小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

62 / 141
5話 : 備える者達

 

 

 

「で、今お前達は滝隠れの里に向かっている訳か」

 

「ああ。そこで、七尾を保護する」

 

砂隠れの外れにある岩場群。その影で、メンマは皆と話していた。影分身を紙に変化させ、木の葉最速の忍鳥である鳶丸の足に括り付けて送り届けて、連絡を取ったのだ。

 

「しかし………まさか、一対一でお前が負けるとは思わなかった」

 

「いや、まさかって………そりゃあ、黒星負った事は少ないけどさ」

 

メンマは戦歴を語った。今まで戦って負けた回数、か。まあ殺されはしなかったけど、それでも勝てなかった事は何度かあったと。

 

「敗走した数も決して零ではないから、そう珍しい事でもないよ」

 

メンマがそう告げると、我愛羅は驚いた表情を浮かべていた。

 

「そんなに驚くもんでもないんじゃないかなあ。そりゃあ、最近に限っては、負けは無かったけどね」

 

それでも今回は相手が悪かった、と愚痴りながらため息を吐く。

 

「………そいつ、それほどのものか?」

 

「正直、今まで戦ったどんな奴より強かった。それも一段ではなくて………まあ少なく見積もっても、二、三段上ぐらいの強さだった」

 

五行の術全て扱えるんで、弱点が無い。その上大火力の術も勢揃い。近接戦に持ち込もうとしても斥力で弾かれるし、例の雷遁の移動術もあるんで逃げ足も速い。まるで死角が無いのだ。今度対峙したらどうしたものか、と首を横に振った。

 

「それほどまでにか………恐らくだが、写輪眼による幻術も通じないだろう」

 

サスケが呟く。

 

「そうだな。いくら写輪眼とはいえ、相手はあの輪廻眼だ。視覚を媒介とした幻術は通用しないと見た方がいい」

 

「加え、正体不明の巨大な黒い“何か”を従えている、か」

 

我愛羅にしては珍しく、ため息を吐きながら首を振る。

 

「………厄介ですね。しかし、チャクラ量に関しては疑問の余地が残ります」

 

「ああ。どう考えてもおかしい。あいつのチャクラ量………まるで底なしだった」

 

「狩られた尾獣、二と三尾だったか………それが関係しているのかもね。あと、メンマ

 

「ん、何だテマリ」

 

「怪我の方はもう大丈夫なのか?」

 

「ああ、もうばっちりだ………と、言いたい所だけど」

 

まだ完治しちゃいない、と肩をすくめる。

 

「そうなのか? お前、七尾の人柱力保護の部隊について行っていると聞いたが」

 

大丈夫なのか、というテマリの問いに、メンマは苦笑をまじえながら答えた。

 

「仕方ないって。今現在、暁の連中が尾獣確保に動いているのは間違いないからな。それに、医療忍者………いのとサクラが随伴してくれているから、明日か、明後日には怪我はほぼ治ると思う」

 

「………山中いの、か?」

 

「あ、ああ。そうだけど…………あれ、テマリさん、何か………怒ってらっしゃる?」

 

「いや。何でもない。それで、今お前はその部隊に混じっているんではなくて………」

 

「流石に、全員に俺の事を話すっていうのは無茶だからね。だから部隊の後方、姿を隠したまま、ついていっている。前の部隊の内、何人かには話しているし、いざとなれば乱入するつもりだ。そうそう、保護部隊はシノ、キバ、ヒナタの感知系に、いの、サクラ、キリハの益荒男系。粒が揃ってるよ」

 

「………本人に言ってしまっていいですか?」

 

「嘘です御免なさい」

 

笑う白に、メンマは即座に謝った。

 

(ああ、そういえば三人共九頭竜の常連だったな)

 

思えば数奇な巡り合わせだな、と少し過去を思い出して笑う。

 

「メンマさん?」

 

「いや、何でもない。それより、戦力は十分とは言えないけど、それぞれかなりのものを持ってるから心配は無いと思うよ」

 

流石、一時期一緒に修行していただけある。キリハ曰く、連携もOK。かなりの練度を保っているらしい。加えて、同じ目的を共にする同士だ。団結力もかなりのもの。

 

『えっと、その目的に関してはどう思う?』

 

ああ、赤い狐か。

 

(ノーコメントで)

 

悲しいけど、あれ依頼だったのよね。

 

「しかし………上忍は、キリハだけなのか?」

 

「いや、シカマルも………後からだけど、チョウジつれて合流するって言ってた」

 

「それにしても、随分と若い面子ですね」

 

「いや、七尾の人柱力………名前を“フウ”っていうらしい。その、俺達と同い年ぐらいの娘なんだけどね」

 

何でも滝隠れの里の忍びから村八分の酷い扱いを受けていたらしいから、と説明する。

 

「それは………えっと、それで、やっぱり………?」

 

「………中忍試験で怪我を負って、まだ木の葉で療養していた滝隠れの里の忍びから聞いた話なんだけど。年上の忍………特に、男の忍びだと酷く警戒されてしまうらしい」

 

「………だから、か。そういえば紅上忍は身重だったな」

 

他に適任はいないな、とテマリが呟く。

 

「みたらし特別上忍は…………お察し下さい」

 

「そうだな………」

 

テマリが遠い眼をしながら再び呟く。アンコさんとの間に何かあったのだろうか。

 

「いや、でも他に人材は………って、いないか。女で上忍まで達するっていうのは少ないからな」

 

テマリがため息を吐いた。

 

「まあ、仕方ないかもね。ただでさえ体格で負けてるんだから。その差を覆すためには………」

 

俺はカンクロウの方を見ながら言葉を続けた。

 

「カンクロウが言うように、男を尻に敷けるぐらい気の強い女性じゃないと」

 

「ちょっと待つじゃん!?」

 

叫ぶカンクロウ。一瞬後、ぐわしと何者かに後頭部を掴まれた。

 

「…………カンクロウ。後で話がある」

 

「いや、今のは「ああ?」何でも無いです」

 

がくっと肩を落とすカンクロウ。そして、もう一組同じやりとりをしている者達がいた。

「………サスケ? お前今、ものすごい勢いで頷いていたけど」

 

多由也は「どういうことか、後でウチに説明してくれるよな?」といいながらサスケの肩を掴んでいた。

 

「………いや、今のは「あ?」何でもない」

 

がくっと肩を落とすサスケ。そこに、再不斬が口を挟む。

 

「ああ、確かに………それぐらいでないと、務まらねえな」

 

「………再不斬さん?」

 

白の背後から、黒いチャクラが流れ出す。

 

「違う。お前じゃない。今の………恐らくは水影になっている、あの女の事だよ」

 

「ああ………あの」

 

納得した、といった風に白が頷く。

 

「え、どんな人?」

 

「嫁き遅れという言葉に敏感に反応する野郎でな。それ以上は言えんが」

 

「ちなみに野郎じゃなくてアマですよ再不斬さん」

 

「………ああ、まあ、そりゃあ、ね。しかし水影は嫁き遅れなのか………そういえば木の葉もそうだな」

 

『まあ、あの人は色んな意味で規格外だから』

 

え、そうなのかマダオ。

 

『私的には先生に頑張って欲しいんだけど』

 

エロ仙人に? まあ、規格外には規格外。案外、サイズがぴったりと合うかもな。

 

「まあ、それはともかく、話を続けるぞ」

 

((この野郎………))

 

とばっちりを受けたカンクロウとサスケ。いつかやり返す、と心に誓うのであった。

 

「ええと、唯一適任と思われるシズネさんも、五代目火影綱手姫の護衛兼付き人兼ストッパーだから、無理。下手すれば木の葉が崩壊するから」

 

『そうだね』

 

「まあ、他の上忍達は里を守るっていう重要な任務もあるから。古参の上忍も、里の防備に回っているらしいよ」

 

「今は膠着状態だけど、いつ戦争が始まってもおかしくないような状況だからね」

 

「だが、里の貴重な戦力である人柱力をこの時機に手放すとは………滝隠れの里は一体何を考えてやがるんだ?」

 

再不斬が唸る。

 

「いや、逆にこの時機だからだろう」

 

我愛羅が腕を組みながら答える。

 

「尾獣の力をコントロール出来ない人柱力など、人の手に余る。はっきり言ってお荷物になるだけだからな………正規の作戦にも組み込みにくい。とても、戦力としては数えられない」

 

「我愛羅………」

 

「俺は大丈夫だ。気にするな、姉さん」

 

少し笑い、我愛羅は話を続けた。

 

「滝の狙いは恐らく、現在尾獣を保持していない木の葉に人柱力を保護………提供して、形だけでも貸しを作る事だろうな。まあ、手に負えない危険物の厄介払いという意味もあるのだろうが」

 

「そうですね。滝隠れと、フウという娘………先程の滝の下忍の話が真だとしたら、今現在の互いの関係は最悪に近い状態でしょうから」

 

「普段は忌み嫌っておいて、いざ戦争が始まりそうになった段になると、“心細いから手を貸して下さい”、ってか。保護を申し出た木の葉の意図は察せず、それを口実として借りを作るだけ………胸糞悪い話だな」

 

多由也が忌々しげに吐き捨てた。他の面々も似たり寄ったりの同じ思いを抱いていた。

 

「今ここで木の葉貸しを作っておけば、同盟を組んでいる他の国………草や砂よりは、こちらを優先して支援してくれるだろう………なんて。それが狙いなんでしょうけど」

 

「まあなんだかんだいって木の葉は大国だからな………それより」

 

一息ついて、メンマは話を変えた。

 

「今は、滝隠れのヘタレ連中の事はどうでもいい。問題はフウって娘が暁に襲われたって事だ」

 

「それは、確かなのか?」

 

「ああ。キリハが見たらしい」

 

何でも、羽根を背中に生やした少女が森の奥へと飛んで逃げていったという。腕には傷を負っていたという話もある。

 

「追手の方も目撃された。東雲の模様をした服をきている忍び2人が、その碧髪の少女を追って現れたらしいな」

 

「目撃って………大丈夫だったのか?」

 

「キリハの部隊も、かなりの数がいたからな。一戦交える前に、そいつらは去っていったらしいが」

 

特徴を聞くに、出くわしたのは飛段と角都らしい。

 

「火影急襲の報を受けて部隊はそのまま帰還した。少女の行方は不明のまま」

 

そして綱手姫と滝の忍び頭とで話し合った結果、木の葉の方で保護する事に決まった。

 

「それで、木の葉の忍びが迎えに来いってか?」

 

「あのコンビがいつ来るか分からないからな。それで無くても戦争前だ。いらん負担は負いたくないんだろう」

 

「………分かった。そちらは任した。死ぬなよ」

 

「そっちもな。我愛羅、お前も狙われてるっていう事を忘れるなよ」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「ああ、それと、多由也」

 

「………え、何だ?」

 

「暁と音だけど、手組んだ可能性が高い。音の方も暗躍していると思うから迂闊に一人になるなよ。また追ってくるかもしれない」

 

「しかし、大蛇○は暁を抜けたんじゃなかったのか?」

 

今更手を組むとか有り得るのか、とサスケが訊ねてくる。

 

「先の木の葉崩しで連中、どうにも大きな被害を受けたそうだからな。背に腹は代えられないと考えたのか………あるいは」

 

「あるいは?」

 

「あのペインが何かをしたのかもしれない。そこら辺は調査中だ。だが、気を付けておくに越したことはないから、くれぐれも用心は怠らないように」

 

「了解」

 

「頼んだぞ、サスケ。それじゃあ後で………おっと。再不斬に白とは少し話があるから

 

「分かった。俺達は席を外そう」

 

俺の言葉を聞いた我愛羅とカンクロウとテマリが去っていく。

 

「それで、このまま巻き込む事になるけど、いいのか?」

 

「今更何をいってやがる。それに、何か手土産が無いことにはな」

 

鬼鮫の野郎の首を持っていかなければ、霧には戻れないと再不斬は言う。

 

「うちはマダラの事もある。それに、ここまで来たんだ。最後まで付き合うぞ」

 

「ありがとう。白も」

 

「いえ。恩もありますし、返すまでは」

 

「気にしなくても、というのは不粋かな。素直にありがとう、と言っておこうか」

 

「ああ………お前も、ここまできて死ぬなよ」

 

「へっ………」

 

予想外の言葉。再不斬が俺を心配している!?

 

『成る程、これがツンデレという奴だね!』

 

うるさいよ。

 

「ああ。お互いに、生き残ろうか」

 

 

笑いながら、俺は影分身を消した。

 

 

 

 

 

とある岩陰。

 

「………そろそろ、事態は終局に近づいているな」

 

「そうですね」

 

再不斬の問いに、白は笑みを絶やさずに答える。

 

「なあ、白。俺はあの野郎に勝てると思うか?」

 

「………再不斬さん?」

 

いつになく弱気な再不斬の言葉に、白は驚いた表情を浮かべる。

 

「奴は、強い。チャクラ量も去ることながら、基本能力も………あの頃の俺と比べても、段違いだった」

 

「そうですね」

 

再不斬を小僧呼ばわりする、霧隠れの怪人、干柿鬼鮫。

 

A級とS級。その差である。

 

「確かに、俺は強くなった。だけど、俺はあいつに勝てるのか?」

 

強とはある程度の指標はあれど、数値では決して表せない。場所、天候、体調。そして能力の相性もそうだ。勝負は時の運と言うとおり、勝負の故の生死の判定も時の気まぐれが定める通り。誰だって死は怖い。不安にならない筈がない。

 

「勝てます。だって、再不斬さんですから」

 

だが、白は断言した。

 

「今までずっと、再不斬さんの事を信じてきました。そして、見てきました。」

 

そして今、と言いながら白は笑う。心からの笑み。いつかとは違う、本当の意味での笑みを浮かべ、女は男に伝える。

 

「そして今、ボクが信じています。ボクが見ています。だから、再不斬さんは絶対に勝ちます」

 

聞けば、何の根拠も無い言葉。それでも絶対の自信を持って言われた言葉。

 

「……………………ああ」

 

長い沈黙の後。再不斬は笑いながら、白の言葉に答えた。

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

数分後、別の場所では。

 

「話は終わったのか?」

 

「ああ。それで、俺に話しとはなんだ?」

 

「いや………」

 

返す我愛羅は無表情。

だが、何となく言いにくそうな事を言おうとしているのが見て取れた。

 

「別に、何でも聞いていいぞ。答えられない事ならそう言うから」

 

「………ああ。いや、お前も変わったなと思ってだな」

 

その心境の変化、どういったものか聞きたかったと我愛羅が言う。対するサスケは苦笑しながら、言葉を返した。

 

「確かに、まあ………変わったのは否定しないな。むしろ成長したと言って欲しいもんだが」

 

「何が原因か、聞いてもいいか?」

 

「ああ………何」

 

肩肘はるのを止めただけだ、とサスケは笑う。

 

「以前の俺は、囚われていた。復讐とか、運命とか、目に見えないものに」

 

写輪眼に付随する、目に見えない黒いものを見続け、それに囚われながら生きてきた。

 

「それが、見えなくなった。いや、正確に言うと、無かった事に気づいたとでも言うのか………」

 

上手く言葉にできない。だが、あの雪の国での一戦。そして、修行の日々。多由也と一緒に、メンマと一緒に、網の孤児達と接している時。

 

「ふと、思ったんだ。何かが分かった。俺の持つ力の意味を」

 

何でもない日常。小池メンマのラーメンを食べて、笑う子供達。多由也の笛の音に酔いしれて、時には笑い、時には涙を浮かべて感動する色々な人達。あの光景。あの笑顔。あの歓声。あの日の風の匂い。

 

「この力は、ああいうものを………守りたい何かを守るために生み出されたものなんじゃないかって」

 

写輪眼が生まれた、その意味。何かを壊す、それだけがのが目的、なんて思いたくないという考えもあるけれど。

 

「この世界は優しくない。戦う事は必要だ。確かに、平和も大事だけれど、叫ぶだけでは何も守れないから」

 

だから、刃を持つとサスケは腰の刀に手を添え、鯉口を切る。

 

「想いだけでは、何も守れない。守るためには、力が必要なんだ」

 

だけれども、と零してサスケは刀を抜く。

 

「だけど、それは守るために。恨み辛みではなく、誰かのために」

 

白刃に映る己の顔を見ながら、サスケは呟く。

 

「メンマの野郎も言っていた。その言葉、誰かに借りた言葉だとは言っていたけど」

 

それでも言葉に篭められた意味は分かるし、その考えには全面的に同意する。サスケは心の底からそう思っているというメンマの顔を思い出しながら、刀を鞘にしまった。

 

「俺もそう思った。どうせなら、恨みも辛みもなく。ただ、大切な人のために、そして大切な場所を守るために。奪わせないために戦いたいと」

 

帰りたいと願った姫君の笑顔。あまりにも酷すぎる運命の前、月光の下で泣いていた、兄の涙の滴。理不尽なんて、掃いて捨てるほどある世界。

 

それを、壊す。理不尽を、ぶっつぶす。

 

「メンマ曰く、だが………世界が優しくなりますように。全てをあるべき場所に戻したい。そう、思うようになったんだ」

 

「………そうか」

 

「お前も、そうなんだろう?」

 

サスケは背後に振り返りながら、我愛羅を見た。思えば、直接会話をしたのはいつかの中忍試験本戦の何日か前。カカシと修行しているサスケの元へと姿を現した、我愛羅。

 

あれから、約3年。

 

一人の少年は真実を知って、戦うべき相手を知った。

 

一人の少年は真実を知って、守るべき何かを知った。

 

 

つまり、それは、こういう話で。

 

 

「………ああ」

 

負の遺産はあまりあれど、我愛羅は風影となった。罵倒を受け入れ、怒号を受け止め、人と人とで話をした。そこで人を知った。誰かが其処にいることを知った。話し合える意味を知った。同じ故郷を持つ、戦友の事を知った。砂に覆われたこの町で、賢明に生きる人達を知った。

 

――――優しさを持つ。武器を使う事に恐怖する、心優しい少女の事を知った。

 

「そうだな」

 

我愛羅にしては本当に珍しく。サスケの問いに笑い、答えた。

 

一方、別の部屋では。

 

「………話は終わったか?」

 

「ああ。それで、ウチに話があるらしいが」

 

何のようだ、と多由也はテマリに訊ねる。

 

「うずまきナルトの事だ。あいつ、何かおかしくないか? さっきの影分身も消してしまったようだし」

 

テマリが腕を組み考える。

 

「………ああ。確かに、何かあるんだろうけど」

 

それを3人共話してはくれないと多由也が呟く。

 

「それぞれに隠してる事があるんだろうけど、それをウチらに話す事は無いだろうな………特にあいつに関しては、誰かを頼るという発想も無いようだし」

 

気を遣ってはくれるけど、と多由也は愚痴る。

 

「見えない壁があるんだ。ウチらに対して。あくまで一歩、最後の一歩は踏み込まないというか………」

 

「………ああ。それは、分かるような気がする」

 

惚けているのか、分かっているのか。いくらなんでも鈍すぎるとテマリが愚痴る。

 

「いつか言っていた、助けられなかった人………関係があるんだろうか」

 

「え、あいつ、そんな事言ってたのか?」

 

「あ、ああ。最初、一緒に飲んだ時に零してた」

 

話した事は忘れたようだけど、とテマリが頭をかく。

 

「………あー。そういえば、ウチも、九那実さんから何か聞いたような」

 

決して、口に出そうとはしない名前。一緒にいた2年間を思い出す。

 

「そういえば、ウチらに何も告げずに、一人隠れ家を出て行く日があったような………あれに関係しているのかな」

 

「そんな日があるのか?」

 

「ああ。花を持ったまま、ふっと消える日があったんだ」

 

「その、花の名前は?」

 

「えっと、たしか………」

 

考え込む多由也。

 

そして思い出したと言いながら、掌をパシンと叩いた。

 

 

 

「紫苑だ」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。