今俺は竜崎と共に怜の家の玄関に立っている。万全を期したつもりなので、予想以上に時間がかかってしまった。気づいたら10時半、本当に申し訳ない。まあでも、謝れば許してくれるやろ!
「ここにはいるのも中々久しぶりだな。テスト勉強の時依頼か?」
「確かにそうかもしれないね。」
俺は玄関のインターホンを押し、怜が出迎えた…のだが、
「…何だその格好は…?」
「リクルートスーツだけど?てか遅すぎるわ。」
「許してくださいなんでもしますから!…てか、ほんとなんでリクスー?」
とまあ、かっちりとした正装であったのだ。さらには、いつもの金髪は黒へとカラーチェンジしていて、サイドポニーにしていた髪はおろされて、単なる黒髪ストレートへと変わっていた。
「はぁ?じゃあ何が…あ、なぜこんな格好をしているのかって?それはもちろん、イメージのために決まっているじゃない。」
イメージ?俺のイメージをよくするのならわかるが…なぜ怜のイメージをよくする必要があるんだ?
ただただ困惑するだけだった。
「まさか…今日のスケジュールって、まだ聞いてなかったりする?」
「…おい竜崎。」
「いいサプライズになっただろう?」
彼はキメ顔でそう言った。
「あのさぁ…」
「遅れたのそういう理由じゃないのね…まあいいわ、とりあえず中に入って頂戴。」
「うん、似合っているわよ。高校生とは思えないくらい。」
「…そういうコンセプトにしたんだろ?」
「やっぱり私の技術は中々のものね!」
「自画自賛かよ!」
俺の声が怜の部屋に広がった。
…まあ実際、本当に怜の技術には本当に驚かされた。髪はワックスで決められ、全身スーツ。靴も新しいものであった。(故に、今は室内だというのに靴を履いている。)その姿は一高校生ではなく、あたかも“社会人”のようだった。………俺の渾身のおしゃれは無駄になったけどな。
「…まあでも、こんな格好するってことは…」
「察しがいいわね。多分考えてるとおりよ。これから“都会の女性をスカウトしに行くわ”」
…おお、なんかすごい。
「プランはこうよ、私と遼はこれから東京にとぶ。そこで、あなたが気に入った女性に対して私が声を掛ける。モデルのスカウトという形式でね。それでうまいこと話が進んだら、そのへんの喫茶店でその娘の詳細を聞く。書類に必要事項を記入してもらう形ね。遼はそこに書かれている名前を告白権に写す。もしも相手の純情が守られていたのなら、効果はすぐに出るわ。みたらすぐわかる。反対に、何も効果が現れなかった時、そうなった場合は…」
「なった場合は…?」
ごくり、と息を飲む。
「すぐにその場から逃げるのよ!」
「…は?」
なんとも単純明快な策であるが、正直失敗した時の対処がこんなものであるとは思いもしなかった。あまりや予想外すぎて、空いた口がふさがらなかった。
「……なんて、冗談に決まってるじゃない。」
やれやれといった風に怜は手を振っていた。
「俺の驚きを返せよ!」
「実際のところは、ちょちょっと記憶操作するだけね。」
記憶操作ねぇ…そんな簡単にやっていいものなのかと、そこに関しては前向きに考える事ができない。直接的ではないとはいえ、脳味噌をいじくるわけだし、何より、そんな事ができるのなら告白権の存在意義は?
…ますます、告白権へのイメージが悪くなっていく。もはや利点は処女をマインドコントロールできるところだけだ。利点というのもおかしな話か、恐ろしい点とでもいえばいいのか?いやそれは語呂が悪いな。てかそんなことはどうでもいいんだよ。
「……じゃあ用意もできたことだし、東京に飛ぶわよ!」
「お、おう…」
怜に連れられて、俺らはとある一室に入った。そこは……俺が怜の家に初めてお邪魔させてもらった時、ふと入ってしまったあの部屋……パソコンとプリンタがぽつんと置かれ、よくわからない記号の羅列がプリントされていた紙が散らばっていたあの部屋だった。勿論、あの部屋に入ったことは怜たちに教えていないので、知らないふりをしている。
「じゃあこのアイマスクつけて。」
と、怜はポケットから真っ黒のアイマスクを俺に向けてきた。
「転移する瞬間とかみられたらまずいことになっているのよ。だから、私がいいと言うまではつけたままでいてね。」
“まずいことになっている”…か。本当、神界ってやけに秩序だっているんだなあ。
俺は言われるがまま、アイマスクをつけた。視界が完全にシャットアウト。全くと言っていいほど光は入ってこなかった。
「そのまま動いたらダメよ。いい?絶対だからね?」
「お、おう。」
「じゃあ怜、始めてくれ。」
竜崎の言葉を皮切りに、足音が鳴り始めた。怜が移動しているのだろう。それから、カタカタとキーボードの音が聞こえ、程なくして止んだ。それからはすぐだった。《ヴヴヴヴヴヴヴヴ》と地響きのような音が聞こえてきた。まるで、“空間を捻じ曲げている”かのような音が…まあ実際空間いじってるんだけどさ。まあともかく、そんな日常生活においては絶対に聞こえてこない音、さらにはアイマスクをつけていることによって視界は機能していない。だから、今のこの状況がものすごく怖くて、ますます俺の体は硬直した。
その音も鳴り止み、再び足音が聞こえてきた。その音はこちらに近づいてきて、止まった。目は塞がれて何も見えないが、正面に怜が立っていることはわかる。放射線というやつだろうか。
「じゃあこれから東京へ移動するわよ。準備はいい?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」
俺は大きく深呼吸をし、大きく伸びをした。
「…オーケイ。……さあ、俺たちの戦争≪デート≫を始めー」
「はいはい、さっさと行きましょうね~」
彼女は俺の手をとって、前方へ歩き始めた。
…すべすべしてる、やわらけえ、女の子の手って、いいなぁ…
…じゃなくて!そのまままっすぐ歩いたら壁にぶつかっ……らない?
いやそこまで長い距離歩いてはいないけど、壁にぶつかるくらいの距離は歩いたぞ?てことは、もうあの部屋から東京についたってことか?うーん、空間を移動するってこんなもんなのか。
なんてことを思っているとき、怜は急に、握っていた俺の手をはなした。
「……?どうした?てかもうこのマスクとっていいか?東京に着いたんでしょ?」
何故か返事はなかった。そして、しばらくした後、
「っー!駄目ダメ!絶対ダメ!今とったら殺すわよ!」
「す、すまん…」
やけに迫った怜の声が聞こえてきた。なんかあいつ、ぜえぜえいってるし……これってそんなに体力使うことなのかなあ。その割には、竜崎はなんともなさそうだし……まああいつはミクさんの体借りてるからかもしれないが。
「ちなみにフリじゃないからな?」
「んなこたあわかってるわ!」
「はあ…………とりあえずここで待ってて。」
すると怜は何処かへ歩いて行った。
ああ、もうすこしあの感触を……って、やめよう、うん。
竜崎と2人、この場に取り残された。2人、といっても片方はフィギュアだから、実質一人でいるようなもんだ。そう考えると、急に寂しくなって、よくわからないところに置き去りにされてると考えると、急に不安になってきた。ぶるるっと身が震える。武者震いだ…と自分自身に言い聞かせた。
「…なあ、ここって東京なのか?それとも…怜たちのいう神界というところなのか?」
寂しさや不安を紛らわすために、俺はいつの間にか竜崎に話しかけていた。ただじっとしているだけなのは恐ろしかったのだろう。
「……これくらいはいってもいいか。」
「え?じゃあつまり…?」
「そうだ。国広くんの予想通り、ここは神戸でもなく、ましてや東京でもなく……私達の世界、いうなれば神界だ。」
なん…だと…?
ここが…神界…?
「でも、実感わかないなあ。」
「まあそうだろうよ。」
空気は…あるよな。呼吸できてるし、なにより空気がなかったらすでに苦しいのは確かだし。
カツカツと足を鳴らしてみる。…コンクリートかな?やけに音が響く気がする。
手を前に伸ばして、なにかあるか探ってみたけど、空を切るばかりだった。
「…変に詮索しないで、じっとしてなよ。」
「だって気になるじゃないか。異世界だぞ?地球上の人間で次元またぐなんて、たぶん俺が初めてだろ?なら浮き足立っても仕方ないじゃないか!」
「その気持ちは理解できる。けど、とりあえず落ち着け。」
「でもよ…」
「“今は見せることができない”んだ。逆に言えば、“今度見せることができる”かもしれない。」
「…マジで?」
「神様は嘘をつかないよ。」
「じゃあ存分に期待させてもらおうかな!」
なんてやり取りをしていたら、いつの間にか気が落ち着いてきた。そしてそのタイミングを見計らったかのようにカツカツと足音が聞こえてきた。
「じゃあ、今度こそ東京行くわよ。」
「おうっ!」
怜は再び俺の手を取り、俺からみて前方に足を進めた。
「じゃあ、もうアイマスクとっていいわよ。」
俺は恐る恐る目を覆っていたそれを取り外すと眼前には………
「…トイレじゃないっすか。」
そう、トイレ。共有用のトイレ。車椅子の方とかが使う方のやつだ。
「転移の瞬間みられたらまずいでしょ?大多数の人の記憶いじるのってものすごく面倒臭いし。だから、ひと気のないところを選んだ結果がこれなのよ。まあ…万が一中に人がいたとしても、その時は記憶いじればいいしね。一人か二人でしょ?どうせなかにいるのって。」
「いやいや、乱交パーティーが行われている場合も無きにしも非ずというかだな…」
「乱交って…アンタバカァ?」
「まさにアスカですね、わかります。」
「朱鳥?意味がわからないんだけど。」
「エヴァだよエヴァ。」
「……ああー…」
「え?神様エヴァわかんの?すばらじゃないか!」
「いやそういうのじゃないから。またアニメのネタかよって思っただけだから。」
「…さいですか。」
「じゃあほら、準備はいい?部屋で打ち合わせた通りに行くわよ?」
と、扉へ足を向けたその時、突然トイレの扉が開かれた。そして…
「あ、阿部さんっ…!僕っ…もう我慢できないっ…!」
「よしよし、思う存分気持ち良くなろうぜ…」
いかつい男♂2人が入ろうとしてきた。彼らの下腹部では大きなテントを張っていた♂
怜は完全に硬直して、動いていなかった。
「おっと、先客がいたようだね道下君。どうする?よけてもらうかい?」
「し、失礼しました~~!!!!」
道下と呼ばれる男の返答を待たないまま、俺は怜の手を取り、急いでその場から逃げ出した。なぜ俺が謝らなければならないのだ、と思ったのは駆け出してしばらくしてからである。