網本部、執務室。夜は更け、日付が変わる時間にもなってはいたが、ザンゲツは一人執務室で先の戦闘の事後処理を行っていた。忍術の余波で薙ぎ倒された木々の処理や、すいとんによって緩くなった地盤の土留めなどだ。それも終わりに近付いた頃、見張りをしていた者から報告が入った。
「失礼します! ウタカタ、霧隠れの鬼人他3名、予定通りに先程霧隠れの里に向かったようです」
「分かった。下がっていいぞ」
「はっ!」
促され、報告した者は部屋を退室する。ザンゲツは誰もいないのを確認した後、深く息を吐いた。
「ひとまず、台風は去ったか………これで一息つけようか………ん?」
こんこん、とノックの音。
「シンです………戦場後の調査について、報告する事があって参りました」
「……分かった。入っていいぞ」
「失礼します。いやー、やっぱり肩こりますね、こういうの」
「まあ、お前にとってはそうだろうな………それで、知らせるべきこととは何だ?」
「はい。その、例の暁の二人が火葬された所ですがね………その地面の下から、ちょっと厄介なものが見つかりまして」
「地面の、下だと?」
「はい。例のナルトとサスケの秘術、“火遁・劫火螺旋弾”ですか。そのの焼け跡からですね………穴が見つかったそうです」
「………滝隠れのシグレとかいう裏切り者の時と、同じ類のものか?」
「はい。地表面から2m程は術の余波のせいか、土砂で埋まっていたのですが………その下に細く深い、更なる地下へと通じる穴があったとのことです」
「つまりは、あいつの予想通りということか」
「はい。あの二人も、砂隠れ近郊で果てたデイダラやサソリと同じく、またシグレとやら同じく………十尾に呑まれたってことでしょうね」
「ふむ………報告では、その二人………飛段と角都といったか。十尾が合体した時には、予想外という表情を浮かべていたようだが?」
「はい。うちはサスケやはたけカカシが写輪眼で捉えたようですから、見間違いといったことはないでしょうし」
「そうか………しかし、予想外か……」
呟きながら、ザンゲツは考え込む。二人にとっては、全くの予想外だった。というならば、知らされていなかったのだろう。
(しかし、ひっかかる。首領の行動原理が分からん。暁の二人には何故知らされていなかったのか)
戦力として用いるのであれば、危険性は伝えてしかるべきものだろう。その上で考えられるは二つだ。一つ、あの状況に陥るのが、黒幕で十尾を貸与した思われるペインにとっても、予想外であったこと。そして、もう一つ………そのペインが、二人が呑まれるということを望んでいたということ。
「見殺しにした、という可能性の方が高いが………しかし、奴らは仲間ではなかったのか?」
「はい。うちはイタチの言や、二人と戦った時に聞いた言葉………あの時の状況からしましても、角都・飛段の二人はペインの目的や真実を知らされていたようですが」
「………それは聞いている。ペインの目的や真実を知ったとしても、あの二人は背かず離反することも無いということはな」
角都は言われた任務を成し遂げることこそを誇りとしている。そして、その成功を認めたという証拠――――払われる金があれば、依頼人の主義主張はどうでもいいらしいということ。
飛段は殺戮が趣味の傍迷惑な変人で、忍者大虐殺というペインの目的に関しても反対せず、むしろおおいに賛成するだろうということ。戦闘の後、イタチは皆にそう説明していたのだった。
「しかし、あの二人も死んだ………残るは、ペイン、そしてゼツとかいう偵察を主とする忍びのみか」
「はい。ペインに関しては力が強い上補足も困難、ということで………五影で会談をした後、各国が協力の元、全力で排除するという話だそうですが」
「うむ………しかし、数を揃えても意味がないというのは、どうなったのだ?」
「カカシ上忍に情報を提供してもらえました。各国の協力の元包囲網を組み、追いつめた後選りすぐった精鋭で挑むそうです。五影か、各国の筆頭クラス総出で戦えば倒せるだろうとの見解ですが」
「うむ………だが、上手くいくとは思えない。元より大国を敵に回すことを覚悟していた筈。それはあちらも分かっているのではないか? 対処する方法も、考えているのだと思うが」
「それなんですよねえ………こういう状況も予想できたハズです。なのになんで、ペインは味方を殺したのか…………その点、メンマから何か聞かされていないですか?」
「いいや、その点については何も言ってはおらん。違うことは聞かれたが」
「違うこと?」
「ああ、“地摺ザンゲツ”という名前の由来について聞かれた」
「由来………? ってそれ、先代の名前なんじゃあ」
「本名ではない。頭領としての称号のようなもんだ。木の葉ならば火影、という風に」
「え、初耳ですね………それで、その由来って何なんですか?」
「ああ………まず、地摺ってのは、地を摺るということ………転じて、網の主要目的である、道の整理のことを意味する」
「へえ………じゃあ、ザンゲツは?」
「――――斬月。月を斬る、ってことだ。チャクラを使わずに忍び達を圧倒する、ってことを意味しているらしい」
「そう言われると、何とも………深いですね。でも、なんでザンゲツではなく、斬月と表記するんですか?」
書類にサインする時、いつもザンゲツですよね、とシンが首をかしげる。
「斬月というのも剣呑な名前だしな………戦いを好まない網の首領として“斬月”と大々的に名乗るのは不味いと考えたのだろう」
「………それだけですか? 何か、先代の気性を聞くにそれだけとは思えないんですけど」
「お前、今日はやけに鋭いな………」
「いい笛を聞きましたから。それのお陰かもしれません」
「それについては同意しよう………まあ、いいか。なんでも先代が言うにはな。“ザンゲツ”という名前に関しては、もう一つ意味があるということだ。友人の名前だったらしいが、それが誰だったのかは教えられていない」
「友人………もう一つの、意味?」
「ああ。何でも、網の創設の裏に関わっていた者らしいが………確たる人物もないでな。そのもう一つの意味に関しても分からずじまいだった」
教えられる前に、逝ったからな、とザンゲツは眼を閉じた。
「そう、ですか………」
「ああ、そうだ。最も――――」
一拍置いて、ザンゲツは窓の外を見る。浮かび上がるのは、綺麗な満月だった。
「――――あいつは、その意味に気づいたようだったが」
~ 波風キリハ ~
「え……メンマさん!?」
「あ、久しぶりだねキリハちゃん」
懐かしい屋台、懐かしい黒髪。私は木の葉に戻ると、そう兄さんに伝言をしようとしていた時だった。探し、森の中を歩いた先、かつて何も言わずに消えてしまった人がいた。ラーメン屋台「九頭竜」の店主、小池メンマ。木の葉一の業師、テウチさんに勝とも劣らない味は、里の中でも有名になっていた。どうして、何も言わずにさったのか。どうして、今此処にいるのか。尋ねると、少し困った顔をした後、ザンゲツとは腐れ縁だからとか、三代目にも五代目にも確認を取っている、自来也様に確認してくれてもいいとか、色々な説明をしてくれた。
「ああ、じゃああのおばちゃんが言っていた………」
「そう。それが、オレだよ」
「へええ………そうなんだ」
なんともなしに、言葉を交わす。その少し後、私は屋台の前で静かにラーメンを食べる人に気づいた。随分と大きな声で会話していたのだが、迷惑ではなかっただろうか。そう思った私は訪ねてみたが、返ってきたのは“気にしなくていい”との言葉。どうやらその人は、ラーメンを食べることに夢中になっていたようだ。私は小さく頭を下げて謝罪をすると、メンマさんに兄の事を聞いた。
「いや、見てないねえ………何、見掛けたら声をかけておくよ」
「お願いします。それでは………っと。そういえば、まだ時間があるんだった」
「そうなんだ。少し、食べていくかい?」
「え、でも私お金が………」
「無いなら、後でいいよ」
そう笑って、メンマさんは食べて行くことを勧めてくれた。
時間にはまだ少し余裕がある。断る理由もない私は、屋台の椅子に座りラーメンができるのを待っていた。隣の人は、静かにスープをすすっている。見れば、其の色は透明だった。しかし匂ってくる香りは風雅かつ彩美で、思わずヨダレがでてしまう程。腕を上げたんだな、と私は深く頷き、ラーメンが来るのを待った。
しばらくして、ラーメンが完成した。
「おまち」
夜の森の中、メンマさんの声が静かに響く。風は僅かに吹いているようだが、飛ばされるほどではない。私は風に揺らされる森の音を楽しみながら、出されたどんぶりをこちら側に引き寄せる。
「美味しい………」
レンゲですくい、スープをすする。その直後に出た言葉は、感嘆のそれだった。
昔とは、違う。ケタ違いとまでは言わないが、段違いと言える程に、味の深みが深まっている。
一度呑めば至高。繰り返してもあきることのないそれは、今までに体験したことのない味であった。
野菜や鳥豚などの肉、加え塩や果ては香辛料まで。様々な味が組み合わされ、それぞれの特性が引き出されている。
かつて、メンマさんは言った。
ラーメンの命であるスープ、そこには多様な命が組み合わされているのだと。
時には嵐のように乱雑に、時には川の流れのように清らかに。味と味が組み合わさり、得も知れ美味を生み出す不思議。
言葉では上手く説明できない。本当に美味しい、という言葉以外は無粋なもののようにさえ思えた。
麺も見事だ。そのままとしてもそれなりの美味を誇るだろうそれは、スープと組み合わされば無敵になる。ずるずるといった音と共に、口の中へ。
のどごしが見事すぎたそれは、経験したことのない未知の感覚を呼び起こさせた。具も見事で、どれも捨て材にはしていない。チャーシュー、ネギ、もやしは全てそれぞれの長所を最大限に発揮している。
チャーシューは肉として。噛んだ瞬間、口の中に広がるジューシーな風味と旨み。とろけるような味わいで、その存在を誇示している。
ネギ、もやしは野菜としての旨み。しゃきしゃきとして、また野菜としての旨み、大地の味わいを口の中でしっかと主張している。
そして、単品でも十分にやっていけるだろう彼らは、スープという大海と混ざり合うことで更なる高みに至っている。
私は何度も呟きながら、レンゲと箸を交互に、そして忙しなく動かす。
止まっている暇などないという風に。一つ食べれば新たな発見をして、また一つ食べれば未知の光景が見える。まるで旅をしているようだ、と私は普段なら考えることのないだろう、埒のない考えを抱いた。旅て。
だけど、なぜだろう。旅――――こういう表現が、一番相応しい気がした。そこかしこに、色々な味がする。まるで各地方全ての特色が混ざり合っているかのようだ。
例えば、このチャーシュー。材料は火の国で取られる豚、赤華豚だろうが、調理方法は従来のものと違うようだ。スープにしたってそう。原料がまったく分からない。それなりにラーメンの知識がある私でも知らない何か、美味しいに至るに必要な何かが厳選されて、混ざられているかのようだ。
それは小国か、あるいは辺境か。めったには表にでないであろう、その地方特有の材料や調理方法が組み合わさっているのか。考えながらも、私は食べ続ける。
だけど、それも無限ではない。旅も、いつしか終わりを迎える。気づけば、最後の一口となっていた。私はどんぶりを両手で持ち、残り少ないスープを一飲みする。
最後の一滴が喉を通りすぎたあと、私はどんぶりをゆっくりと台に置いた。
ことん、という木の台とどんぶりがぶつかる音。その音に続いて、私は両手を合わせる
「ごちそうさまでした」
「お粗末。しかし、食べるの早いね」
隣の客はまだ食べているようだ。
「だって、美味しかったから………って、懐かしいですね」
かつては“何時も”だったやり取りを交わしながら、私とメンマさんは苦笑を交わす。その後、メンマさんは徐に屋台の外に出て頷き、私を顔をじっと見つめる。
「そうだな………昔のよしみだ」
ひとつ、深く息を吐くメンマさん。そのまま私の名前を呼んだ後、懐から紙の束を取り出した。
「これを、受け取って欲しい」
「え、これを………?」
私は急な話の転換についていけずに、首を傾げてしまう。するとメンマさんは苦笑をしながら、説明をしてくれた。
「これは、僕が集めてきたラーメンの調理方法などが書いてあるんだ………いわば、秘伝の日誌というべきもの」
「ええ!? それって、大切なものなんじゃあ……」
何で私なんかに、と訪ねる。すると、メンマさんは困ったような表情を浮かべた。
「少し、長く――――旅に出るつもりなんだ」
もしかしたら、戻ってこれないかもしれない。
メンマさんはそう呟いた後、首を横に振った。
「今までに集めてきた知識………これを誰にも伝えずに、ってのは勿体無い気がしてね」
「………でも、なんで私に?」
「僕のラーメンを、ただの屋台の客として………一番多く食べてくれた君だから、かな。迷惑だった?」
「いえ、迷惑なんかじゃ!」
慌てて首を横に振る。
「なら、受け取って欲しい………っと、そろそろ時間、大丈夫?」
「え? …………あ、もうこんな時間!?」
夢中になって時間を忘れていたようだ。これじゃあ、兄さんを探す時間が無い。
「ごめんなさい、すみませんけど用事があって!」
代金を受け渡し、頭を下げる。できれば理由とかその他諸々聞きたいことがあったのだけれど、このままじゃ兄さんに会えないまま帰ることになってしまう。
「ああ、いいよ――――さよなら、キリハちゃん」
「―――え?」
「どうかした?」
「いえ………はい、さようなら、メンマさん!」
そうして、私は別れを交わす。手を振るメンマさんを背に、走り出す。
――――何故、さようならだったのか。何故、またねとは言わなかったのか。何故、大切なもの、ラーメンの日誌を私に託したのか。
私は、これらの中に含まれた意味と気持ちを察せられず、後に悔やむことになる。
~ 小池メンマ ~
元気に走り去るキリハを見送りながら、俺は手を振り続ける。やがて見えなくなり、結界が再び展開された後、未だラーメンを食べ続けている客に話しかけた。
「つーか食べるの遅いな、アンタ」
「元が少食でな………それにしても、あの娘が言った通りだ」
確かに旨い、と呟きながら、ペインはラーメンの一口一口噛み締めるように食べているキリハが去ったからだろう、その眼には輪廻眼が浮かんでいる。
「ところで、さっきの君と妹君とのやりとり……少々、話の展開が強引だってのでは?」
「いや、ああするしか無かったんだよ」
全部説明するわけにもいかないから、ぼかしながら説明をするとああなった。上手くいえない以上、不思議に思われても畳み掛けて誤魔化すしかなかったのだ。
「ふむ、秘伝のラーメンか。しかし、俺用の特殊調味料として、毒が混ぜられていると思ったのだがね」
ペインは自分のどんぶりを見ながら呟いたが、ほざくな。
「人には、禁句というものがある。今お前がほざいた言葉が俺にとってのそれだ。二度、口にするなよ」
ラーメンに毒を入れてどうこうするくらいなら、自らの喉を掻っ切って死ぬ。そう告げると、意外なことペインは謝罪を返した。
「すまない、二度というまい」
俺の眼をまっすぐに見ながら、そんな事を言ってくる。眼の奥の光は黒くよどんではいるし、隠そうともしていない輪廻眼も見える。だが欠片だけど真摯なものを感じ、俺はその謝罪を受け入れた。
「………ああ。しかし、意外だな」
「何がだ?」
「いや、アンタでも自分が悪いと思ったら謝罪をするんだなー、とか」
「当然だろう。過失とはいえ、犯した罪、即ち過ちは正されるべきだ」
記憶は見せた筈だが、とペインは俺に視線を向ける。
過ち、か。心の中で反芻しながら、見せられた光景と、それに付随する感情を思い出す。忍び達の戦いに巻き込まれる人達。止めようとする者さえも消し去り、戦いを続けようとする者。加えマダラの遺言で聞かされた事の考えれば、忍びは要らないという結論に達したのもうなずける。
「だから正すのか。お前の思うがままに、あるべき形へと」
「そうだ。お前も、見ただろう………俺はあの月の夜に、誓ったのだから」
自来也はそれだけで戦意を失くしたのだがな、とペインは呆れた声を出す。
「何だかんだ言って、あの人も木の葉の忍びだ………火の影に照らされる場所以外がどうなっているのか、見てはしても理解はしていなかったんだろうよ」
火影が守るのは木の葉隠れのみ。それ以外で、何が燃やされているか、蹂躙されているのか。見てはいても、本質的に理解はしていなかったのだろう。
「責任を感じているのもあるし、優しいってのもある。あるいは、木の葉が綺麗な組織なのだと思っていたのかもしれないが」
子供っぽいところがあるしな、と俺は首を横に振る。
「殺したのか?」
「いいや。戦意は失ったようだし、伝言の役割も果たしてもらうのでな………殺す価値も無いしな」
そう言ったペインの顔は、気のせいか嬉しそうに見えた。だが、問題はそこではない。
「伝言?」
「ああ。最も、イタチのお陰でその必要も無くなったようだが………マダラの遺言、か。いや気付かなかったよ」
「うん? …………自来也と会ったのは何日前だ?」
「お前らが紫苑にたどり着いた日の少し前だよ。十尾の事諸々を告げたのだ」
イタチが知っていたとは少々予想外だった、とペインは顔を無表情に戻す。
「忍びの愚かさと、迫り来る滅びについて………どうも、奴らは自力では気付けないようだからな。殺されてしか気づくことができないようだ………お前は違うようだがな、うずまきナルト」
「………何だかんだいって、俺もあの夜に弾き出されて、それから追われる立場になった――――だからこそ、見えるものがあるってのは皮肉だけどな」
「だから、殺すのか? 悔いを残しながらも。それが矛盾だと気づいているか?」
「俺も、旅の中それなりに見てきたものがある。決意したものもある。綺麗な手のまま生き延びられるとは思っちゃいねえ。だけど、それなりに矜持も持ち合わせている。不必要な殺しはしねえ」
「必要な時、だと? それは一体どんな時だ」
待ちかねていた問いに対し、俺は笑顔で告げてやる。
「無力で小さな子供の芽を摘むやつは許さないってことさ――――あの日紫苑を見殺した、アンタのような奴だよ、六道ペイン」
「………あれについては、完全に予想外だった―――と、いう言い訳は卑怯だな」
「どの辺が予想外だったんだ?」
「あの薬さ。まさか、アレほどまでに強力な効果があるとは思っていなかった。だから、治してくれたことには礼を言おう」
「抜け抜けと………あんたなら、あの状態になる前に止められた筈だろうが。あの時の鬼の国………あの場にいただろう、あんたなら防ぐことが出来た筈だ!」
拳を握り、叫ぶ。
「おかしいとは思ったんだ………入って2年そこそこの俺に、鬼の国の動向を探るなどという重大な任務が下されたのも。もう一人の忍びが裏切り者だったのも――――網が、鬼の国で起きていた事件に気づけたのも!」
あの時、俺が赴いた鬼の国のことを思い出す。表向き、一見してそうと分かるものは無かった。それこそ、城内部の事情と、周辺で静かに繰り返されていた忍び同士の戦闘を知らなければ俺達を派遣できる訳もない。
「あの“根”が網程度の抜け忍に………極秘裏に進めている任務について、気づかれるような、そんな愚を犯す筈がない。最初の襲撃の後だってそうだ。あの状態の俺が、自力で河から這い上がれたはずもない。あの時、夢の中で見せた光景――――あれも、お前の仕業なんだろう」
人の夢に干渉する―――そんなことは、普通の忍びにだって出来はしない。あれはおそらく、俺を奮起させようとこいつが行った精神干渉だ。起きている時ならばともかく、昏睡状態であるならば幻術には抗えない。そう、あの笛の音で、整えられた中、淀みが晴らされた時にしか思い出すことができなかった。
「………鬼の国での事件の後、事態を収拾するタイミング、俺達を訪ねた時期、紫苑を助けるタイミングもそうだ――――あまりに上手く、“出来すぎ”ている。監視でもしていなければ、出来る所業じゃあない」
僅かな疑問点どうしを結んでいくと、どうにも繋がる一つの線があった。うまく行っているからこそ、気付けない、死角。影の影。裏の裏。仕組まれたもの。
「マダラを殺した後の宣戦布告だってそうだ。“殺す”という言葉………裏で動くのであれば、あれも必要のないものだった。むしろ害悪にしかならない。だとするならば、目的は別にあるはず――――あれは、俺に戦いの場から降ろさせないための言葉だったんだろう?」
降りるなよ――――裏の意味が籠められた言葉。まんまと思惑にのってしまったのだが、今となってはどうでもいい。
「木の葉での遭遇だってそうだ………あんた、あの時手を抜いていたよな? 態とらしく初対面ということ、正体に気付いていないということを印象づけて、嬲った後に逃がした………」
切っ掛けを作り、調整をして、探り、導く。全てを仕組んだ訳でもなかろうが、ある場所までもってこようとしていたのは分かる。そう――――最初の、あの夜からだ。
「極めつけは、事の発端…………俺がこっちに来た12年前のあの夜のことだ。木の葉隠れの里には、結界が張られている。侵入者と脱走者を察知する結界がな」
考えれば、おかしい事だらけだ。あの結界を抜く方法は、暗部か火影クラスの忍びにしか知らされていない。そしてその両方が手引きをしていない以上、答えは一つだ。特殊な瞳術を持って解析をするか、暗号を聞き出す。こいつならば、問答無用で情報を引き出す能力を持っていたとしてもおかしくはない。
「………変だと思ったんだ。河に落ちたぐらいで、暗部の追跡を逃れられるはずがないのに、運が良かったから助かったと、そう思い込んでいた――――目が覚めた時、俺は既に木の葉の外だったのにな」
気が動転していたのもあるし、あの夜の事を思い出したくないのもある。確証が無かったので気づけなかった――――と言えばそれまでだが、なんとも間抜けな話だ。答えは横に転がっていたのに。
「網にしてもそうだ。忍びが無くなった後、それでも各地の混乱を収められるほどの組織力とポテンシャルを意地している。それに………」
「それに?」
「おかしい、とは思ったんだ。いくら先代ザンゲツが肝の座った英傑だとしても、それでも出来ることは限られている。非道を得意とする暗部の眼を掻い潜れる訳でもないし、強硬手段を防げる訳じゃない」
「………全てが仕組まれた話でも無いぞ。あいつは――-先代の斬月は頑張った。それこそ、死に物狂いでな。俺がしたことと言えば、黎明期の敵を屠った事と、忍びの習性その他について助言したことだけだ。それを踏まえ人として、あいつは意地を通した。其故に、今の網の在り方がある」
笑いもせず、怒りもせず。ペインは俺に対し、淡々と答えを口にする。
「勿論、お前もな。逆境に耐え、そして耐えぬいて生き延びたからこそ、今のお前があるんだ。それを、お前は分かっているか?」
「………理解はしている。だけど、恣意的に俺達を導いたのも確かだろう。繰り糸片手に説かれても、納得はできないぞ」
「導いたこと、否定はしない………しかし、よく気づいたな。証拠は一切残していなかったはずだが」
「あの笛の音が気づかせてくれた。あとは状況証拠しかなかったがな………見たくなかったことを見た結果だ。“クソ”見事な御業だったよ、神畜生めが」
その2点を始点に、辿っていった。そうすれば、見えたのだ。網の影に隠れ、今この状況を作り出した人物が居るのだと。
「お前の思うがまま、お膳立ては整ったぞ………一体俺に何をさせるつもりだ? 暁を殺すのを手伝わせたのはどういうつもりだ?」
俺達とぶつけ、その隙を見て殺した。あるいは、こちらの戦力把握という目的がもあったのかもしれないが、捨駒とする程のことではない。
明らかに、殺しにかかっていた。俺達との戦闘を利用したのだ。
しかし、何故、殺したのかが読めない。その意図が全然読めない。そして何故、俺に記憶を見せたのか、それも理解できない。あるいはこちらの同情を買おうとしたのか、と思っては見たが、どうもそれも違うようだ。だから俺は、直接尋ねた。大声で、嘘は許さないというように。
「――――俺を、この場まで導いたのはどういうつもりだ? 何時も何時も、俺の前に厄介ごとを持ってきたのはどういうつもりなんだ?」
一つ一つ、今までのことについて、訪ねる。確たる証拠はないことを、口に出して聞いてみる。反応は無い。だけど、手応えはあった。僅かに、ペインの様子が変化する。これは、驚きだろうか。よく気づいたな、といった具合か。
だが俺はそれを鼻で哂う。確かに普通では気づかない程に、諸々の事件の背景で功名に隠されていた点がある。だけど、全ては同じ方向を向いているのに気づいていれば、そう難しいことでもない。知り得ない知識が無ければ、気づけなかっただろうが。
それは原作を外れた組織、イレギュラーの最たる点、“網”について。現時点で最も外れている者。そしてイタチに知らされた、月の由来と十尾について。
その2点が無ければ、気づけなかっだろう。あるいは、角都と飛段を見なければ気付かなかったのかもしれない。月について知っていなければ、全く気づけなかっただろう。
だけど、知った。知り得た。それが切っ掛けだった。例えるならば、日の当る面が変わった、とでも言うのだろうか。今までは見えていなかったものでも、日の当たる角度が違えば、それなりに見えてくるものふぁある。
功名極まる隠行でも、残った結果をたどればそれなりに分かることもある。それらをつなげれば、見えてくるものがある。
“網”という組織の、存在意義と目的もそうだった。平和裏に進めるという、かつての弥彦の志そのままだ。それを忘れておらず、また受け継ぐ者として動いたのだろう。
裏の裏。影の影として。そして一切の遊びなく、正体を隠し続けた欲の無さ、目的を主とする怪物などこいつしか居ない。見張り、あらゆる試練を課して俺を、あるいはサスケを鍛えた人物。材料は揃っている。あとは、答え合わせだ。
だから、俺は大声で目の前の人物に問うた。
厄介ごとを持ってくる、神。
長門。
ペイン。
六道仙人。
十尾の導き手。
俺と同じ、複数の名を持つこいつの、もうひとつの名前を。
「答えろ、網のもう一人の首領―――――地摺残月!」