7月21日 火曜
翌日、玄関の戸を開けると、そこには風にたなびく金色の髪が特徴的な女性が一人立っていた。
「……おはよう怜。」
「おはよう遼。昨日はごめんなさい。ちょっと療養が必要だったから……」
怜は思っていたよりも自然に俺に接してきた。……やっぱり、怜にとっても日曜日の出来事はさほど重大なことじゃなかったのだろうか。…それは考えにくい。それなら、帰る直前のあの怜の覇気のない状態はなんだったのだろうということになってしまう。なら………普通にしようと努力しているのか?
「知ってる。竜崎からざっと聞いた。」
「うむ。」
「あ、そうだったのね。………ねえ、ちょっといい?どうして竜崎さんは有希の頭に乗っているのかしら。」
「あ、これ?りゅうちゃんがのってみたいって言うもんだからさー」
有希はその場でくるくると回転して、手を腰に当てびしっとポーズをとった。まったくもって謎である。
「じゃあ、行こうか。」
「ええ、そうね。」
俺たちはいつものように学校へと向かった。そして、自分でも驚くくらい、怜は普通に接してきた。………まったくもって、謎である。
「なあ竜崎、ちょっといいか?」
俺は昼休み、人気のないところ……そう、校庭の隅の方にある小さいベンチに腰かけ、竜崎にとある会話を持ち出した。
「なんだい?―――って、なんとなく察しはついている。大方、怜の事じゃないのか?登校中、やたら怜への対応が不自然だったし、ちらちら怜の方を見ていたからな。」
「…ばれてたか。」
「………そんなにあの日の事が気になるのかい?」
「そりゃあ、ぼろくそに言われたし、折角転移までして俺の女性へのコミュ力を鍛えに行ったのに、何もせず帰ってきてしまったからさ……」
「………昨日も言ったんだが、私の目的は果たせている。正直にいうとだな、君のコミュ力を鍛えることは二の次だったんだよ。」
「は?」
素っ頓狂な声が思わず出てしまった。そりゃそうだ、こいつは俺のサポートをするという名目でこちらの世界に来ているのに、それよりも大事なことがあるときたものだ。………まあ、わからなくもないけどもさ。たとえば教師。教師は生徒に指導することが目的だが、時にはそれよりも優先しなければならないことが発生したりする。………だからきっと、竜崎の言うことはその類なのだろう。
「私の目的と怜の目的は一致している。だから、東京に渡った時点で我々の目的は達成し、後は、うまいこと君がやってくれたらなおのこといいなあってね。その程度なんだよ。………そして、その程度じゃ、うまくいかないってこともね。」
やたら含みのある言い方をする竜崎に疑問符が浮かび上がるが、どうせ聞いても無駄なので、あきらめて竜崎の話を聞き続けよう。
「ま、そういうことで怜はあの日のことを重くとらえてはいない。」
「じゃあなんで帰るとき怜はあんなに俺にぼろくそにいってきたんだよ。傷ついたんだぞ俺は。」
「ぼろくそ?どの口が………………」
竜崎はベンチから飛び降りて、俺を見上げた。その顔はむっとしていて、いったい何なのだと思ったが、竜崎が発した言葉はあまりに衝撃的で、将棋盤をひっくり返したかのような心地であった。
「見知らぬ土地に駈け出して行ったお前を、何時間も探していたんだ。怒りもするのは当然の事だろう?見知らぬ土地に放り出され、あてもなく何時間も探し続け、やっと見つけたと思ったら、良かれと思ってやったことがいらぬことだと宣告されたんだ。そりゃあ、泣きもするだろうよ。ぼろ糞に言って誰かを傷つけたのは、どこのどいつだ?」
俺は馬鹿者だ。
怜はてっきり俺に失望していたのかとばかり思っていた。
けれど、違った。
怜は俺を心配してくれていた。
言葉の端にとげがあったのは、逃げ出した俺への怒り。
途中何も言わなくなったのは、俺の言葉に対する悲しみ。
目が充血していたのは、あわてて涙を拭いたから。
生気が抜けているかのように見えたのは、散々探し回ったことへ疲労感と、俺が見つかったことへの安心感だったなんて……
怜が俺を傷つけていたんじゃない。俺が怜を傷つけていたんだ………
午後の授業が始まってからずっと、俺はこのことを考えに考えつづけ、一つ、心に決めたことがある。
放課後になり、俺は怜と一緒に帰路につき、俺の家についたとき、怜に向き合った。
「怜………日曜はすまん。俺があまりに身勝手だった。」
「……いいのよ別に。遼が戻ってきたんだから。本当、見つからなかったらどうしようかと思っていたんだから……。」
「ごめん。………もうこんなことは繰り返さない。俺は、竜崎や怜の言うとおり、本気で“恋人作り”に向き合うよ。」
榊怜…竜崎が遼の“恋人作り”をサポートするために送ったエージェント。金髪サイドポニー。遼のセクハラ被害をたびたび受けている。理数が得意。
天海有希…遼の従妹。分け合って遼の叔父の家に住んでいる。ちっこく、ちっこいポニーテール。遼を起こす際は防犯ブザーを使っている。栞とは中学からの親友。