小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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間章の3
雨の昼、月の夜に


 

 

―――雨が降る。しんしんと、音も無く雨が降る。

 

「……もう少しじゃの」

 

雨に濡れた長い白髪を振り回し、水を切る。かつては木の葉の切り札として恐れられた、三忍が一人自来也は雨の中を一人歩いていた。目的地は、ここ十数年、立ち寄ったこともなかった場所。活発で意志が強かった少年、弥彦。紙を操る忍術を得意とした、将来は良い女になるであろう少女、小南。

 

――そして、輪廻眼を持つ少年。自分の力に不安を覚えながらも、仲間を、弥彦と小南を守りたいと自来也に告げた者の名前を、長門という。

 

自来也はそんな弟子3人と一時期だけ一緒に暮らしていた場所に向かっていた。雨隠れの里は厳戒態勢で、入り込めばまず生命は無いだろうことが見て取れた。キリハと綱手に無茶を止められているので、雨隠れに潜入するという選択は選べなかた自来也は、それでも何かをしようと思い立ち、手がかりはないかとかつて弟子達と暮らしていた場所へと赴いていたのであった。

 

先の砂の戦闘で現れたという、仮面の忍び。

木の葉に現れたという、輪廻眼を持つ忍び。

 

砂隠れでの一戦のあと、暁の内部に関する謎はさらに深まった。あの時現れた、化物としか言いようのない物体。

 

一目見ただけで危険だと分かる、物騒極まりない黒いアレと、その化物を手足のように使う忍び。いったいあれはなんなのだったのか、自来也は直接目にした者でさえ分からなかった。今は判断材料となる情報が少なく、あれの正体については全くといっていいほどに不明だ。

 

今は少しでも、あれに関する情報が必要だ。最低でも予想、あるいは推測に足るだけのカードが欲しいところだった。暁と協力してで動いているだろう大蛇丸や、木の葉の内部で不気味に沈黙を保っているダンゾウの動向も綱手と自来也、木の葉の里としては気になったが、それよりも今は暁をどうにかしなければならない。

 

今までに得た情報から、暁があの化物の力を使い尾獣の内の何匹かを確保しただろうことは、ほぼ確実といえる。尾獣の力は強大だ。いかなる場合でも、人の手にあまる程に。

強大な兵器とも成り得る尾獣の力を暁に悪用される前に、誰かがその尾獣達を然るべきところに封印、または解放しなければならない。もしも悪用された場合。いったいどれほどの惨事が起きるのか。自来也はその様子を想像してみて、ふるりと身震いをした後、首を横に振った。

 

最悪の場合を想定する。もしもあの力が人里、あるいは隠れ里の真っ只中で解放されれば一体どうなってしまうのか。

 

「……絶対に、させんぞ。もう、二度とな」

 

かつての九尾事件を思い出した自来也は、改めて暁の企み阻止することを胸に誓う。木の葉の忍び達も同じ気持であろう。過ぎ去ったこととはいえ、九尾の事件の傷跡は全て消え去ったわけでもない。尾獣の恐ろしさもまた。幾人もの忍びを犠牲に、挙句の果てには火影までを犠牲にして封印した存在、九尾。

 

今ナルトの中にある九那実は、確かに天狐としてそれなりの力を保持してはいるが、あの時里を襲った九尾には遠く及ばない。火影をして、封じるしかできなかった。生命を代償にしてやっとだった。

 

木ノ葉崩しの日に見た一尾でも、遠く及ばないだろう。あの程度の力ならば、ガマ文太を口寄せし力を合わせれば自来也でも何とかなる。だが、実際に目にしたうちはサスケと桃地再不斬、我愛羅曰く、あの黒い化物は果てしなくヤバイとの事だ。少なくとも一尾以上なのは間違いないと。

 

我愛羅をして勝てる手段が思い浮かばなかったと言わせる程らしい。最悪九尾クラスの力を持っているのかもしれないのだ。相手の意図が不明な以上、一刻も早く対処する必要がある。

 

だが、火影である綱手は根のダンゾウや緊張状態となっている他里の動向を見はるのに精一杯で、対暁戦に戦力を集中できない状態にあった。たとえ暁をどうにかできたとしても、その後に攻めこんできた他里に滅ぼされては何の意味もない。本来の敵国とも言える、雲や霧、岩から目を離すわけにもいかない。

 

中途半端に戦力を分けることも危険だった。二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉通り、一方で敵国を抑えられるだけの戦力を保持しつつも、また一方で暁の相手をするという手も、あるにはあった。だが、戦力の分散は戦略上あまり好ましくない手でもある。

 

ましてや、相手は“あの”暁。中途半端な戦力で事にあたったとして、逆にあっさりと迎撃されるのが落ちだろう。そこで綱手は、メンマ達に対暁に関することを任せたのだった。フウという人柱力の少女を守ることと、我愛羅を守ることもその一貫である。

 

加えて、メンマ達は暁の構成員に対して色々な因縁がある。幸いにも少数精鋭で、皆が相応に頭が切れる者ばかりでもある。極めつけは、属する組織も無く、中立の集団でもあること。今まで裏でばかり動いていたため、全くといっていいほどその存在を知られていないのも双方にとって有利なものとなっている。

 

その一方で、木の葉の忍びである自来也は長年旅した経験を活かし、秘密裏に暁の情報を探るという任に当たっていた。いざとなれば、仙人モードという切り札もある。危険な単独任務に耐えうる人材である自来也は、暁の情報を求め、歩いていた。

 

「……何か、手がかりがあればいいが」

 

雨を振り払い、自来也は目的地の手前にある、森の中を歩いていく。あれから三日が経過した。そうそう動くこともないだろうが、情報を得るのは早い方が良い。自来也は急ぎ、歩を進める。そうして森の中に入り、歩き続けて数時間が経過した頃。ようやく、森が晴れ始める。自来也の視界に平原の姿が見えはじめた。

 

―――そして、視界が晴れた後。

 

そこに見えた光景は、十年以上前に見たものと、ほとんど同じ。森は変わらずにそのまま。住まいとしていた家は、未だ崩れる事なく建っていた。だが、森の獣にやられたのだろうか、あちこちがボロボロになっている。十年以上経過しているのだ、時が経つに連れて形が変わっていくのは当たり前だ。

 

人が作り出したものは、月日が経つに連れて虚ろいゆく。それは変わらない。そして、その家の外れ。並べて立てられた石碑の前に一人、佇む男の姿があった。

 

「長門……いや、違う」

 

男の髪の毛の色は、黒だった。長門の髪の毛の色は赤なので、長門ではない。

弥彦は金髪だ。黒い髪を持っているのは、小南だけ。だが、そこにいる人物の骨格は紛れも無く男だ。女体の神秘を追い求めている自来也が人の性別をを間違える筈もない。

目の前にいるのは、正真正銘の男だ。

 

――つまり、小南でもない。

 

自来也はその男に聞こえないよう、口の中だけで一体誰だと呟く。その直後、男が振り向いた。聞こえるはずの無い自来也の呟きが聞こえたのか、はたまた偶然か。石碑の前に立っていた男がゆっくりと、自来也の方へと振り向いた。

 

男は、自来也を見て眼を細める。そして数秒たったあと、成程とだけつぶやいた。

 

眉をしかめる自来也。同時に、警戒の態勢になる。男は自来也の様子を気にした風もなく、警戒態勢に入った手練の忍びを前にしても全く心動かすことなく、淡々と告げた。

 

「珍客だな。ここに人間が来るとは思っていなかった。つまりは……お前が、あの木の葉の三忍が一人、妙木山の蛙の弟子、蝦蟇仙人の自来也か」

 

「……な………お主、その眼は………!」

 

目の前の男は、仮面をしていなかったが、自来也には見えた。

 

「長門……!?」

 

目の前の男の顔を見た自来也が、思わず呟く。それほどまでに、目の前の男の顔立ちは長門の面影を残していた。だが、これは長門ではない。

 

長門の名前を呼びながらも、自来也は眼前に立つ男が長門ではなないことを確信していた。髪を赤から黒に染めたなどとは、考えもつかない。月日は人を変えるというが、これはそんなものではない。理屈ではなく、気配でもなく、ただの勘ともいえるものだったが、自来也にはある確信があった。

 

―――これは“そんな”ものではない。今までに見たどんな忍びよりも異様。

 

そして、強い。とてつもなく。今までにも、自分より力量が上の相手と対峙することはあったが、ここまで力の底が測れない相手と出会ったのは数十年に及ぶ実戦をくぐり抜けてきた自来也をもってしても初めての経験だった。

 

一度油断をすれば、一飲み足まで齧られる。そんな連想をさせる相手を、自来也は静かに睨みつける。

 

だが、その眼光も長くは続かなかった。男の背後にあるものを見て、それを理解したからであった。石碑だと思っていたものの正体。それが、墓であったからだ。

 

自来也は超一流の忍びである。墓がいきなり変形したとか、そういう事態が起きたとしても、幻術か忍術の類だろうと判断するだけで、ここまでの驚きを見せるまでには至らない。

 

だが、自来也は今、驚愕に全身を凍りつかされていた。自来也を驚かしたもの。

それは墓という事実ではなく、その墓標の数にあった。

 

「……何故、だ?」

 

自来也自身、ここにくる迄に長門達の現況についてのことは、ある程度の範囲で予想を立てていた。

 

かつての弟子、理想に燃えていた力強い意志を持つ少年・弥彦と、他には無い力を持つ、心優しい少年、長門。そして、その二人を支えていた少女、小南。

皆それぞれが悲惨な生い立ちを持ち、そしてその生い立ちに由来する意志の強さを持っていた。戦争を許せないという想い。仲間を守りたいという想いを持っていた。

 

力もあった。弥彦が持つ戦闘のセンスには自来也をして目を見張るものがあったし、小南も将来は上忍になれるであろう素質を持っていた。長門に関してはいわずもがなだ。だからこそ、間違いなく普通には生きられないだろう事も、師であった自来也には分かっていた。

 

―――自来也が長門達を木の葉に連れて帰らなかった理由も、そこにあった。輪廻眼という三眼の中でも最も崇高とされる眼を持つ長門と、人を引っ張っていく魅力を持っていた弥彦。おとなしく木の葉の一員になる筈もない。間違いなく、木の葉の各派と揉めて、あるいは一波乱起こしていたことだろう。

 

内部の反応とは別に、対外的な部分に関しても問題があった。

白眼、写輪眼を持つ木の葉に、輪廻眼が加わる。即ち、木の葉に三眼の全てが揃ってしまう、ということだ。ただでさえ木の葉の里は、各隠れ里においての切り札的存在、尾獣を意のままに操れる規格外の眼を持つうちは一族を要しているというのに、この上輪廻眼をも保持しようという状況になると、他国はどういった行動にでるのか。

 

間違いなく、木の葉へと攻勢を仕掛けた筈だ。輪廻眼が木の葉内部に定着し、最強の血継限界を持つ血筋をして広まる前に、その血と才能を奪うか、あるいは潰そうかとすることだろう。

 

時期も悪かった。あの時は忍界大戦の真っ只中。泥沼化してきた戦況の中、木の葉に輪廻眼を持つ少年を連れて帰るということがどういう事態を引き起こすのか、馬鹿であった自来也にも理解できる。

 

暗部、上層部、旧家、名家。戦時の特例か何か、屁理屈じみた建前を盾に、輪廻眼を持つ長門はいずれかの派閥に組み込まれ、いいように使われることになったのだろう。

事実を知った四大国も一国だけ力を増した木の葉に対し、あるいは同盟でも組んで木の葉力を削ごうとしたかもしれない。最悪、木の葉対四大国という事態に発展する恐れもあった。

 

だから、無理に連れていかなかった。それに、大戦に加わっていた木の葉の里の忍びとしての負い目もあった。巻き込んだ一因が、どうしてそんな恥知らずな事をできようものか。

 

故に自来也は生きる術を教え、力を授けた。自来也自身、弥彦のいう理想の行く末を見たかったのかもしれない。道が険しくともあるいは、と思わせるだけの何かを、あの三人は持っていた。

 

だが、その道は険しく遠い。だから、道半ばで生命を散らすという可能性も考えていた。

輪廻眼を持つ男の話を聞いた時、自来也は半分驚いてはいたが、半分はやはりかという気持ちもあった。あの半蔵を相手取り、里深くへと侵入した挙句、一族諸共完殺し得る程の手練。つまりは、半蔵以上の力を持つ忍びということである。五影以上、あるいはそれをも上回る使い手だということは間違いない。

 

名を知られていない忍びで、それほどの事を成しうるだけの力を持つ者。

加え、雨隠れの里。

 

―――半ば、予想はしていた。

仲間を失った長門が、どういった行動を取るのかなどと。

 

だが、これはどういった事か。

 

何度も、墓石の数を数える。自分に幻術が使われていないか、確かめる。

だが現実は本当で、今自来也に幻術は使われておらず、目の前に映る光景は真実のものだった。

 

 

置かれた墓石。

 

――その数、三つ。

 

 

墓碑は刻まれていない。だが、そう古いものでもない。磨かれた墓石、表面に見て取れる劣化具合からいって、今より前、10年以上前に作られたものだろう。

 

つまりこの墓石は、自分が弟子たちの元を去ってから建てられたものだ。

 

「どういう事だ………!?」

 

困惑する、自来也。それを見た男は、おもむろに口を開く。

 

 

「初めまして、というべきか。自分は、ペインを名乗るもの。そして俺は―――」

 

 

途端、雨脚が強くなった。風が吹き、自来也の背後の森を揺らす。だがその声は自来也の耳へ確かに届いていた。驚愕に、自来也の目が開かれる。

 

「……馬鹿な」

 

自来也が大声を上げたとたん、森の中でもひときわ高い木のてっぺんに雷が落ちた。木の幹はうたれた雷によって真っ二つに割られ、支えとなっていた柱を失った巨木が軋む音をたてながらゆっくりと横に倒れて行く。木々の間に倒れた巨木はそのまま地面を打ち、あたりの大地をずしんと揺らす。それに呼応するかの如く、今までは撫でるだけだった雨が風が激しさを増していく。

 

空は暗い雲に覆われていて、その向こうの青空は見えない。

 

 

 

―――ようやくの時を、以てして。

 

 

最後の嵐が、訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いのに十五夜草、紫苑のことを聞いて忘れていた何もかも思い出した、その日の夜。俺は隠れ家の屋根の上に昇り、一人横になりながら夜空を見上げていた。キューちゃんもマダオも、今は家の中にいるので、ここにいるのは真実一人だけ。

 

一人見上げた空に映る月は、霞のような薄い雲に隠れてしまい、おぼろげに光を放つだけ。まるで今の自分の気持ちを表しているかのようだ。

 

どうせならば、冴え冴えしい月光を浴びたかった。今日は空気が澄んでいて、月も綺麗に見えるはずなのに、雲のやつに邪魔されているとは何事かと。

 

嫌な気分になった俺は寝転びながら目を閉じる。すると目を閉じたせいか、今度は耳の方が冴えてしまい、周囲の森から虫の音がうるさいほどに聞こえてきた。

 

(………うるさいな)

 

虫の音も煩わしく鳴り、耳を塞いだ。目を閉じて、耳をふさぐ。訪れたのは無音の暗黒。でも、今はそれが心地良かった。いつもならば何でもないことなのだろうが、今は何もかもが煩わしかった。

 

何も感じず、ほんとうに一人になった状態で考えたい事があったからだ。

これで、考えられる。そう思った時、夜風が優しく頬を撫でた。

 

「ああ、くそ!」

 

何故か湧き出た怒りを押し殺さずに、そのまま表面へと出した。耳に当てていた手をどけ、そのまま空中をぶんぶんと振り払う。さすがに触覚だけはどうにもならない。ひとしきり暴れた後、肩で息をはいていた俺はふと背後に気配を感じ、振り返る。振り返った先には、無言のまま佇むキューちゃんの姿があった。

 

いつもとかわりない、着物姿。手入れもしていないくせに触れればさらりと解ける、錦糸のように流麗で鮮やかな金髪。ふてぶてしい、だが恐ろしい程に整った表情も、いつものままだった。キューちゃんは俺の目を真っ直ぐに見ながら、一言だけ告げてきた。

 

「……もう明日にでも、行くのか?」

 

赤い瞳が俺を見据える。俺はキューちゃんの視線を逸らさないまま、答えを返した。

 

「できるだけ早くね。イタチがいるかもしれないんで、サスケだけは連れていくけど」

 

「小僧の、相方の方は連れてゆかんのか?」

 

「いかない。蛇も動いている今、サスケの方はともかく多由也を連れて行くのは危険すぎる」

 

その分、隠れ家ならば結界が張り巡らされているため、安全は保証できる。五大国全てが緊張状態に入っている。互いに監視しあっているため、迂闊には動けないだろう。そんな今、音のような小規模の里にとっては逆に、好機ともいえる。ましてやターゲットは抜け忍。里にちょっかいをかけない限りは、木の葉も静観を保つしかないだろう。

 

再不斬と白をおいていくのもそのためであった。確かに、戦いがおこるかもしれないので白の医療忍術は重宝するだろうが、本来ならばあの二人は暁相手の護衛という依頼で雇ったのだ。鬼鮫がいない上、予想できる相手方がイタチだけとあっては、無理に連れて行く理由がない。

 

「目的地の途中で鬼鮫が伏兵として現れる可能性、無いとはいいきれんじゃろうに」

 

キューちゃんはじっと俺を見たまま、小さく、こう呟いた。

 

『別の理由があるのじゃろう?』と。

 

図星をつかれた俺は、無言を答えとして返すしかなかった。

 

わずかの間、場を沈黙が支配する。

 

「……キューちゃん。ひとつだけ。いや色々と聞きたいことがあるんだ」

 

「何じゃ、お主らしくない。珍しく歯切れの悪いものいいで、一体何を聞きたいのじゃ」

「……あの後の事だよ。分かってるんでしょ?」

 

「お主の言いたいことと聞きたいこと、大体の想像はつく」

 

キューちゃんは一言、だが、と付け足して続きを言う。

 

「すまんが、それには答えられん」

 

「……なんで!」

 

「約束だ、とだけ言っておく。これ以上は言えぬ。どうしても聞きたいのなら我を殺して飲み込むしかないな」

 

あやつならばできるかもしれぬ、と言いながらキューちゃんは笑う。

 

「あの時の我にとっては、取るに足らん口約束だった。約束をすると決めたのも、あるいは気の迷いだったのかもしれん。だが守ると決めた以上、心の臓を食われてでも約束は破らん」

 

「……マダオの方は」

 

「口に出しつつも分かっているのじゃろう。あやつは馬鹿だが、クズではない」

 

キューちゃんはこちらに背を向け、屋根の端へと歩いていく。

 

「確信はない。だが、お主は行くのじゃろう。失われた巫女の元へと。ならば、実際に会ってから聞くがよい」

 

それだけ告げると、キューちゃんは屋根から飛び降り、家の中へと入っていった。入れ替わりに、今度はサスケが屋根へと上がってくる。

 

「話ってなんだ?」

 

「ああ……」

 

取り敢えず座ってくれ、と俺は言う。ここ数年になって着始めた、漆黒の羽織りと白い袴。彩色に乏しい白黒の格好をしたサスケが、屋根の上へと座る。片腕には、防刃繊維が編まれたマフラーが巻かれていた。ここと懐に、鋼糸を隠しているのだとか。

 

木の葉の額当てはしていない。あの日の真実を知ったサスケは、イタチと出会うまでは木の葉の里に戻らないと決心した。

 

真実を知ったことで、うちは暗殺を命令した木の葉に対する想いも昔とは違い複雑になった。

原因を作った木の葉を憎めばいいのか、クーデタ―を画策したうちはの自業自得で仕方なかったことと思えばいいのか。感情と理性が複雑に絡まり合い、本人も未だにどうすればいいのか分からないらしい。悩みを抱えたまま、厳しい修行を経て腕前も一人前になったサスケ。隠れ家を出て本格的に暁に対する前に俺たちの前で誓った。

 

何もかも、イタチと会い直接話した後で決める。それまでは、俺たちと共に居ると。

 

「話としては他でもない、うちはイタチの居所のことだ」

 

だから、俺は話をする。元々の約束がそうであったように、サスケに力を与えて、イタチへの抑止力とする。協力は惜しまない。この目を見るに、裏切りもしないだろう。

 

(多由也の言った通りだな)

 

会ってからこっち、多由也はつかず離れずの距離を保ちながらも、常にサスケの傍にいた。年の近い者どうし、また気軽に話せる者どうしといったところか。白は再不斬の嫁だったし、サスケはどうもああいう女っぽい女というのが苦手らしく、半ばツレっぽい感覚を保てる多由也の方が一緒にいて気疲れもしないらしい。

 

サスケは真実を知ったことで視野が広まった。必死で修行をするという点では変わりないが、復讐だけに心を囚われるということがなくなったため、周りを見ることのできる心の余裕も出てきた。素直になったといってもいい。こうなれば、素の顔も見えてくるというものだ。

 

そんなサスケについて、多由也は純粋かつ単純で思い込みの激しい猪だと評した。成程、今までのサスケを見ていると納得もできる。

 

復讐を誓ったのもそう。あの大蛇丸をも利用してまで復讐を果たそうなどという決断は、並の決意ではできないだろう。それだけ、イタチが憎かった。情が深かったからこそ、純粋だからこそ、両親とイタチを愛していたからこそ、裏切ったイタチへの憎しみも深くなった。

 

イタチはどう思っていたのだろうか、それは本人にしか分からないのだろうが、強い意志を持っていたことだけは分かる。あの時のイタチを取り巻く状況は、言葉だけでは言い表せないものであったはずだ。

 

そんな中、誰にも頼らず己の意志を貫き通したイタチは本当に大したやつだと思う。

今もそうだ。自分が死ぬことでサスケに万華鏡写輪眼を開眼させようとしている。

 

深く考えると、業の深いことだ。万華鏡写輪眼の開眼条件は、最も親しき者の死。

イタチは自分が死ぬことでサスケが開眼すると確信していた。つまりイタチは、自分がサスケに兄として大事に思われているのを、自覚していたということ。

 

(成程、イタチにしか果たせないだろうなあ。裏切ったことで繋がった絆の色を憎しみで染める。そして最後に、サスケの手でそれを斬らせるということだ)

あるいは、自分が死ねば全て丸く収まるとでも思っているのか。もしそうだとしたら、イタチは本物の馬鹿野郎ということになるのだが。

 

だが、イタチの性格からいって、一族を裏切ったことに罪を感じているのは確かなことだ。そうであれば、最後はサスケの手によって裁かれるのというのは、イタチにとっての最高の罪滅ぼしとも言える。一族を復興したいと思っているサスケにとって、最高の手向けとなるだろう。裏切り者抹殺の手柄もおまけについてくる。ならばイタチは、サスケに殺されることを最後の任務として、心に刻んでいるのか。壮絶なまでの覚悟が、自分が生きているということを忘れさせているのかもしれない。

 

ならば、今のイタチは最強の忍びとも言える。力づくでは、間違いなく勝てない。サスケ以外の者には、絶対に殺されまい。木ノ葉崩しで散った三代目のように、何があったとしても最後の任を果たそうとするだろう。

 

―――何もかもが、あの国に集約している。俺たちは行かなければならない。例えそこに、とびきりの罠があったとしても。

 

物思いから復帰した俺は、鬼鮫の残した暗号についての説明をサスケに行った。そして明日、目的地に向かうことを告げる。

 

はじめは驚きの表情を浮かべたが、腰の刀を握り締めると一言、『分かった』とだけ返した。多由也を残して行くことについて、何か俺に質問でもしてくるかと思ったが、何も聞いてこなかった。不思議に感じた俺がそのことを聞いてみると、サスケは視線を逸らしながら『もしもの事を考えたくない。あんな想いは二度とゴメンだ』とだけ言う。

 

数秒の沈黙。その後、サスケは屋上から飛び降りて行った。

 

成程。サスケの人物評にこう加えておこう。『ツンデレ』と。

 

つまりさっきの呟きはある意味愛の告白じゃねーか。なんで俺に言うんだ本人に伝えてやれよこのやろうまんざらでもないだろーに、と心の中で一息に捲し立てたが、すぐに無理だということに気づいた。なぜならば、多由也もツンデレだからだ。

 

(孤児院でも演奏中でもあんな顔しているのになんで気づかないかな)

 

照れ隠しに悪態をつく多由也と、それを真に受ける純粋なサスケ少年。逆のパターンもあった。俺から見れば、多由也も十分に純粋だ。修行の合間、疲れているサスケに対し、イタチのことを気遣いながらも大丈夫だと話をしている姿が、幾度か見えた。

音楽に対する情熱も、純粋の一言。こちらも、あれから随分と変わったように思える。

 

修行の合間、各地の孤児院に赴いた時の話だ。屋台の横でで奏でられる多由也の笛の音は、その場にいる全ての者の心を癒してくれた。ちなみに、その時の笛の音に、あの秘術は使われていない。チャクラが出ているのを見せれば、多由也の正体がばれる可能性があったからだ。そのことについて、俺とサスケが秘術を使えなくてもいいのか、と聞くと二人とも多由也に笑われた。

 

その後、親指を立て誇るように、歯を見せ快活に笑いながら告げられた多由也の言葉は、今でも忘れることがない。言われた俺は、笑った。サスケも笑った。マダオは猛烈に感動していた。

 

思えば、多由也を助けたあの一件は半ば偶然の産物でしかなかった。今の多由也を見ていると、助けられて本当に良かったと思う。

 

まあ、あまりに遅々として進まない二人の展開を見せられていると、こちらとしてはもどかしくなるのだが。だが、二人ともが素直でないため、展開の遅さは半ば必然ともいえるのだが。

 

(でもツンデレ×ツンデレって、それなんて新しいジャンル……)

 

心齢三十路となる俺にとって、少年たちのすれ違い青春期を直視する作業は正直、心に堪える。イタチの一件が終わったら、あの二人も少しは素直になるだろう。3年越しの青春グラフィティを経て。そんなことを考えていると、不意に背後から言葉がかけられた。

 

「おや、少しはマシになったね」

 

「何がだ。というかどっから生えたマダオ」

 

「普通に歩いてきたよ。随分と悪い笑みを浮かべてたから、邪悪な妄想でも浮かべて、気付かなかったんじゃないの?」

 

「誰が邪悪か。それで、何のようだ」

 

「いや、さっきはかなりシケた顔を浮かべてたから」

 

「心配で見にきた、とか?」

 

「いや、それは別の人に任せたよ」

 

手をひらひらと振りながら、マダオは答えてくる。

 

「顔色戻ったけど、何を考えてたの」

 

「いや、まあ、あれだよ」

 

と、俺は多由也とサスケの話をする。

 

「そっちかよ! っていうか、紫苑のことはいいのかよ!」

 

「そっちはキューちゃんと話したから。どうせそっちも口を割らないんだろ」

 

だったら会って確かめるまでだと鼻で笑ってやる。意趣返しの意味もこめて。

 

「まあ、割らないね。答えられるものなら答えるけど」

 

だがマダオは、笑顔で断言をしてくる。

その笑顔が今日はやけに腹立たしく感じた。

 

「……あ、別にいつもだから別にいいか。それより、これだけは聞いておきたいんだが

 

「僕のスリーサイズ? どうしてもっていうんならキューちゃんのスリーサイズと引換に答えるけど」

 

「死ぬほどどうでもいい。むしろ死んでもどうでもいい。そこらの草木にでも語ってろ。あとキューちゃんのスリーサイズは俺も知りたい」

 

思わず男の本音が漏れでてしまった。しかしキューちゃんのスリーサイズってどうなんだろう。年齢可変型だし。我のすりーさいずは百八式まであるぞ、とか言われたらどうしよう。ちょうど煩悩の数と一緒だし。

 

(……じゃなくて)

 

首を振りながら、マダオにたずねる。

 

「俺が聞きたいのは、紫苑にあったときどういう反応をされるか何だが……おい、何故顔を逸らす」

 

こっちを見ろ、というとマダオがこっちを向いた。その顔には哀切が浮かんでいた。

 

「まあ、常識的に考えれば殴られるだろうね。確実に。左右で」

 

「殴られるの?! しかもワンツー!?」

 

「いや、むしろ左右同時に」

 

「菩薩掌!?」

 

天才片山右京もびっくりである。

 

「……まじかよ」

 

「真剣と書いてまじです。でも実は模造刀」

 

「お前、いっぺん泣かすぞ?」

 

「残念ながら、死人は涙を流せません」

 

「……」

 

「冗談だってば。どっちもね。まあ、それよりも君が落ち込んでなくて良かったよ。サスケ君と多由也ちゃんだっけか。ここに来て人の事を考えているとは、ある意味で君らしいけど」

 

「見ていて微笑ましいからな。サスケには、今でもたまにもげろ、とか思っちまうけど」

「たまがもげろ!?」

 

「『に』、だ、『に』。だが『が』でも可」

 

「こわー。でも、まあ微笑ましいってのは同意だね。見ているこっちが恥ずかしくなるけど」

 

「若いってのは振り向かないことだと誰かに聞いた気がしたんだが」

 

「いいんじゃない? 太陽のように激しい恋ばかりじゃなくても」

 

ウインクをしながらほざくマダオ。くささ最高潮である。

 

悶えている俺をよそに、マダオは「いいんじゃない? ああいう恋があっても」と空を指差す。

 

「……まーな」

 

確かに、どっちかというと俺もそっちの方が好きだ。燃えるような恋をしてみたいとも思うが、静かに巡るように寄り添い発展する恋があったっていい。

 

「どうやら晴れた、か」

 

その月を覆っていた雲だが、どうやら話をしている間に風に吹かれ移動したらしい。

指された空に浮かぶ上弦の月は、遮られることなくほのかな光で夜を照らしていた。

 

「……雪のようにしんしんと、月のように静かにね」

「自来也の受け売りか?」

 

詩人である。

 

「いや、僕だよ」

 

そう言うと、マダオも屋根を飛び降りて行った。

 

「……会えば分かる。逆に言えば、会わなければ分からない」

 

あの日に忘れた事について。未だ知らぬあの事件の結末について、俺は知りたい。

 

 

「明日も早いし、もう寝るか」

 

 

言い、俺も屋根の上を後にした。

 

 

 


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