小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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その2

 

 

 

「冷えてきたな………」

 

船の甲板の上。サスケは欄干に背をもたれさせながら、気温の変化を感じ取っていた。寒さのせいで白くなる息を吐きながら、町で買った防寒用の赤いマフラーをたなびかせ、隣にいるメンマへと話しかけた。

 

メンマの方は欄干に腕をついて体重を預け、少し前傾姿勢になりながら水平線の向こう側を見ている。赤い夕陽に照らされた海面が赤く染まっている。

 

「………何を歌っているんだ?」

 

「陽が落ちる、という題名の歌だ」

 

コートを風に棚引かせながら、メンマは鼻歌を歌っていた。特に誰かに聞かせるでもない、まるで何かを思い出すかのように。

 

「多由、いや………クシナに聞いてはいたが、お前は歌が好きなんだな」

 

「そりゃあね」

 

リリンの生み出した至高の芸術だよとお茶らけていった後、海面に目を落として言葉をつづけた。

 

「それに………まあ、ずいぶんと遠い場所に来てしまったけど、歌は変わらずに歌えるからね」

 

「………?」

 

サスケは意味が分からない、という風に首をかしげる。それを見たメンマは苦笑しながら、分からないでいいよとつぶやいた。

 

「まあ、昔から好きだったからね」

 

少し哀愁を漂わせながら、メンマは昔の事を思い出す。

 

 

 

―――前の世界でもそうだった。一人きりの時、悲しい時、お金は無くとも音楽だけは傍にあった時代。土方のバイトをしていた時代も、歌が自分を支えてくれた。

 

金は無くても、歌は歌えたから。そして目を閉じながら、色々な歌を教えてくれた幼馴染のことを思い出す。それは昔の自分ならば忌わしい過去の記憶だったが、今ではそうとも思わなかった。昔のことだ。こちらに来たばかりの時はそうでもなかったが、今は過去に対する割り切りというのは上手になったと思う。

 

昔。幼馴染の女の子。いいとこの令嬢だった。音楽が好きだった。バイオリンやピアノを習わされてはいたが。本人はギターに憧れて。親の反対を押し切って、ギターを勉強したと聞く。まだ大人に成りきっていない頃は、随分と彼女に歌を聞かされたものだ。

うたうたいになるのがわたしの夢です。そう、作文で読んだ少女がいた。親の反対という心の重荷を背負いながら、それでも歌を続けようとした少女。

 

親の妨害工作に遭っていた、彼女の夢は、はたして叶えられたのかどうか。

 

少し道に外れてからはしばらく、考えないようにしていた。その事は長くトラウマになっていたから。夢とその儚さについて。大人の醜さについても、面前で見せられたから。

 

勝気な女の子が、諦観を表情に含ませていく。徐々に、ゆるやかに、確実に。

その過程を、まざまざと見せつけられたから。そして、別れの日。海外へと移住する時の言葉。

 

夢を諦めないという言葉。

 

それは彼女の別れ際についた、自分を安心させようとした、彼女の夢を一番きかされたであろう自分に対して見せた、優しさからくる最後の嘘だったのか。それとも、ウソ偽りのない本心から来る言葉だったのか。

 

断片で残る記憶。思い出しても虚しいだけだったが、胸の奥へと塊は残った。

 

黒く、白く、セピア色に。それでも、そんな事があっても、彼女の口癖だったあの言葉だけは思い出せた。

 

「階梯と旋律。音楽は、それを組み合わせることで、無限の世界を描く事ができるのよ。

そして色んな世界を描くために、私は想うがままに目を閉じて、ただ感じるままに、音と心と世界を思う」

 

そうすればほら、私は無限でしょう? と微笑む彼女は、今でも思い出せた。

 

印象深い言葉だった。チーズのように穴あきになった記憶の中、そんな印象深い言葉達だけは残った。俺も同意した。彼女の歌には、それが感じられたから――――

 

 

 

 

 

「イワオ?」

 

『メンマ?』

 

サスケとキューちゃんに偽名と名を呼ばれたメンマ。我に返ると、首を横に振る。

 

「ああ、何の話だったか………」

 

考えるメンマに、歌が好きだという話だったがとサスケが返す。

 

「………ああ。俺は、歌が好きだよ」

 

ラーメンと同じように。挫けた時には勇気の歌を、悲しい時には明るい歌を、ピンチの時はおとぎ話のような歌を

 

「例えどんなところに居てもね。歌は、昔と変わらずに歌えるから」

 

ラーメンの味もそう。多少の差はあっても、だ。どんな場所にいようとも、歌に込められた想いだけは変わらない。

 

「夕陽の時には夕陽の歌を、寒い時には寒い歌を。夏には夏の、冬には冬の」

季節が移り、景色が変わり、人が変わっていったとしても。

 

「歌いながら感じればね。見える景色の何もかもが、綺麗に思えてくるから」

 

例え、血なまぐさい、クソのような世界にあってでも。それでも、綺麗なものは変わらないだろうと。そう言いながら、メンマは笑った。

 

歌の中に勇気を見つけるも同じ。歌と思いを感じれば、戦う恐怖も少しは薄らぐ。サスケはメンマの言葉を聞いたあと、多由也に聞かされた例の歌を思い出す。同じように欄干の上に腕をおき、夕焼けに染まる海面を見つめた。

 

「………お前の目には、色々なものが見えているんだな」

 

サスケの言葉に、メンマはそれなりにね、とだけ答える。苦笑が含まれているのは、柄にでもない事を語ったからか。

 

その時、背後から聞き覚えのある笛の音が聞こえてきた。

 

「………そういえば、例の笛の術のことだけど」

 

「まあ、俺も詳しくは聞いていなかったんだけどな」

 

驚いたよな、と二人呟く。任務のため、隠れ家から出かけるその前日の事だ。マダオと二人完成させたという例の術について

 

チャクラの流れを整える作用を持つらしい。そして、回復を早める作用も持つと聞いた。

確かに、とサスケは呟く。夜な夜な聞いていた彼女の笛の音、そういう効果があるかもしれないと思ったのは、修行を始めてから数ヶ月後のことだった。笛の音が聞こえた時の夜と、それ以外の日ではあきらかに身体・精神の回復具合が違った。

 

「音楽療法という言葉もあるし」

 

そう驚くこともないのかもね、とつぶやく。むしろそっちが本来の用途だろうと思うが故の言葉だろう。

 

「夕焼けの音の色を吹いているのか………」

 

どこかせつない音色が甲板の上に響き渡る。撮影は終わったので、問題はないだろう。むしろ、監督とかスタッフ連中も多由也の笛の音を聞いて、うっとりしているように思える。

 

波の音と合わさっていて、今しか存在しない、まるで映画のような風景が甲板上には現れていた。白と再不斬は甲板の後ろの方で何やら話をしている。再不斬が頭をかいているのを見ると、そういう話をしているのだろう。というか桃色空間が出来上がっている。

 

独り身と思われるスタッフの方々が胸を押さえながら苦しんでいる。切ない音色と重なって、何やら涙を流しそうになっているのスタッフを目にした多由也が、ゆっくりと目を瞑る。

 

曲調が変わった。音色の骨子は変えず、その旋律を変えたようだ。

 

先ほどまでは一日の終わりをあらわしているかのような。そして今は、“明日がある”と励ましているような。

 

ちなみにマダオの方は、操舵士と一緒にいる。そして船の前方に広がる海面を見ながら、腕を水平にしている。突っ込み待ちだろうが放置である。ただ、放置する。そういう関係もあるのだ。

 

旋律に耳を傾け、帽子をくるくると回転させるメンマ。サスケはそんなメンマの様子を見ながら、ふと気づいたように尋ねた。

 

「そういえば、その格好………けっこう、様になってるよな」

 

大人っぽくて、違和感が少ない。正直驚いた、との言葉に、メンマは苦笑を返す。

 

「昔から、ね。正体を隠す必要があったから」

 

『そうさのう』

 

時には奇天烈な格好を、時には普通の格好を。その場に適した格好を選び、使い分けながら生きてきた、とため息混じり答えた。

 

「おかげで演技の方も上手くなったよ」

 

『まさに男狐だの』

 

「それは使い方が違うような気が………」

 

むしろ男狐という言葉はあるのだろうか。

 

「まあ、上手くなったといっても、ね………あの、富士風雪絵程とはいかない」

 

昼間の撮影現場を見た時、衝撃が走ったと呟きながら、メンマは苦笑した。

 

「そうだな…………」

 

サスケも同意する。カメラが回った瞬間だ。まるで別人。スクリーンの中で見た風雲姫の姿がそこにはあった。

 

撮影途中、涙を流す場面で目薬を指してもらっている様はアレだったが。そのほかの演技は、超一流に相応しいものだった。大女優だけが持つという、華。スクリーン越しでなくても、それが分かる程の存在感。

 

「あれを見るとな………撮影をすっぽかそうとした人物にはとても見えないが………」

「………まあ、逃げる行為もどこまでが本気だったのか分からないし。どうも、本意って訳じゃあなさそうだけど」

 

本気で逃げようとは思っていなかっただろう、とメンマは思っていた。逃げている時の、その格好を見ればわかる。一目見れば風雲姫と分かる格好。名は売れている。つまり富士風雪絵とすぐにわかるのだ。そんな姿で逃げようとする馬鹿はいない。変装もしていなかった。

 

逃げるけど、逃げきりたくないのだ。何かに迷っている。メンマは彼女の顔を見て、そう思った。

 

「まあな………」

 

サスケもその意見に同意した。

 

「そういう、撮影をすっぽかす………逃げるという行動を始めたのもね。雪の国でのロケが決まってからだと、マキノ監督に聞いたけど………」

 

どうも引っかかるとメンマは呟いた。

 

「嗅ぎまわっている連中その他、裏事情については昨日の夜聞かされたが………やはり、富士風雪絵本人にも何か裏があると思っているのか?」

 

小さい声で話す。両者、チャクラで聴覚を強化しながら、小さい声で会話を続けた。

 

「三太夫がな。昨日、ふとした拍子に彼女の事を雪絵“様”と言っていたんだ」

 

『ふむ』

 

「ああ、それは俺も聞いたが」

 

よくは知らないが、マネージャーならばそう呼ぶんじゃないのか? とサスケが尋ねる。メンマはその答えに首を振りながら、呼び方とその時の視線、言葉使いを見て引っかかるものがあるんだと答えた。

 

「それに、彼女の様子も変だ。彼女本当は演技が好きなはずなんだ」

 

「それは…………そうかもな」

 

昨日は女優なんて、という愚痴みたいなことを言っていたが、本気で女優の事を疎ましいと思っているわけでもないだろう。今日の演技、他の俳優とは桁違いの存在感を演技力を発揮する彼女を見て、サスケは何となくだがそう思っていた。

 

「俺も同意だ。でも、実際は違う。と、いうことはだ。何か、意味が………背景があるんだと思う」

 

それに、と言葉をつけ加える。

 

「演技のこと、女優の事。本当は好きな筈なのに………好きとは言えない、言ってはいけない」

 

そんな感じがする、と呟いた。昔の彼女の姿に似ているから、とはメンマの心中で零された言葉だが。

 

「………なにがしかの理由があるんだ、きっと」

 

相反する思いに葛藤しているだろう彼女。隠している事はいまだ分かってはいない。

 

「それが今回の事に絡んでいる事は、間違いないだろうけどな」

 

「………すべては雪の国の中にある、か」

 

「そういうこと」

 

帽子を深くかぶりなおしながら、メンマは答えた。

 

『………ふん、もしかしたら本当に姫なのかもしれんのう』

 

演技中の姿を思い出したのか、キューちゃんが呟く。メンマはまさか、と言いながら笑う。だが今回の依頼を仲介した組織、網の首領である“奴”の性格を思い出した直後、頭を抱えだした。

 

「やりかねん………あいつならやりかねん………」

 

「……あいつ?」

 

って誰だと聞くサスケに、メンマは網の首領だよと答える。

 

「網、か。俺は聞いたことが無かったが」

 

「そりゃそうでしょ。下忍に聞かせられる内容でもないし」

 

中忍でも知っているのは一部じゃない? と肩をすくめる。

 

「隠れ里の者は知らない筈だよ。里の外の人間なら知っているかもしれないけど」

 

木の葉隠れとか、五大国の中での知名度は低いだろうと説明する。

 

「地方は特に、ね。猛獣がいる森の中を、商人が行き来する時とか………一々、大国の忍びを雇っていられないからね」

 

依頼料は基本、高い。

 

「それに、大国の里の忍びの場合、だ。地方かつ危険なところに長期間滞在する任務………土木作業者の護衛任務とかね。基本受けてくれないし」

 

「それはどういうことだ?」

 

「まず、忍術や何やらで破壊された道や橋を修復する必要があるのは分かるだろ?」

 

「ああ」

 

道がなければ荷を運べない。橋が無ければ荷を運べない。波の国を思いだしたサスケが、うなずく。

 

「でも、それを護衛するとなると、どうしても長期間の滞在が必要となる。そこに、だ」

もし本国の方に、他国が戦争を仕掛けてきたら? と問いを発する。

 

「そうか。依頼人ほっぽり出して帰還する訳にもいかないしな」

 

「それに、長期間任務だと依頼料も馬鹿高くなる。そこで、だ」

 

「安上がりでそこそこ腕の立つ抜け忍、もしくはチャクラを扱える者達が必要になるわけか。でも、土遁の忍術で橋を建設するっていうのは………」

 

「それも不安、だとよ。忍術の精度もあるし、土で道を作ってはい終わりってわけにもいかない。それに、人の手で作った道や橋の方が安心できるらしい」

 

「………そうなのか?」

 

「そうらしい。直接聞いた事はないけど、気持ちは分かるよ」

 

人によっては毎日通る橋や道。それが一瞬で作られたものならばどうか。

 

「俺達なら、なんとも思わないかもしれないけどな。チャクラを扱えない者は、不安になるってさ」

 

原理が分かってはいても、理解できないものはお断りらしい。皮肉な話だけどな、と苦笑を返す。

 

「でも、戦争の後、復旧作業が手伝われる事はなかった。各国とも、里の軍備とか人員育成の方が最優先事項だったから」

 

そこに、網の登場だ。大戦で負傷し、身体の一部分を失い、帰還するにもできなかった忍びや、長く続いた凄惨な戦場の後、戦う事自体が嫌になった忍び。チャクラを扱えるが、忍びの才能は無いと判断された忍び。才能無く、アカデミーを卒業できなかった者。

戦争で親を亡くした孤児、村を焼かれ職を失った者。

 

戦禍の後、何かに取り残された者達。それを集め、組織した揚句、そのあぶれた者達に職や、生きる場所を与えた。先代の“網”首領、地擦ザンゲツ。各農村から英雄と称えられた偉人である。

 

「まあ、当然裏の顔も持っているんだけど」

 

表の顔も裏の顔も持ち合わせている。清も濁も合わせて飲み干せる人間。故の怪物。

戦闘能力は高いとも言えない。だがメンマにとっては、かの五影以上に敵に回したくない人物だ。

 

「それと、一部だけどな。抜け忍と依頼人との仲介も行っているらしい」

 

「………波の国のあれは、そうなのか?」

 

「いや。再不斬に聞いたけど、依頼人に直接交渉しにいったってさ」

 

賞金首になっていた事から、網に身を置くという選択肢は選ばなかったらしい。

 

「今は仮名で登録しているけど」

 

「………そんな事が可能なのか?」

 

「まあ、ようは信用の問題だよ。登録の際の仲介をしたのは、俺だからね………ああいう人間は信義と約束に重きを置くから」

 

信頼が何よりものをいう。その点でいえば、メンマは問題ないといえた。

 

渡世の仁義、ってやつだ。苦笑しながら、メンマは答えた。はぐれ者同士でも、いやはぐれ者ならば余計に。徒党を組む組織を立てるならば、信義が重要になってくる。

 

「そうしないと、組織の人員を統制できないからね」

 

個人にできる事はたかが知れている。個人は組織に勝てない。人は集まればより多くの事ができる。はぐれ者達にはそれが分かっていた。居場所を失わないための、最低限の事は守る。それが暗黙の了解。それを守れない者、裏切りに者には相応の制裁がある。専門の処理屋もいるらしい。

 

「組織幹部への加入。その話を蹴ったという前科があってもね。俺にはそれまでに任された仕事に関する実績があったから。だから、今でも多少の無茶は聞くんだよ。それに網の頭領ともね。知らない仲じゃないから」

 

代替わりの時にも現頭領側に立って力を貸したし、と言いながら遠い眼をするメンマ。

 

「………それも、色々のうちに入るのか?」

 

「入るねえ………」

 

と、答えながらも内容はぼかす。サスケはそれを察し、まあいいとだけ答える。

 

「あと二つだけ聞きたいことがある………今更だけどな。俺達7人全員をこの任務に連れてきてよかったのか?」

 

「ん? ………そりゃそうでしょ。敵対する相手の戦力…規模は不明だし、失敗が許されない以上出し惜しみは無しだ。万が一だけど、留守中に隠れ家が見つかった場合を考えてもね。誰かを残すのは不安だよ。それに、護衛任務だから護衛に割ける人数は多い方がいい。まあ、連携その他は臨機応変に対処していくよ。マダオとキューちゃんはそもそも直接の殴り合いには参加させないつもりだし」

 

今回はその意味もないだろうしね、と答えるメンマ。サスケそうだな、と答えた後、もうひとつを尋ねる。

 

「しばらくは任務を受けていなかった………ブランクがあったと聞いたが………よく、こんな大きな仕事を任されたな」

 

信頼があるとはいえ、それもおかしくないかと言うサスケ。対するメンマは、それなんだけど、と一泊おいて。

 

「例の、頭領にだけは、俺の正体を告げたからね………おっと」

 

大声で「はあ!?」といいそうになったサスケの口元をふさぐ。

 

「まあ、交換条件だよ」

 

「………いいのか? 裏切られる可能性は?」

 

木の葉側に漏れるかもしれないぞ、とサスケ。

 

「限りなく零に近いね。そういうことをするような女じゃないし」

 

「………そうなのか………ってちょっとまて。そいつ、その頭領って女なのか」

 

「ああ、怖い女だ」

 

各農村から英雄と呼ばれていたに先代、組織の法と在り方を作った先代に勝るとも劣らない。幼い頃失ったと聞く独眼と合わせ、迫力のある外見。打算だけでは動かない、人情に厚く仁義を知っている頭領。思い出し、メンマは苦笑をする。

 

「リスクとリターンも分かる奴だから。そもそも、俺の情報を売るような状況になる筈がないし」

 

俺のことを探している連中は特にそう。網が無くなると困る連中だし、網を構成する人員も仁義に厚いやつらばかり。報復は熾烈を極めるだろう。暁もダンゾウも、そんな悪手は打たない。

 

「信頼を得るには、自分の手の内と身分を明かす必要があるからね」

 

事情を説明すれば分かってくれたし、とつぶやく。

 

「その組織に取り込まれたりは?」

 

その問いにメンマはまさか、と言いながら首を振る。

 

「爆発物危険お断り、ってところだね。考えるだに恐ろしいんだろう。五大国の隠れ里が保持している筈の人柱力の一柱を、網が保持していると知れたらね」

 

それだけで大事になる。大きすぎる力は禍を呼ぶ。力は必要なだけあればいい、というのが組織の方針だと聞いた。

 

「今、網が潰されないのは、五大国にとっても、網に無くなられたら困るからだよ。地方に関しては特にね。大戦後の復興を手伝わなかったという負い目もある」

 

戦争に巻き込まれ死んだ者達が遺した子供、戦災孤児の一部を保護する孤児院も建設していると聞いた。大人になってから返してもらうらしいのだが………それでも餓えて死ぬよりはずいぶんとましだと言える。

 

「そうだな………壊すだけの力じゃあ………どうしようもないし、な」

 

「掌を固めた拳で出来る事はひとつ。目の前の壁を打ち壊すことだけだよ」

 

助けるには、手を引くのは、その拳を解く必要がある。忍者はそれが下手だ。なまじ力があるだけに。別方向の力が必要になるのだ。

 

「この音色のようにね…………あとはラーメンとか、ラーメンとか、ラーメンとか」

 

『結局はそれか!』

 

「きつねラーメンとか」

 

『それならば良し!』

 

急に独り言を言いだすメンマを見たサスケが、溜息を吐いた。

 

「………もしかして今、夫婦漫才でもしているのか?」

 

サスケにはきゅーちゃんの声は聞こえない。だが、おそらくそうだろうとメンマに尋ねてみる。

 

「いや………っておわ!」

 

『そ、そんなんじゃないわ!』

 

戯けが!とキューちゃんがメンマの体を動かす。放たれた拳が、サスケの頭部を捕えた。

「………あ?」

 

「あ」

 

その不意打ちを受けたサスケは。

 

「ちょっとまてぇぇぇぇぇ」

 

間抜けな声を上げながら甲板から落ちていった。

 

「…………」

 

『…………』

 

メンマとキューちゃん、二人が沈黙しながら固まった。

 

「面舵いっぱーい」

 

「よーそろー」

 

甲板の前方で、未だ後方の惨劇に気づいていない操舵士とマダオ。二人の間抜けな声が、甲板上に響き渡った。

 

その直後である。

 

「っつぶねえなテメエぇぇぇえ!」

 

船の後方。足にチャクラを集中させたサスケが海面の上を走っていた。波を越えながら。海上に吹く風は強く、帆船であるこの船の船足は結構速くなっているのだが、サスケは必死に走っている。船に追いつこうと、全力疾走で追いかけてくる。

 

甲板上、後方にいた白と再不斬はいきなりあらわれた光景を見て硬直した後、即座にメンマの方へと駆け寄って行く。

 

「………何をやっているんですか?」

 

「………流石にあれはあんまりだと思うぞ」

 

溜息混じりの二人の言葉に、メンマは「いや、まあ………」としか返せない。後方を見る。夕陽をバックに、赤いマフラーをたなびかせながら船に追いつこうと全力疾走する、サスケの姿。

 

………確かにやりすぎたかもしれないが、メンマは不思議な達成感を得ていた。

 

その時である。

 

「………何、あれ」

 

着替えが終ったのだろうか。甲板に上った雪絵が、走っているサスケの姿を直視する。

 

「はっ、はは………あはははは!」

 

何あれ~、と言った後、心底おかしそうに腹を抱えて笑っていた。それを見たサスケは怒りに顔を真っ赤に染めた後、急激にスピードを上げた。どんどんと迫ってくるその姿に、雪絵の表情が驚愕を表すそれに変化する。

 

そして近づいた直後、サスケが甲板の上に飛び乗ろうと跳躍を決行した、が。

 

「取舵少しー」

 

「よーそろー」

 

寸前に、船の前方で操舵士が舵を回した。面舵とりすぎたとばかりに、取舵を取って針路を調整する操舵士。マダオもまた、操舵士の隣で号令を一緒に発していた。

 

二人は未だ、サスケの事に気づいていなかった。もしかしたら、桃色空間が展開されている後方など誰がみてやるものかと考えていたのかもしれない。操舵士は孤独な者である。

一方、大跳躍を決行したサスケ少年は。

 

「え…………?」

 

急にずれた船の針路のせいで、甲板上には降り立てなかった。きょとんとした表情を浮かべながら、船の横を通り過ぎるように落下していく。そして海面に着水したサスケは、肩を震わせた少しあと、「誰が諦めるかー!」と叫び、再び船に向けて走り出した。

 

ちなみに雪絵の方だが、甲板上で腹を抱えて転げまわっていた。先ほど見えた、海面に落ちていく際のサスケの表情が止めとなったのだろう。三太夫が「ゆ、雪絵さま!?」と言いながら何とか立ち上がらせようとするが、彼女の笑いは止まらない。

 

「そういえば笑っている彼女を見たのは、これが初めてですね」

 

「そうだな………」

 

二人は遠い眼をしながら、何でも起こるんだなこいつの周りは………と呟いていた。メンマの方は「無茶しやがって…………」と呟きながら、夕陽の上にサスケの顔を浮かべる。

親指を立てながら、歯をキラリと光らせたサスケ。

 

一等、男前だと思った。

 

『ここで一句』

 

「夕暮れの 海面走る サスケかな」

 

『………そのまんまじゃの』

 

季語は夕暮れ。そして、夫婦漫才の直後である。

 

 

「勝手に纏めるんじゃねえ!」

 

 

最もと言えばごもっとも。海面ジャンプから空中で回転。赤いマフラーたなびかせたサスケの突っ込み蹴りが、メンマの横頬へと炸裂した。

 

 


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