小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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※注:今回はシリアス風味&オリジナル設定(独自解釈強目)があります。




24.5話 : 夢を見る資格

雨の中、1人の少女が木にもたれ掛かり、空を見上げていた。

 

「ちくしょう………」

 

赤い髪を持つその少女。名を多由也といった。多由也は顔を伏せ、地面を見つめながら悪態をついた。

 

「ちくしょう………何もかも忘れたのに………なにを、今更………何もかも忘れた筈なのに!」

 

地面に自らの拳を打ち込み、顔を伏せたまま叫んだ。世界を恨む、呪いの言葉を。

 

「ちくしょう…………!」

 

両手を地面に打ち付ける。何度も、何度も。泥まみれになろうとも、構わない。ただ、その悲嘆を両手に乗せ、そのまま地面に打ち付ける。

 

やがて、多由也は顔を上げて、自分が持つ笛を見た。

 

(母さん………)

 

多由也の笛は、母の形見だった。病で死んだ母が自分に託したもの。今では、これが、母と自分を繋ぐ、唯一のものとなった。多由也は水滴に撃たれながら、目を瞑った。

 

(………そういえば、母さんが亡くなった日も………こんな風に雨だったな)

 

今では思い出せる。母が自分に遺した、数々の言葉を。

 

『音楽を学ぶ者にとって、大切なものは一つ。それは、文字通り音を楽しむことや』

 

『技だけが全てやない。人同士の関係と同じで、見た目はかなり複雑なことやけど、それはあくまで外郭や。根にあるのは、すごく単純。………言葉で表すには難しいけど………多由也にも、いずれ分かる。きっとや』

 

『多由也。結局、ウチはアンタに何も遺してやれんがった。あの笛だけや、うちが遺せるのは』

 

『………ごめんな』

 

 

両手で、頭を抱える。思い出したくない。ウチは捨てた。何もかも捨てた。生き残るために、力を得るために捨ててしまった。

 

(何で思い出す。あの時に捨てた筈だ………)

 

多由也を除く5人衆。次郎坊、鬼童丸、左近、君麻呂は大蛇丸様の傍についた。多由也の役割は、監視であった。一尾…守鶴の人柱力である、我愛羅を監視する任務を命じられた。5人の中でも最も聴覚が鋭いという理由で。

 

そして、監視の最中だ。多由也は見た。『それ』を見てしまった。1人の、男の姿を。巨大な怪物を眼前に置き、それでも逃げない、出鱈目な男の姿を。

 

前だけを見て突き進む、その姿勢。その言葉。その意志。その覚悟。昔、絵本で読んだおとぎ話のようだった。

 

多由也はその後の出来事を思い出し、また歯を食いしばる。それだけでは、思い出さなかった。きっかけは、あの言葉だ。金の髪をした少年が、九尾の人柱力が、うずまきナルトが我愛羅に向けて言った、あの言葉。

 

『全力で抵抗する。それでも死んだら、仕方ないさ。最後まで、自分の生き方に関しては嘘はつかなかったと、胸を張って………あの世で誇るさ』

 

その言葉を聞いた時、体中に電流が奔った。心の中の何かに触れた。そして、思い出してしまった。夢を捨てて、母の遺志を忘れてしまったことを。引き替えに、生き延びるための力を手に入れた。結果、死なずにすんだ。生き延びられた。

 

(………それで、その先は?)

 

自問する。男は断言した。

 

『最後には、全部失う。自分の生命以外の何もかもを』

 

それが事実だ、と言わんばかりに。

 

………あれだけの力を持って尚、その終わりは変えられないという。それが不可避の結末だと、言うのなら。

 

(うちの選択には意味が無い。捨てて手に入れたものに、意味は無かった)

 

生き延びるために、大蛇丸様の配下になった。生き残るために、呪印を受け入れた。その度に何かを差し出した。

 

(大事なモノがあった筈なのに。それでも、ウチは諦めた)

 

その事は覚えていた。でも、何を差し出したのか、何を忘れていたのか。

多由也は『忘れたモノ』さえ忘れていた事に気づいた。その原因も。

 

(………呪印と、暗示か)

 

死を幻視させられる程の殺気。人格を変質させる呪印、というところか。元にある人格を蹂躙するには、酷く合理的な方法。好戦的な使える駒を作成する方法。

 

(でも…………何で)

 

目の端から、液体が零れる。これが雨の滴なのか、それとも涙なのかは分からない。

 

(何で、今更、思い出す。思い出させる…………いまさらっ………いまさら!)

 

力より大切なものがあると。母から何度も聞かされた事も忘れていたのに。

 

――――音で人を幸せにしたい、と。

 

――――音で誰かの心を癒したい、と。

 

浮かんでは消える、過去の残滓。多由也はたまらず、両手で目を覆った。止まらない。頬に流れる水滴も、胸を襲う痛みも。

 

戻れる筈がない。かつての自分に。正気を取り戻したが、戻れる筈もない。多由也は知っている。覚えているのだ。この手は既に血まみれだということを。戦争の中、何十人もの忍びを笛の音で屠ってきたことを。

 

(………ウチは、ウチは……)

 

答えがでないまま、身体はある場所へと向かっていた。

 

音隠れの里ではない、向かう場所は一つだった。あの、うずまきナルトが営んでいるという、ラーメン屋台『九頭竜』へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 波風キリハ ~

 

 

3代目が亡くなった。大蛇丸と戦って、死んだ。永遠に会えなくなってしまった。

少しスケベだけど優しかった、あのほほ笑みを見ることはもうない。

 

「………おじいさん」

 

家族のいない私にとって、3代目火影は祖父のようなものだった。同時に、尊敬すべき忍びの頭領だった。

 

葬式は、戦いが終わった後、少しして行われた。あれから、ずっと雨が続いている。

 

(空が泣いているみたい………)

 

雨の中、3代目を送る人達の顔を見る。みんな、泣いていた。3代目が木の葉からいなくなった事を、悲しんでいた。

 

(あれが、ジジイなりのケジメの付け方じゃったんだろ………)

 

自来也のおじさんは、虚空を見上げながらそう呟いていた。かつての戦友が、兄弟弟子が、抜け忍が。胸中に渦巻く感情。その名は憎悪か、怨嗟か、悲哀か、後悔か、諦観か。

 

おじさんの五分の一程度しか生きていない私では押し計れない程、膨大な質量の感情がその胸の中で暴れているのかもしれない。

 

雨の中、傘をさしながら、私は里の中を歩き回った。誰もが悲しんでいた。木の葉を照らす、優しい火の影が失われた、その事を悲しんでいる。

 

そして夕方。私は、里の外れで一つの灯りを見つけた。雨のせいか、辺りは既に暗くなっている。その中で、淡い提灯の光が周辺を照らしている。

 

「ラーメン屋、今日もやっているんだ」

 

私はその火の輝きに誘われ、その方向へと歩き出した。先客が1人いた、静かに、ラーメンを食べている。

 

「らっしゃい」

 

いつもの、メンマさんの声。明るくもなく、暗くもなく。いつもの声色だ。

 

「こんにちは………ってメンマさん、その傷どうしたの!?」

 

「ん?ああ、かすり傷、かすり傷」

 

と、腕の包帯を軽く叩く。取りあえず、私が修行している間に新しくできた、『火の国の宝麺』というラーメンを頼む。

 

「あいよ」

 

背後には雨の音。目の前には、麺を煮込む音。

 

「おまち」

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

雨の中、静かに時間が過ぎる。雨音が雨の数だけ。麺をすする音が二人分。

 

(滅茶苦茶美味しい………)

 

静かに、食べ続ける。

 

「美味しいかい?」

 

「「はい」」

 

私ともう1人の客が応える

 

「それはよかった」

 

 

 

 

 

しばらくして、私はメンマさんにある事を質問した。

 

「何のために………」

 

「うん?」

 

「何のために、人は戦うんでしょうね。どうして戦争なんて………絶対に楽しくなんかないのに」

 

「そうだね………」

 

メンマさんは目を瞑って応えてくれる。

 

「きっと、理由があるからだろうね」

 

「理由?」

 

そう、理由、といって、メンマさんは指を一本づつ立てていく。。

 

「曰く、誇りの為に。曰く、夢のために。曰く、死なないために」

 

「………」

 

「自分だけの理由に従って、あるいは自らの誇りに従って、相手の事を考えない。だから退く理由がないんだ。そうなったら衝突するしかない。世界は割と狭いからね。ましてや、この情勢だ」

 

「………そうですね」

 

忍界大戦からこっち、全てが戻ったという訳ではない。

各国の里に残る遺恨も。メンマさんは戯けた口調で言った。

 

「俺からすれば、くだらない事だと思うよ。そんな事より、互いに腹割って、旨いモンでも食って、酒呑んだらいい。そうしたら、殺し合いなんて起きない」

 

「確かに、そうかもしれないですね」

 

互いの事を知れば、殺し合いなんか起きないかもしれない。

 

「俺なら、敵を目の前に叫んでやるね。『俺のラーメンを食べろぉ!』って。何せ、命賭けてる自慢のラーメンだ。食べたら、いちころだぜ」

 

「ふふっ」

 

親指を立てて笑うメンマさんの姿が可笑しくて、私も思わず笑い声が零れる。

 

「まあ、俺はまだまだ未熟だから、そう簡単にはいかないからね。木の葉隠れの忍者さん達にゃあ、感謝してるよ」

 

「いえいえ、メンマさんのラーメンのおかげです」

 

「ははっ」

 

「ありがとうございましたー」

 

メンマさんの声を背に、家路を辿る。雨はもう、止んでいた。

 

(メンマさんも戦っているんだ)

 

悲しい表情を見せないで、美味しいラーメンをご馳走してくれた。腕を怪我しているのに、痛む素振りもみせず、私を元気づけてくれた。

 

(あそこが、メンマさんの戦場なんだ)

 

命を賭けているという言葉に嘘はない。私は、そう感じた。

 

「自分の戦場、か」

 

おじいさんが自ら思い、そして選択した戦場。それは、木の葉隠れの里を守るため。火影としての存在を示すため。最後の戦場。託されたのは何か。それは、火の意志だ。

 

誰かの戦場を汚さないように。それぞれの役割を壊さないように。3代目の遺志を受け継ぐというのならば。木の葉という、大きな家を守る………木の葉を照らす、優しい火の影になる―――そして。

 

(今日は、たくさん泣こう。そして、明日からはまた笑おう)

 

いつまでも泣くのはやめよう。それは、『おじいさん』が望む事だとおもうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 小池メンマ ~

 

(さて、どうするか)

 

目の前には、1人の客。

 

『あの音隠れのくの一だよね』

 

(ああ。でも、随分とチャクラの質が変わってる)

 

どうしてか、呪印のチャクラの産物であろう汚いチャクラではなくなっていた。そのせいで、始めに方は誰だか分からなかった。その上で普通の女の子らしく凹んでいたのだ。注意深く探らなければ、見分けられなかっただろう。

 

(どうしようか………今は、迂闊な事はできないけど)

 

あの騒動の後だ。暗部が定期的に辺りを見回っている。ばれるリスクは避けたい。それに、多由也に正体がばれているとも思わない。

 

『そもそも、正体を知られているなら………1人でここにはこないだろうし、ね』

 

静寂が満ちている空間。音といえば、時折吹く風が木々を揺らすぐらい。そんな中、変化した多由也が口を開く。

 

「店主さんは」

 

「ん?」

 

「店主さんは、夢を諦めた事がありますか」

 

「えっと………夢を?」

 

「はい。生き延びるために、夢を諦めたことがありますか」

 

多由也は言葉を一端切って、また意を決するように話しかける。

 

「夢のために生きたとして、それでも道を踏み外して………夢とは大きくかけ離れた場所で………戻れないところまで来たら。そこで、終わりになるんでしょうか」

 

言葉の途中で、質問から自問に切り替わる。混乱しているようだ。

 

(何を言えばいいのか、分からないといったところか)

 

そして、答えが欲しいと叫んでいる。

 

取りあえず、質問には答えよう。

 

「起きてみる夢に終わりなんてないよ。自分で終わらせる事はいつでもできるけど」

 

「え?」

 

「寝ている間に見る夢が終わるのは、起きた時だけど………起きている間に見る夢が終わるのは、諦めた時だけだから」

 

「………夢を叶えたら、終わりじゃないんですか?」

 

「次の夢があるだろう。次を見ないで現状に満足したまま、というのは………見たくないと同義だ。上を見るという事を、諦めることと同じ」

 

「いつになれば終わるんですか?」

 

「生きている限り、いつまでも」

 

「夢を見る資格を、無くした場合でも?」

 

「それは、罪を犯したから諦めるという事?うーん、どうだろうね」

 

罪を犯さない人間なんて、いないし、資格、というのがそもそも分からない。程度の問題か?誰が判断するんだろう、それは。

 

ふと、抜け忍組織の知人の言葉を思い出した。

 

「綺麗に生きられたらいいけどね。でも、それが無理な場合もあるだろう。好きな事ばかりに没頭できたら最高だろうけど………」

 

それこそ夢物語だ。誰も、殺したくなんてない。でも、生き延びるためには、という時も確かにある。それが未熟さ故の罪だというのなら、一体誰が許されるというのだろう。

 

それじゃあ、生まれが全てになってしまう。それは違うと思う。

 

「選べる道なんて、多くなかっただろう。どこを見ても、間違いだらけの選択肢。そんな中を、必死に生きてきたんだろう」

 

「………はい。あの、どうして」

 

「いや………君の瞳を見て何となく、そう思った」

 

これは、半分が嘘だ。推測の情報源は、昔の噂。

 

音の里が興される前後だったか。各地で子供、それも浮浪児や孤児が失踪する事件が多発しているという事を、風の噂で聞いたことがあった。

 

(大蛇○のやりそうな事だ)

 

「………ウチは、思い出した事があるんです」

 

「それは、夢?」

 

「はい。でも、ウチはそれを忘れていて………最近、思い出したんです。でも、今更戻る事なんて………」

 

「例え、罪を犯したとしても。過去に苛まれながらも、それでも見たい夢があるんなら」

「………」

 

「こう、シンプルに考えればいい。夢を諦めて今の道を進み続けるか………あるいは、過去に魘されながらも、夢を追い続ける事を選ぶか」

 

「二つに一つ、という訳ですか」

 

「シンプルだろう」

 

多由也は、胸の辺りを抑えた。そこに隠している何かを、確かめるように触れて、数秒間考えていた。そして、立ち上がる。

 

「お客さん、お勘定」

 

俺がそういうと、多由也が慌ててラーメン代を出そうとする――――が。

 

「あ」

 

急に、ポケットを探り出す。どうも、お金を持って無いみたいだ。こっちに背を向けながら、どこかにお金が無いかを、一生懸命探している多由也。俺は苦笑した後、背中を叩いて、優しく話しかけてやる。

 

「いいよ。ツケにしておくから。クサイ台詞を聞いてくれた礼と思ってくれていい」

 

多由也は顔を真っ赤にした後、小さい声で返事をする。

 

「………すいません。それじゃあ、また来ます」

 

頭を下げる。そしてその後、

 

「決まったか?」

 

「………はい。ありがとうございます」

 

例え変化の術を使ったとしても、目の奥の光まで変えられる訳じゃない。

 

その目を見て、俺は頷いて、笑った。

 

 

「そう。じゃあ、お気をつけて」

 

 

悠然と立ち去る背中を、俺は静かに見送った。

 

 

 

 

 

『よかったの?』

 

「色々と、ケジメつけに行ったんだろう。縁があればまた会うさ」

 

 

 

 


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