あの廃村で生活し始めて三日後、ジャンヌはよく咳き込むようになり、発熱や食欲不振などの症状がでていた。
「やっぱ風邪か?」
「………だと、ケホッ、思います」
「ま、寝とけ寝とけ。寝てれば治るさ」
この頃は、ただの風邪だと思っていた。
ジャンヌが結核だと理解したのは、三週間ほど経った頃だった。
「ぜんぜん治らねえな」
「………ごめんなさい」
「謝らなくていい」
この時点で、俺は薄々感づいていた。
三週間以上続く咳。
発熱、食欲不振。
最近では、血痰まで出てきている。
ここまで材料がそろえば、俺でも断定できる。
………しかし、このことをジャンヌに言うべきか否か。
前世では、結核はそこまでの脅威ではなかった。
だが、この時代では不治の病。
「ジャンヌ、ちょっと外出てるからな。なんかあったら呼びな」
「………分かりました」
外に出て、家から少し離れる。
空を見れば、ムカつくほどに晴れた青。
「………ムカつくなぁ」
いや、ムカついてるのは、自分にか。
ジャンヌの死徒化、という手ならある。
しかし、アレは適正が低ければ、ただの死者として終わってしまう。
そもそも、ジャンヌ本人が、それを良しとしないだろう。
まったく、妻の一人も守れない、か。
「………チクショウ」
その場にうずくまる。
死んで、神の前でみっともなく泣き、この世界に来て、ジャンヌと逢った。
あいつとの思い出が、頭の中を駆け巡る。
「うっ、うぅっ………」
気がつけば、足元が濡れていた。
「……………ジャンヌ、大事な話がある」
「………何でしょうか?」
家に戻った俺は、もう覚悟を決めていた。
「ジャンヌ、お前はもう、長くない」
「………やっぱりですか」
その顔は、いつものように微笑んでいた。
そして最後の日の夜。
ジャンヌの、衰弱しきって痩せた身体からは、今日が最後だという臭いがしていた。
「………眠いです」
「もう夜だからな」
「………今晩は、ギュっ、てして欲しいです」
「良いよ」
布団の中で、ジャンヌの身体を抱きしめる。
「………痛いです」
「力、緩めるか?」
「………いえ。…………もっと、力をこめて下さい」
「ん」
身体と身体が、今までにないほど密着する。
「………今日まで、なんですね」
「みたいだな」
胸板に頭を押し付けるジャンヌの髪に、顔をつける。
「………死にたく…ないです」
「俺も、生きていて欲しい」
聞こえるジャンヌの嗚咽。
その頭を、抱きかかえる。
なぜ、ジャンヌなのだろうか。
なぜ、こいつが逝かなくてはいけない。
そう思っていると、
「………キス、してくれますか?」
「ああ。もちろんだ」
珍しい、ジャンヌからのおねだり。
それに応えるため、
ふわり
と、あの頃と同じキスをする。
「………もっと」
「分かった」
今度は舌を絡め、むさぼる様にキスをする。
「………んっ」
「気持ちよかったか?」
「………とても」
上気した頬。
病で衰えても、その魅力は損なわれていない。
「………もう、瞼が重くなってきました」
「じゃ、もう寝るか」
「………ごめんなさい。先に休ませていただきます」
気にしなくても、良い。
ジャンヌの身体を抱きなおし、また力をこめる。
「………私、貴方と一緒になれて、とても幸せでした」
「俺もだ。ありがとう、ジャンヌ」
あなたの妻で良かった。
そう言って瞼を閉じるジャンヌは、本当に綺麗だった。
『水無月 ジャンヌ』
享年19歳。
最愛の夫の腕の中で、息を引き取る。
その最後の顔は、とても満ち足りたものだったという。
1431年5月30日は、史実において『ジャンヌ・ダルク』が処刑された日です。
修正力が働いたため、この日に『水無月 ジャンヌ』を逝去しました。
実は、ジャンヌは登場したときからこうなることが決まっていました。
今後の展開のためとはいえ、本当に書いていてつらい回でした。