小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

47 / 141
三話 : 我愛羅

~我愛羅~

 

 

「ようやく、終わったな」

 

2週間前から始まった任務だが、今日で終わりを迎えた。アカデミー生相手に、忍具の使い方を教える任務。それぞれの生徒を指導し、実技の訓練も終わった。

 

後は専門の教官に任せるだけだ。任務後、後片づけはアカデミーの教官の方でやてくれるらしい。

 

「じゃあ、俺はバキに報告してくるじゃん。テマリと我愛羅は先帰っててくれ」

 

「ああ、そうだな。頼むカンクロウ。じゃあ行こうか、我愛羅」

 

カンクロウと別れ、姉さんと2人で家に帰った。

 

「私は少し汗を流してくる」

 

今日は最後の日だったので、教導にも力が入っていたようだ。汗を多くかいたから、と苦笑しながら姉さんが風呂に向かう。

 

「ああ。俺は少し休んでおく」

 

 

返事をして、傍にあった椅子に座る。

 

(………疲れたな)

 

2週間に渡る任務を終え、ため息をついた。実は長期任務を任されたのは初めてだった。今まで任された任務とは、全て短期の任務。誰かを殺しに行くという、殺し専門の任務のみ。情緒不安定だったのが原因だろう。長期任務には向いていないと思われていたのだ。

(力を抑える事が可能になった途端、これか………)

 

木の葉崩しの後、テマリとカンクロウと色々話した。カンクロウは最初の頃はやや怖がっていたようだが、日に日に接していく内に変わっていった。

 

(今までが今までだったからな)

 

呟き、苦笑する。守鶴の力を扱えるようになった今、何故怯えられていたか分かるのだ。最終兵器とまで呼ばれる力の、その全容を把握したから、その力が持つ怖さと異様さが分かるのだ。今でも、完全にはコントロールできていないのがその証拠だ。

 

だが、今までは全く抑える事が出来ていなかった。それは何故か。その答えは酷く単純だった。

 

(守鶴の事………今まで俺はその事を、見ようともしていなかった)

 

力を力とだけ認識し、そう捉え、でも本質を掴もうとしなかった。自分の中で暴れる力に対し、抗ってはいても流されるままに受け入れるだけで、その力が持つ意味を考えようともしていなかった。流されるのを、半ば受け入れていたのかもしれない。その結果、どうなるかを考えもせず。

 

(あのラリアットは効いたな………)

 

あの一撃で目が覚めたという事だろう。久しく感じたことが無かった、衝撃に痛み。言い訳の入る余地もない敗北。馬鹿みたいに真っ正面から突っ込んで。砂を吹き飛ばした後、一直線に突っ込んできた勢いのまま、いっそ清々しいまでの一撃。

 

その後に続けられた言葉もそうだ。荒唐無稽で馬鹿みたいだけど、馬鹿らしく一本芯の通った理念。

 

『尾獣がどうか、知らねえ。運命がどうとか、わかんねえ。人柱力がどうとか、聞いてねえ』

 

衝撃的だった。そういう生き方があるのか、とそう思った。その在り方に憧れた。だから思ったのだ。俺もアイツみたいに生きてみたいと。自分が望む何かに成ろうと思った。そう、新しい夢を見たのだ。そして、生きるための目的が生まれた。

 

(まずは認める事だ。そう、俺の中には、確かに化け物がいる)

 

事実を認識する。まずは自分の足場を見る。誤魔化さず、自分の中にいる守鶴に、正面から向き合う。そこから始める。あいつも、自分の中にいる者は認識しているだろう。ただそれに流されないだけで。あるいはもっと別の考えを持っているのかもしれないが。

 

――――認める。守鶴。お前を。

 

(だが、俺はお前の思い通りにはならない。守鶴、お前のような災厄を撒き散らすだけの化け物にはならない)

 

そして、俺が望まない全てを否定するのだ。うずまきナルトと同じように。例え化け物と呼ばれようと。化け物だと思われていても俺は俺の望む在り方を目指す。

 

思えば、簡単な事だった。何を認め、何を否定し、最終的に何を肯定し続けるのか。誰しもが行っている、考えている事。

 

………そう、簡単な事だったのに、それすらも見失っていた。

 

夢現に微睡んで………不抜けていたのだ。

 

(そういえば………)

 

その簡単な事が見えなくなったのは何時からだったろう。考える事を止めた時は何時だっただろう。誰かを憎む事に逃げたのは、どの夜だったろうか。

 

(………ああ、そうだ。あの夜からだったな)

 

俺に付き人だった、母さんの弟………夜叉丸に殺されそうになったあの夜。

 

(アナタは愛されてはいなかったと言ったよな、夜叉丸………)

 

今も胸に残っている、突き刺さっている楔の言葉。あれは、夜叉丸の憎しみが具現した言葉………呪いの言葉だったのかもしれない。

 

(俺を生んで死んだ母さん………加流羅が、俺の事をどう思っていたのか)

 

今はもう、永遠に知ることが出来ない。母は俺を生んで死んだ。我愛羅という名がもつ意味、その本当の意味は、知ることができない。

 

(我だけを愛す修羅、か)

 

呪いの言葉、呪いの名前。その事を考え無かった日など無い。

………思えばずっと、悩んでいたのかもしれない。

 

本当は愛されてなどいなかったのかもしれない。本当は愛していてくれたのかもしれない。答えの出ない問いを延々と考え続けて。その度にどうしようも無い解答を導き出して。誰かを憎んで。誰かに憎まれて。力とそれにまとわりつく宿命とやらに囚われて。

 

その果てに俺は、誰かを憎む事に逃げた。

 

(だけど、それはもう昨日の事だと知った………過去に囚われるのはやめにしようと決めた、あの日から)

 

選んだ瞬間、在り方を決めた瞬間、昨日は過去になった。思い悩む事もあるが、それはどうしようも無い事だと気づいた。明日があると知った。望めば道は開けると知った。苦悩しながらももがけば、そして立って歩き続ければ。足下を見て、行く先を決めたならば。後は歩くだけで良いと知った。

 

(でも、1人だけでは無理だったろうな)

 

肩を貸してくれる人がいる。だから、こんな俺でも歩き続けられる。

今の俺には失いたくない人がいる。たのもしい姉がいる。足りないが悪くはない兄がいる。俺を心配し、俺と共に生きてくれる人がいる。目を覚ましてくれた人がいる。荒唐無稽かつ天衣無縫。変人の極みとも言える馬鹿がいる。

 

これは予想だが、あいつと一緒にいると面白い事ばかり起きるのだろう。そんな気がする。そして、失いたくない人の中に、とある生徒の顔が浮かんだ。

 

(………マツリ)

 

この2週間。忍具の扱い方を教えた生徒。

 

 

………忘れもしないあの夜。

 

暴走する守鶴を抑えきれず、姉諸共に殺そうとしてしまった少女。天井を見上げながら、任務の初日に交わした会話を思い出す。授業の初日、まず最初に行ったのは生徒達による先生の選択だった。俺、テマリ、カンクロウと他中忍3人の計6人。

 

生徒のほとんどが、俺を除く5人の元へと言った。だが1人だけ、俺の元へ一直線に駆け寄ってきた生徒。それがマツリだった。

 

『お願いします!』

 

綺麗な声で、茶色の髪持つ頭を下げて、マツリはそう言った。忍具に対するトラウマが合ったようだが、何とか自分で克服しようとするマツリ。初日、授業が終わった後、マツリに訪ねた。昔の事を忘れた訳でもないだろう。何故、よりにもよって俺を教官に選んだのか。

 

『………確かに、怖かったです。でも、あの夜………部屋に戻った後、なぜだか涙が止まらなかったんです』

 

声は震えていた。自分に見た恐怖のせいだろう。そう言う俺に、マツリはしっかりと首を振って答えた。

 

『怖くて、泣いたんじゃありません。悲しかったんです…………あの時の我愛羅先生、何だか泣いているようだったから』

 

お前も、姉さんも殺そうとしていたのに。質問に対し、マツリは考えながら答えた。

 

『一瞬でも、留まってくれたじゃないですか。抵抗しているように、見えたんです………違うんですか?』

 

『………いや』

 

首を振り、答える。

 

『殺したくなかった………姉さんも、お前も………殺したくなんてなかった』

 

『やっぱり、そうだったんですね』

 

そういうと、マツリは花咲くように笑った。

 

『でも、私も………今までは、もしかしたら違うのかな、って思っていたんです。あの後、我愛羅先生荒れていたようだったから』

 

『ああ………』

 

『でも、今の我愛羅先生を見て、何だかあの時感じた事は間違いじゃ無かったのかなって………』

 

『ああ、確かに。最近は抑えられるようになったからな』

 

腹を撫でながら、言う。

 

『すいません。疑ったりなんかして』

 

申し訳なさそうに、こんな私軽蔑します? と訪ねてくるマツリの頭を撫でながら、俺は言った。

 

『いや。軽蔑しない…………むしろ礼を言いたい程だ』

 

『へ?』

 

『ありがとう、マツリ』

 

その後に起きた騒動を思い出し、苦笑する。近くにいた姉さんが言っていたが、その時に俺は笑顔を浮かべていたそうだ。自分でも思い出せないのだが。

 

だが、俺の顔を見た姉さんが混乱のあまり、隣にいたカンクロウの顔面を殴った後、『え、嘘、痛い? 夢じゃない?』とか呟いていたので嘘では無いようだったが。

 

………とにかく色々あった。

 

 

「………ん?」

 

 

物思いにふけって10数分が経った頃だ。玄関からノックの音が聞こえた。

 

「こんな時間に客か?」

 

珍しい、と呟きながら立ち上がる。元々来客自体が少ない。加え、夕方を過ぎてのこの時間だ。客が来る可能性など皆無と行ってもいい。カンクロウが急いで帰ってきたのかもしれない。

 

そう思い、入り口の方へと向かう。途中、忍者の習性ともいえるべき、気配探査を行いながら。そして玄関から感じる気配を感じた後だ。その気配に、俺は驚いた。

 

(………いや、ちょっと待て………この気配には覚えがある。確か………!)

 

思い出したと同時、もしかしてと入り口の扉を開ける。するとそこには。

 

 

 

「御麺に参りましたー」

 

 

銀色の出前用の箱を片手に携えた、うずまきナルトの姿があった。

 

「………うずまき、ナルト?」

 

一瞬その事実を認識できなかった。思わず、口に出してしまう。

 

「ういっす。ラーメン食べさせるっていう約束を果たしに来たよー。じゃあお邪魔………していい?」

 

「あ、ああ」

 

急な展開に、頭の中身がついていかない。即座に頷き、とりあえず家の中へと招き入れる。

 

「広い家だな。そういえば、姉兄のお二人さんは?」

 

と、うずまきナルトが入ってきた数秒後。風呂場の方から、扉が開く音、そしてこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「ん、これ誰の足音?」

 

「いや………」

 

風呂場に姉さんが、と言おうとした瞬間だ。

 

「………我愛羅、うずまきナルトって!?」

 

バスタオルを胸に巻いたまま出てくる姉さん。

 

「お邪魔してますーって………」

 

「あ………」

 

予想外の姿に硬直するナルト。そして自分の格好を認識したのか、同じく硬直するテマリ。静止する時間。痛すぎる沈黙が、空間を満たした。静寂のひととき、それを破ったのは、姉さんの悲鳴であった。

 

「1qうぇ34r5t6ゆ7いお!?」

 

姉さんは悲鳴を上げながら印を組み、そして拳を突き出した。

 

 

風遁・旋空破だ。弱い威力だったが、硬直しているナルトには十分に有効となったらしい。

 

「風に流されて!?」

 

その風に飛ばされ、入り口の方へと吹き飛ばされるナルト。俺の方は砂のオートガードが間に合ったので、飛ばされる事はなかった。同時、ラーメンの箱もガードする。

 

そして、玄関の扉がまた開いた

 

「ただいまふぅ!?」

 

飛ばされたナルトが、空中で回転。着地しようと足を突き出した先に、カンクロウの顔面があったのだ。吹き飛ばされるカンクロウ。

 

「あれ、何か誰かにライダーキックかましちゃった!?」

 

慌てるナルト。

 

「うわぁぁぁぁー!」

 

悲鳴を上げながら風呂場に戻っていく姉さん。

 

「…………………」

 

大混乱だった。

 

 

 

 

 

「取りあえず、偽装結界張るねー」

 

監視を警戒し、ナルトが家の周囲に結界を張る。即席のやつなので、一晩しかもたないそうだ。それが終わった後、取りあえず3人で挨拶をする。

 

「ちゃっす。うずまきナルトaka小池メンマでっす。よろしくシンタロー」

 

「カンクロウじゃん! ロウしか合ってないじゃん!」

 

「よろしく、テマリ」

 

「よろしく」

 

「聞けよ! っていうかテマリの名前は覚えてて、何で俺の名前忘れてるじゃん!?」

 

「え、言っていいの? どうしても、っていうなら事細かに嫌という程説明するけど。懇切丁寧に、容赦なく」

 

「………」

 

黙るカンクロウ。メンマはそうだろうそうだろうと言った後、脇に抱えていた紙袋を目の前に置き、袋を破り出した。

 

「それより、君にプレゼントあるんだー」

 

「え、マジで? ………って何これ、革ジャン?」

 

黒の革ジャンを差し出した後、ジェスチャーで着てみてよと言うナルト。

 

「…………着たじゃん」

 

即座に鏡を持って来るナルト。鏡に映る自分の姿を見たカンクロウは感想を一言。

 

「………似合わないじゃん」

 

「ブラボー!」

 

親指を立ててにかっと笑うナルト。何がしたいのかさっぱり分からないという風に首を傾げるカンクロウ。

 

「………一体、何がしたいじゃん?」

 

「いえいえ。それプレゼントです。耐毒性能がある優れものだがら、2年後の決戦には是非ともお試しを」

 

「………2年後? 決戦?」

 

不穏な言葉に、3人が黙り込む。

 

「いや、それはまた後で。………で、どう、我愛羅。あれから何か変わった事あった?」

「特には無い………しいていえば、約束を果たしにラーメン食べに木の葉隠れに行ったが、お前が姿を消してしまっていた事ぐらいか」

 

「すみません」

 

土下座を敢行し、謝罪するナルト。そしてかくかくしかじかと説明を始める。

 

「………成る程。だから木の葉から脱出したのか。それならば仕方ないとも言えるな」

 

「そうなのよー。妹、キリハには泣かれるし、慣れない悪役演じる事になるし………もう散々だったよ」

 

「………えっと、我愛羅?」

 

初めの挨拶からずっと、硬直していたテマリが動き出す。

 

「何だ、テマリ」

 

「その、本当に、こいつが?」

 

「ああ、うずまきナルトだ………どうした?」

 

「いや………その姿だけど、変化しているのか、本当に?」

 

「してます」

 

「………いや、全く分からないな」

 

「7年間、全くばれなかったからね。日向家当主クラスの白眼でもないと見破れないよ」

隠密術も世界で五指に入るぜ! 全く嬉しくない特技だけどなと偉ぶるナルト。

 

「どういう原理の術だ? 変化だけじゃそうはいかないだろうに」

 

ナルトはテマリの質問に対し、口に人差し指を当てて答えた。

 

「禁則事項です………いや、それよりも早く、これ食べて食べて」

 

と、出前の箱の中からラーメンを取り出すナルト。

 

「小池メンマ特製、夏塩ラーメンでっす」

 

「塩ラーメン?」

 

「そう。砂隠れ産の塩を使った、特製冷やし塩ラーメン。味は食べてのお楽しみってね」

自慢げにずずいと突きだしてくるメンマ。

 

「………頂こう」

 

我愛羅が頷き、レンゲを片手にまずはスープを一口飲む。

 

「………これは何だ? 塩だけじゃない………この深みのあるコクは」

 

「魚介系の出汁………いや、これは………貝か? 添え物はトマトとレタス、夏の野菜か………鳥のささみも入ってるな。他は分からないが」

 

「貝は火の国の南にある海でとれる貝。ナルキ貝っていう。後は鳥と、玉ねぎの甘みを交えて、砂の塩をちょっとね。こういうのに、豚のような油っぽいのは合わないから。でも、ここの塩いいね。深みが合って。これなら、砂隠れみたいな、暑い地域専用って事で。これなら、このクソ暑い砂隠れの里でも、美味しく食べられるだろ?」

 

そして、胡麻を少しまぶしてある。栄養も抜群だ!

 

「………ああ、確かに。上手いし、何だか食べていて涼しくなる」

 

「何か、癖になるな。食べ始めると止まらん」

 

「っしゃあ!」

 

とメンマがガッツポーズする。

 

そしてそろそろとレシピを差し出した。

 

「これ、このラーメンのレシピ。結構簡単に作れるから、里中に広めてみるのもいいね」

「いいのか? 苦労して考えた味だろう?」

 

「多くの人に食べてもらえれば、一番。今はそうそう外に出られる状況じゃないし、砂隠れに頻繁に来られる訳でもないしね。ま、食べた後の感想は聞かせてくれ。

 

改良の余地があるかもしれないし。それだけでいいよ」

 

「そうか………ってカンクロウ、お前もう食べたのか」

 

「いや、だって美味しいじゃんこれ」

 

あうあうと一気に食べて、スープまで完食したカンクロウ。それを見たテマリが、呆れた声を出す。

 

「ちょっと前、ラーメンなんかとか言っていたのになあ?」

 

テマリが悪戯な笑みを浮かべ、カンクロウに言う。

 

だが。その直後である。

 

 

「ラーメン、“なんか?”」

 

 

眼前の男が放った、たった一言でによって。

 

 

場が凍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ カンクロウ ~

 

 

体が、動かないじゃん。

 

――――死んだと思った。大型の獣に昆虫が蹴散らされる様に。

 

(…………っ)

 

想像を絶する深い情熱が、一瞬その灼熱の淵をのぞかせた。眼前の男の内側から――――。全身が沸騰する。汗が止まらない。

 

「………」

 

直後、眼前の男の背中からするすると、とあるものが引き出された。

 

(ネギ?)

 

白と緑のコントラストが美しい、一本のネギ。だがそれは、異様な輝きを放っていた。

 

(冷や汗が止まらない。何故? なにゆえ―――)

 

十字に合わせられるネギ。まるで誰かの墓標のようなそれを見て、俺は戦慄した。理解しなければ、俺はここで掘られる。これでも、幾度もの修羅場を潜ってきた忍びだ。

 

直感的に理解した。

 

(そう、俺はさっき何を言った? さっき俺は何を知られた―――)

 

ラーメン、“何か”? ………そうか、それが原因か。謎は解けたじゃん!

 

「いや、違うじゃん! 麺って本当に美味しいじゃん!」

 

その返答が正解だったのだろう。

 

「………嘘、偽り無いな?」

 

「おう! 素麺てほんと最高だよな」

 

 

言葉を最後まで口にする事は適わなかった。我愛羅とテマリの2人が目を逸らし「さらば、我が兄」とか、「達者でな、愚弟」とか呟いている。

 

 

 

「ラーメン」

 

 

 

 

かくあれかしとばかりに、いっそ神々しい一本のネギが、とある男の肛門をするりと貫いた。

 

 

 

 

 

 

「アッーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 我愛羅 ~

 

 

隣で尻にネギを挟んだまま倒れているカンクロウは放置して、情報を交換しあう。暁という組織の事。その目的。構成員。

 

「………以上だ。取りあえずあいつらに対する策とかは今考えている途中なんで………後日また話に来るよ」

 

「そうか…………」

 

俺は呟き、考え込む。取りあえずで伝えられた内容でも、十分に衝撃となる事だった。

 

暁………この人柱力の力を欲しているらしい。そして、砂隠れの抜け忍である“あの”赤砂のサソリと、デイダラとかいう岩隠れの抜け忍。

 

(………どうにかせねばならんな)

 

至急、対応策を練る必要がある。だが、3人だけでは少し厳しいとも言える。今の俺達は下忍か、もしくは中忍程度の扱いでしかない。前風影の子という立場はあるが、それも一応の事。この情報をそのまま上の連中に言うのは止めた方がよさそうだな。

 

良いように利用される可能性が無い事もない。上層部は今だ俺を疎んでいる筈だ。迂闊に情報を渡すのはよした方がよいだろう。あるいは、情報を提供してくれたうずまきナルトへ迷惑がかかるかもしれない。

 

(そうしないためには………)

 

いっそ、上り詰めるか。一番、上まで。この里の頂点まで。俺のしたい事をするために。

「………分かった。貴重な情報、本当に感謝する」

 

「いやいや、どういたしまして。細部の説明に関しては………また後日、詰めに詰めて持って来るからその時に。こっちでも対策案まとめ中だしね」

 

「ああ。暁の件に関しては了承した………で、だ」

 

「ああ分かってる…………あの『声』に関してだな?」

 

「やはり、お前にも聞こえたのか………」

 

俺とナルト、2人が沈黙する。

 

「正直………俺は今までに、ああいう『質』の声は聞いた事がない。憎みもなく、怒りもない………ただ純粋な殺意のみで構成された声など」

 

本能を直撃する爆撃のような声。理性も何もあったものじゃなかった。あの声を聞いて恐怖しない者など、いはしまい。

 

「同じくだ。そして俺達にだけ聞こえたというのは………ねえ。やっぱり人柱力に対してのみに発せられた声なのかね」

 

「恐らくはそうだろうな。現状、砂の方に動きは無いが、他国の人柱力に関しての事は、五代目火影が動いてくれているらしいから。五代目の動きに追随して、俺達も調査を始める事になるだろうが………」

 

「そうか………でも、あれは何だったんだろうな」

 

「情報が足りない今、俺には分からないとしか言いようがないが………」

 

何ともいえない危機感が消えてくれない、と2人がため息をつく。

 

「………お前達がそれほど迄に怯える、声か………どういう声だったんだ?」

 

「ん………そう、何て言うか………殺気ってあるだろ?」

 

「ああ」

 

「あれを煮詰めて煮詰めて抽出して濾過して蒸留したような声………殺意の結晶っていうの?」

 

「ああ、それに近いな」

 

頷き合う2人を見て、テマリがため息を吐く。

 

「まったく、次から次へと………」

 

「本当にね………」

 

テマリのため息に同調して、メンマがため息を吐く。

 

「こうなれば………今日はもう飲むしか!」

 

「ええ!?」

 

「あら、こんな所にお酒が」

 

と、紙袋から酒を取り出すメンマ。

 

「賛成じゃん! 明日は久しぶりの休みだし!」

 

その銘柄を見た瞬間、カンクロウが尻のネギをスポンと放ち、起きあがってはしゃぎだした。直後、「恥ずかしい事をするな!」とテマリのドロップキックを喰らって吹き飛んだが。

 

「これは………確か、銘酒“乱れ雪月花”?」

 

俺でも聞いた事のある程に有名な酒だ。かなり高額なものだと聞いたが………

 

「そうそう。前に自来也からがめたヤツでさー」

 

借りを返してもらう代わりに、らしい。悪党の表情を浮かべながら言うメンマが、どことなく怖かった。とくとくとく。酒が流れる音がする。テマリが持ってきたグラスに、酒をそそいだあと、それぞれがそのグラスを取る。

 

「お、いいグラス使ってんね。………それじゃあ、かんぱーい」

 

「………お、うまいじゃん!」

 

「………確かに。これは凄いな」

 

「ああ、確かに。初めて飲むが、酒とは美味いのだな」

 

 

確かに、美味かった。美味すぎた。

 

………それが良くなかったらしい。

 

 

そこから先にあった事はあまり覚えていない。

 

 

何故かカンクロウがテマリの鉄扇の上で転がっていたのは覚えている。テマリが赤い顔をしながら「いつもより多く回していまーす」と笑いながら、クロアリの中に入り込んだカンクロウを風で包み込み、回転させていた。

 

ナルトが「流石はエアマスター………!」とか言っていたが、意味が分からなかった。というか腕がカクカク動いて気持ち悪かった。それを見ていたナルトが「ゲッダン~」とか歌い出したが、それも訳が分からなかった。

 

そして何事かを愚痴りあったのは覚えている。

 

「キューちゃんがさ~」とか愚痴るナルトのヤツが、急に自分の頬を殴りだしたのは驚いた。本格的に酔ったのだな、と聞くと「あー、まあそんな所」と苦笑していた。

 

次に俺は好きな人が居ないのか、とか聞かれたので、そういうのはいないが気になっているヤツはいると答えた。凄い驚かれた。テマリとカンクロウに。

 

テマリは「赤飯、赤飯を炊かないと!」とか言い出した。酔っているのだろう。そっと忘れる事にした。

 

カンクロウは「いいなー彼女。いいなー………俺、いっつも戦化粧してるから女の子にもてないんだよなー」とか愚痴り出した。酔っているのだろう。

 

「いっそ男前な意味での化粧はどうだ?」とかナルトに言われていたが、「想像したが、キモイな」とテマリに断言されて、凹んでいた。今はあっちでずっと鳥のささみを毟っている………兄に幸あれ。

 

ナルトは「あー分かる分かる。俺も今までずっと流浪の日々だったし、木の葉に着いても正体もあんま明かせなかったから、縁なんて無かったし………って痛い!? キューちゃん何すんの!?」

 

と、呟きの途中、また頬を殴りだした。酔っているのだろう。

 

 

それから数時間後。酒を飲み干した後だ。

 

カンクロウは床に大の字になって寝ている。テマリとナルトは少し話があるらしい。向こうの部屋へと行った。

 

 

俺も、天井を見上げながら眠りにつこうとしている。

 

 

(馬鹿騒ぎだったが…………楽しかったな)

 

 

目を瞑り、眠りに落ちる寸前、呟く。

 

 

(夜叉丸………俺を愛してくれる人はいたよ)

 

 

家族に共に生徒。縁の名前に違いはあれど、それは暖かい縁。

 

絆という名の、縁の環。

 

もちろん、恨みで繋がる縁もあるだろうけど。

 

 

(顔を見たこともない母さん。俺はこれから頑張るよ)

 

繋がっている以上、何処かで分かり合える時が来ると思うから。例えそれが許されなくても。

 

ただ、憎むことは止めようと思った。憎しみからは何も生まれないと、誰よりも知っているから。

 

(だから、全てを愛そうと思う)

 

人となり、人と共に人として生きる為に、力を振るい、この里にいる人を守ろう。隣にいる人を守ろう。故に我、人を愛す修羅。

 

力を使って、愛する人を守る。修羅と呼ばれようとも誰かを憎まずに、人を愛せるようになる。

 

“力は所詮、手段に過ぎない”そう、教えられたから。そう在りたいと思うから。

もっと大事なものが其処にはあると、そう思うから。

 

 

―――答えは無い。未だ見つかっていない。会話の中で、欠片でも手がかりは見つけられたけど。分かるのはきっと、この道の先に有るということだけ。

 

故に、俺は行く。過去を振り切って、ただ前を見つめながら。

 

 

(…………だから)

 

 

さようならとの別れの言葉を告げて。俺は眠りに落ちた。

 

 

 

――――悪夢はもう、見なかった。

 

 

 





おまけネタ


酔った我愛羅が、メンマに問いかけた。

「俺達の年でこれだけ飲んでいいのか?」

「酒ってのは忘れるための小道具だ。俺達なら許されるだろ? 人柱力ってクソッタレの運命を押し付けられた奴らの特権だと思おうぜ」

なんせ身体だけは丈夫だし。伝えるメンマに、我愛羅は問いかけた。

「一つ、聞きたい。守鶴の前に立つこと、怖くはなかったのか?」

「いや、めっちゃ怖かった。思い出しても震えがくるっていうか、あの時も正直ビビってた」

それでも、と言った。

「知っての通り、この中には女の子が居る。あの時も俺を応援してくれた。なら、さ」

格好悪い姿は見せられないだろう。
心底、偽りのない真理だという風に語る。

我愛羅は、その話を聞いて生まれて始めて大声を上げて笑った。

目を丸くするメンマを置いて。
そうして落ち着いてから、半分笑いながらも問いかけた。

「たっ、戦う理由は、命を賭ける理由はそんなものでいいのか!」

「それで十分だ。ていうか笑うなよ、男の子なら当たり前だろうが。人柱力としての力もそうやって使われるなら本望だろうよ。可愛い女の子の涙を防ぐ、つまりは世界平和のために!」

「はっ、ハハハ――――ああ、確かにそうだな」

後ろ暗い事情を放り捨てての回答に、我愛羅は一切の雑念なく頷いた。
その顔は、歳相応の少年のもので。


「ありがとう」


小さくも普通の少年の声が、場に響き渡った。

我愛羅はまた一つ、世界が崩れるような音を聞いた。

テマリは寝転びながら、僅かに唇を笑みの形に変えていた。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。