8月5日
夏休み真っただ中、俺はバイトをするでもなく、勉強をするでもなく、ゲームしながらごろごろするでもなく、駅のホームに立っている。陰キャの俺には珍しく、これから女の子と二人で出かけるのである。・・・・・・・・・・・・まあもっとも、これが俺の好きな相手で、デートだったのなら心躍るイベントなのだが、相手はあの静乃。しかも話を聞くにあいつの欲求を満たすための数合わせに過ぎないらしい。それならば、付き合う義理はないのだが、自分から何かしてあげるよといった手前、しょうがない。嫌かといわれたら、そういうわけでもない。行く先はあのアミューズメントパーク、それならばいろいろとやれることが見えてくる。そう、やれることがあるから、多少なりともウキウキしている自分がいるのは否定できない。彼女からLINEが飛んできてから、前日に何を着るか悩んだり、竜崎からの茶化しに変に戸惑ってしまったり、怜の「これで決めてきなさい!」という言葉をうまく流せなかったりするのは、すべてあのアミューズメント施設で何をしようか悩んでワクワクしていたからなんだ。
「あれ、やけに気合入った格好してるね」
ハッとして横を見ると、そこにはいつものように瞳の腐った―――――いや、多少はましな瞳をした静乃が腰に手を当て立っていた。ノースリーブワンピースに身を包んで、夏らしさを前面に出しており、腕にはブレスレット、首にはチョーカーが身につけられていた。・・・・・・・・・・・・あれ、なんか美しさ二倍増しくらいになっているな。俺の気のせいだろうか。
「そりゃあ・・・・・・・・・カップルっぽく見せないと目的達成できないんでしょ?」
「物分かりがよくて助かるよ」
「てか、お前も人のこと言えなくない?なんかいつもより目も普通だし」
「マッサージ楽しみだからね」
「てか、今更なんだけど、家近いんだしなにも駅を待ち合わせにしなくてもよかったのでは?」
俺がそういうと、静乃は大きなため息をついた。
「アンタと一緒に駅まで歩く必要ってある?」
「・・・・・・・・・いや、ないけども」
これはあれか?カップルのフリは店の中だけでいいってやつか?
「じゃあそれなら、ここで待ち合わせる必要もないんじゃないの?」
「・・・・・・遼がもし万が一あそこへの生き方がわからない糞野郎だったとしたら、道に迷う分無駄に時間が削れそうだなって思っただけだよ。―――そうだよ、早くマッサージしてもらいたいんだからさっさと行くよ。」
静乃は強引に話を切り、駅の方へ足を向けた。俺も彼女の背中を追った。彼女の背中からはいつものだるさは感じられなく、こころなしか生気が感じられた。てか、あの場所くらい俺もわかるわ。だってこの前行った時も現地集合だったじゃないか。―――――――ああなるほど?これはあれだな。地元で待ち合わせると知り合いに出くわしてしまい、付き合ってると勘違いされる可能性があるからか?てれやさんめ。・・・・・・・・・・・・なんて、あるわけないか。俺もそう勘違いされるのもあれだし。
カップル割なんてとんでもサービスを生み出したあの店を俺は恨むぞ。リア充たちにやさしく、日陰者には厳しい代物。本心からやるのと、うそをついてやるのとではやはり店員には見分けがつくのだろうか。店に入って俺らに対応した若い男性店員は訝し気に俺らを見ていた。静乃をじっと見た後、俺をさげすむように見た。こうも疑われるなんて、そんなに俺らは似つかわしくないというのだろうか。ここまでくるとへこんでくるな。
客の申し出を嘘であるということはできないのか、普通にカップル割が通ったので、俺らは目的地へと向かうのであった。夏休み故、キッズが多く、クレーンゲームコーナーやプール系のところは混んでいるように見えた。けれど、大人は少ないのか、マッサージエリアは比較的すいていた。それでも、ある程度入っているあたり流石全国展開する巨大施設である。マッサージを受けたがっていた静乃は速足で受付を済ませ、マッサージルームへと入っていった。俺はここで別れてゲームコーナーへ向かってもよかったのだが、キッズが多くて面倒そうなのと、カップル割のおかげで安くなっていることだし、あのだるがりの静乃の心をここまで動かすマッサージへの単純な好奇心から、俺も試してみることにした。もちろん男性と女性は別室に分かれており、俺は受付を済ませるとマッサージ用の衣服に着替え、寝台に横になった。現れた男性の言われるがまま、なすがまま俺はゆったりとマッサージを受けた。
「静乃があんなに夢中になる理由がわかったよ。」
マッサージ後、俺は静乃と施設内のカフェでお茶していた。いやはや、本当に気持ちがよかった。俺には肩こりなどの蓄積している肉体的疲労なんてないと思っていたが、終わってみると意外や意外、体が思う以上に軽いのである。
「別に遼にすすめたわけではないんだけど・・・・・・まあいいや。ぼくも大変満足できた。週1で受けたいくらいだよ。」
「でもそうすると、マッサージ受け終わるたびにナンパされるんだろうな。俺がいたことに感謝して?」
「日ごろぼくに煽られているからって――――――――」
静乃はそういって、コーヒーをすすった。日ごろの疲れが取れるとともに、瞳の濁りも取れたように見えた。彼女はスタイルもよく、顔もよい。本来モテモテであるべきなのに、陰鬱な雰囲気と腐った魚のような眼で中和され、その辺の女子と変わりないポジションにいる。しかし今、マッサージを受けたことにより陰鬱な雰囲気が薄れ、眼もましになっている。モテない原因が消えたのだ。それはもう、俺も認識を改めるくらいには可愛くなっていた。俺がマッサージルームから出ると、大学生くらいの好青年に話しかけられていた。俺を見つけるとこっちに走ってきて腕を絡ませ「ね?カレシがいるっていったでしょ?ごめんなさいね」といって腕をひらひらとさせ、その場を無理やり後にした。プールの時といい、ほんとこいつは眼さえなんとかなればモテるんだな。そう再認識させられた。
俺はコーヒーを飲みながら、アーケードの方をぼんやりと眺めていた。今の静乃を直視するのはなんだか照れ臭かったからだ。
「でもまあ、助かったことは事実だよ。ありがとう。」
柄にもないことを言われ、俺はハッとして彼女のほうを見た。彼女はカップに手を添えて、ぼんやりとコーヒーの揺れる波面を見ているように見えた。自然と出た言葉なのだろう。俺の驚いた目と目が合う。そして自分の言った言葉に気が付いたのか、すぐ目をそらして、手を頭の裏にあて
「いやあ、疲れとともに毒素も抜けたのかな。今のは失言だった。きにしないでほしいな」
明らかに照れ臭そうにする彼女を見ると、俺も照れ臭くなってしまった。これはあれだな。雰囲気に流されているんだな。
「・・・・・・ここのマッサージはお前をこんなに変えてしまうのか。これは毎週行けば心も体も清らかな女性に慣れるに違いないな。俺も気に入ったし来週もまた行く?」
「あれ、今度はぼくが誘われてしまった・・・・・・。でもま、時間が合えばいいよ。カップル割使えば超安価で行けるしね。」
こうして俺たちは来週再びここに来る約束をしたのだった。
あの後は特に何かするわけでもなく普通に帰宅したのち、竜崎を連れて隣の怜の家に行った。というのも、今日ここに来る前に怜に「これで決めてきなさい」と言われていて、その後続けて「報告会もかねて鍋パでもしましょう。竜崎さんがネットで見かけてやりたがっていたのよね。うるさいなあとは思っていたけれど一応あれでも上司だし・・・・・・まあ私も興味あったからやろうとおもってね。材料はこっちで用意しとくから竜崎つれてこっちにきてね。」と言われているのである。なんて世俗にまみれた神様たちなんだ。
「あら遼、次もデートの約束にこぎつけるなんてすごいじゃない!これはもうもらったわね。これで私たちの仕事が終わってくれればいいんだけれどもねえ。」
怜は俺の今日の顛末を聞くと嬉しそうな表情を浮かべ、もぐもぐと野菜を食べていた。竜崎も幸せそうな顔して食べていた。あのねんどろいどのからだのどこに野菜は消えているのだろう。相変わらず不思議である。てか、こいつが幸せなのは多分俺の話を聞いたからじゃなくて鍋食ってるからだろうな。
「いや俺は一言もアイツと付き合いたいなんて言ってないんだが・・・・・・。」
「イヤなの?」
「イヤかと言われたらその・・・・・・・・回答に困るというか・・・・・・」
「脈ありなだけ、進歩はあったわ。なんにせよ、事態が進んでいることに変わりはないもの。」
「ああそうかい。―――――ちなみに、終わる終わらないの判断ってどうやんの?」
俺はふと、そんなことを思い出した。恋人ができるって、どう判断するんだ?付き合ってくださいと言い、オッケーをもらったその瞬間から?それともセックスしてから?なんにせよ、目的が漠然としているから、明確な基準がわからないことは確かなのである。
「それはその・・・・・・」
怜は歯切れが悪かった。進んでいた箸も止まっていた。自分でもわかっていないのか、それとも言えないことなのか。どっちなんだろう。
「まああれだ、セックスできそうなくらい仲良くなったらじゃないかな。もちろん君を四六時中監視しているわけじゃないから、事後報告になってしまうがね。まあ――――終わりかどうかの判断は一応はっきりとしているのだが、うまく言語化できないというか・・・・・・あえて言語化すると今言ったセックスできるかどうかまで仲良くなるとしか言えないんだ。すまんね。」
竜崎からのヘルプが飛んできて、怜が「そうそれよ!」と相槌した。
「セックスしそうなくらいって言われても・・・・・・・・・」
そんなこと言われるもんだから、静乃とのピンク色の妄想をしてしまった。そうだよ、あいつの体つきはエロイんだよ。だからその・・・・・・
途中から頭が悶々とし、それは家に戻ってからも続いた。竜崎が寝静まった深夜1時、俺は今日あったこと、この前のプール、そのことを思い出しながら、自身の欲望をすべてティッシュにぶちまけた。初めてリアルの女性を“用いて”しまったのと、過去に類を見ないほどティッシュを使ってしまった。用いるくらいには、彼女のことが気になり始めていると、自覚はしていたが、その事実から目を背けたかった。シコったらその気持ちが薄れるかと思ったら、新に罪悪感の虚無感が押し寄せ、忘れようと無理やり目を閉じた。眠れないと思ったけれど、マッサージが効いたのか、すぐに瞼が重くなり、深い眠りへと落ちていった。