小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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8話 : 手練

「………痛、い」

 

折られた肋骨が痛む。穴の開いた右足が痛む。殴られた頬が痛む。焼かれた左手が痛む。視界が霞む、腹に力が入らない。

 

フウは身体の各所に受けた傷から囁かれる声を聞いていた。思わず意識を失いそうになる。それも、フウは何とか耐えた。歴戦ではないが忍者である彼女は、ここで意識を失ったら何もかもが終わりになることは理解できていた。

 

敵は全身を襲う疲労感。また、フウは囁きを聞いた。

 

「………誰が」

 

自然、口から出る言葉。強がりだと自分では分かっていても、フウは声に出さざるを得なかった。黙ったままだとそのまま負けてしまいそうだったからだ。普通に立つこともできなくなったフウは、木にもたれかかりながら、自分の弱気の原因である近づいてくる2人の男を睨んだ。

 

「………終わりだな七尾。諦めろ」

 

目の前の、眼孔鋭い男の忍びが告げてくる。見れば、滝隠れの抜け忍らしい。

 

「そうそう。どうせ無駄なんだし、これ以上時間かけさせんなって」

 

湯隠れの抜け忍であろう、銀髪の男も、同じ事を言ってくる。変な呪術を使う男。身体中に紋様を浮かべ、こちらをあざ笑っている。

 

フウは、それを前に歪な笑いを見せた

 

「………小娘。何がおかしい?」

 

「いや、みんながおんなじ事を言ってくるもんだから、さあ」

 

フウは全身を襲う痛みが、そいつの言葉を聞いた。

 

――――諦めろ。

 

全身を襲う倦怠感が、言うのだ。

 

――――諦めろ。

 

目の前の、男達まで諭してくる。

 

――――諦めろ。

 

「………滝の忍び。あのいけ好かない野郎の口癖だったな、諦めて楽になれ、なんて」

 

血の匂い、鉄の香りが口の中と鼻の奥に充満する。フウは寄りかかっていた木から身体を起こしながら、言う。

 

「だ、れが………諦めるかよ」

 

チャクラも残り少ない。もう羽根を具現化させて飛ぶ事もできない。勝ち目が無いなんて、分かり切っている事だった。だが、フウは認めなかった。今諦めてしまえば、今まで頑張ってきた意味が無くなってしまう。そう思った彼女は、掠れた声で告げた。

 

 

「諦めるのは死んだ時だ………アタシは最後まで足掻いてやるぞ」

 

何かを諦めて楽になれる筈なんか無い。諦めればそこで終わってしまう。次も無いし、先も無い。フウは世界がそんなに都合良く出来ている筈がないと知っていた。

 

「………仕方ないな。飛段」

 

「りょーかい」

 

地面に描かれた紋様の上に立っている飛段が、足に黒い刀を突き刺した。

 

「っあああああああっ!?」

 

フウは叫ぶ。不可思議な現象を受け入れさせられた。男と同じように、“また”自分の足に穴を開けられた。今度は左足。激痛に、立っていられなくなったフウは、その場に崩れ落ちた。

 

「これでちょこまかと逃げられなくなったな」

 

近寄ってくる男を見ながら、フウは相手の目的を悟っていた。人柱力かなにか、この野郎共はアタシを捕獲してその力を利用したいのだと。

 

「………糞。畜生。バカヤロウ」

 

薄れていく意識の中、フウはあらん限りの罵倒を繰り返した。徐々に闇に染まっていく視界の中で、過去の思い出が頭の中を駆けめぐる。

 

これが、シブキ様が言っていた走馬燈というやつだろうか。どうせやることもない。そう考えたフウはその走馬灯とやらを見ることにした。

 

内容は予想の通りだ。とてもつまらない、笑えもしない酷薄な日々がそこにあった。

 

(――――何をした)

 

一生懸命、滝隠れの里のために働いた。それが悪かったのだろうか。

 

(――――アタシが何をした)

 

忌み嫌われようが、疎まれようが、居場所は此処にしか無かった。だから頑張ったのに

 

(――――アタシが一体、何をした。)

 

力を付けていけば行くほどに。里の忍びから向けられる視線に含まれた色は、黒く歪んでいった。その感情を『嫉妬』、『忌憚』、『畏怖』という。

 

(アタシの中の虫野郎、七尾は単語でしか物事を語ってくれない)

 

それを里長に聞くと、何故か申し訳ない顔をしていた。手を差し伸べてはくれなかったけれど。

 

(――――アタシは一体、何をしたんだ)

 

あの視線を思い出す。隠れ里から追い出された日を思い出した。暴走した日の事だ。一体どこからきたのか分からない、たくさんの黒い感情。衝動に身を任せたあの日。何もかもを諦めたあの日の事件。

 

(『憎悪』だと。虫野郎は、そう言った)

 

滝隠れの里に残れる筈もなく、フウは追放された。そしてこの家にたどり着いた。森の奥にあったこの家に。誰が作ったのか分からない、この家。始め足を踏み入れると、虫野郎は言った

 

『不変』、『再帰』とだけ。

 

フウはその意味は分からなかったが、七尾にしては珍しく何処か悲しげな声だった事は覚えていた。

 

目の前の男が近づいてくるのが分かる。そして、その意味も分かる。

 

これが所謂、アタシの結末という奴なのだろう。フウはそう考え、全てを思い返しながら考えた。何が駄目だったのか。何がいけなかったのか。

 

(大人しく道具であれば良かったのか。あの野郎、シグレが言うままに兵器として在れば良かったのか)

 

しかし、言うとおりにしたとしても。其処には“アタシ”は居ない。それで良い筈が無いのだ。

 

(じゃあ、どうすれば良かったんだよ)

 

問いに答えてくれる人もおらず、祈るものもなくここで終わるというわけだ。そこで、フウは理解した。身体を襲う激痛と疲労感。そして目の前の男が言っている意味が。

 

諦めろ、と。楽になれ、と。

 

ああ、そうか、そういう事か。

 

(死んで、楽になれっていのか)

 

 

それが名案であると理解したと同時、フウの視界が黒に染まった。限界が訪れたのだ。その一瞬前、金色の何かが見えた気がしたが、あれは幻覚だったのだろうか。

 

確かめる事もできない。視界はとうに闇に染まっている

 

しかし、声は届いた。

 

 

 

 

 

 

「…………そこまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フウを背後にメンマは暁の2人と対峙する。そして横目に少女の容態を見ると、顔を歪めながら告げた。

 

「よくもまあ、大の大人が2人で。たった一人の少女を相手によくやるもんだよ。拍手していいか? ぱちぱちぱちと」

 

「………時空間跳躍忍術。それに、その金髪………成る程、お前がうずまきナルトか」

 

「へっ、一尾の方には行かなかったって訳か。リーダーの予想は大外れ。まあ、どうせ結果は変わらないんだろうが」

 

「少し黙れ、飛段。喋り過ぎだぞ」

 

「………一尾? お前ら、まさか我愛羅にも手を出しているのか」

 

「さあな。それよりも、先のお前の問いに答えようかうずまきナルト」

 

角都は少女を指さして、言葉を発する。

 

「あいにくと、そこのそれは人柱力という化物だ。少女なんて可愛いらしいものではない。ならば、どう扱おうが文句を言われる筋合いは無い」

 

角都の言葉。メンマは嘲笑で返した。

 

「はっ、人間止めてんのはお前らも同じだろうが。あとそこのそれ、だと? 成る程、品性に関しても人間を止めてんのか、お前らは」

 

「………下劣な里の忍び程度と一緒にされてもな。そも、忍者はそういうものだろう。品性を求める方が間違っている。そういう意味ではお前も同じだ」

 

「俺は忍者じゃ無いって。ほら、額当てもしていないだろうが。正真正銘の一般人だ。つけ加えると、下劣らしい一般の忍びでも、お前らと一緒何てえカテゴライズはして欲しくないだろうよ」

 

「未熟な若造の言いそうな言葉だ。それに、一般人だと? 一般人は時空間を越えて飛んでこないだろう。それにただの一般人が、あのペインに傷を負わせた上で逃げられる筈も無い」

 

「逃げられたか、逃されたか………命からがらだったけど、まあ、それはそれだ」

 

メンマは眉間に皺を寄せながら答えた。そして、内心で焦っていた。一尾と、暁のリーダーの予想。その二つの単語から、無視できない状況を導き出していた。

 

砂隠れに誰か向かっているということ。メンマは心中でそのことを察し、状況の厳しさを悟って思わず舌打ちをした。言葉の内容が真実であれば、角都と飛段の両名をどうにか凌いだ後、砂隠れの救援にも向かわなければならなかった。

 

「けっ、どうでもいい事をぐだぐだと、くだらねえ。リーダーから逃げおおせたとか聞いたが、何て事はない。ただのバカなヘボガキか」

 

「そうだな。お前らのようなオッサン達に比べれば、ただのガキだ。特にアンタは加齢臭が酷そうだけど」

 

「………貴様」

 

角都の眼光がより一層鋭くなる。傍らの飛段は角都の様子を横目で見て内心で笑い転げていた。視線は標的を捕らえたままだったが。戦闘は続いているのだ。飛段は一歩踏みだし、地面に置いていた愛用の鎌を拾った。

 

「面白えが、随分と大層な口を聞いてくれんじゃねーか。ウチのリーダー相手にして逃げ回る事しかできなかったお前が、俺達2人同時に相手にできんのかあ?」

 

「………やるさ」

 

背後の少女、フウを後ろ目でちらりとみて、メンマは答える。

 

「いや、やってやる。かかってこい、クソヤロウ共」

 

最早、口上は意味を持たない。言いたいことは数あれど、それを言っても意味が無い。2人の目を間近で見たメンマは、ある事を悟っていた。

 

角都の目は、まるで虚無の様。光りはあれど、何を映しているのかメンマには理解できなかった。初代火影の頃からであろう、80年近い戦闘を経てのこの眼光。メンマは角都の異様な眼光に戦慄さえ覚えていた。何を考えているのか、さっぱり理解できないと。

 

片や、飛段の目はまた違う意味で異様だった。どうにも別世界を見ているようにしか思えない。旅の間にも、噂には聞いていたジャシン教の教えを狂信しているのだろうか。

曰く、『汝、隣人を殺戮せよ』。なるほど、全てを殺すのであれば、人を人とも思えないのは道理だ。メンマには理解できない世界ではあるが、彼には彼としての視点があるのだろう。何処か遠い世界で、独り何かを断言している。そんな風に思えた。

 

いつか見たうちはイタチとも、干柿鬼鮫とも違う。何を言おうが、この2人には決して届かない。そ、悟ってしまう程の異様だった。

 

(この2人、あるいは尾獣よりも化物な、正に怪物的存在ではないのか)

 

人間は時には怪物にも成れる。メンマはそう言って、悲しく笑った少女を思い出していた。急に、頭が痛くなる。

 

(いや………少女って、誰だ?)

 

――――群れた人間の怖さを教えられたあの日、確かにそれは成る程、“あり”な理屈だと思った。

 

(………いや、あの日?)

 

思い出せない。だが、目に浮かぶこの光景は何だ。彼女はいったい、誰だ。

 

『集中して!』

 

(………了解)

 

ひとまず後回し。まずはこの戦闘が肝だとメンマは気を引き締めた。言葉が役に立たない怪物を前にして言葉も思想も倫理も感情も意味を成さないのであれば殺し合うしかない。戦場に、日常に。今まで数多くの人間に出逢った。だが、殺し合うしかないと思った人間を見たのは2回目だった。

 

「………こいよ、殺してやるから」

 

そう、言わざるを得ない相手と出会ったのは2回目だった。メンマは痛む頭に煩わしさを感じていたが、気を逸らしてはいけないとチャクラを練り始める。

 

一方、メンマの言葉にあまりにも見え透いたその挑発にまず飛段が乗った。

 

「ああ、行ってやるよ――――死ね!」

 

振りかぶられる鎌。メンマはその鎌が振り下ろされる前に、一気に懐へと飛び込んだ。飛段とて暁の一員。暁内では最も体術の練度が低い彼だが、それでも上忍並のものは持っている。その飛段をして、不意をつかれるような速度で踏み込んだのだ。

 

「なっ!?」

 

近づく事ができなかった先の戦闘とは違い、今度は近接戦が有効だ。メンマは無言のまま飛段の肺に掌打を放つと同時に、チャクラのマーキングを施した。

 

「ぐあっ!?」

 

掌打の連撃。独特の打法により、肺へと衝撃を浸透させた上で、更に掌打を重ねる重剄だ。心臓に打てば殺し技となる、いわば禁じ手に近い技。それでも飛段は死なないだろう。そう考えたメンマは肺へと衝撃を集中させ、狙いどおり飛段の呼吸が止まる。

 

「口寄せ」

 

吹き飛ぶ飛段に構わず、忍具口寄せを使い、捕縛の布を呼び寄せる。

 

「………精霊麺」

 

マーキングをした場所、飛段の胸へと布が迫る。布は広がり、飛段を捕らえるだろう。対抗する術は、持っていない筈だ。

 

「これで封じた」

 

一体二という状況下において、飛段の能力は厄介につきる。どれだけ攻撃しても死なず、その上、その鎌には決して傷つけられてはいけないからだ。傷を受けたら終わり、というのは精神的にも厳しいものがある。だから、初手で封じる。こちらの戦力が把握されない内に、一手で決める。チャクラを相当に消費したが、これはこの2人と相対する以上、避けられない一手だ。

 

最善を選んだと割り切って、戦闘を続ける。残るは、もう一人。

齢90にも及ぼうかという、不死身の戦鬼だ。

 

(――――手は抜けない)

 

油断すれば一瞬で持って行かれる。そう判断したメンマは、チャクラを開放した。対する角都は、見慣れない封印術に驚いていたが、それも束の間に精神を平静状態に戻す。すぐさま封印の弱点を見破り、火遁系の術で布を焼き払おうと印を組もうとするが、その一瞬前にメンマが踏み込んだ。

 

地面を蹴る音に反応した角都は術を中断、迎撃の体勢に移った。一連の攻防の切り替えとその判断の早さに戦慄を覚えた。行動の優先順位と判断の的確さ、そのレベルの高さに対して。

 

長引けば、不利。そう判断したメンマは、初手から全力で行くことを決めた。角都の迎撃の拳を掌で捌き、かいくぐると、懐へと入り込んだ。

 

「しっ!」

 

呼気と共に、右の掌打を見舞う。角都は常時使用している“土遁・土矛”、その鉄壁の外郭を浸透し、その内にある部分まで衝撃を通した。思いも寄らない衝撃に、角都の動きが止まった。

 

「………もう一つ!」

 

メンマは追撃を仕掛けようと、短めの印を組み、また一歩踏み出す。

 

雷・螺旋螺旋。木の葉崩しの前にカカシに放った術。千鳥ほどの貫通力はないが、相手の動きを止めるには最適である雷遁術だ。

 

しかも相手は土遁で防御している。性質変化の理により、雷は土に勝る。その理の通り、メンマの雷の一撃が角都の土の鎧を剥がした。

 

「まだだ」

 

呟き、再び印を組み影分身を使う。チャクラ消費を抑えるため、多重ではなく、一体のみの影分身。その影分身と共に一歩踏みだし、同時に左右から回し蹴りを放った

 

――――偽・双竜脚。

 

左右から挟み込むような回し蹴り。角都はそれに対処した。全身に痺れを感じながらも後ろ向けに倒れ込み、左右の回し蹴りを回避したのだ。そのまま転がって、後方へと跳躍。一方で角都はメンマの力量を悟っていた。ペインから話には聞いていたが、成る程あるいは暁に匹敵するかもしれないと。長年の経験から、角都はメンマの力量についての位置付けを修正した。

 

――――この相手は侮れない。角都は意識を切り替え、全力で戦う事を決意した。

 

慌てず、騒がずに再び土遁・土矛を行使する。雷遁でなければ、この術は破れないためだ。この術の防御力はかなりのもので物理攻撃ならばそうそう貫かれない。手裏剣影分身のような、数にものをいわせた投擲系の術。また、大カマイタチの術程度の威力であれば、傷無く全て防げるぐらいの堅固さがある。

 

同時に攻撃力も増加する術だ。堅い拳は柔らかい下忍程度ならば骨ごと折砕く。

 

(雷遁によって破られる事もあるが………同じ手は二度食わない》

 

角都は近づかなければいいと思っていた。雷遁を放つのではなく、掌打に纏わせて放ってきたという事は、そういうことだ。近接しなければ使えない。近距離が不利だという事も判断した角都は、中距離で戦う戦法を取った。

 

メンマもそれは分かっていた。顔を顰めながらも、追い打ちを仕掛ける。角都は突っ込んでくるメンマに対し、迎撃するべく右腕の先を向けると、即座に切り札の一つを切った。さながらペイン六道が使うような、怪腕ノ火矢の如く。切り離された角都の腕は勢いよく飛び出し、メンマを襲った。

 

それは秘術・地怨虞による遠隔攻撃。土矛によって硬化された拳の一撃で、まともに当たれば骨をも砕く。対するメンマはそれにも驚かずに、至極当然のように避けた。

 

(――――何故、初見で避けられる)

 

角都が、呟く。今の一撃、敵は当然のように反応して、そして避けたのだ。角都は引っかかるものを感じていた。初手で飛段を封じた事といい、今の対応といい、嫌な可能性が思い浮かんでしまうと。

 

(こいつ、何を知っている?)

 

ゆうに四桁を越える回数の戦闘を、それでも乗り越えてきた角都は、メンマの反応に疑念を抱いた。

 

(驚いていない………俺の身体の内から出ている触手群にも、嫌悪の念は抱いているが、そのものに驚いてはいない)

 

秘術・地怨虞は自分以外に使える者のいない禁術だ。それは誰より自分が知っていると、角都は舌打ちをする。苛立ちの対象はある程度得られた情報によって。

 

(拙いな。こいつは“まるで知っているかの如く対処した”)

 

違和感を感じた角都はひとまず距離を取り、訊ねた。

 

「貴様………何を知っている? いや、何故知っている?」

 

情報は忍びの命。術の詳細を知られる、と言うことは死に等しい。

 

「………何のことか分からないな」

 

額に青筋を浮かべながら問うた角都に対し、メンマはとぼけた表情をしながら、視線をそらすだけ。その様子を見た角都は、答えを返さないメンマに向け、肩口にある顔から忍術を放つ。

 

火遁・頭刻苦。地面に落とした小さな火を、風遁によって活性させ、あたり一面焼け野原にする術だ。あわよくば布に包まれて地面に転がっている飛段にぶち当て、その布を焼き払うつもりで放った一撃。不死身を利用した、このコンビならではの戦術だが、メンマは即座に対処した。

 

「サッカーしようぜお前ボールな!」

 

「てめええええええぇぇぇぇ………」

 

蹴り飛ばされた飛段は罵声を上げながら飛んでいった。メンマの、瞬時の判断による行動だった。行動を見た角都は、内心で舌打ちする。

 

(火遁の範囲の外まで逃がしたのか。しかし、あまりにも的確すぎる)

 

術の範囲についてあらかじめ知っていたとしか思えない程にメンマの行動は速かった。そこで角都は確信に至った。メンマが、自分たちの能力について知っていると言うことについて。更に殺気を強めながら、角都は問いかけた。

 

「もう一度、問おうか。俺達の能力について…………貴様、一体誰から聞いたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ひとまずは成功、か)

 

マダオはメンマに聞こえないよう、胸中で一人ごちていた。情報を逆手に取った戦術。これで、相手は迂闊に動けないと。加え、仕上げはもっと極悪だ。情報源が大蛇○である事を悟らせ、反応を見る。相手が音と結んでいるかどうかは分からないが、その反応で何かが分かるだろう。どちらであっても、こちらは困らないという寸法。

 

(しかし、無茶をする)

 

先程の大距離跳躍を思い出し、マダオは呻き声を上げていた。彼の行動理念に沿った行動だとしても、毎回毎回、冷や汗が出るような事をするためだ。

 

(自分のルールだけは曲げない、か)

 

大したものだと思う。メンマは掛け値なしに賞賛していた。

今までメンマが、この二つのルールを破らなかった事に対して。

 

一つ、手を出したら最後までやる。

 

二つ、女の子と子供は助ける。

 

一つめは、彼は生来の気性からくるものだ。最初に出逢った時からそうだった。

手を出すまでは悩むが、手を出したら決して最後まで手を引かない。何があろうともだ。

二つめは、この世界に来てから出来だルールだろう。恐らく、その事を自覚していない筈だ。確かに子供を助けたいという気持ちに嘘は無いだろうが、それでも命を賭けてまでと言われると、この世界にやってきたばかりの彼ならば首を傾げただろう。

 

出来た原因は分かっている。鬼の国での、あの時の事件によるものだ。

 

(だが、彼はそれを覚えていない。覚えているのは、僕とキューちゃんだけだ)

 

でも、完全には忘れてきれていない。昔一度だけ聞かされたあの娘の誕生日に、紫苑の花を持って川口で佇んでいる彼の姿を見れば嫌でも分かるというものだ。そして酔っている時、ふと口ずさむ事もあった。

 

(………先程は、はっきりと思いだしかけていたけど)

 

思い出してしまったら、またあのような状態になってしまうと思い、今まで話題でも匂わせなかった彼女の存在。そんな、忘れていた筈の存在を、彼は先程思い出しそうになっていた。

 

(………記憶の共有が進んでいるのか)

 

または、同じような状況を見てしまって、フラッシュバックが起きたのか。マダオは、ミナトは、戸惑いながらも九那実に問いかけた。

 

(時にキューちゃん、魂の調子はどうなの?)

 

(………何とか持ち直した。だがあとせいぜい五度が限度だぞ)

 

(………何から何まで、ごめんね)

 

(なに、自分で決めた事だ。お主があやまる必要はない。伝えないと決めたのは我だ。それに、あいつは言っても止まらんだろうな。いや、我もあいつが止まるというのを見たくないのか)

 

苦笑に、綺麗な鈴が鳴るような小さな笑い声が混じった。

 

(相変わらず、じゃな。4年前のあの時以来ずっと、誰かを助けたいとか思っている時は“自分の価値を忘れる”。全身を襲う痛み、忘れたわけでもあるまいに)

 

先の長門戦とは、動きもまるで違う。相手の殺気に呑まれていないのもあるが、それにしても動きが速すぎる。動きが鋭くなる理由について、2人は考えていたが、結論は同じだった。

 

(………忘れた後悔を、無意識の内に背負っているのか)

 

ある意味で歪んでしまった彼を見て、キューちゃんは何を思っているのか、マダオには分からなかった。嬉しそうにも、悲しそうにも見える。

 

(………お主、止める気はないんじゃろう?)

 

(それは、ね。彼をこの世界に呼んだ、責任もある。何をしようとも彼の選んだ事に異は唱えない)

 

それがマダオの、波風ミナトが自分に定めたルール。部外者を血なまぐさい世界に呼んだ責任として守らなければいけないルールだった。アドバイスはすれど、行動を導こうとも思わない。漏れた想いが彼の考えに影響を及ぼしているのを知った時は、己を恥じたものだ。

 

(我も、人の事は言えんよ)

 

九那実が俯いた。彼が女性を好きにならない理由。好意を受け取らない理由は、自分の想いが漏れているのでは無いかと考えているのだ。

 

(いや、それは………)

 

(無いとも言い切れんじゃろう?)

 

その言葉に、マダオは何も言えなくなった。

 

(魂の歪みも酷くなっておる。言いたくはない、決して言葉に出したくはないが………………そろそろ潮時、かの)

 

手に持った、血がついている短刀を見てキューちゃんが呟く。

 

(まだだよ。希望は捨てないで)

 

(………そうだな。醒めるまで、まだ時間はあるか)

 

 

 

笑えるならば、最後まで。2人は、それだけを願っていた。

 

 

 


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