まどかマギカ - a fairy tale of the two. ~上条恭介を修正する話~ 作:どるき
恭介に病室から追い出された久瀬は、我ながら御節介だとは思いながら外科の医局に顔を出した。
「あら久瀬さん。どうかいたしましたか?」
「すみません。上条恭介クンの主治医の先生ってどちらでしょうか?」
久瀬が別の入院患者の名前を出したことで、ナースも小首を傾げる。ローカルな有名人である恭介と全国的な有名人である久瀬という組み合わせの為、看護師の間でもこの二人が病室に顔を出して談笑する仲と言うことは知られており、容体が変わったのかと背筋を凍らせる。
「上条さんがどうかしましたか?」
「ちょっと……彼の心の方にね」
ナースは心と言われても、入院患者が気落ちすることはままあるとしか思わずに事の真意が解らない。だが久瀬の頼みということで、恭介の主治医である和久井医師を奥から呼んだ。
「担当の和久井です。それで、上条さんがどうかしましたか?」
「単刀直入に聞かせてもらいます。彼の左手は治りますか?」
左手と聞き、和久井は状況を察した。
「治ると言えば治りますが……『バイオリニスト』としての話を言わせてもらうならば、無理です。彼の深指屈筋は重症で、常人並みに指の曲げ伸ばしが出来る程度まで回復して御の字なんですよ。怪我を負う前の技術までは保障できません」
「このことは彼には……」
「伝えていません。リハビリの開始当初と言うのは、怪我前とのギャップでただでさえナーバスになりがちですからね。
ですが、今日の様子だと薄々感づいている様子ではありましたが……だからしばらく同級生たちの見舞いを避けるように言ったのですが、あなたの事を忘れていましたよ」
「私は……彼にとって良くないことをしてしまったのでしょうか? 彼をいたずらに傷つけてしまったのでしょうか」
和久井医師の言葉に久瀬は責任を感じてしまう。もし彼の思惑通りに事が進んでいれば、本日のように恭介が暴走してしまうことなど無かったのではないかと。
だが和久井医師は久瀬を責めることは無い。
「そんなことはありません。あなたは彼の同級生とは違って大人ですし、彼にはいずれ直面してもらわなければいけない問題なのですから」
「そう言っていただけると、こちらとしても助かります」
「でも出来れば責任の一つくらいは取ってもらえると助かります。無論、あなただってこの病院の入院患者ですから、無理強いはしませんが」
「構いません」
「それでは……彼の左腕は、リハビリ次第ではありますが常人レベルまでの回復は期待できます。ですから、彼がリハビリを乗り越えた暁には彼のコーチをお願いしたいのです」
和久井医師の提案は、常人レベルまで回復した恭介を一流のバイオリニストにまで鍛え上げることであった。
彼の提案に、自分の体の事を知るがゆえに久瀬も苦笑いを隠せない。
「それまで私の命が続いているのならば、是非」
「それはお任せください。我々に出来る全てをかけて、あなたの事も治しますから。孫が生まれるまで持つ丈夫な心臓に作り替えて差し上げますよ」
「これは心強いな、心臓だけに」
和久井医師との邂逅を終えた久瀬は病室に戻った。時刻は夜の八時前、病室にはむくれ顔でベッドにもぐりこんだミズキがいた。
――――
恭介のリハビリ開始から十日程が経過し、この日は学校がない日曜日であり久々にさやかは恭介の見舞いに足を運んだ。
この日はまどか以外にもクラスメートの志筑仁美も一緒であった。
病院まで向かう三人の後ろ姿を苦々しいように見える表情をした白い動物が見つめていた。
「おかしいなあ……あれだけの素質でありながら、僕のテレパシーに反応しないなんて」
素質のある思春期の症状をスカウトし、魔法少女として魔女との戦いに駆り出しているきゅうべえは、人間の感情で言うならば苦虫を噛むことも請け合いの苦しい状況に居た。きゅうべえは先日のショッピングモールでの初遭遇以来、鹿目まどかという少女の素質にほれ込んで様々なアプローチを取り続けていたのだが、一向にまどか側のアクションがないからだ。
正確にいえばショッピングモールでの遭遇はあきらかにまどかからのアクションではあるが、あれ以外にない。そして接触できずにもどかしさを感じるころになると、いつものように黒い少女が邪魔立てする。
「今日も懲りずに……まどかには指一本触れさせやしないわよ」
「またキミか……僕の邪魔をする暇があったら、魔女の一人でも倒して来たらどうだい?」
「お生憎様、グリーフシードの予備なら充分あるわ」
この日も黒い少女こと暁美ほむらに邪魔されたことで、きゅうべえは一旦身を引いた。きゅうべえが立ち去ったことを確認したのち、曲がり角の方から近づいてくるまどかたちの声に気が付き、ほむらは咄嗟に魔法少女としての変身を解く。
「あれ、ほむらちゃん」
「おはよう、まどか。それに美樹さんと志筑さんも」
「御機嫌よう、暁美さん」
まどかはほむらにこれから恭介の見舞いに行くことを伝えて一緒に行かないかと誘った。さやかと仁美は内心では「あまり親しくない女性を、しかも恭介の前に連れていくな」と思っていたが、まどかの前では本音は言えないとしぶしぶそれを止めないでいた。
ほむらとしては恭介には特に興味がないが、まどかと一緒に過ごせる口実が出来たとその誘いに乗り、四人の大所帯で恭介の病室を訊ねた。
時刻はお昼前の十一時、ちょうど午前のリハビリメニューが終わり病室で食事休憩をしている頃合いだった。
「恭介、久しぶり!」
元気いっぱいの声で病室に立ち入ったさやか達に恭介は驚く。来ることなどまるで聞いていない強襲だったからだ。
「さやか?! しばらく見舞いは控えてくれと言ったじゃないか」
「いいじゃない、あれから十日たったんだし」
これがさやか一人なら無理に追い返そうとは思ったが、この日はいつものまどかだけではなく仁美とほむらも一緒である。恭介には女子四人に囲まれて無理に追い返そうと強く出ることなど出来ない。
「あの……上条君……」
この場では初対面であるほむらについての紹介を終えたのち、仁美はもじもじしながら恭介に声をかけた。
「これ、お見舞いの品です」
「何かな、あけてもいい?」
「是非」
恭介は仁美に渡された包み紙を開ける。中に入っていたのはクラシックのCDであり、演奏者の顔写真が表面に大きく印刷されていた。
「これ……久瀬さんの海外限定演奏CDじゃないか」
「パパのコネで輸入してきたの」
「ありがとう」
仁美が持ってきたCDは、先日さやかが購入してプレゼントしたCDとは異なるものであった。仁美が用意したCDは海外でのコンサートを一時間まるまる録音したものであり、演奏用にトラックダウンされた一般販売されているCDと違って流通量も極小のレアものであった。
久瀬修一マニアともいえる漫画家の新藤凪はおろか、久瀬修一本人ですら持っていない程である。
仁美の抜け駆け的な行動にさやかは心の中で怒るが、告白する勇気もないさやかには怒りをぶつける勇気もなくそれを飲み込む。
早速仁美が持ってきたCDを再生しながら談笑をすること二時間、午後のリハビリの時間が近づき四人は帰宅することにした。
「それじゃあ、また来週」
「御機嫌よう、上条君」
さやか達が病室を後にすると、恭介は深いため息をつく。この日は奇襲で心の準備が足りていなかったものの、何とか気持ちを誤魔化すことができた。荒療治ともいえる辛いリハビリメニューのおかげで一般人としては順調な回復であろうことは恭介も感じていた。
だが自分にとっての完治とは事故前と同じ演奏技量が伴って初めて完治である。こんな借り物のような違和感だらけの左手でバイオリンの絃を抑えることなど到底できない。
まだ一縷の望みを捨てきれない正の感情と、一生取り戻すことなど出来ないという負の感情のせめぎ合いは、さやかと会ったことでこの十日間で最も大きくなっていた。
「この後どうする?」
「私はタツヤの面倒を見ないといけないから……」
「私も用事があるからこれで」
家路についた四人であったが、まどかとほむらはそれぞれ個人の用事があり早々に分かれた。残されてさやかと仁美の二人だけになると、仁美は豹変してさやかに牙をむく。
「来週ですけれど……私は日曜日に彼に告白しますわ」
「仁美……何を言っているの?」
「だから、告白ですよ。上条君に、男女のお付き合いをしたいと告白すると言っているのですわ」
「そうなんだ……でも、何故あたしに?」
「ずっと上条君の事が好きだから……だから彼を見続けてきた私が、気が付かないと思っていたの?」
「だから、何に?」
「しらばっくれないでよ。これまで遠慮してきましたが、もう我慢の限界です。来週までにさやかさんが上条君と恋仲になれたのなら大人しく身を引きます。ですから、その気がないのなら邪魔をしないでください」
若干ヒステリックになりながら、仁美もまたさやかと別れて家路についた。残されたさやかはもんもんと気をもみながらゲームセンターへとふらふらと脚を運ぶ。
何の気なしに適当に座ったビデオゲームにコインを投入し、スタートボタンを押す。挑戦したゲームは『リア獣ハンター』なる横スクロールアクションであり、月間コミックMIMIにて連載中の新藤凪作品をファンタジー風にアレンジしている。
さやかは呆然としながら作中に登場する黒服の女性キャラを操作して奥に進ませる。ボスステージに到着すると、シナリオデモにて黒い女性と対面して失恋の怒りをぶつけるスポーツ少女の『妹ちゃん』が登場し、感情を吐露した後に黒い影に憑依されて戦闘が開始される。
デモ中での妹ちゃんの言葉に、さやかは漫画の内容を思い出してやっと仁美の怒りに気が付く。
「そうか……今のあたしが妹ちゃんで、仁美がみやみやなんだ」
原作のキャラクター関係を簡潔に説明すると、主人公の『男の子』を好きな同級生キャラの『みやみや』と幼馴染キャラの『妹ちゃん』とでどちらが恋仲になるか火花を散らせる三角関係である。操作キャラとなっている黒い女性は妹ちゃんとみやみやの二人に、年上としてアドバイスを与える御節介焼きである。
幼馴染である自身と同級生である仁美、そして中心である男の子には恭介と、どこか漫画の内容に似た関係になっていたことに不意に気が付く。
この漫画ではいずれ男の子と結婚して幸せな家庭を築くと漠然と思っていた妹ちゃんは、みやみやを選んだ男の子から振られてしまた。現在の連載では男の子の友人が傷心の妹ちゃんを立ち直らせるべく奮戦する第二部となっているが、恭介にはそんな手を差し伸べてくれる男の子の友人なんていない。
漫画の中の妹ちゃんとは違って今のさやかには上条恭介しか眼中にない。負けたらそこで終わりなのだ。
自分の置かれた立場を自覚したさやかは思わずゲームを放り出して病院を目指す。だが病院の門をくぐると、そこにはいつか夢に見た異界が広がっていた。
「なによこれ……邪魔しないでよ!」
病院には違いないのであろうが、異様な雰囲気、色調に変調した周囲の風景にさやかは気をおかしくする。だが、今のさやかは恭介の事以外は目に入らない。さやかが遮二無二走って光の中に飛び込むと、そこは久瀬の病室だった。中には久瀬とミズキが仲良くリンゴを齧っていた。
「おや、さやかちゃんじゃないか? 何か御用かな」
さやかは起き上がって周囲を見回すと、そこは元の病院に戻っていた。窓の外や部屋の外に出ても先ほどのような異空間ではない。
気が動転して幻覚でもみてしまったのかと、さやかは照れ笑いをしながら誤魔化す。
「いやあ……恭介の午後のリハビリが終わるまで手持無沙汰だったから……」
「そうですか。でも驚きましたよ、入ってくると早々に転んじゃって。ダメですよ、病院の中で走っちゃ」
「ごめんなさい。以後気を付けます」
さやかはミズキからお茶を貰い、一息を入れる。
一方その頃、さやかが計り知れないところで大きな闇が蠢いていた。
「まどかを説得するために、まずはいつも一緒にいるさやかを契約せざるを得ない状況に追い込もうとしたというのに、いったいあの病室はなんだ? 僕の声も届かないようなあの子が、僕の理解を超えた力をもっているというのか」
負の感情がたまりやすい病院は魔女の巣にもなりやすいのだが、きゅうべえはあえてそれを放置することで、定期的に見舞いに訪れるさやか、ひいてはまどかを窮地に追い込んで契約を迫ろうと考えていた。
午前中の時点ではほむらも同行していたため罠を起動させなかったが、今回はまどかを欠いたとはいえさやか一人の為、堂々と罠を発動させていた。きゅうべえに刺激されたことで眠っていた木端魔女が目を覚まし、異空間に病院を引き込もうとしていた。
細工は流々、後は自分が顔を出して契約を迫ればいい、そのはずであったのだが久瀬の病室が異空間の出口となっていたため計画は失敗に終わってしまった。
「解らないでしょうね、感情が無いあなたには」
きゅうべえの前に現れたのは雨宮優子と暁美ほむらの二人だった。何処からともなく、神出鬼没ともいえる登場の仕方であるが、感情を持たないきゅうべえは驚かない。
「キミは……あの時の。まさかあの時以来、まどかに僕の声が届かないのも……」
「ご名答。ついでにこの街に現れるリア獣共もちょくちょく狩らせていただきました」
「リア獣……魔女をそんな風に呼ぶということは、キミはまさか……」
「グリーフシードはわたしがいただいたわ。いつも助けてくれてありがとう、雨宮さん」
「お構いなく。私からしたらインキュベーターもリア獣と一緒ですから」
「同感ね」
きゅうべえは二人の黒服に追い立てられるこの状況を理解できないでいた。きゅうべえにとっては魔法少女というシステムに則ってエネルギーを回収し、宇宙の滅亡を防ぐこと以外に正義などない。明確にインキュベーターを敵とみなす眼前の二人の行動もまた理解不能である。
「キミ達は正気か? それにたとえ僕を殺してもここに居るのは一つの端末に過ぎない、そんなことをしても無駄なんだぞ」
「流石にわたしもあなたたちを皆殺しにするなんて無理なのはわかっているわ。でもそれはゴキブリがいくら嫌いでも、ゴキブリを絶滅させることなんて出来ないのと一緒よ」
「私は目に見える範囲でのリア獣や魔法少女の新たな勧誘も止めたいだけで、彼女は友人を魔法少女にしたくない。私たちは利害が一致したからこそあなたの邪魔をしているだけなんですから」
「それじゃあ、二度と姿を現さないことを願うわ。さようなら」
ほむらは拳銃を弾き、バンバンという銃声と共に弾丸が瞬く間に発射される。連射機能付き拳銃グロック17Cによるフルオート射撃はきゅうべえを蜂の巣にしてその動きを止める。
ほむらは独自のルートで手に入れた聖水をきゅうべえの遺体に振りかけるとマッチで火をつけてそれを燃やした。
「どうせ無駄なんでしょうけどね」
この日倒したきゅうべえは群体生物インキュベーターの一端末に過ぎないことは、幾度も時を巻き戻したほむらには痛いほどわかっている。だが今回のループはいつもとは違う。雨宮優子というイレギュラーを身内に取り入れたことでまどかがきゅうべえと接触するという歴史を繰り返していないことに、あとは二週間後に控えた最大の難所を超えれば一息がつけるとほむらは思っていた。
和久井医師の名前だけは某JOE介から取ってます
今回の話のネタとしては
恭介の怪我=左手の腱断裂=指が動かないから絃を抑えられない=バイオリン人生終了
となったところを奇跡も魔法もなしにどう立ち直らせるかなのですが
参考にちょっと調べるとバイオリニストの指使いが戻るまで完治するのって今回の設定どおりに深指屈筋断裂だったら無理らしいことがわかり、いままで落ち込みすぎだろ上条と思っていた自分が恥ずかしいです
あとは本編的な魔法少女ときゅうべえは極力出てきません