なんて………絶対に楽しくなんかないのに」
「そうだね………」
メンマさんは目を瞑って応えてくれる。
「きっと、理由があるからだろうね」
「理由?」
そう、理由、といって、メンマさんは指を一本づつ立てていく。。
「曰く、誇りの為に。曰く、夢のために。曰く、死なないために」
「………」
「自分だけの理由に従って、あるいは自らの誇りに従って、相手の事を考えない。だから退く理由がないんだ。そうなったら衝突するしかない。世界は割と狭いからね。ましてや、この情勢だ」
「………そうですね」
忍界大戦からこっち、全てが戻ったという訳ではない。
各国の里に残る遺恨も。メンマさんは戯けた口調で言った。
「俺からすれば、くだらない事だと思うよ。そんな事より、互いに腹割って、旨いモンでも食って、酒呑んだらいい。そうしたら、殺し合いなんて起きない」
「確かに、そうかもしれないですね」
互いの事を知れば、殺し合いなんか起きないかもしれない。
「俺なら、敵を目の前に叫んでやるね。『俺のラーメンを食べろぉ!』って。何せ、命賭けてる自慢のラーメンだ。食べたら、いちころだぜ」
「ふふっ」
親指を立てて笑うメンマさんの姿が可笑しくて、私も思わず笑い声が零れる。
「まあ、俺はまだまだ未熟だから、そう簡単にはいかないからね。木の葉隠れの忍者さん達にゃあ、感謝してるよ」
「いえいえ、メンマさんのラーメンのおかげです」
「ははっ」
「ありがとうございましたー」
メンマさんの声を背に、家路を辿る。雨はもう、止んでいた。
(メンマさんも戦っているんだ)
悲しい表情を見せないで、美味しいラーメンをご馳走してくれた。腕を怪我しているのに、痛む素振りもみせず、私を元気づけてくれた。
(あそこが、メンマさんの戦場なんだ)
命を賭けているという言葉に嘘はない。私は、そう感じた。
「自分の戦場、か」
おじいさんが自ら思い、そして選択した戦場。それは、木の葉隠れの里を守るため。火影としての存在を示すため。最後の戦場。託されたのは何か。それは、火の意志だ。
誰かの戦場を汚さないように。それぞれの役割を壊さないように。3代目の遺志を受け継ぐというのならば。木の葉という、大きな家を守る………木の葉を照らす、優しい火の影になる―――そして。
(今日は、たくさん泣こう。そして、明日からはまた笑おう)
いつまでも泣くのはやめよう。それは、『おじいさん』が望む事だとおもうから。
~ 小池メンマ ~
(さて、どうするか)
目の前には、1人の客。
『あの音隠れのくの一だよね』
(ああ。でも、随分とチャクラの質が変わってる)
どうしてか、呪印のチャクラの産物であろう汚いチャクラではなくなっていた。そのせいで、始めに方は誰だか分からなかった。その上で普通の女の子らしく凹んでいたのだ。注意深く探らなければ、見分けられなかっただろう。
(どうしようか………今は、迂闊な事はできないけど)
あの騒動の後だ。暗部が定期的に辺りを見回っている。ばれるリスクは避けたい。それに、多由也に正体がばれているとも思わない。
『そもそも、正体を知られているなら………1人でここにはこないだろうし、ね』
静寂が満ちている空間。音といえば、時折吹く風が木々を揺らすぐらい。そんな中、変化した多由也が口を開く。
「店主さんは」
「ん?」
「店主さんは、夢を諦めた事がありますか」
「えっと………夢を?」
「はい。生き延びるために、夢を諦めたことがありますか」
多由也は言葉を一端切って、また意を決するように話しかける。
「夢のために生きたとして、それでも道を踏み外して………夢とは大きくかけ離れた場所で………戻れないところまで来たら。そこで、終わりになるんでしょうか」
言葉の途中で、質問から自問に切り替わる。混乱しているようだ。
(何を言えばいいのか、分からないといったところか)
そして、答えが欲しいと叫んでいる。
取りあえず、質問には答えよう。
「起きてみる夢に終わりなんてないよ。自分で終わらせる事はいつでもできるけど」
「え?」
「寝ている間に見る夢が終わるのは、起きた時だけど………起きている間に見る夢が終わるのは、諦めた時だけだから」
「………夢を叶えたら、終わりじゃないんですか?」
「次の夢があるだろう。次を見ないで現状に満足したまま、というのは………見たくないと同義だ。上を見るという事を、諦めることと同じ」
「いつになれば終わるんですか?」
「生きている限り、いつまでも」
「夢を見る資格を、無くした場合でも?」
「それは、罪を犯したから諦めるという事?うーん、どうだろうね」
罪を犯さない人間なんて、いないし、資格、というのがそもそも分からない。程度の問題か?誰が判断するんだろう、それは。
ふと、抜け忍組織の知人の言葉を思い出した。
「綺麗に生きられたらいいけどね。でも、それが無理な場合もあるだろう。好きな事ばかりに没頭できたら最高だろうけど………」
それこそ夢物語だ。誰も、殺したくなんてない。でも、生き延びるためには、という時も確かにある。それが未熟さ故の罪だというのなら、一体誰が許されるというのだろう。
それじゃあ、生まれが全てになってしまう。それは違うと思う。
「選べる道なんて、多くなかっただろう。どこを見ても、間違いだらけの選択肢。そんな中を、必死に生きてきたんだろう」
「………はい。あの、どうして」
「いや………君の瞳を見て何となく、そう思った」
これは、半分が嘘だ。推測の情報源は、昔の噂。
音の里が興される前後だったか。各地で子供、それも浮浪児や孤児が失踪する事件が多発しているという事を、風の噂で聞いたことがあった。
(大蛇○のやりそうな事だ)
「………ウチは、思い出した事があるんです」
「それは、夢?」
「はい。でも、ウチはそれを忘れていて………最近、思い出したんです。でも、今更戻る事なんて………」
「例え、罪を犯したとしても。過去に苛まれながらも、それでも見たい夢があるんなら」
「………」
「こう、シンプルに考えればいい。夢を諦めて今の道を進み続けるか………あるいは、過去に魘されながらも、夢を追い続ける事を選ぶか」
「二つに一つ、という訳ですか」
「シンプルだろう」
多由也は、胸の辺りを抑えた。そこに隠している何かを、確かめるように触れて、数秒間考えていた。そして、立ち上がる。
「お客さん、お勘定」
俺がそういうと、多由也が慌ててラーメン代を出そうとする――――が。
「あ」
急に、ポケットを探り出す。どうも、お金を持って無いみたいだ。こっちに背を向けながら、どこかにお金が無いかを、一生懸命探している多由也。俺は苦笑した後、背中を叩いて、優しく話しかけてやる。
「いいよ。ツケにしておくから。クサイ台詞を聞いてくれた礼と思ってくれていい」
多由也は顔を真っ赤にした後、小さい声で返事をする。
「………すいません。それじゃあ、また来ます」
頭を下げる。そしてその後、
「決まったか?」
「………はい。ありがとうございます」
例え変化の術を使ったとしても、目の奥の光まで変えられる訳じゃない。
その目を見て、俺は頷いて、笑った。
「そう。じゃあ、お気をつけて」
悠然と立ち去る背中を、俺は静かに見送った。
『よかったの?』
「色々と、ケジメつけに行ったんだろう。縁があればまた会うさ」