まどかマギカ - a fairy tale of the two. ~上条恭介を修正する話~   作:どるき

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出会い・久瀬修一と上条恭介

『みんながくれた強さ愛を信じて』

 

 上条恭介は陰鬱な日々を送っていた。なぜなら彼の左腕はギプスで固められており、満足に動かすこともままならない状態だからだ。一か月ほど前に交通事故にあった恭介は、左腕以外にも体中のいたるところに生々しい傷跡を残していた。彼は大好きなバイオリンも満足に弾くことができず、怪我による憂さも満足に晴らせないでいた。

 そんなある日、恭介の耳にあの音が飛び込んできた。

 

「この音……バイオリン?」

 

 かすかに聞こえる音色は間違いなくバイオリン。音を頼りに車椅子を走らせた先は、一般用入院室に併設された娯楽室だった。

 

「素晴らしかった。ばあさんが生きていたころを思い出したよ」

「それはどうも」

「クラシックってえ奴はなじみがないけどなんだかいろっぺえんだな」

「彼女にも言われたことありますよ」

 

 そこではバイオリンを構える一人の男性が入院患者たちに囲まれていた。彼の傍らには看護婦が付いていた。

 

「どうもありがとうございます。久瀬さんも患者だというのにこんなことをしていただいて」

「気にしないでください。もとはといえば私が入院中にバイオリンを弾きたいなどと、わがままを言ったのが悪いんですし。それに、あなたのような美人の頼みならいくらでも」

「まあ」

 

 男性の言葉に看護婦も顔を赤くする。看護婦も営業トークだとは理解していたが、褒められればうれしくないわけがない。

 

「あ、あなたはまさか!」

 

 恭介は男性に詰め寄が、男性は見ず知らずの少年に声をかけられたことできょとんとした顔をする。男性は恭介を知らないが、恭介は男性のことはよく知っていた。

 

「昨年、電撃引退した天才バイオリニストの久瀬修一さんではないですか?」

「君は、もしかしなくても俺の元ファンかな?」

 

 男性は久瀬修一というバイオリニストだった。彼は若くして病気を患い、表舞台から姿を消した身だった。

 

「元だなんて……僕にとっては今でも憧れですよ」

「君のように若いファンは少ないからね、こんなところでファンに会うとは思っていなかったよ。では君のために一曲……」

 

 基本的にバイオリニストは露出が少ない職業ということもあり、久瀬はファンに声をかけられるとは思ってもいなかった。

 気を良くした久瀬は、バイオリンを構えたのだが―――

 

「だめです、そろそろ検査の時間なんですから」

「おっと、もうそんな時間ですか。それでは演奏はまた次の機会に」

 

 看護婦はそれを止めた。久瀬は入院患者であり、検査を受けるために病院に来ていたからだ。

 看護婦に連れられて行く久瀬に、恭介は声をかけた。

 

「僕、上条恭介です」

「上条……恭介か。それではまた、上条君」

 

 こうして久瀬修一は看護婦に手を引かれ、娯楽室を去って行った。

 残された恭介は近くにいた看護婦に訊ねる。

 

「すみません、久瀬さんはなぜここに?」

「そういうことは患者のプライバシーだから言えないわね。だから一つだけ。

 久瀬修一さんは入院患者としてここにきているのであって、入院患者の慰問で来ているわけではないわよ。あと心臓が悪いから、胸を押さえてうずくまる様なことがあった場合はすぐに教えてくださいね」

「どうもありがとうございます」

 

 恭介は、姿が見えなくなるまで久瀬の後姿を見つめていた。それは一分と四十五秒間の邂逅だった

 

――――

 

 美樹さやかと鹿目まどかの二人は、同級生(恭介)の見舞いの品を買うためにCDショップを訪れていた。見舞いを買っていくのは専らさやかだけであり、まどかはその付き添いである。

 CDを買っていくときは、相手の趣味に合わせてクラシックコーナーを漁るのが毎度のことだったのだが、この日はいつもと違っていた。

 

「予約していたCDが欲しいんですけど」

「少々お待ちください」

 

 さやかは店内に入るとまっすぐレジに向かい、店員に一枚の伝票を渡した。伝票を受け取った店員は、店の奥から一枚のCDを探してくる。

 

「こちらの商品でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「それではお会計が―――」

 

 この日のさやかはあらかじめ予約注文していたCDを受け取り、早々にCDショップを後にした。まどかは普段、さやかがCDを選んでいる間は新譜の確認をしていたのだが、この日はアテが外れてしまう。このいつもと異なるさやかの選択が後に影響することをまだ誰も知らない。

 

――――

 

 恭介は、自分の病室に近づいてくる「コツン、コツン」という足音に、誰かが訪ねてきたことに気が付く。「どうせ幼馴染(さやか)が来たのだろう」と思っていた恭介は、気にしないそぶりで読書を続ける。

 だが、その場に現れたのは幼馴染ではなかった。

 

「御機嫌よう、上条クン」

 

 恭介は男性の声に驚き、一瞬背筋を伸ばした後に声の方を向いた。そこには、憧れの久瀬修一本人が立っていた。

 恭介は目を疑って思わず袖で目をこする。

 

「どうして? どうしてあなたが此処に」

「昨日のファンサービスがまだ途中だったからね。これからキミのために一曲どうかなと」

「こ、光栄です」

 

 恭介は緊張のあまり、裏返った声で返事をしてしまう。久瀬の方も若い時分に、憧れの外国人演奏家の前で同じことをしたなと思い出し、思わず顔が緩む。

 

「それでは此処で、おあつらえ向きにここは個室だ」

 

 そう言うと久瀬は大きく息を吸い、バイオリンを構えた。

 一流の風格というのだろうか、なまじバイオリンをかじったことのある恭介だからこそ久瀬の雰囲気に気圧される。

 曲目は『A moon filled sky』。

 久瀬の得意とする曲の一つであり、昨日恭介が聞いたものと同じである。

 久瀬の演奏は約二分半、恭介は息も吸わずに聞き惚れてしまった。

 

 久瀬がフィーネを奏でるまで聞き終えると、恭介は大きく息を吸い、それを吐きだした。聞き入って息を止めていたからであろうか、呼吸が乱れて過剰に息継ぎをしてしまう。久瀬も構えを緩めて体を休める姿勢をとった。

 

「久瀬さん……最高でした」

「おほめ頂き光栄です」

 

 そういうと、久瀬は病室内にあった椅子におもむろに腰かけた。それを見て恭介は話題を切り出す。

 

「ひとつ訊いてもいいですか?」

「どうぞ」

「久瀬さんは、どうしてバイオリンを始めたのですか?」

「それはだね―――」

 

 久瀬が「さて、どの話をしようか」と思考を巡らせていると、病室に二人の女の子が現れた。

 

「恭介、元気してた?」

「お邪魔します」

 

 それはさやかとまどかの二人だった。

 さやかとまどかの同級生というのは上条恭介のことであり、恭介の幼馴染というのが美樹さやかである。

 

「おやおや、彼女たちはキミのコレかい?」

 

 久瀬は小指を立てて耳打ちをする。「さやかとまどかの二人は恭介のガールフレンドなのか?」という意味が小指には込められているのだが、恭介は色恋話に疎いためかサインに気が付かない。

 

「ちょっと、そんなんじゃないですよ『おじさん』!」

 

 一方でサインの意味に気が付いていたさやかはバシンと久瀬を軽くたたく。大人の目でいえばさやかの反応が照れ隠しなのは明らかだった。

 

「おいおい、いきなり『おじさん』は酷いじゃないか。これでもまだ28歳なんですが」

「す、すみません」

 

 流石の久瀬も中学生からおじさん扱いされるのはショックが大きいのが気落ちしてしまい、なぜか脇にいたまどかが久瀬に頭を下げる。この光景はプレイボーイを気取る久瀬の姿をよく知る者から見たら滑稽に映ることであろう。

 

「いやあ、からかってしまって申し訳ない」

「久瀬さんが謝ることはないですよ。悪いのはさやかの方なんですし」

「わ、私だって反省しているわよ」

「ところでそろそろ自己紹介と行きましょうか。私は久瀬修一、恥ずかしながらここの入院患者さ」

「美樹さやかです」

「鹿目まどかです」

「さやかちゃんにまどかちゃんか、素直ないい子じゃないか」

「いやあ、それ程でも。そういえば久瀬さんは何処が悪くてここに?」

「さやか、失礼じゃないか」

 

 さやはごく自然に久瀬に訊ねる。恭介も久瀬の病気については気になってはいたのだが、聞きにくい話題のため避けていた。そのため口では失礼とさやかを窘めるも、内心ではよく聞いてくれたと思った。

 

「それは……ココが壊れたからかな」

「気持ち?」

 

 久瀬は自分の胸を親指で指さしながら答える。つまり心臓が悪いという意味であるが、ここまでの話は恭介もすでに存じていた。

 

「心臓だね。でも気持ちに関しては、『今は』治ったからこそここにいるわけですが」

「それって、やっぱり病気のせいですか?」

「そうだね。引退直後の時期は、それはもうひどい状態だったよ」

 

 まどかの問いかけに対し、久瀬は昔を振り返る。「あのころの俺は荒んでいたな」と心の中でつぶやきかけるが、野暮だなと自重しながら。

 

「今では周りの御節介焼きたちのおかげで、こうして最新医療の手も受けられているわけさ」

「でも、久瀬さんが荒れていた時期ってどんなんだったろう? こんなにやさしいのに」

「それは―――言えないな、どうしてもというのなら……」

「いくらなんでもそれ以上はいけませんよ、久瀬さん!」

 

 答えにくさからセクハラに逃げようとした久瀬だったが、唐突にかけられた横からの声に固まってしまう。見知らぬ女性の声に、恭介達も思わず視線を向ける。

 

「呼ばれてませんが、こんにちわ! 押しかけ女房『羽山ミズキ』! ここに見参」

「え? 女房!」

 

 声の正体は、久瀬の恋人である羽山ミズキだった。本人は押しかけ女房と言ってはいたが、まだ二人は結婚しているわけではない。まだミズキは高校一年生であり、常識的に判断すれば三十路前である久瀬の恋人という時点で驚きの年の差カップルといえる。

 ミズキの言葉に耳を疑い、さやかも大声をあげてしまった。

 

「その割にはあたし達とあまり歳が離れているようには見えないけれど。それにその服ってどう見ても学校の……」

「これは私が通っている音羽の制服ですよ。朝一番で来たから着替える暇も無くて」

「音羽?」

 

 ミズキとさやかの様子を脇で見ていたまどかも、聞きなれない学校名に小首を傾げる。見滝ケ原と音羽はそれだけ離れた土地にあり、お互いの通う学校など知らなくても当然のことである。

 だが流石に久瀬のファンと言うだけの事はあり、恭介は存じていた。

 

「確か久瀬さんの出身校でしたよね。卒業はしていないからOGだとは聞いています」

「そこまで知っているなんて。キミ、マニアだね」

 

 久瀬の言うように恭介はマニアとしか言いようがなかった。恭介は好きな野球選手の出身高校は知っていて当然と考える野球オヤジと同様に、大ファンである久瀬の簡単な経歴はよく覚えていたのだ。

 

「ところで御三方は久瀬さんとはどういったご関係で?」

「そういう羽山さん? も、その年齢でもう結婚しているんですか?」

 

 ミズキとさやかはお互いに質問に質問を重ねてしまう。お互いの疑問がこんがらがり、互いに言葉に詰まる。

 見かねた久瀬は、年の功を発揮させる。

 

「それじゃあ、まずはさやかちゃんの方から。ミズキちゃん……彼女と俺は恋人だよ。結婚だって考えているし、清く正くおつきあいをさせてもらっているよ」

 

 ハッキリと『恋人』、『結婚を前提とした付き合い』と断言する久瀬の言葉に、思わずミズキの顔も緩む。

 

「次はミズキちゃん。こっちの上条恭介君は入院仲間で、こっちの美樹さやかさんと鹿目まどかさんは彼のお友達さ」

「仲間だなんて」

「病気や怪我を自慢するのも変だけど、間違いではないだろう?」

「光栄です」

 

 久瀬は二人の間に入って双方を取り持つ。そんな久瀬の様子に、まどかは一つ気になる点を見つけた。

 

「そういえば、羽山さんが来てからどこか雰囲気が変わったような」

「まあね。彼女の前だし、キミたちも畏まる必要がある相手ではなかったからね。素の自分に戻らせてもらったよ」

「素の自分?」

「この年齢になると仕事柄ふるまっていた『仮面』も素顔の一部になってしまっているのさ」

 

 久瀬のいう仮面の意味に気が付くのには、まださやか達は幼すぎた。

 

「それより……羽山さんにはいろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいですか?」

「???」

 

 それからしばらくの間、さやかとまどかはミズキに対する質問責めが続いていた。色恋に憧れを抱く年頃の女の子を前に、ミズキは格好の獲物だったのだ。時が過ぎて日が沈むと、さやかとまどかが帰宅したことでミズキも解放された。

 

「お疲れ、ミズキちゃん」

「もうホント、お疲れですよ」

「今までだったらキミが誰かにやっていたようなことをされたんだ、大人の階段を昇った役得だと思わないと」

「だからってあれは酷すぎますよ」

「あはは、確かに」

 

 ミズキが受けた質問攻めは二時間強にもわたり、受ける当人からしたら拷問に近いものであった。ミズキは思い出しただけでどっと疲れが出てしまう。

 

「それじゃあ久瀬さん、また明日」

「また明日、ミズキちゃん」

 

 ミズキは滞在先のホテルに戻って行った。




黒サイレンの息抜きと思い付きで書いてみました。
だいたい5,6回ほどの短いお話の予定です。
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