小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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その4

 

 

先の撤退戦が終わり、その数時間後。メンマは、護衛対象である富士風雪絵の部屋を訪れていた。未だ目を覚まさない雪絵の寝顔を身ながら、三太夫が言っていた言葉を忌々しげに復唱する。

 

「姫様、ね…………」

 

『うむ。ワシの勘も捨てたもんじゃないのう』

 

「そうだね………」

 

心中、胸を張るキューちゃんの姿を見た後、メンマは帽子を深く被ってため息を吐く。

 

『お主、最近ため息を吐いてばかりだの』

 

「世界が俺に優しくないからねえ」

 

キューちゃんに冗談を返した後、メンマは陽光に照らされる光につられ、窓の方を見る。

「ん………?」

 

そして棚の上、光に照らされ反射し、紫色に輝いている首飾りを見つけた。

 

「これは………?」

 

随分と変わった形の首飾りだ。まじまじと見つめるメンマ。

 

「六角形の水晶………?」

 

紫に輝く首飾り。

 

そして何かを閃いたメンマは、その首飾りを手にとった。

 

「保険、かけとくか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、撮影隊を乗せた船は、当初の目的地である雪の国の港についた。一行は港町で予約していた宿を借り、ひとまずは休む。

 

メンマ達はあんな事があったのに、撮影隊の誰もが逃げ出さないでいるのは驚いた。

流石は音に聞こえたマキノ監督直属の撮影隊。多少の動揺はあるようだが、パニックは起こしていない。いつもの通り撮影に使う機材をチェックし、次の撮影に備えている。

 

「そういえば………」

 

メンマは思い出したかのように呟く。彼らは映画界では有名なスタッフで、「マキノ隊」と呼ばれているらしい。成程、あの監督に付いていくだけあって、精神的なタフさも兼ね備えているらしい。

 

「職人だなあ」

 

彼らは彼らの仕事を全うしている。なら、こちらも仕事を全うしなければならない。

メンマはそう思った。

 

宿について一段落した頃。メンマは部屋の一室を借りて、皆そこに集まるように指示を出した。

 

「さて、と。三太夫さん。詳しい事情を説明してもらいましょうか」

 

会議室と貸した部屋の中に監督、助監督、三太夫とメンマ達護衛の面々が集まっていた。メンマは黙る三太夫に質問を続ける。

 

「あなた富士風雪絵の事を姫、って言いましたよね。そしてあの忍らしき女も“小雪姫”と呼びました………今までの事から察するに、あなたは雪の国出身者だ」

 

何か、知っているんじゃないですか? と詰問する。

 

「………私が雪の国の出だということ………口には出さなかったつもりですが、あなたには気づかれていましたか」

 

「ええ。まあ確たる証拠は無かったですけどね。ですが………今一度、問いたい。浅間三太夫さん。あなたの口から言ってもらえないでしょうか?」

 

小雪姫と富士風雪絵の事を、と言う。

三太夫はため息を吐き、観念したのか真実を語りだした。

 

「雪絵様は、先代の雪の国の君主である風花早雪様の御息女………本名は風花小雪姫様と申します」

 

その言葉にメンマを除く一同は驚いた。

 

「つまり………次代の君主足る資格を持っていると?」

 

「はい」

 

そして、三太夫の口から色々な言葉が綴られる。昔の雪の国の事、小雪姫の事。そして、現雪の国君主である風花ドトウの事。

 

「雪忍………?」

 

「左様。10年前のことです。早雪さまの弟風花ドトウめに雇われたそやつらが、あの城を攻め落としたのです。あの忌まわしきチャクラの鎧を使って………」

 

敵の首領格である男も言っていた。チャクラの鎧。聞けば、元は何処かの里の抜け忍であったやつらが、風花早雪の友人であった職人に作らせたものらしい。特殊な鉱石と六角水晶が原材料らしい。10年前の時点で完成していたとか。

 

「しかし、小雪姫ですが………そんな中よく無事でしたね?」

 

「はい。聞けば、木の葉隠れの忍者に助け出されたそうで」

 

あの時のクーデターで死んだ重臣が、死ぬ前に木の葉側に依頼していたそうだ。しかし、雪忍の全てを屠る事はできなかった。そのほとんどがやられ、小雪姫1人を国外へ脱出させるだけで精一杯だったとか。メンマはその話を聞き、だから木の葉を頼らなかったのかと、ザンゲツから聞かされた事情については納得した。

 

「私は姫様にこの国へと帰ってきてもらうために………」

 

雪の国へ帰ろうとする素振りを見せない富士風雪絵を見た三太夫は、映画の撮影と女優ということ利用して、今回の事を考えていたらしい。

 

「じゃあ………俺達はあんたに利用されてたってことぉ!?」

 

助監督が驚きの声を上げる。

 

「すいません。皆様を騙していた事はお詫びします。ですが、それもこの雪の国の民のため………姫様をこの国の君主にするためでございます」

 

三太夫の謝罪の言葉が発せられる。だが後半の言葉はあまりにも自分勝手な都合。

 

「国を追われた姫様のために、力を貸していただけないでしょうか」

 

メンマは一言入れようとするが、その言葉は入り口から放たれた女性の声に遮られた。

 

「冗談じゃないわよ…………」

 

「姫様!」

 

「………三太夫、あなた雪の国の人間だったのね………」

 

雪絵は頭を片手で抑えながら、三太夫に尋ねる。

 

「はい! 姫様は幼かった故、覚えられてないようですが………」

 

三太夫は現れた雪絵の元へと小走りで近づき、その前で両膝をついて話す。だが、雪絵の三太夫を見る目は冷たかった。

 

「そんな事はどうでもいいわ。三太夫、あなたもしかして、私に………」

 

「はい! 雪の国の民のため、ドトウをめを打ち倒し、新たな君主となっていただけないでしょうか!」

 

両膝をつき、懇願する三太夫。だが、雪絵の返答はノーだった。

 

「いい加減諦めなさいよ! バカじゃないの? あなた1人が………例え協力者がいたとしても、ドトウに勝てる訳ないでしょう!」

 

怒鳴り声を上げる雪絵。それは、三太夫の無謀と蛮勇に対する怒りであった。一番信頼すべきマネージャー騙された、という怒りの気持ちもあったのかもしれない。

 

もうひとつ、別のものが含まれているようだったが。

 

「しかし………姫様も、今一度、故郷に戻りたくはないのですか!?」

 

「………っ、私は………」

 

怒りの表情を浮かべていた雪絵が、三太夫の言葉を聞いて、その表情を歪ませる。

 

「無理よ。また、あんな事が起きるに決まってる。あんたも、今度こそ死ぬわ………だから、諦めなさいよ」

 

諦めの表情を浮かべ、三太夫に静かに告げる。顔を背ける雪絵と、頭を下げ続ける三太夫。そんな2人の間に、サスケの言葉が飛び込んだ。

 

「あんたは、本当にそれでいいのか? 故郷に帰れるかもしれないんだ。待ってる人もいるだろう。それを、諦められるのか?」

 

「サスケ………」

 

メンマが驚きの言葉を発する。まさか、言葉を挟むとは思っていなかったからだ。

 

「………私、は」

 

「サスケ殿………」

 

真っ正面から告げられたサスケの言葉を聞いて視線を落とす雪絵。その横合いから、今まで沈黙を保っていたマキノ監督の言葉が発せられた。

 

「………諦めないから、夢は見られる。夢が見られるから、未来が来る………いいねえ。風雲姫完結編に相応しいテーマだった」

 

「か、監督ぅ!? ………まさか、まだ撮影を続けるつもりじゃあ………」

 

「言ったろ? この映画化けるって」

 

「そ、そんなあ!?」

 

「それに、考えても見ろ。本物のお姫様を使って映画を撮れるなんて、そう滅多にあるもんじゃねえだろう」

 

「………そうか。話題性抜群! メイキングを出してもうける! これを公開したら、ヒット確実っすよ!」

 

「ちょっと!?」

 

今までの話を聞いていなかったのか、と雪絵が焦り怒鳴り声を上げる。だが写真馬鹿の2人は聞く耳をもたない。

 

一方、マキノ監督の言葉を聞いたメンマは一人、成る程と頷いていた。

 

雪の国に行くと決まってから、雪絵が度々脱走を繰り返していた事。でも、本気で逃げなかった事について、謎は解けたとばかりに頷く。

 

(女優の意地、か)

 

先に見た演技の事を思い出し、納得する。逃げなかったのは、映画の事があったからだろう。雪絵自身、本当は映画の撮影から逃げたくはないのだ。表面上どう思っているかは知らないが、きっとそうだ。彼女の心の奥底には両天秤があった片方、雪の国で起こるであろう、トラブルに関する危険。対すは、女優としての意地と想い。

 

さぞ、葛藤していたのだろう。あの中途半端な行動にも納得できる。

 

(………幼心に、なあ。クーデターとかいう凄惨な場面を見せられたら)

 

その光景は、当時の少女の心を深く傷つけたに違いない。重たいものになっていたに違いない。間違いなくトラウマになるだろう。あのイタチでさえそうだったように。その光景を思い出してしまったのか、今は逃げ腰になっている。

 

元の状態に戻って貰うには、どうしたらいいか。それは、映画の続行を続ける………というより、禍根を断つ事だ。ドトウを倒せれば、何も問題は無くなる。危機に恐れる必要は無くなるのだから。そのためにはこの国に留まる必要がある。だが、彼女は逃げたいという。葛藤の故の言葉なのだろう。

 

凄惨な光景を思い出した今、その選択を選んでしまう気持ちは分からなくもない。それを察したのだろう、マキノ監督の言葉。監督が映画を撮ると決定すれば、彼女も反対は仕切れまい。彼女は超一流の女優なのだから。マキノ監督は、そんな彼女の思いを理解して、続行の決断をしたのかもしれない。

 

(さて、と)

 

残る問題といえば、俺達護衛の事だ。そこまで考えた時、メンマはふと視線を感じて、顔を上げる。すると、マキノ監督がこちらを見ていた。何かを求めるように。同意を求めるように。メンマはその眼に含まれた意を察し、視線を返す。

 

(分かりましたよ)

 

そして、決断をする。心情的にも任務的にも問題はない。ザンゲツも、説明すれば分かってくれるだろう。というか、知ってたんじゃないかとも思っていた。

 

「ええと、いいですか?」

 

まとまり、心中で意を決したメンマは、横合いから言葉を発する。

 

「………残念ながら。取れる選択肢は一つしかない。ドトウに見つかった以上はね。それに、すんなり逃がしてくれるとも思わない。例え逃げ切ったとしてもです。奴らは地の果てまで追ってくるでしょう」

 

それからは追われる毎日ですが、それでいいのですか、と問う。メンマの言葉を聞き、雪絵は顔を背ける。一方、再不斬は少し眉を上げた。跳ね上がった任務の難易度を鑑みて、メンマはこの任務を断ると思っていたからだ。

 

だが、メンマはその言葉を撤回しない。視線を再不斬に投げかける。

 

(おい………)

 

(後で話すから)

 

視線だけの会話。やがて、再不斬はため息を吐いた。再不斬にしても、やられっぱなしは癪にに触るのだろう。それに、実戦を積める数少ない機会だ。このままで終わった方がいいとは思っていない。

 

「禍根を断ち切る為には、一つ」

 

「ドトウを倒すという選択肢を選ぶしかないってことか」

 

「ああ、そういう事」

 

「………ふざけないで!」

 

何でもないかのように話すメンマとサスケに、雪絵は怒鳴り声を上げる。

 

「映画とは違うのよ? そんな、簡単にドトウを倒せたら苦労はしないわ! 現実は、映画とは違う………ハッピーエンドなんて、この世の何処にも無いのよ!」

 

悲痛の声を上げる雪絵。だが、マキノ監督はその弱気の声を一括した。

 

 

「そんなものは………気合い一つで、何とでもなる!」

 

爺さんの芯の通った声。説得力を多大に含んだ怒声に、雪絵は眼を丸くする。それを聞いたメンマ達全員だが、その言葉に心から同意し、腕を組みながら頷きを返していた。何か感じ入るものがあったのだろう。

 

「三太夫さん。依頼内容の変更、受理しました。富士風雪絵の護衛から、風花小雪姫の護衛兼、復権の補助へ」

 

「イワオ殿………」

 

依頼途中の任務内容変更は、本来ならば御法度だ。多大な違約金が必要となる。それを問いつめず、新たな依頼を受理したメンマに、三太夫が感極まった声を出した。

 

「感謝します」

 

「いえ………夢と意地を持った人間を助ける、というのは、私の………そう、趣味ですから」

 

「趣味、ですか」

 

「はい。命を賭けるに値する趣味ですな」

 

メンマは冗談口調で笑う。

 

「………決まりだな」

 

マキノ監督がにやりと笑う。

 

「ハッピーエンドの、いい映画にしましょうね!」

 

助監督がはりきって答える。メンマは苦笑を返す。

 

 

 

「では、私達はこれで。作戦を練りますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。撮影隊は蒸気車である場所へと向かっていた。三太夫と同じ、反ドトウ派の人間が隠れ住んでいる場所へと。

 

道中、蒸気車の中。個室をあてがわれた雪絵は、窓の外の風景を見ながらため息を吐く。

「どうして、こうなったのかしら………」

 

1人、呟く。だがその問いの答えは分かっていた。自分が逃げなかったからだ。

 

「無理に決まっているのに………」

 

懐かしい故郷。戻れたはずなのに、心は浮かない。どうしても思い出してしまうからだ。雪忍。木の葉隠れの忍者を打ち倒し、兵士達を次々と惨殺していった、強敵。

 

「勝てるわけないじゃない………」

 

たった6人で、雪忍、そしてドトウの手勢を相手にして、勝てる筈がない。雪絵はそう思っていた。

 

「勝てますよ」

 

「………アンタ?」

 

「すいません。ノックもなしに」

 

いつの間にか入り口に立っていた白が頭を下げ、謝罪する。そしてその後、手に持っていたコーヒーを雪絵に手渡す。

 

「………ありがと。それで? あんた、今………」

 

「勝てる、と言ったんです」

 

白は柔らかな微笑を浮かべ、雪絵の問いに答えを返す。

 

「確かに珍しい術を使うようですが、ただそれだけです。珍しいというだけで、手強くはありません」

 

「……珍しい?」

 

「ああ、そうでしたね」

 

普通の方は知らないんでした、と説明を始める白。

 

「氷を操る忍術というのは秘術に該当する忍術で、その一族の系譜のみ使える術………血継限界と呼ばれるんですけどね」

 

水と風のチャクラを同時に操れ、そして合成できる者のみに扱える忍術だと言う。

 

「それでも、彼らは水と風のチャクラを同時に使っている訳ではないようですから。そこにある氷に干渉しているに過ぎません」

 

恐らくは鎧の力を借りて、操れているのだろうと白は分析していた。

 

「それに、見た目は派手ですが、中身がありません。あの程度の術、一度見れば十分対処できますから」

 

「………でも、あいつらにはその………忍術を防ぐ壁みたいなものがあるんでしょう? こっちの攻撃が通じなければ、意味ないじゃない」

 

「そうですね。術で破ろうとすれば、それなりに大技が必要になります。ですが、別の方法もありますから」

 

「別の方法?」

 

「はい。ボクの上司の人………イワオさんが言いました。“忍術が通じなければぶん殴ればいいじゃない”と」

 

「………ぶん殴る?」

 

「そうです。幸い、物理攻撃に対する障壁は緩そうですから。それに、昔はどうだったか知りませんが、彼らは体術の方が疎かになっていますから」

 

先の作戦会議でも言われていた。チャクラの鎧から発せられる力、その利点と欠点について。あの雪忍の能力は厄介だが、それだけだ。

 

力に使われている感は否めない。体術が疎かになっているのが良い証拠だ。戦術次第で何とでもなる、というのが全員の意見だった。

 

「それに、あの障壁を真っ正面から突き破れるような術も持ち合わせています。だから、心配しないで下さい」

 

「………なんか、にわかには信じがたいんだけど」

 

どうみても10代半ば程度にしか見えない、しかも綺麗な顔立ちをしている少女の言葉だ。雪絵は半眼になりながら疑り深そうに見つめてくる。白は苦笑をしながら「そうでしょうね」と返した。

 

「まあ、論より証拠ですから。分析は終わりましたし、問題はありません」

 

「だといいけど………」

 

その言葉の途中、雪絵は窓の外を見る。

 

「あ、雪が………」

 

窓から見える外は、一面の銀世界。そして現在は、雪が降っていた。

 

「………」

 

白はその雪を見た後、眼を瞑った。

 

「どうしたの?」

 

「………いえ。何でもありません。それより、この国には春が来ないと聞いたんですけど、本当ですか?」

 

「ええ。私は昔、父から教えられたんだけどね」

 

雪絵はその時の事を思い出していた。

 

 

 

 

雪の国は春が来ない国。雪絵自身は、小さい頃に父からそう教えられていた。

 

その時の光景を思い出す。

 

その時の言葉を思い出す。

 

『諦めないで、未来を信じるんだ。そうすればきっと、春は来る』と。何かを作っていた父。何かを成そうとしていた父。その優しい笑顔を、私は今でも思い出せる。

 

だが、あの日。炎が全てを焼き尽くし、人が大勢死んだ。今でも夢に見る事がある。何も出来なかったあの日。脱出してからの日々。何も出来なくて、そして悲しくて。泣いているだけの毎日。やがて涙は枯れ果てた。

 

それからは全てに無気力になった。悲しみから逃れるため、もう一度信じた人に死なれるのが嫌で。やがて雪絵は誰かを信じることをやめた。裏切られることが怖くなったのだ。

 

逃げて、嘘を付いて。自分にさえ嘘をついて。そして自分を演じ続けて。

気が付けば、女優になっていた。

 

(………何故、女優という職業をを選んだのか。その切っ掛けは思い出せないけど)

 

今逃げていない理由も、あるにはある。だが、迷っているのだ。

 

帰りたい、帰りたくない。逃げたい、逃げたくない。

 

 

やがて過去と今の自分の事を考え終えた雪絵は、何の感情も込めずに呟く。

 

「………でも、春は来ないのよ」

 

そんな雪絵に白は謝罪の言葉を返す。

 

「………すいません。嫌な事を思い出させてしまったようですね」

 

「別に………」

 

構わないわよ、と雪絵は窓の外を見る。そして気のない風に、そういえば、アンタは? と白に問うた。

 

「さっき、雪を見ていたアンタ………一瞬だけど空気が変わったわよ?」

 

「………分かりましたか」

 

「それは、ね。相手の呼吸を察するのも、演技するのには必要だし」

 

と言ったところで、また黙り込む。白は苦笑を返し、先の問いに答えた。

 

「はい、少し昔を思い出していました」

 

「………昔? あんたの故郷にも、雪が降るの?」

 

「それはもう。春も、一応は来ますけど」

 

「そうなんだ………でもあんた、暗い顔をしていたけど」

 

「ええと………話せば長くなるんですけど」

 

そこで白は印を組み、掌の上に蝶を発生させる。氷で出来た蝶を。

 

「………あんた、それ」

 

「はい。あの雪忍達とは一緒にして欲しくはないですけど………これはボクの血継限界です」

 

呟き、悲しそうに笑う。

 

「ボクの故郷では、この能力は戦争を引き起こす忌むべき力と認識されていまして。それで、ボクは故郷から出てきたんですよ」

 

「………そうなの」

 

「はい。そこでボクは、力というものがどういう事態を引き起こすのか………一端ですが、知りました」

 

白は詳しくは話したくないため、笑顔で誤魔化した。雪絵も深くは聞かないでいた。

 

「今回、護衛に携わるボクの仲間も、大抵がそういう過去を持っています。だから、ボク達は負けません」

 

そこで白は表情を真剣なものに変え、告げる。

 

「力に使われているだけのバカに、負ける筈が無いですから」

 

意地も何も無い、道具に頼っているだけで、それもその力に使われている奴らなどに負けない。白はそう言った。

 

「それに、ボクは、こう思うんです。力とは本来、誰かを守るために振るわれるものだと」

 

「それは………そうかもしれないわね」

 

あの鎧が無ければ、もしかしたらクーデターは起きなかったのかもしれない。雪絵はそう思い、同意を返す。

 

「その意味を知らないあいつらには、絶対に負けません」

 

「そう………そういえばあなた達、どれくらい強いの?」

 

雪絵の問いに、白は難しい表情を浮かべる。

 

「どう説明したらいいのか………」

 

「ええと、昔私を助けた忍者………名前は………そう、はたけカカシとか言う銀髪の忍者よりは強いの?」

 

「………はたけカカシ、ですか」

 

呟いた白は部屋の入り口に視線を向けた後、言葉を続ける。

 

「別名、木の葉隠れのコピー忍者と言いまして。ええと、現在の木の葉隠れの里で、1、2を争う実力を持っています」

 

「………そうなの。で、どっちが強いの?」

 

「ボクは勝てないでしょうけど、そうですね………ジェットさんとイワオさんなら、はたけカカシにも勝てると思いますよ」

 

と、白はそこで席を立った。

 

「すいません。呼ばれているようですので、これで。今の話の続きは、実際に眼で見て下さい」

 

「待って。あと、一つだけ」

 

「何ですか?」

 

「あの、変態痴漢芸人忍者って、強いの?」

 

雪絵のその言葉が放たれた途端、入り口から物音がする。白は笑顔で物音を無視しながら、告げた。

 

「そうですね………今は、ボクより少し下ぐらいです…………でも、誰よりも強くなる可能性を秘めていますよ」

 

笑顔で返し、白はドアを開け外に出る。

 

 

そして、そこにずっこけていたサスケに冷たい視線を向け、呟く。

 

「レディーの会話を盗み聞きするのは、マナー違反ですよ?」

 

「………すまん」

 

「で、どこから聞いていたんです?」

 

「雪が降り始めたところからだ」

 

「………そうですか」

 

「スマン」

 

「別に、謝らなくていいです。それよりも、メンマさんに報告を」

 

「………カカシの事だな。分かった」

 

 

 

その後、2人はカカシの事をメンマに報告する。が、メンマは既に知っていたと返す。

 

「いや、ザンゲツに連絡を取ってね。影分身使って。………まあ、それで色々と情報を得られたから」

 

ついさっきだけどね、とラーメンを食べながら話す。

 

「そうなんですか………で、依頼の方は?」

 

「まあ、色々と。全体的にはうまくいったからそういう事でよろしく」

 

「………分かりました。あと、敵の狙いについてですが当たりは付いているのですか?」

 

「ああ、六角水晶だ。富士風雪絵が常に身につけているあれが狙いなんだろう。ご丁寧に教えて下さったし。まあ、それに対する対策というか、保険は既にかけてあるから、心配は要らないよ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。これから姫様にも説明はしてくるから。作戦内容はその後に伝える。動く時が来れば合図するから、その時まで待っていてくれ………っておい」

 

ラーメンを食べていたメンマの動きが止まる。

 

「…………くそ。少々厄介な事になったな」

 

「え、どうしたんですか? 急に」

 

「網の諜報員からの連絡だ………反ドトウ派の村が襲撃にあったらしい」

 

「間諜………内諜ですか?」

 

「ああ。覚えておくといい。五大国と隠れ里を除いた場所以外、だが………“網”は、何処にでもいると」

 

雪忍の下忍の中に、網の手の者がいる。組織の諜報部が前もって忍ばせておいたのだ。

 

「ドトウも、最近特にきな臭い動きを見せていたって話だからね。商人からいくらでも情報は入るし、網も懸念事項として挙げていたんだって」

 

「それで、今回の依頼斡旋ですか」

 

「そういうこと」

 

「で、情報は?」

 

「襲撃を受けて、一部が負傷。全員が捕縛されている。殺されてはいないと言っているけど、この先どうなるかは分からないな」

 

見せしめに、民の前で処刑を行うつもりかもしれない。あるいは、だ。別の使い道もあるだろう。

 

「………こちらに対する人質、ですか。どうします?」

 

「強攻策に出るのもちょっとなあ。やってやれんことはないけど、人質は死ぬだろうね………うん、それは不味いな。姫様にこれ以上重荷を背負わせるのも何だし」

 

自分のせいで人が死んだと思ってしまうだろう。それは良くない。

 

「そうですね………それじゃあ、こんなのはどうですか?」

 

白がメンマとサスケに策を提案する。

 

「………人質が取られている現状、それしか手はないか。一応、俺の影分身を村の方に向かわせておくから。あと、三太夫さんには内緒な」

 

「敵を欺くのは、ですか。承知しました」

 

「俺はどうしたらいい?」

 

「そうだな。サスケには…………」

 

メンマがサスケに説明をする。

 

「………責任重大だな。分かった」

 

「これも修行と思って。絶対に依頼人を傷つけないように守りきってくれ。あと、再不斬と多由也にも作戦変更の旨を。マダオには俺から話すよ」

 

「了解」

 

そして部屋を出て行こうとするサスケに、メンマは声をかける。

 

「しくじるなよ、サスケ」

 

「はっ、分かってるさ。こんな所で死ぬ訳にはいかないからな」

 

肩越しに振り返り、一瞬時間をおいて返答する。だがその次の問いには、即答を返した。

「エロいことすんなよサスケ」

 

「もうしません」

 

敬語口調で即答しながら、顔を前に向けるサスケ。死角となったので、メンマからは顔色を伺えないが、きっと青いのだろう。

 

「………次、やったら十倍ですからね」

 

「何が!?」

 

サスケの突っ込み。

 

「頼もしいな。じゃあ、頼んだぞ」

 

「何を!?」

 

それもダブルである。二重突っ込みである。天然ボケもいけるが、突っ込みもOKとは、とメンマが唸る。

 

「大したヤツだ」

 

流石は期待の新人、と繋げようとしたが、サスケに拒否された。順調だな、とメンマが呟く。いったい何に順調なのか、白もサスケも突っ込まなかった。

 

「………それじゃあ、準備しましょうか」

 

白が一言入れて場を締める。メンマはそれに頷き、呟いた。

 

 

「ああ。望む結末をこっちに引き寄せるためにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影地に到着後。蒸気車から降りた撮影隊は、しばらくしてから撮影に入る。

そうして、撮影が終わった直後の事だった。

 

「ん? そういえば、三太夫さんは何処にいったんだ?

 

助監督がメンマに聞いてくる。メンマは知りながらもとぼけた口調で嘘をいう。

 

「ええと、いつの間にかいなくなって………あ」

 

答えた、その時である。丘の向こうから、縛られ猿ぐつわを噛まされた三太夫と、それを引きずっている雪忍が姿を現した。

 

それを見た全員が、瞬時に悟った。

 

「………ふん、人質という訳か」

 

反ドトウ派の村とやらは既にドトウに知られていたのか、と悟る。

 

「ああ。陳腐な言葉で申し訳ないが………こいつの命が惜しければ、富士風雪絵をこちらに渡してもらおうか」

 

同時、背後から飛空挺のようなものが姿を現す。メンマはそれを見ながらも、こちらの意志を取りあえず示した。

 

「馬鹿が、応じると思って「待って」………富士風さん?」

 

だがその途中。一歩、雪絵が前に出て自分の意志を示す。

 

「いいわ。私が行く。だから、三太夫を離して頂戴」

 

もうこれ以上。誰かが死ぬのを見たくないから。雪絵はドトウの顔を真正面から睨み付け、答える。

 

「………ふん。いいだろう」

 

そして連れられていく雪絵。

 

「姫様~!」

 

その背中を見ながら、三太夫は叫んだ。1人、事情を知らない三太夫の、迫真の演技である。本人としては、勿論演技では無いのだろうけど。

 

飛空挺が去った後、メンマは1人呟く。

 

「敵を欺くにはまず味方からってね」

 

三太夫さんにはちと悪いが。それにしても、予想通りの動きだ。反対派を全滅させるより、旗頭の方を抑えに来たか。水晶の事もあるし、一石二鳥というやつだな。

 

「………でもまあ、予定通りですか。サスケ君も、上手くいったようですね」

 

「ああ。後は、仕上げだな」

 

 

相変わらずの余裕をもって2人は頷くと、取るべき行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

一方、雪絵を乗せた飛行船の中。ドトウの対面に座らされた雪絵は、テーブルに置かれたワインを飲み干しながらも、叔父に嫌悪の視線を向ける。

 

「久しぶりだな、小雪。10年振りになるか」

 

「………ええ。こちらは心底会いたくなかったのだけれど。ドトウ叔父」

 

「ふん、そういうな。さて、小雪」

 

「………一体、何?」

 

ドトウは小雪の首に手を触れ、その首飾りを取り外した。

 

「おお、これが………!」

 

感極まった声を上げるドトウ。

 

「ぷっ……いえ、それがどうしたの?」

 

内心で笑いを押し殺し。だが雪絵は、表面上は演技を続け、ドトウに話しかける。やがて、ドトウの口からあることが語られる。曰く、この六角水晶は、兄が遺した風花の秘宝を開けるために必要な鍵なのであると。

 

「これで、秘宝が………なっ!?」

 

手に入る、とは続かなかった。高らかに掲げ上げたその水晶が一転、煙を上げ“スカ”と書かれた紙切れに変わったのだから。

 

スカのカードを高らかに掲げ上げるドトウ。それを見た雪絵と、雪忍配下の一般兵の顔が笑いをこらえようとする顔に歪んだ。

 

「これは――まさか、小雪!」

 

「知らないけど、偽物らしいわね?」

 

怒るドトウと、不敵な笑顔を浮かべる雪絵。やがて雪絵は、気丈にもドトウに対して挑発の笑みを返す。

 

「残念だったわね? お・じ・さ・ま?」

 

「く、このっ!」

 

屈辱に染まるドトウの顔。そして、そのスカのカードを地面に叩きつけようとする。それと同時、スカのカードが煙を上げてまた別のものへと変化した。

 

「影分身の術――そしてっ!」

 

飛び上がり、高い段に上がると見習いであろう、雪忍を下に蹴り落とす。そして、ドトウに向けポーズを取り高らかに笑い声を上げた。

 

「はっはっはっはっはっ!」

 

「貴様………!」

 

「こんなこともあろうかと! すり替えておいたのさ!」

 

「くっ、本物は何処だ!」

 

「もちろん俺の手の中さ。本体の、だがな。迂闊だったな鼻野郎………おっと待て。小雪姫には手え出すなよ? 鍵となる六角水晶がどうなっても知らんぞ?」

 

「貴様っ、何が望みだ! それよりも、何故踊る!」

 

メンマは段上で、へこへこと人を逆上させるダンスを踊っていた。とことんドトウを虚仮にしているようだ。ドトウの方はといえば、それを見ながら憤怒で顔を赤くしていた。そんなドトウを見た雪絵は顔を逸らしながら、忍び笑いをかみ殺していた。肩が震えている横で憤るドトウに、踊りを止めたメンマは告げた。

 

「俺達の望みはたった一つだ。撮影が控えている今、お前のような身の程しらずのガキ大将には、自殺してもらいたい。でも、残念ながらその望みが叶う可能性はとても低い………そこで、だ」

 

ニヤリ、と影分身が笑う。

 

「今宵今晩お前の城に、俺達7人が会いに行こう。例の水晶を携えて。決着をつけようじゃないか、そこで」

 

事実上の宣戦布告。七対数百の無謀な勝負。それを事前の宣戦ありで、真っ正面から打ち破ると。メンマはそう言っているのだ。

 

「まさか、逃げないよな」

 

「ふん! ネズミ如きに我が逃げる道理があるか! いいだろう、受けて立とう、虫は虫らしく、一ひねりに潰してやる」

 

顔を真っ赤にしたままドトウは鼻を鳴らした。

 

「――貴様の方こそ逃げるなよ」

 

「了解。墓穴はこちらで掘ってやるから、別に墓地の予約は要らない。俺達7人でお前の墓を掘ってやるから」

 

「ネズミ如きが、吠えるな! ――ナダレ!」

 

ドトウの叫びと同時。敵首領格である狼牙ナダレがクナイを投じる。だがクナイが当たる寸前、メンマの影分身は自分で姿を消した。

 

「……逃げ足だけは早い」

 

「どうでもいいわい。それよりもナダレ、雪忍および私の手勢を集めろ。全員だ。ご丁寧に今夜攻め込む、との宣告だ………返り討ちにしてやれ!」

 

自信満々に答えるドトウ。それはそうだ。彼はこの後、風花の財宝を手に入れ、五大国をも制する気でいるのだから。ここで、抜け忍風情に破れるなど、あってはならない事だ。

 

「承知しました」

 

それはこの雪忍、元雨隠れの忍者、狼牙ナダレとて同じ事だった。元雨隠れの忍者、里を抜けてから十数年。木の葉隠れとの戦いで雷切にこの頬を切り裂かれてはいても、野心は未だ消えてはいなかった。

 

体術だけしか才能がないと言われ、謂われのない差別を受けて抜けた里。それを見返してやる為にも、そしてあのはたけカカシに借りを返すためにも、こんな所で負けてはいられない。

 

(そうだ、このチャクラの鎧があれば………!)

 

何でもできると、そう思っていた。鎧の力を借りてでも、術が使えるようになった時は、本当に嬉しかった。この鎧は自分に夢を与えてくれた。かつての自分には見いだせなかった夢を、この鎧は見せてくれる。

 

だから、負けない。負ける筈が無い。ナダレは、そう思っていた。心の底から。

 

誰にも指摘される事のない、誰の意見にも耳を貸さず。外界から取り残されている、この雪の国という井戸の中で。只1人、かつて幼い頃に夢見た、そしてそのまま止まっていた。忍びの世界の頂点に立つという夢を再び見られるのだと。本気でそう信じていた。

 

「ドトウ様。小雪姫はどういたしましょうか」

 

「ふん、牢にでも入れておけ。人質交換の際に使えるからな………それに、あの下郎は小雪を傷つけるなと言った。万が一もある」

 

「承知いたしました」

 

「あと、念の為だが、例の装置を牢に仕掛けておけ。あやつら、予想外にやるようだからな」

 

「はい。それでは、早速手配をいたします」

 

答えながら、ナダレが下がり、配下であるフブキとミゾレに指示を出す。

 

「今夜、か………」

 

 

 

 

そしてしばらくして。飛空船が辿り着いたのは、ドトウの居城であった。城の中は夜襲に備える忍び、兵士達であふれかえっていた。忍びには、例のチャクラの鎧の旧型、白いチャクラの鎧が支給されていた。

 

みな、厳重警戒をしいている。そんな中、雪絵は1人牢に入れられていた。

入り口には見張りの忍び。極寒の中、雪絵は牢の中で膝をかかえ、寒さに震えていた。

 

入ってからしばらくして。入り口の方で物音がしたかと思うと、とある人物が入ってきた。

 

「………遅いわよ」

 

雪絵はその人物、サスケに向け憎まれ口を叩く。

 

「そいつはすまなかった」

 

言葉だけの謝罪。だが、肩はすくめなかった。肩には、見張りの者を担いでいたからだ

 

「……殺したの?」

 

「当て身で気絶させた。あと数時間は起きないだろう」

 

代わりの見張りは既に立っているからバレることもない。サスケは答えると牢の中へ気絶している見張りの忍びを横たわらせた。

 

「お優しいことね。……アンタ、随分と速かったようだけど」

 

撮影していた場所から、ここまではかなりの距離がある。雪絵は最初こそ憎まれ口をたたいたものの、正直驚いていた。ここまで短時間で自分の元へやってくるとは思わなかったのだ。

 

「アンタが攫われたあの時に、な。俺は奴らの隙を突いて船の中に乗り込んでいた。アイツが騒いでいるその影に潜んだんだ」

 

ドトウがどう出るか分からない以上、いざとなれば助けに入れるよう、変化の術を使って、船の中へと侵入していた。サスケは予め決めていた流れを説明した。

 

「それに、あの雪忍の………恐らく下忍だろうな。まるで素人同然だ。内諜もいたし、この牢を見つけるのは苦労しなかった」

 

「………そういえば私、さっきあいつらから聞いたんだけど」

 

雪絵が話しだす。今の雪忍は民の若い者から、徴兵と偽って招集していたらしい。

 

「まあ、そうらしいな………」

 

サスケもメンマからそれは聞いていた。作戦の方針としても、あの幹部3人以外は極力殺しはしないと言っていたと説明する。安堵する雪絵に大丈夫だろ、とサスケは返しながら、雪絵の牢の隣にある部屋へと座り込む。

 

「作戦まであと数十分ある。見たところ、その牢限定で結界が張られているようだし………決行時間になったら破るからそのつもりでいてくれ」

 

「ふん、分かってるわよ。でも、この牢結界みたいなものが張られているようだけど、破れるの?」

 

「問題はない。何とかする」

 

「そう」

 

そこで、会話が途切れた。

 

牢の中はすきま風の音だけとなり。2人は壁越しに背を向け合っていた。

 

「……ねえ、アンタ。暇だし、何か話してよ」

 

「あんた、本当に我が儘だな。まあ、お姫様なら当然か」

 

サスケがため息を吐きながら言った。

 

「しかし、お姫様なアンタが、よくもまああんな危険な作戦を承知したもんだな………ドトウが怖くは無いのか?」

 

「……怖くない筈がないでしょ。でも、私のせいでこれ以上誰かが死ぬのが嫌だったの。それに、元はと言え主君である私が、自分だけ安全な所にいるなんて事、できるわけないでしょうが」

 

「立派だな。策を了承したイワオ達も、驚いていたよ。即決だったらしいが」

 

「別に。それと、ドトウ叔父の間抜けな顔とか見たかったし」

 

傑作だったわ、と小雪は笑った。サスケはちょっと気圧されていた。多由也といい、白といい、九那実といい。サスケは女ってすげえなあと呟いた。

 

「それに、気丈だな。声は震えてるが」

 

「……流石に、ね」

 

怖いわよ、と小声で呟く。サスケも、先程ちらりと見ただけだが、雪絵の手は震えていた。

 

「でも、アンタ達が何とかしてくれるんでしょ? 木の葉一番の忍者とかいう、あの銀髪………はたけカカシだったかしら? そいつに勝てるっていうんだから」

 

「カカシか………」

 

顰めっ面でサスケは呟いた。その表情は見えなかっただろうが、その声に含まれていた複雑な感情は察知できたのだろう。雪絵がサスケに訊ねる。

 

「へえ、アンタも知っているの、その銀髪の忍者」

 

「知っているというか……そうだな。ここからはオフレコでお願いしたい。それを承知してくれるなら、話す」

 

「いいわ。忍びとの契約でしょ、それが口約束でも破らないわよ」

 

雪絵もそれほど馬鹿じゃなかった。姫なりの知識は備えているからだ。裏の世界の常識でもある。雪絵も女優として一流となった身だからこそ分かる知識だった。それに、何故だろうか、破る気も起きない。彼女自身、それも不思議な感じだったが。

 

「元、だがな。カカシは俺の先生………だ?」

 

「はっ!? え、というか何で疑問系なの?」

 

「色々あったからなあ………」

 

遠い眼をするサスケ。遅刻とか、遅刻とか、遅刻とか。色々な事を思い出してしまい、サスケのテンションが徐々に上がっていく。主に怒りで。

 

「まあ、俺は木の葉を抜けた身なんで、今は関係無いがな。でも次あったら殴ろうと決めているが」

 

「そ、そうなんだ………そういえば、あんたらは全員抜け忍なのよね?」

 

「あ、ああ。そうだが?」

 

「………それにしては、ねえ。あのジェットとかいうの以外は、全員脳天気だし。変に殺伐としていないし、やさぐれていないわよね」

 

今までも、抜け忍を何度か見る機会はあったらしい。それとは全然違う、と雪絵は言う。

 

「夢とか………ほんと、クサイ事を真顔で言い出すし。趣味とか言うし。あんたは人の胸触るし」

 

「まことに申し訳ありませんでした」

 

壁の向こうで頭を下げるサスケ。雪絵は苦笑しながら、言葉を返す。

 

「ほんっと。アンタ達って変わってるわよねえ」

 

真摯に謝るサスケと、あの時の赤鬼と白夜叉の表情を思い出したのか、雪絵が笑う。

 

「………それは、まあ。頭からして、ああだし」

 

サスケは話を逸らしながら、ため息を吐いた。

 

「やっぱりそうなんだ。あの、海面を走っていたあれも、その一部?」

 

「それは聞かないでくれ。頼むから」

 

「あと、アンタもあの………桃って子と同じ、里を出てきた口なんでしょ?」

 

「ああ………まあ、俺は少し違うが………結果的には似たようなものか」

 

少し沈んだ声。雪絵はそれを察したのか、小さい声でサスケに訊ねる。

 

聞こえるかどうかの、小さい声。何となくいった言葉だったのかもしれない。だが、サスケの耳はそれを捉えていた。

 

 

「故郷に、帰りたい?」

 

 

突発的な雪絵の質問。それは、誰への問いなのか。サスケはその問いに、考える事もせず。ただ今思っている事を答えた。

 

「……それは、正直。いや、まあ、分からない。今思うことはその一つだな」

 

少し沈んだ口調で、返す。元々、と呟き、そして話し出す。

 

「忌み嫌われていた一族だっただろうからな。それで全員死んで、俺だけが生き残って………」

 

詳しい事は話せないが、単語だけは話す。思い浮かんでしまった言葉を羅列していくだけ。だが、その言葉は苛烈も極まるものだった。聞いた雪絵は息を飲む程に。

 

「アンタだけって………どういうことよ?」

 

「文字通りだ。父さんも母さんも死んで。兄はその犯人で。そして里を抜けて………」

 

「………っ」

 

思い出す度に、考えてしまう。

 

「すまん。情けない声を出した」

 

これ以上思い出しても何にもならない、とサスケは言葉を切る。

 

「………」

 

返す雪絵も無言。だが2人は同じ思いを抱いていた。

 

 

取り返せない過去が、失った場所がある。失った時の事を思い出す度に思ってしまう。大切な人達が一緒にいた、セピア色の風景を前に。もしもと、あの時にと、繰り返す。思い出す度に考えてしまう。囚われているのだ。輝かしい過去に。

 

「情けないっていうのか………この想いは」

 

「……アンタも、か」

 

サスケの自問に、雪絵が言葉返す。同じではないが、似ている過去を持つ2人。白もそうだ。だから話を聞く気になったのだろう。

 

同じ匂いがする3人。辛い過去を持つ3人は、過去に囚われている時があった。辛い現実から眼をそむけ、偶像を見てしまう時がある。

 

「あのときもしも、か……考えても、何にもならないんだけどな」

 

「………確かに、ね」

 

はっきりとした言葉では表したくは無い。そんな、説明を省いた言葉でもある程度の意味は2人とも理解できていた。やり直したい過去を持っている人間であれば、一度や二度は思う筈だ。

 

――――昔に戻りたいと。

 

――――あの輝きの風景の、その先に自分は在りたかったと。

 

風が吹いて、時が流れて。それはもう、夢の中にしか無いのだけれど。物思いにふける2人。そこに、入り口から扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「合図だ。準備を始める」

 

「………待ちなさいよ」

 

「待てない。続きは全部終わってから「待って」」

 

サスケの言葉は雪絵の言葉に遮られた。

 

「あんたは、何故戦うの?」

 

「……横にどいててくれ。こじ開けるから」

 

「アンタ………分かったわよ。もう」

 

サスケの気配の変化を感じ取ったのか、雪絵が言葉の途中で牢の端へと寄った。牢の前に佇み、自分の右手を見つめる。

 

そして、先に言っていた話の答えを言葉にした。

 

「あの時の俺は………何も出来なかった。真実を知らず、父さんと母さんを殺した兄を憎むことしか出来なかった」

 

右手には何も乗っていない。全て、掌からこぼれ落ちてしまった。月が怖いくらいに綺麗だった、あの夜に。思い出す度に考えてしまう。横たわる屍を思い出し、考えてしまう。

兄さんも、自分が手にかけた一族の者達を見てそう思ったのだろうか。

もっといい方法はなかったのかと。何でこんな事に、と。

 

 

「それでも………」

 

 

サスケの両目に映るは、虚ろな光。見つめる右の掌、その腕に左手が添えられる。

 

 

「――それでも!」

 

 

叫びと同時、サスケは両の手を下げた。顔を俯かせ、だがサスケは叫び続ける。

 

 

「それでも、俺は真実を知って!」

 

 

鳥が。

 

 

「もう一度、やり直せる機会が出来て! まだ、取り戻せる人がいると知って!」

 

 

更に、更に、更に、サスケの右手の先、鳥が鳴き始める。

千の光を背負う、雷鳥の鳴き声が。

 

 

「志を共にする、仲間が出来て!」

 

そこでサスケは顔を上げた。

 

先程の様子とは一転していた。その眼光は隠れ家に来たからのの、そして何時かの純粋な輝きを取り戻し、両眼の底に宿っていた。

 

雷光が地面を抉る。サスケは跳躍し、牢の正面に右手を突き出した。一点突破の雷光の一撃。余波を殺しきるチャクラの形態変化。貫通のみを目的としたそれは、牢の結界を容易く突き破る。

 

雷光が牢の結界を焼き切る。そして牢の格子までを叩き切った。囚われる必要など無いのだと。昔を思う事は大事だが、それでもまだ諦めるのには速いと。

 

自分で作り上げた牢に留まる必要は、何処にも無いのだと。死んだ者も、生きている者も、誰もそれを望んでいないのだと。

 

思いを込めて、叫んだ。

 

「千鳥――――貫けぇっ!」

 

同時、その結果が訪れる。一転集中された一撃が、結界の防護を貫いて基点を破壊した。

 

破壊の残滓たる煙が晴れた後で、サスケは告げた。

 

「さっきの質問。それに対する俺の答えは、一つだけだ」

 

囚われる何もかもを無視して、取り戻す者を取り戻す。かつての光景、失われた人もいるけれど、それを振り向かない。想いは此処に。ただ胸の中に。それを礎として、ただ走るだけだ。もう、失わないために。

 

「力なんて関係ない。もう誰にも、俺の大切なものは渡さねえ」

 

例えそれが運命であれ、譲らない。力持つ者に付きまとう宿命であっても、それは変わらない。

 

俺は、俺の望むままに生きると、そんな意地であった。

 

「貫きたい意地があるんだ。俺は、ただそれを通すため、戦っている」

 

あんたの、女優に対する意地と同じくだ。サスケはそう言った。雪絵は牢の中から出てきた後、サスケのその眼光を見ながら呟く。

 

「そうね………そうだったわね」

 

雪絵は初めてマキノ監督に会った時のことを思い出す。監督の言葉を思い出した。

 

『お前以外に、この役を演れるヤツはいねえ』、と。誰の代わりでも無い。自分にしか出来ない役。女優として、これ以上の誉れがあるか。途中、様々な意図が絡んできても、それだけを信じて演じてきた。雪の国に訪れると決まった時も、その言葉が胸に残っていたから、逃げられなかった。

 

“誰にも、この役は渡さない”そんな、女優の意地がある。昔を思い出して、強がりを言って、自分を卑下して。風雲姫と昔、過去に怯えていた自分とのギャップが激しすぎて、自己嫌悪に陥る事があった。

 

それを、変えられるかもしれない。全てを解決すれば、もっと良い演技が出来るかもしれない。逃げたいという気持ちと、帰りたいという気持ち。様々な葛藤の中、それでも、雪絵は今この国に居た。

 

恐らくはそれが答えなのだろう。雪絵は、情けない自分と、それでもここに居る自分の両方を感じた。どっちが自分なのか。分からないけど、それでもいいのだろうか。

 

「……ねえ。今からでも、やり直せると思う?」

 

雪絵がサスケに問う。こんな自分でも、これから先望む未来をつかみ取れるのだろうかと。

 

「遅すぎる何て事はない筈だ。今、あんたは此処に居て………それで、生きているんだから」

 

それはサスケが常に自分に問うているもの。そして、それに対する答えだった。

 

「それに、俺はアンタの演技が見たい。あの続きをな。だから、止めるなんていってくれるなよ?」

 

雪絵はきょとんとした表情を浮かべた後、不適に笑った。

 

「上等よ。絶対に死なないし、何としてもカメラの前に立ってやるわ………だから」

 

手伝ってくれる? と問う雪絵に、サスケは不適な顔を浮かべ返答した。

 

「勿論だ」

 

今、失いたくないものを見つけ、サスケはそれを守ろうと決意した。そして、冗談の言葉を投げかけながら、手を差し出す。

 

「行きましょうか、風雲姫」

 

雪絵は笑いつつ、その言葉に応えた。

 

 

「ええ。虹の向こうにね」

 

 

極寒の牢の部屋の中、忍びと姫の両手がしっかりと結ばれた。

 

 

 

 


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