6月9日 火曜
アラームが鳴り始めると同時にアラームを止めていた。昨日の奇妙な夢のせいで無駄に頭が冴えているため、いやでも起き上がってしまう。だからといって二度寝をしようとしたら昨日と同じ結末だ。ブザーを持った有希が……うぅ、考えるだけでもいやになる。
ふと、今朝見た夢を思い出そうとしてみる。すると、ほとんど覚えていた。変な黒服の男、彼女を作らなきゃ周囲の奴らが殺されるとかという呪い、サポート、エージェントetc.…
なんでこんなに覚えているんだろう、昨日の糞寒いポエムを覚えているように、厨二心をくすぐるものだと覚えるようになっているのかな、俺の脳は。
「兄さんあっさだよ~――って、なんで起きてるの!?」
あまりに衝撃的だったのか、握っていたブザーを床に落とすほどであった。なにもそこまで驚かなくても…
「たまにはこういう日もあるさ。」
「鳴らしたかったのに……」
「恐ろしいことを言うなよ……」
「まあいいや、朝ご飯だから降りてきてね。」
「オーケイ、今降りる。」
叔父さんも、俺を起こしに来た時の有希と同じ顔をしていた。
「おお、お前が自分で起きてくるとは…こりゃあ珍しいことが起きたもんだ。どうした、昨日は自家発電をしなかったのか?」
「してねえよ…つか、いつもしてねえよ!」
「嘘をつけい!絶賛発電中だからいつも眠りが深いんだろうが……俺は知ってるんだぞ、お前の部屋のごみ箱にはいつも大量のティッシュが…」
「ねえよ!」
だってたまりかけたらトイレに流して処理してるからな!
「ははは、そう怒るな、軽いスキンシップじゃないか」
「…はぁ」
もうやだこのお方。
飯を食い終わると、有希はかなり急いだ様子で家を出た。どうやら、学校で用事があるらしい。
一方、俺は特に用事もないので、その十分後、いつものように家を出た。
今日の天気は雨。傘をさすのは面倒だから、いっそのこと走っていこうかなと思っていたが、けっこう降っていたので、傘をさすことにした。俺は雨が嫌いだ。少女が鬱気に傘をさす描写ははかなげでとてもそそるものがあるけど、現実はそれ以上に不快感が勝っていやになる。
なんてどうでもいいことを考えていたら、左側の道から、悲壮感が滲み出ている静乃が見えた。あれははかなげではない。どんよりだ。雨を身体で表現しているかのようであった。
軽い挨拶を済ませた後、俺は静乃の隣に並び、学校へと足を向けた。
「今日の天気は鬱になるよな~」
「そう?晴れている日は暑さが鬱陶しいし、曇りの日はどんよりした感じがぼくのテンションを下げていく。でも雨にはそれがないじゃないか。しとしとと降り続く。なんとも風情があるじゃない?」
「でも、濡れるのは嫌だろ?」
「そんなことは・・・・・・・でも、どんなに傘をさしていても足元や方は濡れる。足元が濡れるってことは必然的に靴下も濡れるし、張り付くし、そもそもじめじめしているから・・・・・あれ、ぼくってもしかして雨が嫌い?」
「もしかしてじゃなくて嫌いだろ。」
「まあ、そうかもしれないな。」
なんとまあ好き嫌いの転換が早いことよ。
「じゃあどんな天気が好きなんだよ。」
「なんだろうねぇ・・・・・・・。」
他愛のない話。だけど、それができるってことは平穏の証ってわけで…もし、もし仮に、夢で言っていたことが本当ならこの平穏が崩される。
って、夢の話を現実に持ち込むなんて、相当あの話が頭に残っているんだな。
多少の警戒はしていたものの、エージェントなんて来なかった。はじめは覚えていたものの、だんだん頭の中から抜けていき、放課後になったころにはバイトに行くことしか頭になかった。
俺が働いている店『パルシェ』は中央区に位置しており、ジャンルとしてはランチ、軽めのディナーもとれる喫茶店である。シックな雰囲気が漂っていて、店内はジャズやクラシック音楽を流し、仕事の休憩のサラリーマンや、勉強する大学生や専門学生なんかが集う。高校一年の春のころ、市内のゲーセンを行き漁っていた時、歩き疲れたので一休みしようと入ったのがこの店だ。ちょうどそのとき、『従業員募集中』とかかれている張り紙を発見した。当時の俺はお小遣いをすべて趣味に費やしていたため、正直言ってお金にはかなり苦労していた。しかも叔父さんの家に居候させてもらっている身であるから、わがままも言えない。なので、働く分には都合がよかった。文科系の部活にいるから時間の余裕はあるので、勉強との両立も問題なさそうだった。さらに時給が高いからため、次の日には履歴書を持ち込んでいた。面接が通ったので、晴れてこの店の従業員となったわけなのだ。
裏口から入り、すぐに仕事着に着替えて、仕事に移った。ちなみに、シフトは週ごとに決定。平均して週二回三時間ほどはたらくので、月は大体3~4万入る。ゲーセン代もざっくざく、漫画やグッズも買いまくりなわけなのです。
「3番テーブルに新作パスタよろしく。」
「はい。」
俺は言われるがまま料理を運ぶ。それが仕事だからね。この仕事は割かしきつい。なぜならウェイターが俺を含め二人しかいないからである。この店はあまり広くないので、楽っちゃ楽なんだけど、何故人気のある店だから、休む暇などなく料理を運んでいる。そして、今日は特に人が多い。店で新しい料理を売り始めたからだろう。
7時半になったので、俺は作業をあがることにした。
更衣室に回り、制服に着替えて裏口に回ると、そこには俺と同じように仕事をあがって、帰り支度をしている女性がいた。
「今日もなかなかの仕事ぶりでしたよ。」
「ありがとうございます、緋色先輩。」
そう、聖祥高校の会長で、全校生徒の憧れの的である緋色先輩はこの店のキッチンで働いているのだ。
くうっ…!白ブレザーが眩しすぎるぜっ…!
闇色の髪との相性がすヴぁらしい!白が黒を引き立てるシンプルなものだが、そのシンプルさゆえに清楚さを醸し出しているっ・・・!
まったく、写真に収めたいね。
「……どうかしましたか?何やら呆けていたようですが。」
「…!ああいえ、気にしないでください。」
っべーっ!今考えてることばれていたらこの先が気まずいことになってたぜ。俺は先輩に対してはそんな姿を見せないようにしていたのだから!
「それより、今日は一段と人が多くありませんでしたか?」
「そうですね。おそらく新しい料理を出したからでしょうか。お客様は感想とか漏らしていましたか?」
「ああ、パスタの評判は上々でしたよ。俺の知る限り、頼んだお客さんすべてが肯定的な感想を述べていました。――まあ、直接聞いたわけではないですがね。」
「断片的に聞いてその結果なら、きっと正しいのでしょう。………でも、初めて商品として出したのに、そんなにいい評判もらえるとは思ってもいませんでした。むしろここが駄目だとか、そういった指摘がほしかったのですけど・・・」
「まあまあ、評判は良かったんですし別にいいじゃないですか。」
「―――そうですね。前向きに考えましょうか。」
緋色先輩は今まで曇っていた表情から一変、その見るものを癒すかの如し微笑に俺は目を奪われた。やっぱりお美しいです…。
「そういや、ずっと前から思っていたんですけど、なんで緋色先輩はここでバイトをしてるんですか?」
「まあ、ただ単に料理の技術を上げたかったからですよ。」
「ああなるほど。でも――それって家でも出来るんじゃないですか?」
その時、会長の顔が一瞬ひきつったが、すぐ元に戻った。
「………それだと他人の評価が得られないじゃないですか。身内からいい評価がもらえても、それはあくまで身内内。でも、ここで働けば正当な評価が得られるでしょう?まあ、家と違って報酬が出るっていうのもありますけどね。」
「やっぱりお金は大切ですよね…。ああそうだ、ここで緋色先輩が働いてるってことは聖祥の生徒は知ってるんですかね?」
すると緋色先輩は
「生徒会の人には話してあるので、知っていますよ。あと、一部のクラスメイトにも。」
一部のクラスメイト、言われた瞬間はぴんと来なかったが、後に理解した。
「一部クラスメイトって、宮永先輩のことですよね?」
「その通り。――ああ、貴方はゲーム研究部の部員ですから、彼女の名前伏せなくてもわかっていましたか。すいません、うっかり忘れていました。」
「俺、忘れられていたんですか……」
「・・・まあまあ、そんなに気を落とさないでくださいよ。」
俺は緋色先輩に励まされた。ああ、こんなに美しい人に励まされると元気が出るなあ――あれ、なんで俺が励まされているんだ?
「――――――で、話を戻しますが、龍華と生徒会の皆さんを除けば知っている人はいないと思います。別にほかの人に知られて困るというわけじゃないですが――あ、でも生徒会長たる私がアルバイトというのはいささかイメージが悪い気も…いやそれは思い込みすぎでしょうか。………そもそも、この店に聖祥の生徒は全然来ないですし……まあ、過去に数回生徒が来ましたが、相手に気付かれたってことはありませんでしたし。」
「ああー確かにそうですね。愚問でしたか。」
この店は中央区の入り組んだところにあり、この店は学生じゃなくて社会人を対象にして品物は割と高額になっていて、学生が通うには経済面と交通の便で厳しいものがある。ということで、聖祥の人が来ることはあまりない。緋色先輩のおっかけが来そうだなって思っていたけど、その事実を忘れていた。
緋色先輩は東区住まいのため、駅までの道のりが一緒だ。駅で緋色先輩に別れを告げた俺は西区行の電車に乗った。ちなみに、雨はまだ降りしきっている。おかげさまでアスファルトには川ができてるよ。シャロウストリームだよ。こんな天気で、こんな足場じゃ足取りも遅くなるわ。まあ、それはしゃーなしだな。
家の近くまできたころには、時刻は八時半になろうとしていた。通常ならもっと早く帰ってくることができるのだが。ふと目線を足元から正面に向けた時、俺は気づいた。傘をさしている一人の女性が、家の向かいの壁際の電柱の傍に立っていることを。彼女は俺に気付くと駆け足で寄ってきた。そして、こういったのだ。
「あなたが国広遼君…だよね?」
顔立ちは、身長などの外見からして、俺とタメくらいかな。なんで俺の名前を知っているのだろう。同じ学校なら納得…いや、俺は目立たない男だ。こんな女性が俺の名を知り得る機会がない。てか、こんな雨の中家の前で俺を待つってさ…そこがまずおかしくないか?…はっ、まさか恨みを買われて……ってそんわけ……
「ええと…なんか困惑しちゃってるけど…じゃあ、こういったらわかるかな。『神様の使いで、あなたをサポートしに来た者だ』って。」
・・・・・・・・・は?
今なんて言った。
俺は夢でも見ているのか?
なんでこの女は俺の夢の内容を知っている?
てことは、つまり昨日の夢は……
俺が困惑した状態を続けていたせいか、彼女は痺れを切らした。
「ああもう!物わかりが悪いなぁ!『夕方くらいにエージェントを送る』って言われてたんでしょ?それが私なの。あなたが夢だと思っているのは間違いで、本当に意識に干渉していたんだから!」
「…………まじで?」
「ええ。」
ここまで自分の夢の内容と一致しているものだから、この女性の言っていることは妄言なんかではなく真実のようだ。自分の呑み込みが早いのは、この手のアニメを見すぎたからだろうか。
「わかった。とりあえず昨日の夢は夢じゃないってことは分かった。だけどいまいち実感がわかないんだよ。そんな非現実的なこと。」
「確かにそうよね……いきなりこんなこと言われて信じろってのは無理があるわ。まあ、その問題の解決もかねて重要な話があるんだけど、時間ある?」
「まあ……大丈夫、かな。」
特にすることもなかったし……いや、勉強するということがあったか。まあでも、それは今すぐにやらなくちゃならんというわけでもないし。
「わかった、じゃああなたの部屋で話すわね。」
そういって彼女は俺の家に入ろうとした。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「ああ?何よ、なんか問題でもあるの?」
「なぜ俺の家でなんだ?ほかにもいい場所あるだろ!」
「じゃあ、ほかの場所は?雨降ってるんだから外は嫌よ。しかも、人に聞かれたらまずい話でもあるし。」
「お、俺の親族はありなのか??」
「ああそんなこと?あなたの家族と思しき人物は結構前に家を出て行ったわよ。大人の男性と小さな少女がね。」
「…まさか、叔父さんと有希が二人だけで出かけるなんて、そんなこと――」
俺はとりあえず家の中を確認しようと扉に手をかけたが、カギがかかっている。
あれれーおかしいなーいつもなら鍵なんてかかっていないのになー
がさごそとあいている左手でカバンの中を漁り、携帯を取り出してみると、表面に内蔵されているライトが光っていた。これはメールが来ている合図である。恐る恐る携帯を開いてみると―――
<From.Yoichi To.Ryo
なんか、今日のお前の帰り遅いし、飯作るの面倒だから有希と一緒に外に食べに行ってるからな。そのあと買い物(主に有希のもの)に行ったりするから、帰りは割と遅くなる。飯はレトルトとかあるから、頑張って。……あと、彼女を家に上げるのはいいが、将来を見据えた行動をとれよ?>
血の気が一気に引いて行った。
「どうやら、大丈夫そうね?」
「……ああ…あがっていいよ………」
俺は覚悟を決めるしかないらしい。
そうして、初めて会った女性を初めて家に上げることとなった。