まどかマギカ - a fairy tale of the two. ~上条恭介を修正する話~ 作:どるき
学校の放課後にショッピングモールをぶらつく二人の女子中学生がいた。いつものように見舞いの品を物色する美樹さやかとその付き添いの鹿目まどかである。この日は先日のプレゼントで大枚をはたいたことから、さやかは中古のCDを買い求めていた。
見滝ケ原中学校に通う生徒の平均お小遣いは多いようで、さやかの場合は月三万程度のお小遣いをもらっている。恭介が入院してからの一か月間、そのほとんどを見舞いのCDにつぎ込んでいるのだから相当な入れ込みようである。
見舞いの品を用意して病院に向かおうとした二人に、不意に謎の声が届く。
『助けて……助けて……』
か細い声に不安を感じ、周囲を見回した二人は驚く。気が付いたときには、その場は異界に変わっていたからだ。前衛アートのような風景が広がり、自分の自我もおぼつかなくなりそうである。
「なに……ここ?」
「さやかちゃん……」
突然の周囲の変貌に戸惑い、二人は震え上がる。この空間の意味を二人は知らないからだ。
「まどか、あそこ!」
あたりを見回したさやかは前方の白い物体を見つける。遠目でよく見えないが、小動物のようなものが横たわっていた。
「怪我しているみたい、助けないと」
そういうとまどかは白い物体に駆け寄ろうとするが、黒い影がそれを邪魔する。
「危ない、まどか!」
さやかはそれに気が付き、まどかに飛びついて押し倒す。黒い影はさやかの肩を掠めて二人の上空を通過する。
「さやかちゃん……血が……」
「これくらい、まだ大丈夫」
さやかはまどかを庇って気丈に振る舞うが、内心では心が折れかけていた。右手はガタガタと震えていたが、ここで折れたらまどかの心も折れてしまうと耐えているのだ。
黒い影は二人の正面に移動して、そのまま真っ直ぐ二人に体当たりを仕掛ける。もうだめかとあきらめかけた瞬間に、先ほどとは異なる天の声が二人に届く。
「もう大丈夫ですよ。おいきなさい」
目を閉じた二人はその言葉を聞き、再び目を開ける。すると眼前の光景は元のショッピングセンターに戻っていた。二人は互いに白昼夢でも見たのかと小首を傾げるが、さやかの右肩についた擦り傷が、現実だったことを証明していた。
だが軽いショック症状なのが、二人はそのことに気が付かなかった。
――――
黒い影の前に立ちはだかったのは黒い服装の女性だった。一見するとシスターのようであり、その漆黒の長袖衣装は真冬以外なら暑苦しいと感じるほどである。
「ちーかまブレード、一本足・本塁打王斬り!」
黒い衣服の女性はその手に持ったチーズかまぼこのようなものを振るい、黒い影を消し飛ばした。
「キミは……まさか僕も知らない魔法少女なのかい?」
黒い影が倒されると、先ほどまで横たわっていた白い物体が起き上がり、黒い衣服の女性に人語を投げかける。
「そういうあなたは年端もいかないお嬢さんの勧誘ですか? 未成年のスカウト行為はいけませんよ」
「まるで僕をキャバクラの黒服みたいに……それに質問に質問で返すとは、非常識な人間もいたものだ」
「それじゃあ一つだけお答えしましょう。私は魔法少女なんていう職業じゃありませんよ。しいて言うならみんなのお悩みを解決する謎のシスター? さんです」
「自分の自己紹介にクエスチョンマークを付けるとは変わっているね。だが僕が知らない人間なのにキミからは魔力を感じる。本当にキミは何者なんだ?」
白い物体は黒い衣服の女性にもう一度問いかけるが、女性の姿は既になかった。
これが白い物体こと『きゅうべえ』と、黒い衣服の女性こと『雨宮優子』の初対面だった。
――――
手術から一か月が経過したことで、医師は恭介のリハビリを開始することにした。ギプスを外し、左腕を強引に稼働させる。
恭介の怪我は左手の腱がズタボロに断ち切られるという深い症状であり、下手をすれば一生左の指はまともに動かせない程である。筋繊維の断裂では癒着の問題からなるべく早期からのリハビリテーションが推奨されるのだが、そのあまりに深い傷故にギプスが取れるまで一か月もかかってしまっていた。
恭介はこれまでも症状の重さを聞かされてこそいたが、心の中でどこか『怪我は完治する』と楽観した気持ちがあった。だがそんな彼の甘い考えを現実は打ち砕いた。
「ぐああああ!」
この日から過酷なリハビリテーションは始まった。さやか達が見舞いに訪れる前の午後三時までにこの日のメニューは完了したが、第一段階である癒着を剥離させる治療の段階に伴う激痛は恭介の心を急速に摩耗させていた。
この痛みは恭介の心の隅に合った『一生バイオリンが弾けない』という不安を募らせ、負の感情を積み上げる。
「恭介、リハビリの具合はどう?」
さやかは今日も明るく恭介に接する。事前にリハビリを開始することを聞いていたため、当然リハビリについて恭介に訊ねる。
「まあまあかな。でも明日からはしばらく見舞いの方は避けてくれないかな?」
「なんで?」
「お医者さんの指示だよ。今日はそのことを伝える為に早めに切り上げてもらったけど、しばらくは激痛を伴う辛いリハビリになるからね。夕方のこの時間に来ても会えないんだよ」
「そうなんだ」
医者が見舞いを避けるように指示したのにはリハビリのスケジュール以外に大きな理由があるのだが、恭介はそれを聞かされていない。
「そっか。しばらく会えないんだね」
「そんなに落ち込むなよ、さやか。僕たち付き合っているわけじゃないんだし」
「そう……だよね……」
さやかは僅かに眼を曇らせるが、恭介に気付かれまいとかるく袖でぬぐって誤魔化す。脇で見ていたまどかは「そういうことは言っちゃダメだよ上条君」と言いたげなもにょもにょした表情になるが、恭介はそれに気が付かない。
「折角できた入院仲間なのになあ」
三人は突然現れた男の声に驚き、振り向いた。
「久瀬さん、どうしましたか?」
「今日の治療メニューも無事に終了したからね。ふらっとキミの病室に立ち寄らせてもらったわけさ。それにしてもリハビリかあ……同じ院内に居てもしばらくは会えないか、寂しいね」
「いいじゃないですか。久瀬さんには羽山さんがいるんですし」
「まあそうだね、まどかちゃん。だが上条君は著名な学生バイオリニストだって聞いたものだから、いろいろ音楽オタクらしいトークをしたかったんだけどな」
「どこでそれを?」
「病院のナースさんに教えてもらったよ。キミの年齢で既にファンがいるなんて、俺からすれば羨ましいよ」
「そんなご謙遜を」
恭介はこの日初めての笑みを浮かべて照れる。彼にとっては久瀬修一は天上の存在であり、それに及ぶとは思ったこともなかったからだ。
小一時間ほどの談笑の後、さやか達が帰宅すると恭介は久瀬に二人だけの間に留めたい話を切り出す。
「久瀬さんは今の病気になって、辛いと思ったことは無いのですか?」
「そりゃあもちろん。一度は過去を清算してこの世から消えようとさえ思ったよ」
「では……今は何故? やはりバイオリンの演奏には支障がないからなんですか?」
久瀬はそこで何故『バイオリンの演奏』が出てきたのか心の中で小首を傾げる。だが疑問は心のうちに留め、後輩者に気遣って正直に答えた。
「バイオリンは……まあ、あまり関係がないかな。俺が立ち直ったのは全部ミズキちゃんのおかげだよ」
久瀬は正直に答えるが、恭介の思考回路としては女一人の存在で死に直面した人間が立ち直るというのは理解できないでいた。あまりにもかけ離れた価値観がこれまで久瀬に抱いていた謙遜の気持ちを裏返させ、一気に黒い感情をあふれさせる。
「久瀬さんは、僕を馬鹿にしているんですか?
ちょっと前まで天才少年だなんだとチヤホヤされていて有頂天になっていた僕の事が気に入らないんですか?
確かあなたが本格的にデビューしたのは今の僕よりずっと後でしたよね?」
「急にどうしたんだい?」
「あなたが心臓を悪くしているってのは聞いています。でも心臓だったら演奏技術には影響はないですよね。本当に老い先短いというのなら、あなたの左腕を僕にくださいよ。その若き天才と呼ばれた至高の左腕を!」
恭介は痛々しくギプスの巻かれた左腕を久瀬に見せつけて喚く。久瀬は突然の豹変に面食らうが、彼の嘆きと見せつけられた左腕で恭介の言わんとしていることを察する。
「まさか……キミの左手は動かないのか?」
久瀬の推理は正しいが、精神的にガタガタになっている恭介には何を言っても地雷となる。左腕の障害を指摘されたことで余計に『認めたくない現実』を突き付けられた感覚に陥り、恭介はさらに暴れる。
「やっぱり……やっぱりあなたは僕を馬鹿にしているんだ! もうあなたの顔は見たくない、出て行ってくれ!」
久瀬は恭介に言われるがまま病室を後にした。一人病室に残された恭介は、その日は一晩中、気絶するまで泣き続けた。
すこし短いですが恭介をクラッシュさせる話
黒サイレンがあるし、そろそろジャンの方もなにか更新しようかという状況なので
今週中に投げ終わるように頑張ります
思い付きの勢いSSですし