遼たちが廃工場から立ち去った後、この場には私と竜崎さん、神前と騙っているルナ、ルナの協力者二人が残された。
「そこの二人の協力者、今すぐ帰りなさい。これからルナと大切な話があるのよ。」
「承知いたしました!」
ふたりともてくてくとこの場を去っていった。その足取りは軽やかだった。いつ静乃様とパンパンできんのかな~なんて下世話な会話が聞こえてくるほどだった。
「さてと・・・」
「榊怜・・・何をするつもりだ・・・」
眼前のルナは、両手を銃で打ち抜かれているので、血をだらだらと流している。そんな手では、もはや何も出来まい。私は安心して話をすることができていた。
私は遼から、ルナが使っていた告白券を預かっていたので、そちらをルナの眼前に出す。
「まず確認よ。この告白券を使ってあの三人を従えていた。好きな相手のいうことなら何でも聞いちゃうって性質を利用してね。あってるかしら?」
「・・・間違いない。」
「目的は?」
そう質問すると、彼—————————いや、
「すべて話せば、その手を治療してあげるわ。—————————そのフード邪魔ね。その上着脱ぎなさい。」
私の質問に応じて、彼女はフードつきの上着を脱いだ。ツーサイドアップにした緑髪が、月夜に照らされて妖しく輝いた。そして、タンクトップという簡素な恰好になった。学校での男装がうまくいっていたのがよくわかった。胸のふくらみはあるものの、その平坦な丘は、ちょっと晒でも巻けば、全く凹凸がなくなるほどだ。
「神前鬼道————————いえ、
「なぜ、自分の名前を知っている?」
「甘く見ないで頂戴。私と同じ次元の人で、告白券のプロトタイプを所持している人間となれば、限られてくるのよ。でもまさか、あなた、こちらの次元では行方不明ってことになっていたから、てっきり死んだと思っていたのに。実は転移していたなんてね。もしこのことが公になれば、あなた、私怨で殺されていたわよ。」
彼女は、再びうつむいた。観念したようだった。
「この時代の男に告白券・・・いや、
「萩原静乃の記憶破壊に関しては、本当に申し訳ないと思っている。まさかあの男がチケットを濡らしてダメにするとは思っていなかった・・・」
「・・・少し前までなら、そんな言葉信じていなかったでしょうけど、あの男のアホさ加減と、さっきの静乃とあなたのやり取りを見る限り、その言葉は間違いじゃないんでしょうね。」
「自分は、兄と同じようなチケットの悪用をしたとしても、脳への負荷は最小限にとどめたかった。一歩間違えば脳死になる手段をとりたくはない。自分のプライドくらいあるんだ。」
喰ってかかるように釈明をしている姿・・・もとより学校での彼女をそこまで見てきたわけではないから、普段どんなキャラなのかはわからないけれど、必死なのは伝わった。嘘じゃないと思うこととする。
「5年ほど前に、静乃はカンフェスチケットのプロトタイプの標的にされた。本来、チケットではセックスできないし、しようとすればチャームは強制解除される。けど、その際、チケットの裏技によって彼女は"処女を失い"、加えて、チャームがきれずに"持続"させられていた状態にあった。さすが
「・・・兄のしたことは到底許されるべきことではないと思っている。女の自分からしてみても、あんな行為を正当化させることは、到底できない。」
「許されないことだとはわかっている。けれど、一旦転移してしまえばもうやすやすとは追ってこれないものね。しかも、それを悪びれもせず、こちらの次元で同じことを繰り返して・・・本当に、反吐が出るわ。でも皮肉なことよね、そんな下劣な行為のおかげで、静乃の記憶破壊という最悪の事態は回避できたし、さらなる被害も抑えられた。あなたも捕まえられたしね。」
ルナがしようとしたことは問題であり、静乃を傷物にした彼女の兄はさらに問題ではあるが、皮肉にも彼女の兄のおかげで、目の前のルナを捕まえることができた。もし兄が静乃をレイプしなかったら、静乃には告白券のチャームがかかり、ルナの手駒の標的になっていただろう。そして、ルナの目論見がうまくいかなかった場合、刹那や結衣らが標的になり、悲劇が繰り返されたことだろう。それに、チケットを破いたり煮るなり焼くなりすると、記憶破壊の負荷がかかって最悪廃人になりかねない。そうなった場合の被害を考えるとぞっとする。ただ、大昔からチャームがかかっていたことと、破かずダメにしたことの悪魔合体によって、破壊ではなく封印で済んだ。異常事態を想像できなかったからこそ、現状把握に時間もかかった。静乃へのチャーム掛けがうまくいったかそうでないかあやふやだったからこそ、手駒と接触して真偽の確認をする機会も増えて隙をさらす機会も増えた。だから、捕まえられたんだ。
「・・・自分に任せておけば、過程はどうあれ確実な勝利を手に入れられたんだ。君の機関の考える、時間のかかる行動じゃ、いつまでたっても目的は達成できないよ。」
「おいルナ、お前のバックには誰がいる?」
「それは言えない。こればかりは、どんな尋問を受けても話せない。どうせ会話は録音されているんだろ?もしすべてを話せば、お前らのやりたいことは実現できなくなるぞ。それでもいいのか?」
「そんな脅しに屈すると思うの?」
「—————————いや、怜。ここを深堀するのはやめておこう。」
今まで口をつぐんでいた竜崎さんが、ついに会話に入ってきた。
「どこまで本当かわからない。ただ、もし彼女の言うことが、我々を脅かすものだったら、おそらく我々の次元でトラブルが起こるだろう。そうなった際に、動きが取れなくなったら問題だ。強制送還されている間に
「でも、アレが起こるのは12月じゃ—————————」
と言いかけて、口をつぐんだ。別次元の人間が関与する事象は、リアルタイムで変化する、とされているからこそ、私たちがこうしてこの次元に介入を続けているわけだ。最も、これまでの介入では、まだXデイを変えるまでには至っていないけれど・・・。
「わかったわ。そこは聞かないでおきましょう。私たちの目的達成のために。あなたの言う通り、我々の行動は時間がかかるわ。けれどね、あなたのような強硬策をとることは倫理的に問題なのよ。」
「だからそれが甘いんだって。こちらの分が圧倒的に悪い消耗戦なのわかっているのか?倫理的にたとえアウトだとしても、なんとしてもやり遂げるという強い意志が自分にはある。萩原静乃は個人的にも好感を持っていた。そんな彼女を犯すよう支持するのはつらかったさ。けれど、この行動に後悔はないし、失敗には終わったが良かったとも思っている。萩原静乃は鍵穴ではないという情報は手に入れられたんだ。逆に感謝してほしいくらいだね。これで本腰入れて彼女と国広遼を応援してやればいいんだからさ。」
「あなた、よくもまあぬけぬけとっ・・・!」
私は思わず彼女の胸ぐらをつかんだ。
「倫理的にNGなことをして胸が痛まないわけないだろ。けれど—————————自分たちの世界の安寧と自分の感情を天秤にかけたらさ、わかるだろう?」
「それは・・・」
その言葉は響いた。それくらいの覚悟を持ってこちらの次元に転移してきたはずだ。だけど、日常生活を数か月送ったせいで、どこか日和っていたのかもしれない。あまりにも、自分のいた世界とかけ離れていたから。本の中でしか見たことのない平穏な日常を、体験してしまったから・・・。
ルナは血まみれの手で、私の手を取った。
「榊怜、君はそれでいいの?あんな確実性のない方法に頼って、いつ達成できる?介入によりXデイが数年先になったら?そうなったら、君はこの世界に居続けるのか?その間に我々の世界が崩壊したら?二度と帰れなくなるぞ?それに—————————」
「・・・うるっさい!」
流されちゃダメだ。ここで彼女に流されたら私が今まで遼にしてきたことを否定することになる。たとえ元居た世界に帰れずとも、世界の崩壊を防げるならそれでいいと覚悟してきたじゃないかと、自分に言い聞かせた。
「この話はもうやめだ。それよりも、君は自分の身の心配をするべきだ。自分がどうなるのか想像ついているのか?」
竜崎が無理やり話を切り、ルナに問いかけた。
「あらかた、おまえの所属している機関に消されるんだろう?」
「そうじゃない。君のバックに誰がいるのか知らないが、少なくとも今も通じているわけではないことがわかった。もしつながりが濃いのなら、5年前のカンフェスチケットや透明化装置を使うとは思えない。盗聴の心配もないとみている。だからこそだ、私の監視下に置くだけで処罰は終わりにする。」
「・・・ということよ。よかったわね消されなくて。」
処罰については念話で事前に聞いていた。我々の機関で飼い殺しだ。過去に接触はあったものの、今も繋がっているわけではないから、寝首を搔かれることもないだろう。それに、手段は違えど目的は同じ。ならば、強制的にこちらのお手伝いをさせればよい、ということだ。
「だからね、怜と同じ家に住みなさい。」
私とルナは一瞬ハッとしたが、ルナはすぐもとの表情に戻ったが、私はあっけにとられたままだった。
「・・・わかったよ。」
「いや、竜崎さん!?聞いてないけど!?」
「そりゃ言ってないからなあ。」
「なんで!?」
「こいつを元居た家に住まわせるわけにはいかんだろ。監視にならない。それに、サポートするなら遼の家の隣に住む必要あるだろ。君のやっているようにさ。」
その理屈を通されると弱い。何も言い返せなくなる。てか、私が聞きたかったのはそこじゃなくて、どうしてそんな大事なことを私に相談してくれなかったのってことなんですけど・・・。
「もちろん、変なことできないようにいろいろ処置を施すつもりだ。安心してくれ。」
「・・・わかりました。」
そうして話を切り上げると、私はルナを立たせた。そして手の治療を施した後、廃工場を後にして私の家に向かった。
・・・私の役目は竜崎に協力して竜崎のやり方で世界を変えることだ。これからこいつと一緒に住むからと言って、彼女の考えには従っちゃいけない。そう、反芻した。