小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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アニメ(NARUTO疾風伝》でのエピソードというか設定がちらほら出てきます。




9話 : 泡沫の光彩

火の国の南部。今日もウタカタは作業員に混じり、村と村の間にある道の整備をしていた。地山から土を運び、道が必要となる場所に敷き詰め、重しをつけた台車を使い締め固める。地味な作業の繰り返しだが、時には横にある森の中から、猛獣が襲ってくる可能性があるので注意が必要だ。護衛の忍びらしきものはついているので、滅多に人死はないようだが、ウタカタにしても油断はしない。例外というのはいついかなる時でも訪れるからだ。

 

朝起きて飯を食べ、働いて休憩。昼と夕方にも休憩があり、その時は近くの村から弁当が支給された。工事料金を格安で引き受ける網に対しての、村人のお礼の気持ちである。

 

「どんどん食べてくださいね!」

 

金のクセッ毛を揺らしながら、おにぎりを作業員全員に手渡していく少女。

年の頃は7、8ほどだろうか。小さい身体をめいっぱい動かしながら、皆に笑顔を振りまいていく。

 

「はい、どうぞ…………って、ウタカタさんじゃないですか!」

 

「………またお前か、ホタル」

 

笑顔を輝かせて近寄てくるホタルに対し、ウタカタは心底うっとうしいという表情を隠さなかった。だが、ホタルは全く気づかないままウタカタに詰め寄る。

 

「はい! 今日こそは私に修行を!」

 

「またその話か………駄目だといっただろう」

 

何度もいったはずだ、とウタカタはホタルの要望を却下する。

 

発端はちょうど一週間前。網の雑用として追従していたホタルが夜の森で狼に襲われた時、たまたまその場に居合わせたウタカタがホタルを狼から守ったのが原因だった。その後、ウタカタの力を見たホタルは、私に忍術を教えてください、師匠になって下さいとウタカタに頼み込んだのだ。ウタカタの返答は否。それどころか、“師匠”という言葉を聞いたウタカタは、昔自分を裏切った師匠の事を思い出してしまい、思わずホタルに怒鳴ってしまったのだ。

 

師匠と呼ばれるほど馬鹿じゃない、と。ホタルはまだ幼いため、ウタカタの突然の怒声に驚き、泣いてしまった。

 

10にも満たない子供に怒鳴り泣かせてしまったという事実に、ウタカタはどことなく後ろめたいものを感じていた。ホタルの無垢な笑顔もそうだった。怒鳴られても次の日にはまたウタカタの元に訪れ、教えてくださいという少女。

 

ウタカタは、他人が自分に対する隔意を持たず、また距離感も考えないまま、ただ愚直に内側に入ってくるということは経験したことがなかった。子供にしても人柱力の恐ろしさは知っている。いや子供だからこそ恐ろしいものには敏感で、ウタカタを一目みるなり逃げていったものだ。

 

(その点、こいつはセンスが無いな………)

 

恐怖に鈍い者は、忍者としての素質は無いと言われる。死の恐怖を肌で感じ、そこから逃れる術を得るというのは忍びとしての必須技術だからだ。それにウタカタはあと数日もすれば網を去ってしまう。中途半端に教えてさようなら、というのも考えたのだが、泣かせたという負い目がそれを許さなかった。

 

(仕方ない………)

 

本当のことを言って、諦めてもらう他無い。そう考えたウタカタは、ホタルの方に向き直り、告げようとする。だが、その時ウタカタの眼前におにぎりが突き出された。

 

「はい、ウタカタさん専用。塩のないおにぎりです!」

 

「………ああ、ありがとう」

 

「しかし、塩の無いおにぎりが好きだなんて、ウタカタさんは変わってますね」

 

「あからさまな塩味は苦手なんだ」

 

内にいるこいつのせいでな、とは心の中だけでいった。実のところ、別に塩を食べたからどうという訳でもない。だが、どことなく塩~とかいう名前の食べ物と、塩味が主体となる食べ物は苦手なのだった。

 

(それよりも話すタイミングが………)

 

おにぎりが差し出されたせいで失ったと、ウタカタはおにぎりを食べながら思う。

 

(もう、いいか)

 

他人のことで思い煩うのもバカらしい。ウタカタは何も言わずに去ろうと心に決めた。あとは網の連中がどうにかしてくれるだろう。

 

(……賃金をもらえれば、ここに用はない)

 

むしろ居続ければ、例の物騒な連中の襲撃に巻き込んでしまう恐れがあるし、霧隠れとしてもいつまでも自分を放っておいてくれるとは思えない。人柱力は人柱力なのだ。人柱力として相応しい場所はあそこだけだと、ここに来てウタカタは痛感した。

 

それ以外の場所では、生きられない。むしろ生きてはいけないと、誰もが言っているし自分も思っている。大きすぎる力は災いを呼ぶのだ。いつか親方と話した内容をウタカタが心の中で反芻していると、ホタルが横から心配に声をかける。

 

「………ウタカタさん?」

 

「何だ」

 

「いえ………何でもないです」

 

胸中の葛藤のせいか、低く恫喝するかのような声で返事をしてしまったウタカタは、気まずげに沈黙する。ホタルの方はびくつきながら、何とか話を続けようと、別の話題を振った。

 

「えっと、ウタカタさんも戦災孤児なんですか?」

 

「いや、違う。だけど、お前はそうなのか」

 

“も”という言葉に反応したウタカタは、ホタルに言葉を返した。

 

「………はい。五大国が誇る木の葉みたいな、大きな隠れ里ではないですけど。それでも、それなりに由緒のある家系で………」

 

ホタルは俯きながら、自分の物心ついてから網に入るまでの境遇について話しだした。

 

一族に伝わる禁術のこと。そのせいで、里のものからは疎外されていたこと。

禁術を狙い、雲隠れの暗部と木の葉隠れの暗部が里を襲撃し、一族は皆滅ぼされてしまったこと。

 

それを聞いたウタカタは、そういうこともあるだろうな、と頷いた。三度の大戦を経た現在、次の大戦に備えるために軍備を増強しようとすることは別に珍しい話ではないからだ。事実、例えば雲隠れのように、大戦が終わった今でも各国の暗部はその動きを自重してはいない。きっといつか来るだろう戦に備え、互いに牽制しあいながらも、次の戦に負けて国を疲弊させないように。勝つための戦力というものを貪欲に求めている。

 

特に雲隠れの暗部はその傾向が酷い。貪欲に力を求め、今では木の葉を越えるかもしれないほどに。結果的にその軍事力は高めてられ、純粋な力でいえば木の葉に伍するようになっているのは周知の通りだった。対する木の葉も負けじと動いているようだが、その伸びはイマイチであった。霧も、岩も、そして砂も、それは理解している。

 

大国以外、以下である小国は小国で大きな力に負けないようにと、また同じく力を求めている………まるで負の連鎖だと、誰がが言うが。

 

ウタカタもかつては暗部で、色々な忍びと対峙した。影のそのまた影に隠れて敵を殺し続ける毎日。だが、昔はそれで構わないとも思っていた。

 

――――師匠に裏切られるまでは。

 

チャクラの使い方から、忍術の使い方まで教えてくれた師匠。六尾の力が可能とする、シャボン玉を使ったウタカタ特有の秘術も、師匠と一緒に編み出したものだった。

 

(だが、あの日、あの人は――――いや、止めだ。思い出したくもない)

 

そう言い、ウタカタはかぶりを振る。事実裏切ったのか、あるいはそうでないのか。ウタカタは独り悩み考えたが、その末に考えないという選択肢を選んだ。

 

どうでもいいと。師匠は既に死んだのだと。だからどうとでもなれと。そう結論を出して、彼は思考を停止した。

 

あれから何年たったのか。忘れていた恐怖を思い出さされた敵と、訪れた機会。いつも傍にいた監視の忍びは、あの黒い化物に全て飲み込まれた。かろうじてあの化物から逃れたあと、気づけばウタカタは独りだった。

 

監視も無く、敵もいない、たった一人になっていた。

 

(あの里を、どうしても抜け出したかった………という訳でもないよな)

 

ただ、機会があったからそれに乗ってみただけ。風に流される泡沫のように、自然と足は火の国へと向かっていた。霧隠れの忍びは何故か追ってこなかった。あとで探ってみたところ、どうやら霧の中枢部に襲撃を仕掛けた馬鹿がいるようで、厳戒態勢に入っているとのことだ。

 

だがその途中で出会ったあのラーメン屋。その店主は、今まで生きてきた20数年間を思い返しても記憶にないほどに、衝撃的な人物だった。金は無いが、食べろという。いずれ返してくれれば良いという。普通の店ならば、そんなことは言わない。このご時世、食い逃げをしてでも美味しいものを食べたいという輩はそれこそ腐るほどいるからだ。あんなに美味い店ならよほどのこと。

 

(それに、あの味。忘れようにも忘れられない)

 

ウタカタはあの味を思い出し、ごくりと唾を飲む。今までに食べたことが無いほどに美味しく、そして暖かかったあの味を思い出したせいだった。

 

(それにしても、変も極まる店主だったな)

 

ウタカタは着の身着のまま、気の向くままに旅をしていた。そのせいで、路銀も無く空腹の極地だったのだ。その上での飢餓の極致。だが、空腹という調味料を考えずとも、美味かつ涙が出るような味だったと彼は頷きを見せた。そしてあの時浮かんだ一言を、感想を思い返す。

 

曰く――――何だこれは、と。

 

至上の味。濃縮された旨味成分が舌を蹂躙し、腹を満たした。その上で旨いかと不安げに聞いてくる男。食べ物を出し、その上で感想を聞いてくる男。お前の出自はいいから感想を聞かせろという顔をする男。

 

――全て理解の外。だが、とウタカタは思う。思えばいつ以来だったろうか。任務以外で人と話したのはと。気づけばウタカタは考えないままいわば条件反射的に感想を言って、気づけば頭を下げていた。美味しかった。本当にありがとうと。

 

それは、本当に嘘ひとつない真実で。

 

(―――だから、だろうか)

 

ふと、ウタカタはひとりごちる。柄でもない、忍びではなく土方仕事、まっとうな方法で稼ぎ、代金を返そうと思ったのは、あのせいかと。

 

(そしてここでも、新たな発見はあった)

 

網と呼ばれる組織、噂には聞いてきたがずっと全うな組織だったようだ。人には言えない過去を持つ輩も多く、山賊上がりから抜け忍まで、色々といた。だがその誰もが笑い、前を向いて暮らしている。互いに過去を詮索せず、ただ未来を見据えて今を生きている。

 

(――――思えば、始めてだったな。仕事をして、人に礼を言われるのは)

 

ウタカタは、仕事を始めたその日、差し入れにきた村人の言葉を思い出す。『ほんとうにありがとうございます、お疲れ様でした』という言葉を思い出す。

 

任務を果たし、よくやったと言われることはあった。だが感謝を――――心からの礼を言われたことはなかった。心地よいと、素直に嬉しいと、彼は思った。

 

(だが思えば思うほどに、な)

 

故に彼は自嘲した。ここに自分の居場所がないことに気づいたからだった。

 

「えっと、ウタカタさん? 急に黙り込んでどうしたんですか?」

 

ウタカタはこちらの顔をのぞきこんでくるホタルを見て、想った。うらやましいと嫉妬の念を感じた。その上で、この瞳の輝きを失いたくはないと思った。消したくはないと思ったが故に、言葉を選ぶことをした。

 

「――――駄目だ。お前に忍術は教えない」

 

「どうしてですか? 私はおじいちゃんの!」

 

ウタカタの返答を聞いたホタルは、は悲痛な叫び声をあげる。彼女は力をつけ、一族に代々受け継がれるという禁術を受け継いで、一族の復興を遂げようというのだ。網の中で力をつけて、皆を守れるようになり、やがて昔のような尊敬を集める一族を再興したいと。

だがそれを聞いたウタカタは、極限まで顔をしかめた。ホタルの祖父は、孫娘に対して随分な遺言………呪いを残してくれたものだな、と。

 

死ぬ間際に血迷ったのか、あるいは受け継いだものを誇ればこそか。その祖父、どちらにせよ遺言を伝えた時は、まともな思考はしていなかっただろう。血継限界という人を殺す力が起こす事態を誰よりもよく知っているウタカタは、ホタルに向かって禁術というものについて、説明をした。

 

「禁術。禁じられた術。その効果は絶大で、時には戦況をも変えられるかもしれない………だがホタル。禁術を使い、できることはひとつだけだ」

 

「ひとつ、だけ? それはなんですか」

 

「―――人を不幸にすることだけだ。お前は、自分を含む周囲すべてに不幸をばらまくことを望むのか?」

 

それがお前の夢か、とウタカタは問う。周囲に誰もいないことを確認し、話を続けた。

 

「俺はかつて、霧隠れの里にいた。かつては血霧の里と呼ばれた里だ。そこでは血継限界を持つ一族は疎まれていた………何故だか分かるか?」

 

「………いいえ。里のみんなを守ることができる、凄い力なんじゃないですか?」

 

「真っ当な忍術ならば、あるいはそうかもしれない。だが、血継限界というものは特殊だ。そして例外なく、相手に凄惨な傷を与えることができるもの」

 

「…………っ」

 

「人を傷つければ、人は病む。与える傷の凄惨さに比例して、だ。そして人の心はもろく儚い………いつしか、心は壊れてしまう。たったひとつの例外を除いて」

 

「例外………?」

 

「人を人以外に分類するか、あるいは命について考えることを止めれば、狂わなくてすむ。常識と正気を判断する機関である“心”を捨てれば、痛苦を感じることもなくなるだろう。人にして心を捨て去り、戦果だけを誇るようになればいい。そうして晴れて一流の、兵器になれるというわけだ………」

 

それを人は、“堕ちる”と言う。あるいは“死”とも。ウタカタは酷薄な笑みをわざとしてみせた。それは酷く下手くそで、薄かった。

 

しかしホタルの心に響いたようだ。

 

「そうなれば、人は正常な判断を下せなくなる。あるいは力に驕り、たしなめようとする飼い主の手を噛むこともある。かぐや一族という血継限界を持つ一族が、その典型的な例だった」

 

力を求め、力に呑まれ、力のために滅びた一族。骨を操る力は強大無比で、霧の中でも確固たる地位を築いていた一族だった。クーデターに失敗し、全て滅びてしまったが。

 

「それに、禁術といったな………? ホタル。禁術はな。どこまでいっても禁術でしかないんだよ。確かに、効力は絶大だ。あるいは、里を守れるかもしれない。だが里の役にたとうとも、戦争が終われば疎まれてしまうだろう。禁じられた術は例外なく、日常を生き様という人には受け入れられない。一時の栄華はあろうが、それも所詮泡沫の夢に過ぎないんだ」

 

風が拭けば壊れてしまう程度のものでしかないと、ウタカタは断言する。

 

「そんな、だって………!」

 

「単純な血継限界ならば居場所があるかもしれないがな。だが、お前が望むのは禁術だろう? 一族が長年守り続けてきたという」

 

「……はい」

 

「なら断言しよう。お前には無理だ。俺も師匠になどならない………絶対に」

 

一介の少女には過ぎた夢。叶えるならば、尋常でない意志が必要だ。例え血の池に沈もうとも、と思えるだけの狂気じみた意志力が必要になる。集団の中で禁術の有用性を見せつけ、あるいは恐れられない程の意志の強さを見せつける。時には誰かを利用して、時にはその手を血に染めなければならない。泣くことなど許されない。負けることも許されない。

 

それを人は鬼の道という。

 

だが、目の前の少女からは、その道を貫き通せるだけの素質が感じられないとウタカタは思っていた。修羅の道を歩き通せるような絶対なものが感じられない。

 

(いずれ、誰かに利用されるだけ利用されて、捨てられるだけだ………)

 

それよりは良いと、ウタカタはホタルの意見を真っ向から否定する。ホタルは今まで自分が考えていたことの全てを、憧れていたウタカタに否定されたショックで、その場にへたりこむ。そして俯き、大声で泣いた。子供のような声で。

 

「………やっぱりお前には無理だ………よく、考えるんだな」

 

ウタカタは独りで泣いているホタルの横をすり抜け、作業場へと戻る。

 

後方から、少女がすすり泣く声が聞こえようとも、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。作業が終わると、ウタカタは作業場近くの村でひとり、飲んでいた。

 

「………らしくないな」

 

ホタルに話した事を思い出し、ウタカタはひとり自嘲する。そこに、横合いから声がかかった。

 

「よう、独りで月見酒か?」

 

「………ああ、そうだ」

 

声で誰かを悟り、ウタカタはぶっきらぼうに頷いた。

 

「お前もか、シン」

 

「いい酒が手に入ったんでね………横、いいか?」

 

「好きにしろ」

 

それじゃ、と言いながら、シンはウタカタの隣に座り込む。

 

「………出歯亀は。もう、しないのか?」

 

「ん~、それは言わないでくれって。これもあくまで任務上のことなんだからさ」

 

「ふん、お前も………護衛についている木の葉の忍びとやらも、実にご苦労なこった」

 

ウタカタはぶっきらぼうに返しながら、昨日の事を思い出す。霧のことや暁のことについても全て。その上で網は承諾し、護衛をつけたということも。その時に尋ねたことを思い出し、ウタカタはシンに今一度聞いてみた。

 

「そういえば、頼んでいた………あのラーメン屋は、見つかったのか?」

 

「う~ん、見つかったといえば見つかった。それは昨日言っただろ? 正確なことに関しては、期日になったら言うけど」

 

「はっ、どうだか」

 

「………それよりも、聞きたいことがあるんだけど」

 

「いいぞ。まあ内容によるけどな。一応、聞くだけ聞いておこうか?」

 

「今日にホタルちゃんに告げた、あの………“師匠になどならない”っていう意味が聞きたくてな」

 

シンが告げた瞬間、ウタカタの殺気が膨れ上がる。

 

「何故お前にそんなことを言わなければならない? 理由はないから暴れはしないが………理由ができれば別だぞ」

 

無遠慮にこちらに入ってくるな。ウタカタは殺気にメッセージと忠告をこめて、シンへと向けた。だが、シンは何処吹く風といった具合に殺気を受け流しながら、飄々とした様子を保っていた。

 

「おっと、怖いねえ」

 

「不躾にこちらに踏み込んでくるからだ。それを聞いたのは任務か? それとも、単純な好奇心か?」

 

「ああ、後者だよ―――――俺も子供の頃、師匠に殺されかけた身でね」

 

「何………?」

 

「俺は木の葉の暗部………いや、“根”に所属していた。そこで弟と二人、技を磨いていたんだ」

 

シンは何でもない様子で、自らの過去を語る。戦災孤児だったこと。血はつながっていないが、根で弟と呼べるほどに仲良くなった少年、サイについて。そして、昔から続く“根”の風習について。

 

「子供を二人組にして育てる。そして才能があるのはどちらかを見極め、不必要な方を殺す………もう一人に殺させるんだ。そうして残った、才能のある者の心を壊し、意のままに操る」

 

「何処かの里で聞いた風習だな」

 

例えば、霧隠れの里にある下忍の卒業試験など。

 

「本家本元がどちらかなんて、どうでもいいけどな」

 

本当にどうでもよさそうに、シンは手に持った酒を飲み干す。

 

「だけど知った当時はショックだったよ。俺達の師匠の、暗部の人………それなりに慕っていた人だったから、余計にな」

 

誠意など欠片も無かったわけだが、とシンは自嘲する。

 

「そんなお前が、よく木の葉の人間と一緒にいられるな」

 

「あいつから聞いていた忍びじゃなかったら、意地でも引き受けていないよ。真平御免だったさ。だけど、あいつらは違うようだ」

 

「………ふん。それで、それを聞かせてどうする?」

 

傷の舐め合いなどごめんだぞ、とウタカタは横目でじろりと睨む。

 

「いやいや、そうじゃなくてな。なんかアンタ、迷っているようだったから」

 

「俺が何を迷っていると?」

 

「――――師匠を憎むのを」

 

「っ!」

 

虚をつかれたウタカタの身体が、一瞬だけ硬直する。

 

「俺はさ。どうだっていいんだ。始めから師匠が俺を殺そうとしていたとか、今になってはほんとどうでもいい。むしろ忘れたい記憶なんだ。だけどアンタは違う。“忘れたくない”って気持ちが表に出てる」

 

「何を………!」

 

「憎んでいるけど、憎みたくないって気持ちが出てる。なあ、師匠は本当にアンタを裏切ったのか?」

 

「………師匠は、俺を殺そうとした。鍛えに鍛えた尾獣の力を奪おうとした! だが師匠は死んだ。その時に出てきたコイツの力によって」

 

俯きながら、ウタカタは怒声を続ける。

 

「俺を鍛えたのも、人柱力としての力を見極めるためだ。何が出来るのかを見極めるためだったんだ」

 

「………最後に、何か言っていなかったのか?」

 

「ああ。呪いの言葉を遺してくれた。“その力と共に生きろ”とな。つまりは俺に兵器として生きろと! 尾獣の器として生きろと、そう…………願ったんだよ」

 

最後には声色を低く、弱く。力なく、ウタカタが項垂れる。

 

「………違う」

 

だがシンは、ウタカタの言葉を否定する。すべてを聞いた上で否定した。

 

「違うぜウタカタ。あんたの師匠はあんたを裏切っていない。あんたを殺そうとした訳じゃないんだ」

 

「………何故、そう言い切れる」

 

「だって………あんたはまともだから」

 

「俺が、まともだと?」

 

どこに眼をつけている、とウタカタは嘲笑を浴びせる。だが、シンは肯定を止めない。

 

「そうさ。ホタルちゃんとの話を聞いて確信したよ。アンタは狂っていない。真っ当な人間としての感性をもっているって分かった」

 

あいつらとは違う、とシンは首を振る。

 

「信じていたんだろう? 忍術の他に、色々なことを教えられたんだろう? ―――いずれ殺すっていう人間相手に、そんな接し方はできないさ」

 

「………油断させるために、とは考えられないのか」

 

おめでたいやつだな、とウタカタは顔をしかめる。

 

だがシンは再度首を振り、その考えを否定する。

 

「聞くけど、アンタが殺されかけた時は――――油断させられ、隙を突かれたのか?」

 

「………!」

 

「きっと正面から、大事な話があるとかで、呼び出されたんだろう? あんたの師匠は、尾獣の力をあんたの身体の中から取り除きたかったんだよ。人々から忌み嫌われる力を、あんたから摘出して………どこかに封じ込めたかったんじゃないかな。例え裏切り者の汚名を着ようとも」

 

「………違う」

 

それでも頑なに否定するウタカタ。シンはその言葉に否定もなにも返さず、酒をぐいっとあおった。

 

「間違えた時、怒られたことはあるか?」

 

「………」

 

「怒るって、かなりのエネルギーがいるんだぜ」

 

「……そうだな」

 

「これ以上は何もいえないけど………まあ」

 

最後の答えを決めるのはアンタさ、とシンは首を横に振る。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

月を見ながら二人、沈黙が続く。無言のまま酒を煽り続け、やがて酒瓶の中身が空になるとシンは立ち上がった。

 

「じゃあ、俺は元に戻るよ………アンタも、仕事明後日で終りなんだからな。きちっとやり遂げてくれよ」

 

そういいながら、立ち上がるシンに対し、ウタカタは閉ざしていた口を徐に開いた。

 

「何故、お前は俺にこんな話をした?」

 

「憎みあうってのは悲しいことさ。すれ違うことは悲しいことさ。俺はただ、するべきことをしただけだ――――まあ、アンタが人柱力だから、って理由もあるけど」

 

「………?」

 

「俺のダチもそうなのさ。そして、あいつがいたなら、こうするだろうし」

 

誰かと笑い合える未来は欲しい。切にそう願っていると、シンは言う。

 

「甘ちゃんな考えだな。それが可能だと?」

 

「可能かどうかは知らないけど………目指す価値があるじゃん」

 

「………よく、言う」

 

「それにほら、俺って網の人間だし?」

 

「それに何の関係がある」

 

「あんたがホタルちゃんに言った。あれと同じさ――――仲間を気遣っただけ。今は網の一員であるアンタだからな。ほら、別に特別なことでもないだろう?」

 

そう言いながら、シンは笑った。

 

「嘘を混ぜて態と厳しい言い方をして………思っていたよりも優しいんだな、アンタは」

「………言ってろ、馬鹿が」

 

「うん、ありがとうねー」

 

「ほめてねえよ!」

 

小走りになって遠ざかっていくシンの頭めがけ、ウタカタは地面に落ちている小石を拾い、投げた。シンは笑いながらそれをかわし、夜の闇へと消えていった。

 

 

「………誰が優しいんだ、誰が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。

 

「………ウタカタさん」

 

「答えは出たのか?」

 

「はい………私、禁術を追い求めるのはやめます。そんなことをしなくても、一族を再興させることはできますから」

 

それを聞いたウタカタは顔をしかめる。随分と結論の早い、誰かに入れ知恵されたに違いないからだ。余計なことを、とウタカタは内申で舌打ちしたが、それはそれで悪くない結論だとも思った。まだ子供だからして、これからいくらでも道を選べるだろう。外道を望まなければひとまずはそれでいいか、と結論づけ、笑みを浮かべる。

 

それを間近で見たホタルの顔が赤くなる。ウタカタは気付いていないらしく、夜更かししたせいで風邪をひいたのだろうか、と思った。

 

「大丈夫か………ん、熱はないようだが」

 

「ひゃ、ひゃい! えっと、あの、それでですね………」

 

「ん?」

 

「あの、通りすがりの正義の味方とかいう金髪のお兄さんに聞いたんですが」

 

シンだな。ウタカタは自然と昨日の優男の顔を思い出していた。

 

「………えっと、その、一族を復興させたいのなら、ですね。その、好きな人か腕の立つ人と結婚して、子供をたくさん産めばいいじゃないって、そのお兄さんが―――」

 

「………は?」

 

顔を真っ赤にしながらしどろもどろに言葉を紡ぐホタル。

 

「えっと、それで?」

 

「あうう…………その、私子供の作り方とか分からなくて、それで………金髪のお兄さんが、ウタカタさんに教えて貰えって………」

 

今にも泣きそうな声。それを聞いたウタカタは顔を真っ赤にさせながら、余計なことを吹き込んだ元凶に向けて呪詛の言葉を吐いた。

 

 

「あの、野郎ッ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、木の葉から援軍の目処は立ちそうなのか?」

 

「昨日な。綱手様から返事が来たよ………OKだとさ。流石に俺らだけじゃあ、暁の二人を相手どるには厳しいからな。綱手様もそう考えられたんだろう………二人だけだが、補充要員を回してくれるとよ」

 

「………その補充要員は決まってるのか?」

 

「ああ、戦力的には十分だぜ」

 

そうして小声で告げられた援軍の忍者の名前を聞いたシンは、驚愕に眼を丸くした。

 

「それは………随分とやってくれるね、火影殿は。景気のいい話で」

 

「どっちかって言うと悪いっつーの。そっちが指定したんじゃねーか。まあ、これ以上ない援軍だけどよ………複雑だぜ」

 

「こっちも複雑だって。それで、暁のクソ忍者に勝てる自信はあるのか天才上忍さん」

 

「だれか天才だ、だれが………まあ、確かに駒は揃ったけど、それでも確実とは言い難い。嫌な報告も入ってきてることだしよ」

 

「何かあったのか?」

 

「国境付近に待機してた霧の追い忍部隊、2小隊が消息不明。恐らくは全滅だとよ」

 

戦闘開始と思われる時間から、5分と持たずに全滅したらしい、とシカマルは沈痛な面持ちを見せる。それはシンも同じだった。

 

「いやはや、霧の追い忍部隊を瞬殺とか………分かってはいたけど、暁ってーのは化物揃いだね」

 

「まあ相手は二人で、例の暁の首領ペインってやつではないらしいからな。それだけが救いだぜ………ん?」

 

そこでシカマルは林の向こうを見る。

 

「何か叫び声が聞こえたような………っておい、なんかシャボン玉が飛んでくるぞ」

 

これ、ウタカタの術じゃあ、とシカマルがそれを指差す。

 

気づいたシンが振り返ったと同時、シャボン玉はシンの全身を包みこんだ。

 

「なんじゃこれは!?」

 

自分をつつんでいる叩いてもびくともしないシャボン玉に、シンが驚きの声を上げる。

 

「あー、シン、お前………あの人に何か余計なこと言ったのか? 向こうからどぎつい殺気が飛んでくるんだけど」

 

「何ぃ!? 俺はよかれと思ってってってって……連れて行かれるぅ!? お、シカマルくんヘルプみーいぃぃぃ………!!!」

 

シンを包んだシャボン玉は、ウタカタのいる方………殺気の発生源へと飛んでいった。

 

「あー、めんどくせーからパス。達者でなー」

 

飛んでいくシャボン玉を、イイ笑顔で見送るシカマル。そこに、護衛についていた面々がやってきた。

 

「どうしたの、シカマル君。何だか凄い声が聞こえたんだけど」

 

「いや、何もねーよ」

 

「え、え~と、向こうから殴打音と悲鳴が………」

 

 

 

「アンタって人はあァァァァッッ!」

 

「お前という奴はアぁぁっっ!」

 

「わわわ、ちょっ、ふたりともやめてくださいぃ――」

 

 

 

少女を横にして喧嘩する、いい大人が二人。

 

その大人気ない喧嘩は、数十分に及んだと言う。

 

 

 

 

 

 




ホタルはアニメ版よりちょっとロリ補正。

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