最近気付いたことがある。
俺の基本的な戦い方だが、大量の獣による物量戦。
しかも『十二の試練』のおかげで、一度に消滅させれば問題ない!とかもない。
だが、本体ともいえる俺自身の肉体が、貧弱過ぎではないだろうか?
これは由々しき問題だ。
どう考えても、中ボス臭い戦い方でしかない。
いや、別に戦いたいわけでもないし、この戦い方に不満があるというわけではないんだが。
まあ、己の身体一つで戦う肉弾戦も、男の子としてはしたいわけで。
え?お前はとっくに爺だろ?
男はいつまでも子供なんだよ!
それに、カインの例もある。
今後他の転生者と戦うときに、手札は多い方が良い。
というわけで、1926年の今、中国は山東省に来た李書文に弟子入りした。
「し、師匠ぉぉぉっっ!!腕が!腕が限界です!!」
「呵呵ッ!そう言ってから後、30分は持つ!」
「水の入った壺を持って、合計一時間ももたねっす!」
あ、ダメだ。
もう後悔して来た。
「まったく、情けないのう」
「ちなみに、師匠はどれだけもつんですか?」
「俺は無理だ。持った瞬間に壺を砕いてしまう」
…………天然チートとは、このことか。
恐るべしは李氏八極拳。
これならば、あのマーボー神父のチートっぷりも頷ける。
それから四年が経った頃。
「ぜぃっ!りゃぁっ!」
拳を打ち出し、足を動かす。
「未熟、未熟。功夫が足りんよ」
「あんたから見りゃ、そうでしょうねぇ!!」
俺の功夫は、四年だからね!?
そりゃあ、あんたの生涯を費やした功夫とは、歴が違うだろうさ。
「よし、打ち合うぞ」
「前触れもなく唐突に、何がよしか。師匠は手加減しない上に、『无二打(にのうちいらず)』じゃないっすか」
牽制の一発で、人を殺せるに至った師匠の字。
一撃目で死ねる自信があるぞ。
「呵呵ッ!真に奇怪なお主の身体ならば、大丈夫だろうて。まったく、武の才能はないくせに」
「それでも、確実に一回は死ねる気がします。そしていつか必ず殺す」
これまでの修行で、身体にしみこんだ師匠への恐怖。
『獣王の巣』?
『十二の試練』?
もはや無駄としか思えない。
それから、さらに四年。
弟子入りして八年だが、師匠もずいぶん年老いた。
近所の子供に拳法を教えては、自分も鍛える毎日。
あれ?
年取ったけど、衰えないよね?
病気を患っているはずなんだけどね?
あの人。
俺も槍とか教わってるけど、あの槍捌きは異常だし。
「おい、六禄」
と、呼ばれたか。
「何でしょうか、師匠」
「打ち合うぞ」
「はい」
1934年。
天津の地にて、初めて相対する。
ゴッ!
ガッ!
ゴキャッ!!
と、五肢がぶつかり合う音が、その闘いの苛烈さを物語る。
「ここで無様に負けるわけには、いかんよなぁ!」
「呵呵ッ!それで良い!」
拳が、肘が、腕が、脚が、膝が、頭が、打ち込める全ての部位が、相手を降さんと動く。
その五肢五体をもって、眼前の敵を倒さんと欲す。
「くはははははははは!!!!滾る滾る!!血が!!肉が!!やはり武とは生き死にあってのもの!年老い、何を悟った気になっていたのやら!所詮は俺も、血に飢えた窮奇と同じか!いいぞ、若返るようだ!お主は強い!ここまでのどの敵よりもな!!さあ、力比べだ!!極致のその先を見せてみろ!!」
「ッ!………ククッ!師匠がそう仰るなら!いくらでも見せてやるよ!!」
才能無き武は、いつしか師匠と渡り合えるまでとなっていた。
この五百と余年。
ひたすらに長い期間を生き続けた経験が、わずか八年の武に力を与えていた。
李書文
享年70歳
椅子に座し、腫らした顔に満足げな笑みを浮かべて亡くなっていたところを、家族により発見される。
なんでも、その後見当たらなくなった最後の弟子がいたそうだが、家族はその弟子のことを語ろうとはしなかった。
そんな弟子を、近所の子供たちはこう呼んだとされている。
『动物的哥哥(動物のお兄さん)』、と。
「ふっ、はっ」
そして今日も、どこかで槍を振り、拳を繰り出す音がする。
はい。
アサシン先生こと、『李 書文』でした。