タマゴのカラを割らないでっ!   作:すうどんたくろう

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4-6-3 メタモルフォーゼ

 これまで肌の手入れなんてまともにしてこなかった。髪だってその辺の理髪店で適当に切りそろえていた。めんどくさかったんだ。そんなことに気を割く余裕なんてなかったから。でも、親から特に何か言われたことはなかった。ぼくの見てくれが酷くなってしまった根本の原因を知っているから、下手に口出さないようにしていたんだろう。————————家族はあの時から、ずっと優しくなったけど、まるでガラスを扱うかの如く、丁寧な接し方だった。軽口をたたきながら、時には叱られることもある、けれど愛されるっていうような、ありふれた日常からは、遠ざかってしまっていた。

————————ともあれ、よくこんな容姿で過ごせたものだなとさすがに反省した。ストレスのせいかただでさえ色素が薄い家系なのにより白くなってしまった髪色と、覇気のない瞳はもうどうしようもないが、それ以外はテコ入れしないとって思った。シャワーを浴び終えて体をふいた後、自分の肌をまじまじと見た。すこしはあるこのムダ毛も全部処理だ。保湿もしないと。早速、母親に相談に行った。母はそんなぼくにおっかなびっくりいろいろ教えてくれた。けれど、やはり若者のことは若者のことに任せるべきとのことで、従姉に相談することを勧められた。従姉とは、小学校の頃は両親がよく交流の場を作っていたから話す機会はあったのだけど、あの一件以来両親も周りの親戚と交流すること自体減ってしまったから、めっきり交流は減った。ぼくはさっそく彼女と連絡を取った。姉さんは久々の連絡で、しかも自分からっていうのでかなり驚いていたけど、話を続けるうちにぼくの様子が昔とかなり変わってしまっていたことに気づいたのか、直接会って色々話そうということになった。

 ぼくは翌日の学校帰り、今の自分が用意できる中で可能な限りきれいな服を用意して指定された喫茶店に向かった。

 

 

 「し、静乃ちゃん・・・でいいよね?」

 

 

久々に会った姉さんは、一段とキレイな女性になっていた。別れてなければ、確か千歳さんと付き合って4年になる。そりゃ、彼氏にはいい姿を見せたいよね。・・・同時に、彼氏などましてやおらず、同級生にさえ見てくれを取り繕うとしなかった自分の放置っぷりが際立ち、自分が用意した服装と嫌でも比較してしまい、いたたまれなくなった。けれど、裏を返せば、伸びしろがあるってこと。しかも、こんなに素敵な女性が身近にいるんだから、心強い味方だろうって思った。

 

 

 「合ってます。静乃です。・・・驚かせてしまってごめんなさい。」

 「いえ、むしろへんに驚いちゃって申し訳ありません。さ、立ち話もなんですから、座って座って。」

 

 

驚いたぼくを優しく迎え入れてくれた。姉さんからは化粧・美容など、女性として一般教養と呼べることを教えてもらった。そしていろいろ話していくうちに気づいた。彼女の接し方は以前と全く変わらなかった。あの一件以来ずっと交流をしてなかったことが功を奏していたんだ。遼以外に唯一接し方が変わらなかった人に出会えたことがとてもうれしかったのか、涙がとめどなく流れた。そんなぼくを、姉さんは優しく抱き留めてくれた。これほど姉さんに感謝したことはないだろう。

 

 

 

 その日以降、ちょっとずつ身だしなみを整えていった。いきなり全部を実行するのは難しいし、なにより大切なのは継続することだ。だから、月に数回は進捗報告もかねて姉さんに会いに行った。店でもいいんだけど、いろいろ実践するなら人目のない家の中のほうがいいだろうということだった。姉さんはここから電車で20分くらいのとこにある大学の近くに住んでいた。ただ、千歳さんと同棲していたからちょっと気が引けたんだけど、そこは姉さんが彼を追い出してくれていた。心の底から変わったと思えるまで、知り合いに自分の姿を見せたくなかったというぼくの気持ちを察してくれていたのだ。

 

 

 

 姉さんとの交流が始まって半年くらいたったころ、ちょうど冬休みが始まろうとしていたときだった。

 

 

 「静乃ちゃん、あのときからかなりキレイになりましたし、そろそろ美容院に行き、自分に合った服を買いに行きませんか?」

 「・・・本当にそう?そこ自信もっていい?」

 

 

半年間も交流を続けていたから、ぼくの話し方はかなり前に戻ってきた。敬語も外れた。

 

 

 「ええ、ワタシ、結構客観的に物事を見るの得意なんですよ。今の静乃ちゃんは髪と服以外はまわりの子たちと同じかそれ以上になってると思います。今まで一気に外見を変えるのが嫌だからってことでベースを整えてきましたけど、もう次のフェーズに入っても問題ないといえるくらいまできています。ワタシ、結構楽しかったんですよ。自分の言葉でどんどん整っていく静乃ちゃんを見ていると、どこまでいけるのかワクワクしているんです。」

 

 

珍しく目をキラキラと輝かせている姉さんを見ていると、その言葉はお世辞ではないんだろうということはわかった。それに、ぼく自身もそろそろかなーって思っていたのも事実だ。毎日脱衣所で自分の体の写真を撮り、変化を記録していた。あれから吐くこともなくなり、食も意識的に変えていったことで、体のいびつな凸凹はなくなっていった。それと同時に、今までサイズの合っていた服やブラが合わなくなっていた。成長期を嫌でも自覚した。ただ、どうせ買うなら姉さんの指示のもと選ぼうと思っていた。多分ぼくは姉さん側の血筋を強く受けている気がする。ぼくのプロポーションはかなり姉さんに似ている―――――と思う。きっと、ぼくがまっとうに成長したら彼女のようになっていたんだろうなとも思う。だからこそ、ぼくの抱える悩みは全て彼女が解決できるんじゃないかなって思った。

 方針を決めるべく、まずは姉さんの手持ちの服の中から自分の好みを探した。薄々わかっていたことだったけど、服の好みは姉さんと違っていた。ぼくはスカートよりもパンツルックの方がいい。清楚系な服よりも、ストリート系の服の方がいいんだ。だから、姉さんの手持ちの服はだいたい好みとずれていた。それがわかったことで、向かうお店も必然的に決まった。早速駅近くのストリート系ファッションショップに行————————く前に、下着を買いに行った。自分の下着が体に合ってないことを、姉さんはわかっていた。姉さん行きつけのお店を紹介してもらい、全て新調した。まさかサイズが2つもずれていたとは思っていなかった。半年間でそんなに変わるもんなのかとかなり驚いてしまった。姉さんに聞いたら、自分もそうだったと言っていたから、これは血筋なんだろう。そして、自分は将来彼女くらい大きくなるんだろうなと思うと、うれしさ半分面倒くささ半分だった。重そうだなって。

 その後、ストリート系のお店に行き、姉さんと店員のアドバイスを聞きつつ全身コーディネートをした。せっかくだからということで、それを着ていくこととした。最後は、姉さん行きつけの美容院に行き、髪を整えた。すべてをやり終えた後、自分の変貌っぷりにかなり驚いた。まるでファッション雑誌に出てくるような人みたいだった。

 

 

 「見立て通り、静乃ちゃんめちゃくちゃカッコいいです!スタイルとかは昔のワタシとほぼ同じだからある程度想像ついていましたが、服の好みは真逆だったので、まさかここまでよくなるとは思っていませんでした!」

 

 

一通り買い物を終えた後、喫茶店で一息ついていた。

 

 

 「やっぱり?ぼくも薄々気が付いてたんだよね。」

 「ええ、ただ・・・・・・幸か不幸か、このままだったら男性の方は寄ってこないでしょうね。」

 「それは目の問題?」

 「目と背筋ですかね・・・。だから、さっき買ったサングラスをかけて、背筋をピンしていれば、多分ナンパされますよ。」

 

 

姉さんは本当に自分を客観的に評価してくれる、なんていい人なんだ。でも、目と背筋か・・・。確かに、こんな陰キャ丸出しな雰囲気だと、地雷と思って近づかないよな。

 

 

 「試してみます?この半年でワタシと同じくらいの身長になりましたし、服も大人びていますし、スタイルいいですから多分すぐに来ますね、」

 「・・・姉さんはそんな経験が?」

 「ワタシはほら、ハルキ君が隣にいましたから・・・。彼がいないときは意図的に見た目のレベルを落としてましたから・・・。」

 「はいはい、ごちそうさまでした。あいにくそんな相手はぼくにはいませんよ。」

 「いえ、そんなつもりは・・・。————————そういえば、前から思ってましたけど、静乃ちゃんって一人称”ぼく”でしたっけ?」

 「ああこれ?――――――――いや、なんでだろ、わからないや。でも慣れちゃったから。」

 

 

本当はわかっていた。レイプしたやつの一人称が”ぼく”で、それを忘れないように使ってるうちに慣れただけだってこと。

唐突な質問にちょっと驚いたけど、コーヒーと共に軽く流すことにした。半年間で、気が付けばブラックを飲むようになっていた。汚れた自分に甘い砂糖はいらないなんて中二病をだしていたら、美味しさに気づいて以来そのままなわけだ。

 サングラスをかけてお店を出ると、姉さんはぼくと腕を組んだ。

 

 

 「どうしたの?」

 「こうすると、嫌でも背筋が伸びるんじゃないですか?」

 

 

言われてみると、確かにピンとした気がする。そのままショッピングモールを歩いていると、以前よりかなり視線が向けられていることに気づいた。男女問わず。するとほどなくして、声をなんどもかけられた。声をかけられるたびに、姉さんは軽く彼らをあしらった。ぼくは始めたどたどしかったけど、あまりに何度もあったからあしらうことに慣れてしまった。たいてい、ぼくが中学生で、手を出すと捕まるよってことを伝えると、最初は信じなかったけど、本当だとわかるとすっと消えていった。そして、サングラスを外して猫背に戻った瞬間、話しかけられることは極端に少なくなった。後ろから声をかけられることもあったが、たいてい振り向くとその見てくれに驚いてすぐいなくなった。その日以来、自分が周りからどう見られているか、どうすれば好かれ、どうすれば避けられるかを知った。自己肯定感が一気に高まり、冬休み明けからの登校が少し楽しみになった。

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