7月30日 ~静乃side~
「思いのほかマッサージよかったな……」
非常に疲れた昨日の遊びから帰ってきて、ぼくは糸の切れた人形のようにベッドに沈んだ。ほんと、日ごろたまりつつある睡眠負債をすべて返済するかのようにぐっすりと眠り、起きた時には10時を超えていた。いつもはショートスリープであるから、どんなに長くても6時間とかであるが、今回に関しては12時間は寝ていたと思う。それもこれも、あの最後のマッサージのおかげなんだろうか――というか、そうとしか考えられなかった。
「こんなにいいとまた行きたくなってくるな……」
ぼくはスマホで例の総合アミューズメント施設のHPを調べると、どうやらマッサージオンリーで利用する方限定の割引年間パスポートがあるとのこと。だが…
「………いや、学生ならいけて週一土曜か日曜でしょ?それなら年間パスなんて買わずに一回一回行ったほうが安いんじゃないか?一回ごとの値段は……って、なんだこの価格帯は。」
驚かされた。昨日は宮永先輩の特別なチケットがあったからただで利用できたものの、本来は一回三千円ほどかかるものらしい。マッサージの相場なんて知らないが、1時間ちょいでこの価格は学生にはきつい。いくら楽曲制作による副収入があるとはいえ…
「って、なんだこの値段から割り引かれていくのか。ええっと…」
いろんな割引プランがある。多くの人に楽しんでもらうための工夫なんだろう。例えば家族割。3人家族なら各種チケット購入時一人当たり20%オフ。これは妥当なのかなって思ったが、それよりも破格な割引があった。なんと一回“千円”まで値下がりする破格の割引。普通なら使わない手はないが…
「カップル割か…」
カップル割。読んで字のごとし。異性との来店時、SNSで当店の名前をハッシュタグ付きで、加えて二人のラブラブシーンを撮って添付して拡散。そのことを店員に伝えることで得られる狂気の割引。どう考えても時代を先取りしてるとしか考えられない店の宣伝方法にあきれるばかりだ。よく思いつくなと。若者を取り込んでデートスポットにしたい店側の意図が透けて見える。正直気持ち悪いが……だがしかし……あのマッサージはもう一度やりたい。それにTwitterなら捨て垢を使えば何度拡散しても痛くもかゆくもない。なら、これは使えるんじゃないか?となると、問題は相手だが……
「………アイツになるのかなあやっぱり。」
ぼくの知る男たちで、二人で街を歩いたりするのを許容できる人間となると幾分か限られてくる。まずは遼。あいつは腐れ縁だしまあ隣にいたとて…というか昨日わりと二人でいたし、その時に嫌悪感があるかと言われたらなかったし、まああり。真はそういうことする関係じゃないし、グラハムは頼んでも無理でしょう。刹那一筋だし。伊藤は論外。やっぱり遼しかいないか……
「じゃ、いつぐらいにしようかな。来週あたりのどこかで……そうだな、5日あたりがいいな。いくら新装開店したからといって平日にマッサージが込み合うことはないだろう。プールだったら夏休みキッズたちがわちゃわちゃいるだろうけど。とりあえずそれまでにやること片付けておいて、最高に疲れた状態でマッサージを受けよう。――――ああ、絶対に気持ちいいんだろうなあ!」
胸の奥がじんわりと熱くなる。―――これは“イけない”感覚だ。でも、抑えきれない。抑えるつもりもない。ぼくはいつものようにこの気持ちを“発散”し、そのあともう一度眠ることにした。疲れた体を休めるために……
気づいたら3時になっており、流石にお腹がすいてきたので、軽くご飯を食べ、遼に誘いのメールを書くことにした。が、思うように言葉が出なかった。いざ誘うとなると、なんて切り出せばいいんだろう。考えてみれば、ぼくからアイツを何かに誘うなんてした記憶がなかった。たいてい第三者が提案して、それに乗っかる形をとってばかりであった。それのことに気づいたとき、ぼくは自分の主体性のなさにあきれた。昔はこんなんじゃなかった。小学生くらいの頃なんて――いや、昔を思っても仕方ない。いまさら変えられることでもない。だからないなりに無理やり書いて、メールを送り付けた。
<遼、どうせお前に夏休みの予定なんてバイトくらいだろう?
8月5日あけといて。昨日行ったあの施設に一緒に行こう。男女二人だけだと割引がすごいんだ。
どうやらゲームコーナーでも結構な割引になるんだし、悪い話じゃないんじゃない?>
7月31日
「返信が来ない……」
翌日の夜、ぼくは途方に暮れていた。いつもならどんなに遅れても次の日の朝には何かしらの返信をしていた遼が、ここまで反応ないなんて。ぼくのメールの書き方が悪かった?高圧的だったんだろうか……どうせ予定ないなんてやっぱり失礼だった?予定が実は詰まってて、馬鹿にされたのに腹を立てた……いや、遼に限ってそんな子供みたいなマネしないよね?………もしかして好きな女性がいて、だから好きじゃない女性と二人きりで出かけたくないとか?………遼のくせに生意気だな。
自分の中に巻き起こるべきではない気持ちが昇ってきた。これはいけない。不快な頭をリセットしたくて、貴重品と小さなケースを持ち、外に出た。ぼくはたまに夜に散歩する。もちろん夜道は危険が伴うが、それ以上に落ち着いた。太陽が嫌いで、曇り空も嫌い。だけど夜空は好き。どんなに暗くても、星の輝きは必ず見える。まるで自分の心のようだ。汚れた自分の中にも、まだ輝きを放っている何かがあるんじゃないかって思えるから…
いつものルートを歩き、地元の大きな公園にたどり着いた。ここは東京ドームが二つ分ほどの広さを持ち、昼は小学生たちが遠足で来たり、じいさんたちがゲートボールをしたりしている。夜はぼくみたいに散歩しに来る人や、トレーニングしたりする人、バカ騒ぎしたいDQNがくる。ともあれ、ここは憩いの場なのである。そんな場だからこそ、ぼくもこの場所は気に入っている。ぼくは人気のない道を進み、やがて切れかけてる照明とベンチが一つしかない小さなさびれた場所についた。ぼくはそこに腰掛け、小さなケースから“小さな箱”を取り出した。中に入っていた細長い棒を口に加え、ライターで先端に火をともす。その先からは白煙が上がり、ワンテンポ遅れてぼくの口からも白煙が、まるで機関車の蒸気のように上がった。
未成年喫煙。悪いこと、やってはいけないことだってのはわかっている。進学校でタバコを吸っている学生が出たら、さぞ問題になることだろう。内申が悪くなるだろう。でも、そのスリルをかいくぐって吸うヤニはたまらなかった。小学生のトラウマから、ぼくには破滅願望がちらつき、気持ちがマイナスな方向で大きくぶれると、どうにかなってしまいたい気持ちになった。病んでいた中学時代に、ダメもとで親のタバコをせびったら、ぼくへの同情か1本だけくれた。今思えばダメな選択肢だが、当時のぼくは多少気がまぎれた。そこからは様々なつてでタバコを手に入れ、ネガティブになった時の精神安定剤として体に煙を流し込んでいた。親は多分このことを知っている。でも、あえて触れてないんだと思う。あんなことがあったなら……
この場所は誰も来ない。来たとしても、散歩中のじいさんだけだ。そもそもこんな時間でこんな場所に学生が、しかも進学校のウチの生徒が来るなんてことはまずない。安心安全のスポットなのだった。だが―――――――
「…………!?」
ぼくが呆けて煙の行く先を見ていた時、音もなく誰かが近づいてきて、はっと目を見開いた。明らかに若い。というか、パーカーの上に学ランを羽織ってるこの男ってもしかしてウチの生徒の――――たしか生徒会に今年から入った1年生の―――――
「………まさかあなたにそんな趣味があったなんて知りませんでした。萩原先輩。」
不気味に現れた男は、無表情のまま。“初対面”のはずのぼくにそう呼びかけた。